ようこそ負完全がいる教室へ   作:てぶらじーんず

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6話

 

 

 

 

「おい坂上……? 何寝惚けた事言ってやがる」

 

 

「そう言われても、犯行当時の映像が記録されてあるからな。本人達は当日、同時刻にはカラオケにいたと主張していたが……カラオケ屋へ向かうルートの監視カメラ含め調査したが、彼らの姿は確認出来なかった。これだけで虚偽申告・暴力事件・Dクラスとの揉め事と……悪条件が積み重なっている。……退学処分はまあ、妥当な判断だろう」

 

「……チッ」

 

 

 状況を省みるに、石崎、小宮、近藤の三名が暴行を行ったのは覆しようのない事実なのだろう。

 だが、龍園には腑に落ちない点があった。

 それはなぜ監視カメラのある場所で態々暴行をしたのか、という事だ。

 

 学校内にある監視カメラを全て調査し、その上でDクラスへの攻撃を開始したのに、態々痕跡を残すような失敗をしたとは考え難い。

 

 事実、失敗を犯しているが故の今がある。

 

 ーーだが、龍園はどうしてもひっかかりを覚えた。

 

 しかし、違和感は後回しだ。

 まずはこの場を乗り切る方法を考え無ければならない。

 

 

「……ちなみに、アイツらの退学を取り消すとなればポイントはどれくらい必要だ?」

 

「そうだな。まず通常だと二千万PPが必要だが、暴力事件での退学となると更にその倍額必要だ。その上、被害者の許可も必要となる。まあ三人で一億二千万PPと言ったところか」

 

 担任の坂上から告げられた言葉は事実上の死刑宣告に等しかった。

 一年生全員のPPをかき集めたとしても、なお届くことの無い要求ポイントの多さ。

 

 ーーこれは無理だ。

 

 どう足掻いても救えない。三人の中の一人ですら四千万と高額ポイントを支払わなけらばならない。Cクラスのポイントを全て吐出しても不可能だ。

 

 龍園は心の中で悪態を吐く。

 

 原因は果たして何か。

 球磨川への暴行が露見した事か、それとも須藤を襲った事だろうかか。

 

 須藤はまず論外だ。短気で頭に他が走りやすいあの性格では今回のような出来事は起こり得ない。

 

 暴行が露見した事? これは直接的な原因だ。

 あくまでも監視カメラの存在を忘れていた石崎達の失敗。だが要因は他にある。

 

 それは、【球磨川 禊】という男。

 龍園は球磨川を襲う指示は出していなかった。

 

 だのに、現状は石崎達が骨折までさせている暴行を働いている、という事実。

 これは明らかに異常だ。

 

 確実にあの男にはナニカがある。

 石崎達を惑わすような危険で邪悪な何かが。

 

 この先、Cクラスにとって最大の障害になる存在だと、龍園は確実にも近い何かを抱いていた。

 

 だから、潰す。どれだけの犠牲を払ったとしても。

 

「……球磨川、禊!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『ぶえーっくしょい!』

 

 

 本日の授業が終わり、クラスメイト達が帰路に付く中。

 球磨川は教室に残っていた。

 

 

『これはあれだね。僕の第六感によると、勝ち気なオラオラ系美少女が噂をしてると囁いている。近いうちに激しく情熱的な告白をされるに違いない。ーーそう思わないかい? 須藤くん』

 

 

「よく分からねえが、それだけはないな」

 

 

 球磨川が吐く戯言に対し、冷淡に返す須藤。

 とはいえ目はせわしなく、あちこちへと動いて球磨川を直視することを避けている。

 

 

「じゃなくて、あれだ。お前一体何をしたんだ?」

 

『なんのこと?』

 

「お前のソレだ」

 

 須藤は球磨川のギプスをしている右腕を指さす。

 包帯に包まれたそれは骨折をした証でもある。

 

 

「お前が自分で折った右腕の事だよ」

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 そうーーあの時、須藤は球磨川の頼みを断った。

 

 当然、感性が普通な普通(ノーマル)として受け入れるはずも無かった。これが仮に球磨川と同類の過負荷ならば、喜んで両腕を折るくらいの事を平然としただろう。

 

 しかし彼は普通である。

 どれだけ暴力的であろうと。スポーツの才能に恵まれていようと。ただの高校生である彼には、荷が勝ち過ぎた。

 

 だから、突然球磨川が壁に右腕を叩き付ける姿を見て狼狽するしかなかった。

 

 

「ーーお前……何してんだよッ」

 

『…………見れば分かるでしょ? 君が断るから、仕方なく自分で折ったのさ』

 

 

 脂汗をたらしながら平然と答える球磨川。

 だらん、と力なく垂れ下がった右腕は歪な形に折れ曲がっており、見ているだけで痛々しい。

 

 何より、驚嘆すべきはその精神力。

 普通、いくら自分で腕を折ろうとしても、痛みを恐れて自然と力を緩めてしまう。

 

 ところが球磨川は己の持ち得る全力で、右腕を壁に叩きつけたのだ。

 

 その結果が、折れ曲がった右腕である。

 

 

『今日はもう授業受ける気にならないから帰るけど、このことは誰にも言っちゃダメだよ? 僕と君との約束。ね?』

 

 須藤はただ、首を縦にふるうことしか出来なかった。

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 

『さてね。勝手な妄想をするのは止める気が無いけど、僕は一方的に嬲られた被害者だよ』

 

 

 そうーー何故か、そういうことになっている。

 確かに球磨川は自らの手で右腕を折った筈だった。

 しかし、事実とは全く違う内容が各所へ伝わっていた。

 

 

「だが、どうやって石崎達をーーいや、いい。どうせ答える気はないんだろ?」

 

『ん……? 別に教えても良いけど?』

 

「え、いい、のか……?」

 

『もちろん。だって僕達、友達じゃあないか!』

 

 

 最初のとぼけっぷりは何だったのか。

 あっさり快諾する球磨川。

 

 須藤がいつの間に友達になったんだ、と言う暇もなく。気安く肩に手を回されるが、折角秘密を話してくれそうな雰囲気なのでひとまず堪える事にした。

 

 

 そして、

 

 

『ーー僕、実は超能力者なんだ』

 

 球磨川は、もったいぶって。

 実に十秒程キメ顔をして発言した。

 

「へえ。そりゃ、すげえな」

 

 あっさりと受け流す須藤。

 すると球磨川は何時もの気色の悪い笑みを引っ込め、珍しくいじけた風な表情になった。

 

『……信じて無さそうだね。まあ、良いけど。過負荷とか異常とか興味ないだろうから、その辺はすっ飛ばすとして……須藤くんは鶏が先か卵が先かって言葉を知ってる?』

 

「聞いた覚えはあるが、どんな意味かは知らねえよ」

 

『……これは絶対的な観測者がいないが故に、物事の起因がどちらから発生したのか分からないって問題なんだけど、僕はそれを擬似的に引き起こせる能力【手のひら孵し(ハンドレット・ガントレッド)】というものがあってね』

 

 球磨川は訥々と、言葉を連ねる。

 

『僕は自分で腕を折ったという因果を逆流させ、石崎くん達が暴行した末に腕を折ったという過程を作り出したんだ』

 

 超能力。それは機械と知識で埋め尽くされた現代には絵空事のような力。

 

 それを真剣に語る球磨川の言葉は薄っぺらくとも、なんら迷いのない語り草だった。

 

 少なくとも、実は超優秀なハッキング能力で映像を偽造した、と言われたら信用出来たか怪しい。

 だが、超能力者という傍から見ればとてつもなく胡散臭い告白は、須藤にとって素直に納得が出来るものだった。

 

 何せ須藤は先日、球磨川の尋常ではない行動を目の当たりにしたばかりだったからだ。

 

 この頭がイカれた男ならば超能力を持っていてもおかしくは無い。そういう下地が心の中で作り上げられていた。

 

 

「ーーでも、なんで急にそれを教えてくれる気になったんだ? それはお前にとって重要な秘密だったんじゃないのか」

 

『無論、この能力【手のひら孵し】は逆流させた因果も取り消す事が可能だから、だよ』

 

 

 不穏な空気が流れる。

 つつ、と須藤の頬に一筋の汗が伝い落ちる。

 

 

「……それは、どういう意味だ?」

 

『つまりーー君が僕の能力を周囲にバラした時。ついうっかり、心細くなって能力を取り消しちゃうかもしれないって事さ』

 

 それは、明確な脅迫だった。

 

 須藤の一件はあくまでも、石崎達が球磨川への直接的な暴行がーー球磨川が擦り付けた冤罪ではあるがーー発覚したから有耶無耶になったのであって、実質はなんら解決されていない。

 

 よって、球磨川が能力を取り消した時。

 須藤の暴力行為は再び審判にかけられる事になる。

 

 

「て、めぇッ!」

 

 

 それを理解した須藤は鬼の形相で球磨川を睨み付ける。

 

『おいおいそんな顔するなよ。ーー僕達、友達だろ?』

 

 溢れ出る負のオーラ。

 吐き気を催す邪悪とは正に、この男の事を指すのだろう。

 

 己の下につけ。

 さもなければ消す、と暗に脅されている。

 

 だがこうなった以上、対抗策は何も思い浮かばず、須藤は固く拳を握りしめることしか出来なかった。

 

 そして、パッと無理やり組まれていた腕が外された。

 

『まあ仲良くしようぜ須藤くん。ただ単に吹聴しなければいいんだよ。また何かあったら、僕が対処してあげるから、さ!』

 

 

 確かに、球磨川が言うことはもっともだ。

 告げ口さえしなければ、理不尽な攻撃から守って貰える。

 

 ーーそれの何が問題があるんだ? 

 

 天秤にかけるのは己のちっぽけなプライド。

 対価として得られるのは安全な立場。

 

 考えるまでも無い。誰しもが後者を選ぶ筈だ。

 しかし、自分を見つめ直す反省の機会もなく、怠惰に過ごしてきた須藤は、口を開く事がとても恥ずかしい事のように思えて、何も答えを出せなかった。

 

 ただ下を向いて口をつぐみ、沈黙するしかなかった。

 

 

『……あ、そういえばさ。今日なんで佐倉さんがいないんだっけ』

 

 知らぬうちに、球磨川の目線は今日一日欠席していた女生徒。佐倉愛里の机へと向けられていた。

 

「……確かHRで風邪とか言ってたろ。覚えとけよ」

 

『……風邪、ね』

 

 突如球磨川は立ち上がり、鞄を背負って教室から出て行こうとする。

 

「お、おいどうした球磨川?」

 

『ありがとう。今急用を思い出した。僕は先に帰るよ。部活、頑張ってね』

 

「……???」

 

 ーー急用なのに、今思い出すのか? 

 と、須藤は困惑した。

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 

 職員室に立ち寄り、佐倉愛里の住所を調べてからしばらくして。球磨川は扉の前に立ち、チャイムを鳴らした。

 

 

『おーい佐倉さん起きてるぅ?  学校のプリント届けにきたよぉ』

 

 当然、嘘である。

 今日は学校側から配布されたプリントなんて存在しない。ただ佐倉愛里に接触するためだけの嘘ーーなのだが。

 

 反応がない。

 

 

 球磨川は考える。

 彼は【球磨川 禊】になった転生者だ。だからこそ、この世界の展開もある程度、頭に入っているし、利用している。

 

 その中で、この時期に佐倉愛里が風邪で休むというイベントは発生しなかった。

 

 もちろん、現実となった事である程度変わる出来事はあるだろう。

 しかし、妙に胸騒ぎがするのだ。

 

 何せ、今の時期だと彼女はストーカー被害に合っている。何かの拍子に事故が起こっても、可笑しくはない。

 

 ふと、扉を確認すると鍵がかかっておらず、自由に入れる状態だった。普通の人間なら少しは躊躇するものだが、ーー生憎と球磨川は普通では無い。

 

 彼は過負荷であり、並以上のーーいや並以下の精神の持ち主。心にブレーキなど存在せず、あるのは加速用のアクセルだけ。ためらいもなくドアを開け放った。

 

 

『お邪魔しまぁ、す……ッ!』

 

 

 同時に部屋の中から流出した空気に驚く。

 それはむせ返るような淫靡な匂い。男と女の体臭が交わり、本来一般女生徒としてあるべきだった空間は、酷く退廃的なモノへと変貌していた。

 

 何があったのか確認しようと、玄関に足を踏み入れれば、足元に写真が一枚落ちてある事に気が付いた。

 

 拾いあげると、後ろ姿しか見えないが、成人男性の写真である事が分かる。それも、背景から察するにこの部屋で取られた写真だった。

 

『んー、と。もしかして歳上趣味だったり?』

 

 球磨川は自分で呟いておきながら、それはないなと否定する。根っからの引っ込み思案な彼女は、男を家に上げたりしないだろう。

 

 だとしたら、この写真は一体ーー。

 

 

 

「……き……な……ゃ……」

 

 ーー声が、聞こえた。

 掠れ声で良く聞き取れないが、おそらく佐倉愛里の声だ。

 

 更に奥へ進むと、ソレは居た。

 

 近づいて見ればより酷く、よりみだらな行為をしていたとハッキリ分かる匂いが立ち込めている。

 その中で、佐倉愛里は一糸まとわぬ、産まれたままの姿で立ち尽くしていた。

 

 球磨川は彼女の裸体に目を奪われ、次に彼女が纏っている雰囲気に唖然とした。

 

 なぜならそれはーー球磨川と同質のオーラだったからだ。

 

 異常でもなく特別でもなく普通でもない。

 

 誰よりも劣っている。産まれながらの敗北者にしか出せない過負荷の雰囲気を彼女は全身から放っていた。

 

 

 ーー本来ならば、この世界はバランスを保っていた。

 

 何かに長けた天才は居れども、突出した異常はいない。どれだけ不幸でも下限はあり、それを突き抜けることは無い。

 

 だが、ここに産まれながらの敗北の星。

 常に弱者側に立ち続ける球磨川がねじ込まれた。

 

 それにより下限の底は破られ、沈んだものは境界線を超えて、何処までも深く、深く堕ちていく。

 

 ーー過負荷は、伝播する。

 

 

「撮らなきゃ撮らなきゃ撮らなきゃ撮らなきゃ撮らなきゃ撮らなきゃ撮らなきゃ撮らなきゃ撮らなきゃ撮らなきゃ撮らなきゃ撮らなきゃ」

 

 

 光の無い目は球磨川を認識し、虚ろな目とは裏腹に俊敏に動き出す。両手の人差し指と親指を目の前に突き出し、四角形を作り出した。

 

 

『ーー佐倉さ』

 

「かしゃっ」

 

 

 ひらりと一枚の写真が舞い落ちる。

 そこには球磨川の姿は無く、あるのは一枚の写真のみ。

 

 佐倉愛里が写真を手に取ると、映し出されていたのはーー先程まで部屋に存在していた球磨川のモノだった。

 

 佐倉愛里はそれを確認し、くしゃくしゃに丸めるとゴミ箱へ放り投げた。

 

 

「もっと、もっと。いっぱい撮らなきゃ」

 

 

 ーー私が手に入れた。私の為だけの能力。

 

 

過ぎ行く映光(ビハインドフォーカス)】で。

 

 

 

 

 





手のひら孵しに関しては独自解釈です。
独自解釈タグ付けときます。
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