東方短譚   作:黄身白身

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鍋焼饂飩は危険


鍋焼饂飩警察

 事の起こりは夏、とある妖怪が鍋焼饂飩を食べようと提案したのが始まりだった。

 何故夏に鍋焼饂飩なのか。暑いときに熱いものを食べることによってあえて暑さを跳ね返そう。等という考えではない。

 単なる天邪鬼である。

 そう、提案者の名は鬼人正邪。そして提案を受けたのは少名針妙丸。

 いつものように正邪の無茶振りに針妙丸が振り回されたというわけだ。

 しかし今回ばかりは具合が違った、というか、正邪が加減を間違えた。

 熱々の鍋焼饂飩を用意したのはいい。よせばいいのに針妙丸も律儀に付き合ったのも別にいい。

 問題は、針妙丸が熱く煮えたぎった鍋焼饂飩の縁で転んだこと。

 哀れ土鍋に頭から突っ込んで大火傷。と思いきや、その少し前に食べ物の匂いを嗅ぎつけてやって来た依神姉妹の姉のほう紫苑が、その能力をフルに発揮してしまって針妙丸より一歩早く転び、見事土鍋をひっくり返してしまったのだ。

 普通ならば食べ物を台無しにするという悲劇だったのが、今回ばかりは貧乏神のファインプレーだった。

 転ぶ針妙丸。

 それより早く転んでいた紫苑。

 ひっくり返る土鍋。

 ぶちまけられる饂飩と具。

 慌てて拾う紫苑。それを見て絶叫する女苑。

 

「さ、三秒ルール三秒ルール!」

「汁物に三秒ルールを適用するんじゃないのっ! せめて固形物にして!」

 

 女苑に引きずられ、退場していく紫苑。

 と、このような出来事があったわけだが。

 これを知って激怒したのが自他共に認める針妙丸の保護観察人、博麗霊夢。

 自分に黙って鍋焼饂飩なる馳走……話に聞けば海老天も入っていたというではないか……を食らうとは言語道断、もとい、針妙丸が大火傷でも負ったら如何するつもりだったのか、土鍋に入って饂飩の具にでもなったらどうするつもりか、美味しく食べるのか、可愛い小人を美味しく戴こうというのか、この性悪天邪鬼めが。

 そして霊夢の激怒は結果的に幻想郷の重鎮たる八雲紫をも動かした。

 紫が霊夢をとても可愛がっているのは周知の事実だった。

 紫にとって霊夢はまさに目の中に入れても痛くない、胃の中に入れると美味しい存在なのだ。

 決して自分も食べたかったとかそういう邪な思想ではない、鍋焼饂飩は危険であると訴えたいのだと霊夢は紫に愚痴った。

 確かに。と紫は納得した。

 寒くなりはじめると高頻度で準備される鍋。冬眠前に食卓を囲んでいると猫舌の橙が困っている姿をよく見る。藍がフーフー冷ましている姿もよく見る。

 藍に、橙は鍋が食べにくいのではないかと尋ねると、

 

「何を仰るのですか紫様。可愛い橙が私の吐息でフーフーしたものを食す……もとい、いや、これも修行です、私も心を鬼にしているのです」

 

 式を律する主としての立派な答が返ってきて感銘を受けたものだが、熱い鍋が危険であることに違いはない。

 現に、レミリア・スカーレットなどは紅魔館で主催した湖畔での焼肉宴会の際、食べ残した熱々のワカメスープを湖に直接投棄してわかさぎ姫の猛抗議を受けたと聞く。やはり熱い汁は危険なのだ。

 

「では、禁止しましょう」

 

 この鶴の一声によって生まれたのが

『幻想郷鍋焼饂飩警察』(GensoukyoU NabeyakiuDon policedepArtMent)こと、通称GUNDAM(ガンダム)だった。

 まず、紫は鍋焼饂飩禁止令を発布した。しかし、それで済む問題でもないと判断していた。禁止令だけで事が足りるような世界であれば、スペルカード普及にも悩まなかった。

 そのうえ、鍋焼饂飩と言えば冬、冬と言えば冬眠。紫自身が目を光らせ続けるのは不可能である。

 藍に全てを託すという方法も考えたが

 

「紫様の冬眠中は私と橙が二人きりになれる絶好の……いえ、紫様がおられない間、結界の管理に全力を注ぐ必要があり、鍋焼饂飩禁止令の厳守にまで手が回るかどうか……」

 

 との答が即座に返ってきた。

 ゆえに、紫は自分が冬眠中でも禁止令を厳守させるための組織を作ることにした。

 幻想郷で組織と言えばやはり天狗である。

 紫はまず、天魔に連絡を取った。そこで実質の行動を担当する飯綱丸龍と対面することになった。

 龍は鍋焼饂飩禁止には賛成の立場であった。

 彼女にもまた、鍋焼饂飩を禁じたいやむにやまれぬ事情があるのだ。それには配下である管狐、菅牧典の存在が大きく関係していた。

 カレー饂飩である。

 龍は典に主人として食事を振る舞うことが少なくない。

 常にカレー饂飩である。

 食べるとカレーの汁が撥ねる。典の服は白系である。当然に服は汚れ、典はそれを嫌う。

 

「だが、それがいい」

 

 と龍は拳を握る。厭がる典の服がみるみるカレーの染みに汚れていく姿を見ることを龍は無上の喜びとしていた。なんなら正面からカレー汁をどっぷりかけて汚したいと常々思っている。

 

「典が汚れていく姿を見ていると三脚がいきり立つ、素敵だ」

 

 とは本人の弁である。

 カレー饂飩以外を食すことを龍は禁じたが、狡猾な管狐である典は即座に対抗手段を打ち出した。

 秘策、鍋焼カレー饂飩。鍋焼であれば、そそくさと食べることは難しい。冷ましながら食べる必要がある。つまり、汁は撥ねにくいのだ。

 そのために龍は、典に鍋焼カレー饂飩ではなく単なるカレー饂飩を食べさせるために、鍋焼饂飩禁止令を必要としていたのだ。

 そこまで読み切って協力を依頼してきた八雲紫はやはり侮りがたい存在である。と後に龍は語っている。ちなみに紫はそんなことなど全く知らなかった。

 典は守矢神社へと逃げた。東風谷早苗はミートソースパスタでこれを歓迎し、典はさらなる逃亡を重ねることとなったのだが、それはまた別の話である。

 話題を戻そう。

 鍋焼饂飩警察の捜査員には天狗が当てられることとなった。

 しかし、困ったことが一つあった。鍋焼饂飩禁止令のため人々は、そして妖怪たちも、隠れて鍋焼饂飩を食べるようになってしまったのだ。

 対応策として考えられたのが潜入捜査。身分を偽り隠れ家的お店に潜入、鍋焼饂飩を食べ始めたところを一網打尽にするのだ。

 そのため、捜査員は偽名を使うこととなった。

 一人の鴉天狗に焦点を当てよう。

 彼女の名は、いや偽名は「しゃけめばる・あら」、名字と名前の頭文字はそれぞれ本名と同じらしいが実際の本名は不明。勿論、偽名だけでは意味が無いため変装、濃いサングラスと大きなマスクを掛け、人相を誤魔化している。

 このサングラスとマスク、彼女が懇意にしている妖精からのプレゼントで非常に大切なものらしい。そのような貴重な物品を投入していることからも、彼女の取り締まりにかける情熱が忍ばれるだろう。

 ちなみにサングラスのつるとマスクの右隅には妖精の幼くも可愛い直筆で「あややへ」と書かれている。どういう意味かはわからない。

 彼女は今日も、悪質な鍋焼饂飩販売店を摘発していた。

 先日捕らえた者から聞き出した合い言葉で入店、暗く閉ざされた一室に通されたしゃけめばるは、当初の目的通りに鍋焼饂飩を注文。

 マスクを外し、熱々の鍋焼饂飩を最後の汁一滴まで堪能。再びマスクをつけ、おもむろに立ち上がる。

 

「どうしました、お客さん?」

「ガンダムの饂飩改めです! 全員両手を鍋の上に置いておとなしくしなさい!」

 

 店内に響き渡る鴉天狗のマスク越しではあるが凜々しい声。驚く客達。

 

「え?」

「黙って鍋の上に置きなさいっ!」

 

 各所から聞こえる「熱っ!」の悲鳴。客達は素直だった。

 あらかじめ待機していた捜査員達が飛び込んでくる

 捕らえられた犯罪者達の中には人間も妖怪もいる。

 人間の中には、里で評判の貸本屋の看板娘もいた。

 

「違うんです、出来心なんです、ちょっと温かいお饂飩が食べたかっただけなんです、海老天も食べたかったんです。美味しかったです。あの、お父さんとお母さんには内緒にして……」

 

 一つの悪の巣を潰したガンダムだが、この一件で済む問題ではない。

 その後、鍋焼饂飩はさらに手口を巧妙化させることとなる。

 お持ち帰り、だった。

 店内で食べているところを一斉検挙されるならば、客にお持ち帰りさせれば良いとの発想だった。

 しかしこれもまた、ガンダムの知るところとなる。

 調査により判明した店へと向かう、しゃけめばるあら率いる捜査陣。

 そこは何の変哲も無い家だった。ただ、おかしな所に小窓がある。

 その小窓の前では数人の人間や妖怪がたむろしている。

 彼女は周囲に頭を下げながら、小窓を叩く。

 

「なにか?」

 

 中から聞こえる声。

 捕らえた犯罪者から聞き出した合言葉を告げると、やや時間が経ったところでたむろしていた人数分の土鍋が差し出される。

 

「熱いから、気をつけろよ」

 

 その一つを受け取ったしゃけめばるはそそくさと路地裏へ入る。しばらくすると空の土鍋を持って、待機する捜査員達の元へ姿を見せた。

 

「間違いありません、ここです。いい出汁使ってますね。次の客にブツを出したところを踏み込みましょう」

 

 その夜もまた、複数の人間と妖怪が捕まえられた。

 

「違うんです。私反省してます。でも、阿求に頼まれたんです。鍋焼饂飩が食べたいって、阿求に。稗田阿求ですよ? 里の重鎮ですよ? 御阿礼ですよ? 嘘じゃない……あ、ほら、そこ、野次馬に混じってこっち見てる、ねえ、阿求、貴女から……なんでそっぽ向くの。なんで笑ってるの、え、なにそれ、初めて見たって顔しないで、ほら、私、貴女に鍋焼饂飩買ってくるように頼まれ……、え、知らないって、こら、完全記憶、待てや、こら、おい、阿求、阿求! きゅう! きゅう! こっち見ろや、きゅうっ!」

 

 このお持ち帰り鍋焼饂飩店一斉検挙によって、鍋焼饂飩問題は収束するかに思えた。

 しかし、悪は尽きなかった。

 鍋焼饂飩でなければ良いのだろう。ならば、鍋焼拉麺。

 とはいえ、幻想郷の賢者とも呼ばれる八雲紫に抜かりはなかった。

 鍋焼饂飩禁止令にはハッキリと書かれていたのだ。

 

「拉麺も駄目に決まってるだろ」

 

 と。

 幻想郷鍋焼饂飩警察(ガンダム)改め幻想郷鍋焼拉麺警察(ガンダムマークⅡ)は即座にこれを取り締まり、幻想郷の平和は保たれたのだ。

 

「あの、私違うんですけど。鍋焼拉麺なんて食べようとしてません。あの、ただの通りすがり、お隣の饅頭屋に餡饅を買いに来ただけ……え、二度あることは三度ある? ないです、違います、私無罪です。え、お約束? なんですかそれ、ちょっと、待って、あの……」

 

 

 

 

 

 




「なるほどなるほど、主のカレー饂飩攻撃に耐えかね、守矢神社に逃げ込もうとしたらミートソースで口元と胸元を汚した付喪神妖怪が『逃げてぇっ! ミートソースで汚されて早苗のさでずむに耐えるのはわちきだけで充分だよ!』と。そこでここ、地底まで逃げてきたのですね、菅牧典さん。いえ、皆まで言わずとも大丈夫ですよ。ええ、貴女を地霊殿で匿いましょう。ところでお食事でもいかがですか。トマトソース汁たっぷりの……はぁはぁ……大丈夫ですよ、口元を汚してエサをがっつくペットは可愛いですよね。はぁはぁ……逃げないで、と言うか、逃がしませんよ。うふ、うふ……」
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