ようこそ負完全がいる教室へ   作:てぶらじーんず

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2話

 

 

「球磨川禊、ね」

 

 堀北がぼそりと呟くように言う。

 

 

「何か知っているのか。堀北?」

 

「……昔、その名前を耳にした覚えがするというだけ。他人の事なんて詮索すべきじゃないわ」

 

「そうか」

 

 これで堀北との会話は打ち切りとなった。

 

 彼女自身は明らかに、心当たりがある様子だった。しかし、何かしらの口をつぐむべきと判断した事情があるのだろう。

 

 好奇心、猫を殺すともいう。

 余り興味を持つべき相手では無いかもしれない。

 

 だが、球磨川の放つ独特の雰囲気は危うい。

 

 ホワイトルームでさえ、滅多に感じる事が無かった身の危険。

 

 たかが、戦闘訓練もしていない日本の一学生に対してホワイトルーム生の俺が脅威だと感じた。

 

 これは紛れもない、明確な異常だ。

 

 

 球磨川 禊は油断出来ない人間である。

 

 

 出来れば関わり合いになりたくないものだ。

 

 さも人畜無害ですよ、と言わんばかりにへらへら笑っている球磨川から視線を切り、これからの学校生活へ思いを馳せた。

 

 

 

 

 ★  ★  ★

 

 

 

 綾小路は考える。

 

 ーー果たして、自分はベストを尽くせたのだろうか、と。

 

 

 

 

「これより、中間テストの結果を発表する」

 

 

 

 

 茶柱の発言により、ピシリ、と空気が固まる。

 

 さもありなん。己の退学がかかっているのだ。

 

 

 この学校には裏があった。

 それは、完全なる実力主義。優秀な者ほど膨大な恩恵にあずかりやすく、劣等生であれば搾取される側となり、高校生活を過ごす事になる。

 

 無論、成功作たる綾小路が所属するクラスは最も優秀なAクラス。ーーではなく、欠陥品と称される者達が集まるDクラスに居たのだった。

 

 事なかれ主義を自称する綾小路にとっては、目立つなんて以ての外。入試でほどほどに手を抜いた結果、Dクラスへ紛れ込む事に見事成功した。

 

 

 ここまでは、まだ良かった。

 

 自分が望む学校生活とやらを謳歌していた。

 自己紹介には失敗したものの、友人らしき存在も出来、平穏無事な生活を過ごせると信じて居た。

 

 しかし、そんなささやかな願いは呆気なく崩れ落ちた。

 

 

 切っ掛けは、なんだったか。

 

 茶柱、堀北、櫛田と三者三様の理由で脅迫された事だろうか。

 

 

 茶柱からはテストを全教科五十点と揃えた事で実力を見抜かれた。

 

 堀北からは昼食を半ば騙し討ちの形で奢られ、協力を要請された。

 

 櫛田からは暴言を吐いている現場を目撃した事で弱味を握られた。

 

 

 綾小路は何もしていない。

 傍観者の立ち位置で居たいのに、周囲が否が応でも巻き込もうとしてくる。

 

 

 大いなる力には、大いなる責任が伴うとは、良く言ったものだ。

 

 例え綾小路が持つ力が天性のソレではなくとも、才無き者たちが、そんなことは知らない、良いから利益を寄越せと山のように押しかけてくる。

 

 だから仕方なく、綾小路は動くことにした。

 無論、注目を浴びない程度に、だが。

 

 実際、須藤は怪しいところだが、自分が出来うる限りのお膳立てはした。これ以上を望んでも、あとは彼ら彼女らの自主性に任せるしか無かった。

 

 自分は間違いなく、ベストを尽くした。そのはずだ。

 

 

 ーーだが、なんだろうか。

 

 この、えも言われぬ不安は。

 

 何もないのが不気味に思えて仕方がない。

 首筋がチリ、と疼く。

 

 

「正直、私も驚いているよ」

 

 

 まず、赤点対象となる三人は努力させた。

 これ以降は彼らの問題。自分はやるべき事をやった。

 

 

 ーー本当に? 

 

 

「まさか、お前達がここまでやるとはな」

 

 

 

 この中間テストは自クラス内での試練。

 切磋琢磨し、お互いを励ますことはあれど、妨害はなく、赤点を取る以外に懸念する事などない。

 

 

 ーー本当に? 

 

 

「私はお前達を欠陥品と言ったな」

 

 

 

 唯一、あるとすれば櫛田の堀北へ向ける悪意だろうか。

 

 しかし、彼女達は席も離れているし、監視カメラもある。邪魔立てしようものなら、櫛田自身が退学になるだろう。他者に関してもこれは同様。つまり、この試験では、何も出来ない。

 

 

 ーー本当に? 

 

 

「すまなかった。今ここで、あの時の言葉を取り消そう」

 

 

 そう言い、茶柱は中間テストの結果が書き込まれた紙を張り出す。

 

 

 胸騒ぎがする。

 水面下で、何か致命的な事態が起こっているようなーー前提をひっくり返す爆弾を見逃しているような気がしてならない。

 

 

 茶柱が張り出した紙へ、クラスの全員が一斉に注目する。

 

 果たして、その結果は。

 

 

「お前らは欠陥品どころではない。使い道のないただのガラクタだ」

 

 

 クラス内、一位 幸村 輝彦  零点

 

 クラス内、四十位 球磨川 禊 零点

 

 

 一位と最下位が同じ点数。

 

 つまるところ、それは。

 

 Dクラス全生徒が零点を取った証でもあった。

 

 

 

 瞬間、怒号。

 

 

「一体どういう事だ」「フザケてんじゃねぇぞ!」「何かの冗談よね」「ゆ、夢じゃないよね」「零点?」「悪質な嘘だな」

 

 

 怒る者、疑う者、冷静な者。

 反応は様々だが、共通の見解があった。

 

 ーー零点はさすがに冗談だろ。

 

 と、いうものが。

 

 

「まず、お前達にも色々言い分はあるだろう。しかし、その事を踏まえた上で言わせて貰う。ーーこれが中間テストの結果だ。それが、お前らの出した戦略なのだろう」

 

 

 しかし茶柱の口からは、生徒たちの嘘である、という甘い希望を否定する、絶望しか放たれる事はなかった。

 

「な、何言ってんだよ。そんな訳ないだろ!」

 

「む、違うのか?」

 

「は?」

 

「ん?」

 

 何か、食い違っている。

 

 お互いの認識が致命的までにズレている。

 

 自分達の常識が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちて行く。

 

 

 すっと、堀北が手を挙げた。

 先生、発言よろしいでしょうかと声を上げ、茶柱が促した。

 

 

「何故、私達の点数が零点であるのか理由を教えていただけませんか?」

 

 

 クラス全体の疑問を代表するかのように、核心をつく問いを投げかける。この件で、一番謎めいてる部分はそれだ。なぜ、Dクラス所属の生徒全員が零点を出したのかが分からない。

 

 

「ああ、それなら簡単なことだ。全員、名前の書き忘れで採点不可となった。小学生でも習うだろう? 名前が無いと点数がつけられません、とな」

 

 

 ーーそれは、おかしい。

 

 

 綾小路は確かに、テスト用紙の記入欄に名前を書き込んだ。

 それは、他の生徒達も同じだろう。少なくともクラス全員で名前を未記入にしよう、という案が出たならばーー実際通るかどうかは別としてーー平田辺りが周知する筈だ。

 

 だのに、結果としてクラス全員が知らぬまま零点を取っている。

 

 

「むしろ感心したんだがな。中間テストをこんな方法で乗り越えようとすれば、一歩間違えればクラス全員共倒れだ。我が校創立以来、初めての異例で揉めに揉めたよ。会議の結論としては退学させない事に決定したから、この策は成功したと言ってもいい」

 

 

「いえ、先生。私達はそのような策はーー」

 

 

「だが、事実そうなっているのだ堀北」

 

 

「ッ」

 

 

 やってもいない事なのに、責任だけが此方に向く。

 それは堀北の努力を、放課後開催していた勉強時間を否定する話で。なんとも救い難い。

 

 

「もし、お前達が動揺している姿が演技だとしたら? 名前を書いた、というのは退学者を誰一人出さずに済み、更には学校へ不手際を追求し賠償を得るための嘘だとしたら?」

 

「そんなーー」

 

「否定出来ない筈だ」

 

「ッ監視カメラは? 試験中のものを確認すれば、誰かしら名前を書いてある映像が確認出来るはずでは?」

 

「ああ、それについてだが。何故かDクラス内の映像が、丁度試験中の間だけ消えていた。現在調査中だ」

 

「それは、明確な学校側の不手際ですよね 。我々生徒達が不利となっている現状はどう思いで? 」

 

「無論、それらの事情を踏まえた上で出した結論が、先程私が言った退学者無しの処置だ」

 

 

 暖簾に腕押し、と言った所か。

 堀北の発言は明確な返答を持って返される。

 

 

 ただまあ、話を聞いて居たところ、所感としてはーー都合が良さ過ぎる、と言わざるを得ない。

 

 

 監視カメラの映像がたまたま消えており、尚且つDクラスだけ、しかも何か事件があった試験中のみとくれば、偶然という確率は極めて低いだろう。

 十中八九誰かしらの思惑が絡んでいる。

 

 茶柱もそれは理解しているはずだ。

 理解した上で、この態度を貫いてる。例えこの試験に仕掛けが施されていても、それは見抜け無かった奴が悪い、とでも言いたいのだろうか。

 

 

 いや、違うな。

 

 先生側の立場でもこれは不祥事と呼べる事件のはずだ。通常ならば、テスト用紙への書き換え、監視カメラへ介入等、生徒で細工出来る範囲を超えている。ならば、疑うべきは身内。

 

 

 ーーつまり教師間での介入を調査する。

 

 

 しかし、これがまたAクラスやBクラスで発生した事態ならば、クラス間争いとしても認識出来るのだが、事件が起きたのは落ちこぼれのDクラス。断トツで最下位のDクラス相手に、態々他クラスの教師がリスクを犯してまでテストを改竄する必要も無い。

 

 

 だが、そうすると。一体誰が、何のためにしたのか、という疑問が付きまとう。

 

 果たしてこの事件の犯人は誰なのだろうか。

 

 答えが出ないまま、思考を巡らせているとーー

 

 

「こんなの、オカシイだろッ」

 

 

 勢いよく机を叩き立ち上がった生徒がいた。

 彼の名は幸村輝彦。Dクラスで成績が最も良い人物である。

 

 

「この学校は正当に学生を評価しないつもりなのか。こんな掃き溜めみたいなクラスに入れられた挙句、不満を我慢しながらきちんと勉強したテストも零点だと? ふざけている!」

 

 

 がなりたてるように、これまでの不満を全て吐き出すかのようにまくし立てる。

 

 彼は一般的な優等生だ。誰よりも勤勉で、誰よりも努力家で、故にこそ劣悪な環境にもっとも憤慨していた生徒の一人。

 まともに頑張っていたのに評価されないという現状に耐えきれるはずも無かった。

 

 

「きちんとした結果を出してください! 調査をしきれないと言うならば、今からでも再テストを行ってーー」

 

 

 

 

『まあ、ちょっと落ち着きなよ幸村くん』

 

 

 

 ゆらり、と球磨川が席を立つ。

 

 一言、喋るだけで空気が変わった。

 それも決して良い方向ではなく、悪い方向へ。

 

 クラス全体の雰囲気が、球磨川が放つ独特の重みに引きずられていく。

 

 

 他の生徒が慌てふためき、騒ぐ中で唯一笑っていた男。綾小路が目を付けていた要注意人物。

 

 肌が粟立つような。心臓を撫でられるような、不快ながらも良く通る声で制止をかける。

 

 

「うるさい! 今俺は大事な話をしてるんだ!」

 

 

『周囲の人をいっぺん見てみなよ?  話はそれからでも遅くは無いはずさ』

 

 

 球磨川が大仰に腕を広げ、クラス全体を見回すかのように首を動かす。

 

 

「なんだっていうんだ。俺は意見を変えなーー」

 

 

 

 冷。

 

 

 

 一言で表すならば、それ。

 

 

 そこにあるのは、熱弁を振るう堀北と幸村に向けるクラスメイト達の白い目だった。

 

 ーー実の所、退学者無しと聞いた辺りから糸を張り詰めたような空気は切れ、弛緩していた。

 

 現状維持が出来るのならそれも悪くない。

 堀北や幸村等の一部を除き、クラス全員が考えていた事だ。

 

 

『君には分からないだろうけどさ、調査されて困る人もいるんだよ』

 

「普通に勉強してれば、困る訳ないだろ」

 

『それが、いるんだよ。例えば、そう。寝落ちして英語の勉強が出来なかった須藤くんとかね』

 

 突如名指しで挙げられた須藤も当然、幸村を睨んでいた。

 

 須藤こそ、クラス全体が零点となった中、いち早く歓喜していた生徒と言っても過言では無い。彼は英語のテストに自信が無く、退学する恐怖を抱え、今日この日を迎えた。

 

 だから、彼にとってこの結果は望外の喜び、という他ないだろう。それを邪魔をする幸村は彼にとって妨害行為に他ならなかった。

 

 それに加え、大勢の冷徹な視線を受けてたじろぐ幸村。

 

 

「そ、それは普段から勉強しなかった奴が悪いんだろ……」

 

 

『なるほど。確かに』

 

 

「え?」

 

 苦し紛れに放った言葉だった。

 幸村とて自分が疎外感を受けているのは理解している。理解した上で、反抗せずには居られなかった。

 

 ーーそんな針のむしろにされていた最中、突如手のひらを返すように、自分の発言を肯定され困惑する。

 

 

『うんうん。須藤くんはいつも授業中に寝てたし、正直居ても居なくても変わらないよね。そんな人の退学とかどうだっていいや!』

 

 

「そ、そうだ! 俺は正当な主張をしてるだけだ。何も悪くない!」

 

 

 しかし敵意を向けられていた幸村には、球磨川の甘言は深く、深く。奥へ、奥へと心にヘドロのようにこびりついていく。

 

 そして、それは地獄へもたらされた救いの糸ではなく。

 

 

『そうそう! 優等生な幸村くんからしてみれば自分の成績をひけらかす為に、救えたかもしれない須藤くんを蹴落とすなんてどうでもいい事だよね!』

 

 

 逃げ道を封鎖する悪意の壁だった。

 

 

 

「違う、そんなつもりは」

 

『おいおい、今更偽善者ぶるなよ。だってそういう事じゃないか。本当に上がるかどうか分からないクラスポイントと、特に必要でもないテストの点数。それを優先して、大事な救える筈のクラスメイトを見捨てるって事でしょ?』

 

 

 幸村の口は震えるばかりで上手く言葉が出ない。

 

 クラスメイト達の視線は更に冷ややかなものになり、あいつは自分を誇示する為に、他人を犠牲にする男だというレッテルが貼り付けられる。

 

 ひそひそと誹謗中傷の声が教室中を駆け巡る。

 

『大丈夫だよ。自分に自信をもとう。幸村くんが見栄っ張りで排他的などうしようも無い人間だったとしても、それは君の愛すべき特徴(欠点)なんだから。僕はこんな人間なんだって誇りを胸に抱いていこうじゃないか!  君は何も悪くない!』

 

「お、俺は……そんなこと……」

 

 

 自分の弱さを見抜かれ、心の奥底をぐちゃぐちゃにかき混ぜられたような。何処かに隠していたはずの僅かな悪性、醜悪さをむざむざと突きつけられたようで。幸村に、もはや抵抗する気力は無くなっていた。

 

 ポキリ、と心が折れた音を幻聴する。

 

 

「違う、違うんだ……」

 

 すとん、と椅子に座り項垂れる幸村。

 

 

『さ、どうぞ茶柱先生。お話の邪魔をして申し訳ございませんでした!』

 

 

 いつの間にか堀北と茶柱の問答も終了していたらしく、着席していた。

 

 

「……では、答案用紙に関してだが、今回は返却されず一時学校側で保管するようにーー」

 

 

 そこに、朝にあった今後の期待や希望なんてものは無かった。諦念や絶望などの感情がクラス中に蔓延している中。

 

 ーーいつものように、球磨川はへらりと笑っていた。

 

 

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