幸せという名の自殺未遂   作:ROCKSTAR

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The Chasers

 

 

 

 

 笹原さんとの一件以降、俺は些細なことでもやたらと楽しく感じるようになっていた。意味もなくにやつき、周囲からドン引きされることもあったが、そんなこともまったくと言っていいほど気にならず、むしろそんな反応を楽しんですらいた(有栖川さんだけは相変わらず、彼女が出来たのだろうと問い詰めてきたが)。

 

 あまりにも都合よくことが運ぶので、何か良からぬことが起きる前兆ではないかと内心怯えていたことは、完全に頭の中から消え失せていた。

 

 

 

 

 

 

「黒川くん、飯食わない?」

 

「……ごめん、今日もひとりで食おうと思ってるんだ」

 

「……そうなんだ。分かった、じゃあまた」

 

「……うん」

 

 一体何があったのだろう。

 そんな俺とは対照的に、あんなに笑顔を絶やすことのなかった黒川くんは、ここ数日かなり暗い表情が続いていた。さらに、昼の時間になるといつもひとりでどこかへ行ってしまい、そのため半ば習慣と化していた、彼と共に昼食をとるということが全くなくなってしまった。今日は初めて俺の方から彼を誘ったのだが、あえなく断られてしまった。

 

 

 

 

 

 

「どうせお前の接し方が過剰なせいで、周りからホモ扱いされると思ったんじゃねえの?」

 

「うるせえよ……。そもそも、一緒に飯食ったり会話が多かったりするくらいで、何でホモ扱いされなきゃならんのだ……。接し方が過剰だったのは認めるが……」

 

 半ば蔑むような目をして言う芹澤の言葉に、俺は大きなため息をつく。

 昼休み。俺は代わりに3バカと昼食を取っていた。

 

「冗談だ。すまん」

 

「ったくよ……」

 

 小野寺さんや有栖川さんにも言ったことだが、俺も黒川くんも同性愛の気はまったくない。彼女らや芹澤の言葉はふざけて言っただけの冗談だろうし、そんな噂はまるで聞いたこともないが、周囲からそんな扱いをされるのははっきり言って憤り、いやむしろ、怒りを覚える。

 

 極端な話だが、抱き合っているとか、口づけをしていたというのならともかく、俺と彼の交流にはそんな要素など客観的に見ても微塵もありはしない。こんな普通の交流でホモ扱いされるのなら、全人類が同性愛者ということになってしまう。そんなものは思考が停止した者の馬鹿馬鹿しい考えでしかない。

 

「まあまあ、どうせそんな話をしてる奴なんて誰もいないんだからさ、もうやめとこうぜ」

 

 そんな暗いムードを払拭する言葉を、高桑が口にした。

 確かにこいつの言う通り、そんな話はまるで聞いたこともないのだ。実体のない憶測で感傷的になってどうするんだと、俺は自分の浅はかさを恥じた。

 

「それじゃあ、せっかくだから次の土日辺りに俺たちでどっか出掛けないか? もちろん、将ちゃんも誘ってさ」

 

「それ乗った。それに俺たち、何だかんだで正美と出かけたことなんてなかったからな……」

 

「そういえば、そうだったな……」

 

「…………」

 

 高桑の提案に同意しながらも、苦笑いを浮かべて俯く鴨田と、軽く息を吐きながらそう呟いた芹澤に、俺は何も言うことが出来なかった。

 

「それに将ちゃんが何で暗い顔してるのかは分からないけど、どっか出掛ければ気分転換には申し分ないだろうしね。何か美味いものでも食いに行こうよ」

 

「そうだな。よし、じゃあ放課後にでも誘ってみるとするか。正美だけじゃあ『俺はホモじゃない!』って言われるかもしれないから、俺たちが誘う。まあ、近くにいるくらいなら大丈夫だろうけどな」

 

「お前……またその話持ってくんじゃねえよ……」

 

 にやにやと嫌な笑みを浮かべる芹澤に憤慨しながらも、実のところ俺は大きな期待を抱いていた。彼らと遊ぶために、学外へと繰り出すことに。

 

 3バカとはもちろんだが、俺は黒川くんとも学外で遊んだことがない。今までに何度か一緒に帰ったことはあったが、道も途中で違うので彼の家を見たこともない。生まれ変わった宣言をして以降も、彼から遊びの誘いが来ることはなかったので、図書委員の仕事などで忙しいのだろうと思い、俺から誘うということもなかった。

 

 当たり前の話だが、土日なら委員の仕事もないだろうし、彼がバイトをしているという話も聞いたことがないので、まず間違いなく断られることはないだろうと、俺だけでなく3バカ全員も考えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「ごめん、土日はどっちも用事があって行けないんだ」

 

 しかしながら、黒川くんの口から発せられた言葉はそんな俺たちの予想をあっさりひっくり返してしまうものだった。

 加えて『一緒に出かけよう』と誘った高桑の言葉に、彼の表情は緩むどころか嫌悪感を覚えるような雰囲気のものに変わった気がした。

 

「将ちゃん、それなら何の用事か教えてくれたって――」

「分かった。用事があるならしょうがない。残念だけど、また次の機会にな」

 

 そんな黒川くんの態度に詰問するように高桑は詰め寄ろうとしたが、すぐに芹澤が制止し、引き下がる意思を伝えた。

 

「……本当にごめん。それじゃあ」

 

 黒川くんはそう言うとすぐに俺たちから視線を逸らし、教室を去っていった。

 

「……実は俺たち、将ちゃんとも一度も学外で遊んだことないんだよ」

 

「……えっ? そりゃ本当かよ?」

 

 しばしの間沈黙を保っていた俺たちだったが、その空気をゆっくりと破るように重々しく発せられた高桑の言葉に、俺は呆気にとられた。

 

「ん。今まで何度か誘ったんだけど、いつもさっきみたいに『用事がある』って言われてさ。残念なことにね」

 

「だけどお前ら、黒川くんからゲームとか漫画貸してもらったこと、よくあっただろ? 黒川くんも学校まで徒歩で来てるみたいだし、家に行ったこととかないのか?」

 

 黒川くんは、同級生に物を貸すことが非常に多い。3バカ以外にもそれは当てはまり、例えば同じ図書委員である村上さんには様々な本を、漫画研究部の小野寺さんには漫画を、合唱部に所属し、音楽鑑賞を趣味としている有栖川さんにはCDを貸しているところを見たことがあった。

 徒歩で通学していることから学校までの距離はさほど長くないと思い、3バカたちなら返す際に立ち寄っているだろうと考えたが、その予想は次の鴨田の言葉によってかき消された。

 

「いや、貸してくれる時も返す時もいつも学校の中だった。それに一緒に帰ったこともないな。校門出てすぐ道が違っちゃうし、付いて行こうとしたらその時も『用事がある』ってね」

 

「……何でだろうな?」

 

「分からんね。何の用事なのかも教えてくれないし。もうちょっと付き合ってくれてもいいと思うんだけどねぇ。ノリ悪いんだよな、ちょっと」

 

「……おい、いくらなんでもその言い方はないだろうが。もしかしたら、俺たちにも言えない事情があるのかもしれないだろ。それを考えもしないで、憶測で『ノリ悪い』なんて、将ちゃんが可哀想だって思わないのか?」

 

 軽い苦言のつもりだったのだろうが、高桑の言葉に芹澤は強い口調で反論した。目つきもいつになく険しく、その言葉が向けられた高桑はもとより、俺と鴨田の方まで思わず萎縮しそうになるほどであった。

 

「わ、悪かったよ……そんなにムキになるなって、一二三」

 

「……分かればいいんだ。ただ、確かに源五郎の言う通り、俺たちは将ちゃんと学外で遊んだことは一度もないんだ。お前は何か知ってるか? 正直、将ちゃんとはお前の方がつるんでる頻度が高いからな」

 

「いや、分からないな……それに一緒に帰ったことは何度かあるけど、そこまで遠くない距離で道が違っちまうから、家を見たこともないしな……」

 

 芹澤にそう問われたことで俺は自覚した。俺は、黒川くんのことを全然知っていない――いや、知ろうとすらしていないのではなかったのだろうか、と。

 

「そうか……だけど、これは変に詮索すべきじゃないな。将ちゃんのプライバシーに関わる問題だし、これで終わりにしとこう」

 

「まあ、そうだな……」

 

「いつか、将ちゃんとも遊べたらいいんだけどなー」

「同感」

 

「ああ……」

 

 3バカの言葉に俺は返事をしたが、それは力なく弱々しい、空返事となっていた。

 

 

 

 

 俺は、黒川くんの何を知っているのだろうか。ひょっとして俺は、固定観念で彼の人物像を決め付けていたのではないか。『太陽のような人間』、『優しさの塊』といった固定観念を。

 

 その日は、床についてからもその考えが頭の中を駆け巡っていた。

 いつか春宮に言った『盲信ではない』という言葉の説得力に、亀裂が入り始めたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 土曜日。俺は3バカを含む4人で町へと繰り出していた。本来の目的は黒川くんの気分転換を兼ねたものであったが、当の本人は用事のため来られなかった。ただ、俺が3バカと学外で遊ぶという、ついでの目的もあったので、彼抜きで繰り出したということだ。

 若干の罪悪感は湧いたが、あまり気にしても仕方がない。今はこの状況を目いっぱい楽しむこととしよう。

 

「あ~っ、食った食った」

 

 漫画を買いあさったり、一方的にやられながらもゲームセンターで格闘ゲームをプレイしたりと、以前のつまらない人生を全て洗い流すかのように遊びふけった。

 今は何年ぶりに食ったか分からないラーメンを食い終え、店から出たところだった。わざとらしく腹を叩き、柄にもない言葉を俺は口にする。

 

「それじゃあ次はどこ行くよ? またゲーセンでも行くか?」

 

「買い忘れた漫画あったから、もっかい本屋行っていいか?」

 

「それが終わってからでいいから、CD見に行きたいんだがいいか? 前に将ちゃんが好きって言ってた歌手の新作が最近出たらしいんだ」

 

「……ん?」

 

 3バカのやり取りを適当に聞き流していると、視線にある人物の姿が入った。

 

「なあ、あそこにいるのって、もしかして黒川くんじゃないか?」

 

「「「えっ? どこだ?」」」

 

 まだ話をしている3バカたちに割り込むように声をかけて、彼らの視線を黒川くんと思わしき人物の方へ向けさせる。

 初めは他人の空似ではないかと思ったが、体格などから考えても間違いなく彼だった。

 

「おっ、本当じゃん。もう用事終わったのかな? それじゃ、せっかくだから呼ぼうぜ。しょう……むごっ!?」

 

 彼を呼ぶために声をかけようとした高桑の口を、芹澤がとっさに塞いだ。

 

「おい待て。ここにいるからってまだ用事が終わったとは限らないだろうが。勝手なことすんな」

 

「もごもご……」

 

「いや、何かゲーセン入っていくみたいだぞ一二三」

 

 鴨田が指を差した方向を見ると、黒川くんは先ほど俺たちが利用したゲームセンターの中へと入っていくようだった。

 

「……本当だ。じゃあちょっと追跡してみるか」

 

「……ぶはっ! いつまで口塞いでんだよ! というか、今『勝手なことすんな』とか言ったお前が勝手なことしてどうすんだよ!」

 

「さすがに過ぎた真似はしねえよ。もしかしたらここでバイトしてるのかもしれねえからな。まあ、どっちにしても声かけるのはやめとこう」

 

「何か警察の捜査員にでもなった気分だな、俺たち」

 

「……ったく、何やってるんだか……」

 

「あれ~? 二階堂ちゃんじゃん。何してんのさ、こんなところで?」

 

 勝手に盛り上がり、後を追っていく3バカに呆れながらも付いて行こうとしたところで、背後から声をかけられた。

 

「ん? ああ、小野寺さんか。ちょいと3バカと遊んでてね」

 

「あれ? でも3人ともいないみたいだけど?」

 

「ちっ、もう行っちまったのかよ……実は――」

 

 彼女らに経緯をかいつまんで話す。

 『彼女ら』としたのは、小野寺さんに連れがいたからであった。ひとりは髪を後ろに結わいた女の子で、七海四季(ななみしき)と名乗った。彼女は小野寺さんと同じ漫画研究部に所属している1年生で、つまり同じ学校の後輩ということだった。

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

 自己紹介をする前から、彼女は終始おどおどした様子だった。それは俺の身長も影響しているのかもしれないが、もうひとりの連れにはそういった様子は見られなかったので、恐らく人付き合いが苦手な性格なのかもしれない。

 

「も、もしかして4人がかりでどこかに連れ込んで、あんなことやこんなことを……」

 

 そのもうひとりの連れというのが、これまた同じ聖櫻の1年、掛井園美(かけいそのみ)だった。彼女は漫研に所属しているわけではないが、小野寺さんらと同じように漫画などが趣味らしい。

 

「こらこら、変な想像しないの」

 

 そんな俺たちの経緯を聞いていた掛井さんは、突然目を輝かせ、にやつきながら訳の分からないことを言い始めた。そんな様子に小野寺さんは呆れた表情をしながら彼女の頭を軽く叩いた。七海さんの方も、苦笑いを浮かべていた。

 よく分からなかったが、よろしくない想像をしていたのは間違いないだろう。

 

 今日彼女たちが町へ来た目的は、漫画の新作を手に入れるためとのことだった。

 だが、ここで彼女らと話にふけってしまうと、3バカが何かしでかす危険性があると思った俺は、話を適当なところで切り上げてゲームセンターへと行こうとした。

 しかし、小野寺さんが『面白そうだから、私たちも付いて行っていい?』と言い出し、結局7人という大所帯で黒川くんの追跡をすることになってしまった。

 なぜか掛井さんはやたらとテンションが高くなり、七海さんはあまり乗り気ではなかったが、ひとりで取り残されるのも嫌だということから、仕方なく付いて行くことになった。

 

「大丈夫だって。私たちは他のところで見てるから。分散すれば怪しまれないでしょ?」

 

「…………」

 

 そういう問題じゃないと思うのだが。

 

 

 

 

 

 

 ゲームセンターの中へ入った俺たちは、まず初めに3バカを探した。黒川くんと鉢合わせしたらまずいと内心焦っていたが、運よくそうなる前に見つけることができた。

 

「ったく、こんなことしてるのが黒川くんにばれたらどうすんだよ……」

 

「しっ。静かにしろ。大声出したら気付かれるだろうが」

 

「はぁ……」

 

 すっかり乗り気になった連中に呆れのため息をつきながらも、俺は奴らの視線の方向へ目を向けた。その視線の先には筐体の椅子に座ってゲームをしている人の姿があった。

 見たところ、やはり間違いなく黒川くんのようだ。だが、いつも学校で会う時の彼とは、雰囲気がかなり違っていた。非常に険しい目つきをしており、それも怒っているというよりは、半ば達観しているかのような、物悲しさを感じさせるものだった。

 

「将ちゃんのやってるのって、クイズゲームか。あれ滅茶苦茶難しいんだよな~。大分前にやったことあるけど、2、3問しか答えられなかったわ」

 

「だな。俺もお手上げだったよ」

 

「学問系とかスポーツ系はともかく、アニメとか芸能の問題は俺も全然駄目だな。まるで答えられねえ」

 

「ゲームセンターって、そんなのもあったんだな……」

 

 自分の世間知らずっぷりを、こんなところでも実感することとなった。

 『奴ら』の手によって、俺は時代の変遷に取り残されていたわけだ。つくづく馬鹿な生き方をしてしまっていたと思う。

 

「最近はオンラインが発達してきたから、アップデートもすぐできるし、カードに自分のデータを保存できるようにもなってきたからね~」

 

「って、まだいたのかよ……別の場所で見るんじゃなかったの?」

 

 背後で、最近のゲームセンターの事情を説明する小野寺さんの声に、俺は焦った。よく見ると七海さんや掛井さんの姿もある。どうやら彼女たちはそこまで離れた場所にいなかったらしい。

 一応俺たちの姿はゲームの筐体によって隠されてはいたものの、この大人数ではちょっとした拍子で気付かれかねない。

 

 これなら、俺が離れるのが一番いいかもしれない。

 体格は圧倒的に俺が最も大きく、何より小野寺さんたちは黒川くんの観察に夢中になっているようで、別の場所に移る素振りを見せなかったので(何で黒川くんと話したこともないはずの七海さんと掛井さんまで夢中になっているんだ)、俺は仕方なく別の筐体のそばへ移動することとした。

 

 

 

 

「何か、やたら楽しそうだな……」

 

 移動して気付いたが、黒川くんの表情は相変わらず険しいままではあったものの、先ほどの物悲しい雰囲気はなりを潜め、ゲームを純粋に楽しんでいるように見えた。

 事実、問題に正解した時には両手の親指と小指だけを立て、ガッツポーズらしき行為をしており、口端もつり上がっていた(反対に、不正解の時は顔を突っ伏して項垂れているようだったが)。

 

 

 

 

 

 

 黒川くんがゲームを終え、ゲームセンターをあとにしたところを見計らい、俺たちは再び彼の追跡を開始した。

 彼はその後、カードショップ(カードゲームの専門店なるものが存在していたのか)、スーパーマーケットの食品売り場(果物や魚、缶詰を主に見ていた)へと行き、最終的に駅の改札を抜けて、ホームへの階段を下りていった。恐らく帰宅するのであろう。

 

 追跡の対象が帰ったことにより、俺たちのストーカーまがいの行動も必然的に終わりを迎えた。

 感じなくてもいいはずだった疲れがどっと押し寄せてくる。俺は休憩を提案すると、6人全員は賛成の意を示した。

 

「いい喫茶店知ってるから、そこに行こう」

 

 もちろん、『いい喫茶店』がどこであるかは決まっている。

 

 

 

 

 

 

「思ったんだけどさ……」

 

 笹原さんの喫茶店で、俺たちは休息を取っていた。各自が好みの飲み物を注文し、雑談に耽っている。ただ、俺は雑談の話題が分からないのでその輪には入っていない。

 また、俺たち以外にも客の姿はそれなりにおり、笹原さん――俺たちが店に入った時、大所帯のためか驚いていた――は接客のためにその輪には加われなかった。

 そんな中、珍しく雑談をせず、考えるような表情で沈黙を保っていた鴨田が口を開いた。

 

「どうしたのさ?」

 

「……今日の将ちゃん見る限りじゃ、何か用事があるようには見えなかったんだよな」

 

「用事が終わって、余った時間を過ごしてたんじゃないの?」

 

「それは否定できないけど、何かそんな感じじゃなかったんだよな、何となくだけど。初めから遊んだり、買い物したりする目的であそこにいた感じがするんだよ。少なくとも、重要な用事があるようには見えなかったな」

 

 確かにゲームセンターやカードショップに行ったことは、完全に私用、それも俺たちの誘いを断るための用事とするにしては、いささか疑問が残る。もちろん、高桑の言うように用事が済み、余った時間を過ごすためであった可能性もあるので、変に疑うのは利口ではないのだが。

 

「……確かに、カツの言うことも分からなくはないな……それに、あんな険しい顔した将ちゃん、今まで見たことがない」

 

 だがそれ以上に、黒川くんの険しい顔つきの方が俺は気になった。俺ももちろん、あんな表情の彼を見たことは一度としてない。ゲームセンターでは比較的落ち着いていたものの、それ以降に立ち寄っていたカードショップとスーパーマーケットでは、また険しい顔に戻っていた。

 

「もしかして俺たち、将ちゃんに友達って思われてないとか……?」

 

 心底不安そうな表情を高桑は浮かべて呟く。

 

「…………」

 

 ――マジかよ。

 その言葉に俺は平静を装っていたものの、内心かなり焦っていた。

 

「……お前ら馬鹿二人なら間違いなくあり得るな。いつも意味不明で下品なことばっか抜かしてるし、将ちゃんから愛想尽かされても何ら不思議じゃない。もしかしたら、お前らにむかついてたから、誘いを断ったんじゃないか? それで、その憂さ晴らしのためにひとりで出掛けていたっていうのなら説明がつくからな」

 

 そんな俺たちの焦りをよそに、芹澤はにやけながら高桑と鴨田――俺が入っていないのは、黒川くんとの交流が多いためであろうか――に毒づく。

 俺たちが不安がることをこんな風に茶化してしまえるのは、才能じみたものがある。

 案の定、ふたりとも拳を震えさせながら怒りをあらわにしていた。

 

「こ、この野郎……お前が言えたことじゃねえだろ……」

「おい正美、こいつぶちのめしてもいいか……って、どうした? さっきから黙りこくって」

 

 だが、そんなふたりのリアクションにはほとんど目もくれず、俺は俺なりの考えを口にする。

 

「……そんなことは、ねえよ。絶対に。断じてない」

 

 そうだ。彼が俺たちを友達と思っていないということなど、ありえないのだ。

 そもそも、あそこまで必死になって俺を説得し、『友達』と呼んでくれた彼がそんなことを思うわけがない。3バカにしても、『何かあったら泣きつかせてもらう』と言っていたことを思い出す。信頼していなければ、あんな言葉は出ないだろう。

 

「黒川くんを、信じよう。勝手な憶測はしちゃ駄目だ」

 

 だから、心配は無用だ。

 あの表情には、間違いなく何かの事情がある。

 

「……だな」

 

 にやついた顔を真面目なものに戻し、軽く息を吐きながら芹澤も呟く。

 こいつもこいつなりに、高桑の言葉には不安を抱いていたのかもしれない。

 

「変に詮索はしない。だけど、黒川くんが事情を話したいって言ってきたら、しっかり聞いて力になってやるつもりだ。俺はまだ、黒川くんに恩返しが何ひとつできてないからな。この恩は倍返しにしてやらないと」

 

 高校に入学してから現在に至るまで、俺は彼に助けられてばかりだが、その逆は全くと言っていいほどない。このままでは、俺はただの薄情者だ。

 悩みがあるのなら、力になろう。以前彼が、俺にしてくれた時のように。

 

「……いっちょまえに格好いいこと抜かしやがって。まあ、俺も同意見だけどな」

 

「お、俺だって!」

「俺も俺も!」

 

「……ふふふ、男子の友情は素晴らしいですねえ。ここからあんなことやこんなことにハッテンして……」

 

「……まったく、変な妄想しないの」

 

「はっ! いやいや、これは失礼……」

 

 俺たちのやり取りに、掛井さんはまたしても至福の表情を浮かべ出し、訳の分からないことを言い始めたが、すぐに小野寺さんがやめさせた。

 その言葉に俺、鴨田、高桑の3人は頭上に『?』を浮かべていたが、なぜか芹澤だけは『お前のことが好きだったんだよ』と呟いていた。どういう意味だろうか。

 

「まったく……。でも、私も二階堂ちゃん達と同意見だよ」

 

「……えっ?」

 

「私も、黒川ちゃんからはお世話になりっぱなしでさ。いつも漫画とかアニメのDVD貸してもらってたし、買い逃しちゃった漫画の限定版を譲ってくれたこともあったからね。……もちろん、お金は払ったよ?」

 

 そういえば、小野寺さんとも仲がいいことをすっかり忘れていた。共通の趣味があるなら無理もない。

 

「だから私も、できることは少ないと思うけど力になりたいね。今度、何か読みたい物がないか訊いてみようかな?」

 

 俺よりもむしろ、共通の趣味があるということから、こういった役割は彼女の方が適任といえるかもしれない。

 ……ちくしょう。アタシも早く知識を蓄えないといけないわね。

 

「で、でも、本当に大丈夫なんですか? 何だか、すごく怖い雰囲気だったんですけど……」

 

 そんな中、七海さんだけは不安そうな表情を浮かべて、俺たちの意見に同意しかねているようだった。

 彼女も黒川くんの観察に夢中になっていたような気がするが、まあ、初めて見たのがあの表情だと、おっかない印象を抱いてしまうのは無理もないだろう。彼女の性格も考慮すると尚更と言えた。

 

「大丈夫だって。あんな顔してたのは二階堂ちゃん達の言うように何か事情があったんだよ。黒川ちゃん、この4人よりずっといい人だよ? 多分、すぐ話が合うと思うけどね」

 

 『この4人』は余計だ、と思ったがあながち間違いでもない。俺たちに比べれば、漫画やアニメに一番詳しい黒川くんは、むしろ七海さんとは最も相性がいい人物と言える。

 完全にぬぐい切れてはいないようだったが、同じ部の先輩である小野寺さんの言葉を信じたのか、不安げな表情はなりを潜めたようだった。

 

 その後俺たちは、黒川くんの話に限らず、各々の趣味の話や学内で起きた他愛もない話で盛り上がり、気が付けば日が沈み、夜の8時まで喫茶店に居座ってしまっていた。笹原さんや彼女のおじいさんには申し訳ないことをしてしまったが、本当に、本当に素晴らしい1日を過ごせたと思う。今日はよく眠れそうだ。

 これで黒川くんもこの輪に加わってくれたなら言うことなしなのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、何も分かろうとしなかった。

 他人の苦しみを、悲しみを、怒りを、憎悪を。

 無菌培養されていたのは、俺の方だったのだ。

 俺は極めてちんけで下らない自殺願望を抱き、被害者面をして喚き散らしていたに過ぎなかった。

 

 

 

 

 毒蛇は怒り狂う。

 俺とは比べ物にならない苦しみを、悲しみを、怒りを、憎悪をありったけぶちまける。

 ありったけ、ぶちまけるのだ。

 

 

 

 

 

 

「俺に楯突きやがったあのクソ野郎どもは、どこだぁぁぁっ!」

 

 

 

 

 

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