携帯の画面を見ると時刻は20:06となっていた。
基本的にこの時間は外には出歩かないが先程まで学校に残っていた事もあり帰るのが遅くなってしまった。
帰宅するついでに寄ったスーパーにて購入した30%引きの惣菜パンが入っているビニール袋を右手に持ちながら暗い夜道を歩く。
特に何事もなく住んでいるアパートへ到着した僕は二階への階段を登り、自分の名前が書かれた表札の前に立ち部屋の扉の鍵を開ける。
ドアノブを引き、見慣れた風景が目に入ると思われたが
「いらっしゃいまs……」
瞬時に僕は扉を閉める。
なんか居た。
部屋を間違えたかと思い、確認するがやはり合っていた。気のせいかと思い、もう一度開く。
「いらっしゃ……」
また閉める。
やっぱり居た。
僕は自分の携帯でとある人へ連絡する。
電話をかけるのと同時に扉の向こうからコール音が聞こえきた。
「…"鷹嶺さん"何してるんですか?」
『目の前に居るんだから直接喋ろうよ』
扉を開き、スーツを着た鷹嶺さんが視界に入る。
「いらっしゃいませ。お客様」
「いつから僕の家はホストクラブみたいになったんですか?」
少なくとも朝までは普通だったはず。
よく見れば部屋の隅っこに着物を着た沙花叉さんが立っていた。
「この前言ったでしょ?ご飯作りに行ってあげるって」
まぁ確かに言ってはいた。
慣れというものは怖いもので、holoxでバイトを始めてからの濃い生活のおかげ様なのか家の中に勝手に入られたぐらいでは驚かなくなってしまった。…いやでも鍵はかけたはずなんだけど…どうやって入ったの?
そう思っていると部屋の中に設置されている机へと案内される。
ちゃぶ台と座布団といった今の雰囲気とはまったくマッチしていない見た目から予算が足りなかったのだと理解する。何故だか天井には光っていないミラーボールが吊り下げられていた。
「こちらメニュー表になります」
渡されたものに目を通す。
「結構種類ありますね」
ずらりと並んだ料理の名前から悩まされているとオススメと書かれたものに目がいった。
「じゃあこの"じゃがいもほくほく肉じゃが"で良いですか?」
「肉じゃが入りましたぁあ!!」
「まってまってまって!アパート!ここアパート!」
どこから持ち出したのか鷹嶺さんは手に持つマイクに向かって大きな声をだした。沙花叉さんの方を見るとタンバリンをシャカシャカしていた。
僕は鷹嶺さんのマイクを取り上げる。
「もう店のコンセプトが滅茶苦茶ですよ!クラブなのか料亭なのかはっきりさせてください!」
「じゃあ居酒屋で」
「まさかの別解が出て驚いてます」
そう言いながら鷹嶺さんは天井のミラーボールを外し、僕が気がついた時には沙花叉さんと同じ着物へ着替えていた。
「それで、肉じゃがで良いんだっけ?ご飯も食べる?」
「お願いします」
スタスタと台所へ向かう鷹嶺さんを見ていると、横から沙花叉さんがドリンクが書かれた紙をちゃぶ台の上に置いてきた。
「…僕お酒飲めませんよ?」
中にはアルコール飲料なども記載されていた。
「飲ませるわけないでしょ。海くんみたいなお子様はメロンソーダで十分だよ」
「じゃあメロンソーダで大丈夫です。あっ濃いめで」
僕がそう言うとちゃぶ台に赤い布を敷き、クープ型のグラスをピラミッド型のように積み上げていった。
「…何してるんですか?」
「シャンパンタワー」
「メ、メロンソーダでシャンパンタワー?」
それはメロンソーダタワーなのではないだろうか。
「ご不満でも?」
「いやなんでしょう、なんというか…もっとこう…盛り上がりというか…」
「お客様からコールのお願いです!」
「シャンパンタワー入りましたぁあ!」
「違う!違う!違う!だからマイク使って言うのやめてください!」
僕らの騒ぎが五月蝿かったのか隣人から壁をドンっと叩かれてしまった。
「壁ドン入りましたぁああ」
「怒られるの僕なんですよ」
明日、なるべく隣人と会わないようにしよう。
すると調理が終わったのか鷹嶺さんがお盆に完成した品をのせて、僕の方へ近づいてきた。
「こちら肉じゃがになります」
「ありがとうございます」
僕の目の前にあるのは、ちゃぶ台の上にメロンソーダが入った"シャンパンタワー?"と肉じゃがといった世にも不思議な光景である。
僕は気にせずいただきますと言った後、肉じゃがを食べ始めた。
どの具材も味が染み込んでおり、特にじゃがいもはほろほろで箸で簡単に崩す事が出来るほどであった。
「暖かい…」
「美味しい?」
「もう泣きそうなほど美味しいですよ」
「シャンパンタワーには感謝の意味合いがあるらしいんだ。これは私たちから海君への日頃の感謝だよ」
泣いちゃうってこんなん。
今までバイトを頑張った甲斐があったと思わせられる。
「うっ……因みに"材料費"とかどうしたんですか?お金が無いのによくここまで用意出来ましたね」
目からこぼれてくる涙を拭いながら聞くと、2人は僕から顔を晒した。
「…あの、なんで目を逸らすんですか?」
「ヒュー…」
「フヒュー…」
「なんですかその口笛」
すると鷹嶺さんが語り出す。
「お金は…バイト代から引かせてもらってます…」
「えっ?誰の?」
「海君の」
僕は持っていた箸を手から離れてしまい、カランと落ちた音がした。
僕は落とした箸を拾い上げる。
「だあぁああ!」
ご飯を口の中へ流し込み、空になった茶碗を鷹嶺さんへ渡す。
僕は口の中に含みながら喋る。
「ふぉうならやふぇぐいでふよ!(こうなりゃやけ食いですよ)」
「何言ってるか分かんないけど多分おかわりだよね!」
僕の渡した茶碗を受け取り、ご飯をよそってくれた。
今月の光熱費、どうしよう。
ーーーーーー
時刻は22:00、僕は食べ終わった食器を洗いながら鷹嶺さんと会話をしていた。一方、沙花叉さんは眠かったのか床の上で寝てしまい、風邪をひかないように上にかけた掛け布団にくるまっている。
「今日は2人とも泊まっていくんですか?」
「時間も遅いし泊まろうかな?」
「後で2人分の布団、用意しときます。僕は椅子の上で寝るので」
蛇口から出る水の音を聞きながらそう言う。
話す話題が尽きてしまい数秒間沈黙が続いた後「そういえば」っと思い出したかの様にとある質問を投げかけた。
「鷹嶺さんっていつからholoxに居たんですか」
「うーん、覚えてないかなぁ。ラプに誘われて入ったのは随分昔の事だし…」
「よく世界征服って話に乗っかりましたね」
「まぁ最初から世界征服が目的ってわけでもなかったんだけどね」
笑いながら少し自慢するかの様な声が僕の耳に入る。
「今じゃダラダラと何をしているのか分からないけど…」
「本当に世界征服をする気なのか分からないですよね」
「ラプはただ単に本気を出してないだけだと思うよ。あの子の力の底は私でも測れないから」
「総帥と1番付き合いが長い鷹嶺さんでも分からないですね」
ふと手元を見ると使用した食器は全て洗い終わっていた事に気がついた。
僕は水を止める為、蛇口のハンドルをひねる。
「皿も洗い終わったので鷹嶺さんの駄洒落をおつまみに一杯どうですか?」
僕は積み上がったメロンソーダを指差しながら鷹嶺さんへ提案した。
「良いねそれ!popな話もあるし、炭酸と合いそうだよ!」
僕と鷹嶺さんは各自メロンソーダが入ったグラスを取る。
「じゃあ乾杯しますか」
「カンパーイ!」
カチンっとガラス同士が当たる音が鳴る。
入れてから時間が経っているのか炭酸は弱くなっていた。
「さっきのシャンパンタワーの話だけど、感謝は本当にしてるんだよ?海君が皆んなの為に働いてる事は私が一番理解してるつもりだし、私の中で大切な人の1人だよ」
「びっくりしたぁ!心臓に悪いんで落とそうとしないでください!急に優しくされるとドキドキで心臓はじけちゃいます」
「ほれpopでしょ?」
popな話ってそう言うことか
「そういえば私海君がholoxのバイトに入った理由、知らないんだよね。海君こそよく世界征服って話に乗っかったよね」
「あれ?総帥から聞いてないんですか?てっきり皆んな知ってるもんかと思ってました」
隠す事でもない為、説明しよう口を動かす。
「僕がholoxのバイトをしているのは…」
「うぅん、あれ?沙花叉寝てたの?」
タイミングが悪い事に僕の話を遮る様にむくりと起き上がった沙花叉さん。運が悪いのか立ち上がろうとした沙花叉さんの足に掛け布団が絡まってしまい体勢を崩してしまった。
「うわっ!」
倒れ込んだ方向にあるのはちゃぶ台。嫌な予感がする。
「沙花叉!」
沙花叉さんがバランスを整えようと無意識に手を伸ばしたのはグラスの下に敷かれている赤色の布。しかし布一枚で倒れる体を支えることなど出来るわけもなく、掴まれた布は沙花叉さんにより引っ張られる。グラスが倒れると思いきや奇跡的にテレビ番組などでよく見るテーブルクロス引きをやってみせた。いや凄いな。
しかし運が悪い事は変わらず沙花叉さんは赤い布を持ちながら顔を地面にぶつけてしまった。
「「おおお〜〜」」
僕と鷹嶺さんはパチパチと拍手をせざるを得なかった。
「拍手してないで沙花叉の心配をしろよ!」
顔を赤くしてしまった沙花叉さんは足をドスンと怒りを地面に叩きつけた。
その振動からかテーブルクロス引きで少し不安定になっていたグラスがグラグラと揺れ始める。
「あっ」
「まずい!これ、借りてたやつだから割ったりしたら海君のバイト代が0円になっちゃうよ!」
「鷹嶺さんはなんで僕のバイト代で弁償する前提で言ってるんですか⁉︎」
そうしているうちにグラスの揺れは増していく。
「このままじゃ僕の部屋がメロンソーダとガラスの破片で埋め尽くされるだけでなく、
「
「やかましいわ!」
鷹嶺さんのボケを受け止めながら考えた案掛け布団をクッション代わりにしてグラスたちを受け止める事。この際、掛け布団がびしょ濡れになるのは仕方ないな。
「鷹嶺さん!掛け布団の反対側持ってください!」
僕は倒れ込んでくるであろう場所に掛け布団を広げる。
数秒後、運がいい事に倒れてくるグラスは全て掛け布団をクッション代わりにしたおかげで割らずにはすんだ。
しかし掛け布団、地面はグラスの中に入っていたものでびしょびしょとなっていた。
「…すんごい甘い匂いがします」
「ルームフレグランスと同じって事で沙花叉的には良いかと…」
「蟻さんがセットで付いてきますね」
床にこぼれたジュースを拭いた後、僕はベランダにて博士へ2人が泊まる事を伝える為に電話をかけていた。
「もしもし博士?沙花叉さんと鷹嶺さんなんですが…はい……あっそうです。今日は泊まると…何笑ってるんですか?」
携帯から博士の笑い声が聞こえてきた。
「…なっ!そんな事するわけないでしょ!そういうことなんで電話切りますね!」
電話を切った事により周りは静寂だけが残る。
「夜は寒いな」
そう言いながら窓を開け、入った部屋からはほのかにメロンの匂いがした。
あと何話後か分からないですがシリアスな展開がきます。