銀の死神   作:日彗

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第一章
第一話 終わりの始まり


 

 月曜日。それは一週間の内で最も憂鬱な始まりの日。きっと大多数の人が、これからの一週間に溜息を吐き、前日までの天国を想ってしまう。

 

(とか、考えてんだろうなぁ……)

 

 それは当然彼、西村(にしむら)(こう)とて例外ではない。だが彼から見たら周りが大げさすぎるのだ。

 

 紅は少し早足に友人に近づき、肩を叩く。

 

「よっ、ハジメ。おはよ」

「あ、おはよう西村くん。今日もはやいねぇ」

「……冗談だろ? 遅刻ギリギリだぞ」

 

 また徹夜でもしたのだろう、南雲ハジメの目には隈が出来ている。

 

「徹夜するなら休日の前の日だけにしろって言っただろ」

「こ、高校生なんだからこのくらいの自由があったっていいでしょ……」

 

 自由の代償がデカすぎるとは思わんのか。

 そう言いかけて直前に止める。もう何度も言ってきたのに聞かないのだ。言うだけ無駄である。

 

「そんなふらついて何言ってやがる。ほら転ぶなよ」

「は、ははは。大丈夫だよ」

 

 ハジメはそう言って流し、教室の扉を開けた。

 その瞬間、教室の男子生徒の大半から舌打ちやら睨みやらを頂戴する。女子生徒も友好的な表情をする者はいない。無関心ならまだいい方で、あからさまに侮蔑の表情を向ける者もいる。

 

「…………」

「相も変わらずスゲェなぁ」

 

 極力意識しないように自席へ向かうハジメ達。しかし、毎度のことながらちょっかいを出してくる者がいる。

 

「よぉ、キモオタ! また、徹夜でゲームか? どうせエロゲでもしてたんだろ?」

「うわっ、キモ~。エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~」

 

 一体何が面白いのかゲラゲラと笑い出す男子生徒達。

 

 声を掛けてきたのは檜山大介といい、毎日飽きもせず日課のようにハジメに絡む生徒の筆頭だ。近くでバカ笑いをしているのは斎藤良樹、近藤礼一、中野信治の三人で、大体この四人が頻繁にハジメに絡む。

 

 檜山の言う通り、ハジメはオタクだ。と言ってもキモオタと罵られるほど身だしなみや言動が見苦しいという訳ではない。髪は短めに切り揃えているし寝癖もない。コミュ障という訳でもないから積極性こそないものの受け答えは明瞭だ。大人しくはあるが陰気さは感じさせない。単純に創作物、漫画や小説、ゲームや映画というものが好きなだけだ。

 

 世間一般ではオタクに対する風当たりは確かに強くはあるが、本来なら嘲笑程度はあれど、ここまで敵愾心を持たれることはない。では、なぜ男子生徒全員が敵意や侮蔑をあらわにするのか。

 

「おいお前ら、いい加減に───」

 

 その答えが、彼女だ。

 

「南雲くん、おはよう! 今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」

「───しろ…。………」

 

 ニコニコと微笑みながら一人の女子生徒がハジメのもとに歩み寄った。このクラス、いや学校でもハジメにフレンドリーに接してくれる数少ない例外であり、この事態の原因でもある。

 名を白崎香織という。学校で二大女神と言われ男女問わず絶大な人気を誇る途轍とてつもない美少女だ。腰まで届く長く艶やかな黒髪、少し垂れ気味の大きな瞳はひどく優しげだ。スッと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。

 いつも微笑の絶えない彼女は、非常に面倒見がよく責任感も強いため学年を問わずよく頼られる。それを嫌な顔一つせず真摯に受け止めるのだから高校生とは思えない懐の深さだ。

 そんな香織はなぜかよくハジメを構うのだ。徹夜のせいで居眠りの多いハジメは不真面目な生徒と思われており、生来の面倒見のよさから香織が気に掛けていると思われている。

 そんなハジメが香織と親しくできることが、同じく平凡な男子生徒達には我慢ならないのだ。「なぜ、あいつだけ!」と。女子生徒は単純に、香織に面倒を掛けていることと、なお改善しようとしないことに不快さを感じているようだ。

 

(ア、アホくせぇ……)

 

 「オレ、自分の席に戻っていい?」とハジメにアイコンタクトをとる。それに対してハジメもまた「お願い! 見捨てないで!」とアイコンタクトで返す。なんでだよ。

 

「お、おはよう白崎さん」

 

 すわっ、これが殺気か!? と言いたくなるような眼光に晒さらされながら、ハジメは頬を引き攣つらせて挨拶を返す。一部始終を見せられている紅もまた頬を引きつらせる。

 

 それに嬉しそうな表情をする香織。「なぜそんな表情をする!」と、ハジメは、更に突き刺さる視線に冷や汗を流した。紅は自分の席に戻りたいと涙を流した。

 

 そんな中、ハジメはとうとう紅に助けを求めた。

 

(に、西村くん…!助けて…!)

(んな無茶な)

 

 だが見捨てられるほど紅も薄情ではない。一つ息を吐き、覚悟を決めて声をかける。

 

「あ~あの白崎さん……?」

「なにかな。いま南雲君と話してるんだけど」

「アッ、いえいえすみません。どうぞどうぞ」

(すまんハジメ……ムリッ)

(西村くんッ!?)

 

 笑顔。そう笑顔なのである。それは万人を虜にする微笑み。だが紅にはそうは見えなかった。それは紅にのみ向けられた香織の意思によるものが大きかったのだろう。即ち、『邪魔をするな』だ。

 紅が当てにならないと理解したハジメは会話を切り上げるタイミングを図っていると、三人の男女が近寄って来た。

 

「南雲君、西村君。おはよう。毎日大変ね」

「香織、また彼の世話を焼いているのか? 全く、本当に香織は優しいな」

「全くだぜ、そんなやる気ないヤツにゃあ何を言っても無駄と思うけどなぁ」

 

 三人の中で唯一朝の挨拶をした女子生徒の名前は八重樫雫。香織の親友だ。ポニーテールにした長い黒髪がトレードマークである。切れ長の目は鋭く、しかしその奥には柔らかさも感じられるため、冷たいというよりカッコイイという印象を与える。

 

 次に、些か臭いセリフで香織に声を掛けたのが天之河光輝

 

 最後に投げやり気味な言動の男子生徒は坂上龍太郎といい、光輝の親友だ。短く刈り上げた髪に鋭さと陽気さを合わせたような瞳、百九十センチメートルの身長に熊の如き大柄な体格、見た目に反さず細かいことは気にしない脳筋タイプである。

 

「おはよう、八重樫さん、天之河くん、坂上くん。はは、まぁ、自業自得とも言えるから仕方ないよ」

 

 雫達に挨拶を返し、苦笑いするハジメ。「てめぇ、なに勝手に八重樫さんと話してんだ? アァ!?」という言葉より明瞭な視線がグサグサ刺さる。雫も香織に負けないくらい人気が高い。

 

「それが分かっているなら直すべきじゃないか? いつまでも香織の優しさに甘えるのはどうかと思うよ。香織だって君に構ってばかりはいられないんだから」

 

 光輝がハジメに忠告する。光輝の目にもやはり、ハジメは香織の厚意を無下にする不真面目な生徒として映っているようだ。

 ハジメとしては「甘えたことなんてないよ! むしろ放っておいてくれ!」と声を大にして反論したいのだが、そんなことをすれば強制連れションが実行されるだろう。光輝自身、思い込みが激しいところがあるので反論しても無駄であろうことも口を閉じさせる原因だ。

 

「うるせえよハゲ。誰が構ってくれって頼んだよ。迷惑なら関わらければいいじゃねぇか、シッシッ! あっちいけ」

 

 だがこういう時ははっきり言うのが西村紅という男である。

 

「なっ! 西村! 君はなぜ俺にだけ口が悪いんだ!?」

「バカ言え。オレはハジメに対してもこうだ」

「ちょっとちょっと……」

 

 紅と光輝、二人の口論を横目に溜息をつくハジメと雫。が、そんなことはお構いなしと我らが女神は爆弾を落とす。

 

「? 光輝くん、なに言ってるの?私は、私が南雲くんと話したいから話してるだけだよ?」

 

 ざわっと教室が騒がしくなる。男子達はギリッと歯を鳴らし呪い殺さんばかりにハジメを睨み、檜山達四人組に至っては昼休みにハジメを連れて行く場所の検討を始めている。

 

「え?……ああ、ホント、香織は優しいよな」

「や、優しい…?「西村君?」あ、いえ優しいですハイ」

 

 だがどうやら光輝の中で香織の発言はハジメに気を遣ったと解釈されたようだ。完璧超人なのだが、そのせいか少々自分の正しさを疑わなさ過ぎるという欠点があり、そこが厄介なんだよなぁ~とハジメは現実逃避気味に教室の窓から青空を眺めた。

 

「何一人だけ現実逃避してんだ。そうはさせねぇぞ逃げるな」

「い、いやだってさ……」

 

 だってもヘチマもない。それがまかり通るなら紅は既に席に戻っている。

 

「……ごめんなさいね? 二人共悪気はないのだけど……」

 

 この場で最も人間関係や各人の心情を把握している雫が、こっそり謝罪する。ハジメはやはり「仕方ない」と肩を竦めて苦笑いするのだった。

 

「悪気がないのはわかってるよ八重樫さん。オレも悪気はないから」

「いや嘘つけ」

 

 そうこうしている内に始業のチャイムが鳴り教師が教室に入ってきた。教室の空気のおかしさには慣れてしまったのか何事もないように朝の連絡事項を伝える。そして、いつものようにハジメが夢の世界に旅立ち、当然のように授業が開始された。

 そんなハジメを見て香織が微笑み、雫はある意味大物ねと苦笑いし、男子達は舌打ちを、女子達は軽蔑の視線を向け、紅は胃痛に顔をしかめたのだった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 午前の授業が終了し、昼休憩に入った。紅は席を立ちあがりハジメの元へと向かう。

 

「おいハジメ。もっと栄養のあるものを食えって言ってるだろ。しょうがないからおにぎりを一つ恵んでやる。食え」

「いや僕はこれで十分……」

 

 そう言って、ミイラのように中身を吸い取られたお昼のパッケージをヒラヒラと見せる。十秒でチャージできる定番のアレである。

 

「それはご飯じゃない、おやつです」

 

 すると、またもや我等の女神が、紅たちにとってはある意味悪魔が、ニコニコとハジメの席に寄ってきた。

 

「南雲くん。珍しいね、教室にいるの。お弁当? よかったら一緒にどうかな?」

「また来ちゃったよこの子……」

「あ~、誘ってくれてありがとう、白崎さん。でも、もう食べ終わったから天之河君達と食べたらどうかな?」

 

 紅にも見せたようにパッケージをヒラヒラとさせる。断るのも「何様だ!」と思われそうだが、お昼休憩の間ずっと針のむしろよりは幾分マシだろう。

 だがその程度の抵抗など意味をなさないとばかりに女神は追撃をかける。

 

「えっ! お昼それだけなの? ダメだよ、ちゃんと食べないと! 私のお弁当、分けてあげるね!」

「よかったなハジメ! じゃあオレはこれで……」

「お願い僕を一人にしないで……!」

 

 刻一刻と増していく圧力に、ハジメが冷や汗を流していると救世主が現れた。光輝達だ。

 

「香織。こっちで一緒に食べよう。南雲はまだ寝足りないみたいだしさ。せっかくの香織の美味しい手料理を寝ぼけたまま食べるなんて俺が許さないよ?」

 

 爽やかに笑いながら気障なセリフを吐く光輝にキョトンとする香織。少々鈍感というか天然が入っている彼女には、光輝のイケメンスマイルやセリフも効果がないようだ。

 

「え? なんで光輝くんの許しがいるの?」

「ブフッ」

「ンッフフフッ。……いや失礼」

 

 素で聞き返す香織に思わず吹き出す雫と紅。光輝は困ったように笑いながらあれこれ話しているが、結局、ハジメの席に学校一有名な四人組が集まっている事実に変わりはなく視線の圧力は弱まらない

 

「じゃあハジメ。図書室にでも避難するか――」

 

 と、光輝たちの隙をつき退散しようとしたところで……

 

 凍りついた。

 

 紅たちの目の前、光輝の足元に純白に光り輝く円環と幾何学きかがく模様が現れたからだ。その異常事態には直ぐに周りの生徒達も気がついた。全員が金縛りにでもあったかのように輝く紋様――俗に言う魔法陣らしきものを注視する。

 その魔法陣は徐々に輝きを増していき、一気に教室全体を満たすほどの大きさに拡大した。

 自分の足元まで異常が迫って来たことで、ようやく硬直が解け悲鳴を上げる生徒達。未だ教室にいた愛子先生が咄嗟に「皆! 教室から出て!」と叫んだのと、魔法陣の輝きが爆発したようにカッと光ったのは同時だった。

 数秒か、数分か、光によって真っ白に塗りつぶされた教室が再び色を取り戻す頃、そこには既に誰もいなかった。蹴倒された椅子に、食べかけのまま開かれた弁当、散乱する箸やペットボトル、教室の備品はそのままにそこにいた人間だけが姿を消していた。

 

 

 

 この事件は、白昼の高校で起きた集団神隠しとして、大いに世間を騒がせるのだが、それはまた別のお話。

 

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