「ッ! 全員逃げろ!!」
紅の叫びとほぼ同時に樹海から先ほどと同じ樹の根が、今度は100に届く物量で襲い掛かってくる。
「がああああっ!!」「な……なん、で」「「ひぃ、く、来るなぁ!」
樹の根が次々と帝国兵を突き刺し巻き付き、樹海の奥へと引きずり込んでいく。それらは当然紅やハジメ、兎人族にも狙いを定めていた。
「チィッ! おい、どうなってんだ!? 樹海ってのは樹の根が襲いかかってくるのか!?」
「そ、そんなはずがありません! こんな事今まで見たこともないですよぉ! ひぃ! お助けぇ!」
襲い掛かってくる樹の根を銃で、魔法で、剣で撃退しながら樹海から離れる様に後退していく。
(これは〝
「きゃあぁぁぁーーーー!!!」
「!?」
一瞬思考がそれた。だがその一瞬で一本の樹の根がハジメ達の弾幕を潜り抜け、シアに巻き付き樹海の奥へ連れ去っていく。
「シアーー!!」
「チッ!」
ドパンッ! ドパンッ!
シアに巻き付く樹の根を狙って発砲する。だが間に他の根が挟まりシアまで届かなかった。
「ッ!」
〝銀気闘法〟紅はコートを脱いで腰に巻き付け、肉体から銀気を放出する。
「ハジメとユエは兎人族を死守しろ! シア・ハウリアはオレが連れ戻す!」
「なっ、待て紅!」
ハジメの制止を無視して樹海の中に飛び込む。だが当然近づけば近づくほど襲い掛かる樹の根も増えるわけだが……
「邪魔だ」
ピシッ パキッ
その一切合切を凍らせ砕きながら進み続ける。そして紅の銀気で凍ったという事はこの樹の根には魔力があるという事だ。
(……可能性が高くなった。急がないと)
連れ去られたシアに追いつくため更に速度を上げる。
紅の通った跡には美しくも怖ろしい、氷の道が出来上がっていた。
「森が次の食材を見つけたようだね。グフッ、グフフッ」
樹海の奥、樹の根でできた椅子に腰かける極度の肥満体の巨男。服は着ておらず、その肌には幾重もの線が浮かび上がっている。
だが注目するべき所はこの男の容姿ではない。この男の行っている行為だ。
バリボリッ ボリビチャァ
大きく音を鳴らしながら何かを貪る巨男。よく見れば周りには血が飛び散っている。
紅達が峡谷を抜けた時、目の前に見えた樹海は【ハルツィナ樹海】
『蠢く木陰』
大木の下半分を竜化させ、枝と葉で日光を遮りながら歩く森。主を日差しから守り、自ら食材を集め献上する猟犬。移動式陣地。
それが【ハルツィナ樹海】と【ライセン大峡谷】の間にあったのだ。
「グフフフ。来たね来たね、次のおやつだぁ」
〝蠢く木陰〟によって捕らわれた次の
「ぎぃゃあぁぁーーー!! 死にたくなぁーーーい!!」
「ギュフ? 白髪の兎人? へぇ珍しいね」
巨男の前にペイッと捨てられる。エサを丁重に扱うようにはできていないのだ。
「痛っ。うぅ~今日はなんだか雑に扱われてばかりですぅ……へ?」
「やあこんにちは。きみ亜人なのに魔力を持ってるんだね」
「え、えっと、こんにち……ひっ……」
意外と気さくな巨男に少し安心しかけるもその手に持っているモノを見て、真っ青になるシア。
「そ、それは……」
「うん? これかい? これは私のおやつだよ」
そう言って手に持っているモノをシアに近づける。シアはより一層青褪めた顔で吐きそうになるのを堪える。
「ど、どうして……どうして
シアの叫びが森に響く。
巨男が先ほどから食していたモノ……それは先ほど根によって引きずり込まれた帝国兵達だった。
いや、それだけではない。この男の後ろには人の骨と思われる残骸の山が出来ていた。何人、何十人などという規模ではない。千は超えるだろう数の人骨。中には恐らく人間族だけでなく亜人族も……。
「うぇっ……」
ついに堪えきれずに吐き出すシア。それを面白そうに眺める巨男。
「ハハハ。そんなに怖がらなくていいよ。痛みなんて一瞬さ!」
理解のできない言葉。本能でわかる。目の前にいるのは圧倒的捕食者であり、自分は餌でしかないのだと。こんな未来は視えていなかった。
「我らが偉大なる神は、供物として人間の作る菓子や料理を好まれるという……。私のような血族の末席では偉大な神の味覚を理解することはできず残念だが、今だけは喜びが勝る」
巨男の腹部が割ける。割けた腹が開き、内部には無数の長い舌とみっしりと詰まった歯が並んでいた。その様はまるで食虫植物のようだ。
無数の長い舌がシアの体に纏わりつき、口へと運んでいく。
「ひっ、だ、誰かたすけっ……」
「ギュフフ、いただきまー………ん?」
ドドドドドドドッ
地響きのような音が聞こえ、食事を中断する。音は途轍もない速さでシア達の方へ向かってきていた。
そして音の正体が、ようやく見える。
「!! おい止まれ! そこの銀色のお前! ここは私有地だぞ!? これ以上の破壊行為は許されな――─い゛い゛!?」
瞬間、巨男の顔面にドロップキックが炸裂、同時に手を振ってシアに巻き付く舌を断ち切る。
「ぐっ! ぶひゅっ……」
シアに巻き付けていた舌を切られたことで支えがなくなり、地面を何度も弾みながら吹き飛んでいく巨男。
解放されたシアは地面に尻を強くぶつけてしまい、もがきながらも助けてくれた恩人に礼を言おうと顔を上げる。
「こ、紅さん!? 助けに来てくれたんですね!? あ゛りがどうございばず~!!」
「おいあまり近づくな。お前まで凍るぞ。……間に合ってよかった」
涙と鼻水でグシャグシャのシアに予備のハンカチを渡す。正真正銘最後のハンカチだ。
「うぅ~、ありがとうございま―――ひぃっ」
「きぃぃぃさぁぁぁま゛ぁぁぁ!!」
ズシンッという重い音と共に紅の背後になにかが着地する。その存在にシアは怯え、紅は………それを意にも介さず無視を貫いた。
「
喚き散らす巨男……だった化物。姿形が先ほどとは全く異なっていた。顔を蹴られた怒りから竜形態に成ったのだろう。
丸々と太った身体に小さな羽が生えた、まるでカエルのような姿。実に醜い。
「おのれ貴様! この第八位階竜メルグブデ様の森にそんな銀気まみれで突入してくるとは! なんたる暴挙か! 礼儀を知らんのか卑怯者め!」
見苦しいデブ……翼の血族 第八位階メルグブデに面倒くさそうに振り向く紅。だがその瞳には信じられないほどの殺意が込められていた。
「……おい、ボルギウスはどうした」
「黙れ! 下賎な人間如きが! 脱げ! 今すぐその汚らしい銀気を脱げ!」
「………。わかった」
「え、ちょっと紅さん!?」
(馬鹿がっ!!!本当に纏うのをやめやがった!)
紅が銀気を解いた瞬間、メルグブデは口を大きく開けて紅とシア、二人まとめて丸のみにしようと跳び込む。その巨体からは考えられないほど軽やかで素早い動き。
(銀気を纏った人間など初めて見たが銀気が無ければただの人間!今すぐグチャグチャに嚙み潰してや───!!?)
メルグブデの目が限界まで開かれる。次の瞬間には喰われるはずの紅の左手には煌々と輝く銀の球体があった。
紅は銀気を解いたのではない。銀気を一ヶ所に集中・圧縮したのだ。
紅はその球体を、跳びついてきたメルグブデの口内に投げ込む。
バクンッ
喰った。だが実際にメルグブデが喰らったのは球体のみ。紅はシアを抱えてメルグブデの背後に立っていた。文字通り目で追えない速さ。これもまた紅の強さの一つだろう。
「爆発しろ」
シアを抱えたまま少し距離を取る。するとメルグブデの体内で球体が破裂、圧縮された銀気はまるで噴火の如き勢いで内側から爆散・凍結させた。
その爆発の威力は凄まじく、メルグブデだけに留まらず移動式陣地・蠢く木陰までも凍り付かせてしまった。シアを離したのはそのためだ。魔力を持つシアでは一緒に凍結してしまう。
爆発の勢いで空高くまで上がった木々が落ちてくるもすべて躱して安全圏まで避難する。
「……怪我はないか? 来るのが遅れて悪かったな」
「……え? あれ!? さっきの怪物は!? というか紅さんの方こそお怪我はありませんか!?」
「あるわけないだろ。たかだか第八位階程度に苦戦するわけにはいかないさ」
「第八……位階?」
聞きなれない単語に首をかしげるシア。紅は予想が外れ、内心舌打ちをする。
(
「まあいい。帰るぞハジメ達が待ってる」
「ま、待ってくださいっ。腰が抜けてっ……」
「………はぁ」
先程まででは考えられないほど気の抜けた声に、溜息を吐いた。
「……チッ。あいつら何時になったら戻ってくるんだ!」
「……ハジメ、心配なら探しに行けばいい。攻撃も止んだ……兎人族のことなら私にまかせて」
紅がシアを救出しに樹海へ突っ込んで行った後、ハジメ達への攻撃は止んで静かになった。
「お、お願いしますハジメ殿っ。どうかシアを、娘をお救いください!」
ハウリア族族長、シアの父カム・ハウリアは深く頭を下げる。今まで多くの同胞を失ったが当然慣れるはずがない。カムの頼みにハジメは一つ息を吐く。
「紅なら問題ないとは思うが……ん?」
「ハジメ?」
〝気配感知〟に反応がある。この気配は……。
「父様ー! ハジメさーん! ユエさーん! みんなー! ただいまですぅー!」
「「「「「「「「「「シアーー!!」」」」」」」」」」
シアが手を振りながら樹海から出てきた。なぜか紅に抱えられて。
「う、うぅ~、やっぱり少し恥ずかしいですねぇ……」
「誰のせいだと」
シアが回復するまで待つわけにもいかず、仕方なく抱えて運んできたのだがどうも不満そうな顔をしている紅にシアは訊ねる。
「あの紅さん……ひょっとして私、お、重い、ですか?」
「ん? いやそれは別にどうでもいいんだけど……目当ての敵がいると思ってたのにいなかったから拍子抜けだっただけだ」
「ど、どうでもいい……。ですが先ほどの怪物はなんだったのでしょうか……紅さんはなにか知ってますか?」
「紅! 無事だな。それでさっきの根はなんだったんだ?」
ハジメ達が駆けつけてくる。ようやく回復したシアはカムの元へと向かい、紅もまたハジメと合流した。
「大した敵じゃない。話は道中にして先を急ごう。……帝国兵を守れなかったのは心残りだが」
「……まだんなこと言ってんのか。敵対した奴等の末路なんざどうでもいいだろ」
ハジメは、魔力駆動二輪を〝宝物庫〟から取り出し帝国兵の持っていた馬車に連結させる。せっかくの馬と馬車を有効活用しようというわけだ。馬に乗る者と分けて一行は樹海へと進路をとった。
七大迷宮の一つにして、深部に亜人族の国フェアベルゲンを抱える【ハルツィナ樹海】を前方に見据えて、ハジメが魔力駆動二輪で牽引する大型馬車二台と数十頭の馬が、それなりに早いペースで平原を進んでいた。
「それで? ウザウサギやら帝国兵やらのせいで有耶無耶になってたが、結局〝翼〟ってのは何なんだ? お前の様子からしてさっきの〝樹の根〟の襲撃も関係あるんだろ?」
「鋭い。そうだな、それについてもそろそろ説明しないとな」
「……それってひょっとして、あの第八位階? さんとも関係のある話ですか……?」
「ああ、かなり大事な話だからしっかり聞けよ」
紅の一言に一同緊張が走る。それほど重要な事なのだろう。
まず頭の中で伝える必要のある情報と不要な情報を整理する。すべてを教える必要はない。
「まずオスカーの言ってたっていう〝翼〟ってのはとある種族のことだ」
「種族……ですか?」
シアが首をかしげる。確かに先ほど見たメルグブデはとても人には見えなかった。
「ああ。正確には〝翼の血族〟と呼ばれている。古より存在する魔の血族。陽の光と銀気を嫌う人類の天敵、捕食者」
「翼の血族……聞いたことがないな。それなりに勉強したはずなんだが。ユエはどうだ?」
「……ん、私も初めて聞く。でも聞いてると魔物みたい」
「実際人よりも魔物に近い。その姿は完全に竜のそれだ。だからオレは奴らのことを『竜』と呼んでいる」
「ッ……まさか竜人族!?」
ハジメに抱き着くようにして二輪に乗っているユエが驚きの声を上げる。竜人族は五百年以上前に滅びたとされる種族。三百年の時を生きるユエにとっても伝説であり憧れだ。
「いや違う。確かに〝血族〟は竜人族と同じく人型と竜形を使うが、まず根本的に違う」
「? よくわからねぇな。要するにどっちも人と竜の姿を使い分けられる種族なんだろ?何が違うんだ?」
今度はハジメから問いかけられた。だがその問いに関する解答は単純だ。
「翼の血族はこの世界の外から来た。つまりオレやハジメと同じ異世界の存在だ」
「!?」
今から数千年前、オスカー達『解放者』が活動し始める少し前にこの世界、トータスに侵入してきた侵略者。それが根本的に違う理由である。そもそもどれだけ姿形が似ていようと中身が全く異なる異形。
「できれば相対しても戦わず逃げてほしい。奴等は一体一体が国を亡ぼしうる力を持っている。それぞれが固有の魔法を持ち、なおかつほぼ無尽蔵に手下である下位竜を生み出せる。さすがに全員ではないがユエ並みの不死性と再生能力を備えた化物どもだ」
その言葉にシアは先ほどの恐怖を思い出し震える。紅が簡単に倒していたことから勘違いしていたがメルグブデは決して弱くない。奴の持つ魔法はハジメやユエでも対処の難しいものだった。何が起きたのかすらわからず喰われていた可能性だってある。
「わからねぇな。そいつ等は神の野郎に召喚されたのか? それとも……」
「血族は自力でこの世界に来ている。奴等の目的は一つ。神エヒトを殺すこと。それが奴等の崇める『竜の神』からの神託らしい」
「神を殺す? 仮にも神代魔法を持つ解放者達でも殺せなかった奴をか? それ程の強さなのか……」
「戦えば間違いなく翼の血族が勝つだろう。エヒトもそれを悟っているから神域に閉じこもっているわけだが……それも時間の問題だろうな。遅かれ早かれ血族は神域に到達する」
それがあと数年後か数十年後か。紅の知る未来ではその前に神は殺されたのだが。
「話すことはこのくらいだな。何度もいうが血族の中でも上位竜、人型でなおかつ言葉を話せる奴等と遭遇したら逃げてくれ。オレが殺す」
「……紅さんはどうしてそんなに、その……血族? について詳しいんですか?」
魔力駆動二輪と並走していた紅の足が止まる。それに合わせてハジメも停止し、なにかあったのかと兎人族が顔を向ける。
「詳しい、理由? 決まってる。奴等を一体残らず皆殺しにするためだ。全ての竜を滅ぼして、竜の神を殺す。殺して、殺して、殺して、殺す!」
紅から漏れ出す殺気とも違う圧力。その圧にあてられて兎人族は青ざめ、中には意識が飛びかける者もいる。
「紅」
「ッ……悪い」
そしてまた走り出した紅。どうもこれ以上質問できる空気ではなくなった。
ハジメもまた魔力駆動二輪に魔力を流し込み、紅に続く。途中、気まずい空気に耐えられなくなったシアがハジメ達の話を聞きたいと言い、樹海に到着するまでの暇つぶしにいいだろうと、ハジメとユエはこれまでの経緯を語り始めたりそれを聞いたシアがメソメソしながら旅について行きたいと言い出したりと色々あったが数時間して、遂に一行は【ハルツィナ樹海】と平原の境界に到着した。樹海の外から見る限り、ただの鬱蒼とした森にしか見えないのだが、一度中に入ると直ぐさま霧に覆われるらしい。
「それでは、ハジメ殿、紅殿、ユエ殿。中に入ったら決して我らから離れないで下さい。お二人を中心にして進みますが、万一はぐれると厄介ですからな。それと、行き先は森の深部、大樹の下で宜しいのですな?」
「ああ、聞いた限りじゃあ、そこが本当の迷宮と関係してそうだからな」
カムが言った〝大樹〟とは、【ハルツィナ樹海】の最深部にある巨大な一本樹木で、亜人達には〝大樹ウーア・アルト〟と呼ばれており、神聖な場所として滅多に近づくものはいないらしい。
当初、【ハルツィナ樹海】そのものが大迷宮かと思っていたのだが、よく考えれば、それなら奈落の底の魔物と同レベルの魔物が彷徨いている魔境ということになり、とても亜人達が住める場所ではなくなってしまう。なので、【オルクス大迷宮】のように真の迷宮の入口が何処かにあるのだろうと推測した。そして、カムから聞いた〝大樹〟が怪しいと踏んだのである。
その後カムに促され、紅達は気配を殺す。兎人族は全体的にスペックが低い分、聴覚による索敵や気配を断つ隠密行動に秀でている。そんな兎人族に匹敵あるいは上回るその技量にシアはどこか複雑そうだった。
「それでは、行きましょうか」
カムの号令と共に準備を整えた一行は、カムとシアを先頭に樹海へと踏み込んだのだった。