東方短譚   作:黄身白身

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式の瞳は何を見る

 

 橙は考え込んでいました。

 橙は無から生まれた類の化生ではありません。猫の妖怪、化け猫です。

 つまり猫のことならわかりますが、妖怪のことはわからないことがいっぱいあります。

 猫として考えるならばかなりの年月を生きている橙ですが、妖怪としてはまだまだ幼く、紫様は当然として藍様の足元にも及びません。いえいえ、足元どころか、地中に埋まってしまいます。モグラです。

 紫様を空征く大妖怪とすれば、藍様は地を駆ける妖怪、橙は地下です。地下なので地霊殿に行ってしまいます。

 地霊殿に行くと同じ猫でもゴスロリ美少女妖怪火焔猫燐になってしまいます。それは困ります。猫車は扱えません。死体だっていりません。

 駄目です。

 地下モグラでは駄目なのです。

 だから橙は努力します。少しでも藍様に近づけるように。少しでも藍様の式としてお役に立てるように。

 毎日の走り込みも欠かしません。マヨヒガの猫達と駆け回ります。

 勉強だって怠けません。紫様のお屋敷から借りだした本をしっかりと読んでいます。

 弾幕ごっこだって、負けてもめげません。コンティニューあるのみです。

 とはいえ、やっぱりできないこともわからないこともいっぱいあります。

 今日も橙はマヨヒガの猫達に餌を与えながら考えていました。

 猫は幻想郷には沢山います。モグラもいますが関係ありません。猫は沢山いますが、マヨヒガにいるのはその全てというわけではありません。橙が世話をできるだけの数しかいません。

 増えすぎると世話ができなくなります。

 世話ができなくなると荒れます。餌も寝床も不足するのですから当然です。荒れると、結果的に猫の数は減ってしまいます。

 それは橙にとって、とても哀しいことです。モグラは多少減っても橙はなんとも思いません。

 一度、そんな話を紫様としたことがあります。

 

「そうね。生き物の数を一定に保つのは大変なのよ、橙」

 

 紫様は言いました。

 

「私達は、人間の数もきちんと管理しなければならないのよ。いずれ藍も、そして貴方も、管理人の一妖として立ってもらわなければならないわ」

 

 それは、幻想郷の管理者たる八雲の大事なお仕事なのです。

 橙は考えて考えて、考え抜いて、こう言いました。

 

「妖怪も、ですよね。紫様」

 

 その言葉を聞いた紫様の嬉しさと悲しさ、そして寂しさを綯い交ぜたような表情を、橙は生涯忘れないでしょう。

 

「ええ。それが私達の為すべき事なのよ」

 

 そう言ったときには紫様はとても優しい顔に変わっていて、橙はホッとしたのでした。

 それから、橙は考えています。今も、考えています。

 人間の数と妖精の数。

 どちらも減らさないことは難しい話ではありません。

 無闇に人間を食べない。無闇に闘わない。

 食べる人間は外の世界から連れてくれば良いのです。闘いたければ弾幕ごっこで良いのです。とはいえ、それ以外の原因で減ることはあります。特に人間は妖怪よりも減りやすいのです。

 ではどうするか、と橙は考えました。

 増やすのです。増やせば良いのです。

 人間の増やし方は知っています。

 問題は妖怪です。

 妖怪は確かに幻想郷では減りにくいのですが、だからといって全く減らないわけではありません。

 人間を無闇に襲えば滅されるからです。大体が博麗霊夢に滅されるのですが、霧雨魔理沙や東風谷早苗の場合もあります。

 減れば増やすことを考えなければなりません。

 ですが、妖怪はどうすれば増えるのでしょうか。

 これが今、橙を悩ませている考え事なのです。

 妖怪の増え方はわかりません。

 なぜなら。

 人間同士のようにチュッチュッしても増えないからです。

 人間はチュッチュッすると一年もしないうちに増えます。失敗して増えないときもあるみたいですが、その辺りはよくわかりません。

 しかし、紫様と藍様は昔からたくさんチュッチュッしているのにまったく増えないのです。チュッチュッしていることを橙は知っています。見たこともあります、こっそり。

 あんなにチュッチュッしているのに。

 増えないんです。不思議です。やはり人間とは違うのでしょうか。

 

「うーん。困ったなぁ」

 

 思わず呟いたときです。

 

「心は読み……もとい、話は聞きました!」

「誰!?」

 

 突如現れた怪しいサードアイに橙は尻尾を逆立てます。

 

「私は通りすがりのカウンセラー、患者の心を読んで嫌がらす、もとい、癒やすカウンセラーです!」

「カウンセラー!?」

 

 突如現れた怪しい地霊殿の主に橙は尋ね返します。

 

「カウンセラーです」

「カウンセラーですか」

「カウンセラーです」

 

 突如現れた古明地さとりは指を一本立てました。

 

「いいですか。妖怪はチュッチュッしても増えません」

「チュッチュッしても増えないんですか!?」

「その証拠に、うちのお燐とお空もいつもいつも、人の気も知らないで、いえ、これは私がぼっちだとかこいしさえいればとかそういうのじゃなくて、と、とにかくチュッチュッしてますが増えたことがありません。いつも無精卵です! 美味しいです!」

 

 衝撃の事実でした。

 妖怪同士はチュッチュッしても増えないのでしょうか。

 

「ちょっと待ったぁっ!」

「今度は誰ッ!?」

「通りすがりの鬼だ!」

 

 伊吹萃香でした。

 鬼と言えば神出鬼没なので仕方ありません。

 

「人間同士だって、チュッチュッしたら増えるとは限らないよ」

「なんですって!」

 

 さとりも驚いていました。

 

「霊夢と魔理沙だって、まだ増えてないからね」

「あの二人もしてるんだ」

「してるよ。たまに魔理沙じゃなくて山の風祝になってるけど」

「いいんですか、それ」

 

 なんだかさとりの顔はワクワクしています。嬉しそうです。

 

「そんなときの魔理沙はアリスとチュッチュッしてるみたいだからいいだろ」

「本当にいいんですか、それ」

 

 それにしても、と橙は考えます。

 博麗霊夢と霧雨魔理沙は紛れもなく人間です。前者はちょっと疑わしいような気もしますが人間です。多分、恐らく、あるいは、もしかして……いや、まさか……

 橙は突然寒気を感じてぶるっと震えました。

 いえいえ、博麗霊夢は人間です。人間に決まっています。

 霧雨魔理沙だって種族人間の職業魔法使いです。

 しかし、チュッチュッしても増えないのです。

 アリス・マーガトロイドは魔女だから仕方ありません。妖怪と同じカウントです。

 霊夢と魔理沙、霊夢と早苗は人間同士なのに増えないのです。

 いえ、早苗は現人神なので事情が違うのかも知れません。

 それでも魔理沙は間違いなく人間です。親も人里にいます。

 すると、やはり、問題は、霊夢?

 

 

 

 

「藍様、霊夢は人間なのですか?」

「……どこからそんな疑問が出てきたんだ、橙。まぁ、恐らく、多分人間だと思うよ」

 

 さらに詳しく話を聞いた藍様によって、即席の保健授業が行われたのはその翌日でした。

 

 あと、その日から紫様と藍様のチュッチュッがより一層秘匿されるようになりました。

 なお、やめたわけではありません。

 

 

 




 しかし無駄な足掻きでした。
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