「文化祭の日も近づいて来ましたね」
僕は教員として紛れ込んでいる博士と共に学校の廊下を歩いていた。
周りを見渡すと板にペンキを塗っている人や、衣装を作るためか裁縫をしている人とそれぞれのクラスが放課後という時間を削り精を出している様子だ。
「青春だねぇ〜。学生が一つの目標に向かって協力する光景は良いものだよ」
「なんか1人暴れてる人が居ますけどね」
前方を見ると総帥が他クラスの生徒へちょっかいを出していた。
「これ何を作ってるんだ?」
「えっ?たこ焼きの…看板だけど」
「たこ焼き!吾輩食べたい!」
総帥の学校での一人称が私から吾輩へ変わっているが周りは対して気にしてないらしい。すると周りの生徒が総帥に気が付くと同時に何かを手に持ちながら駆け寄ってきていた。
「ダークネスちゃん!これうちのクラスが試作で作ったチェロスだけど食べてみる?」
「良いのか⁉︎」
「田島さん!今度のお化け屋敷はびっくりさせるような演出を用意してるからね!」
「吾輩を驚かせようなんて一万年早いわ」
いつの間にか出来上がった総帥を囲む様に人だかりを唇を噛み締めながら眺める。
「総帥…気がついたらいろんな人から慕われてますね。僕、嫉妬で頭がどうにかなりそうです」
この高校に居る歴の長さでは僕の方が上なのに…何故僕にはお友達が出来ないんだ。メダルすら交換できないのはおかしいだろ。
「そういえば海君のクラスは何をする予定なの?」
「僕のクラスは屋台とかじゃなくて演劇です。因みに僕はスポットライト役で皆んなを照らしまくります」
役決めの為のオーディションで見せた自分の演じるという能力があれほど無いと痛感させられるとは思いもしなかった。
「そのおかげか今こうやって暇を持て余してます」
「ラプちゃんは何役なの?」
「台詞の少ない役として村人Bを選んだらしいです」
総帥曰く、"目立つべきなのはここの生徒だ"とのこと。
「僕と総帥は部室に行きますけど博士はどうしますか?」
「こよはまだ少しやる事が…あっ!思い出した!」
するとポケットから畳まれた紙を僕へ渡して来た。
内容は文化祭での出し物の企画書。何故僕へこれを渡して来たのか疑問に思っていると
「部活動や同好会も何か一つ出物をしないといけないんだよ」
「…聞いてないんですけど」
「伝達するはずの部長さんが停学中だからね。伝わるのが遅れちゃったんだって」
紙の内容を読んでみると締め切りの日付が"今月の15日"っと記載されていた。自分の携帯で日付を確認する。
「提出期限今日までじゃないですか…」
僕は駆け足で総帥の方へ向かう。
「田島さん、早急にやらないといけない事が出来ました。ほら!ありがとう言って、さようならしなさい!」
僕がそう言うと総帥はチェロスを咥え、手を振りながらそれをくれた人へ感謝の言葉を言った。
「ありがとぉ、バイバーい」
見送る人を背に僕らは部室へと向かった。
「そういう事で1人づつ出物の案を言っていきましょう」
部室に着くと同時に出し物が必要だと説明した後、集まった人へ意見を求めた。
「メイドカフェ!」
「世界征服!」
「水族館!!」
「資金的に水族館は厳しいですね」
博士、総帥、沙花叉さんの順で言われる案。僕は後ろを向き、ホワイトボードに出されたモノを書いた。
今のところメイドカフェという案しか実現出来ない現状に絶望した。
しかしとある事に気がつく。
「いやちょっと待って!!」
僕は向いてた方向を前へ戻す。
「なに堂々と紛れ込んでるんですか⁉︎沙花叉さん!」
何故か総帥と同じ制服を着た沙花叉さんが当たり前の様に椅子に座っていた。一瞬気が付かない程馴染んでいたなこの人…いったいいつから居たんだ?
「やべっ。バレた」
「…まぁこの際、人手不足なので僕の高校に居る事については何も言いません。特例で」
言ったところで何も変わらないだろう。
「もう沙花叉すくいで良いんじゃないか?」
「沙花叉すくいってなんだよ」
「そもそもクロたん、水族館でなんの魚を入れる気なの?」
「シャチ!沙花叉のシャチショーで荒稼ぎよ!」
スイスイと泳ぐジェスチャーをする沙花叉さん。
「沙花叉さんが泳ぐんですね」
プールで泳ぐ気だったのだろうか。
「他に何か案とかあります?」
「マヨネーズ試食会!」
「ASMR!」
「ルイ姉と…ぐへへへ」
「もう私利私欲ですね」
先程と同じ順番で出さられた案を取り敢えずホワイトボードへまとめる。
「うーん…可能なものは"メイドカフェ" "ASMR" "マヨネーズ試食会"ということで」
「どうせなら全部合体させて"マヨネーズのASMRメイドカフェ"でいこう」
「夢が詰まってて良いですね」
総帥が言い出し、全てを詰め込んだ何が目的なのか分からない出し物の出来上がりである。…需要あるのかな。これ。
そんな疑問を抱いていると博士がとある提案をしてきた。
「試しにマヨネーズのASMRやってみる?」
「確かにどんなものなのか気になります。お願いして良いですか?」
"こよに任せなさい!"とポケットからマヨネーズを取り出し、いつも持ち歩いてるんだなっと理解した。
博士は僕の耳元に顔を寄せマヨネーズを吸い始め、数秒間のうちに行われたASMRから僕らは悟る。
「「「…」」」
なんとも言えない数秒間の3人の沈黙を博士が問答無用で破いてきた。
「なんかコピペ対策みたいだね」
「なんで言っちゃうんですか⁉︎僕らあえて言わなかったのに!」
「なんでこよの声にモザイクが入ってるの?」
「フハハハ!残念でしたね!ここでは"よく分からない力"によってセンシティブっぽい発言は規制されるんですよ!」
「おコピペ対策!」
「ちょっと博士!よく分からない力に抗わないで!誰かこの人を縛る紐を持ってきてください!」
教室の隅に博士を紐で椅子に縛り付けた。博士は"はなせぇ!"っと抵抗しているがこの話し合いが終わるまで我慢してもらおう。
「まぁマヨネーズASMRを取り入れるかはまた後で決めましょう」
「メイドカフェに対して不賛成ではないが、博士合わせても4人だけだと回転率が悪くないか?」
「えっ?沙花叉もやるの?」
「この話を聞いたからには働いてもらいますよ」
「なんで闇取引の現場みたいな緊張感が走ってるんだよ!沙花叉働きたくない!」
しかしその問題を解決できるであろう策を僕は持っていた。
「メイドカフェをやるとなれば人手は問題ないかもしれないです」
自分のポケットから携帯を取り出し、ある人へ電話をする。
その相手というのが
「もしもし?"先輩"ですか?」
先輩であった。
理由は文化祭のパンフレットを見た時に先輩のクラスの出し物が僕らと同じメイドカフェである為、もしかしたら利用できると思ったからだった。
『我が後輩よ。我になんのようだ?』
「そちらの人材、少し譲ってくれません?」
『なにこれ?闇取引?』
文化祭の禁止事項の欄には"他クラス、団体との協力"を指すようなものは書いていなかった。噂によればスポンサーをつけてるクラスもあるとのこと。やる気が凄いな。
そこで僕が考えたのが、出し物が同じである先輩のクラスの人材を借りる事であった。あの先輩の事だ、クラスの中での発言力は高いだろう。
『それって俺のクラスにメリットとかあるの?』
「メリットなら…」
そう言われた時、総帥が"吾輩に変われ"と僕の肩をポンと叩いてきた。
「もしもし?吾輩が変わった」
総帥が僕の携帯で先輩と連絡を取り合う。
先輩の声はこちらからでは聞こえてこなかった。
「…それでメリットだが都合の悪い事をしない事だな」
「それってメリットなんですかね?」
「……じゃあ吾輩達の利益をある程度渡すで良いか?人件費とか諸々ってことで」
数分後、話し終えたのか総帥は僕へスマホを返してきた。
「数名ここへ呼んで来てくれるってよ。あと衣装とかも貸してくれるらしい。これで人手不足は解決だな!」
「よく承諾してくれましたね」
「吾輩にかかればこんな交渉も朝飯前よ!」
っと自信満々に言う総帥。
「それじゃあ企画書に書いときますね」
「予算とかどうするの?」
「うおおーい、無視するなぁ、そこのバイトと新人」
「ラプちゃん凄い!」
「もう吾輩には博士だけだよ!」
博士へ飛びつく総帥を無視をしながらペンを動かす。
記入しないといけない箇所は書き終わり、あとは提出するだけとなった。
「最後にマヨネーズASMRを入れるかですね」
最後の難題に僕らはぶち当たった。
あれだ。模試とかで残してた難問と向き合う時間に近いヤツ。
「吾輩どっかで聞いたけど最も売上が高かった所には景品が貰えるらしいぞ?」
「他の所と差別化したいんだったら必要なのかな?」
「別に僕らは景品が目当てでもないですから…」
「こよは必要だと思います!」
ただでさえゲーム同好会とかけ離れている出し物なのだからこれ以上ややこしくするのはまずいと僕は思った。
このまま企画書を提出しようと机の上に置いていた紙を取ろうとするが、置いていたはずの物がそこから無くなっていた。
「あれ?総帥、ここにあった企画書の紙、何処にいったのか分かりますか?」
「いや?知らないが?」
嫌な予感がした僕は博士が居た場所の方へ目線を向ける。
紙と同様、博士の姿が無かった。
瞬間、教室から企画書と思わしき紙を握った博士が扉を開け、外へ出て行ってしまった。一瞬の出来事で僕たちの反応は遅れる。
「これでマヨネーズがタダで貰える!」
「…ああぁあ!」
「持ってかれちゃったな」
「持ってかれちゃったなじゃないですよ!」
「別に良いんじゃない?」
そこまで問題ではないと思っている2人に対して僕の見解を言う。
「あの人、絶っっ対マヨネーズASMR書きますから!あれやったら同好会の名前が変な方向へ変わってしまいますよ!部長が帰ってきた時に名前がマヨネーズASMR同好会とかになってたら可哀想でしょ!」
止めなければと自覚しているが相手はコヨーテの博士、僕一人では追いつく自信がない。
「総帥!博士を追うの手伝ってくれませんか!」
「嫌だよ、めんどくさいし」
「今日の夜ご飯、お肉を使ったハンバーグにしてもらいましょう。材料は僕が買うので」
「おい!待てこら博士!!」
僕の提案を聞いた瞬間、総帥は勢いよく教室から飛び出した。
僕と沙花叉さんも同じように教室を飛び出し、辺りを見渡す。教室を出て右側の廊下を走る総帥と博士の姿が目に入った。
廊下を走るなと言う側の人が走ったら駄目だろ。
すると総帥が走るスピードを落とし僕へ話しかけてきた。
「多分このままじゃ博士には追いつけない。だから新人、吾輩を博士へ向かって思いっきり投げろ!」
「偶に言ってる事がおかしいって自覚あります?」
「任せて!ラプラス!」
「もういいや!やっちゃってください!沙花叉さん!」
言われたとうり、沙花叉さんはひょいっと両手で総帥を持ち上げ、博士に向かって投げられた総帥は頭から放物線を描きながら博士の方へ向かう。しかし運が悪い事に総帥が投げ飛ばされた前方の教室から見知った人が姿を現した。
「あれ?海君じゃん!さっきの話だけど…ん?」
そこには女性用であろうメイド服を着た先輩の姿があった。なんであの人が着てるんだ。
「先輩!前方ダークネス!飛んで来ます!」
「えっ?なんのこと…ブホォッ!!」
そう言った時に総帥は既に先輩の目の前だった。
真正面から総帥の角が当たりゴンっと鈍い音がなる。
何事もなかったかのようにむくりと総帥は立ち上がるが、先輩はピクリともしなかった。
「先輩⁉︎」
「捕まえたぞ!博士!」
「うええええ!!ラプちゃん⁉︎」
僕は先輩の方へ駆け寄り、倒れている体を起こす。
「先輩大丈夫ですか⁉︎」
意識はまだあるようでプルプルと震える手で顔を覆いながら
「俺が何したって言うんだ」
っと小声で言った。
どうもよく分からない力です。