TS僧侶ちゃん、パーティから追放される。   作:WhatSoon

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3話

ヨヨマヨの森。

 

そこは木が生い茂る、豊かな森。

様々な草花が生えており、新人冒険者はここで薬草を採取したりする。

 

春に木々は豊かな果実を付ける。

夏は木漏れ日に小動物が──

 

 

「ひっ、ひぃっ」

 

 

だが、今目前にあるのは穏やかな光景ではない。

 

今生の幼馴染、兼パーティメンバーのケンジ……が、剣を血で濡らしている様子だった。

 

 

「あ、あひっ……」

 

 

思わず後退り……その瞬間、チンピラBとCが剣を抜いた。

 

 

「て、てめぇ!誰だ!?」

 

「ヤリっちを殺しやがって!」

 

 

ケンジが俺を一瞥して……更に顔を険しくした。

口を閉じたまま、剣を払った。

 

ビチャッと音がして、血がテントに付いた。

そして、深く、深く息を吐いた。

 

怖い。

さっき漏らしてなかったら、今チビってた。

 

 

「何とか言えや!ヤリっちは差別主義者で女に暴力を振るうし、金にルーズで人から金を巻き上げるけど、ホントは良いやつでっ──

 

 

スパン、と斬れる音がした。

 

俺の前にまた、生首が転がって来た。

チンピラCの生首だ。

 

 

「う、わぁ……」

 

 

その顔は話している途中、憤っている顔で……斬られた事にも気付いていない。

 

実際、俺も剣を振った瞬間が見えなかった。

 

ケンジはAランクの魔法剣士だ。

 

つまり、すごく強いと言う事だ。

ランク、高い。

とても、つよい。

簡単な話だ。

 

普段は後ろから治癒魔法とか補助魔法掛けてるだけだったから、あんまり実感がなかった。

 

だが、よく考えれば……いや、よく考えなくても、その辺のチンピラの100倍つよい。

 

CランクとBランク……そして、BランクとAランクには大きな壁がある。

それだけAランクの冒険者は強い。

 

まぁ、女神から回復チートを貰ってる俺と同じランクなのだから同格……つまり、チート級冒険者と言う事なのだ。

 

 

「う、うわぁあ!」

 

 

チンピラBが錯乱しながら剣を振るい……ケンジが剣を振るった。

 

構えていた剣が、切断された。

 

そして。

 

哀れ、斬られた男は上半身と下半身に別れてズリ落ちた。

 

 

何か腸とか色々、ヤバいのがヤバい感じにヤバくて俺の前でヤバくなった。

 

 

「…………」

 

 

声は出なかった。

見えるスプラッターなビジョンが脳のキャパシティーをオーバーしてるのだ。

 

そして、ケンジが俺を見た。

その目は、まだ険しい。

 

俺へ、一歩、近付いた。

 

 

「ひっ」

 

 

ゆっくりと近寄り、俺の前に立って──

 

 

「こっ、ここ、こここ」

 

 

鶏ではない。

ビビり過ぎて震えて声が出ないだけだ。

 

そんな俺の様子にケンジが口を開いた。

 

 

「ソーニャ……」

 

「こ、殺さないでくれ!俺が、俺が悪かった、からぁ……!」

 

 

頭を抱えて、うずくまる。

剣呑な目をしたケンジが怖くて、身が震える。

蹲って、怖くなって、目を閉じて……ケンジは無言のままで。

俺は目も開けられず、そのまま頭を抱えていた。

 

ぽん、と頭に手が乗った。

 

 

「……ソーニャ、何か勘違いしてないか?」

 

「ひ、ひぃ、頼む、許してくれ……」

 

 

コイツ、俺が他にした余罪に気付いて、ブチギレて殺しにきたんだ!

間違いない!

だって、パーティから追放した相手を助けに来る訳ないし!

チンピラども殺しても顔は険しいままだったし!

 

震えていると、首の根っこを掴まれた。

 

そのまま無理矢理起こされる。

 

ケンジの顔は……酷く、辛そうな顔をしていた。

これから殺す俺を憐れんでいるのか!?

 

 

「ケ、ケンジ、なん、なんでも、するから、許じで」

 

 

恐怖で横隔膜がヒクついて、変な声が出た。

 

 

「……あのなぁ、ソーニャ」

 

「は、はひっ」

 

 

ケンジが俺を見詰める。

怖くて、目を逸らした。

 

 

「助けに来た相手にする態度じゃないだろ、それは」

 

「助け……助け?」

 

 

一瞬で脳の混乱が治まってくる。

 

助けに……助けに来た?

 

周りの死体を見る。

また震えそうだけど、何とか飲み込んだ。

 

 

「お、お前、それなら殺すのは、ちょっと、やりすぎ、じゃないか……?」

 

「……死んで当然だろ」

 

 

あまりにも物騒な事を言うから怖くて、また泣きそうになった。

 

この世界は前世に比べて物騒だ。

人の生き死にはよくある話で、無法者を殺したからと言って罪には問われない。

 

だが、冒険者ギルドは構成員同士の殺傷を固く禁止している。

何かしらの処罰がある筈だ。

 

それなのに、殺し……いや、そもそも日本の道徳心を持って生まれた菩薩並みに道徳心のある俺からしたら、殺人に忌避感がスゲェある訳で。

 

それに対して全く悪い事をしたと思っていないケンジが異常者に見えた。

 

だってコイツ、相手が悪人だって分かれば問答無用でブッ殺して良いと思ってるって事だろ?

なら、俺がもし……コイツの許せない事をしちまったら、言い訳無用でブチ殺されるって事だ。

こえーよ。

法の縛りが効かねーヤバい奴じゃないか。

 

 

「つ、つうか、それなら、そうと早く言えよ!ビビ、ビビっちまっただろうが」

 

「……負い目を感じるような事をしてるからだ。バカ」

 

「ばっ、バカ!?じゃあ、お前、二次方程式解けんのかよ!因数分解出来んのか!?俺は解けるぞ!」

 

「お前が何を言ってるか、よく分からん……」

 

 

ケンジがため息を吐いて、剣を鞘にしまった。

そのまま、『蛇の──

 

何だっけ?

チンピラどもの首からタグのような物を外した。

 

アレは冒険者タグ。

冒険者が身分証明する為に付けてるタグで、特殊な金属でできている。

ギルドの魔法を使えば256色に変色可能!

これで冒険者のランクを管理している。

 

まぁ、ドッグタグみたいな奴で俺も付けてる。

ちな、A級は赤い。

 

 

タグを切り外したケンジが俺へと振り返った。

……無意識にビクッとしちまった。

 

なんつうか、さっきのがマジで怖くて……ケンジ、つうか俺より強そうな男が怖いって思っちまった。

 

やる気になれば俺を組み伏せて好き勝手出来る奴がいるって、怖くないか?

サバンナでライオンの隣を歩いてる感じだ。

 

そんな俺の様子にケンジが目を険しくさせた。

 

 

「な、なんだよぉ……」

 

 

情けない声が出てしまった。

 

 

「いや……取り敢えず、これ以上暗くなる前に街に帰るぞ」

 

「そ、そうだなっ」

 

 

街に帰れば安全だ。

人の目があれば犯罪に手を染める奴なんていない。

 

俺は慌てて立ちあがろうとして……あれ?

 

ケンジが背を向けて、街へ歩こうとしている。

 

足を立てようと……あれ?

がくがくと、産まれたての子鹿みたいに震えていて……立てない。

滑って、地面に尻餅をついた。

 

……俺が付いて来ない事に気付いたのか、ケンジが振り返った。

 

 

「おい、ソーニャ……何してるんだ?」

 

「い、いや、ちょっと待って、くれ」

 

 

手を地面について……ダメだ。

腰が抜けて立てない。

力が入らない。

 

ケンジの目が俺を見ていた。

 

俺は慌てて弁明する。

 

 

「わ、わりぃ……冗談じゃないんだ、その、ちょっと立てなくて──

 

 

ケンジの手が伸びてきて──

 

 

「ひゃあっ!?」

 

 

俺は抱き上げられていた。

 

……所謂、お姫様だっこって奴だ。

 

 

「な、何やってんだ!ケンジ!」

 

「何って、お前……そりゃあ、街に帰るんだから」

 

「そ、そうじゃなくて、だなぁ……」

 

 

ケンジの片手は俺の太ももを持っている。

 

で、俺の今のパンツは大雨降った後の田んぼ並にビチャビチャだ。

恐怖でダムが決壊したのだから、仕方ない。

 

だが、問題があるとすれば……それがケンジの手に付いてる事だ。

 

 

「き、汚いだろ?」

 

「別に気にしない」

 

「気にしろよ……」

 

「気にしない」

 

 

即答されて……俺は首を傾げた。

 

普通、小便なんて手に付けるのは嫌な筈だ。

少なくとも俺は断る。

 

ぜってー嫌だ。

 

なのに何故?

 

 

 

まさか、コイツ……。

 

 

 

そう言う趣味があったのか!?

 

 

さもありなん、俺は美少女だからな。

可愛い女の子のションベンが飲みてぇバカは結構いるらしい(俺は違うが)。

 

ケンジ、まさか、そう言うタイプの変態だったのか?

俺よりヤバい奴じゃねぇか!

 

俺が震えていると、何を勘違いしたのかケンジが微笑んだ。

ひぃ、気色悪い!

 

 

「安心しろ。何かあったら、また助けてやるから……約束だからな」

 

 

……うん?

約束?

 

何だそれ?

 

……いや、待て待て。

ケンジと俺は幼馴染……ガキの頃に何か変な約束をしていたのか?

 

思い出し……いや、ダメだわ。

ガキの頃の思い出なんてロクなモンじゃねーし、覚えてねぇよ。

 

小説だったら、ここで回想シーンに入るが、生憎……俺は過去を振り返らない男だ。

あ、いや、今は女か?

 

兎に角、未来を見て前しか見えないポジティブ・ウーマンなのだ。

 

だから、俺は覚えてるフリをして乗っかる事にした。

 

 

「あー、約束だな、約束、覚えてるぜ、約束な」

 

 

名演技!

こりゃ、主演女優賞は俺のもんだな。

 

……ケンジが白けた目で俺を見ていた。

 

 

「覚えてないだろ」

 

「お、覚えてるって!マジで!」

 

「……じゃあ、何を約束したんだ?」

 

 

……知らねー!

 

必死に捻り出す……わ、わからねぇ。

何年まえの事かも分からないのに、思い出せる訳がねぇだろ!

 

だが待て、忘れたと言ったらキレられる。

なら、何かしら、それっぽい事を言うんだ……よし。

 

お、俺が選んだ答えはコレだ!

 

 

「い、一生、俺の下僕として忠誠を誓う……とか?」

 

「……降ろして良いか?」

 

 

はい。

不正解らしい。

 

 

「ちょ、ちょちょ、マジで今、立てないんだって!」

 

「……フフ」

 

 

あ、今コイツ笑いやがった!

マジで足使えなくて不便なんだぞ!

お前の足をバキボキに折ってやろうか!?

 

……いや俺の筋力じゃ無理だな。

 

 

「……元気は出たか?」

 

 

そう、ケンジが言ってきた。

 

 

「は?俺はいつでも元気だが?健康そのものだが?」

 

「……そうか、そうだな」

 

 

ケンジが俺の発言を笑った。

 

で、それと同時に手の中の俺も揺れた。

 

ば、ばか!揺らすな!

 

う。

 

 

「……うぷっ」

 

「ソーニャ?どうかしたか?」

 

 

あ、やべ。

 

 

「オ……」

 

「お?」

 

「オエェ……」

 

 

さっき食べた臭ぇスープが口から逆流した。

ビチャビチャと、ケンジの胸にゲロがかかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

ケンジがギルドのドアを開いた。

抱き抱えられた俺に、視線が集中する。

 

 

「ケンジさん、ソーニャちゃん!」

 

 

エリザが俺達に近寄り──

 

 

「もう、心配したんですからぅわっ、くさっ!?」

 

 

一歩引いた。

 

今ケンジは、ゲロの匂いとアンモニア臭、あと血の臭いでヤバい事になっている。

悪臭が悪臭を引き立てる最悪のマリアージュだ。

 

ケンジがそれを気にせず、抱き抱えてる俺をカティアへ受け渡した。

 

カティアは……俺の姿を見て、メチャクチャ顔を顰めてる。

そんなに臭いのだろうか?

 

 

「ケンジ、ソーニャは……」

 

「すまん、一旦風呂にでも入れて置いてくれ……俺は、報告しなければならない」

 

「……分かった」

 

 

そして、ケンジとエリザがカウンターへ向かって歩いて……俺はカティアに抱き抱えられ、ギルドの個室にまで連れて行かれた。

 

 

個室の浴室……つってもユニットバスなんかない。

あるのはデカい陶器製の浴槽だけだ。

 

 

 

ここでご紹介、マジックバス!

コイツは水魔法と火魔法の魔道具を組み合わせて作られた魔道具で、温水をドバドバ出す事が出来るのだ!

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カティアが魔道具を起動して、浴槽に湯を溜め始めた。

 

そして……俺の服に手を伸ばした。

 

 

「ちょ」

 

 

ボタンを外して、脱がされて行く。

 

 

「おいっ」

 

 

身包みを剥がされそうになった俺は、抵抗する。

だが、敵わない。

何という馬鹿力だ!

顔の良い女ゴリラなのか!?

 

 

「ソーニャ、暴れるな」

 

「な、何すんだよ!」

 

「脱がさないと風呂に入れないだろう?」

 

 

さも当然と言った様子に俺は戦々恐々だ。

俺は女の裸を見るのは好きだが、見られるのは嫌いなんだよ!

 

 

「いいから、抵抗するな」

 

「う、ぎゃー!」

 

 

悲鳴を上げるが無視され、そのまま脱がされて……風呂椅子に座らされた。

 

そして桶に湯を入れて……頭から掛けられる。

 

 

「ぐびゃっ」

 

「はぁ、目を瞑れ。風呂に入った事がないのか?」

 

「おぶぉ、人に入れられた事が、ぶふぉっ、ないだけ、ぐばぁっ……人が喋ってる時に湯を掛けるのはやめろ!」

 

 

抗議すると湯は掛けられなくなった。

……鏡を見ると水も滴る良い女が一糸纏わぬ姿で座っていた。

 

わー、可愛い。

 

でも俺だ。

全然エロく感じない。

クソが。

 

 

ぴと。

 

 

「ひゃっ!?」

 

 

石鹸を染みさせた冷てぇタオルが俺に触れた。

 

 

「……ソーニャもそんな声が出せるんだな」

 

 

なんて言いながらカティアに洗われる。

 

く、くそ、屈辱的だ!

まるで飼い猫を風呂に入れてるような感じじゃあないか!

 

 

そのまま身体の隅まで洗われた俺は、湯船に投げ込まれた。

……そんなに深くないから座ってられる。

足腰立たないが、大丈夫だ。

 

 

暖かい湯船に入っていると、自然と心がリラックスしてくる。

あれだ、血行が……いや、体温が?何だっけ?

あーもう良いわ、確信がないから考えるの止めるわ。

 

しかし……ちょっと足が動くようになって来たな。

ピクピクって感じだけど。

 

安心した証拠か?

……い、いや、俺は元からビビってないけどね。

 

 

「ふぅ……」

 

 

思わず深く息を吐くと、カティアが俺に背を向けて……声を掛けてきた。

こちらに顔を向けていないのは……裸の俺をマジマジと見ない為か?

今更そんな事を気にする仲じゃないし、カティアも脱いで欲しい……おっと煩悩が漏れた。

 

 

「ソーニャ、何があった?」

 

「何って……」

 

 

頭に浮かぶのは……お、俺を強姦しようとした屑共と、それをブチ殺したケンジの姿だ。

……まぁ、そのまま話すか。

 

 

「えっと……俺を強姦しようとした奴らを、ケンジがブチ殺した」

 

「……何だと?」

 

 

カティアが納得してないような声を出した。

 

そ、そりゃそうか。

パーティメンバーが殺人を犯したのだ。

相手が犯罪者だから重い罪となる訳ではないが、何かしらの罰を受けてもおかしくない。

パーティメンバーであるカティアにだって迷惑が掛かるだろう。

 

そう思っていると、カティアが俺の方へ顔を向けた。

いつもの険しそうな顔じゃなくて、少し眉が下がっていた。

 

 

「ソーニャ、その……大丈夫だったか?」

 

「あ?いや、俺は別に……事が起きる前にケンジが来たしな」

 

「そ、そうか…………良かった」

 

 

最後の方は聞き取れなかったが、納得したようだ。

 

……身体があったまって来たな。

 

風呂から出ようと浴槽の縁に手を突いて……滑って、頭をぶつけ──

 

 

カティアが俺の腕を掴んでいた。

 

 

「あ、危ないだろ?」

 

「わりぃ……けど、怪我しても治癒魔法で治るし……」

 

「そう言う問題ではない……!」

 

 

眉を険しくさせて、カティアが怒った。

 

さっきまでの変な調子ではない。

いつも通りのカティアだ。

 

……いつも俺にブチギレてるからな、カティアは。

 

しかし、何がそんなに気に食わないのか……。

 

 

顔に青筋を浮かべたカティアに抱き抱えられて、浴槽を出る。

……いつもの鎧は着てないが、普通に服は着ている。

 

濡れてる俺を抱き抱えたせいでビショ濡れだ。

 

タオルで頭や身体を拭かれて……さっき脱がされた服とは違う、別の服を着せられた。

下着も新品だ。

 

ボロボロになったお気に入りの僧侶服は畳まれて……ゴミ箱に突っ込まれた。

 

ゲロとか小便とかメチャクチャついてるし、仕方ないか。

弁償……させる相手は死んでるな。

慰謝料とか貰えないのかな、マジで。

 

そう達観していると、部屋にケンジが入って来た。

 

 

「……すまない、待たせたか?」

 

「いや?今、風呂から上げた所だ」

 

 

カティアに抱き抱えられ、椅子まで移動する。

 

あーこれめっちゃ楽だな。

今後も定期的に腰が抜けて動けないフリでもしようかな。

 

エリザとケンジが椅子に座る。

 

……ア、アイツ、さり気なく一番遠い席に座ってやがる。

ケンジが臭いからか?

なんて奴だ。

 

 

ちなみに俺はケンジの隣だ。

くせぇが、俺の吐瀉物と小便の所為だから我慢しよう。

致し方なし。

 

……決して身動き取れないからって、諦めている訳ではない。

 

 

「カティア、事情は?」

 

「コイツから大体は聞いた」

 

 

カティアが俺の事を一瞥した。

 

 

「……なら、『蛇の牙』を殺したのは知っているか?」

 

「あぁ」

 

「やっちゃいましたねー」

 

 

エリザも頷いた。

 

俺は蚊帳の外だ。

当事者なのに。

 

 

「事情を説明したら恩赦が貰えた……取り敢えず、法的な罪には問われない」

 

 

俺は安心して息を吐いた。

良かった。

 

パーティメンバーが犯罪者になったら、他の奴らも連帯責任とかに問われるからな。

別にケンジが罪に問われるのは良い……いや、それは流石に俺も申し訳ないと思うわ、うん。

 

 

「だが、何かしらのペナルティは必要だと言う事で……冒険者としての活動を三ヶ月、禁止という事になった」

 

「ふむ」

 

「妥当ですねー」

 

「え?マジで?」

 

 

他の二人は納得するが、俺は驚いてしまった。

そんな俺を無視して、ケンジは話を続ける。

 

 

「活動禁止ともあり、パーティの共同資金から生活費を配給しようと思う。異論はないか?」

 

「ないな」

 

「ないでーす」

 

「おぉ、金貰えるの?」

 

 

……三人の視線が俺に集まった。

 

 

「な、何だよ?」

 

「……ソーニャ、パーティからの脱退申請は既に出されている」

 

「え?」

 

「俺が助けに向かってる間に、エリザが出しておいた」

 

「ええ?」

 

 

俺は思わずエリザを見た。

ピースしてる。

 

 

「だから、お前は正式に『赤き爪』を脱退した事になってる」

 

「ん?」

 

「つまりだな、パーティへの罰則にお前は従わなくて良い」

 

「んんん?」

 

「……パーティメンバーじゃないお前は活動禁止にならない。つまり、払う金も義理も無いんだ」

 

「はぁー!?」

 

 

思わず席から立ちあがろうとして……あ、やべ足動かねぇわ。

座ったまま、背筋を伸ばしただけになった。

 

 

「お、横暴だ!」

 

「……生活費としてパーティメンバーへの支給は、お前が横領した金額と同額だ。これで盗んだ件は『チャラ』にしてやると言ってるんだ」

 

「…………はい」

 

 

黙るしかない。

俺は今、負い目を感じている!

 

 

「で、でもさ、俺ちょっと家賃が厳しくて」

 

「……冒険者活動を禁止されてないんだから、草毟りでもすれば良いだろ?」

 

「そ、そんなぁ……」

 

 

働きたくねぇ!

 

草毟りは金払いが悪いんだ。

誰でも出来る仕事だからな。

 

毎日毎日、草毟って汗掻いて……い、嫌すぎる!

デカい仕事でドカンと稼いで週6休みてぇよ!

 

 

「……くれぐれも、危険な事はするなよ?」

 

「な、なんだよ。心配性だなぁ……それに別に、もうパーティメンバーじゃないんだろ?」

 

 

そう言うと、ケンジが自分の額に手を置いた。

な、なんだってんだ。

 

 

「あのなぁ、ソーニャ。俺は──

 

「そうですねー。パーティメンバーじゃないですもんね」

 

 

ケンジの言葉をエリザが上書きした。

思わずエリザを見ると、ケンジに耳打ちしていた。

 

……何だ、何だ?

 

そして、ケンジがため息を吐いた。

 

 

「そうだな、パーティメンバーじゃないからな……俺にとやかく言う権利はない」

 

「だろ?」

 

「だが、今度危険な目に遭っても助けてはやれないんだぞ?」

 

 

そう言われて、思わず黙った。

 

もし、今日……ケンジが助けてくれなかったら、どうなっていた?

 

い、今頃、俺は……ひぃっ。

 

思わず震えてしまった。

 

 

「お、おい、ソーニャ。別に怖がらそうってつもりじゃ」

 

「わ、悪かったよ。気を付ける……」

 

「えっ!?」

 

 

そう言うと、エリザが驚いた様子でカティアに話しかけた。

 

 

「カティアさん、聞きましたか?今、ソーニャちゃんが反省しました。猿よりも反省しない事で有名なソーニャちゃんが」

 

 

何だか凄い侮辱されているが、何も言い返せない。

 

 

「……今日はもう家で寝させてやろう。カティア、ソーニャは頼めるか?俺も少し、風呂に入りたい」

 

「…………良いぞ」

 

 

メチャクチャ溜めたな。

それだけ嫌なんだろうか?

 

 

俺は席から立って……うん、机に手を乗せればギリギリ立てるな。

 

そんな俺を見て、カティアが顔を顰めた。

 

 

「無理をするな」

 

「め、迷惑になるだろ?」

 

「普段のお前の方が、遥かに迷惑だ。だから、気にするな」

 

「うぅ、俺に気を使わせまいと──

 

「事実だ。普段のお前に比べたら遥かにマシだ」

 

 

真顔で返されて息を呑んだ。

俺、泣いて良いか?

 

そのまま脇に抱えられて、個室を出た。

お姫様抱っこも恥ずかしいが、物みたいな持ち方はもっと屈辱的だ。

 

ギルドに残っていた奴らの、視線が集まる。

コイツら酒も飲んでねぇのに何で居るんだ?

 

まさか、俺をバカにする為か!?

 

 

「あ!?何だ、何だよ!見せモンじゃねーぞ!ボケ!こっち見んな!」

 

 

そう言うと、野次馬共は何か安心したような顔をして酒を頼み始めた。

 

……何なんだ、コイツら。

 

全く、調子が狂う奴らだ。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

二日後。

 

俺の腰はすっかり元通りになった。

 

新しい僧侶服も買ったし。

 

ちなみに、何故、二日経っているのか?

その答えを教えよう。

 

あの日の翌日、カティアが様子を見に来たからだ。

カティアは「面倒を見る」と言ってくれた。

 

なので、飯を買いに行かせたり、服買いに行かせたり、風呂を沸かさせたり、肩を揉ませたり、尻触ったり、マジトーンで怒られたり。

色々お願いしたら「それだけ元気があれば、明日以降は来なくても良いな」とブチギレられたのだ。

 

残念。

 

とにかく、いつも通りの格好になった俺は冒険者ギルドに来ていた。

 

家賃問題を解決するためだ。

あと普通に食費も結構ヤバいし。

僧侶服を新調した所為でガチ金欠だ。

 

朝のラッシュ帯は避けたので、ギルド内の人は疎らだ。

掲示板に張り出されているクエストボードを見ると……あったあった、草毟り。

 

 

日給、3000ゴールドね。

 

 

んん?

 

待て待て。

 

朝飯代、500ゴールド。

昼飯代、500ゴールド。

晩飯代、500ゴールド。

酒代、1500ゴールド。

 

うん?

 

あれ?

おかしいな。

 

プラスマイナスゼロじゃねぇか!

これじゃ家賃払えねぇよ……。

 

つうか、マジで飯代しか考えなくても同等ってヤバいだろ!

ガキの小遣い稼ぎじゃねーんだぞ!

 

……あー、いや、そっか。

この草毟りって普通、実家暮らしのガキがやる仕事か。

マジでガキの小遣い稼ぎじゃねーか。

 

やっぱり、どっかのチームに寄生する必要がある。

けど、一昨日のことを考えると……お、男と組むのは怖え。

女の子パーティに声を掛けて、ついて行かせて貰おう!!

 

 

 

「嫌です」

 

「いや、ソーニャさんはちょっと……目付きがいやらしいので」

 

「ソーニャさんと組んだら大変な事になるって、占いに書いてありました」

 

「あの、普通に無理です。生理的に無理です」

 

「酒臭いんでよらないで貰って良いですか?」

 

「衛兵呼びますよ!」

 

「勘弁してください」

 

 

 

 

うわぁ……涙が出ちゃった!

 

 

 

「ぐすっ……な、何故だ?」

 

 

俺はギルドの隅、机に座って項垂れていた。

麦のシュワシュワを片手に。

 

……くそ、俺が何をしたって言うんだ!

 

いや、「赤き爪」でやってたお茶目な悪戯が広まって、悪名になってしまっているらしい。

 

ぐ、おお。

 

だからと言って、男のパーティに行くのは……こ、怖いし。

 

どうすれば……俺はギルドのカウンターに目を向ける。

 

 

メチャクチャ若い、14……いや、15歳ぐらいの男のガキと、女の子のパーティが並んでいた。

 

……新人か?

初々しいな、まだ何も分かってねぇような……。

 

何も?

俺の事も知らないって事……か。

 

 

くくく。

 

……閃いた。

 

 

俺は酒を飲み干し、自身に≪超位解毒≫をかける。

うし、これでアルコールの臭いは消える筈だ。

 

ポケットから手鏡を出して自身の顔を見る。

普段より百割増しぐらいで笑顔を浮かべる。

ニチャっとした感じじゃなくて、爽やかな笑顔だ。

 

手鏡を仕舞い、席を立つ。

 

 

そして、若手の冒険者くん達に話し掛ける。

 

 

「あのう、少し、よろしいでしょうか?」

 

 

穏やかに、トーンも少し高めで……口調にも気を付けて、な。


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