東方短譚   作:黄身白身

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夕食会急遽中止のお知らせ

 

 その日、パチュリーと小悪魔は夕食の席に遅れて現れた。

 

「珍しいわね、貴女たちが遅れるなんて」

 

 レミリアの言葉に美鈴は内心で頷く。

 普段は自分と咲夜、小悪魔が残る三人……レミリア、フランドール、パチュリーとともに食事の席に着くことはない。

 館主姉妹とその客分は、自分たち従者とは立場が違う。当然の話だと美鈴は受け止めている。割と高い頻度で全員が揃って食事をする機会を設けるレミリアと、それを受け入れているフランドール、パチュリーが変わり者なのだ。

 もっとも、そんな主でなければ自分は従っていなかっただろうが。

 だからこそ、こんなときにパチュリーが〝こう〟なるのは珍しいのだ。小悪魔は自分の主に従っていたのだろうから仕方ない。彼女にとっての優先はレミリアも了承済みだ。

 

「パチェ?」

 

 レミリアが立ち上がる。

 美鈴はパチュリーの様子がおかしいことに気付いた。同時にその理由も。

 小悪魔は、まるで重病人を看護するかのようにその主にしっかりと付き添っている。

 

「何があった」

 

 静かにレミリアは尋ねる。激すことなく、冷静に。

 不自然なまでに冷静に。

 まるで、既に答を知ってはいるがそれを認めたくないとでも言うように。

 パチュリーの身体ががくりとよろめいた。同時に、普段よりも深く、まるで顔半分を隠しているように被っていた帽子が落ちる。

 咲夜が悲鳴を噛み殺した。

 パチュリーの顔半分から頭部にかけて、無惨に焼けただれた痕がある。

 

「人間どもの魔女狩り……か」

 

 誰も動かず、咲夜だけがその言葉を発したレミリアへと向いた。

 

「パチュリー様にここまでのことができる、いえ、こんなことをする人間が幻想郷にいるのですか」

 

 咲夜さん。貴方なら、もしやすると。

 そう軽口を叩きかけた自分を美鈴は制止した。

 レミリアは次の瞬間、パチュリーの真横に移動していた。咲夜の時間停止を利用した移動よりも素早いのではないかとも思える速度。まさに超高速の領域であった。

 

「見せてごらん、パチェ。その傷痕を。その傷痕をつけた我が怨敵を血肉と糞の詰まった皮袋に変えるために、私を滾らせるために」

 

 フランドールが欠伸した。

 咲夜は信じられないという顔で彼女を見た。

 

「レミィ……助けて」

「ああ、パチェ。お前の願いを叶えずして何が友か、何が主か。我が復讐はお前の痛みを癒やすために、我が刃はお前の傷を埋めるために。我が猛りはお前の誇りのために」

 

 主の周囲に膨れあがる力を美鈴は感じていた。

 フランドールが顔をしかめる。

 咲夜は震えていた。レミリアが発しているのは人間が受けられるはずのない鬼気だ。

 フランドールがまた欠伸した。

 あ。

 美鈴は気付いた。

 

「……あの、お嬢様」

 

 気の抜けた言葉に、レミリアは鋭い眼差しを送る。

 

「今の私に戯けた言葉を向けるならば、それなりの覚悟をするがいい」

「いや、あのですね」

「まだ言うか」

「えーと、咲夜さん初めてです」

 

 目を見開いた吸血鬼がコテンと首を傾げる。

 

「……え?」

「ですから、これ、咲夜さん初めてです」

「え?」

「これ、この前やったの、咲夜さんが来る前ですよ?」

「……そだっけ?」

 

 レミリアは首を傾けたまま、パチュリーを見た。

 火傷痕はいつの間にか綺麗さっぱり消えている。

 

「……忘れてた。そういえば咲夜に見せるの初めてよ、これ」

「あちゃあ」

「あちゃあ」

「どうする、パチェ」

「……うん。べつにいいわ。続けて?」

「喜んで」

 

 方向性の変わった二人のやりとりを惚けた顔で見ている咲夜は座り込んでいる。どうやら、先ほどの鬼気で腰が抜けたらしい。咲夜とて人間である、失神どころか失禁してないだけでも充分大したものだと美鈴は思った。

 フランドールは仏頂面でワインを飲んでいた。

 

「お姉さま、やり過ぎ。というか、咲夜知らなかったんでしょ? ちょっと可哀想」

「あ、あの……妹様? これは、いったい」

「お芝居お芝居」

「は?」

 

 フランドールは呆れたように咲夜に言いながら、ワイン片手に生ハムの乗ったクラッカーをつまんでいる。

 

「パチュリーはね、たまに気が向いてお姉さまに構ってほしくなると、ああやってムードを盛り上げようとするのよ、いやらしい魔女ったらありゃしない」

「あはは、妹様。まぁまぁ、お嬢様とパチュリー様が仲良くしておられるのは良いことではないですか」

「仲良すぎ。ついでに美鈴は物わかり良すぎ。せっかくの夕食会だって言うのにタイミング悪すぎ。いやらしい吸血鬼といやらしい魔女はマイペースすぎ。聞いてるのかしら」

 

 パチュリーは何を言われたのかわからないように、やはり首を傾げている。

 ああ、これは本当にわかっていないな。と美鈴は苦笑した。

 小悪魔の困ったような表情を見るに、本当に悪気などなく気まぐれでやっているのだろう。

 それでも、この困った魔法使いを甘やかすのが偉大な吸血鬼だ。他所には決して見せない姿ではあるが。

 

「美鈴、咲夜に説明頼む」

「え、私がですか」

「フランにこれ以上変なこと言わせたら本気で怒るぞ。それに、私はこれから忙しくなるからな。ああ、私とパチェの食事は適当に片付けて構わん」

「さようで」

 

 小悪魔からパチュリーを抱きかかえるように奪うレミリア。

 力の抜けた耳元にそっと囁く。

 

「お前を護るのは私だ。お前を救うのは私だ。私に護られるのはお前だ。私に救われるのはお前だ」

「レミィ……護って……救って」

「もちろんだとも、愛しきメイガス」

 

 見た目とは裏腹な力強さでパチュリーの身体を抱きかかえ、レミリアは食堂を出ようとして一瞬止まった。

 首だけで振り向き小悪魔を、そして美鈴を見る。

 

(邪魔しても殺しはせんが、一歩手前な?)

(ひぃっ!?)

(しませんて。ごゆっくり)

(美鈴一言多い)

 

 出て行く二人を見送ると、フランドールも席を立つ。

 

「こっちにいるとなんか聞きたくないものが聞こえちゃいそうだから、部屋に戻るよ」

 

 自分たちには恐らく聞こえませんが、吸血鬼の鋭敏な五感も良し悪しですねぇと美鈴は言いながら、デザート替わりのお菓子を詰めたボックスを持たしてフランドールを送り出す。

 とはいえ、妹様はその気になれば耳を閉じて全く聞かずにやり過ごすことも可能じゃないですかねぇ、聞こえちゃうんじゃなくて、つい聞いてしまうの間違いですかねぇとまでは言わない。命は惜しい。

 それから美鈴は、ようやく床から立ち上がって椅子に座り直している咲夜に目をやる。

 

「さて、咲夜さん。説明は必要ですか?」

「当然」

 

 目が怒っているのを見て、美鈴は表情に出さずに笑う。

 ここで放心のままでなく怒気を出せるのはやはりさすがだと。

 

「はい。では、説明いたしましょう。百年ほど前、まだパチュリー様が生まれたての魔女で駆け出しだった頃の話ですね」

 

 外の世界でパチュリーが、趣味のフィールドワーク中に魔女狩りを専門とする秘密組織に捕らえられ、処刑されかけた。

 直前に知り合っていたレミリアが即座に駆けつけて救い出したのだが一歩遅く、命こそ助かったもののパチュリーは大火傷を負わされたのだ。

 激怒したレミリアによって組織は壊滅。

 そのあまりの怒りようと奮迅ぶり、そして救われたことに惚れこんだパチュリーは、それ以来たまに発情もとい気が向くと怪我を再現してはレミリアに甘えようとするのだ。

 魔女の求愛行動は複雑怪奇すぎる。と美鈴は話を締めた。

 

「咲夜さんがここに来てからはご無沙汰だったんですけれど……二十年ぶりくらいですかね」

「さっきのお嬢様は正直怖かったわ」

「実際にパチュリー様を救い出したときはあんなもんじゃなかったですよ。何しろ、小国一つに匹敵する組織をほぼ一瞬で壊滅させましたからね」

「さぞ凄いことになったんでしょうね」

「とくにパチュリー様が捕らえられていた隠れ家は大爆発の爆心地。なにしろ歴史に残っちゃいましたからね」

「はい?」

「現代では隕石落下のせいにされてますけれど」

「……百年ほど前?」

「はい」

「もしかして、シベリア?」

「はい」

「まさか、ツングースカ?」

「はい」

「あれ、お嬢様だったの……。本当に歴史の一部じゃない」

「まぁ、そういうことです」

 

 大きく溜息をついた咲夜は、テーブルに並んだ料理に目をやった。

 フランドールの皿だけが綺麗に平らげられている。

 美鈴は咲夜と小悪魔に呼びかける。

 

「温め直しましょうよ。パチュリー様とお嬢様の分まで食べちゃいましょう。なんなら、新しいワインも開けましょう。それくらいは許されてもいいはずです」

「そうね。そうしましょう。お腹が減ってきたわ」

「賛成です自棄食いの気分です」

「元気出してこあちゃん」

「いえ別に私はパチュリー様の従者ですから、エエ、従者に過ぎませんから、単なる従者ですからチキショー」

 

 三人はいつもより盛大に食べ、大いに飲んだ。

 やがて咲夜がしみじみと呟く。

 

「……とはいえ、パチュリー様が羨ましくないと言えば嘘になるわ」

「私はレミリア様が羨ましいですチキショー。そこ代われ。あああ、私がその時に召喚されてさえいれば、颯爽とお救いしてハートを射止めていたものをチキショー」

「落ち着いてこあちゃん」

「やっぱり、囚われの身から救われる姫って憧れるじゃない?」

「それはわかります。けれど私としてはパチュリー様に救われるより、パチュリー様をお救いしたいのですチキショー」

「落ち着けこあ」

「お嬢様に救われたいというわけではないけれど……」

「囚われのパチュリー様を救いたいです。誰か捕らえてくれませんかねチキショー」

 

 物騒なことを呟き始めた小悪魔を咲夜と美鈴は無視した。

 咲夜はワインのボトルを取り上げると、空になっている美鈴のグラスへと注ぐ。

 ボトルを持つ咲夜の手に被せるように、美鈴の手が重ねられる。

 二人の視線も重なった。

 

「咲夜さん、お二人にアテられてません?」

「アテられてもかまわないという気分にはなっているわ」

「奇遇ですね。私もです」

「ねえ、囚われた私を救ってくれるのは誰かしら」

「いかなる敵といえども、叩き伏せてご覧に入れましょう」

「チキショー?」

 

 小悪魔はとうとう言葉を忘れた。

 

「今宵、助けてくださる?」

「仰せのままに、我が姫」

 

 立ち上がる二人は、連れだって食堂を後にする。

 

 見送る小悪魔は、「チキショー!」と一言叫んで飲んだくれるのだった。

 

 

 






 美鈴と咲夜は普通に翌日
 泥酔した小悪魔は三日後
 パチュリーとレミリアは一週間後に部屋から出てきました
 フランドールがものすごい顔で二人を見てました
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