転寝のような微睡からウタの意識は浮上する。
しびれを残した背中の違和感が多少不快だが
眠りの前のような先程のような能力を使い続けていた時に感じた強烈な虚脱感や感情の暴れまわるような不快感はない。
自分は何をしていただろうかと目を開け、少し硬い枕にしていた者を見る。
そこには。
「…シャンクス」
「ああ」
「…なんで!」
飛び起き、ちょっと距離を取ろうとして、ふら付く。
「まだ寝てろ!毒は抜いたけど体力は戻ってないんだ」
近くにいた小さいサイズに戻ったチョッパーと猿のモンスターがその背を支え、もう一度シャンクスに膝枕させられた。
横になったウタの視界。
「皆、いるんだ…」
懐かしい赤髪海賊団幹部の顔ぶれがある。
皆、優しい目の笑顔で、喜んでいた。
「シャンクス…」
「ああ」
「会いたかった…だけど…会いたくなかった…」
ウタにとってはこの再会は嬉しい。だがそれ以上に心苦しかった。
自分がやってきた、偽りの捌け口に選び続けてきた相手だから。
「久しぶりにお前の歌を聞きに来たんだ」
「ダメだよ…私、もう歌えない…」
「「逆光」は駄目か?」
シャンクスの笑いながらのリクエストにウタの目が点になる。
そーだ聞きてぇ!とヤソップもラッキー・ルウも囃し立てて皆笑っている。
「だって、あの歌は…」
ウタの憎しみと悲しみの全てを混ぜたようなシャンクス達を蹴っ飛ばすような気分で書いた歌だ。
「いい曲じゃないか。ウタの歌う、あの刺々しい感じも偶にはいいもんだぞ?」
シャンクスは自分の膝で横になるウタの頭を優しく撫でながら。
「まあ、俺達にとっては、戒めでもあるんだが」
優しく笑うシャンクスの顔を見るとウタは申し訳なくなる。
「ごめんね、シャン…」
「違うんだウタ!」
謝罪の言葉を告げようとしたウタをゴードンが遮る。
「…ゴードン。でも…」
「違うんだ、あの夜、起きた事についてお前は一切悪くない!私が、すべて私が原因だったんだ!」
泣きながら、膝を地につけ、ゴードンは語る。
12年前の真実を。
ゴードンは凡庸な男だった。
音楽家としては胸を張れる知識、腕前があった。
だがそれはエレジアという国を運営する上では何も役に立つ事ではなかった。
それでもゴードンが国王として国家を運営できたのはエレジアの国に伝わる禁断の譜面「魔王」。
そして代々の国家運営の相談役として自らの体を捨て、夢と成り果てたトットムジカが存在していたからだ。
トットムジカは優れた国王であり、作曲家であった。
いっそ狂気的であったと言ってもいいだろう。
悪魔の実の力で体を捨て、夢の世界で心行くまで作曲をし続けていたのだから。
国王としての知識を貸す対価としてトットムジカが作曲した曲を世に送り出す事や様々な事をした。
それこそ、口に出せないようなおぞましい事に手を貸す事もだ。
トットムジカの力と知識を以ってエレジアは運営されていたのだ。
事件の夜。エレジアでは盛大なパーティーが開かれていた。
エレジアの音楽院の者達はウタが赤髪海賊団と共にまもなくエレジアを出ていくと知り、ウタの歌を聞きたがった。
国王であり音楽家でもあったゴードンは素晴らしい歌声を聞ける事は貴重な機会だと考えその歌声が国中に聞こえるようにした。
そして、ウタの歌声が国に響き渡っている最中にゴードンはトットムジカから命じられたのだ。
「魔王」を演奏しろ、と。
「…私は逆らえなかった。トットムジカの夢は浸る者を支配していく。
王としての采配をトットムジカに任せていた私はもはやトットムジカの駒でしかなかった」
そして、惨劇が起きた。
トットムジカがウタを取り込んで「魔王」として降臨し、エレジアを破壊始めたのだ。
シャンクス達の奮戦もあり、トットムジカは撃退されたが…。
「私は…私は、それを告げる事は出来なかった!トットムジカは倒されたのだと安心して!
罪をかぶって去ったシャンクスにも!ウタにも!何も告げられないまま私の罪を隠した!!」
ゴードンは地面を思い切り拳で叩く。
皮膚が割け、血が溢れても、何度も何度も。
そして両手をつき、地面に頭をこすりつけ、
「すまなかった!謝って済む問題ではない!わかっている!だが、だが!ウタの罪ではない!
私の罪だ!お前に何一つ非はないんだウタ!エレジアを滅ぼしたのは私なんだぁ…!」
「…ゴードン」
ウタは、起き上がり、ゴードンの近くへと移動する。
「ごめんね、ありがとう。ゴードン」
「謝らないでくれウタぁ…私は…逃げたんだ…抗わなければならない所で、逃げてしまった…」
「私も、ずっとカジムに騙されたんだ…」
ウタも自分の所々の記憶の違和感を感じていた。
エレジアの惨劇の夜の記憶映像の電伝虫はどこを探しても見つからなかった事。
自分一人でファンと通信しようとしても繋がらなかった事。
エレジアの街が寂れてはいるが破壊されたような痕跡は一切ない事。
今言われて違和感を持った程度の、気付かなかった今更の事なのだ。
どっちにしろ現在の状況は変わらなかった。
「でも、ゴードンは私の頼みを聞いてくれたでしょ?私が何をしようとしているか気づいてたのに」
「だが、それは…」
今回のライブの手配はとんでもなく大規模なものだ。
世界中に広告をしたり、近くの島と船を出す交渉の為にずっと走り回ってくれていた。
12年前から今日までずっと、面倒を見てくれたゴードンは決して嘘じゃなかったのをウタは知っている。
「いいじゃないか、ゴードン」
「シャンクス」
「考えても見ろ、お前とウタのおかげでエレジアの人間は救われたんだ」
「…は?」
「お前も知ったんだろう?あの夜が夢の中の出来事だった事を」
ウタがウタウタの能力でエレジアの国を夢の中に引き込まなければ。
ゴードンが国中にウタの声を聞こえるようにしなければ。
トットムジカの狂気の犠牲者はもしかしたらもっと増えてたかもしれない。
シャンクス達があの夜の出来事が夢だった、と気づいたのは事件の号外が出回ってからだ。
奇妙なエレジア事件。犠牲者は2人。
それがあの夜無事だったはずの2人であった事はシャンクス達赤髪海賊団を大いに混乱させた。
事の真相を調べにもう一度エレジアに行こうとしたが、
不思議な事に赤髪海賊団にはエレジアにたどり着けなくなっていた。
「シャンクス達が、エレジアに来なかったのって…」
「どうやらトットムジカに一杯食わされたんだろう。今日も海軍の連中に案内させなければ辿り着けなかっただろうさ」
シャンクス達は何度もエレジアの近海まで来たのだ。
だが目の前にエレジアがあるにも関わらず、それを認識する事が出来なかった。
一度嵌まった悪魔の実の力は理不尽なほどに強力だ。
人の往来がなくなってしまったエレジアにシャンクス達が辿り着くのはとんでもなく困難だった。
その上、新世界での抗争の激化によりエレジアに来る事も自体も困難になってしまったのは
シャンクス達にとっても誤算で、その結果が12年の月日だ。
シャンクス達とてゴードンを責める事が出来なかった。
そうこうしているうちにエレジアから人が逃げ去り、エレジアと言う国は滅びてしまったが。
「誰一人死んではいないんだ。生きているなら何度だってやり直せるさ」
笑い、語るシャンクス。
それを見てウタの中に実感と理解。そして安堵が下りてくる。
今度こそ、ウタは12年の真実を知った。
◆
エレジアの街にある城、その上層にある豪華な一室はメモと楽譜に溢れていた。
居城を守る敵がいるかと警戒してきたがそれらしいものは出てこない。
時折窓から望める会場で黒い豆粒が波のように吹き飛ぶ様子が見えるだけだ。
だが荒々しい殴り書きのそのメモの山はまるで古代文字のような有様で解読には時間を要した。
「字ぃ下手すぎだろ、なんだこれ」
「それだけならいいがこっちは文字の上に楽譜書かれてて全然読めねぇぞ…」
字自体は現在使われているものと変わらないのでこの場にいる全員で手分けして情報を探す。
「「夜を奪われた」…歌詞か何かかしら。なんか結構同じ文言見てる気がするけど…」
「もしかしたら、代償の事なのですかねぇ」
悪魔の実の中には食した人間に代償を強いるものもある。
全ての悪魔の実に共通する「海に浸かると体の力が抜ける」事。
それとは別にドフランミンゴの部下、シュガーはホビホビの実を食べた瞬間から肉体の成長が奪われた。
それに類する何かをトットムジカは代償として奪われたのかもしれない。
皆静かに、必死で情報を探し、集めそして、
「これで大体の全貌は掴めたでしょうか」
「ええ、ここで集められる情報は集められたと思うわ」
「…俺達は全然わかってないぞー!」
ウソップの抗議の声にはぁ、とヘルメッポは溜息をついて。
「俺達戦闘要員は黙って聞け」
「なんで偉そうにため息ついたんだよおめぇ!」
いい?とロビンは前置きをして、
「パンクハザードを覚えてる?」
「赤犬と青雉の決闘の舞台になった島か」
「シーザーを捕まえた島だな?覚えてるぜ」
「このエレジアは見た目では分かりにくいけれどあの島に近い状態、
悪魔の実の能力の残滓によって環境が狂った状態になっていると考えられる」
「ブルックさんが本来あり得るはずのない世界の移動を成しているのが論拠です」
エレジアは12年前のユメユメの力の残滓によって現実の世界と夢の世界の境界が極端に薄くなっているのだ。
本来そんな力を持たないブルックの幽体モードでも夢と現実を行き来出来てしまうほどに。
このメモを見て、とロビンは一枚のメモを示す。
―――あり得ない事が起きた。
そう書き始められているトットムジカのメモを。
「ブルック。現実世界に戻って伝えて。
カギはウタよ」
◆
「…チッ!本当にキリがねぇな!」
突撃してくる黒い戦士達を次々に迎え撃ち切り捨てていくゾロだが、
戦い続ける中、攻撃を受ける回数が少しずつ増えてきた。
まだまだ余力はあるが敵の残りの数を考えると気が滅入って愚痴も増える。
「そろそろ限界か?へぼ剣士!下がってたっていいぜ!」
そう言い赤い脚で目にも止まらぬ蹴りで敵を蹴り飛ばすサンジも多少疲れが見えてきた。
「ぬかせお洒落タバコ!テメェもへばってきたんじゃねぇか!」
お互い煽りあい、罵りあいながらもその技の切れが
多少戻った二人はこいつには負けねぇ!と更に燃え上がった。
「ゴムゴムの…鷲バズーカ!!」
ルフィの武装色を纏う一撃がこれまでとは規模の違う量の戦士達を吹き飛ばす。
だが相変わらずトットムジカはニヤニヤと受け止めるだけだ。
まるで、何かを待っているかのように。
「お前の目的はなんだ!ウタを利用して!こんな世界にして何がしてぇんだ!お前は何を待ってやがる!」
お、とトットムジカは眉をあげ、高笑いを始めた。
トットムジカが真面目に戦闘していないとルフィが気づいた事に気づいたからだ。
「ま、ま、ま~流石に気付くかぁ?いいさぁ、どうせ暇つぶしだしなぁ!」
現実に実体がなく夢の世界を支配しているトットムジカは正しい意味で無敵だ。
一切の攻撃はトットムジカに対して意味をなさない。
「ウタの能力は知ってるだろう!?」
「知らねぇ!」
あまりに勢いの良い返事にトットムジカはずっこけた。
「ウタは歌で人を眠らせ夢を見せる事が出来る。その力で眠らせた人間…
あっちの世界の人間の大半が今や、夢の世界!世界中がウタに夢中で寝こけてるのさ!」
ルフィはウタすげぇなぁと感心した。
「ウタが眠らせ能力で夢に閉じ込めた人間の意識は…俺ぇのユメユメの能力に逆らえない。
ウタの能力よりも俺ぇの能力の方が強度として強いからだぁ」
悪魔の実の能力には優劣があり、夢を操る能力としてはトットムジカのユメユメに軍配が上がる。
ウタのように能動的に起きている人間を眠らせ夢に取り込む事は出来ないが、
既に眠り込んで支配されている意識の支配権を強奪することは容易かった。
ウタが眠らせ、新時代に閉じ込めた人間の意識を全てトットムジカが横取りしたのが現在の状況だ。
トットムジカは語る。自分の本当の目的を。
「分かるかぁ!?夢の世界とは認識の世界だ!お前らの意識は肉体とつながっている!引き合っている!
やがて夢の中の意識だけでなく現実の意識も!肉体も!その全てが俺ぇのユメユメ能力の支配下になり、現実と夢の接着剤になる!」
分かるか!と重ねて叫ぶトットムジカ。
「夢の世界と現実の世界が一つになるのさぁ!」
笑いから憤怒に感情を変え、トットムジカは叫ぶ。
「12年前は失敗した!あの赤髪の邪魔もそうだが、
あまりにも少なすぎた!あまりにも知らな過ぎた!」
かつての惨劇の夜、エレジアで夢と現実が一つになりかけた。
それはシャンクス達の奮戦によって未然に防がれる。
エレジアには能力の影響が残って夢と現実の境界が薄くなり、
夢の殺戮の恐怖をエレジアの民に刻んだのだ。
自身が本当に死んだと勘違いするほどの現実に近い夢を。
その夜に起こった事もエレジアの民が全て逃げ去って
事実上エレジアが滅びてしまった事もトットムジカにとって予想外だった。
予想外ではあったが、それは光明だった。
トットムジカの夢を叶える為の。
だから、トットムジカは叫ぶ。世界に向けて。
「今この情報は映像電伝虫を介して現実、夢の両方へ流されている!」
ウタウタの実の力を持つウタがこの島に残った事。
トットムジカが操れるゴードンがこの島に残った事。
全世界に映像と音を配信できる特別な電伝虫がこの島に流れ着いた事。
「わかるか!?認識だ!そういうものでなくともそういうものだと多くの人間の意識がそう認識したのなら!
ユメユメの能力でこの世界の常識にできる!俺は現実世界と夢世界を一つにしてぇ!」
全てがトットムジカにとってうまい方向へ流れた。
これは運命なのだとトットムジカは狂喜したのだ。
「喜べよウタぁ!皆寝ても覚めても夢の中だ!お前の望んだ新時代!」
お前のおかげさ!とトットムジカは喝采する。
「海賊王も世界政府も神も全部時代遅れにしてやって!俺ぇは新時代の『魔ぁ~王』になるのさぁ!!!」
もっともそれを成す為にはもう一つカギがいる。
最後のカギは賭けに近い。
それが成せるように手は打ったが結局のところ、それが失敗しようが成功しようがトットムジカにはどうでもいい。
寿命という期限のないトットムジカには無限の時間がある。
成功したなら高らかに笑い、失敗したなら
内心を明かさずトットムジカは高らかに笑い続ける。
映画の納得いかない点その8・海軍
今回の映画は海賊自体は悪であるように描かれたとどっかでみたが
それなら海軍もきちんと正義に見えるように描いてくれよと。
ウタごと民間人を殺傷する覚悟はいいけど明らかにウタを避けて民間人狙った描写が多いのよ。
術式の開示。