幸せという名の自殺未遂   作:ROCKSTAR

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ろくでなし

 

 

 

 

 『親の意見と茄子の花は千に一つも無駄はない』という言葉ほど反吐の出る言葉はない。当てはまる人もいるのかもしれないが、少なくとも俺の親には絶対に当てはまらない。誰が何と言おうと。

 

 物心ついたころから俺は、完璧主義な親の『英才教育』とやらで、遊ぶ暇もなく徹底的に勉強させられた。

 小学生の頃までは、それが至極当たり前のことに感じていたので、何の疑問も感じることはなかった。今思い返すと、俺は親――もとい『奴ら』に洗脳され、奴らの言うことを盲信していたのだろう。感覚が麻痺していた当時は、『奴ら』にさせられた『英才教育』とやらが、ただの『拷問』であることを疑いもしていなかったのだから。

 

 違和感を覚え始めたのは、中学に進学してからだった。クラスメイトは、ほとんどが昨日見たドラマやアニメ、好きなゲームの話題に花を咲かせていた。小学生の時ならともかく、中学生になってもそういった話題をしていることが当時の俺は全く理解できず、強い疑問を感じたものだった。

 そんなある日、クラスメイトの男子のひとりが友人と思われる他の男子を連れて、家で遊ばないか、と言ってきた。

 小学校時代、俺は誰かの家に行ったことは一度もなかった。『奴ら』から、『他人の家には絶対行くな、お前が汚れる』などと言い聞かされていたためだ。当然その言いつけも俺は盲信していたので、普段なら断っていたかもしれないが、その時の俺は連日の勉強の疲れから家で復習する気が起きなかったのと、誰かの家に行くことに興味を持っていたこともあり、承諾してしまった。

 

 初めて訪れたクラスメイトの家。

 そこはまるで天国だった。今まで食べたこともなかったスナック菓子の美味さ、当時は引っ込み思案な性格だった俺ですら、興奮して大きな声を上げてしまうテレビゲームの面白さ、そして何より、俺のことを『友達』と呼んでくれたクラスメイト達の温かさ――俺は号泣した。今まで感じたことすらない、強い胸の高鳴りに。

 

 しかし、俺はそこから引きずり出された。間隔を開けずに連続して鳴り響くインターフォン。怒鳴り散らす中年の男女。有無を言わさず上がり込むそいつら。うろたえるクラスメイトの母親。自分の子を見つけるや否や、喚き、殴り、罵倒し、連れ帰った。警察まで呼んで探すとは、なんて子想いの親御さんでしょう。

 家に帰っても罵倒し続ける『奴ら』に、俺は土下座して謝ることしかできなかった。そんな俺の姿に満足したのか、『二度と他人の家に行くな』という条件を俺に課し、『許した』のだった。

 

 

 

 

 その時俺は誓った。誰もが称賛するような、最高の栄誉を手に入れようと。そしてその栄誉を祝福する、親のような何かの目の前で、自分の腹をかっさばこうと。その様に驚愕する『奴ら』に、『ざまあみやがれ』と叫んで狂喜してやろうと。自分の手を汚すことなく絶望を与えられる、最高の復讐だ。

 

 『奴ら』に罵倒された翌日から、誓った目標のため、俺は狂ったように勉強を始めた。今まで『奴ら』が課していた倍近い量を自主的に取り組んだ。

 勉強だけではなく運動にも手を出し、家から離れた場所にあるキックボクシングジムに通い始めた。格闘技をすることに『奴ら』は難色を示したが、『格闘技もできる強い人間の方がより完璧だ』という俺の詭弁をあっさりと信じ、通うことを承諾した。

 

 結局中学時代は、すべての教科でトップの成績となり、教師たちからは絶賛された。狂ったように勉強していたと言っても、睡眠時間や栄養状態に影響は出ない規則正しい生活を送っており、遅刻も欠席もなかったことも関係していたのだろう。ガチガチに固い模範生を、中学時代は演じ切ったのだった。

 『奴ら』も大いに喜んだ。それは初めて見る笑顔だった。この笑顔をいかにしてぶち壊してやろうか考えると、俺も思わず笑みがこぼれた。俺の笑顔の意味など、『奴ら』に分かりはしなかっただろう。

 

 高校受験を控えた俺は、一人暮らしがしたいことを『奴ら』に伝えた。『奴ら』から離れたい、というのも理由のひとつではあったが、それ以上に、『高校生でありながら親元を離れ、頑張っている息子』を演じることで、『奴ら』の俺に対する株も上がると思い至ったからだ。反対は覚悟の上だったが、『奴ら』を言いくるめる詭弁など、いくらでも考えつく。しかし俺の予想に反して、『奴ら』はあっさり了承した。

『一人暮らしに慣れることも、完璧な人間になるために必要だ』とのことだった。

 一瞬俺は呆気にとられるも、すぐに『奴ら』が好むだろう言葉を放った。

 『もちろん誰かの家に行くことはないから、安心して』と――『奴ら』の表情は、まるで天にも昇るようなものだった。こうして俺は親元――『親』なんて呼びたくはないが――を離れ、受験した高校、聖櫻学園へ入学した。『奴ら』に絶望を与えるための一歩を踏み出すために。

 

 

 

 

 俺は死ぬために生きている。死ぬことが俺の人生における最終目標。不幸は幸福、苦痛は快楽、流れる血の味、蜜の味。

 

 

 

                        

 

 

 進級から3週間が経過し、クラスメイトの面々も新しい教室の環境に慣れ始めているようだった。1年生の時は顔見知りですらなかったのに、今では昼休みに机をくっつけて昼食を食べるほどの仲になったという人もちらほらいるようである。進級直後の醍醐味ともいえる光景だが、俺はその例からは漏れている。

 俺とともに昼食を食べるのは、以前と変わらず黒川くんのままであった。

 

「前から思ってたけど、二階堂くんの弁当って全部自分で作ってるの?」

 

「まあ、一応はね。一人暮らしだし」

 

 『奴ら』の影響でインスタント食品やコンビニ弁当などとは無縁の生活を送っていたため、というのもあるが、最終目標達成のために健康状態を維持することは重要だと考えた俺は、高校入学から今日にいたるまですべて食事は自分で作っている。

 また、料理の分野で何かしらの表彰をされることも、最終目標達成に必要な『栄誉』と言えるので、それを目指してみるのもありかもしれないと思っている。料理屋で働いているわけではないので、厳しいどころの話ではないかもしれないが、一応頭の片隅に考えとして残してはおいた。

 

「凄いよね、一人暮らしで弁当まで自分で作ってるなんて。俺には一人暮らしなんて想像もできないし、想像した所でミイラになる姿しか思い浮かばないな……」

 

 そう言って苦笑する黒川くんだったが、憧れを抱かれる謂れなど微塵もない。

 

「黒川くんの弁当は、この時期だと親父さんが作ってるのか」

 

「そうだね。母ちゃんが単身赴任から戻ってくるのは、夏休みが終わる直前だったかな、確か」

 

 黒川くんの家は、一定の期間ごとに父親と母親が単身赴任で入れ替わるという形態のようで、家族が3人揃うということは滅多にないらしい。

 弁当を作るのはその時家にいる方の親御さんのようだが、親父さんとお袋さんとで見た目に差があるということはなく、どちらの作った弁当も非常に美味そうだった。実際のところ、頼んでもいないのに黒川くんがおかずをくれたことが今までに何度かあったが、どちらが作ったおかずも極めて美味かったのを覚えている。俺の料理など及びもつかない。俺が料理の分野で栄誉を得ることをあくまでも『考え』としかしていないのも、それが理由と言えた。

 

 黒川くんは一人暮らしに憧れを抱いているようだが、俺はむしろ、まともな『親』と呼べる人間と一緒に暮らしている黒川くん――彼に限った話ではなく、彼のような生活をしている人間が大多数だろうが――の生活の方が、憧れの対象となってしかるべきだと思う。『普通』よりも素晴らしいものはない。

 俺もまともな人間の子供だったら、こんなことを人生の最終目標にしなくて済んだのではないか、と考えない日は1日だってない。黒川くんへの憧れと同時に俺は、彼に嫉妬すらしていた。

 

「今日も仲がいいね、お二人さん」

 

 そんな中で顔をにやつかせながら俺たちのいる机へとやってきたのは、同じクラスの女子生徒、小野寺千鶴(おのでらちづる)だった。彼女とは1年の時も同じクラスで、幾度か話を交わしている。

 彼女は漫画研究部に所属しており、やはりというべきか画力は高い。同人誌を描いて即売会で販売することもあるようだ。同じように漫画が好きな黒川くんとは仲が良く、休み時間に漫画の話題で盛り上がっていることが多かった。

 そんな黒川くんといつも一緒にいるということで、俺にも頻繁に話しかけてくるが、俺はさほど漫画に詳しくはなく、そもそも他人とあまり関わり合いになりたくないので、適当に返事をすることがほとんどである。

 

「もしかして、二人は幸せなキスをする関係とか? あはは」

 

「……はぁ」

 

 あまりの意味不明さに色々と突っ込みを入れたかったが、突っ込むことが多すぎてする気が失せ、代わりに大きなため息ひとつ。俺の心中を察したのか、黒川くんが小野寺さんに突っ込みを入れた。

 

「あのさあ……小野寺さんは俺たちに何を期待しているのよ? 屋上で身体焼いたり、睡眠薬の入ったアイスティーを飲ませたりする展開か何か?」

 

「……?」

 

 そんな黒川くんの突っ込みも、俺には理解不能だった。

 

「えっ、もしかして二階堂くんと黒川くんって、そういう関係だったの?」

 

 俺たちのやり取りを部分的に聞いていたのか、もうひとり女子生徒がやってくる。

 有栖川小枝子(ありすがわさえこ)。彼女は小野寺さんとは逆に1年の頃は違うクラスで、2年になってから同じクラスになった。

 彼女とは2年になってから初めて会話をしたが、1年の頃から俺は彼女のことを知っていた。他人とかかわろうとしない俺にですら噂が耳に入るほど、彼女は有名人だからだ。

 

 彼女はとにかく他人の恋愛事情に首を突っ込みたがる性分のようで、誰が好きなのかということをしきりに聞いてきたり、恋愛相談のアドバイスをしたり、告白現場をのぞき見したりすることもあるようだ。

 アドバイスのおかげで恋愛が成就したという話もある一方で、『しきりに話を聞いてくるのでうっとうしい』、『有難迷惑だ』という意見も聞く。

 

 1年の初めの頃から、教室で彼女の話をするクラスメイトの声が何度も耳に入ってきたし、実際に廊下で彼女が好きな人についてしきりに聞いていたのを目にしたことがあるので、嫌でも俺は彼女を知ることになったのだ。

 そんな俺も、彼女と同じクラスになってから2度ほど誰が好きなのか聞かれた。どちらの時も『ノーコメント』の一言で通したが、まだ諦めていないようなので正直勘弁してほしかった。

 

「恋愛の形は人それぞれだし、私は別に変だと思わないわよ! 世間の風当たりは厳しいかもしれないけど、応援してるからね! 頑張って、ふたりとも!」

 

 当の本人は勘違いしたまま、勝手に応援を始める始末である。大きな彼女の声はクラス全体に響き渡り、クラスの連中は俺たちを奇異の目で見つめる。

 俺はまだしも、黒川くんまでクラスから白い目で見られるというのは御免だった。

 

「有栖川さん、勝手に話を進めないでおくれ。俺も二階堂くんも別に、『ンアッー!』なんて言い合う関係じゃないし、そういう気もないよ」

 

「…………?」

 

 相変わらず、黒川くんの突っ込みは謎のままだった。

 

「あれ、そうなの? でも、ふたりともすごく仲がいいわよね。恋愛関係じゃなかったのは残念だけど、交友関係が良好っていうのも、すごくいいことだと思うな」

 

「いや、残念がるところじゃないでしょ……」

 

 ――本当に、仲がいいように見えるのだろうか。

 やっと黒川くんがまともな突っ込みをしたことに対する喜びよりも、俺は有栖川さんの発した『交友関係が良好』という言葉に疑問を感じずにはいられなかった。

 

 俺は今までの人生で、能動的な人付き合いをしたことが数えるほどしかない。ほとんどすべて、受動的な付き合いだった。分かりやすく言えば、他人に話しかけることよりも、話しかけられて会話を始めるということが圧倒的に多かった。

 それは黒川くんとの付き合いでも例外ではなく、俺から彼に話を振った割合は彼との会話において1割にも満たない。先ほどの弁当に関する話題を加えたとしても。

 こんな付き合いを『良好な交友関係』と呼ぶなど、甚だ疑問だ。

 それどころか俺は、今までの彼との会話において生返事や、適当に相槌を打つことも少なくなかった。そんな俺の態度を見たら、付き合いきれないと思って距離を置こうとするのが普通であろう。なのに――――

 

 

 

 

「だから、クソゲーだけど笑えるクソゲーなんだよね。もしやりたかったら貸すよ」

 

 ――――なのに、何で黒川くんは俺に構い続けるのだろうか。

 学校からの帰り道。笑いながら俺に話をする黒川くんだったが、俺は正直戸惑っていた。2年に進級してから、彼が俺に構う頻度は減るどころか、むしろ増加していた。俺には、彼の意図が全く分からない。こんな『構って欲しくない』オーラを全開にしている奴なんかに、どうして。

 

 俺が誰とも親交を深めようと考えていないのは、俺が死ぬことで悲しむ人間が出ないようにするためだ。俺の死に絶望するのは、『奴ら』だけで十分だ。関係ない人まで巻き込みたくはない。こんな俺でも距離を置かずに話をすることができる彼は、間違いなく俺以外の人間も気遣い、思いやることができるはずだ。他人を思いやれる人間は、俺のような奴と親交を深めてはいけないのだ、絶対に。

 それに、いくら有益な事物をもたらしてくれるからと言っても、このような関係は、俺がただ黒川くんを便利な道具のように扱っているだけになる。

 こんなのは、俺が望んだことじゃない。

 

「……黒川くん」

 

「ん?」

 

「もう、俺なんかに構うのはやめた方がいい」

 

「えっ? どうしたの、急に?」

 

「俺と一緒にいても、ロクなことにならないよ」

 

「……それはどうして? もし良ければ、理由を教えてくれるかな?」

 

 いつもの笑顔から真剣な表情になった彼に、俺は告げる。彼を突き放すために。

 

「…………だって俺、死ぬことしか考えてないから」

 

 

 

 俺はどうしようもなく最低な人間だ。

 この、ろくでなし。

 

 

 

 

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