東方短譚   作:黄身白身

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長いお別れ

 

 最後に風呂をあがると、居間に残っているのは諏訪子だけだった。

 早苗の様子を訪ねると、早めに寝床に入ったと答えが返る。

 流石に疲れているみたいだね、と彼女は笑う。

 そうでしょうね、と私も思う。

 夕食を終えたときには既に半分寝ているような状態だったため、渋る早苗を急かして一番風呂に入れたのだ。

 こんなに疲れるのなら、もっと先達の方々に話をきちんと聞いておけば良かった。

 そう言って、早苗は笑ってた。

 そう、笑っていたのだ。疲れただけではない、恐らく感じているだろう身体の痛みを隠して。

 怪我や病の痛みではない。それは人間である限り避けられぬ、疲労からの痛み。

 

「ねぇ、神奈子」

「なんだい」

 

 諏訪子が何を言おうとしているか、私は知っている。

 

「今ならまだ、間に合う。私達の力なら、まだ間に合うんだ」

 

 私の答は既に決まっていた。

 

「駄目だよ。これは、早苗が自分で決めたことなんだ」

「だけど、神奈子、このままじゃ早苗は……」

「……早苗が、自分で決めたことだ」

「神奈子!」

「諏訪子。動いてはなりませんよ」

「なん、で……」

「私達はとうの昔に決めたのでしょう。この世界に来たときに、幻想郷に来たときに決めたのでしょう」

 

 そう。決めたのだ。

 

「私達には、早苗に返しきれない恩がある。だからこそ、神として早苗の望みに従うと」

 

 叶えるのではない。従うのだ。

 零落したとは言え、神ともあろうものがこの体たらくだ。

 私も諏訪子も、早苗にどれほど依存していたか。

 いや、していた、ではない。今も依存している。

 それでもだ。それでも、早苗の望みは優先されなければならない、それは神の、私の矜恃、そしてそれこそが早苗の望み。私達が神らしくあること。

 

「そんなの、嫌だよ」

「諏訪子」

「なんで、こんなこと……」

「諏訪子」

「なんで神奈子は平気なんだよ!」

「平気なわけないでしょうっ」

 

 私は怒気を発していた。諏訪子への怒りではない。自分への怒りでもない。どうしようもない、このどうしようもない流れに対する怒り。

 

「それでも、私達は笑って早苗を見送る」

 

 それが早苗の望みだから。

 御免なさい、諏訪子。だから私は酷いことを言います。

 

「アンタ、早苗の望みを無視する気かい」

 

 けくっ、と蛙のように諏訪子の喉が鳴った。

 

「早苗の望みを真っ向無視するつもりかい」

 

 諏訪子が震えていた。

 土着神の頂点、大いなる祟り神が震えていた。

 

「……強いんだね、神奈子は」

「……知っていたでしょう、初めて争った日から」

「嫌だ……」

「諏訪子」

「私が嫌がるのは、私の勝手だ」

 

 だけど、と諏訪子は続ける。

 

「笑って、見送るよ」

 

 きっと早苗がいなくなった後に泣くのでしょう。ええ、その時は私の胸を貸しましょう。いくらでも泣けばいい。

 私もきっと、泣いているでしょうから。

 二人で、気が済むまで涙を流しましょう。

 

 

 

「それにしても、寺子屋のお手伝いがあんなに疲れるなんて思ってもみませんでした。妹紅さんたちの話をもっとちゃんと聞いておくべきでしたね。いえ、きちんと慧音先生のお手伝いはやり遂げますよ。それじゃあ、寺子屋お泊まり会二泊三日のお手伝いに行ってきまーす」

 

 翌朝早苗は、そう言って出かけていった。

 私と諏訪子はとても寂しくて泣いてしまった。

 

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