──喫茶リコリコ
営業中ではあるが、昼時前ということもあり、店内は閑散として
いた。
『連日、ガス漏れによる爆発事故が続いていますので──』
「最近多いわね…… 別にリコリス絡みじゃないみたいだし、うちも気をつけないと」
そのおかげで ──いや、よくはないのだが、店員ミズキはカウンターで頬杖をつき、煎餅を齧りながらテレビのニュースを見ていた。
『次は、芸能ニュースです。アイドルグループ、ハンサムのリーダーでお馴染み、五右衛門さんと別アイドルグループ、星野キラリさんとの熱愛疑惑から一転し、一般女性との間にお子様が生まれていたという情報が入りました。これに対し、ネット上では炎上騒ぎとなり、殺害予告が出ているなど──』
「たくっ…… 世の中、腐ってやがるわ。どいつもこいつも、やれデキ婚だ、やれ、不倫だ、隠し子だ。あたしなんて、男の一人も出来ないってのに!!」
テレビから流れてくる気分の悪くなってくるような情報を聞いたミズキは、怒りをぶつけるように煎餅を力強くかじった。
「仕事中にテレビ見て煎餅を齧っているようじゃ、男なんて一生できんぞ」
「これが齧られずにいられるかい!! 酒を飲んでないだけ、ましでしょ」
「飲まないのが当たり前だ。それよりもミズキ」
「んあ? ふぁに?」
カウンター内で準備をしていた筈のミカから不意に名前を呼ばれ、口の中に煎餅を入れたままミズキは応えた。
「飲み込んでから返事してくれ………… いや、例の仕事の件はどうなってる?」
「あー、取り敢えず順調みたいよ」
「そうか。ならいいんだが──」
「ただいまー!! 千束とたきなが戻りましたーー!」
「頼まれていた紙類、調味料、それとサキイカも買ってきました」
閑散としていた店内に二人の少女が入ってきた。
しかしそれは客ではなく、店員である千束とたきな。
ミカは、たきなから袋を受け取ると、購入品を見て首を傾げる。
「サキイカ? そんなの頼んでいたか?」
「あ、それ私が頼んだ」
「お前、やっぱり酒盛りするつもりだっただろ!」
「いーじゃないのよーー! 飲まなきゃやってられないのよ!」
「ちょっと騒がないでよ、ミズキ!! 店内なんだから静かにしなさーーーい!!」
「千束さんもうるさいです」
ギャーギャーと騒がしくなる店内だったが、その中には、騒ぎの中心となる筈の銀時の姿はなかった。
しかし、どうせ寝過ごした結果の遅刻だろう。
いつものことだと喫茶リコリスの店員たちはあまり気にしていなかった。
だから思いもしなかった。
まさか彼が──
「おー、お前ら…… おはよう……」
「あ、遅いぞ、銀さん~。罰としてトイレ掃除………… へ?」
千束は銀時の来訪を目にし、固まってしまう。
その原因は銀時ではない。
彼の横には、何故か、ダボダボのパーカーを着た金髪の少女が立っていたのだ。
少女は一度店内を一瞥し、
「へ~、ここがパパの職場かー。テーマパークに来たみたいだ。テンション上がるなぁー」
表情は一切変わらず、台詞も棒読み。
テンションが高揚しているようには全く見えない少女を見て、千束は当然の疑問を持つ。
「その子、誰………… ? ていうか今、パパって………」
「ああ。お察しの通り。僕はこの甲斐性なしの娘だ」
沈黙。
だがそれは一瞬で壊れ──
「はああああああ!!!」
店内に叫び声(主に千束)が響き渡った。
「腐ってる」
喫茶のリコリコのカウンター席。
そこには、カウンターの内側にいるミカを除き、リコリコメンバー全員、そして金髪の少女がそれぞれ、座っていた。
少女の横に座り、いつも以上に死んだ魚の様な目で項垂れる銀時に千束はゴミを見るかのような視線を向ける。
「腐ってますね」
そしてそれはたきなも同様だった。
先日のトイレの一件以来、本当に極僅かではあるが、銀時に対し、良い印象を抱いていた。
しかしそんなたきなも、これには宇宙デブリを見るかのような視線を銀時へと向ける。
「ここまで行くと腐りを通り越して、毒化してるわね。こんなダメ男、存在しているだけで未成年少女たちに害を及ぼすわ。まさか、その辺に種ばらまくだけばらまいて、女子供捨てていくような性悪だったとわねー」
また、ミズキも頬杖をつき、酒をチビチビと飲みながら、悪態をつく。
「だーかーら。俺は保険体育は常に5だったんだってば。そんな失敗はしたりしねーって」
「保険体育関係ねーし」
銀時の言い訳を千束はバッサリと切り捨てた。
「あんたねー。とぼけてんじゃあーないわよ! みなさい、この娘の顔を!!」
ミヅキはグラスを勢い良く置き、少女の顔を見る。
「この世界を舐め腐ったかのような気だるげな目! 曲がりきった性根が表に出てきたような癖のある毛髪! 明らかにあんたの遺伝子でしょーがあァァ!!」
「なに? お前、俺に恨みでもあんの?」
あまりの物言いに銀時がキレそうになっていると、少女は相変わらず気だるげな目を銀時へと向ける。
「そうだよな………… まあ、認めたくないよな。わかった。いきなり押し掛けた僕が間違ってたんだ」
「え」
「悪かったな。これ以上僕は、あんたの人生の邪魔になる気はない。さっさと出ていくよ」
「いや、ちょっ── はっ!?」
少女は椅子から降り、店を出ようと哀愁漂う背中を見せながら歩を進めた。
流石に気まずいと少女に声をかけようとする銀時は気づく。
周囲の目がゴミを見る視線から、人殺しを許されたリコリスが抹殺対象である敵に向ける視線に変わっていることに──
「ま、まってえェェェェ!!」
気づけば銀時の手は少女の肩に置かれていた。
とある一室。
薄暗く大量のモニターを初めとした電子機器に囲まれた部屋に少年はいた。
少年は古くさく、それでいてありきたりなロボットの頭部を模した覆面を常に被り、PCモニターと睨めっこをしている。
「くそっ! どいつとこいつもウォールナット…… あのジジィの生存を信じていやがるっ! ふざけんなよ! あいつは死んだんだ! この僕が── 『ブー、ブー、ブー』ひょっ!?」
怒りを滾らせているとマナーモードに設定していたスマホに着信が入った。
不意をつかれ変な声を出してしまったが、周囲には誰もいないので恥ずかしがることはない。
少年は落ちついてスマホの画面を確認する。
「誰だ……… げっ!? あ、あの人か。は、はいロボ太ですー」
少年は露骨に嫌そうにしながらも、電話に出た。
スマホを覆面越しに耳へ当て、小さな声で対応する。
『もしもしロボ太くん。すみませんねぇ。突然、電話をかけてしまい』
「いえいえ! いつもお世話になっておりますので! 全然、問題ないです!」
電話に出たのは男の声だった。
少年、ロボ太は電話越しではあるが何度も頭を下げ、へりくだった態度で話を聞く。
「そうですか。それはこちらとしてもありがたい。ただ……… 我々と貴方は対等な協力関係にあります。決して上下関係があるわけではないので、そう畏まらず」
「は、はあ…………」
『と、話がそれるといけませんので、早めに本題に入りますね。墨田に喫茶店あるじゃないですか。あの穴場の。実は最近、そこで白い肌(ねっとりボイス)の素敵な少女が──』
「何の話!?」
少年がツッコミを入れると同時。
電話の向こうからも『何の話してんすか、テメーはあァァ!!』と女の怒鳴り声が聞こえてきた。
どうやら向こうは男一人だけではないらしい。
『ロ◯コンもまじ大概にしとけ!』
『だーから違うってば。フェミニストだから。子供好きの。あ、すみませんね、ロボ太君。今のは半分冗談です』
── 半分は本気かよ!?
ロボ太は心中でツッコムも口には出さず、黙って聞き続ける。
『いやですね。実はウォールナットについての話があるんですが』
「っ!? ろうじ── ウォールナットが如何しましたでしょうか! 奴なら既に始末した筈ですが」
『ええ、まあ一応そうはなってますね。一度目はアラン機関によって。あれはダミーでしたが、今度こそと、二度目は我々の手によって。ええ、あなたがウォールナット相手に自慢気にドローン映像を見せつつ、場所を特定した時ですよ』
少年はゴクリと生唾を飲み込んだ。
一体何が言いたいんだよ、このロ◯コンと少年は心中で悪態をつく。
『あれでウォールナットは本当に死んだのですかねぇ?』
「な!? い、今さら何を! 確かに僕は奴の居場所を特定し、貴方方に伝えたじゃないですか!」
『ええ。ですから我々はウォールナットを始末しました。自爆ドローンを使用し、彼が乗っていたであろう自動操縦型のボートごとドカンと』
あの日。
少年は確かにウォールナットの居場所を特定してみせた。
すると驚くことにウォールナットは地上ではなく、彼が保有していたのであろう、個人船に隠れ潜んでいたのだ。
ダミーの隠れ家を爆破されたことで警戒していたのだろう。
だがそれもこの天才である自身にかかれば意味がないのだ、と少年は息巻き、特待した時点で彼等に船を爆破させたのだ。
『ただですねぇ。死体は見つからなかったんですよね。結局』
「うぐっ……… で、ですが、あの爆破ではとてもじゃないけど、助からないはず………」
『そうですねぇ。あれがダミーでなければ』
「っ!?」
ロボ太は汗を一筋、額から流した。
正直、そんな気はしていたのだ。心の隅っこ、ほんの一欠片ではあるが、自分は失敗したのではないかと。
そもそも死体が見つからなかった時点で思ってはいた。
だが、彼のプライドがそれを許さなかったのだ。
死体はきっと海に流され、見つかる前に鮫にでも食われたのだと。
そう自分に言い聞かせていたのだ。
『そもそもなんですがねぇ。貴方、ウォールナットからあまり信用されていなかったんじゃありませんか?』
「ギクギクッ!?」
『あの時のアラン機関に関する貴方への質問も、カマカケの一種だったのかもしれません。貴方から得意気に特定したと言われ、部屋を一つ爆破された。それはウォールナットの敵であるということを彼に確信づけさせたことになる。当然、その時の居場所はダミー』
男は淡々と可能性の話を提示する。
男の話からウォールナット生存説の疑念が確定へと変わっていくことに気がつき、ロボ太はダラダラと汗を流した。
『これで我々はウォールナットの足取りを見失い、探しだすのが困難になってしまった。これには困ったものです。我々はロボ太君、君を信じて動いたというのに』
「はう!?」
男の含みのある言い方にロボ太は小さく悲鳴を漏らした。
こ、これはまずい、とロボ太は自称天才ハッカー頭脳をフル回転させた。
「お、お待ちを!! 足取りを完全に見失ったと判断するには早いです!」
『ほう。それはどういうことでしょうか』
「確かに船はダミーであったかもしれません! しかしダミーを用意するにしても結局は大元からの経歴は残ります! はっきり言ってそれはか細く、小さなモノではありますが、僕の腕ならば問題ありません!」
『ふーむ。成る程、ではウォールナットを見つけ出すことは可能と』
「はい!」
正直言うと大元からも既に移動はしているだろうが、そこも問題はない。
ただでさえネットが必要不可欠な現代の中で、奴は筋金入りのハッカー。
生きているだけでネットに触れ、その度に小さくはあるが、奴の足取りは残るはずだ。
ならばその小さな足取りをかき集め、統合し、しらみ潰しに当たっていけばいい。
かなり時間がかかるし、手間だが、可能性が潰えたわけではない。
「天才ハッカー、ロボ太にお任せください!!」
こうしてロボ太の寿命はちょっとだけ伸びることになった。
生き別れた娘(自称)を引き止めてから一時間経った。
カウンター席に座る銀時は、少女とリコリコメンバーのやり取りを見て、この世の地獄だと頭を抱える。
「しかし、髪色はともかく、顔の雰囲気は似てますね………」
「本当本当!! この気だるげな目なんてそっくり~! でも銀さんと違って、なんか愛嬌を感じる~!!」
「あんた名前はなんて言うのよ」
「ウォ……… クルミ」
「ぶほっ!!? ク、クルミって…… 良い名前じゃない」
「なんで笑ってんの?」
少女はクルミという名前らしい。
名前としては珍しいモノだった為か、失礼にもミズキは吹き出し、それを千束が冷めた目で見つめる。
「そうかぁ。クルミって言うのか……」
「な、なんだよ」
「いや~、すっごい可愛いじゃん!! クルミちゃん、よろしくね~!! 私は千束。気軽にママって呼んでね~。あとこの子はたきな。たきなお姉ちゃんって呼んで上げて」
「何故、私がお姉ちゃん枠…………」
「ちょっと、私の紹介もしなさいよ~!」
「…………」
ワイワイという擬音が聞こえきそうな程に賑やかな彼女たちを見て、銀時は嫌な汗を流した。
──おいおい………… なんか、ヤバくね? なんか、みんな楽しそうだし。
「クルミは今は銀時の家に住んでるのか?」
「パパとは今朝あったばかりだ。本当はパパの部屋に上がり込むつもりだったんだが、あの家、ジャンプと糖分と結野アナのグッズ以外何もなくて…… 取り敢えずついてきた」
「あー……」
ミカの質問にクルミは答えた。
その内容を聞いた千束は彼の家の内情を察し、納得する。
「仕方がない…… と、言うわけで」
千束はそう言うと部屋の奥から、小学生位の子供用の服に最新型ゲーム、漫画雑誌ち◯おにスナック菓子等々、女子が喜びそうな物を取り出したのだ。
クルミの周囲にはこれでもかと、子供向けグッズが並べられる。
「なんでリコリコにこんなモノがあるんですか……」
「ノンノン、たきな。細かいことは気にしないの。それに子供にはこういった娯楽は必要でしょ? 勿論、お洒落な服も!」
「あらあら良いわね~。子供ってのはチヤホヤされて。私もこのくらい、男に世話してほしいわ!!」
「ごめん、ミズキはクルミに悪影響だから奥に行っててくれない?」
「酷い!?」
「ですがあまり喜んでいるようには見えませんが………… もしかしてこういうのに興味はありませんか?」
千束にバッサリと切り捨てられミズキは涙を流した。
そんなミズキを横目に千束はクルミの頭を撫で、たきなもなんだかんだでクルミの横についている。
クルミ本人は照れくさいのか、眉を寄せ、目を逸らしているが。
── なんかメロメロだし…… !
「クルミ、お昼は何食べたい? ママがとびっきりの料理を作ってあげるからね~」
「もし良ろしければですが、社会を乱す者を倒す処世術を教えます。一応、姉としての任務を任せられたので」
「たきな、保育園での時と同じことしてるよ!? ていうか私、任務のつもりで言ってないし!」
「私、ミズキのことも、気軽にお姉ちゃん! って呼んでいいわよ~」
「あ、そういえば、先生はお爺ちゃんになるのか~」
「止めてくれ…………」
── なんか家族構成、出来上がってるしいィィ!!
「あー、たたたたた!!! なんか腹痛いな、これぇ!!」
銀時は突然立ち上がり、腹部を押さえて痛みを訴えた。
が、勿論嘘である。
「これ、あれだ! かなりヤバイやつだ、これ! ちょっと病院行ってくるわ。わりぃ店長、早退する!」
この空気にいたたまれなくなった彼は咄嗟に嘘をつき、そそくさと店を出ようとし──
「銀さん」
「は!?」
背中越しに千束から呼び止められる。
銀時は冷や汗をダラダラと流しながら、恐る恐る振り替えった。
「ちゃんと、戻ってきてよね。今度はこの子ことを忘れずに」
「………… すいません。なんか腹の痛み、治まりました」
今までにない、突き刺すような目を向ける千束を見て、銀時は項垂れながらカウンター席へと戻るのだった。