ようこそ負完全がいる教室へ 作:てぶらじーんず
「凄いな。またもや新記録だ」
その場所は白一色の部屋だった。
目の前には壁一面に取り付けられたアクリル板。そこから綾小路を観察し、実験データとして紙に数値を書き込む大人達が並んでいる。
ーーああ、これは夢だな。
と、すぐ理解した。
そこは幼少の頃より過ごしていた住処。今では過去の記憶となっていた白い部屋だった。
「だが、それに比べて他の子供達はダメだな」
「ああ。今回は基準に達せられなかった者もいる。その子達は教育プログラムを終了させよう」
一般的な子供より、優秀な筈の
そんな彼等、彼女らでさえ、大人達の要求する基準を満たされなければ、「卒業」していく。
かつて卒業して行った子供達の末路を口の軽い職員が話していたのを盗み聞きしたことがある。
会話は途切れ途切れで詳しくは聞き取れなかったのだが、断片を繋ぎ合わせて推測するに、ロクでも無い結末が待っているのは想像に難くなかった。
「俺は、俺はまだやれますっ」
激しい運動により、疲労困憊ながらも、膝を震わせ立ち上がる少年。
しかし無情にも。彼の訴えは無視され、黒服の大人達が腕を捕まえ、退去させて行く。
暴れようにも肝心の腕が抑え込まれているのでやりようがない。
その少年は最後、綾小路を睨んでいた。
俺がこうなったのは全部お前のせいだ、と言わんばかりに。
事実、綾小路は関係ない。
彼は要求された基準を満たせなかったから卒業するのであって、綾小路は何の責任も、咎められるべき因果関係もない。
ただ。綾小路はそれを眺めていた。
無感情に。無慈悲に。無表情で。
ーーだってオレは、⬛︎くないんだから。
★ ★ ★
「おはよぉー」
誰かの挨拶をする声が聞こえる。
最悪だった雰囲気のクラスも、いつの間にか元の陽気さを取り戻していた。
球磨川との問答後。
気が付けば道端で倒れていた。
確かに自分は螺子で身体を貫かれ、致命傷を負っていた。だのに、五体満足で生きている矛盾。
ーーふと、自分の腹部を撫で下ろす。
指先で触れた箇所には、傷も痛みもない。
不思議な事に、負った筈の傷はそんなもの最初から無かったかのように全て消えていた。あの一連のやり取りは、あたかも白昼夢を見ていたのかと自己の認識を疑う程に現実味が無かった。
だが、間違いなくアレは夢なんて生易しいものではない。
螺子が腸を突き破り、飛び出していく感覚はまさに現実そのもの。ーー決して思い込みや、気の所為などではない。
死の間際、命がこぼれ落ちる感覚は忘れようにも忘れられない。はっきりとした恐怖となって綾小路の中に刻み込まれている。
現実逃避だけはしてはならない。
それでは球磨川の手により、破滅への道を突き進むDクラスを止められない。
故に、今後の為にも、対策を取り、予防をしておくべきである。
頭ではそう理解しているものの。
球磨川相手に果たして常識的な対応が通じるのかという不安が脳裏をよぎる。
綾小路が思い返すのは、球磨川が唐突に現れた場面。
ーーあの時、確かに音も気配も無く、突如背後から巨大な螺子を携えて襲撃をして来た。幾ら気が緩んだ瞬間だったとしても、物音が聞こえないまま接近されるのはありえない。
それに、あれほど巨大な螺子は通常隠し持てるサイズでは無い。例えどこかの茂みに隠していたとしても、やはり拾って攻撃するまでの間隔が短すぎる。
今でも疑わしい事だが、恐らく球磨川は超能力や魔法。それに準ずる“ナニカ”を持っているのだろう。
我ながら思考放棄にも近い結論だが、手に入れた情報の断片を繋ぎ合わせると、実際そうとしか思えないのだ。
ーー球磨川禊は非科学的な力の持ち主である、と。
だが、それが分かったとして、一体対処はどうするのかという疑問が付きまとう。
普通の人間には到底扱えない能力だ。さぞかし人生を謳歌しているのだろう。そんな力を振るわれた被害者としてはたまったものではないが。
創作や御伽噺の中でしか登場しない魔法使いが現実に飛び出して来た所で、一体どうしろというのか。幻想への対処方法などこの世界の誰もが分かりやしないのだ。
つまり、球磨川は超能力や魔法等が全くない、空想としか思われてないこの世界では無敵とも言える存在で。
綾小路の目には球磨川が蜘蛛のように見えた。
せっせと巣を作り、今か今かと罠に誘い込まれる獲物を待ち望んでいるようにしか思えなかった。
得体の知れない力。
大雑把に言えば超能力、あるいは魔法。しかしどんな能力かすら全貌が掴めない。
思いつくだけで、背後まで近づく転移能力、巨大螺子を出現させる物質創造能力、怪我及び死亡を回復させる治癒能力。と、あまりにも荒唐無稽な能力の数々だ。
いっその事、これら全てが自分の妄想で、球磨川はただのなんの力も持っていない、どこにでも居る普通の男子高校生だとしたらどんなに良かった事か。
ーー分からない事が気持ち悪い。
理解出来ない存在が、こんなにも胸をざわつかせるなんて綾小路は知らなかった。
かつて中世で流行ったとされる魔女狩り。
実に馬鹿馬鹿しいと思っていたのだが、今ならその思想に共感出来る気がしてしまう。
人は、理解出来ないものがあると怖いのだ。
恐ろしいからこそ迫害し、糾弾し、処分する。
しかし、それで対処出来るのは無実の人間まで。本物の魔女を追い詰めれば必ずや報復が返って来るだろう。ーー先日の自分のように。
まずは、観察だ。
球磨川がどんなに強い魔女だったとして人間なのだから、何かしら弱点はあるはずだ。
人間関係のしがらみや内に秘めたる欲望等、知られたくない情報は人間である以上どうしても産まれてしまう。
どうにか弱みを握って早々にこの学校から退学させる。綾小路はそう、心の中で誰にも知れず決意した。
そして、そんな球磨川と言えば。
堂々と漫画雑誌を手に取り読みふけっている。
誰も球磨川に一瞥もせず、それどころか近寄りもせず、そこだけ不自然にぽっかりと穴が空いたように空白地帯が広がっていた。
ーー持久戦になりそうだな。
まず、まともな人間関係すらあるのか分からない球磨川を見て、綾小路は独りごちた。
それから数日が経ち、月が変わっても、球磨川に動きは無かった。
ただひたすら以前と変わりなく、普通に過ごしていた。
ただ、球磨川が原因では無いが、一つ問題が発生している。
「今月、未だポイント振り込まれてないね」
「まったく須藤の奴も困ったもんだよな。さっと認めりゃいいのに」
それは、暴力事件によるトラブル。
須藤が喧嘩を仕掛けた訳では無いのだが、Cクラスの策謀により嵌められたらしく。
相手側の挑発行為に耐えられず、殴り返してしまったようだった。
情報提供を募っているが、これも正直な話厳しかった。ーー須藤が呼び出されたのは生徒が滅多に近寄らない場所。監視カメラも無く、人目もつかないとなれば無実の証明は難しい。
須藤もそれを分かっているのか、苛立ちを隠しきれないようで。怒気を常に纏わせるようになっていた。
そして、僅かばかりではあるものの新たに配布された五十ものクラスポイント。つまり、プライベートポイント換算で五千ポイントを須藤の事件が解決されるまで支給が停止されている。
クラスメイト達にも須藤の一件が漏れたらしく、須藤へ陰口を叩き鬱憤を晴らしている。
皆の不満が溜まる一方で、また須藤も憤懣やるかたなし、といった様子。
「チッ」
授業が終わり昼休みになると同時に、須藤は教室の扉を開け外に出ていってしまった。
クラスポイントの為私語厳禁とは言えど、四六時中。それも授業中でさえ、悪意のある視線を向けられてはたまったものではないだろう。須藤が気分を害してしまうのも、当然と言えた。
池達は須藤を追うか迷っていたが、教室に残る事を選択したらしく、机を合わせて弁当を広げていた。
ーーそんな中、須藤の後を追うように、一人の男子生徒。球磨川が教室から出ていくのを、綾小路は視界の隅で捉えていた。
「クソッ。なんで俺がッ」
ズカズカと足音を立てながら廊下を歩く須藤。
胸に燻る苛立ちを抑えきれず、吐き出していく。
須藤の胸中では怒りと不満が渦巻いていた。
ーーなんで、自分は何も悪いことをしていないのに、こうも責め立てられるのかが分からなかった。
悪いのは全部襲ってきたアイツらの筈なのに。
須藤にとっては不当な冤罪。
監視カメラの無い場所へおびき出され、心無い暴言や暴力を振るわれた。
だから、正当防衛をしただけだった。
調子づき、自らを見下す男達に抵抗するつもりで。暴力を振るわれたから、やり返しただけ。
自分の身を守るための権利。
それを行使しただけなのに、一方的に諸悪の根源として扱われるのは納得がいかなかった。
確かに、以前は少し粗暴だった時期もある。
だけれども、昔は昔。今は違う。
先入観に囚われず、今の自分を見て欲しい。無神経に暴力を使わないと信じて欲しい。今の自分は昔とは違うんだと否定して欲しい。
疑われる事は確かに辛い。
だがそれ以上に、当然のように須藤が犯人だ、と受け入れられるのが悔しかった。
なんで、と叫びたかった。
しかしそれを実行したとして、厳しい言葉や目線が帰ってくるのは分かりきっていた。
だからこそ、態々自分が我慢してやっているのだ。
そう、須藤は考えていた。
そんな折にーー
『ねえ須藤くん。ちょっといいかな?』
おぞましき悪魔の囁きが、聞こえた。