東方短譚   作:黄身白身

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襲名はディナーの後で

 

 ある日、魔理沙はふと考えました。

 お肉は美味しい。

 だけど、お肉を食べるためには家畜あるいは狩った獲物を解体しなければいけません。

 そして、煮たり焼いたりして料理します。

 魔理沙はキノコや山菜、果実を採集して料理することはありますが、実のところお肉のために獲物を狩って、直接解体調理したことは数えるくらいしかありません。ほとんどの場合はお店で買うか、誰かに分けてもらいます。

 そもそも魔理沙の能力は狩りには向いていないのです。

 パワー全開の魔法が大好きなので、狙った獲物は爆散します。可食部が残りません。

 その点、霊夢は見事です。狙った獲物をお札で気絶させて可食部取り放題です。

 本人に言わせると「血抜き処理面倒くさい」とのことなので、よほど困ったときでなければ狩りには出かけませんが、その気になれば猪だろう鹿だろうが、鴨だろうが兎だろうがうどんげだろうが狩り放題なのです。

 うどんげは駄目です。永遠亭と全面抗争になります。

 話が逸れました。

 妖怪の山に狩りの名手がいます。白狼天狗の犬走椛です。

 彼女に言わせると、獲物へのとどめの刺し方で味が変わる、らしいのです。

 恐怖に怯えた外来人を追い詰めると、とても美味しくなる、と。

 それを私に言ってどうするんだ、と魔理沙は思いましたが、その表情をどう勘違いしたのか、椛は笑って言いました。

 

「大丈夫ですよ、きちんと食べていい人間と駄目な人間は区別しています。そもそも、山に無断侵入しない限り襲いませんよ」

 

 だからこそ、たまに迷い込んでくる御馳走、もとい外来人は逃せない、と拳を握りしめていました。

 

「そうそう、鹿や猪も、狩り方次第で結構味が変わりますよ」

 

 そっちだけを話して欲しかったな、と魔理沙は心の底から思いました。

 とはいえ、妖怪の幻想郷ルールに則った食人を責めることなどできるはずがありません。

 魚系妖怪、例えばわかさぎ姫に「魚食べないで」と言われたら困ってしまいます。

 鳥系妖怪、例えば射命丸文に「鶏肉食べないで」と言われても困ります。たまに言ってくる女将夜雀もいますが。

 さて、味が変わると言えばもう一つです。

 お肉となる家畜には種類があると、早苗に聞きました。

 例えば牛、外の世界では色々な種類があって、お肉の美味しさも違うというのです。

 

「代表的なものと言えば、神戸牛、松阪牛、米沢牛……」

「どれが一番美味いんだ?」

「それが……結局、こっちで食べたお肉が一番美味しかったんですよね。お肉だけじゃなくてお野菜もお米も果物もお野菜もお水も。幻想郷凄いです。秋神様凄いです、うっかり改宗しそうになりました」

「おい」

 

 そこで魔理沙は考えたのです。

 牛の種類によって味が変わるのならば、人間はどうなのだろうか、と。

 人間も種類によって味が変わったりするのだろうか、と。

 別に食べたいと思ったわけではありません。しかし、好奇心が倫理とか人の心とかを置き去りにして見ないふりをするのは魔法使いの本能です。

 さすがに自分で食べようとは思いませんが、味の違いがあるのかないのかは気になります。

 例えば、特殊能力持ちの人間は美味しいのか。

 そう、仮に妖怪が食べるとすれば……

 阿求と小鈴は里に住んでいてルール違反なので除外します。

 霊夢に手を出したら紫や萃香が黙っていないでしょう。

 早苗に手を出したら二柱が黙っていないでしょう。

 咲夜に手を出したら紅魔館一同が黙っていないでしょう。

 誰に手を出しても大戦争勃発です。

 さて、

 魔理沙に手を出したら……手を出したら……黙ってない連中が思いつきません。

 

「やべぇ」

 

 魔理沙はそこで考えるのを止めました。

 違います、止めたのではなくて一旦休憩させただけです。魔法使いともあろうものが思考を止めてはいけません。それは一番の禁じ手です。

「思考無くして生存無し、思想無くして進歩無し」です。

 実際に魔理沙に手を出したりした場合はパチュリーとアリスと霊夢が黙っていないのですが、魔理沙は気付いていません。

 

「そもそも、食べる奴に聞けばいいんだよな」

 

 魔理沙は、実際に人間を食べる妖怪に聞いてみようと思いました。

 と、その前に一応。

 

「食べないわよ」

 

 紅魔館大図書室を訪問したところ、パチュリーはあっさりと否定しました。

 

「魔法の材料にはすることがあっても、食糧にはしないわ。味がどうこうなんて、レミィかフラン、さもなきゃ美鈴にでも聞きなさい。まぁ、あの三人だったら、食べるとしても実際の調理は咲夜でしょうけど」

「咲夜は自分じゃ食べないよな」

「……私の知る限りはね」

「調理はするんだな」

「少なくとも、ここの食事はね」

「ところで、小悪魔は食べないのか」

 

 パチュリーの後ろに控えていた小悪魔が可愛く肩をすくめました。

 

「食べられないことはありませんが、私はどちらかというと肉体よりも精神を食べたいです」

「ああ、小傘と同じか」

「そう言われるとなんか否定したくなりますね……」

 

 お礼を言って図書館を出た魔理沙は、紅魔館からの去り際に美鈴に尋ねました。

 

「パチュリーと肉の話をしていたんだが」

「肉……って」

「人間」

「何聞いているんですか。ああ、そうか。魔法使いの好奇心って奴ですか。好奇心は猫を殺しますよ」

「猫を殺すと藍とさとりが五月蠅いぜ」

「五月蠅いじゃ済まないでしよう、それ」

「で、美鈴はどうなんだ?」

「確かに食べることありますけれどね。私もこう見えて妖怪ですし」

「まあな。別にその辺りは今更気にしてないぜ。ところで仕入れ先は?」

「言っておきますけれど、霊夢さんや八雲紫に退治されかねないような事はしていませんよ」

「早苗になら?」

 

 あの二人よりも早苗のほうが許容範囲は確実に狭いだろうなぁと魔理沙は思います。なにしろつい最近まで外にいたのですから。

 美鈴は首を傾げます。

 

「あの子の許容範囲が今ひとつわかりません」

「諏訪子と神奈子ならわかってくれると思うぜ。神にも贄はつきものだ。向こうの世界じゃご無沙汰らしいけど、幻想郷にゃその辺りの儀式は健在だ」

「あの子も早く一緒に贄を食らって、人外に両脚突っ込めばいいのに」

「そうかもな。じゃあいいや。邪魔したな」

「あ、魔理沙さん」

 

 美鈴が引き留めました。

 

「その手の話を続けるなら、相手は選んだ方が良いですよ」

「なんか拙かったか?」

「鴨が葱と鍋背負って、さらに薪と火種背負った状態で『ボク美味しい?』って聞くようなもんですよ。相手によっては即『いただきます』ですよ。魔理沙さんが簡単に負けるとは思ってませんけど」

「お、おう、気をつけるぜ」

 

 さて、次は誰に尋ねてみようかと魔理沙は考えました。

 美鈴の話から考えると、きちんと理詰めで話ができるような妖怪が理想です。理屈よりも食欲有りきの妖怪だと下手に話を振れば襲われかねません。ルーミア辺りでギリギリのような気がします。とはいえ大概の妖怪相手ならば襲われたってなんとかなるのですが、話ができないのは無駄足過ぎます。

 魔理沙の知る妖怪の中で最も理に強そう、かつ純正妖怪といえば……八雲紫、八雲藍の二人です。

 

「藍なら、里に行けば買い物してるかもな」

 

 魔理沙は人里へと向かいました。

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 何を聞くのだ、この人間は。

 次の瞬間、認識を改める。

 そうか、これに関しては人間ではなく魔法使いと言うべきか。

 これが人間としての感性をもって尋ねているのなら、こちらも対処を考えねばならない。具体的に言えば、警戒だ。橙に監視させる必要がある。

 だが、今は一介の人間としてではなく、魔法使いとして尋ねているのだろう。

 こいつの中には二つの存在があるようだ。

 人間としての存在。そして、人間であり続けることを止めずに魔法使いであろうとする存在。

 背反であることは自ずからわかっているだろうに、それでも抗う姿は面白くもある。興味と滑稽、二つの意味において面白い存在だ。この霧雨魔理沙というのは。

 それにしても、私に聞くか、それを。

 この、私に。

 予想は付く。おおかた、理を持って欲を鎮めることのできる妖怪を探していたのだろう。該当するのが紫様であるのは明白だ。しかし、紫様を訪ねていくことなどこやつにはできまい。ならば、次善の私に行き当たるのは当然だろう。

 ああ、しかし、選りに選って私とは。

 九尾も舐められたものだな。いや、これも幻想郷が平和である証。そのような幻想郷になさった紫様の手腕を讃えるべきか。

 さて、どう答えよう。

 人間の味か。

 そうだな、確かに美味いよ、力を持った人間は。

 

「考えた事もないな。いや、人間を食べたことがないとは言わない。しかし、味について深く考えたことはないな。そもそも、紫様の式となる前の私は荒れ狂っていたケモノだ。理性無きケモノごときが餌の味など気にすまいよ」

 

 ふむ、種族魔法使いとなる前の人間魔法使いもおそらくは美味であろうよ。

 

「幻想郷結界の中で生きるようになってからは、妖怪としての存在を維持するためだけに食べているようなものだ。義務と言ってもいい。いわば薬だな。わざわざ薬に美味を求めるものなどいない。ああ、竹林のお姫様は例外中の例外だ。薬師殿も苦労しているだろうよ」

 

 だがな、一番美味なのは、巫女さ。巫女が一番、美味いんだ。

 

「お前も、紫様が外の世界から人間を調達していることは知っているだろう」

 

 先代の巫女が引退を決めた頃、紫様は五人ほどの娘を連れてきた。次代の巫女候補だ。

 素質はほぼ同じ。そして、外の世界に身寄りがない……いや、あったとしても誰も気にかけていない、いなくなっても誰も気にしない存在。

 幻想郷で生きていきたいと思わせた。そう思わせて、巫女としての修練を積ませた。

 

「外の世界でいなくなっても構わない存在。本人すらそう思っている人間。外の世界には決して少なくないんだよ。お前には想像しづらいかも知れないが、決して嘘ではない。山の風祝にも聞いて見ればいい。そんな人間がいるものなんだ、外の世界には」

 

 五人の中から今の霊夢が選ばれた理由は一つ。ただ一人、外の世界の記憶が完全に消えたからだ。

 紫様の話によると、理由はわからないが、どの代の巫女候補も必ず一人の記憶が消えるらしい。

 それが、幻想郷に選ばれた証だと。

 

「そうだ、妖怪によって好きな部位はあるかも知れないぞ。鶏肉にだってあるだろう、むね肉とかもも肉とか。……お前が聞いたんだ、そんな顔をするな」

 

 私は臓物が好きだ。橙はスープ皿たっぷりに入れた血を舐めたり骨の髄を啜るのが好きだな。紫様は新鮮な肉を好まれる、部位にはさほどこだわらない。

 

「帰るのか。興味があるなら都合してやろうか? 美味い肉を。……そう猛るな、自分でも悪い冗談だと思うよ」

 

 ああ、美味かったな、なり損ないの巫女達は。

 霊夢の襲名の日の食事は、本当に美味かったよ。

 

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