「グハッ」
「ハジメ!?」
紅の振りぬいた拳がハジメの腹部に直撃。かなり鈍い音が峡谷に響いた。
「な、なぜだぁ……なぜ俺を殴ったぁ……」
「こっちのセリフだ馬鹿。そんな奴に育てたおぼえはない」
「育てられたおぼえもねぇ……」
膝から崩れ落ちるハジメと心配するユエ。拳を握ったままの紅とポカンと口を開けたままのシア。場は混沌としていた。
少し時間が経ち、なんとか回復したハジメが魔力駆動二輪に跨ろうとする。紅は既にサイドカーに乗り込んでいた。それを見てようやく我を取り戻したシアは物凄い勢いで抗議の声を張り上げた。
「ちょ、ちょ、ちょっと! 何故です! 今の流れはどう考えても『何て可哀想なんだ! 安心しろ!! 俺が何とかしてやる!』とか言って爽やかに微笑むところですよ! 流石の私もコロっといっちゃうところですよ! 何、いきなり美少女との出会いをフイにしているのですか! って、あっ、無視して行こうとしないで下さい! 逃しませんよぉ! というか銀髪のあなた! あなたはこっちの味方じゃないんですか!?」
「いや、オレは案を出すだけで決めるのはハジメだ。さっきは人としてどうかと思ったから手を出した」
さっきまでの真面目で静謐な感じは微塵もなく、形振り構わない残念ウサギが戻ってきた。
足を振っても微塵も離れる気配がないシアに、ハジメは溜息を吐きながらジロリと睨む。
「あのなぁ~、お前等助けて、俺に何のメリットがあるんだよ」
「メ、メリット?」
「帝国から追われているわ、樹海から追放されているわ、お前さんは厄介のタネだわ、デメリットしかねぇじゃねぇか。仮に峡谷から脱出出来たとして、その後どうすんだよ? また帝国に捕まるのが関の山だろうが。で、それ避けたきゃ、また俺を頼るんだろ? 今度は、帝国兵から守りながら北の山脈地帯まで連れて行けってな」
「うっ、そ、それは……で、でも!」
「俺達にだって旅の目的はあるんだ。そんな厄介なもん抱えていられないんだよ」
「そんな……でも、守ってくれるって見えましたのに!」
「……さっきも言ってたな、それ。どういう意味だ? ……お前の固有魔法と関係あるのか?」
そう言えば、何故シアが仲間と離れて単独行動をしていたのかという点も疑問である。その辺りのことも関係あるのかと尋ねた。
「え? あ、はい。〝未来視〟といいまして、仮定した未来が見えます。もしこれを選択したら、その先どうなるか? みたいな……あと、危険が迫っているときは勝手に見えたりします。まぁ、見えた未来が絶対というわけではないですけど……そ、そうです。私、役に立ちますよ! 〝未来視〟があれば危険とかも分かりやすいですし! 少し前に見たんです! 貴方が私達を助けてくれている姿が! 実際、ちゃんと貴方に会えて助けられました!」
「〝未来視〟……便利だな。不意打ちを防げるのがいい」
シアの説明する〝未来視〟は、彼女の説明通り、任意で発動する場合は、仮定した選択の結果としての未来が見えるというものだ。これには莫大な魔力を消費する。一回で枯渇寸前になるほどである。また、自動で発動する場合もあり、これは直接・間接を問わず、シアにとって危険と思える状況が急迫している場合に発動する。これも多大な魔力を消費するが、任意発動程ではなく三分の一程消費するらしい。
「そんなすごい固有魔法持ってて、何でバレたんだよ。危険を察知できるならフェアベルゲンの連中にもバレなかったんじゃないか?」
ハジメの指摘に「うっ」と唸った後、シアは目を泳がせてポツリと零した。
「じ、自分で使った場合はしばらく使えなくて……」
「バレた時、既に使った後だったと……何に使ったんだよ?」
「ちょ~とですね、友人の恋路が気になりまして……」
「ただの出歯亀じゃねぇか! 貴重な魔法何に使ってんだよ」
「うぅ~猛省しておりますぅ~」
「やっぱ、ダメだな。何がダメって、お前がダメだわ。この残念ウサギが」
呆れたようにそっぽを向くハジメにシアが泣きながら縋り付く。ハジメが、いい加減引きずっても出発しようとすると、何とも意外な所からシアの援護が来た。
「……ハジメ、コウの言う通り樹海の案内に丁度いい。連れて行こう」
「ええ~」
話を聞くまではそれもいいと考えていたハジメだが、シア達はあまりに多くの厄介事を抱えているため逡巡する。
そんなハジメに、ユエは真っ直ぐな瞳を向けて逡巡を断ち切るように告げた。
「……大丈夫、私達は最強」
「訂正しろ。最強はオレだ」
「む……頑固者」
ユエと紅のやり取りに苦笑いするしかないハジメ。
兎人族の協力があれば断然、樹海の探索は楽になるのだ。それを帝国兵や亜人達と揉めるかもしれないから避けるべき等と〝舌の根も乾かぬうちに〟である。もちろん、好き好んで厄介事に首を突っ込むつもり等さらさらないが、ベストな道が目の前にあるのに敵の存在を理由に避けるなど有り得ない。
「……そうだな。おい、喜べ残念ウサギ。お前達を樹海の案内に雇わせてもらう。報酬はお前等の命だ」
言っていることは間違いではないが、セリフが完全にヤクザである。しかし、それでも、峡谷において強力な魔物を片手間に屠れる強者が生存を約束したことに変わりはなく、シアは飛び上がらんばかりに喜びを顕にした。
「あ、ありがとうございます!うぅ~、よがっだよぉ~、ほんどによがったよぉ~」
ぐしぐしと嬉し泣きするシア。しかし、仲間のためにもグズグズしていられないと直ぐに立ち上がる。
「あ、あの、宜しくお願いします! そ、それでお三方のことは何と呼べば……」
「ん? そう言えば名乗ってなかったか……俺はハジメ。南雲ハジメだ」
「西村紅」
「……ユエ」
「ハジメさんと紅さん、ユエちゃんですね」
「……さんを付けろ。残念ウサギ」
「ふぇ!?」
ユエの外見から年下と思っているらしく、ユエが吸血鬼族で遥に年上と知ると土下座する勢いで謝罪した。
「ほれ、取り敢えず残念ウサギも後ろに乗れ」
「ん。ならオレの代わりにサイドカーに乗るか? さすがに狭いだろ」
シアは少し戸惑っているようだ。それも無理はない。なにせこの世界に魔力駆動二輪等と言う乗り物は存在しないのだ。
「それだとお前はどうするんだ」
「正直走った方が速い」
「本気で並走する気なのか……」
とにかくシアをサイドカーへと座らせ軽くストレッチをする。シアは初めて見る乗り物とシートの柔らかさに驚いていた。ハジメは魔力駆動二輪に魔力を注ぎ込む。
「あ、あの。助けてもらうのに必死で、つい流してしまったのですが……この乗り物? 何なのでしょう? それに、みなさん魔法使いましたよね?ここでは使えないはずなのに……」
「あ~、それは道中でな」
「ハジメ、ついて来れるか?」
「……ついて来れるか、じゃねえ。てめえの方こついてきやがれ!」
そう言いながら、ハジメは魔力駆動二輪を一気に加速させ出発した。悪路をものともせず爆走する乗り物に、シアが「きゃぁああ~!」と悲鳴を上げた。地面も壁も流れるように後ろへ飛んでいく。
谷底では有り得ない速度に目を瞑ってギュッと車体にしがみついていたシアも、しばらくして慣れてきたのか、次第に興奮して来たようだ。カーブを曲がったり、大きめの岩を避けたりする度にきゃっきゃっと騒いでいる。
ハジメは道中、魔力駆動二輪の事やユエが魔法を使える理由、ハジメの武器がアーティファクトみたいなものだと簡潔に説明した。すると、シアは目を見開いて驚愕を表にした。
「え、それじゃあ、みなさんも魔力を直接操れたり、固有魔法が使えると……」
「ああ、そうなるな」
「……ん」
しばらく呆然としていたシアだったが突然、何かを堪える様に手で顔を覆う。そして、何故か泣きべそをかき始めた。
「……いきなり何だ? 騒いだり落ち込んだり泣きべそかいたり……情緒不安定なヤツだな」
「……手遅れ?」
「手遅れって何ですか! 手遅れって! 私は至って正常です! ……ただ、一人じゃなかったんだなっと思ったら……何だか嬉しくなってしまって……」
「「………」」
どうやら魔物と同じ性質や能力を有するという事、この世界で自分があまりに特異な存在である事に孤独を感じていたようだ。家族だと言って十六年もの間危険を背負ってくれた一族、シアのために故郷である樹海までも捨てて共にいてくれる家族、きっと多くの愛情を感じていたはずだ。それでも、いや、だからこそ、〝他とは異なる自分〟に余計孤独を感じていたのかもしれない。
シアの言葉に思う所があるのか考え込むように押し黙るユエ。おそらく、自分とシアの境遇を重ねているのだろう。共に、魔力の直接操作や固有魔法という異質な力を持ち、その時代において〝同胞〟というべき存在は居なかった。
だが、ユエとシアでは決定的な違いがある。ユエには愛してくれる家族が居なかったのに対して、シアにはいるということだ。それがユエに、嫉妬とまではいかないまでも複雑な心情を抱かせているのだろう。しかも、シアから見れば、結局、その〝同胞〟とすら出会うことができたのだ。中々に恵まれた境遇とも言える。
そんなユエの頭を撫でるハジメ。日本という豊かな国で何の苦労もなく親の愛情をしっかり受けて育ったハジメには、〝同胞〟がいないばかりか、特異な存在として女王という孤高の存在に祭り上げられたユエの孤独を、本当の意味では理解できない。それ故、かけるべき言葉も持ち合わせなかった。出来る事は、〝今は〟一人でないことを示す事だけだ。
そんなハジメの気持ちが伝わったのか、ユエは、無意識に入っていた体の力を抜いて、より一層ハジメに背を預けた。まるで甘えるように。
「あの~、私のこと忘れてませんか? ここは『大変だったね。もう一人じゃないよ。傍にいてあげるから』とか言って慰めるところでは? 私、コロっと堕ちゃいますよ?チョロインですよ? なのに、せっかくのチャンスをスルーして、何でいきなり二人の世界を作っているんですか! 寂しいです! 私も仲間に入れて下さい! 大体、お二人は……」
「「黙れ残念ウサギ」」
「……はい……ぐすっ……ってそういえば紅さんを置き去りにしてますがいいんですか!?」
「誰が置き去りにされたって?」
「「!?」」
突如聞こえてくる声に驚愕するのはユエとシア。ハジメは溜息を吐くだけだった。
「こ、紅さん!? ええ!? この速度に走って追いつくなんてありえないですよ!」
「……これはさすがに予想外」
「さっきから何度か突き離そうとしたんだが一向に離れなくてな。こいつはもう人間じゃないのかもしれない」
ずっとハジメ達の後ろをついて走っていた紅はさらに加速しとうとう並んだ。
「失礼だな。それでシア・ハウリア。他の兎人族のいる場所はまだなのか? この先に魔物の群れがいるようだが」
紅の言う通り、遠くで魔物の咆哮が聞こえた。どうやら相当な数の魔物が騒いでいるようだ。
「! ハジメさん! もう直ぐ皆がいる場所です! あの魔物の声……ち、近いです! 父様達がいる場所に近いです!」
「だぁ~、耳元で怒鳴るな! 聞こえてるわ! 飛ばすからしっかり掴まってろ!」
魔力を更に注ぎ、二輪を一気に加速させる。壁や地面が物凄い勢いで後ろへ流れていく。
「あれだな」
二十から四十人ほどの人影が岩陰に逃げ込み必死に体を縮めている。その人影を上空から睥睨しているのは体長は三~五メートル程のワイバーンモドキ。
「ハ、ハイベリア……」
シアの震える声が聞こえた。あのワイバーンモドキは〝ハイベリア〟というらしい。ハイベリアは全部で六匹はいる。兎人族の上空を旋回しながら獲物の品定めでもしているようだ。
そのハイベリアの一匹が遂に行動を起こした。大きな岩と岩の間に隠れていた兎人族の下へ急降下すると空中で一回転し遠心力のたっぷり乗った尻尾で岩を殴りつけた。轟音と共に岩が粉砕され、兎人族が悲鳴と共に這い出してくる。
ハイベリアは「待ってました」と言わんばかりに、その顎門を開き無力な獲物を喰らおうとする。狙われたのは二人の兎人族。ハイベリアの一撃で腰が抜けたのか動けない小さな子供に男性の兎人族が覆いかぶさって庇おうとしている。
このままいけば二人の家族は無残にもハイベリアの餌になるだろう。
ドパンッ!! ドパンッ!!
「ナイスショット」
峡谷に二発の乾いた破裂音が響くと同時に二条の閃光が虚空を走る。その内の一発が、今まさに二人の兎人族に喰らいつこうとしていたハイベリアの眉間を狙い違わず貫いた。頭部を爆散させ、蹲る二人の兎人族の脇を勢いよく土埃を巻き上げながら滑り、轟音を立てながら停止する。
「な、何が……」
先程、子供を庇っていた男の兎人族が呆然としながら、目の前の頭部を砕かれ絶命したハイベリアを見ながら呟く。
「みんな~、助けを呼んできましたよぉ~!」
その聞きなれた声音に、これは現実だと理解したのか兎人族が一斉に彼女の名を呼んだ。
「「「「「「「「「「シア!?」」」」」」」」」」
ハジメは、シアの服を鷲掴みにする。それに気がついたシアが疑問顔でハジメを見た。ハジメは前方を向いているため表情は見えないが、何となく不穏な空気を察したシアが恐る恐る尋ねた。
「あ、あの、ハジメさん?どうしました? なぜ、服を掴むのです?」
「ははは。そんなに元気なら働かせてやろうと思ってな」
「は、働くって……な、何をするのです?」
「なに、ちょっと飢えた魔物の前にカッ飛ぶだけの簡単なお仕事だ」
「!? ちょ、何言って、あっ、持ち上げないでぇ~、振りかぶらないでぇ~」
焦りの表情を顕にしてジタバタもがくシアだが、筋力一万超のハジメに敵うはずもなくあっさり持ち上げられる。
ハジメは片手でハンドルを操作すると二輪をドリフトさせ、その遠心力も利用して問答無用に、上空を旋回するハイベリア達へ向けてシアをぶん投げた。
「それ逝ってこい! 残念ウサギ!」
「いやぁあああーー!!」
「何やってんだお前は……」
物凄い勢いで空を飛ぶウサミミ少女。シアの悲鳴が峡谷に木霊する。有り得ない光景に兎人族達が「シア~!」と叫び声を上げながら目を剥き、ハイベリアも自分達に向かって泣きながらぶっ飛んでくる獲物に度肝を抜かれているのか、シアが眼前を通り過ぎても硬直したまま上空を見上げているだけだった。
そして、その隙を逃すハジメではない。滞空するハイベリア等いい的である。銃声が四発鳴り響き、放たれた弾丸が寸分のズレもなくハイベリア達の顎を砕き貫通して、そのまま頭部を粉砕した。
「あぁあああ~、たずけでぇ~!」
慌ててシアの落下地点に駆けつけた紅が落下してきたシアを見事にキャッチする。
「こらハジメ! 人を投げ飛ばす奴があるか!」
「お前だって俺らを投げ飛ばしたことあるじゃねぇか」
「うぅ~、私の扱いがあんまりですぅ。待遇の改善を要求しますぅ~。私もユエさんみたいに大事にされたいですよぉ~」
しくしくと泣きながら抗議の声を上げるシア。投擲とキャッチの衝撃で更にボロボロになった衣服を申し訳程度に纏い、足を崩してシクシク泣くシアの姿は実に哀れを誘った。鬱陶しそうなハジメは宝物庫から予備のコートを取り出し、シアの頭からかけてやった。これ以上、傍でめそめそされたくなかったのだろう。反省の色が全くない。
「ほらいい加減に泣き止みなさい。さっき渡したハンカチがあるだろ?」
「うぅ~、あれグチャグチャで使いたくないですぅ~」
「誰がグチャグチャにしたと思ってるんだ。……今ハジメがくれたコートを見てみろ。ユエとおそろいの白色だ。これがどういう事かわかるか?」
シアのウサミミがピン!と立つ。事態を理解するとにへらっと笑い、いそいそとコートを着込んだ。
「も、もう! ハジメさんったら素直じゃないですねぇ~、ユエさんとお揃いだなんて……お、俺の女アピールですかぁ? ダメですよぉ~、私、そんな軽い女じゃないですから、もっと、こう段階を踏んでぇ~」
モジモジしながらコートの端を掴みイヤンイヤンしているシア。それに再びイラッと来たハジメは無言でドンナーを抜き、シアの額目掛けて発砲した。
「はきゅん!」
「あ~あ」
弾丸は炸薬量を減らし先端をゴム状の柔らかい魔物の革でコーティングしてある非致死性弾だ。ただ、それなりの威力はあるので、衝撃で仰け反り仰向けに倒れると、地面をゴロゴロとのたうち回るシア。「頭がぁ~頭がぁ~」と悲鳴を上げている。だが、流石の耐久力で直ぐに起き上がると猛然と抗議を始めた。
「シア! 無事だったのか!」
「父様!」
真っ先に声をかけてきたのは、濃紺の短髪にウサミミを生やした初老の男性だった。父様と呼ばれているという事はシアの父親なのだろう。
紅は何か思う事でもあったのかハジメ達から少し離れる。
(……なんだ?)
うなじのあたりがムズムズする。嫌な予感、虫の知らせという程のものではないが。
「………」
「紅!なにしてんだ、行くぞ!」
「ん?」
いつの間にか兎人族との話し合いも終わり、出口まで出発するようだ。何故かイラついているハジメだが何かあったのだろうか。額に青筋が浮かんでいる。
「ああ、悪い。考え事してた。これだけのウサミミが集まると壮観だな」
全員で42人。だが元の人数よりもかなり減っているとを考えるとやるせなさがあるが。
ハジメを先頭にウサミミをぞろぞろ引き連れて峡谷を歩く。
当然、数多の魔物が絶好の獲物だとこぞって襲ってくるのだが、ただの一匹もそれが成功したものはいなかった。化物3人係での警護だ。無理もない。
道中、小さな子供達がそのつぶらな瞳をキラキラさせて圧倒的な力を振るうハジメを見ていたり、それをネタにシアがからかい銃撃を浴びせられたりしたが順調に峡谷を進んでいった。
そうこうしている内に、一行は遂にライセン大峡谷から脱出できる場所にたどり着いた。ハジメが固有魔法〝遠見〟で見た限り、中々に立派な階段があるらしい。岸壁に沿って壁を削って作ったのであろう階段は、五十メートルほど進む度に反対側に折り返すタイプのようだ。階段のある岸壁の先には樹海も薄らと見える。ライセン大峡谷の出口から、徒歩ですぐの場所が樹海になっているようだ。
「帝国兵はまだいるでしょうか?」
「ん? どうだろうな。もう全滅したと諦めて帰ってる可能性も高いが……」
「そ、その、もし、まだ帝国兵がいたら……どうするのですか?」
質問の意図がわからず首を傾げるハジメに、意を決したようにシアが尋ねる。紅は黙って一行の後ろを歩き、兎人族も聞き耳を立てているようだ。
「今まで倒した魔物と違って、相手は帝国兵……人間族です。ハジメさん達と同じ。……敵対できますか?」
「残念ウサギ、お前、未来が見えていたんじゃないのか?」
「はい、見ました。帝国兵と相対するハジメさんを……」
「だったら何が疑問なんだ?」
「疑問というより確認です。帝国兵から私達を守るということは、人間族と敵対することと言っても過言じゃありません。同族と敵対しても本当にいいのかと……」
「だから、人間族と敵対することの何が問題なのかって言ってるんだ」
「そ、それは、だって同族じゃないですか……」
「お前らだって同族に追い出されてるじゃねぇか」
「それは、まぁ、そうなんですが……」
「大体、根本が間違っている」
「根本?」
さらに首を捻るシア。周りの兎人族も疑問顔だ。
「いいか? 俺は、お前等が樹海探索に便利だから雇った。んで、それまで死なれちゃ困るから守っているだけ。断じて、お前等に同情してとか、義侠心に駆られて助けているわけじゃない。まして、今後ずっと守ってやるつもりなんて毛頭ない。そもそも紅とユエが言わなかったらお前等を案内に使う事すらしなかった。忘れたわけじゃないだろ?」
「うっ、はい……覚えてます……」
「だから、樹海案内の仕事が終わるまでは守る。自分のためにな。それを邪魔するヤツは魔物だろうが人間族だろうが関係ない。道を阻むものは敵、敵は殺す。それだけのことだ」
「な、なるほど……」
何ともハジメらしい考えに苦笑いする。シアの〝未来視〟は絶対ではない。見えた未来通りになる確立は高いがそれでも不安なあったのだろう。万一、帝国側につかれては今度こそ死より辛い奴隷生活が待っている。表には出さないが〝自分のせいで〟という負い目があるシアは、どうしても確認せずにはいられなかったのだ。
「シア・ハウリア。聞きたいんだがお前の視た未来ではハジメが帝国兵と相対していたんだよな。その時オレは何をしてたんだ?」
「えっ! えっとぉ、紅さんは……何していたんですかねぇ?」
「おい真面目に答えろ残念ウサギ」
「ま、真面目に答えてますよぉ! ただ私の〝未来視〟も万能ではなくてですね……正直紅さんに関しては視えなかったんですよね……」
手を頭の上に置きたはは、と笑うシア。未来視などという強力な力。穴がない方がおかしいだろう。
一行は、階段に差し掛かった。ハジメを先頭に順調に登っていく。帝国兵からの逃亡を含めて、ほとんど飲まず食わずだったはずの兎人族だが、その足取りは軽かった。亜人族が魔力を持たない代わりに身体能力が高いというのは嘘ではないようだ。
そして、遂に階段を上りきり、ライセン大峡谷からの脱出を果たす。
登りきった崖の上、そこには……
「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ~こりゃあ、いい土産ができそうだ」
三十人の帝国兵がたむろしていた。周りには大型の馬車数台と、野営跡が残っている。全員がカーキ色の軍服らしき衣服を纏っており、剣や槍、盾を携えており、兎人族を見るなり驚いた表情を見せた。
だが、それも一瞬のこと。直ぐに喜色を浮かべ、品定めでもするように兎人族を見渡した。
「小隊長! 白髪の兎人もいますよ! 隊長が欲しがってましたよね?」
「おお、ますますツイテルな。年寄りは別にいいが、あれは絶対殺すなよ?」
「小隊長ぉ~、女も結構いますし、ちょっとくらい味見してもいいっすよねぇ? こちとら、何もないとこで三日も待たされたんだ。役得の一つや二つ大目に見てくださいよぉ~」
「ったく。全部はやめとけ。二、三人なら好きにしろ」
「ひゃっほ~、流石、小隊長! 話がわかる!」
帝国兵は、兎人族達を完全に獲物としてしか見ていないのか戦闘態勢をとる事もなく、下卑た笑みを浮かべ舐めるような視線を兎人族の女性達に向けている。兎人族は、その視線にただ怯えて震えるばかりだ。
「あぁ? お前誰だ? 兎人族……じゃあねぇよな?」
ハジメは、帝国兵の態度から素通りは無理だろうなと思いながら、一応会話に応じる。
「ああ、人間だ」
「はぁ~? なんで人間が兎人族と一緒にいるんだ? しかも峡谷から。あぁ、もしかして奴隷商か? 情報掴んで追っかけたとか? そいつぁまた商売魂がたくましいねぇ。まぁ、いいや。そいつら皆、国で引き取るから置いていけ」
勝手に推測し、勝手に結論づけた小隊長と呼ばれた帝国兵は、さも自分の言う事を聞いて当たり前、断られることなど有り得ないと信じきった様子で命令した。
答えは当然決まっている。
「断る」
「……今、何て言った?」
「断ると言ったんだ。こいつらは今は俺のもの。あんたらには一人として渡すつもりはない。諦めてさっさと国に帰ることをオススメする」
聞き間違いかと問い返し、返って来たのは不遜な物言い。小隊長の額に青筋が浮かぶ。
「あぁ~なるほど、よぉ~くわかった。てめぇが唯の世間知らず糞ガキだってことがな。ちょいと世の中の厳しさってヤツを教えてやる。くっくっく、そっちの嬢ちゃんえらい別嬪じゃねぇか。てめぇの四肢を切り落とした後、目の前で犯して、奴隷商に売っぱらってやるよ」
その言葉にハジメは眉をピクリと動かし、ユエは無表情でありながら誰でも分かるほど嫌悪感を丸出しにしている。目の前の男が存在すること自体が許せないと言わんばかり、ユエが右手を掲げようとした。
だが、それを制止するハジメ。訝しそうなユエを尻目にハジメが最後の言葉をかける。
「つまり敵ってことでいいよな?」
「落ち着け。すみません帝国兵の皆さん。オレ達は彼らを安全なところもまで護衛するのが仕事なんです。なので何もせず、そこを退いてくれるだけで……」
「あぁ!?まだ状況が理解できてねぇのか!てめぇらは、震えながら許しをこッ!?」
ドパンッ!!
想像した通りに怯えないことに苛立ちを表にして怒鳴る小隊長だったが、その言葉が最後まで言い切られることはなかった。なぜなら、一発の破裂音と背後の木々が吹き飛んだからだ。
「……なぜ、邪魔をした? こいつらは敵だぞ」
「オレは落ち着けといった。意味のない、無駄な殺生をするほど暇じゃないだろ」
ハジメは小隊長の眉間を狙って射撃した。それが当たらず背後の木に当たったのは紅が銃身をすらしたからだ。
何が起きたのか分からず、震えながら尻もちをつく小隊長。他の兵士たちも同様だ。
「殺す必要は無い。気絶させて縛っておけばそれで済む」
「お前は甘すぎる。こいつらは敵だ、敵は殺す」
「こんなのも一々相手してたらキリがない。せめて殺すべき相手と殺さない相手を選ぶべきだ」
「それが甘いって言ってんだ!!」
「ハジメ……」
ヒートアップしていく紅とハジメの喧嘩にユエと兎人族は戸惑うしかない。その間にも混乱が解けたのか帝国兵達は武器を取り、紅達へ向ける。
ビシッ
『ガアッ……』
だが次の瞬間、30人いた兵士達のうち20人が一斉に倒れ伏す。死んではいない、ただ紅がほとんど同時に気絶させただけだ。
「敵は殺すっつってんだろうが」
「オレの敵は帝国兵じゃない。敵対したからと言って殺す理由にはならないな」
残った10人の帝国兵に銃を向けるハジメとそれを止める紅。帝国兵達の戦意はとうに消え失せていた。
「チッ! ……おい! 他の兎人族がどうなったか教えてもらおうか。結構な数が居たはずだが……全部、帝国に移送済みか?」
なんとか諦めてくれたハジメが帝国兵に問いかける。それにビクつきながらも一人の兵士が答えた。
「……た、たぶん、全部移送済みだと思う。人数は絞ったから……」
〝人数を絞った〟それは、つまり老人など売れそうにない兎人族は殺したということだろう。兵士の言葉に、悲痛な表情を浮かべる兎人族達。ハジメは、その様子をチラッとだけ見やる。直ぐに視線を兵士に戻すともう用はないと瞳に殺意を宿した。
「待て! 待ってくれ! 他にも何でも話————」
ドスッ
「……ぇ……?」
だがその続きを語ることはなかった。背後に生い茂る樹海、そこから一本の
お・ま・け
「剣と融合するだけじゃなく、創りだせるようになるとかマジで意味不明だな」
「そうか? よく考えてみろ。オレの体は(銀)剣でできているんだぞ」
「!?」
「貴様が挑むのは無限の剣。剣戟の極地。恐れずしてかかってこい」
「お、おお、うおおおおおおおおっ!?」