東方短譚   作:黄身白身

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耳の話です


耳ちゅっちゅ玉兎

 

 

「はーい。本日売り切れでーす」

 

 鈴瑚はお団子売り切れの札を立てる。

 清蘭のほうの屋台もほぼ同時に売り切れ札が立った。

 

「鈴瑚お疲れ」

「清蘭もお疲れ」

 

 今日は頑張った。

 頑張ったには理由がある。

 今朝方、清蘭と二人でお団子を仕込んでいたところ、彼女がポロッと言ったのだ。

 

「あのね、鈴瑚」

「んー?」

「今日お団子が早く売れたら、久しぶりに耳……」

「ん?」

 

 耳と聞こえた。

 玉兎同士の話でさらにこの流れで耳と言えば。

 耳ちゅっちゅで十中八九間違いない。

 誤解の無いように言っておくと、耳ちゅっちゅは別に変な意味ではない。耳の手入れである。

 親しい玉兎同士が互いに耳を手入れし合うというものである。

 自分の耳の手入れは難しい。何しろ頭の上にあるのだから。故に、親しい者同士で手入れをするという習慣がある。

 これが、非常に気持ちいい。とても、とても、気持ちいい。最高に、気持ちいい。ごくたまに、意志の弱い玉兎が手入れ中毒になってしまうほどである。

 耳ちゅっちゅの上手い玉兎は引く手あまたで周囲にそれを要求されるが、不特定多数に手入れを行うのは、玉兎の間ではふしだらなことだとされる。基本的には特定少数、できればただ一人の相手と行うのが常である。

 いわゆるコミュ障の玉兎はその相手を探すのに非常に苦労して、中にはずっと自分で手入れする玉兎もいるのだが、幼年期ならまだしも、玉兎として一人前になってからはあまり吹聴できる話ではない。

 耳ちゅっちゅパートナーは玉兎にとって非常に大切な相手なのだ。

 今の鈴瑚にとっては清蘭がそれである。

 清蘭との耳ちゅっちゅを想い、鈴瑚は発奮した。必ずやお団子を速攻で売り切ると。

 そして、売り切った。橘色のイーグルラヴィを舐めてはいけない。団子売りとしてもそれなりの経験を積んでいるのだ。

 そういえば、里で団子を売るようになってからどれくらい経つだろうか。

 最初は里の外れも外れ、ほとんど柵の外じゃないかと言いたくなるような場所だった。

 農作業帰り、狩り帰りの人間達がちょくちょく買い始めて、売れ始めて、小さな通りに屋台を構える許可がもらえた。

 やっぱり少しずつお客さんが増えて、アキューとか名乗るなんだか偉そうな小娘も常連になって、時々鈴仙が目の前を薬箱背負って歩いて行くのに気付いて、人間の振りした首飛ばし妖怪や狼妖怪も買いに来るようになって、売れ残りを抱えて帰る途中の水路から手を伸ばしてきた魚妖怪に買われたり、全然隠してない傘妖怪やメイド(妖怪ではないと本人は言うが、鈴瑚は信じていない)とかも買いに来るようになって。

 毎朝用意するお団子が売り切れることもしばしばで。そうすると帰りの水路にいる魚妖怪が哀しそうな顔をするのでわざと残して置いたり。

 なんだか上手いこと行っている団子売り屋台。

 今では大通りに屋台を構えている。それでもやっぱり屋台だけど。

 屋台で充分、と鈴瑚は思っている。むしろ、お団子を売る必要すらない。

 別に、ここで生きて行くにはお団子商売は必須ではないのだ。

 月での知識や技術を小出しにすれば生きていける。それなりの金になることは知っているし、現に今でも遠回しなお誘い、要求はあるのだ。主に河童や天狗から。

 ただ、小出しにする内容を失敗すればその瞬間から妖怪賢者に追われるけれど。

 それはいいとして(良くないと清蘭は叫んだ)、竹林の御二方にバレるというか怒られるのは拙い、拙すぎる。実力もさることながら神経が保たない。

 あの御二方に万が一億が一怒られたら、衝撃のあまりに魂が二百五十五分割してどこかへ飛んで行ってしまう。それくらい畏れているし、尊んでいる。

 その御二方のお側に仕えている鈴仙は凄いと鈴瑚は思う。そのうえ月にいた頃は綿月姉妹直属でもあったのだからこれはもう凄いとしか言いようがない。店のお団子の一つも奢っていい。一回くらいなら耳ちゅっちゅしてやってもいい。いやそれはさすがに駄目か。

 話を戻すと、鈴瑚と清蘭は今の境遇に、里の団子売りとして生きることに満足しているのだ。月に下手に関わって藪から蛇をつつき出すつもりは全くないのだ。

 

「えーと、そ、それじゃあ帰ろうか」

「うん……あの、鈴瑚? 耳、可愛いね」

 

 これは百%誘いの文句だと鈴瑚は悟った。

 口説かれているっ!

 耳ちゅっちゅのお誘いなのだ!

 

「清蘭の耳も可愛いよ。毛並みも」

 

 鈴瑚の(耳ちゅっちゅ的に)あけすけな言葉で清蘭が真っ赤になった。

 

「も、もぉ、鈴瑚ったら、そんなことこんなところで……」

「だってぇ」

「鈴瑚だって、垂れ耳が少し持ち上がってる」

 

 今度は鈴瑚が真っ赤になった。

 

「こ、こんな往来でなんてことを」

 

 だけど本音を言えば、これぐらいは見逃して欲しい。なんと言ってもこれから私たちは家に帰って耳ちゅっちゅなのだから。

 寂しい独り耳ちゅっちゅなどではなく、二人耳ちゅっちゅなのだから。

 独り耳ちゅっちゅしかできない玉兎はどんな玉兎なんだろう、ふと鈴瑚は考えてしまった。

 それはちょっといい歳した玉兎としてどうなのか。

 でも、たとえば……仲間がいない遠い異国の地で独りぼっちの玉兎がいて、たとえば位の高い月人に囲まれていて、そこでずっと働いてストレスが溜まって……あれ? 

 当てはまる玉兎がいるなと鈴瑚は気付き、考えるのを止めた。

 

「……なんか噂してる?」

 

 そんな波長を里から帰る途中の鈴仙は感じていた。

 たまにあるのだ。

 特に、月から団子屋が来てから。

 あの二人の通信をかすかに拾っているのかも知れない。気のせいかも知れない。

 ふぅ、とため息一つ。

 見なきゃよかった。と少し後悔。

 何を見たのか。それは二人が団子屋を始めてすぐの頃だった。

 

「月から来たあの二人、少しは援助してあげてもいいんじゃない? 永琳」

「姫様が仰るのなら一考しますが、あの二人がそれに値するかどうか」

「あら、値踏み? 月の頭脳の値踏みは怖いわね。何を評価するの?」

「評価というより覚悟を問います」

「地に這いずり生きる覚悟かしら」

 

 月を捨てる、離れるならばあるいは助けるかもしれない。

 月を売るならば決して許さない。

 

「ウドンゲ、調べてきなさい」

 

 鈴仙の調査の上、二人は許された。

 月に対する叛意はない。技術や知識を切り売りする気もない。

 ただの団子屋ならば、せいぜい贔屓にしよう。おおっぴらな宣伝でなくても、いくらでも援助の方法はある。

 ところが、鈴仙は見てしまった。

 調査中に見てしまったのだ。

 二人の耳ちゅっちゅを。

 鈴仙は今、それを思い出していた。

 見てしまった二人の耳ちゅっちゅを。

 別に珍しいことではない。玉兎ならばおかしい話ではない。誰だってやっている。誰だって、パートナーを見つけている。

 ここにいる、月を捨てて地に住む玉兎を除けば。

 

(ご無沙汰よね……)

 

 さて、この前の耳ちゅっちゅはいつだっただろうか。

 独り耳ちゅっちゅは計算に入れないとして。

 誰に耳を手入れしてもらっただろうか。

 そうだ……月にいた頃は依姫様、豊姫様が……優しくちゅっちゅしてくれた。

 とても優しく柔らかな、耳が蕩けるようなちゅっちゅ。

 思い出すだけで、耳の根元が疼くような。

 そこで唐突に思い出した。

 いや、思い出したくないことではある。

 地球に住み始めてからの耳ちゅっちゅ。

 純狐さんにはむはむされた耳。

 あれは半ば強引に、いや、間違いなく力尽くで捕らえられ、無理矢理に耳をはむはむされた記憶。

 あれは決して耳ちゅっちゅではない。

 絶対に違う。

 でも。

 認めたくないけれど。

 純狐さんの温かく柔らかい口内の感触は耳に確かに残っている。はむはむされた耳に舌の感触が残っている。

 純狐さんは玉兎の耳の手入れが非常に上手かった。とても気持ちよかった。その事実に嘘はつけない。

 何故か哀しくなって足が速まる。

 

「どうしたの、うどんげ」

「師匠、只今戻りました」

 

 永琳の前に薬箱を置いた鈴仙の表情は硬い。

 

「それでは、失礼します」

「待ちなさい」

 

 永琳は静かに言うと、鈴仙をそこに座らせた。

 

「さっき、連絡があったわ」

 

 誰から、とは言わない。それでも鈴仙には、さっき自分の感じた波長がそれだという確信があった。

 八意様に直接連絡と言うことは、鈴瑚と清蘭には関係なかったのか。

 ならば、連絡とは月、あるいは……

 

「貴方に謝りたいと、純狐から」

「純狐さんが……?」

「玉兎の耳の手入れのことをどこかから聞いたらしいわ。貴方に強引にしたのは無礼だったと」

「耳ちゅっちゅのことを……」

「ええ、耳の手入れのことを」

 

 永琳は耳ちゅっちゅと言わない。

 

「そういえば貴方、地球では手入れの相手もいないわね」

「そ、それはそうですけれど」

「月では、あの二人に手入れされていたのでしょう?」

 

 二人というのが誰のことか、聞くまでもない。

 

「おいでウドンゲ……いえ。おいで、鈴仙」

 

 静かに膝を叩き、鈴仙を招く永琳。

 

「師匠……」

「私だって、玉兎の耳の手入れくらいはできるのよ。たまには、甘えなさい」

「師匠」

 

 鈴仙は跪くように永琳の前に座り、耳を預ける。

 

「いい子ね」

 

 永琳は鈴仙の耳を優しく撫でるようにつまみ上げ、唇を近づけ……

 

「臭っ!!」

「え?」

「臭っ! なにこれ、神霊の涎臭い! ウドンゲ、貴方ちゃんと耳洗ってるのっ!? う、う゛ぇ……」  

 

 鈴仙は衝撃のあまりに魂が二百五十五分割してどこかへ飛んで行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 





純狐「うどんちゃんはむはむ(くさっ! なにこれ、うどんちゃんの耳臭い、でも、言ったら傷つくから我慢して)はむはむ(う゛ぇっ、う゛ぇっ)」

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