「だ、断食道場ですか? そ、それって……」
「まあ言葉通りだ。寺に行って座禅や滝行なんかをこなしつつ、まる一日断食を行う。とはいえ必要最低限の栄養は取るんだけどな」
「わ……わたくしがどんな重罪を犯したというのですか? お、教えて下さいませっ!」
「掛かりすぎだろ。そこまで思い詰めるほどかよ」
「切腹を命じたも同然では?」
「薄皮一枚にも満たねえわ。まあとにかく、来週にはレースが迫ってるってのに一向に体重が減らないんだ。今回は多少荒療治でいかせてもらうぞ。何か質問は?」
「バナナはおやつに入るんですの?」
「おやつにも食料にも入る。よって抜きだ。次」
「前日の食い溜めは許可して下さいますわね?」
「何で通ると思ってんだよ。いつも通り適量以上は無しとする、次」
「拒否した場合はどうなりますの?」
「お前が食事の度にオグリとスペを誘ってやる。ごちそうが一瞬で目の前から消え去っていくのはさぞ辛かろうな」
「く、うう……行きます。行けばいいのでしょう」
「わかればいい。だからそろそろくっ殺の見本みたいな表情を浮かべるのは止めてくれ。いいかげん通報されちまう」
――二日後
「良い天気だ。絶好の断食日和じゃないか? マックイーン」
「ええ、まるでブルーハワイの様な青空に綿あめのような雲ですわね」
「見るもの全てが食物に変換されてやがる。精神汚染が深刻だな……ほら、あそこが宿泊先の寺だ」
「ようやくですわね。ウェルカムドリンクはありますの?」
「ウェルカムウォーターなら飲み放題だぞ。井戸、滝、蛇口で飲み比べも可能だ」
「貴方に人の心は無いのですか?」
「代わりにウマ娘の心なら理解してるぞ。今度のレース、勝ちたいんだろう?」
「〜〜っ! もう、わかりましたわ!」
「なら良しだな。着いたらまずは住職さんに挨拶しにいくぞ」
「ようこそ。トレセン学園からいらっしゃいましたメジロマックイーン御一行様ですね。二日間よろしくお願いいたします。施設の案内は必要でしょうか?」
「ええ。特に厨房と食料貯蔵庫の場所は念入りに押さえておかないと」
「このようにかなり症状が酷くなっておりますので。案内は不要です」
「わかりました。なら移動の方もお部屋と修行場のみとさせていただきます。まずはお部屋で荷物を降ろしにいきましょう。こちらへどうぞ」
「わかりました……っと、良い音が鳴る廊下ですね。見事なうぐいす張りだ」
「ウグイス豆があるんですの?」
「鳩が豆鉄砲食らったような顔するなよ。うぐいす張りっていって、歩く度に音が鳴る廊下の事をいうんだよ」
「どうせ鳴るならポップコーンの弾ける音がいいですわね」
「風情もくそもない廊下だな」
「まあ! 中々良いお部屋ですわね。気に入りました」
「そう言いながらテーブルをちらちら見るのは止めような。お着き菓子なんてあるわけねえだろ」
「境内ではどうぞこちらの作務衣をお使い下さい。着替えが終わりましたら早速修行に移ります」
「あ、わたくしは別にジャージのままでも……」
「おうメジロの嬢ちゃんよ。ちょっとジャンプしてくんねえかな? 今すぐによぉ」
「い、いきなりチンピラ口調に……いえそれより、何故そんなことをする理由が? あ、そんなににじり寄ってはセクハラですわ」
「ふーん、そうかそうか仕方が無い。なら住職さんに着替えをお手伝いしてもらおうか。何せこの方は女性だからなあ!」
「なっ! ひ、卑怯ですわ! 今までそんな記述が無かったからって」
「うるせえ最初に言ったもん勝ちだ。お前が女の武器を使うんならこっちはメタ武器で対抗してやる。ちなみに元ボディビルダーのウマ娘というおまけもつけてやるから神妙にしやがれ」
「ではお着替えお手伝いいたしますね。マッスルマッスル」
「いやそんな語尾今まで一言も発していませんでしたわよ! しかもライアンと丸かぶりでは!? あ~れ〜」
「――さて、ポケットからこうして動かぬ証拠(ビスケット)が出てきたわけなんだが。何か弁明することは?」
「わ、わたくしではありませんわ!」
「犯罪者は皆そう言うんだ。いいから吐いちまえよ」
「いいえ吐きませんわ。ところでカツ丼はいつ出てきますの?」
「そわそわしながら言ってくんなよ。それ食べさせるくらいならビスケットの方がましだろうが」
「ならビスケットはOKということですわね」
「無駄に巧みな交渉戦術使うの止めてくれるかな。何にせよこれは押収するから」
「ううっ。わ、わたくしのビスケットが……」
「自白乙。嫌な事件だったな……」
「ではただ今より座禅修行を行います。勿論心を無にするのが一番ですが、空腹で集中が乱れそうであればお経などを心の中で唱えてもらっても構いません。では始めます」
「いまマッスル言ってなかったですわね……」
「心の中で言ったんだろ。いいから集中しろ」
「わかりましたわよ。もう……」
(…………)
(…………)
(…………お腹空きましたわ。言われた通り、確かに無心であり続けるのは難しいですわね。お経……とりあえず南無阿弥陀仏とかでいいのかしら?)
(南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……なむあみだぶつ……なむあみだぶつ……なむ、あんみつ、だぶつ、ナン、あんみつ、だぶつ、ナン、あんみつ、ダブル――)
「いえ、そこはいっそトリプルで! ――痛ぁっ!」
「心が乱れておりマッスルね」
「マッスルそこに使いますの? あ、いえすみませんでした……集中し直しますわ」
(南無阿弥陀仏は逆効果でしたわね。なら言い方を少し変えてみたら……ナンマンダブ……ナンマンダブ……マンナンダブ……マンナンラ○フ……マンナンラ○フと言えば……こ○にゃく畑……こ○にゃく畑と言えば――)
「カロリーゼロですわっ☆ あ痛ぁっ!!」
「心が乱れまくっておりマッスルね」
「ち、違うのです! い、今確かにダイエットの真理をこの手に掴みかけたもので――あ痛ぁっ!!」
「お次は滝行をしていただきます。まずは滝に向かって礼を行い、その後九字を切ったり気合を入れて下さい。あとは勇気と根性あるのみですね」
「九字って何ですの?」
「漫画なんかで見たことあるだろ。臨・兵・闘・者ってやつだ」
「わかりましたわ……ではいきますっ! 臨・兵・糖・捨・皆・陣・列・ぜんざい、えいえいむんっ!」
「もうなんか色々間違ってるけど意気込みは伝わってきたから逝ってこい!」
「ひいい〜! つ、冷たい! 真冬にアイスクリーム店をハシゴした時のように冷たいですわ!!」
「あの時減量が遅れたのはそれが原因かよ。罰として滝に打たれたら50数えてこい」
「うう、滝壺にもドツボにもはまってしまうなんて……1、2、3……」
「――49、50、よし。もういいぞマックイーン。交代だ。おーい!」
「……中々出てきませんね? 何かトラブルでしょうか?」
「いえ……多分あの様子だとカウントを続けてるんだと思います。170……そろそろだな」
「――180! あ、あら……? 確かにインスタントラーメンが完成した筈なのに」
「ジャスト3分だ。いい夢見れたかよ」
――深夜
(ううっ、お腹がギュルルンギュルルン鳴っていて眠れませんわ……もうこうなったらジャージに仕込んでいた隠しポケットを使わざるを得ませんわね)
「ふふ、ここにもいざという時のお菓子が隠してあるのです。流石のトレーナーさんもこれには気が付かなかったようですわね……ん? これは……?」
――翌日
「はい、これにて断食道場は終了です。最後までよく頑張りましたね、メジロマックイーンさん」
「ええ、住職さんには大変お世話になりました。機会があればまた是非来ようと思います。それでは――」
「ふー、結構ハードな内容だったな。どうする? 軽いものでよければ何か食べて帰るか?」
「いいえ、せっかくのお誘いですが、家まで我慢します」
「珍しいな。いつもなら速攻で食いつくのに」
「あいにくお腹が一杯ですから。何故かポケットに入っていた、このチケットのせいで」
「何だこりゃ。スイーツビュッフェの入場券か?」
「ええ、人気店のため中々取れなかったものです。しかも日時はレースの次の日。ご丁寧に『頑張れよ』とのメッセージ付きで」
「随分熱心なファンがいたもんだな。おかげで助かったんじゃねえか?」
「そうですわね……ねえ、トレーナーさん」
「何だ?」
「今度のレース、絶対に勝ってみせますわ。だからこれからもずっと、ずっとわたくしのトレーナーでいて下さいね!」
そう言って見惚れるような笑みを浮かべるマックイーン。
返事など、勿論決まっている。これまでも。これからも――
「ああ、当然だろ?」