東方短譚   作:黄身白身

9 / 29
鈴仙の作る玉子焼きはとても美味しいとの噂


玉子焼きの味

 ふう、と息をつく。

 師匠のお手伝いはとてもやり甲斐がある。

 医療とは奥が深いのだと最近ようやく実感し始めた。

 私が、命を救う。おこがましいかも知れないけれど、師匠はいつも言うのだ。

 

「自分が命を救う。言い換えれば、自分が命を奪う。いかなる時であろうと、その覚悟はしておきなさい」

 

 命の奪い方は、月にいたときから知っていた。得意だった。

 命の救い方は、地上で覚えた。まだ、得意にはなれない。

 だけど、やってみればわかることもある。双方は割と似ているのだ。

 それはそれとして。

 姫様が私を呼ぶ声が聞こえる。

 姫様に呼ばれたのならば、何をしていても即座に向かう。

 このとき何を放置しようが、致命的なものでさえなければ師匠は許してくれる。なぜなら、全てに優先されるのは姫様の呼び出しだから。

 

「イナバ、玉子焼きが食べたいわ」

 

 最初は嫌がらせかと思った。

 自分で食べる物を作ることはできる。とはいえ、姫様にお出しするようなものを一介の玉兎に作れとは無茶にも程がある。月でコックをしていたわけではない。勿論、主計兵だったわけでもない。

 それでも、命じられたからにはそれなりのものは作ろうと思った。

 頑張った。頑張ったのだ。

 出来はさんざんなものだった。玉子焼きにはなったけれど、どう見ても姫様にお出しできるような代物ではない。

 これは出せないなと黄昏れていると、姫様がやって来てあっという間に食べてしまった。

 

「うん。美味しい」

 

 そんな馬鹿な、と思った。

 確かに吐き捨てるほど不味くはないかもしれない。だけど、どう考えても里の食堂で出される玉子焼きのほうが美味しいと思う。ましてや、師匠の作る食事には到底及ばない。

 

「イナバ、いいえ、鈴仙が私のことを想って作ってくれたのだから、美味しいに決まっているじゃない」

 

 私は知った。姫様はそういう御方だったのだ。

逆に、相手のことを考えずに作った料理など、どんな高名な料理人が作ろうとも不味くて食べられないと姫は言う。

 

「また、作ってね」

 

 それから何度も呼ばれ、何度も玉子焼きを作った。

 作る度に、姫様は美味しいと喜んでくれた。

 私も嬉しかった。

 作る度に、私は姫様に美味しく食べて欲しいと強く想うようになった。単純に腕も上がっていった。

 それでも、腕は大切ではあるけれども重要ではない、想いこそが味になるのだと、姫様は教えてくれた。

 玉子焼き作りは、私の大切な役目の一つになっていた。

 師匠の補佐と里への薬売り、そして玉子焼き作り。それが私の役目だ。

 毎日里へ出かけ、薬を売り、置き薬を配り、時には医に関する相談をされたり、頼まれた買い物をしたり、そしてたまに玉子焼きを作る。

 薬の売り上げは当然師匠に報告する。

 いわゆる常備薬の値段はそれほど高くないが、風邪が流行ったりするとやはり売り上げは増える。特に増えた場合はお駄賃がもらえたりするので、里でお菓子を買うこともある。かりんとう饅頭が最近のお気に入り。

 勿論、高価な薬は滅多に売れないが、必要だという人はいる。最近では、三日に一度の程の割合で心臓の薬を求める人がいた。

 

「妹が心臓を悪くしていて」

 

 そういう彼は狩人を生業としている。時には妖怪の山麓付近まで近づいて獣を狩るというのだ。兄一人妹一人の二人きりの家族、その妹の薬代を稼ぐために。

 大変だとは思うし同情もする。ただ、必要以上の思い入れは互いのためにならない。それどころか里と妖怪の関係にまで関わる話だと師匠には釘をさされている。

 ところが、あるときからパタリと姿を見せないように、つまり、薬を買いに来なくなった。

 どうしたのかと思っていると更に数日後、彼の家で葬式が出されているのが見えた。

 師匠の薬の効き目は確実だが、病人自身の体力が続かなければ意味は無い。あるいは、薬代が続かなかったか。

 一言相談されていれば数回分くらいの薬はなんとかなったかも知れないが、私はそれ以上考えないようにした。仕方のないことだと、自分に言い聞かせた。

 彼が薬を買い続ける間は、師匠に病のことを話して在庫を切らさないようにしていた。私にできることなどそれくらいだ。

 

「自分が命を救う。言い換えれば、自分が命を奪う。いかなる時であろうと、その覚悟はしておきなさい」

 

 これも奪ったことになるのかな。

 気の重さを感じながら帰ると、姫様が待っていた。

 

「鈴仙、玉子焼きが食べたいわ」

 

 いつもの姫様の美しい声と笑顔。

 

「はい、姫様」

 

 姫様に望まれている自分が、無償に嬉しかった。

 

 

 

 

 永琳が断りを入れて部屋に入ってきた。

「ウドンゲに玉子焼きを作らせているって聞いたのだけど」

「ええ、とても美味しいわ」

「私も食べてみたいわね」

「駄目よ」

「あら、どうして」

 

 そんなに美味しいのなら自分も食べてみたいとの永琳に、私は即座に言う。

 

「私を想って作った玉子焼きだから美味しいの。あの子が貴女のことを想って作ったとしたら、私には美味しくないもの」

「じゃあ、それは私だけが食べれば良いのではないかしら」

「駄目」

「独り占めですか?」

「ええ。知っているでしょう? 私はわがままなのよ」

「ええ。昔から知ってます」

 

 ところで、と永琳は話題を変えた。

 

「もしかして、少し前まで味が変わっていたのではありませんか?」

 

 ああ、やっぱり知っていたか。

 あの子の玉子焼きの味がほんの少し変わった時期がある。

 あの子が別のことを考えていた時期。

 気になっていたのね、里の人間のことが。

 調べればすぐにわかったわ。

 妹のために頑張っている健気な男がいるって。

 でもね、駄目なのよ。

 鈴仙は私を想うべきなの。

 わかっている。それは色恋沙汰なんかじゃない。鈴仙の優しさ。

 でもね、駄目なのよ。

 私は、美味しい玉子焼きが食べたいの。

 だから、里へ行ったのよ。ただ、微笑んでみただけ。何も隠さず、微笑んだだけ。

 あの男が言ったのよ。なんでもするからもう一度笑ってくれって。

 私は何も求めてないわ。あの男が勝手に難題を欲しがったの。

 じゃあ、妖怪の山に入って狩ってきて欲しいって。それだけよ。

 その後なにがあったかなんて知らないわ。

 ええ。

 鈴仙の玉子焼き、大好きよ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。