東方短譚   作:黄身白身

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博麗霊夢は八雲紫に大切にされています


博麗神社慰安旅行

 

 季節の変わり目に体調を崩して寝込んでしまった。

 どうやら流行り風邪にかかったらしい。

 魔理沙は「わかった、この隙に異変が起こったら私と早苗に任せろ。お前はゆっくり休め。もしかしたら次からはお役御免かも知れないぜ」と胸を叩いて笑っていた。

 早苗は一人が不安ならお泊まりしましょうかと持ちかけてきたが、往診にやって来た永琳によると伝染の可能性があるとのことで遠慮してもらうことにする。その代わりと言ってはなんだが、あうんと針妙丸を預かってもらうことにした。妖怪には伝染しない病気だが、保菌者になってまき散らす可能性があるらしい。あうんは神社には慣れているし、針妙丸は二柱が妙に気に入っているので心配はないだろう。

 魔理沙と早苗がいるから、今は安心して休むことができる。

 とはいえ寝込んでいることに変わりはなく、博麗の巫女ともあろうものが情けないとは思う。頼れる者がいるということは心強いことだと、里への伝言を頼んだ慧音が言っていたが、昔の私なら鼻で笑っていただろう。

 一人で寝ているといろいろなことを考える。

 布団の横には、おかしな形のぬいぐるみがある。とても古いけれど、アリスに頼んで綺麗に修復してもらっているので新品同然だ。どこで手に入れたかは忘れてしまったが、小さいときからの宝物。早苗が「どうしてペンギンが、しかも絶滅危惧種のラムダペンギンのぬいぐるみがこんな所に」と驚いていたシロモノだ。

 そういえば紫は姿を見せないが、あれが姿を見せないということは私の病は大したことがないのだろう。それとも、次代の巫女でも探しているか。

 自虐な冗句に自分で笑ってしまう。

 あれは、いつも私を見ている存在だ。博麗霊夢がどうしようもなく壊れそうになるとどこからか現れる。そして直してくれるのだ。

 治している、ではなく、直している。これではにとりたちの機械いじりと変わらない。

 うん、そうだ、変わらないのだ。

 あれが必要としているのは博麗の巫女としての装置なのだから。

 多分。きっと。

 あのときだって……

 

 

 ――夢を見た。

 昔の夢を。

 別の私が、昔の私を見ているように。

 まだ私が、本当の意味で子供だった頃の夢を――

 

 

 八雲紫は、博麗霊夢をいつも見守っています。

 最近、霊夢が疲れているようだと紫は思いました。

 無理もありません。妖怪の自分でも幻想郷の維持は一苦労なのです。全く同じことをしているわけでないとはいえ、そして博麗の巫女とはいえ、ただの人間、そしてまだまだ子供である霊夢にとっては大変な苦労なのです。

 そんなとき、紫は霊夢の前に姿を現します。

 

「霊夢、何か美味しい物食べましょうか? なんでも取り寄せて、藍に作らせるわよ」

 

 いつもなら大喜びして御馳走や珍しいお菓子をリクエストするのですが、今日の霊夢は違いました。

 静かに首を振って、ため息一つです。

 あらあら。と紫も首を捻りました。

 こんなことは滅多にありませんが、初めてというわけでもありません。

 藍の御飯で効き目がないこともたまにあります。ちなみにこの話を聞いた橙は「博麗の巫女は贅沢だなぁ」とぷりぷり怒りました。

 

「わかった。それじゃあ、久しぶりに私が腕を振るいましょうか」

 

 紫の御飯です。藍の御飯で駄目なときでもここまで言えばニッコリと笑うのですが、今日の霊夢はそれでも駄目でした。

 また首を振ってため息です。

 あら。と紫もまた首を捻ります。

 紫は考えました。

 霊夢が無理にワガママを言っているようにも見えません。どうやら、本当に心底疲れているようです。

 それも、肉体的なものではなく精神的に。妖怪ならば重態です。

 紫は霊夢を正面から抱きしめました。霊夢も抵抗せずになすがままです。

 

「疲れちゃったのね」

「……うん」

「ごめんね」

「……うん」

「御飯、食べる?」

「……いらない」

「食べなきゃ元気にならないわよ?」

「おなか、すいてない」

「そっか、空いてないか」

 

 胸元にしがみつく霊夢をそのままにしておくと、いつの間にか眠っていました。

 紫は霊夢を起こさないようにそっとスキマを開きます。その向こうには藍の姿がありました。

 

(今日は帰らないから)

(承知いたしました)

 

 スキマに反応したのか、霊夢が身じろぎします。紫は慌ててスキマを閉じました。

 ただ、霊夢を抱きしめる力がほんの少し強くなりました。 

 今度はゆっくりと、霊夢も感知できないほど小さな、藍に声を伝えることしかできない程度のスキマを開きます。

 

(旅行の準備お願い)

(外、ですか?)

(ええ)

 

 霊夢が目を覚ますと、夜が明けていました。身体はお布団に寝かされています。

 御味噌汁の匂いが漂っていました。

 昨日のことを思いだし、少し頬を染めながら霊夢は寝床から起き出します。

 

「お早う、霊夢」

 

 台所にいたのは紫でした。

 

「朝御飯、食べるでしょう?」

 

 御味噌汁の匂いを嗅いでいると、ようやくお腹が空いてきた気がします。

 朝御飯の席で紫が言いました。

 

「少し休みなさい。こっちは上手くやっておくから」

「やすむって?」

「慰安旅行よ」

「いあんりょこお?」

「お仕事をしている人が、たまに休んで遊びに出かけることよ」

「どこであそぶの?」

「外の世界」

 

 霊夢はびっくりしました。外の世界ということは幻想郷の外の世界です。お話には聞いたこともありますし、動画というものも見たことがありますが、行ったことはありません。

 

「難しいことは気にしなくていいわ。外の世界でゆっくり休むの。なんなら、お泊まり先でずっとゴロゴロしていてもいいのよ」

 

 しかも、お泊まりです。幻想郷しか知らない霊夢にとっては神秘の体験です。

 

「ゆかりも、いっしょなの?」

「私は残ってお仕事をしなきゃいけないから。藍に連れていってもらうわ」

「らんに?」

「連れて行くだけね。向こうでお泊まりするのは霊夢だけ」

「わたしひとりなの?」

「大丈夫。私の知り合いの、とっても優しい小父さんと小母さんのお家だから」

 

 明日の朝早く出発だから、今日はゆっくりと休みなさい。

 そう言うと紫は、自分も朝御飯を食べ始めました。

 外に出かけるということで、今日は神社の大掃除です。藍や橙もお手伝いにやってきました。皆で一生懸命お掃除をしたので、霊夢は妖怪退治よりも疲れてしまいました。

 ぐっすりと眠ってしまいます。

 そして朝になると、その日も紫が朝御飯を作っています。

 食べ終わると、藍がやってきます。

 

「先方までは、私が送っていくよ。荷物の準備はできているかな」

 

 霊夢は昨日のうちに準備しておいた風呂敷包みを抱えました。紫が藍に先方へのお土産を渡します。

 

「では紫様、行ってまいります」

「いってきます」

「行ってらっしゃい。ゆっくり休んでね、霊夢」

 

 手を振った紫が突然気づいたように慌てて言い足しました。

 

「そうそう、一つ気をつけてね、外の世界では貴女の力を使っては駄目よ」

「うん」

 

 紫に見送られて神社の石段と反対側に進み、藍がくるりと手を回すと結界の一部が開きます。

 そこから抜けると、いきなりの外の世界です。

 

「タクシーを待たせているところまで少し歩こうか」

「たくしぃ?」

「お客を乗せる車さ。車は見たことがあるだろう?」

 

 車は知っています。紫に連れられた先で、幻想郷に迷い込んだ廃車を見せられたことがあります。紫の持ってきた映画というものの中でもたくさん動いていました。

 だけど、目の前で本当に動いているところは初めて見ます。タクシーに乗った霊夢ははしゃごうとしましたが、知らない男の人がいたのでおとなしくはしゃぎました。藍は何故かクスクスと笑っていました。

 たくさんの人がいる大きな建物の前に止まったタクシーから二人は降ります。

 

「ここから電車に乗ろう」

 

 電車。電車も知っています。紫がスキマから出してぶつけるモノです。

 なるほど、アレは人を沢山乗せるためのモノなのだな、と霊夢は感心しました。

 電車から外を見ると、沢山の建物や人が見えます。外の世界は凄いなぁと霊夢は思いました。そして、こんな所に旅行に来るのは凄いとも思いました。

 半刻ほどすると藍が霊夢を促し、電車から降ります。

 

「また少し歩くが、荷物を持とうか?」

「だいじょうぶ」

 

 霊夢は歩きながら珍しそうに周囲をキョロキョロしています。

 絵や写真で見たことはあるけれど、生で見るのは初めての、幻想郷には珍しい建物ばかりです。

 

「国全体で見れば幻想郷のような町や村もまだまだあるのだが、ここは幻想郷に比べれば結構な都会だからな。とはいえ、国一番というわけでもない」

「そうなの?」

「東京や大阪は人の数も建物の高さもこんなモノじゃないぞ」

 

 霊夢は少し呆れました。外の世界には一体どれだけの人間がいるのでしょう。

 そうこうしているうちに藍が言います。

 

「着いたぞ、ここだ」

 

 やはり幻想郷では珍しい、洋風建築家屋の前で二人は止まりました。

 実のところ外の世界では珍しくもない平凡な建売住宅なのですが、霊夢にそんなことはわかりません。

 

「まあまあ、よく来たわね。貴女が霊夢ちゃんね」

 

 藍が何かのボタンを押すと、綺麗な小母さんが出てきました。藍に挨拶をして早速二人を家の中に招きます。

 

「いえ、私はここで。紫様にもそのように言いつかっておりますので」

 

 藍はそのまま立ち去ろうとして、ふと思いついたように動きを止めました。

 

「霊夢、紫様からも注意があったがもう一度確認しておくよ。この世界……幻想郷の外の世界ではお前の霊力を使ってはいけないよ、よいね」

「うん。わかってる」

「それならいいんだ。では霊夢、ゆっくり休んでくれ」

 

 藍は踵を返すとすたすたと歩いて行ってしまいます。

 霊夢は一人でも平気なのでさっさと家の中へ入りました。

 中には小父さんが一人座っていて、新聞を読んでいました。優しい表情をした、霖之助さんがもう少し歳を取ったような感じの人です。顔が似ているというわけではないのですが、霊夢にはそのように見えました。

 小父さんは霊夢の姿に気づくと立ち上がり、膝を曲げて背を屈めて霊夢と同じ高さの目線になって笑いました。

 

「君が霊夢さんか。初めまして。自分の家だと思ってゆっくりと寛いでくれれば僕も嬉しいよ」

「はくれいれいむです。よろしくおねがいします」

 

 霊夢もぺこりと頭を下げます。

 挨拶が終わると泊まるお部屋に案内されました。とても綺麗に整頓されていて、新しい寝間着やふかふかのお布団までが置いてあります。

 

「自分の部屋だと思ってね」

 

 小父さんも小母さんも霊夢にはとても優しそうに見えました。そして案内された部屋も、まるで自分のためだけにあつらえられたように落ち着く雰囲気があります。

 霊夢はすっかりこの家と小父さん小母さんが気に入ってしまいました。

 そしてその日の晩御飯はとんでもない御馳走でした。

 ハンバーグ、エビフライ、ビーフシチュー、チキンライス、初めて聞いた名前の御飯もあります。とても美味しくてお代わりもしました。

 なぜだか、とても懐かしくて安心できる味なのです。藍や紫の作る御飯も美味しいことを霊夢は知っています。だけど、それとはどこか決定的に違うところがあるのです。霊夢には上手く説明できません。だけど、わかるのです。

 デザートにはチョコレート味のアイスクリームとプリンまで出てきました。霊夢のお腹ははち切れそうです。

 とても贅沢だと霊夢は思いましたが、小父さんと小母さんは「霊夢さんは休暇で来ているんだから、ゆっくり休んで沢山御馳走を食べればいいんだよ」と言います。

 いくらでもお湯とお水の出てくる不思議なお風呂に入って、霊夢は暖かい布団でぐっすりと眠りました。

 目を覚ますと、もうお日様は高く上がっています。普段の霊夢からは考えられない大寝坊でした。

 周りに漂う、なんとなく違う雰囲気。幻想郷とは違う雰囲気に、霊夢は少しだけ身震いしました。

 朝からはしゃぐ妖精たちの声も聞こえません。

 なんだか寂しくなって、霊夢は少し哀しくなりました。

 

「霊夢ちゃん、起きたの?」

 

 小母さんがそう言いながら入ってくるなり、「まあ」と驚いて駆け寄ってきます。

 

「どうしたの、霊夢ちゃん、怖い夢でも見たの? 慣れないところでお泊まりは怖かった?」

 

 そう言われて初めて、霊夢は自分が泣いていることに気づきました。

 

「なんでもない。こわくないよ」

 

 だけど

 

「ちょっとだけ、さびしかった」

「寂しくないわよ。小母さんが一緒に居るからね」

 

 ぎゅっと抱きしめられ、霊夢は小母さんにしがみつきました。

 違う。と霊夢は思います。

 紫とは違う。紫もこうやって抱きしめてくれます。だけど、何かが違います。霊夢にはその違いがよくわかりません。

 だけどその違いは不愉快なものではなく、心地好い違いなのです。

 

「ねえ、霊夢ちゃん。霊夢ちゃんさえ良かったら、今日は小父さんと小母さんと一緒に、どこか遊びに行きましょうか」

 

 遊び、と言われても霊夢には外の世界のことはよくわかりません。

 そもそも、幻想郷でもあまり遊んだ覚えがありません。

 霊夢がそう答えると小母さんは少し黙って俯き、すぐに顔を上げてニッコリと笑いました。

 

「ちょっと待っててね。ああ、先に御飯食べちゃおうか。こんな時間だから朝とお昼兼用だけど」

 

 小母さんの用意してくれた御飯を食べていると、小父さんが真っ赤な顔でやってきました。

 

「水族館だ、幻想郷には海なんてないって聞いた。だから、水族館だ。霊夢さん、水族館に行こうっ」

 

 そんなに興奮して小父さんはどうしたんだろうと霊夢は思いましたが、水族館には幻想郷にはいない海の生き物がいると聞いて俄然興味が湧いてきました。

 小父さんと小母さんと一緒に、霊夢は水族館へ行くことになりました。

 車に乗ります、なんと小父さんも車を操ることができるのです。

 霊夢はお願いして、小父さんの横……助手席と言うそうです……に乗せてもらい、車の操り方を興味津々で眺めています。

 車はとても速いです。空駆ける天狗たちとは比べものになりませんが、地上で走るものとしてはかなりの速さです。地を駆ける橙よりも早いです。藍ほどではありません。

 それにしても、やっぱり車も沢山あるのだなと霊夢は思いました。

 他の車の中にも色々な人が乗っていて色々なところへ向かっています。

 外の世界というのは本当に広いのです。

 水族館で霊夢を待っていたのはペンギンという動物でした。勿論水族館には他の動物も沢山いたのですが、霊夢の心を鷲づかみにしたのはペンギンでした。

 

「ほわぁ」

「日本では珍しいラムダペンギンというんだよ」

「らむだぺんぎん」

 

 水族館のアトラクションでもあるペンギンのお散歩にとことこと着いていく霊夢です。

 そんなに気に入ったのなら、とペンギンのぬいぐるみを小父さんが買ってくれました。

 だけど、外の世界のものを無闇に幻想郷に持ち込むのは禁止なのです。

 

「これくらいなら、八雲様もきっと許してくれるさ」

 

 紫に怒られたら断固抗議しよう、と霊夢は密かに決意します。

 とても楽しい時間を過ごした霊夢は寂しさなんて忘れてしまいました。 

 

「そうだ。せっかくここまで来たんだから、帰りはホテルのバイキングに行こうか。ケーキもあるぞ」

 

 小父さんの提案に小母さんも賛成し、霊夢も大喜びです。

 御馳走とケーキでお腹いっぱいになった霊夢は、車の中でペンギンを抱っこしながら寝てしまいました。小母さんがクスクス笑っています。

 

「あらあら、お家に帰ったらお布団に入る前に歯磨きしなきゃね」

 

 霊夢が目を覚ますと、布団の中です。うつらうつらとしながら歯を磨いた覚えがあるようなないような。

 ペンギンは枕元にきちんと座っていました。

 もぞもぞと動いた霊夢は手を伸ばすとペンギンを捕まえて布団の中に引きずり込みます。ぎゅっと抱きしめてうふふと笑いながら、再び霊夢は眠るのでした。

 そして翌朝、目を覚ました霊夢はお布団の中で考えていました。

 今日が慰安旅行の最後の日です。明日の朝には藍が迎えに来るのです。

 とても楽しかったのですが、なにか物足りないのです。

 そうだ。と霊夢は思いつきました。

 自分が博麗神社で何をしていたかを考えれば答は自ずと見えてきます。

 

「おばさん」

 

 自分で布団から起きて着替えると、台所へ向かいます。そこでは小母さんが朝御飯の支度をしていました。

 

「わたし、おてつだいする」

 

 あらあらと小母さんは驚いていますが、霊夢の決意は固いのです。

 いつも自分の御飯は自分で作っていました。だから、何もしないというのは少し気持ち悪いのです。

 

「そっか。それじゃあ、小母さんと一緒に御飯作ろうか」

「うん」

 

 小母さんをお手伝いする日になりました。お手伝いというよりも、霊夢も知らなかった色々なことを小母さんが教えてくれるのです。

 料理、裁縫、掃除。

 外の世界には幻想郷にない色々な道具があります、だけど小母さんは、きちんと幻想郷にも通用する方法を教えてくれるのです。

 

「八雲様から霊夢ちゃんの話は聞いてたからね……霊夢ちゃんと会うことができたら、色んなことを教えたいなと思って、小母さんも沢山勉強したの」

「たくさんおしえてもらって、たのしいよ」

 

 その日、お仕事から帰ってきた小父さんに、霊夢は小母さんと一緒に作った御飯をふるまいました。

 小父さんは絶句して、そして震え、最後には涙を流し始めました。

 霊夢は慌てます。もしかして、嫌いなおかずだったのかと。

 

「違うよ、霊夢さん、これはね、嬉し泣きって言うんだ。人はね、嬉しいときにも泣いてしまうことがあるんだよ。霊夢さんの作る御飯が食べられて、とても嬉しいんだよ、僕は」

 

 小父さんの言葉に、小母さんも少し涙を浮かべています。

 

「おばさんも?」

「ええ、小母さんもとても嬉しいの。霊夢ちゃんがこんなにいい子で、とても嬉しいの」

 

 二人の「嬉しい」との言葉に、霊夢もなんだか嬉しくなります。

 

「わたしもうれしい」

 

 嬉しいはずなのに、なぜか涙が出てきます。

 三人とも、御飯を前にして泣いているのです。

 

「これから御飯なのに、みんなで泣いてちゃ駄目じゃないか」

「貴方だって。せっかく霊夢ちゃんが作ってくれたんだから、食べましょうよ」

「そうだな、せっかく作ってくれたんだ、楽しく食べよう」

 

 小父さんは笑いました。

 小母さんも笑います。

 霊夢も一緒に、三人は楽しく笑いながら御飯を食べました。

 美味しいね、美味しいね、おいしいね。

 その夜、霊夢は小母さんにお願いしました。

 

「いっしょにねても、いい?」

 

 小母さんが霊夢の泊まっている部屋に自分の布団を運んでいると、それを見た小父さんが首を傾げています。

 霊夢はいいことを思いつきました。 

 

「おじさんも、いっしょに」

 

 霊夢はその日、小父さんと小母さんに挟まれて、二人と手を繋ぎながら眠りました。

 まるで……

 翌朝、朝御飯が終わったところで藍が訪ねてきました。

 霊夢はきちんと荷物をまとめています。

 

「霊夢がお世話になりました」

 

 藍が二人に頭を下げています。

 

「霊夢ちゃん、またいつでも来てくれて良いのよ」

「ああ、小父さんも小母さんも、霊夢さんのことを待っているからね」

「うん」

 

 玄関を出ながら霊夢は「またくるね」と言おうとしました。

 だけど……

 

 

 ――目が覚める。

 昔の夢を見ていた。

 別の私が、昔の私を見ているように。

 まだ私が、本当の意味で子供だった頃の夢を――

 

 

 寝床の中の私は夢と現の狭間で、夢の続きを朧気に思い出す。

 忘れていた旅行のこと。きっと普段は忘れているのだろう。今だけ、夢と現の狭間……夢と現のスキマにいるときだけ思い出せる夢。

 あの思い出はスキマの中に……だから、今だけは思い出せる。ハッキリと目を覚ませば忘れてしまうことを。

 あれ以来、外の世界には出ていない。

 私は、「また来るね」と約束できなかった。

 私はあのとき、なぜだか言ってしまったのだ。

 

「行ってきます」

 

 幻想郷に戻った私を待っていたのは紫だった。

 

「おかえりなさい」

 

 紫は言った。

 そう、言ったはずだ。

 不思議なことに、私には「ごめんなさい」と聞こえたのだけど。

 

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