銀の死神   作:日彗

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第二章
第十四話 ライセン大峡谷と愉快なウサミミ


 

 魔法陣の光に満たされた視界、何も見えなくとも空気が変わったことは実感した。奈落の底の澱んだ空気とは明らかに異なる、どこか新鮮さを感じる空気に思わず頬が緩む。

 

 やがて光が収まり目を開けた紅達の視界に写ったものは……

 

 洞窟だった。

 

「なんでやねん」

 

 魔法陣の向こうは地上だと無条件に信じていたハジメは、代わり映えしない光景に思わず半眼になってツッコミを入れてしまった。

 

「秘密の通路だからな」

「ん……」

「あ、ああ、そうか。確かにな。反逆者の住処への直通の道が隠されていないわけないか」

 

 そんな簡単なことにも頭が回らないほどに浮かれていたハジメ。緑光石の輝きもなく、真っ暗な洞窟ではあるが、特に暗闇を問題としていないので道なりに進むことにした。。

 

 途中、幾つか封印が施された扉やトラップがあったが、オルクスの指輪が反応して尽く勝手に解除されていった。二人は、一応警戒していたのだが、拍子抜けするほど何事もなく洞窟内を進み、遂に光を見つけた。外の光だ。ハジメと紅はこの数ヶ月、ユエに至っては三百年間、求めてやまなかった光。

 

 ハジメとユエは、それを見つけた瞬間、思わず立ち止まりお互いに顔を見合わせた。それから互いにニッと笑みを浮かべ、同時に求めた光に向かって駆け出した。その後ろをゆっくりとついて行く紅も心なしか楽しそうだ。

 

 外から風が吹き込んでくる。奈落のような澱んだ空気ではない。ずっと清涼で新鮮な風だ。

 

「よっしゃぁああーー!! 戻ってきたぞ、この野郎ぉおー!」

「んっーー!!」

 

 先行していたハジメ達の声が洞窟の中まで轟く。ようやく紅も追いつくとなぜか寝ころんでケラケラ、クスクスと笑い合うハジメとユエの姿があった。

 

「まったく……」

 

 地上の人間にとって、そこは地獄にして処刑場だ。断崖の下はほとんど魔法が使えず、にもかかわらず多数の強力にして凶悪な魔物が生息する。深さの平均は一・二キロメートル、幅は九百メートルから最大八キロメートル、西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ樹海】まで大陸を南北に分断するその大地の傷跡を、人々はこう呼ぶ。

 

 【ライセン大峡谷】と。

 

 【オルクス大迷宮】の秘密通路はそのライセン大峡谷の谷底にある洞窟に繋がっていた。だがまあ、地の底とはいえ頭上の太陽は燦々と暖かな光を降り注ぎ、大地の匂いが混じった風が鼻腔をくすぐる。

 たとえどんな場所だろうと、確かにそこは地上だった

 

 二人の笑いが収まった頃には、すっかり……魔物に囲まれていた。

 

「はぁ~……おい紅。なんか魔物に囲まれてるぞ」

「お前等の声がでかいからな」

「……確かここって魔法使えないんだっけ?」

 

 ドンナー・シュラークを抜きながらハジメが首を傾げる。座学に励んでいたハジメには、ここがライセン大峡谷であり魔法が使えない場所であると理解していた。

 

「……分解される。でも力づくでいく」

 

 ライセン大峡谷で魔法が使えない理由は、発動した魔法に込められた魔力が分解され散らされてしまうからである。もちろん、ユエの魔法も例外ではない。しかし、ユエはかつての吸血姫であり、内包魔力は相当なものであるうえ、今は外付け魔力タンクである魔晶石シリーズを所持している。

 

 つまり、ユエ曰く、分解される前に大威力を持って殲滅すればよいということらしい。

 

「力づくって……効率は?」

「……十倍くらい」

 

 どうやら、初級魔法を放つのに上級レベルの魔力が必要らしい。射程も相当短くなるようだ。

 

「あ~、じゃあ俺がやるからユエは身を守る程度にしとけ」

「うっ……でも」

「いいからいいから、適材適所。ここは魔法使いにとっちゃ鬼門だろ? 任せ――痛ぇな!」

 

 紅がハジメの頭をこずく。魔物に囲まれているというのに実にマイペースだ。

 

「お前も温存しておけハジメ。ユエにかっこいい所を見せたいのはわかるが魔力の消費が激しい以上、オレの方が向いている」

「いやでもよ……」

「というかもう終わった」

 

 腰に挿していた銀剣を水平に一振り。ごくごく自然な動作でごくごく自然に剣を振った。

 だが剣は魔物を斬ることなく空中で制止し、紅は銀剣を鞘へ納める。

 それをハジメ達が咎めることはない。なぜなら紅が銀剣を振り終えた瞬間、周りを取り囲むすべての魔物が凍て尽き、斬り刻まれたからだ。

 

「相変わらず意味不明だな……」

「ん……」

「失礼な。それでここからどうするんだ? この絶壁を登っていくか?」

「登ろうと思えば登れるだろうが……どうする? ライセン大峡谷と言えば、七大迷宮があると考えられている場所だ。せっかくだし、樹海側に向けて探索でもしながら進むか?」

「……なぜ、樹海側?」

「いや、峡谷抜けて、いきなり砂漠横断とか嫌だろ? 樹海側なら、町にも近そうだし」

「……確かに」

 

 ハジメの提案に、ユエは頷ずく。魔物の弱さから考えても、この峡谷自体が迷宮というわけではなさそうだ。ならば、別に迷宮への入口が存在する可能性はある。絶壁を超えることは可能だろうが、どちらにしろライセン大峡谷は探索の必要があったので、特に反対する理由もない。

 

 ハジメは、右手の中指にはまっている〝宝物庫〟に魔力を注ぎ、魔力駆動二輪を取り出す。颯爽と跨り、後ろにユエが横乗りしてハジメの腰にしがみついた。

 

 地球のガソリンタイプと違って燃焼を利用しているわけではなく、魔力の直接操作によって直接車輪関係の機構を動かしている。ちなみに速度調整は魔力量次第である。まぁ、ただでさえ、ライセン大峡谷では魔力効率が最悪に悪いので、あまり長時間は使えないだろうが。

 

「オレは走って付いて来いと?」

「一応、後付けでサイドカーを付けられるが……お前なら平気で並走しそうなのが怖いところだ」

 

 ライセン大峡谷は基本的に東西に真っ直ぐ伸びた断崖だ。そのため脇道などはほとんどなく道なりに進めば迷うことなく樹海に到着する。迷宮への入口らしき場所がないか注意しつつ、軽快に魔力駆動二輪を走らせていった。

 

 もっとも、その間もハジメの手だけは忙しなく動き続け、一発も外すことなく襲い来る魔物の群れを蹴散らせているのだが。

 

「そういや、外に出たら話したい事ってなんだったんだ?」

「……あ、忘れてた」

「たぶん、オスカーの言ってた〝翼〟に関係したこと……?」

「ああ、その〝翼〟っていうのはな───」

「ちょっと待て」

 

 それほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。中々の威圧である。少なくとも今まで相対した谷底の魔物とは一線を画すようだ。もう三十秒もしない内に会敵するだろう。

 

 魔力駆動二輪を走らせ突き出した崖を回り込むと、その向こう側に大型の魔物が現れた。双頭のティラノサウルスモドキだ。

 

 だが、真に注目すべきは双頭ティラノではなく、その足元をぴょんぴょんと跳ね回りながら半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女だろう。

 

 ハジメは魔力駆動二輪を止めて胡乱な眼差しで今にも喰われそうなウサミミ少女を見やる。

 

「……何だあれ?」

「……兎人族?」

「なんでこんなとこに? 兎人族って谷底が住処なのか?」

「……聞いたことない」

「じゃあ、あれか? 犯罪者として落とされたとか? 処刑の方法としてあったよな?」

「……悪ウサギ?」

「まず助けてやれよ」

 

 だがどうやらハジメ達に助けるという発想はないらしい。別に、ライセン大峡谷が処刑方法の一つとして使用されていることからウサミミ少女が犯罪者であることを考慮したわけではない。赤の他人である以上、単純に面倒だし興味がなかっただけである。

 

 しかし、そんな呑気に話し込んでいるこちらをウサミミ少女の方が発見したらしい。双頭ティラノに吹き飛ばされ岩陰に落ちたあと、四つん這いになりながらほうほうのていで逃げ出し、その格好のまま凝視してくる。

 

 そして、再び双頭ティラノが爪を振い隠れた岩ごと吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がると、その勢いを殺さず猛然と逃げ出した。……紅達の方へ。

 

 それなりの距離があるのだが、ウサミミ少女の必死の叫びが峡谷に木霊する。

 

「だずげでぐだざ~い! ひっーー、死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」

 

 滂沱の涙を流し顔をぐしゃぐしゃにして必死に駆けてくる。そのすぐ後ろには双頭ティラノが迫っていて今にもウサミミ少女に食らいつこうとしていた。

 

 流石に、ここまで直接助けを求められたらハジメも……

 

「それで〝翼〟がなんだって?」

「……すごい、気になる」

「お前等な……」

 

 やはり助ける気はないらしい。必死の叫びにもまるで動じていなかった。むしろ、ちょっと迷惑そう。

 

 そんな雰囲気を悟ったのか、少女の目から、ぶわっと更に涙が溢れ出した。一体どこから出ているのかと目を見張るほどの泣きっぷりだ。

 

「まっでぇ~、みすでないでぐだざ~い! おねがいですぅ~!!」

 

 ウサミミ少女が更に声を張り上げる。

 

「はぁ。ちょっと待ってろ。助けてくる」

「おいやめとけ。関わると面倒くさい」

「……ん」

 

 双頭ティラノが逃げるウサミミ少女の向かう先にハジメ達を見つけ、殺意と共に咆哮を上げた。

 

「「グゥルァアアアア!!」」

 

 それに敏感に反応するハジメ。

 

「アァ?」

 

 双頭ティラノの殺意に、ハジメの体が反応し、その意志が敵を殺せ!と騒ぎ立てた。次の瞬間、

 

ドパンッ!!

 

 乾いた破裂音が峡谷に響き渡り、恐怖にピンと立った二本のウサミミの間を一条の閃光が通り抜けた。そして、目前に迫っていた双頭ティラノの口内を突き破り後頭部を粉砕しながら貫通した。

 

「最初からそうすればいいのに」

「うるせぇ」

 

 力を失った片方の頭が地面に激突、慣性の法則に従い地を滑る。双頭ティラノはバランスを崩して地響きを立てながらその場にひっくり返った。

 

 その衝撃で、ウサミミ少女は再び吹き飛ぶ。狙いすましたようにハジメの下へ。

 

「きゃぁああああー! た、助けてくださ~い!」

 

 眼下のハジメに向かって手を伸ばすウサミミ少女。その格好はボロボロで女の子としては見えてはいけない場所が盛大に見えてしまっている。たとえ酷い泣き顔でも男なら迷いなく受け止める場面だ。

 

「アホか、図々しい」

 

 しかし、ハジメは一瞬で魔力駆動二輪を後退させると華麗にウサミミ少女を避けた。

 

「えぇー!?」

「よっと」

 

 驚愕の悲鳴を上げながら落下してきたウサミミ少女を剣の鞘を使い、器用に受け止める。

 

「ナイスキャッチ」

「早く捨てなさい。そんなもの」

 

 地面に激突することは防げたものの恐怖でピクピクと痙攣しているウサミミ。

 ハジメの肩越しにそれを見ていたユエは「……面白い」と酷い感想を述べた。

 そうこうしている内に双頭ティラノが絶命している片方の頭を、何と自分で喰い千切りバランス悪目な普通のティラノになった。

 普通ティラノがその眼に激烈な怒りを宿して咆哮を上げる。それを無視してウサミミ少女をゆっくり地面に下ろし、体中についている砂埃を払い落とす。

 

「ほらもう大丈夫だから巣におかえり」

「……い、いやいや全然大丈夫じゃないですよ!? でも受け止めてくださってありがとうございます!?」

 

 どうやら理解できない事態に混乱しているようだ。だが再び涙目になりながら、これまた意外に素早い動きでハジメの後ろに隠れる。

 あくまでハジメに頼る気のようだ。まぁ、自分だけだとあっさり死ぬし、ハジメが何かして片方の頭を倒したのも理解していたので当然といえば当然の行動なのだが。

 

「おい、こら。存在がギャグみたいなウサミミ! 何勝手に盾にしてやがる。巻き込みやがって、潔く特攻してこい!」

 

 ハジメのコートの裾をギュッと掴み、絶対に離しません! としがみつくウサミミ少女を心底ウザったそうに睨むハジメ。後ろの席に座るユエが、離せというように足先で小突いている。

 

「い、いやです! 今、離したら見捨てるつもりですよね!」

「当たり前だろう? なぜ、見ず知らずのウザウサギを助けなきゃならないんだ」

「そ、即答!? 何が当たり前ですか! あなたにも善意の心はありますでしょう! いたいけな美少女を見捨てて良心は痛まないんですか!」

「そんなもん奈落の底に置いてきたわ。つぅか自分で美少女言うなよ」

「な、なら助けてくれたら……そ、その貴方のお願いを、な、何でも一つ聞きますよ?」

 

 頬を染めて上目遣いで迫るウサミミ少女。あざとい、実にあざとい仕草だ。涙とか鼻水とかで汚れてなければ、さぞ魅力的だっただろう。実際に、近くで見れば汚れてはいるものの自分で美少女と言うだけあって、かなり整った容姿をしているようだ。白髪碧眼の美少女である。

 

 だが、目の前にいる男は普通ではなかった。

 

「いらねぇよ。ていうか汚い顔近づけるな、汚れるだろが。そもそもなにから助けるんだ?」

「……へ?」

 

 ハジメの言葉に少しだけ冷静さを取り戻すウサミミ。

 

─── 違和感

 

 そういえば先ほどからティラノの声が聞こえない。おそるおそるハジメの脇の下から顔を出してティラノへと顔を向ける。

 

「え、ええええっ!?」

 

 そこには全身が凍り付き、既に絶命しているティラノの姿が!

 

「し、死んでます……そんなダイヘドアが、どうして……」

 

 ウサミミ少女は驚愕も顕に目を見開いている。どうやらあの双頭ティラノは〝ダイヘドア〟というらしい。

 

 凍り付いたダイヘドアの死体をよく見ると一振りの銀の剣が心臓部へと突き刺さっていた。

 

「そこの馬鹿がお前を地面に下ろした直後、剣をあのティラノモドキに投擲した。まあお前はそれに気が付かなかったみたいだが」

「ちょっと回収してくる」

 

 サイドカーから降りてダイヘドアへと向かう紅。

 呆然としたままダイヘドアの死骸を見つめ硬直しているウサミミ少女だが、その間もユエに蹴られ、ハジメにしがみついたままである。さっきから、長いウサミミがハジメの目をペシペシと叩いており、いい加減本気で鬱陶しくなったハジメは脇の下の脳天に肘鉄を打ち下ろした。

 

「へぶぅ!!」

 

 呻き声を上げ、「頭がぁ~、頭がぁ~」と叫びながら両手で頭を抱えて地面をのたうち回るウサミミ少女。それを冷たく一瞥した後、ハジメは何事もなかったように魔力駆動二輪に魔力を注ぎ、紅のもとへ向かおうとする。

 だが「逃がすかぁ~!」と再びハジメの腰にしがみつくウサミミ少女。やはり、なかなかの打たれ強さだ。

 

「先程は助けて頂きありがとうございました! 私は兎人族ハウリアの一人、シアといいますです! 取り敢えず私の家族も助けてください!」

 

 そして、なかなかに図太い。

 あまりに必死に懇願するので、ハジメは仕方なく……〝纏雷〟をしてやった。

 

「アババババババババババアバババ!?」

「お前は鬼か」

 

 剣を回収した紅がハジメ達のもとへと戻る。だが目の前で起きている悲惨な現状にはさすがにドン引きだ。

 ウサミミ少女、改めシア・ハウリアのウサミミがピンッと立ちウサ毛がゾワッと逆だっている。〝纏雷〟を解除すると、ビクンッビクンッと痙攣しながらズルズルと崩れ落ちた。

 

「全く、非常識なウザウサギだ。行くぞ」

「ん……」

「おい待てハジメ」

 

 何事もなかったように再びバイクに魔力を注ぎ込み、発進させようするハジメを制止する。

 

「願いを何でも一つ聞いてくれるんだぞ。便利だし連れて行こう」

「お前、このゾンビみたいな女が好みだったのか……?」

「誤解が酷いが……樹海を案内してもらうのに丁度いい」

「……あ~」

 

 樹海は亜人族以外では必ず迷うと言われているため、兎人族の案内があれば心強い。それも自ら進んで案内してくれる亜人がいるのは正直言って有り難い。

 

「でもコイツに……?」

「うぅ~何ですか! その物言いは! さっきから、肘鉄とか足蹴とか、ちょっと酷すぎると思います! 断固抗議しますよ! お詫びに家族を助けて下さい!」

「あ、起きた」

「……不気味」

 

 血まみれで引きずられたまま決して離さないウサミミ少女……完全にホラーである。

 

「ったく、何なんだよ。取り敢えず話聞いてやるから離せ。ってさり気なく俺の外套で顔を拭くな!」

 

 話を聞いてやると言われパアァと笑顔になったシアは、これまたさり気なくハジメの外套で汚れた顔を綺麗に拭った。本当にいい性格をしている。

 

「ほらこれで顔を拭きなさい」

「ありがとうございます母様!」

「誰が母様だ」

 

 受け取ったハンカチで顔を拭い鼻をかむシア。あのハンカチはしっかり洗ってもらおう。

 

「というかそちらの方! よく私のような美少女をそうポンポンと……もしや殿方同士の恋愛にご興味が……だから先も私の誘惑をあっさりと拒否したんですね! そうでッあふんッ!?」

「誰がホモだ、ウザウサギ。まぁ、それは取り敢えず置いておくとして、お前の誘惑だがギャグだが知らんが、誘いに乗らないのは、お前より遥かにレベルの高い美少女がすぐ隣にいるからだ。ユエを見て堂々と誘惑できるお前の神経がわからん」

 

 そう言ってハジメはチラリと隣のユエを見る。つられてシアもユエを見た。ユエはハジメの言葉に赤く染まった頬を両手で挟み、体をくねらせてイヤンイヤンしていた。腰辺りまで伸びたゆるふわの金髪が太陽の光に反射してキラキラと輝き、ビスクドールの様に整った容姿が今は照れでほんのり赤く染まっていて、見る者を例外なく虜にする魅力を放っている。

 

 格好も、前面にフリルのあしらわれた純白のドレスシャツに、これまたフリル付きの黒色ミニスカート、その上から純白に青のラインが入ったロングコートを羽織っている。足元はショートブーツにニーソだ。どれも、オスカーの衣服に魔物の素材を合わせて、ユエ自身が仕立て直した逸品だ。高い耐久力を有する防具としても役立つ衣服である。

 

 ちなみに、ハジメは黒に赤のラインが入ったコートと下に同じように黒と赤で構成された衣服を纏っている。これもユエ作だ。当初、ユエはハジメにも白を基調とした衣服を着せてペアルック気味にしたがったのだが、流石に恥ずかしいのと、自身の髪が白色になっているので全身白は嫌だとハジメが懇願した結果、今のスタイルに落ち着いた。

 

 紅はもっと単純である。オスカーの衣服を漁っていたら見つけた、何故か紅のサイズとピッタリだった黒のノースリーブと黒のズボン、そして白いブーツ。その上から首元にボタンが四つだけついた口元まで隠れるほど襟の長い灰色のコートを羽織るだけ。一応ボタンは閉めているが袖は通さないという謎ファッション。それについてハジメが指摘したところ「この方がしっくりくるし、剣を隠せる」とのこと。本人がいいのならば構わないのだが……。

 

 そんな可憐なユエを見て、「うっ」と僅かに怯むシア。

 

 しかし、ハジメには身内補正が掛かっていることもあり、二人の容姿に関しては多分に主観的要素が入り込んでいる。

 

 少し青みがかったロングストレートの白髪に、蒼穹の瞳。眉やまつ毛まで白く、肌の白さとも相まって黙っていれば神秘的な容姿とも言えるだろう。手足もスラリと長く、ウサミミやウサ尻尾がふりふりと揺れる様は何とも愛らしい。ケモナー達が見れば感動して思わず滂沱の涙を流すに違いない。

 

「昔のハジメはウサミミ好きだったのに……」と小さく呟いた紅をハジメは無視する。

 

 だからこそシアは犯してしまった。言ってはならない禁忌の言葉を。

 

「で、でも! 胸なら私が勝ってます! そっちの女の子はペッタンコじゃないですか!」

 

〝ペッタンコじゃないですか〟〝ペッタンコじゃないですか〟〝ペッタンコじゃないですか〟

 

 峡谷に命知らずなウサミミ少女の叫びが木霊こだまする。恥ずかしげに身をくねらせていたユエがピタリと止まり、前髪で表情を隠したままユラリと二輪から降りた。

 

「……止めなくていいのか?」

「無理。絶対に無理」

 

 まったく動こうとしないハジメに溜息をつき、ユエの後ろをついていく紅。

 震えるシアのウサミミに、囁ささやくようなユエの声がやけに明瞭に響いた。

 

―――― ……お祈りは済ませた? 

―――― ……謝ったら許してくれたり

―――― ………… 

―――― 死にたくなぁい! 死にたくなぁい! 

 

「〝嵐帝〟」

「そこまで」

 

 突如発生した竜巻に巻き上げられ錐揉みしながら天に打ち上げられ……る寸前で竜巻が凍る。風獄竜のソレに比べればそよ風の様なものだ。

 

「……止めてくれるな」

「やかましい。魔力の無駄遣いするなって言っただろ。ハジメ、お前もだぞ」

「俺は悪くない。悪いのはそこのウザウサギだ」

 

 反省しようとしないハジメとユエ。

 

「うぅ~ひどい目に遭いました。こんな場面見えてなかったのに……」

 

 涙目で、しょぼしょぼとボロ布を直すシアは、意味不明なことを言いながら這い寄って来た。既にホラーだった。

 

「はぁ~、お前の耐久力は一体どうなってんだ? 尋常じゃないぞ……何者なんだ?」

 

 ハジメの胡乱な眼差しに、ようやく本題に入れると居住まいを正すシア。バイクの座席に腰掛けるハジメ達の前で座り込み真面目な表情を作った。もう既に色々遅いが……。

 

「改めまして、私は兎人族ハウリアの長の娘シア・ハウリアと言います。実は……」

 

 語り始めたシアの話を要約するとこうだ。

 

 シア達、ハウリアと名乗る兎人族達は【ハルツィナ樹海】にて数百人規模の集落を作りひっそりと暮らしていた。兎人族は、聴覚や隠密行動に優れているものの、他の亜人族に比べればスペックは低いらしく、突出したものがないので亜人族の中でも格下と見られる傾向が強いらしい。性格は総じて温厚で争いを嫌い、一つの集落全体を家族として扱う仲間同士の絆が深い種族だ。また、総じて容姿に優れており、エルフのような美しさとは異なった、可愛らしさがあるので、帝国などに捕まり奴隷にされたときは愛玩用として人気の商品となる。

 

 そんな兎人族の一つ、ハウリア族に、ある日異常な女の子が生まれた。兎人族は基本的に濃紺の髪をしているのだが、その子の髪は青みがかった白髪だったのだ。しかも、亜人族には無いはずの魔力まで有しており、直接魔力を操る術と、とある固有魔法まで使えたのだ。

 

 当然、一族は大いに困惑した。兎人族として、いや、亜人族として有り得ない子が生まれたのだ。魔物と同様の力を持っているなど、普通なら迫害の対象となるだろう。しかし、彼女が生まれたのは亜人族一、家族の情が深い種族である兎人族だ。百数十人全員を一つの家族と称する種族なのだ。ハウリア族は女の子を見捨てるという選択肢を持たなかった。

 

 しかし、樹海深部に存在する亜人族の国【フェアベルゲン】に女の子の存在がばれれば間違いなく処刑される。魔物とはそれだけ忌み嫌われており、不倶戴天の敵なのである。国の規律にも魔物を見つけ次第、できる限り殲滅しなければならないと有り、過去にわざと魔物を逃がした人物が追放処分を受けたという記録もある。また、被差別種族ということもあり、魔法を振りかざして自分達亜人族を迫害する人間族や魔人族に対してもいい感情など持っていない。樹海に侵入した魔力を持つ他種族は、総じて即殺が暗黙の了解となっているほどだ。

 

 故に、ハウリア族は女の子を隠し、十六年もの間ひっそりと育ててきた。だが、先日とうとう彼女の存在がばれてしまった。その為、ハウリア族はフェアベルゲンに捕まる前に一族ごと樹海を出たのだ。

 

 しかし、彼等の試みは、帝国により潰えた。樹海を出て直ぐに運悪く帝国兵に見つかってしまったのだ。巡回中だったのか訓練だったのかは分からないが、一個中隊規模と出くわしたハウリア族は南に逃げるしかなかった。

 

 全滅を避けるために必死に逃げ続け、ライセン大峡谷にたどり着いた彼等は、苦肉の策として峡谷へと逃げ込んだ。流石に、魔法の使えない峡谷にまで帝国兵も追って来ないだろうし、ほとぼりが冷めていなくなるのを待とうとしたのである。魔物に襲われるのと帝国兵がいなくなるのとどちらが早いかという賭けだった。

 

 しかし、予測に反して帝国兵は一向に撤退しようとはしなかった。小隊が峡谷の出入り口である階段状に加工された崖の入口に陣取り、兎人族が魔物に襲われ出てくるのを待つことにしたのだ。

 

 そうこうしている内に、案の定、魔物が襲来した。もう無理だと帝国に投降しようとしたが、峡谷から逃がすものかと魔物が回り込み、ハウリア族は峡谷の奥へと逃げるしかなかった。そうやって、追い立てられるように峡谷を逃げ惑い……

 

「……気がつけば、六十人はいた家族も、今は四十人程しかいません。このままでは全滅です。どうか助けて下さい!」

 

 最初の残念な感じとは打って変わって悲痛な表情で懇願するシア。恐らくユエと同じ先祖返りというやつだろう。

 

 話を聞き終ったハジメは特に表情を変えることもなく端的に答えた。

 

 「断る」

 

 紅の拳が炸裂した。

 




お・ま・け

「剣と融合って、なんかアレみたいだよな」
「……見せてやるよ」
「?」
「これが『最後の月牙天衝』だ」
「……お、おお、うおおおおおおお!?」
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