東方短譚   作:黄身白身

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姉妹のカタチ

 

 その日、フランドールは夕陽を眺めていました。

 太陽は吸血鬼の天敵なのですが、スカーレット姉妹ほどの吸血鬼であれば沈みつつある夕陽を見るくらいは平気なのです。いわば太陽が吸血鬼から逃げていく姿なのですから。勝利の証です。

 太陽は好きじゃない。好きじゃないけど綺麗。ムカつくけど綺麗。

 それがレミリアの言葉です。

 フランドールも、そんなお姉様の言葉に納得して夕陽を眺めています。

 ふと見ると、夕焼け空に鳥の大群が飛んでいます。どこへ向かっているのでしょうか。

 

「あ」

 

 鳥を見て、フランドールは思い出してしまいました。

 渡り鳥。

 どこかへ飛んでいく渡り鳥。

 そうだ、渡らなきゃ。

 私も、渡らなきゃ。

 あまりの居心地の良さに忘れていたけれど。

 渡らなきゃ。

 

「お姉様、お話があるの」

 

 

 

 フランドールが紅魔館から出て行ったとの噂を聞いて、魔理沙は慌てて紅魔館に突撃しました。

 

「何があったんだよ」

「あら、魔理沙にまで噂が届いたのね」

 

 出迎えたのはレミリアでした。

 

「貴女もフランには良くしてくれたものね。だから祝ってあげて、フランが旅立ったことを」

 

 見ると、紅魔館一同が集まってパーティを開いているようです。

 静かに何かを祝って、何かを懐かしむように。

 

「旅立ちって……それじゃあ、ここを出たって本当なのか?」

「ええ」

「なんか、そういう吸血鬼の決まり事があるのか、いくつになったら出て行かなきゃならないとか」

「ないけど」

「だったらなんで」

「勘違いしないでね、これはフランの意志よ」

 

 そこでレミリアは首を傾げました。

 

「意志というか本能かしら。館を出て、渡っていったのよ」

「本能? 渡って?」

 

 魔理沙も首を傾げます。

 

「何言ってんだ、お前」

「そういう妖怪がいるのよ、というか、いたのよ」

「話がわからん」

「と、言われても」

 

 魔理沙はますます首を傾げます。

 レミリアは少し考えて、言いました。

 

「ぬらぬら、だったかしら」

「ぬらぬら」

「鉄棒ぬらぬら」

「聞いた、いや、見たことあるような……鈴奈庵でだったかな」

「違うわね……ぬら……ぬらり……」

 

 ポンと膝を叩いて、

 

「思い出した、ぬらりひょん」

「ぬらりひょん」

「厳密には違うらしいけれど、勝手に家に入ってきて家族と思わせてそのまま居続ける妖怪だと聞くわ」

「嫌な妖怪だな、おい」

「似たような能力の妖怪がいたのよ。家人になりすまして居着くの。なりすますというよりも、周囲の認識を弄ってしまうのだけど。調べてみたら本人の意思というより本能からくる擬態みたいなもので、悪気というか悪意は無いようなのよね」

 

 魔理沙がギョッとした顔になります。

 

「待て、まさかそれが、フランだったっていうのか」

「そのまさか」

「おいおい」

「紅魔館が幻想郷に移転したときに、どさくさに紛れて入り込んだらしいわ。その時に私たちの認識に介入したって」

 

 そんな妖怪がいるとは初耳ですが、認識を弄られていたのであろう本人が言うのだから間違いはないのでしょう。そんなとんでもない嘘でフランドールを追い出すようなレミリアではありません。

 ただ魔理沙に解せないのは、レミリア・スカーレットともあろうものが、さらにはパチュリー・ノーレッジともあろうものが、紅美鈴が、十六夜咲夜がそんな妖怪に今まで騙されていたのかということです。

 

「そりゃあ、もしおかしいと思ったとしても、私が妹だと言えば美鈴も咲夜も従うし、パチェだって疑う理由はないわ」

 

 言われてみればもっともです。レミリアが「海は黄色」と言えば二人とも「黄色」と言うでしょう。「山が茶色」と言えば「茶色」と言うでしょう。パチェリーはそこまで盲信していないでしょうが、そもそもレミリア自身が地下に幽閉していた妹だと言えば疑う理由がありません。

 とはいえ、どちらにしろ、レミリアが騙されていたということになります。

 

「それにね」

 

 しみじみと、レミリアは言います。

 

「最初の頃なら知らず、今は騙されてないわ」

 

 しっかりと、そして誇らしげにレミリアは言います。

 

「私、レミリア・スカーレットの妹であるフランドール・スカーレットが旅立った。それだけのことよ。フランドール・スカーレットは確かにこの館にいた。それが真実」

 

 最初は騙されていたかもしれない。

 認識を弄られて、いもしない妹を幻視していたのかもしれない。

 だけど、いつの間にかフランドールはいたのです。

 吸血鬼の妹がそこにいたのです。

 愛された少女はいました。

 皆に愛された少女はいました。

 皆が愛した少女がいました。

 それが紅魔館の真実。

 それがレミリア・スカーレットにとっての真実。

 魔理沙は周囲を見渡しました。

 レミリアは勿論、パチュリーも、咲夜も、美鈴も、小悪魔も。妖精メイド達も。

 皆が優しく頷いています。

 

「そっか」

 

 レミリアの妹はここにいました。

 フランドールはここにいました。

 それでいいのです。

 先日、姉妹は泣きながらお別れしました。

 何か困ったことがあればいつでも戻ってきなさい。とレミリアは言いました。

 認識改変妖怪ではなく、妹、フランドール・スカーレットに。

 それでも姉は尋ねます。何故ここにずっといられないのかと。妹でいられないのかと。

 妹は答えます。これは本能だと。

 渡り鳥のような本能だと。

 いつまでも一箇所にはいられない。魂が固定してしまうから。

 自分たちにとって魂の固定は死と同義なのだと。

 フランドールは言いました。

 レミリアに、パチュリーに、美鈴に、咲夜に、皆に愛された自分は幸せだった。

 いや、今も愛されている自分はとても幸せだ。

 魂の固定を、死を受け入れてもここにいたいと思ってしう自分もいる。

 だけど、それだけはできない。種族として許されない。時期が来たなら自分は旅立ち、渡らなければならない。他の仲間達と同じように。

 二人は、いや、皆が誰一人として別れたくなかったのだと魔理沙は理解しました。

 

「……なんとか、ならなかったのか」

 

 馬鹿な問いだと思いました。できるのならばやっていたはずです。それでも、魔理沙は尋ねずにいられませんでした。

 フランドールが残る手段はなかったのかと。

 

「もちろん探したわ」

 

 静かにレミリアは言います。まるで、魔理沙の質問を予期していたかのように。

 咲夜が阿求の元へ、美鈴は永遠亭へ、パチュリーは図書館の蔵書を調べました。

 幻想郷の不忘の歴史にも、永遠を生きる月人の記憶にも、膨大な知の宝庫にも答はありませんでした。

 そしてレミリアは単身、八雲紫を訪ねたのです。

 そこに、方法はありました。

 

「じゃあ、なんで」

 

 二度目の馬鹿な問いだと魔理沙にはわかっています。それでも、尋ねます。

 

「魂の固定は死と同義。その逆なのよ」

 

 死に近い現象を与えれば、魂は固定される。

 擬態したものの特徴を破壊すること。

 吸血鬼ならば、吸血ができなくなること。

 

「それなら……」

「魔理沙。吸血しないことと吸血できないことは、似ているようで全く違うわ」

 

 前者であることは可能でも、それは一時期だけ。

 必要なのは、生きる限り後者であり続けること。

 それは吸血鬼にして吸血鬼にあらず、そんな存在に貶めること。

 それは吸血鬼にとっては廃人化に等しい行為。

 そうすれば、妹はずっと妹としてそばにいてくれる。だけどそれは、吸血鬼ではない。

 そうすれば、妹でない何かと化してしまうかもしれない。

 

「そんなこと、私たちがフランにできるわけないじゃない」

 

 妖怪化生、人外魔物としてのアイデンティティを破壊する。それがどれほどの無惨暴虐か。

 

「……すまん」

「……フランのためを思って言ってくれたのだから、一度は許すわ」

 

 そのとき、魔理沙の脳裏に何かが思い出されました。

 妖怪としてのアイデンティティを破壊してそばに置く……それはまるで……

 いや、まさか。

 内心で魔理沙は自嘲気味に笑いました。

 いくらなんでもそれはないでしょう。

 

「邪魔したぜ」

 

 帰ろうとする魔理沙を、レミリアは引き留めました。

 

「パーティに付き合わない? 皆で想い出を語っているのよ」

 

 ああ、と魔理沙は頭をかきました。

 

「家で、妹を待たせてるんだ」

 

 実家と縁を切った魔理沙が唯一付き合い続けている、年の離れた妹、魔莉嘉のことはレミリアも知っています。

 

「……そう、貴女も妹を大切にね」

「いわれるまでもないぜ」

 

 魔理沙は紅魔館を後にして、妹の待つ自宅へと帰っていきました。

 

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