海軍本部にある元帥の執務室では、海軍元帥である‐赤犬‐サカズキが仏頂面でマリージョアからの通信を受けている。
「はん…」
通信を終えて、息をつく。苛立たしさをこもった吐息。
苛立ちを抑えつつ、再び電伝虫の受話器を取って、
「五老星からウタとかいう小娘を討伐する軍を送れと要請が来た」
サカズキの言葉を受けて、電伝虫の向こう側の‐黄猿‐ボルサリーノが答える。
「なかなか怖い事を言うねぇ~。たった一人の女の子の為に海軍を送るなんて」
「ふん。五老星はエレジアをよほど大事と捉えちょるらしい。慌てるにゃあもう遅いじゃろうに」
「まああの赤髪の娘なんて聞かせられたらうかうかもしてられないねぇ~」
サカズキとボルサリーノを間を割るように、もう一人の声が受話器に入る。
海軍大将‐藤虎‐イッショウの声だ。
「で、どれだけ出すんです?」
「どれだけ出ちょる?」
「大事をとって近海に控えていたモモンガ中将と五隻」
「音楽の島、エレジア。逃げ去って誰もいない廃墟の国。航海も絶えて久しい…今からじゃぁちょ~っと間に合わないよねぇ~」
面白がるように間延びした調子でボルサリーノは言う。
「エレジアに今すぐ出撃可能な軍艦は?」
「事件の収束までに到着出来そうなのは二十隻ってところでしょう」
「全艦出せ。モモンガ中将には即座に制圧を許可。時間はかけられん」
「赤髪が出張ってきた場合はどうしやす?」
「その為のお前達じゃろうが。全速で向かえぃ」
「やれやれ面倒だねぇ~…」
嘆息交じりにボルサリーノはごちて、電伝虫の通信が切れた。
「全世界に向けてやらかさなければこんな手間をかけずに済んだのにねぇ~」
「若さゆえの見識の低さ故ですかね。せめて血を流さずに終わりたいもんですが」
「事が事だそんな手間はかけてられないよぉ。資料によればあの悪魔の実の能力は
「若輩の過ちを叱って正してってぇ話です」
そう言って藤虎はむっつりと黙り込んだ。
それが許されるならばまだその目は見えてるだろうにねぇ、とボルサリーノは同僚を見ながら心中でぼやく。
―――この時はまだ、海軍はこれから起こる事の重大性を甘く見ていた。
◆
会場ではウタのライブが続いていた。
ウタは最初の宣言通り、何曲も一人で歌い踊り会場を盛り上げ続けている。
「ライブはまだまだ続くけど、みんなーお腹すいたりしていない?食べ物とか、楽しそうなの、いーっぱい作っちゃうよ!」
歌の間の小休止。
大きな音符の形をした足場に乗ってウタは会場の上空を飛び回っている。
ウタが言い、両手を広げて口ずさめば、光の音符が生まれ会場に降り注いだ。
その音符は観客一人一人に舞い降りると食べ物やぬいぐるみ、色々な娯楽のモノへとその姿を変える。
「これ、本当にもらっていいの!?」
「もちろん!」
ぬいぐるみを受け取った女の子にウタは大きく答え、頷くと、乗った音符の上で踊り、その場で舞うように回転する。
それに応えるように足場の音符もジグザグと宙を躍って舞う。
「ここでは好きな時に好きなものを食べて、歌って、踊って、私と一緒に楽しく過ごせばいいからね!」
新時代、サイッコー!と叫び、喝采しながらウタは飛ぶ。
胸に抱えた不安を強がりで消しながら。
その会場からら少し離れたエレジアの城の上。未だに踊り続ける白黒の道化。
「さあ始ま~るぞ!さあ始め~るぞぉ!」
その言葉を合図に頭上に濁った虹色をした鈍く輝く光の球体が生まれ出て少しずつ膨らんでいく。
感極まったように叫びながら両手を天にかざす。
カジムの頭上、掲げた両手の先。
怪しく輝く球体がその形を崩しながら四方へ濁った虹色の怪しげな光の波紋となって、広がっていく。
島の空を超え、海を越え、どこまでも、どこまでも遠くへと伸びて。
濁った虹色は一瞬だけエレジアを、水平線の向こうまで続いていく空を覆った先から薄れ、透明になって消えていく。
その異常な光景を会場にいる誰も気づく事はない。
「はぁはははっははははっははっはは!」
道化は叫ぶ。誰にも聞かれない城の上。
道化は弄ぶ。誰にも気づかれない夢の中。
道化は嗤う。誰にも止められない空の下。
だが、そんな道化も濁った虹色の通り過ぎた升席の上。
「うおー!ウター!……」
「ウタさーん!……」
升席の麦わらの一味。世にも奇妙な人型トナカイと動く骸骨がするりと抜け消えた事には気付かなかった。
◆
「これ、何の能力だろうな?」
「悪魔の実の能力、だとは思うけど。なんでも出来すぎよね?」
ウソップとナミは今しがた生み出された果物を手で弄びながら訝しむ。
「確かにそうね。こんな万能な能力なんてちょっと想像がつかないわ」
海賊の攻撃をものともせず、一方的に封殺した場面を思い出す。
それだけかと思えば様々なモノを生み出し、皆に分け与えられる。
想像したあらゆる事を成せるウタは正に万能の力を持っていると言っていいだろう。
「ルフィ、あんたウタと幼馴染なんでしょ?なんか知らないの?」
ナミに聞かれ、肉の焼き具合を確かめていたルフィは顔を上げ、
「あいつ、昔から歌はめちゃめちゃ好きだったぞ!そこそこに上手かった!」
そう答えになってない答えを返してまた肉へと集中する。
先のステージでのトラブルを思い出して期待するだけ無駄か、とナミは嘆息。
「それよりブルックとチョッパーがどこ行ったか知らねぇか?スープが冷めちまうぞ?」
「あれ?そういえばいねぇぞ?」
「トイレか?」
スープの入った皿を持ちながらサンジとウソップは辺りを見回すが目立つ二人の姿がない。
―――と、その時、
「ルフィ!みんな!楽しんでる?」
空からウタが麦わら一味のいる席へと舞い降りてきた。
「ぷ、プリンセス・ウタ!?」
「あぁ、変わった食材もあるしここは天国みたいだよ」
ウソップがシャキッと背筋を伸ばして答える。
サンジも微笑して言うが直ぐにどこか上の空でスープの入った鍋に目を移す。
「果物ありがとう。歌も楽しませてもらってるわ」
ゾロやフランキー、ロビンも各々グラスを掲げ微笑む。
「良かった、ルフィの友達にも喜んでもらえて。まだまだ続くからこの後も楽しんでね!」
愛想良くそう言って、ウタはルフィに近づく。
流石のルフィもウタに顔を向けた。
ウタはルフィに顔を寄せ、少し声のトーンを落として、
「これで全員?」
「あァ…あれ?チョッパーとブルックがいねぇ…トイレか?あいつら」
ちょっと見まわし今気づいたように言うルフィにウタは焦れるように、
「そんな事ないでしょ?その帽子は…」
「ホントだって」
その答えにウタは納得できないような表情を浮かべ、閃いたように言う。
「ルフィ、久しぶりに勝負しない?」
「お、いいな!やろうぜ!」
ルフィは今しがた焼いていたグリルの大きい肉塊をひょいと上に投げ、
口を両手で引っ張りゴムの柔軟さで広げて、落ちてきた肉を一口で平らげる。
「うわすっごい。それ悪魔の実の能力?」
「おぅ。………プはッ!ゴムゴムの実の能力だ!」
ウタはニヤリッという笑みと共に掌を上に手を銃の形にして指先をルフィに向けながら、
「しかし余裕だねぇ、勝負は私が98連勝中だったのに」
「違う!俺が183連勝中だ!」
それを聞いたナミが「ルフィがそんな細かに覚えてる…!?」と戦慄。
オゥ!と驚いたフランキーは口笛を吹く。
「認識の差が激しすぎるわね」
「勝負って?」
「昔、ルフィといろんな対決したの。ナイフ投げとか、かけっことか、腕相撲とか。懐かしいな」
ウソップの質問にウタは少し遠くを見るように答える。
「今日の種目は、アレだ!チキンレース!」
ウタが天を指さして言うと音符の群の波が生まれ、ルフィとウタの体を空中へと持ち上げていく。
飛び上がった先、更なる音符の集まりが空中に50mほどの大きな浮遊する板を生み出し二人はそれの端っこに着地。
かつてとは違うが、ルフィは昔のチキンレースと呼ばれた勝負の舞台を思い出す。
隣に座る少女もかつてとは違うが、同じだ。
再び音符が集まって、二人の前にそれぞれ一皿ずつモモ肉のローストチキンの山が用意される。
「おォ、懐かしいなぁ!あとは―――」
「もちろん」
ウタが指を鳴らせば、二人のいる足場の反対側の端に巨大な牛が現れる。
その牛は興奮し、今にも二人に向かって突進して来ようとしていた。
かつてはお腹を空かせた犬だった。
目の前のチキンの山を食べきるまで逃げてはいけない。
それがかつて二人がやっていたチキンレースのルールだ。
二人とも両手を上げ、フライングは無し。スタートは正々堂々。
「やるぞ!」
「よーい!」
ウタの掛け声で声を揃え、
『3、2、1!』
ゼロ、と牛が尻尾をしならせ突進を開始する。
ウタは両手で肉を掴み、世間で知られぬ素の姿のまま次々口の中に肉を詰め込んだ。
一方のルフィは皿を叩き、チキンを浮き上がらせ一口で大半を平らげる。
牛は猛烈な勢いで二人へ突進してくる。
ウタも善戦しているがルフィのチキンは後一切れ、ルフィは余裕の表情でウタを見る。
ウタは悔しそうに顔を歪めるが、思いついた顔で音符を片手に集め、大ジョッキ一杯のジュースを生み出し、
「はい、ルフィ」
「お、ありがとな!」
ルフィは何の疑いも持たずそのジュースを受け取り、飲みはじめた。
その隙に残った全ての肉をウタは平らげて即座に板から離脱。
直後、突進してきた牛がルフィを吹き飛ばした。
「ウぅタちゃぁぁん!」
「プリンセス・ウタの勝ちだ――――!」
「あんな手に引っかかる…?」
「まあ、ルフィらしいわね」
それぞれ言葉を漏らしながら飛んでいくルフィを見送る。
「ずりぃぞ!ウタぁ―!」
不満たっぷりの叫びをあげながらルフィは席の外側へ落ちていく。
下にあるのは、海面だ。
「あ、海はまずい!」
ウソップは気付いて慌てて走り出すが、ルフィは派手な音を立てて海へと落ちた。
悪魔の実の能力者は水に嫌われる。
その体の半分が水に浸かれば、体に力が入らなくなってしまうのだ。
ウタは慌てて音符を出し、ルフィの体を引き上げ、元の席へと連れてくる。
「ごめんごめん。ルフィも悪魔の実を食べたんだもんね」
「さっきのは反則だ!もっかい!」
「でた、負け惜しみィ」
睨み合い。
ルフィは歯をむき出して悔しがり、ウタは楽しそうに笑って両手を顔の横でニギニギと空を揉む。
快活に、屈託なく。昔を思い出しながら。
映画の納得いかない点その1・ルフィがクッソ淡泊。
出会って抱き合うぐらいに仲良さそうなのにその後のルフィの対応がクッソ冷たいように見える。