生まれ変わった宣言をしてからの俺は、自分のクラスはもとより、他クラスの人間とも交流することがかなり多くなった。高桑、鴨田、芹澤の3人が他クラスなのでそれに伴って、というのもあるが、そいつらの知名度が高いから、と言う方が合っているかもしれない。
以前俺は3人のことを『3バカ』などと言ったが、校内では実際にそう呼ばれていることに驚いた。3人とも学校行事の際には盛大な馬鹿をやらかしてばかりいて、教師や風紀委員から目を付けられているようだ。例えば爆竹を鳴らしたり、節分大会の時、鬼をやっていた人に大豆ではなく落花生を投げつけたりしたりなど、小さなことから結構危ないことまで、色々やっているようだ。
学校の備品を壊したり、人を怪我させたりといったことはないようで、少し安心した(落花生も、大柄な男子生徒にのみ的を絞り、尻にばかりぶつけていたらしい。それはそれでまずい気がするが)。
主に目立っているのは高桑と鴨田のふたりのようだが、実は一番暴走するのは芹澤で、高桑と鴨田も、思わず引くほどの馬鹿な行為を時折見せるらしい。節分大会で落花生を使おうと提案したのも、尻にぶつけようと提案したのも、全部奴のようだ。
そのくせに芹澤は、学年10位以内に入るほど成績が良い。村上さんの成績が良いことを知った時と同様、試験の成績優秀者の名前が貼り出された際、奴の名前が載っていたことを思い出す。
おまけに1年の時に球技大会のテニスで優勝したこともあり、体育の授業における球技の試合では自分のチームに入らせるために取り合いになることもあるようで、運動神経も抜群だった。
どう考えても他人にちやほやされる要素しか持ち合わせていないのに、そんな暴走ぶりから、芹澤の良い評判は聞いたことがなかった。
そんな連中と、黒川くんは1年の頃からつるんでいるようだが、彼は連中の毒牙にはかかっていないことに安心した。そんな世界に引きずり込むような真似したら、浣腸食らわせてやる。
「……んで、俺に何の用事だよ?」
「決まっているでしょう。あんなに暗かったあなたが、突然異常に明るくなった経緯を聞くためよ。学年トップの成績の二階堂くんの話題なら、新聞の記事のネタとしては最高だわ」
「面倒くさいわね……」
以前図書室で借りた、まだ読み終えていない本を今日は読み終えようと思い、さっさと帰宅しようとした矢先、俺は新聞部の部室へと連行され、隣のクラスに在籍している新聞部員、
他の新聞部員も全員が視線を俺に向けており、極めて居心地の悪い空間だった。
「連れて来た時も思ったけど、身長高いな~。何cmあるんだろう?」
眼鏡をかけた女子の新聞部員――青いネクタイをしているので、恐らく1年生――がそう呟いたのを俺は聞き逃さなかった。俺は動物園の象じゃないっての。
ちなみに俺を連行したのはこの部員だ。連行するように言ったのは神楽坂さんらしいが、この部員からも俺に関して興味ありげな雰囲気が漂っていた。
「……190あるわよ」
「うわっ、聞こえてた!」
自慢じゃない――というか、自慢したくない――が、俺は身長が学園内でかなり高い。身長が高い人間の巣窟である男子バレー部や、男子バスケ部の人間に比べると、若干劣りはするが、それでも190cmという、相当なものを持ってしまっていた。
そのせいでバレー部に限らず、今でも多くの運動部から入部しないかと勧誘されているが、興味はないので断り続けている。そもそも今やっているキックボクシングですら、そこまで興味があって始めたものではない。今住んでいる家から近い格闘技のジムだったからという、至極単純な理由であった。
何より俺はこの高すぎる身長を疎ましいものだと思っている。最高でも170cm後半あれば十分だというのに、ここまで伸びてしまったことを嘆かずにはいられなかった。自慢したくないと思っているのも、そういう理由からであった。
……誰か身長いりませんかー? 今なら特価で売るよー?
「クミコ、横槍を入れないで頂戴。彼に質問しているのは私なんだから」
「す、すいません……」
そんな彼女を、神楽坂さんは威圧感たっぷりの言葉で黙らせる。その姿は、まさに『女王様』そのものだった。事実、彼女はサディストの気が結構強い性格であり、他人をいじって楽しむことを好む人間だった。それでも、限度を超えた真似はしないというのが救いと言うべきなのだろうか。
「さあ、そろそろ教えてくれないかしら? 大きく特集を組もうと考えているのだから、すぐにでも記事を書く作業に移りたいのよ」
何で一個人の人間関係を新聞記事、しかも大きな特集にせにゃならんのだ。俺のプライバシーはどこへ行っちまったんだ。
わずかながら苛立ちを覚えたが、あまり気にしてもしょうがない。これもより良い学園生活の一部と考え、さっさと話して解放してもらうことにしよう。
「……はぁ、分かったよ。神楽坂さんのクラスに、『3バカ』って呼ばれてる男子3人がいるのは知ってるだろ?」
「ええ。有名人だからね、悪い意味で」
「そいつらとは中学時代友達だったんだけど、色々あって疎遠になっちまってさ。3人ともここに入学したってことは1年の頃から知っていたけど、結局よりを戻せなくてね」
「ふ~ん……その『色々』って?」
「そのことに関しては、いくら神楽坂さんでもノーコメントだ。こればっかりは話せない」
生まれ変わった宣言をして以降、『奴ら』から何度か電話で連絡が来たが、悟られないように演技を続けていた。そのため、『奴ら』は俺の現状に気付いていない。しかし迂闊な真似をして『奴ら』の耳に俺の現状が入ってしまえば、俺はもちろんのこと、他の人間まで迷惑がかかることになりかねない。
いずれは徹底抗戦するつもりだが、現段階でばれるのは出来るだけ避けたかった。
「……しょうがないわね。無理矢理聞こうとしても口を割ってはくれなさそうだし。まあいいわ、そのことはいいから話の続きをして頂戴」
「悪いね……それじゃあ話の続きに戻るけど、そんな俺たちをまたつなぎ合わせてくれた人がいたんだ。俺のクラスにいる、黒川くんって知ってる? その黒川くんが全く俺たちとは関係ないのに尽力してくれちゃってさ。おかげでよりを戻すことが出来たんだよ。いやぁ、黒川くんには感謝してもしきれないね」
「……ちょっと待って。まさかその黒川くんって人、黒川将平くんのことかしら?」
「そうだけど? ……どうしたん、随分険しい顔して?」
俺が黒川くんの名を口にした途端、神楽坂さんの表情が先ほどまでの薄ら笑いを浮かべたものから一変し、何かを恐れるような険しいものに変わった。額にはわずかに汗も滲んでいる。それは体温の上昇から来るものではなく、焦りなどから来る冷や汗のように見えた。
神楽坂さんはそんな表情とは無縁だと思っていた俺は、一瞬呆気に取られた。
「……ごめんなさい、二階堂くん。この話、なかったことにしてもらえるかしら?」
「えっ、ええっ? 一体何がどうしたっていうのよ?」
彼女の口から出た言葉に、今度は呆気に取られるどころか混乱した。当然それは俺だけではなく、部室内にいる部員全員が同じ状態になっていた。あちこちざわつき出す。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ先輩。さっきまで『一番歴史的な記事にしてみせるわ』って意気込んでいたじゃないですか」
そんな部員全員の意見を代弁するかのように、先ほど神楽坂さんに『クミコ』と呼ばれていた、俺を連行してきた1年生が困惑しながら彼女に尋ねる。
「……クミコ、貴女は彼のことを知らなさすぎるのよ。彼のことを記事になんかしたら、この新聞部が、物理的に潰されるわ」
「えっ? それってどういう――」
「神楽坂さん、どういうことだ、それ?」
1年生の言葉を遮るように、俺は神楽坂さんへと、半ば詰問に近い形で尋ねた。
彼女の表情から、とても冗談を言っている様子には見えなかったものの、あまりにも言っていることの意味が分からなかったからだ。
「さっきの二階堂くんの言葉を真似することになっちゃうけれど、ノーコメントよ。これ以上は話すことができないわ。……記事は別の話題にします。お騒がせして、すみません」
「…………」
俺から視線を逸らし、他の新聞部員たちに詫びを入れる神楽坂さんからは、相変わらず冷や汗が見受けられた。そんな状況に俺は、何も言葉が思いつかなかった。
翌日の昼休み。俺は教室で3バカとともに昼食をとっていた。黒川くんは、今日は珍しく弁当を持ってこなかったようで、購買へと向かっているところだ。『先に食べてていいよ』という彼の言葉に従って、一足先に食事にありついている。
「そういやお前、昨日神楽坂に拉致されたんだってな。何聞かれたんだ?」
そんな中、ペットボトルのお茶をあおりながら芹澤が昨日の出来事について尋ねてくる。昨日話したように、芹澤を含む3人は神楽坂さんと同じクラスなので、彼女の話題は頻繁に耳にすることなのだろう。神楽坂さんの人間性を考えれば、たとえ他クラスでもすぐに彼女の話題は入ってくるのかもしれないが。
「ああ。何で俺がこんなに明るくなったのか、その理由を聞いてきたよ。記事にするつもりだったみたいでね。でも、妙なことが起こってさ」
「妙なこと?」
「ん。黒川くんが俺たちのよりを戻すのに尽力してくれた、って言ったら急に険しい顔になってさ。それどころか『この話はなかったことにして』なんて言われたよ。何か、やたら黒川くんのことをおっかながっている感じだったな」
「マジか。何でだろ?」
「意外だな。神楽坂さんって、記事のことに関しては妥協を許さない人なのに」
「……へぇ~っ。そりゃあいいことを聞いたな」
俺の回答に対して、高桑と鴨田は俺の予想通りのリアクションを見せたが、芹澤だけは口の端を吊り上げていた。
「いいことって、何がだよ? まさか、ろくでもないこと考えてないよな?」
「むしろ逆だ。神楽坂の奴、1年の頃から将ちゃんのことを、いじり倒す目的で狙ってたんだ。将ちゃん、いくら交友関係が広いっつっても性格は比較的おとなしめだから、あいつにとって絶好のカモといっても過言じゃなかったんだ。だから今まで俺はあいつが将ちゃんに近づかないように注意を払ってたんだが、どうやら心配は無用みたいだな。あいつの弱点が分かっていい気分だ」
「でも、神楽坂さんって、一線を越えるような真似はしないって聞いたけどな」
そういうことが関係しているのか、俺は神楽坂さんを嫌う声をほとんど聞いたことはない。黒川くんにしても、変にいじられるようなことはないのではと思う。しかし、俺の言葉に芹澤は吐き捨てるような仕草をした。
「そりゃあ、その光景を見た人間の主観的な感想だろう? 実際、あいつを嫌ってる人間ごまんといるからな。1年の頃はあいつとは違うクラスだったけど、あいつのことで俺に相談してきた奴たくさんいたしな」
「おいおい、ちょっと待て。何でお前カウンセラーみたいなことやってんだ?」
神楽坂さんの、周りの評価云々よりもそっちの方が俺は気になった。
「行事の時は一番バカなことするし、不快に思ってる人も多いけど、こいつ実際は人付き合いかなりいいし、ボキャブラリーも豊富だから相談に来る人多いんだよ。的確なアドバイスがもらえて、親身になって相談に乗ってくれるってことで人気だったしなー」
「……それは腹立つな。一番バカのくせに」
「だね。本当にむかつくよ」
「あーっ、言ってて俺も腹立ってきた……」
「……お前らうるせえよ」
俺たちの総攻撃に、芹澤は心底腹が立っているような表情を見せたが、俺は内心では奴のことを評価していた。人の相談に乗るなんて大層なことは、そう簡単にできるものではない。俺はそんなものを持ち合わせていないので、尚更だった。いずれは俺もそういう人間になれるだろうか。
「だけど、『物理的に潰される』って、余程のことがなけりゃ言わないと思うんだがな」
「えっ、そんなこと言ってたの、神楽坂さん?」
「ああ。『黒川くんのことを記事にしたら、新聞部が物理的に潰される』って」
「……ますます面白いな」
俺の言葉に、先ほどよりも嫌な笑みを芹澤は浮かべる。この表情だけ切り出したら、どう見ても悪人にしか見えない。
「でも何があったんだろ、将ちゃんと神楽坂さんの間に?」
「大体予想はつくけどな。大方、神楽坂の奴が将ちゃんを切れさせるような真似したんだろ。そうでなきゃ、そこまでビビらないだろ」
「おいおい、黒川くんが切れるって、本気で言ってるのか?」
優しさの塊とでも表現していいような黒川くんが怒るということなど、俺には到底想像がつかない。そりゃあ、不満を見せるようなことはあるかもしれないが(と言っても、そんな姿も見たことがない)、芹澤が言うような『切れる』状態には絶対にならないと思う。1年、2年と彼の姿を間近で見てきたからこそ、そう考えるのは当然のことだった。
「俺は見たわけじゃないけど、1年の球技大会の時、実は将ちゃん当時の3年にブチ切れて絞め落としたことがあるんだ。というか、俺たちが将ちゃんと関わりだしたのって、それがきっかけだしな」
「マ、マジかよ……一体何があったんだ、その時に?」
ぶん殴ったり、蹴っ飛ばしたりしたのではなく、『絞め落とした』というのにわずかながら戦慄を覚える。それでも気にはなってしまったので、俺は芹澤に詳細を尋ねた。
「そもそも、お前将ちゃんと1年の時も同じクラスだったのに、知らなかったのかよ?」
「ああ、全く知らんかった」
「まあ、教師連中が大事にしないように取り計らったんだろうけどな……じゃあ、話を戻すけど、当時の3年にすげえ威張りくさってた奴がいたんだ」
「なるほど」
「そいつ、典型的なクソ野郎でさ。自分より体格が小さかったり、おとなしそうだったりする人間ばかりに、訳が分からん因縁つけてたんだよ。事あるごとに、意味もなく『死ね』とか『殺すぞ』ってな」
「……ああ、クズだな」
自分の力を誇示して、弱者をいたぶるような奴は例外なく最低最悪な人間だと俺は思う。その例を、俺は至近距離で毎日のように見てきたのだ。だからこそ、断言できる。
「球技大会の時にそいつと将ちゃんが試合することになったんだが、始まる前から将ちゃんのことを罵倒しまくっててな。さっきも言ったみたいに、将ちゃん性格は比較的おとなしいし、体格も小柄だからな。だけど将ちゃんは完全無視してたらしいんだ」
「そういや、種目は何だったんだ?」
「テニス。勝った方が俺と対戦することになってた」
(そういやこいつ、優勝したんだったな。黒川くんも同じ種目だったのか)
「結局試合は将ちゃんが僅差で勝ったんだ。将ちゃんはテニス初めてだったらしいけど、相手がそれ以上に下手糞だったらしいから何とか勝てたみたいだな」
「まあ、大方想像はつくけど、そいつ負けたからってギャーギャー言ってきたんだろ?」
「大正解」
こういう奴らの行動パターンは、誰であってもまるで金太郎飴のように同じだ。絶対自分の非を認めないし、反論されればすぐに威圧する、実にたちの悪い連中なのだ。
無視しようにも追尾ミサイルのような正確さで迫ってくるので、なおのことだ。
「さすがに将ちゃんも言い返したら、そいつ逆切れして、将ちゃんにタックル仕掛けて、倒して、殴りかかりやがった。しかも顔面狙って」
「おいおい……黒川くんは大丈夫だったのか……ん? ちょっと待て、そういやその頃の黒川くんの顔、傷も痣もなかったな」
黒川くんの顔にそういったものが見受けられたのなら、俺がこの事件の詳細を知らないということはまずあり得ない。いくら他人に関心のなかった当時の俺でも、何か尋ねたに違いない。
「実際、1回も殴られなかったからな。殴りかかった腕を取ったかと思ったら、すかさず首に足巻きつけて、三角極めたんだと」
「三角って、もしかして三角絞めのことか?」
「そうだな。柔道なんかで使われるあれだ」
「マジかよ…………」
黒川くんが切れること以上に、その様子の想像が俺にはできなかった。腕で首を絞める、いわゆるチョークスリーパーとは違い、三角絞めは技の構造を知っていないと仕掛けられるものではない。
俺はキックボクシング、つまり立ち技しか経験がないので、寝技である三角絞めのちゃんとした技の構造は理解していなかった。
そんな技を即座に極め、加えて絞め落としたなど、経験者でもなければできないことだろう。黒川くんは柔道でもやっていたのだろうか。
「審判やってた荒井先生なんかが止めに入ったんだが、そんなもの全く意に介さずに、落ちるまで絞め上げたらしい。その後はラケットを先生に返して、帰っちまったんだと」
「じゃあ、試合放棄したってことか」
「ああ。だから本当ならその3年が繰り上がりで俺とやるはずだったんだが、意識が戻ったあとパニック起こして試合なんかできる状態じゃなかったみたいだな。だから俺は2回戦が不戦勝になった。初めはラッキーだと思ったけど、事情を知ってすぐ撤回した」
去年の球技大会のテニスには、芹澤の優勝以上の大事が発生していたというわけか。当時の状況を鑑みるに、芹澤の言った『教師が大事にしないように取り計らった』というのは本当のようだ。そのことに俺は安堵する。
それと同時に俺は、その絞め落とされた3年に『ざまあみやがれ』と心の中で嘲笑った。そんなふざけた奴のせいで黒川くんが変な目で見られたらかなわない。自業自得だ、マヌケが。
「でもそれって、ブチ切れたっていうより、身を守っただけじゃないか? 絞め落としたことに関したって、そうでもしなきゃ反撃されてた可能性もあったかもしれないしな」
しかしながら、黒川くんの行動は別に隠す必要もないのではないかと思う。大っぴらにしたところで、彼を心配こそすれ糾弾するような人間は、そいつの取り巻きでもない限りは現れないだろう。
そもそも『切れる』という表現自体、おかしなものだと思うのだが。
「いや、俺が『切れた』って言ったのは絞め落としたからだけじゃない。将ちゃんその後、失神してるその3年の顔面に、唾吐きかけたらしいんだ。加えて暴言も吐いたって聞いた。何て言ってたのかは知らないし、知るつもりもない。それにこのことで将ちゃんの評価を変えるつもりは毛頭ない」
「……冗談、じゃないのか? 尾ひれが付いてるだけなんじゃないのか?」
「このことを俺に話してきた奴は、話に尾ひれ付けるような性格の人間じゃない。俺も信じがたいけど、恐らく本当とみて間違いないだろ」
「…………」
しばらくの間、俺は言葉を失った。
彼が他者に唾を吐きかけたり、暴言を吐いたりするなど、ますます想像ができなかったからだ。もちろん、俺も黒川くんに対する評価を変えるつもりはないが、内心動揺はかなりしていた。
「……とりあえず、そういうことがあったってのは理解できたが、何でお前らと黒川くんがつるむって話になるんだ?」
その動揺をごまかすように、俺は話を別の方向へと逸らす。
1年の時も違うクラスで、何の接点もなかったこいつらと黒川くんがなぜ繋がりを持ったのか、このことの何がどうきっかけなのか、芹澤の話からは見えてこなかった。
「そりゃあ気になるだろうが。クソ野郎に正義の鉄槌を落としてやったのが、どんな人間なのかってことくらいは。将ちゃんがぶっ飛ばしてなかったら、いずれ俺がやってやろうと思ってたくらいだからな。それに、もともと俺と対戦する予定だったのに、顔合わせしてないっていうのも気まずかったし」
「変なところで律儀だな、お前……」
「だけど一二三、お前やたら慣れ慣れしく将ちゃんに近づいてたから、将ちゃんかなり警戒してたんだからな? ゴミでも見るような目だったぞ、ありゃ? 俺たちがお前を落ち着かせてなかったら、どうなっていたことか……」
「いちいちうるせえよ……まあ、警戒されたってのは認めるし、反省してるけどな……」
一番暴走するという芹澤の性格は、こんなところにも表れていた。よく黒川くんにぶっ飛ばされなかったものだ。
ただ、その行動がなければ再びこいつらと一緒になるということはなかったに違いない。ことの始まりは芹澤の性格があったからこそとも言えるだろう。なので、内心俺は感謝した。もちろん、高桑と鴨田のふたりにも。このふたりが芹澤のストッパーとなってくれたことによって、黒川くんが警戒しすぎないようにしてくれたことも一因だ。
「それで、今に至るってわけだ。いやあ、将ちゃんのおかげで1年の時は楽しいことばかりだったな。ゲームとか漫画に詳しいし、色々面白いのを貸してくれたからな」
「おまけに、勉強も得意だから、テストも赤点取ることなくパスできたしね。一二三は勉強教えるのすげえ下手糞だけど、将ちゃんはうまいから大助かりだよ」
「本当だよな。こんな下手糞なのに、何で成績はいいのか理解に苦しむな~。不条理だよな、世の中って」
「ちくしょう、いちいち痛いとこ突いてくんなよ……まあでも、そんな将ちゃんでも怒ることはあるってことだ。言うだろ、『優しい人間ほど怒ると怖い』ってな。それにここだけの話、球技大会の時以外にも将ちゃんはブチ切れ……」
「ごめんごめん。思ったより人が多くて時間かかっちゃったよ」
「「「どわっ!」」」
芹澤が気になることを言おうとした矢先、件の本人がパンを手に持って戻ってきた。不意を突かれた形となり、俺を除く3人が一斉に飛び上がる。まるで示し合わせていたかのようだ。
「……ど、どうしたの?」
「い、いや、ちょっとな……昨日こいつが神楽坂に拉致されて、根掘り葉掘り聞かれたらしいから、慰めてたんだ」
途中からはほとんど黒川くんの話になってしまったが、元々は俺が神楽坂さんに連行された話に端を発しているのだ。額に冷や汗を浮かべながら発せられた芹澤の言葉は言い訳じみてはいるが、間違ったことを言っているわけでもない。
特別彼に罪悪感を抱くことは……ない、と思いたい。
「そうなんだ。……神楽坂さんか……俺はあの人、苦手かな……」
神楽坂さんの名前が出ると、黒川くんは困ったような表情をしながら軽く息を吐く。その反応から察したのか、過剰なまでに心配そうに芹澤は尋ねる。
「将ちゃん、まさかあいつに何かされたのか!?」
「い、いや……神楽坂さんとはほとんど話したことはないけど、色々噂を聞くから標的にされないかなって、ちょっとびくついてるから。俺の自意識過剰なだけだとは思うんだけどね」
「将ちゃん、もし何かあったら俺に言えよ? 遠慮することなんてないからな?」
苦笑交じりに答えた彼の言葉に、芹澤はすかさず立ち上がり、半ば詰め寄るような形で近づき、両肩に手を置いて言った。傍から見ると、脅しているようにしか見えない。
「う、うん……ありがとう……何かあったら泣きつかせてもらうよ。でも、最近はそんな気配もしないから、気にする必要もないんじゃないかなって思うけどね」
芹澤のうざったい行動に半ば気圧されながらも、変に取り繕うことはしなかった。それは言うべきことをしっかり言う黒川くんの性格だけに限った話ではなく、3バカ全員を信頼しているからこそ出た言葉だろう。こいつらとは先に会った俺よりもはるかに、彼と3バカとの間の信頼関係は強固なものに見えた。
きっと彼には悩みなどないのだろう。よしんばあったとしても、すぐに吹き飛ばしてしまえるだけの強さを持っているに違いない。
そんな姿に、またしても俺は嫉妬――――いや、それでは駄目だ。そんなことをしたって、何の意味もない。
だから、俺は彼のようになりたいと、強い人間になりたいと、くだらない『嫉妬』を『目標』へと変えた。
――だが、分からない。それにさっき芹澤が言いかけた言葉からして、球技大会の時以外にも切れたことがあるようだった。
だからこそ、俺はそんな彼が切れるという姿を、話を聞いた今でも腑に落ちないままでいた。勝手な決め付けで人を判断するのは良くないことだと分かってはいるのだが、それでもなお、納得は出来なかった。