トットムジカの身体が解けるように音符の群に変わって生物的に波打ち、弾ける。
拡散した漆黒の音符が帯のように群れ、空へ流れ、二つの輪を成し、
その中央にトットムジカの解けた身体が空へ再び形作られる。
それは、人の姿でありながら巨大な幽鬼のように形を一定に保たない不定形。黒い音符の集まりでできていた。
禍々しくも腹に響く重低音を旋律と歌い響かせながらその体を変容させていく。
「魔王」の旋律が流れ始めた時から黒い戦士達は、動きを止めたままだ。
トットムジカは現実にその身を捩り、黒いガスのように現実世界に姿を成すのに集中しているのか、
「魔王」を歌いながら空中にその巨体を静止している。
ルフィが跳ねるようにウタの横へやってきた。
「どーなってんだ?なんかしたのかウタ?」
「聞いてルフィ。トットムジカは今、現実に…」
言いかけたがウタはルフィ相手にうまく説明できる気がしなかった。
ルフィ相手なら、簡潔に、小難しい事は必要無いと。
トットムジカが現実に侵食を始めた以上、夢と現実が一つになるまで時間が無い。
それをわかっていてウタは「魔王」を歌った。
シャンクスと、ルフィを信じたから。
「おい!ウタ!なんでお前麦わら帽子被ってんだ!返せ!」
ぷんぷん怒りつつも無理矢理に取ろうとしてこないルフィにニヤリとウタは笑い。
「海賊は大切なモノを取られた方が間抜けでしょ?
だから、あんたの強くなった所見せてよ。今度こそ」
「…ああ!おれのパンチはピストルより強いんだぜ!」
ふと、ルフィは気付いた顔になって。
「あれそういえばお前夢を終わらせるとか言ってたけど…この“新時代”を終わらせるのか?」
「うん」
「じゃあ、俺の勝ちだな!」
「今日の所は…まあ百歩譲って負けにしといてあげる」
サンジがウタの見えない所でくねくねしながら声にならない叫びをあげ血の涙を流していた。
ゾロは苦虫を噛み潰したような顔でそれを遠巻きに見ている。
「これで、俺の185連勝だな!」
ニカッ!と勝ち誇った笑顔にルフィにやれやれとウタは溜息を吐く。
「ごめんね。ルフィ。この夢は…私だけじゃ無理なんだ」
ウタは助けてとはもう言わない。
「この夢を終わらせるために手を貸して」
縋るんじゃない。私と一緒に戦ってほしいと。
「おう、いいぜ」
「軽いな!おい!いやウタちゅぅあんを助けるのに異はねぇけどよ!」
「おいルフィ、いいのか?」
「俺とウタの勝負はついたんだ。どっちにしろトットムジカはぶっ飛ばす!」
ニシシ、と笑いながら。
ルフィ達の近く、何もない空間が両開きに開く。
「ルフィ!」
「ウタも一緒か!?ブルックたちは!?」
空気開扉で、ウソップ・ナミ・フランキー・ロビン。
コビーとヘルメッポ、ブルーノが現れる。
ウタが指を鳴らすと、
「ルフィ!皆ぁ!」
「ヨホホ!さっきぶりです皆さん!」
チョッパー、とブルック、ローもその場に様々な色に光る音符と共に現れた。
「トラ男!?お前もいたのか!?」
「…ベポは?」
「キャプテーン!」
取り込まれていなかったベポは会場の片隅で戦いの成り行きを見守っていたが
ローが現れたのを見て嬉しそうに走ってきて、
「ガルチュー!!」
「ああ、もう!嬉しいのは分かったからやめろ!」
再会の喜びをミンク族特有の挨拶でローに示している。
さあ、役者は揃った、と動き始めたトットムジカを見据える。
◆
現実世界でも黒い音符が虚空から吹き出し、黒い渦を成してトットムジカがその身を捩るように這い出てきていた。
こちらのステージ上ではウタが未だに「魔王」を歌っている。
その瞳はしっかりとトットムジカを見据え、敵意を以って、歌う。
そのスキャットは「魔王」の音列ではあるがトットムジカが奏でるそれよりも禍々しさの印象より力強さが勝る。
シャンクスを筆頭とする赤髪海賊団はウタやステージ周囲、眠っている観客の被害を抑えるために文字通りに飛び回って、守っている。
「さあさあ、さっさと観客達を非難させてくれ!」
「市民を守れよ!海軍!」
赤髪海賊団の幹部達に囃し立てられながら、モモンガ中将は悪態をつく。
「クソ!一体なんだというんだあれは!?」
「音楽隊の奴!ウタちゃんの伴奏とか羨ましすぎるだろ!」
「楽器やっときゃよかった!」
「つまらん無駄口をたたくな!早く観客を避難させろ!」
了解!と叫んで観客を背負って走っていく海兵達を見送りながら、
モモンガ自身も二人観客を肩に担うように運んでいく。
エレジア島に道案内をさせられた海軍の五隻分の海兵達は会場の眠っている観客の避難に追われていた。
赤髪海賊団をどうにかしようにも一般海兵達ではシャンクス一人に無力化させられてしまう為、
市民の安全を確保するために走り回るしかなかった。
「赤髪ィ!なぁんでテメェがいる!お前らだけはこれないように念入りにぃ!」
赤髪海賊団がここにいるのはトットムジカにとって、予想外だった。
エレジアの周辺は現実と夢の境界が薄い。
それにより能力で夢を見せた相手に残るユメユメの能力がエレジア周辺でだけ現実の相手に影響を与える事が出来、
それによって赤髪海賊団が再度エレジアに来る事をトットムジカは阻止していた。
「12年もあればその対策ぐらい思いつくさ。さあトットムジカ」
シャンクスは怒気を孕んだ視線でトットムジカを射抜く。
「今日こそ、娘を返してもらうぞ」
「ぬかせ、貴ぃ様がいようとぉもはや止めらないさぁ!」
トットムジカの禍々しい高笑いが響く。
その高笑いと共にトットムジカの体から球状に鈍く輝く濁った虹色が渦巻く光が広がり始めた。
夢と現実が一つになり始めたのだ。
トットムジカが変化していく。体が伸び、それを支えるように昆虫のように幾本も足が伸び、生える。
背から羽根と鍵盤のような腕が新たに生えて、腹はドロドロと溶けだし人魂のような核が燃えるように常に形を変えながら流動している。
顔と斜めにかぶった大きな帽子だけが変わらない。
傷ついた左目が無事な右目が同じ憎悪の焔を灯していた。
「さぁ!さぁさぁさぁ!魔ぁ王の降臨だぁ!」
背後、ウタが「魔王」を歌うのをやめた。
そして、次に流れだした懐かしいメロディにシャンクス達は笑みがこぼれた。
「海軍にも分かってる奴がいるじゃないか」
言って、シャンクスはウタを背に跳躍する。
愛刀が煌めく。シャンクスを追い越すように牽制の弾丸が飛ぶ。
煩わし気にトットムジカは弾丸を払い、鍵盤のような腕を振りかぶってシャンクスを迎撃した。
◆
現実と同じ姿にトットムジカが変形したのを見て、ルフィは叫ぶ。
「ウタ!海賊ナンバーの5番!」
「え?」
「歌うんだろ!リクエストくらい聞いてくれよ!」
「あんたね…」
チョッパーはどんな歌!?先程ウタと話した内容を思い出し目を輝かせながらウソップに聞いている。
ウソップは何ってんだ!と焦った顔。ナミも呆れ顔。
ゾロは知らない顔。サンジは懐かしい、という顔。ブルックはヨホホと笑う。
コビーはああ!という顔。ヘルメッポも知っている顔だ。
ロビン、フランキー、ローとベポはちょっとだけ疎外感。ブルーノは蚊帳の外。
「…覚えてる?」
「空から降ってきた貝!当たり前だろ!」
ルフィは言い、走り出す。ゾロ、サンジ、ローがそれに続く。
それぞれが戦いの為に、身構えた。
歌えるのかな、とウタは思う。
考え悩む間に、イントロが来た。連続するドラムの音。
かつての懐かしさと躊躇いなど悩む意味もないくらいにすんなりと。
『目を閉じたその中に 見えた微かな眩しさを』
歌いだしを聞いて、ルフィは不敵に笑う。
かつての赤髪海賊団と笑うように歌った懐かしい曲。
ウタと拾ったホラ話だと思っていた空から落ちてくる音を奏でる貝の話。
『掴み 取ろうとした 愚かなドリーマー』
ウタの歌声に込められたウタウタの能力がトットムジカに立ち向かう者の後押しする。
海兵達は突然観客達を運ぶ負荷が減った事に驚きながらも自らの仕事を忠実に遂行しつづけ。
赤髪海賊団の皆は笑いながらトットムジカを相手取る。
心も体も軽い。俺達の娘を守る。その為に戦える事の何と晴れやかな事か。
『伸ばした手は閉じた目に 写らなくて途方に暮れる』
夢の世界の黒い戦士達は動かない。
トットムジカは重なる予定外に苦しむがまだ余裕だと笑いながら、自らの体から音符の戦士を召喚する。
『射程距離から 随分遠く 滲む』
サンジ、ゾロ、ローが先陣を切り、召喚された戦士達を突破する。
コビー、ヘルメッポ、ブルーノはウタの周囲に来る戦士達を排除する立ち回り。
トットムジカが振り上げた腕をルフィの巨大化した腕が弾き飛ばした。
トットムジカは強大ではあるが、もはや無敵ではない。
『どうにかまだ 僕は僕を 辞めないで 生きている』
生きてるよ。生きてるよ。貴方たち皆、生きているんだ。
捕らわれたファンの心を震わせるようにウタの声が響いていく。
『たった一度 笑えるなら 何度でも 泣いたっていいや!』
笑おう。生きているのだから。
苦しくても、明日を生きていく為に。
ウタの歌声はトットムジカの夢の支配を解いていく。
『精一杯 運命に抵抗!』
ベポはウタの歌声に酔いしれながら拳を振るい、
ウソップはそのサポートをしながらポップグリーンでトットムジカの体を拘束したり妨害する。
ロビンは戦士達を生やした腕で連結し、まとめ、ナミが天候棒でゼウスをそこに誘導し落雷で薙ぎ払った。
『正解・不正解の判断 自分だけに許された権利』
ブルックは霊界の冷気を纏い、次々に戦士達を凍り付かせていく。
時折ヴァイオリンを取り出して、ウタの声に合わせ引くぐらいの余裕っぷりだ。
チョッパーは歌を聞くか、戦うかで迷い集中しきれないが
それでも柔力強化で自身を強化して戦士達を薙ぎ払っていく。
『sailing day 舵を取れ!』
フランキーは溜めたド派手なビームを発射して戦士達をまとめて薙ぎ払い、ルフィ達の行く先を一掃した。
『夜明けを待たないで 帆を張った 愚かなドリーマー!』
自信たっぷりに歌い上げるウタ。
予想外が重なりどうしようもなくなっていくトットムジカはようやく焦り始める。
一番の予想外は現実に肉体を持った為、無敵ではなくなってしまった事だろう。
それだけならばまだトットムジカに勝ち目はあった。
夢と現実が一つになれば、再び無敵になれたのだから。
ユメユメの能力で夢の世界では負ける訳がなかった。
現実に侵食し、ユメユメの能力が振るえる空間があれば負けるはずがなかった。
だが今この場にはそんなユメユメの実の能力を抑制出来るウタウタの実があり。
ユメユメの世界のトットムジカを倒せる戦力があり。現実世界のトットムジカを倒せる戦力があった。
ウタの歌声が、響く。
ゾロの剣技がトットムジカの右腕を切り落とす。
サンジの赤い脚がトットムジカの増えた足ごと左側の脚部を全て蹴り砕く。
ローの能力がトットムジカの左腕を切除する。
ベックマンの銃弾が。ラッキールウの体当たりが。
ヤソップの弾丸が。ライムジュースの電撃が。ガブの咆哮が。
雨霰と降り注ぐ攻撃にトットムジカは成す術が無い。
トットムジカ強大ではあるが、その振るい方にあまりに疎かった。
『そうだよ まだ 僕は僕の 魂を持ってる』
ウタは昔を懐かしみながら、歌いあげる。
陰りは無い。だってウタの知っている最も信頼できる仲間とライバルとその仲間が戦っているんだから。
『たった一秒生きる為に いつだって命懸け―――』
ウタは思い出す。
皆、覚えているだろうか。
声を止める。歌詞を忘れたわけではない。
ルフィや赤髪海賊団の皆はいつも。
『『『当たり前だぁ!!!!!!!』』』
皆の声が響く。それはシャンクスやルフィ、赤髪海賊団だけではない。
麦わら海賊団も、海兵二人も力強く断言するように叫んだ。
ここだけ声を揃えて横入りしてきたのだ。とウタは笑う。
「ルフィ!」
「シャンクス!」
夢と現実でそれぞれの船長を呼ぶ。
「「決めちまえぇ!」」
とどめの一撃をくれてやれと心が揃った。
ルフィは無意識に覇気を纏った拳を全力で振るった。
シャンクスは愛刀に覇気を纏わせ大上段から全力の一撃を振るう。
はかった訳ではない。
だが二人の攻撃は夢と現実、同じタイミングでトットムジカの顔めがけ振るわれた。
覇気を纏ったすさまじい攻撃を夢、現実の両方で
食らったトットムジカは意味をある言葉をあげる事すら叶わない。
断末魔の悲鳴をあげて、トットムジカの体は音符の群れとなって散っていく。
それと同時に広がり続けていた光の空間がひび割れ、崩れ始めた。
夢の世界にいる皆の意識が薄れていく。夢の世界が、終わっていくのだ。
映画の戦闘描写は良かった。コビーの指示以外。
サンジとゾロの単独戦闘がないのがやや残念だったけれど。
自分の残念な描写力ではどうしようもなかったのでサラッと流す。
なんで海賊ナンバー5番かというと某音楽配信サイトのワンピースの公式プレイリスト
ウタの歌を除いてウィーアーから数えて5番目だったからです。
BUMP OF CHICKENはいいぞ。