TSウマ娘です。それ以上でも以下でも無いです(震え声)

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TSウマ娘ちゃん

 中学校の頃、私は陸上選手になるのが夢だった。

 ひたすら練習に励んだ。その分成果は出る。しかし、私より速い奴は、校内にも、他校にも、沢山いた。いつしか、私は練習をするのが嫌になっていた。

 高校生の頃、私は漫画家になりたかった。

 念願のスマートフォンを手に入れて、やりたくもないバイトをして原稿用紙とミリペンを揃えて、私の好きな漫画が何故売れているのかを研究して、自分なりのストーリーを組んで、三ヶ月程だっただろうか、私は40数ページの漫画を完成させ、漫画賞に応募した。

 結果は、佳作。つらつらと書き連ねられた漫画の欠点を読んで、頭の中にはあーだこうだと、言い訳しか浮かばなかった。

 いつしか、切れかけのミリペンは埃をかぶっていて、私は掌大の薄い板が映す、熟れた果実のような甘い虚構の虜になっていた。

 そこそこの大学へ進学し、友達は作らず、私は目標も失っていた。それで良かった。私には虚構という逃げ場があったからだ。

 虚構は全てが思い通りになる。自由だ。がんじがらめで、つまらなくて、色がなくて、息が詰まりそうな現実とは違う。

 虚構は私を否定しない。

 虚構は何もかもを受け入れる。

 現実なんていらない。

 逃げたい。

 大学を卒業して、私はスーパーの正社員となった。

 日々を無為に過ごしているのは自覚していた。どこで間違えた、なんて考えるのは日常茶飯事だ。相変わらず、私の視界に色がつくのは、スマートフォンという窓から覗ける虚構だけだった。

 8時に帰宅して、母が作った味気ない、冷えた料理を温め、その合間も虚構に浸る。飯を食べている最中も、寝る前も、挙句は仕事中も、多分、現実よりも虚構に向かっている時間の方が長い。

 いつも息が詰まりそうだった。

 スーパーに勤めて三年が経った時だった。

 “ウマ娘プリティーダービー”がリリースされた。

 調べれば、競走馬が擬人化されただとか、三年前から開発されていただとか、アニメが放送中だとか。早速、私はアプリをダウンロードし、アニメを見始めて、

 私は、完全に虚構に取り込まれた。

 競馬になんて興味は無い。私が引き込まれたのは、美しくて、可愛くて、煽情的なウマ娘、そして、そんな彼女達が生きる世界。つまり、虚構。

 アニメは私に久しく感じていなかったカタルシスを与えてくれた。一期と二期、両方に違う良さがあって、ゲームはキャラクター一人一人のストーリーに魅力があって、熱くなれる対戦要素は私の心を掴んで離さない。

 家から出るのが億劫になった。攻略サイトを無我夢中で漁っては強いウマ娘を作った。イラスト投稿サイトのウマ娘に一喜一憂して、欲を満たした。運営の杜撰さをネットに吐き出した。アニメを二周、三周と見続けた。そして、またウマ娘を育成する。

 ある時、私は思った。

 何故、私はウマ娘じゃないんだろう。

 その瞬間、何もかもが空っぽになった。

 どうやっても、私はウマ娘になれない。母の「働いてくれ」という懇願が怖い。虚しい。何も聞きたくない。

 ウマ娘になりたい。

 平面なウマ娘に色がないことに気がついた。

 会いたい。

 ライスシャワーに会いたい。

 お兄様って呼んでほしい。お姉様でもいい、いや、一緒に切磋琢磨したい、ブルボンやマックイーンのレースで、悪役として蔑まれて心を痛めたライスに寄り添いたい、宝塚記念を共に乗り越えたい、その後は、その後は。あぁ、推しカプを見たい。ブルライ、テイマク、あ、マクイクも良い。

 とにかく、ウマ娘になりたい。

 私は祈った。すると、気持ち良くなって、意識が朦朧として、眠たくなって、

 女神の笑顔を見た気がして。

 気がつけば、私はウマ娘になっていた。

 柔らかな肌、肢体、黒い髪、そして頭頂部に移動した耳、尻尾。間違いなくウマ娘だ。

 途端に、周囲に色がついて、可愛らしい女の子の部屋の中心に立っていることに気がついた。

 テレビを見ると、シンボリルドルフが出ていた。ミスターシービーも、マルゼンスキーも。虚構じゃなくて、生きている。

 それだけで、ウマ娘の世界に存在できているだけでは満足できなくなった。

 全員と絡みたい。

 ウララを撫でくりまわしたい。

 クリークからタマと一緒に逃げたい。

 スペちゃんとオグリの大食いに圧倒されたい。

 私は小学六年生になっているようだった。勉強内容なんて高が知れているから、成績優良者としていつも褒められた。しかし、そんなことはどうでもいい。そこにウマ娘はいたが、名前も知らないモブしかいないのだから。

 私が求めているのはトレセン学園での生活だけだった。

 そして、その地方で私は負け無しだった。おかげで、わたしはトレセン学園に入学するには苦労せずに済んだ。

 澄み渡る青空を羽ばたいているような気分だった。真新しい、本物のトレセン学園の制服に袖を通して、入学式で誰かもわからない会長の演説を聞いて、名も知らないウマ娘しか居ない教室に存在できて、選抜レースでレベルの高さを再認識して、トレーナーを得て、

 デビュー戦、3着であった。

 目覚まし時計なんてない。

 未勝利戦をなんとか勝利し、オープン戦を一つ勝利し、朝日杯FSに出て、

 5着。入着ギリギリ。

 おかしい。

 勝てない。

 皐月賞は6着だった。日本ダービーは5着だった。菊花賞は7着だった。有馬記念は7着、その次も、そのまた次も、次も、次も。

 ある時、久しぶりに1着を取った。小倉記念。GIIIのレースでようやく勝てた。

 なんで。G1のタイトルはひとつも取れないんだ。

 そして、私の最推しのウマ娘が誰もいない。

 ある時、トレセン学園の図書館で、絵本を見つけた。

 作者は、ライスシャワーだった。

 私は、虚構が現実になったことを悟った。

 現実だから、色が薄れているのが良くわかった。

 そこそこ走って、私は引退し、トレセン学園を卒業した。貯蓄はあるが、働かなければならない。

 働きたくない。

 ライスはどこ。

 推しカプは、アオハルは、URAファイナルズは、あぁ。

 連日、夜道を徘徊した。刺されれば終わるかなって。

 刺された。でもウマ娘は頑丈すぎた。雑音が響く病院で手当を受けて、すぐに退院した。

 睡眠導入剤を口いっぱい頬張った。10回はそうした。気分良く八時間たっぷり寝ただけだった。

 虚しい。

 知らない温もりじゃ気持ち良くならない。

 虚しい。

 空が灰色に見える。色が見えない。

 虚しい。

 虚しい。そう言い続ける。

 今日は有馬記念の日だ。こたつに足を突っ込んで、せんべいを齧りながらテレビを見る。

 傍には、スマートフォンが置いてある。

 あぁ、明日の用意もしないと。


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