喫茶リコリコ
新人従業員たきなを囲い、写真を撮ったり見せあったりと賑やかな店内。
そんな中、チリンチリンとドアベルの音が鳴り響く。
「お! お客さんだよ、たきな。初の接客で緊張もあると思うけど、練習通りやれば大丈夫だから!」
「はい」
千束は先輩として気遣うように言うが、たきなは対して緊張した様子もなく冷静に答えてみせる。
店長であるミカがそんなたきなを見て、これなら心配する必要はなさそうだなと安堵している時だった。
「やあ…… ミカ」
「っ!!」
店内に入ってきたのは、明るい色味の髪とは対照的に落ち着いた雰囲気でスーツの似合う男性だった。
男は何処か嬉しそうにミカの名を呼び、ミカは戸惑い、一瞬固まってしまう。
「いらっしゃいませ!!」
ミカと男のただならぬ様子に気づかず、千束とたきなは声を合わせた。
男は千束にカウンター席へと促される。
「……」
「先生、どうしたの?」
「む…… すまん。い…… いらっしゃい」
何故か固まったまま男を見つめるミカに千束は首を傾げる。
千束の問いかけにハッとしたミカは慌てて接客を始めた。
「こちらメニューになります」
「ありがとう」
いつもと違った様子を見せたミカだったが、たきなは興味も示さず、坦々とマニュアル通りの接客を行った。
たきなに続いて千束も店のオススメを男に教える。
「初めてのお客様にはブレンドかエスプレッソがオススメですよ。あ、でも、うちはなんだってオイシーですけどね~」
「……」
しかし男はそれに答えず、ただ黙って千束を見つめていた。
千束は、まさか自分は何かを間違えたのかと慌てて謝罪する。
「あ、ごめんなさい! もしかして私、勘違いしてました? 初めてのお客様じゃ……」
「ん? いや、そうじゃないんだ。こちらこそ変に誤解させてすまないね。しかし…… 私が初めてだとよくわかったね。来店した客の顔を覚えてるのかい?」
男は感心したように手を顎に当てて、千束を見た。
それに対し、千束は少し照れくさそうに微笑む。
「ん~、まあそれもありますけど…… やっぱり、そんなかっこいいスーツを着こなせる人、リコリコのお客さんにいたら、きっと忘れるはずないですから」
「…… はは…… お世辞だとしてと、そいつは嬉しいね」
「お世辞じゃないですよ~。寧ろ凄い新鮮な気分で。なにせ世の中には、皺でヨレヨレの白衣を着てココア缶片手にパチンコを練り歩くような男がいる位ですから!」
話の途中から明らかに特定の誰かについて、楽しげに話す千束。
そんな彼女を見て男は静かにフッと笑った。
「しかもこの間なんか、私が新しい服を買ってあげようとしたら、半身部分を破らないと落ち着かないとか言い出すし──」
「そのスーツの似合わない彼は、君にとって大事な人なのかい?」
「それで…… へ?」
「いや、途中から私ではなく、誰かについての話に変わっていたからね」
「あ…… いや、ごめんなさい! えと、これはちがくてですね」
男は別に怒っている訳ではなく、からかい混じりに言ったようだが、千束は顔を真っ赤にして頭を下げた。
ヤバい、恥ずかしいと千束が顔を上げられずにいると、ミカが珈琲を男の前に出す。
「どうぞ」
「ありがとう」
「あれ? 先生、まだ注文受けてないけど……」
「ああ…… いいんだ。彼とは古い知り合いでね。私の好みは知ってくれているのさ」
千束の疑問に男はミカの代わりに答えた。
すると千束はさっきの恥ずかしさを誤魔化すチャンスと純粋な好奇心から、ここぞとばかりに飛び付く。
「先生の知り合いなんて珍しい~! ねっ、ねっ! 昔の先生ってどんな感じだったんですか?」
「こら止めなさい! 失礼だろう」
「はは。いいじゃないか。そうだね…… 昔の彼は軍隊に所属していて、通常の三倍の速さで昇進して、最終的に組織を壊滅させてたよ」
「そこ! 嘘をつくな、嘘を! いったい何処の赤い彗星だ、それは」
意外にもボケた男により、騒がしくなり始めるカウンター席。
そんな中、ミズキは会話の中に参加する余裕もなく、従業員用トイレへと小走りに向かっていた。
「やっぱ。せっかくイケメンが来たっていうのに…… 漏れそう。流石に朝から呑みすぎか?」
ミズキは漏らさないよう、急ぎながらも落ち着いてドアノブを握り、トイレの扉をあける
するとそこには、
「……」
涙目になりがらも、頬を赤く染め微笑む銀時がいた。それも未だ尻を出してトイレに座っている状態で。
「か、かみ──」
バタンッ!
ミズキは黙って扉を閉めた。そして普通に客用のトイレに入った。
この世にはアラン機関という謎の組織がある。
謎といっても存在事態は一般に認知されている。
アラン機関は貧困や障害などを抱える天才を探し出し、無償の支援を施している。
スポーツや文学、芸能、医療、科学など、分野は幅広い。
いったい何を目的にしているのか。何者が組織を動かしているのかは不明である。
「と、言うわけで連中は殺しなんて真似はしないさ」
真っ黒な空間。そこには向かい合って座る人外が二体。それも一方はリス、もう一方は一昔前のロボットと不釣り合いな組み合わせだ。
アラン機関についてある程度説明したロボットに対し、リスは否定の声を上げる。
「お前の持つアラン機関の情報なんて子供でも知ってる常識だ。それも外面を良くした上っ面のな。どれだけ連中が善行を成していたとしても、僕を消そうとしたことは確実だ」
「証拠はあるのか?」
「奴等と通信をしている直後に、僕の住居を爆破されたんだぞ? それも奴等にとって恐らくは不都合な真実を僕が知ろうとしたタイミングでだ。証拠はともかく、動機は充分だろ」
「世の中には知らない方が良いこともあるってことだろ? そのせいで住んでるマンションを爆破されたら世話ないしな」
パッと部屋のモニターに映像が流れ始める。
都市に聳え立つ高層マンション。その一部が突然爆発した。
爆炎が立ち上ぼり、夜の空を異様に明るく照らしている。
「ドッカ~ンッ!!」
「…… よく撮れているな」
「そうだろう? このためにドローンを新調したからな…… それとよ」
ロボットの目が不気味に光る。
「今、いる場所はダミーじゃないんだろう? ウォールナット」
「……… やはりお前か……」
リスの姿が、いや、空間全体にノイズが走った。
「お前が奴に僕を売ったのか……」
ノイズは強くなっていき、やがて空間は完全に消滅した。
「ヒャハハハ!! 特定したっ!」
さっきまで話をしていたロボット、の被り物をした子供じみた若い男が心底楽しいと笑い声を上げていた。
周囲には大量のモニターにPC、配線と電子機器だらけで、異様な雰囲気に包まれていた。
「この国のトップハッカーが入れ替わる時がついに来た! 老人よ、さらばだぁ~!!」
さっきまでの空間はVRによる電脳空間であり現実のものではなかった。
当然、あのロボットやリスもアバターであり、実物は人間だろう。
実際、この男もロボットの被り物をしているだけで立派な人間だ。
人間性には問題があるかもしれないが……
「ヒャハハハハ── ゲホッ、むせた! ゲホッ!」
『ウォールナット』
それはネット黎明期から活躍しているとされる、正体不明のハッカー。
彼なのか彼女なのかも謎だが、一部では老人と呼ばれている。
そんな老人がついに、いや31回目の死亡を遂げたと闇の世界では噂されていた。
『おい聞いたか? あの老人が死んだぞ』
『それ何回目だよ。前も聞いたぞ。確か死因は時間を消し去って飛び越えさせられたから』
『俺はパパとママを変態殺人鬼から守った結果、死んだって聞いたけど』
『ビッツァマルゲリータが食べたい』
『どーせデマ』
『しかし最近、ウォールナットの姿が見えないのは確かだ…… まあ電子の世界の住人だから姿なんて見えないのは当然なんだが。あまりにも動きがなさすぎる』
『うーん。どう思いますか、歌舞伎町一の裏社会通である武蔵さん』
『殺れるときに殺っとかないとね』
『それはつまり、死んだ、ということでしょうか?』
『殺れる時に殺っとかないとね』
『いや、恐らくは生きてるさ。んで、またひょっこり出てくるだろ』
闇世界を生きる者たちの間で憶測が飛び交う。
果たしてウォールナットは死んだのか、それとも………
ある日の朝。
珍しく早起きし、やることもなかったので喫茶リコリコへと向かおうとアパートの部屋を出た銀時。
しっかりと鍵を閉め、さあ行くかと歩き出した時だった。
「ん?」
扉の横にそれはいた。
開けた段ボールの中にちょこんと座り、虚空を見つめ、何か文字が書かれた用紙を持つ少女が一人。
黒色のウサギ耳のリボンで結び、オールバックで纏められた金色の髪と澄んだ藍色の瞳。
まるで人形のような美しさを持った少女。
だが、銀時にとってはそんなことはどうでもよく。最も気にするべき、重大な事が一つあった。
それは少女の持つ紙に書かれた文字、いや、メッセージ。
『あなたの子供です。責任とって育ててください。私はもう疲れました』
銀時は何度も何度もその字を読み返す。
あれ? なんか読み間違えたかな? と思うもそんなことはない。
「…… いや、ないな。これはない。たくっ、バカ言ってんじゃねーよ」
銀時は、まさかなと思いながらも声を震わせて言う。
すると少女は懐に手を入れ、もう一枚の紙を出して見せた。
『忘れない、十年前の過ち。貴方はまだ若かった。いいえ、若すぎた』
銀時はその紙を何度も何度も読み返す。
そして、いやいやと首をふる。
「ないって。あれはあれだからさ。だってあれじゃん。十年前つったら女子のパンツ一枚に一喜一憂してたような時だから。流石にねーよ。大体見た目的にも全然だし~?」
銀時は少女に向かってか、いや、己に対してか。
否定する材料を捻りだし、大声で叫び続ける。
すると今度は少女は何か紙を出すわけでもなく、じっと銀時を見つめ始めた。
やる気など一切ない、気だるそうな目で。
何処かで見たことあるような、というか鏡で毎日見るような、気だるそうな目で。
じっと銀時を見つめ続けた。
「…………」
銀時が固まっていると、次に少女は自身の髪先を指でなでるように、いじり始めた。
よく見ると癖っ毛のある金髪を。
何かを彷彿とさせるような癖っ毛をいじり続けた。
「いや…… いやいやいや!! ないないない!! そりゃないって!! だってアレだもん。あれはB2パターンだったから問題ないはずだし! だからそれはねーって!! 本当! いやー、A3パターンだったらアウトだったなー!!」
それだけは決してないと銀時は首をふりまくり、そして少女から目をそらした。
よし!! と銀時は言うと、再び歩き始め──
「おい」
「っ!?」
声を発したのは少女だった。
銀時は足を止めるも恐怖で振りかえることができなかった。
少女は構わず、銀時の背中に向かって話す。
「責任は取れよ」
「………… あー、そういうこと。A3パターンね? うんうん。あー、はい」
銀時はこの世の絶望に悲鳴を上げることもできず、頬をひきつらせ、少女と向かい合った。
今回この世界における銀さんの私服について説明が入りました。
決して描写をするのを忘れていた訳ではなく…… いや、すいません。忘れてました。
一応現代社会なので現代の服装になっています。他のキャラクターも大体そんな感じです。
追記 銀さんの服装は銀八先生の眼鏡なし版です。