銀の死神   作:日彗

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第十話 思わぬ再開

 

 どこからか伝わってくる殺気と振動に目が覚めた。だが夢見が悪かったのでちょうどいい。

 【オルクス大迷宮】の最奥、反逆者──否、解放者オスカー・オルクスの住処で疲れを癒していた紅は丸五日眠り続けていた。

 

「目覚まし時計が欲しかった……」

 

 だがその甲斐あってかコンディションは良好。問題なく動く。

 

ドゴゴォォ

 

 また先ほどの衝撃が轟く。誰かが戦っているのだろうか。

 

「………戦う? この階層で?」

 

 遅まきながらも事態を呑み込む。どうやらまだ寝ぼけていたらしい。

 基本的にこの迷宮の魔物は自分が生まれた階層を出ることはない。そう本能に植え付けられているのか、別の要因なのかは定かではないが。ということは、だ。

 

(今、戦ってるのは誰だ?)

 

 急いで住処を飛び出す。だが砂煙が舞い上がっておりシルエットしかわからない。

 だが、それで十分だった。

 

「クルゥアン!」

 

 片や大きな六つ首の大蛇。ディザス・トロワに惨殺されていたヒュドラだ。この迷宮では一度倒した魔物が復活することは珍しくない。ヒュドラのように()()のために用意された魔物ならなおさら。

 片や仁王立ちしたまま全身から煙を噴き上げている白髪の男。すこし離れた場所には全裸に服一枚着ただけの金髪の少女が倒れていた。

 

「ハ、ハジメ?」

「……」

 

 白髪の男……ハジメは答えない。そして、そのままグラリと揺れると前のめりに倒れこんだ。

 

「ハジメ!」

 

 金髪の少女…ユエが焦燥に駆られるまま痛む体を無視して駆け寄ろうとする。しかし、魔力枯渇で力が入らず転倒してしまった。もどかしい気持ちを押し殺して神水を取り出すと一気に飲み干す。少し活力が戻り、立ち上がってハジメの下へ今度こそ駆け寄った。

 

 うつ伏せに倒れこむハジメの下からジワッと血が流れ出してくる。

 

 仰向けにしたハジメの容態は酷いものだった。指、肩、脇腹が焼け爛ただれ一部骨が露出している。顔も右半分が焼けており右目から血を流していた。角度的に足への影響が少なかったのは不幸中の幸いだろう。

 

 ユエは急いで神水を飲ませようとするが、そんな時間をヒュドラが待つはずもない。今度は直径十センチ程の光弾を無数に撃ちだしてきた。まるでガトリングの掃射のような激しさだ。

 

「ッ! ……え?」

 

 だが一向に光弾はやってこない。そして気付く、自分が誰かに抱えられていることに。ヒュドラから離れた場所の柱の影にいることに。

 

(ハジ……メ?)

 

 いや違う。よく見ればハジメもまた、ユエと同じように抱えられていた。

 ゆっくりと、地面へ降ろされる。そこで初めて自分達を抱えていた人物を目に納める。

 

(一瞬で…こんなに遠くまで……)

 

「……あな、たは…一体……」

「オレのことはいい。早く助けてやれ」

 

 修羅場を潜ってきたのだろう所々ほつれたコートを羽織った、銀髪の男。その言葉で我に返り、ユエは急いで神水をハジメの傷口に降り掛け、もう一本も飲ませようとする。しかし、飲み込む力も残っていないのか、ハジメはむせて吐き出してしまう。ユエは自分の口に神水を含むと、そのままハジメに口付けをし、むせるハジメを押さえつけて無理やり飲ませた。

 

「大胆だな……」

 

 しかし、神水は止血の効果はあったものの、中々傷を修復してくれない。いつもなら直ぐに修復が始まるのに、何かに阻害されているかの様に遅々としている。

 

「どうして!?」

 

 ユエは半ばパニックになりながら、手持ちの神水をありったけ取り出した。

 

「あのヒュドラの極光には肉体を溶かしていく一種の毒の効果も含まれている。普通は為す術もなく溶かされて終わりだ。吸血鬼の女王、お前でもな。……その水、神水だな? 回復力が溶解速度を上回ってきている。魔物の血肉を取り込んだ強靭な肉体も相まって時間をかければ治るだろう。欠損した右目は難しいが……」

 

 だがそんな悠長にしていられない。離れた所でヒュドラは既にこちらの位置を特定している。ハジメが動けるようになるまではとても持ちそうにない。

 ユエはハジメの使っていた電磁加速式リボルバー拳銃、ドンナーを手に取り立ち上がった。

 

「オレはお前達の代わりにヤツを倒す気はない。だがお前達が死なないよう手を貸すくらいはしてやる」

「……十分。ハジメを…よろしく、お願いします」

 

 そうして柱から飛び出たユエをヒュドラは睥睨し光弾を連射する。ユエは、現在魔力が少ないため魔法で相殺するわけにも行かず、ハジメの様にドンナーで撃ち落とすこともできないので、ひたすら走ってかわしていく。だが、元来、体術を始めとした近接戦は不得意なユエ。直ぐに追い詰められていく。

 

「……愛されてるじゃないか、ハジメ」

 

 だが魔力が不足している今のユエでは勝ち目はない。元来、体術をはじめとした接近戦を苦手とする彼女が弾幕を躱し続けられるはずがない。そう遠くない内に限界が来る。

 

「あぐっ!?」

 

 そして、遂に光弾の一発がユエの肩に直撃した。

 

 痛みに呻き声を上げながら、吹き飛ぶ勢いそのままに立ち上がり再び駆ける。痛みで動きが止まった瞬間、たたみ込まれるとわかっているのだ。ユエの〝自動再生〟が始まるが、いつもより遅い。魔力が更に削られる。このままでは身体強化に使う魔力も直になくなるだろう。

 

「ハジメ、このままでいいのか。このまま理不尽に奪われていいのか?」

 

 ハジメは答えない。ただ呻くだけだ。

 

「これはお前達の試練だ。オレが手を出せばお前達のここまでのすべてが無駄になる。わかるか? 今、ここで壁を超えなくちゃいけないんだ」

 

 ユエは少しでも状況を打開しようと、苦し紛れではあるがドンナーの引き金を引いた。ハジメの持つ固有魔法〝纏雷〟は使えないが雷系の魔法は使えるため何とか電磁加速させることができた。そして、ビギナーズラックというべきか、弾丸は弾幕の隙間を縫うように銀頭のこめかみ辺りに着弾した。

 

 電磁加速させた不十分とは言えそれなりの威力を持った一撃は、しかし浅く傷つけただけで大したダメージを受けた様子がなかったのだ。ユエの表情に絶望の影が差す。しかし、自分の敗北はすなわちハジメの死を意味するのだ。ユエは歯を食いしばって再び回避に徹する。

 

「立て、ハジメ。お前はここで終わっていい奴じゃない。お前はいずれ()()()を為さなければならない」

 

 ユエは腹部に光弾をまともに喰らって地面に叩きつけられた。

 

「うぅ……うぅ……」

 

 体が動かない。直ぐさま動かなければ光弾に蹂躙じゅうりんされる。わかっていて必死にもがくユエだが、体は言うことを聞いてくれない。〝自動再生〟が遅いのだ。ユエはいつしか涙を流していた。悔しくて悔しくて仕方ないのだ。

 

 ヒュドラが、倒れ伏すユエに勝利を確信したように一度「クルゥアアン!」と叫ぶと光弾を撃ち放った。

 

「このままで、本当にいいのか?」

 

 光弾がユエに迫る。ユエは眼を閉じなかった。せめて心は負けるものかとキッと銀頭を睨みつけた。光弾が迫り視界が閃光に満たされる。直撃する。死ぬ。守れなかったこと、先に逝く事を、ユエはハジメに対し心の中で謝罪しようとした。

 

「ッいいわけ……ねえだろうがぁ!!」

 

 刹那……一陣の風が吹いた。

 

 気がつけば、ユエは、自分が抱き上げられ光弾が脇を通り過ぎていくのを見ていた。そして、自分を支える人物を信じられない思いで見上げる。それは、紛れもなくハジメだった。満身創痍のまま荒い息を吐き、片目をきつく閉じてユエを抱きしめている。

 

「泣くんじゃねぇよ、ユエ。お前の勝ちだ」

「ハジメ!」

 

 だが怪我はほとんど治っていない。気力だけで立っているようなものだ。強靭な肉体と迷宮(地獄)で鍛えられた精神力、そして神水があったからこその軌跡。

 

 紅は柱を背にして腰を下ろす。今この瞬間において紅は傍観者以外の何者でもないのだから。

 

─── そこからの展開は速かった。

 

 ユエを抱えたまま飛んでくる光弾を踊るように避けていく。

 

 ハジメは見ていた。揺らぐ意識を必死に繋ぎ留めながらユエが一人戦っている光景を。ハジメの銃を片手に必死に戦い、嬲なぶられるように追い詰められていく姿を。そして、極光が放たれ地面に倒れ伏し止めを刺されそうな瞬間を。

 

 ハジメの胸中に激烈な怒りが満ちた。自分は何をしている? いつまで寝ていれば気が済む? こんな所でパートナーを奪われる理不尽を許容するのか? あんな化物如きに屈するのか?

 

 否! 断じて否だ! 自分の、自分達の生存を脅かすものは敵だ! 敵は、

 

「殺す!」

 

〝天歩〟最終派生技能[+瞬光]

 

 それは知覚機能を拡大し、合わせて〝天歩〟の各技能を格段に上昇させる。蹴りウサギを喰らい手に入れた固有魔法。ハジメはまた一つ、〝壁を超えた〟のだ。

 

 迫り来る光弾の弾幕を紙一重でかわしていくハジメは、〝縮地〟で場所を移動しながらドンナーを発砲する。ヒュドラは先ほどのユエの銃撃で全くの無傷と行かなかったのが気に食わないのか、頭を振って回避した。銃弾は外れ明後日の方向へ飛んでいき天井に穴を開けるに終わる。

 

 ハジメは気にした様子もなく次々と場所を変え銃撃するが、やはり弾丸は外れて虚しく天井に穴を開けるだけだった。ヒュドラの目に嘲りの色が宿る。ユエも普段ならありえないハジメの射撃に一瞬不安になるがハジメを信じて待つ。

 

 ハジメはドンナーを撃ち尽くすと〝空力〟で宙へ跳躍。天井付近の空中を泳ぐように跳躍し光弾をかわす。

 

 いい加減苛立ったのかヒュドラが闇雲に極光を放った。だが当然のようにあっさりとかわす。

 

「ヒュドラは極光を放っている間、硬直する。奴の弱点は数あるが、この展開で最も浮彫になるのはそれだろう」

 

 恐らくハジメもそれに気づいていて()()()。そして、リロードしたドンナーを再び六箇所に向かって撃ち放つ。

 

 すると、突然天井に強烈な爆発と衝撃が発生し、一瞬の静寂の後、一気に崩壊を始めた。その範囲は直径十メートル、重さ数十トン。大質量が崩落し直下の銀頭を押し潰した。

 

 ハジメは天井にドンナーで穴を開け、空中で光弾をかわしながら手榴弾を仕込みつつ、錬成で天井の各部位を脆くしておいたのである。そして、六箇所をほぼ同時に撃ち抜き爆破した。

 

 ハジメは攻撃の手を緩めない。ただの質量で倒せたら苦労しないのだ。〝縮地〟で押しつぶされ身動きが取れないヒュドラに接近し、錬成で崩落した岩盤の上を駆け回りそのまま拘束具に変える。同時に、周囲を囲み即席の溶鉱炉を作り出した。その場を離脱しながら焼夷手榴弾などが入ったポーチごと溶鉱炉の中に放り込み、叫ぶ。

 

「ユエ!」

「んっ!〝蒼天〟!」

 

 青白い太陽が即席の溶鉱炉の中に出現し、身動きの取れないヒュドラを融解させていく。中に放り込まれた爆薬の類も連鎖して爆発し、防御力を突破して少なくないダメージを与えていった。

 

「グゥルアアアア!!!」

 

 断末魔の絶叫を上げる。何とか逃げ出そうと暴れ、光弾を乱れ撃ちにする。壁が撃ち崩されるが、ハジメが錬成で片っ端から修復していくので逃げ出せない。極光も撃ったばかりなので直ぐには撃てず銀頭は為す術なく高熱に融かされていった。

 

 感知系技能からヒュドラの反応が消える。今度こそヒュドラの死を確信したハジメは、そのまま後ろに倒れ───

 

「お見事」

 

 ───る寸前に体を支えられた。

 

「いい戦いだった」

「ハジメ!」

 

 ユエもまた、慌ててハジメの元へ行こうと力の入らない体に鞭を打って這いずる。

 

「流石に……もうムリ……」

「だろうな。安心してゆっくり休め」

 

 何とかハジメのもとへたどり着いたユエが抱きついてくる感触を感じながら、ハジメはゆっくり意識を手放した。

 

「……こいつを運ぶ。吸血姫、お前も一緒に来い」

「……私達を、助けてくれたことには感謝してる。けどこんな所にいる人を簡単に信用できるわけがない」

「信用どうこうは関係ない。ここで野垂れ死ぬかついてきて生き延びるかの二択だ」

 

 その言葉を最後に紅はハジメを抱えて住処へと運ぶ。魔力も使い果たしなす術もないユエは黙ってついて行くしかなかった。

 

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