銀の死神   作:日彗

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第十九話 豹変するハウリアと銀装兵団

 

「……わからん」

 

 どうして自分が好かれたのか。彼女は救うと誓った者たちの一人だ。未来で託された願いだ。……親友の嫁だ。もう合わせる顔がない。

 

「はああ~~……」

「随分とでかい溜息だな」

「……お前のせいだぞ」

「俺は悪くねぇだろ」

 

 隣で楽しそうにカラカラ笑うハジメ。なにを笑っているんだ、と言いたい気持ちを呑み込んで溜息を吐く。

 

「えへへ、うへへへ、くふふふ~」

 

 同行を許されて上機嫌のシアは、奇怪な笑い声を発しながら緩みっぱなしの頬に両手を当ててクネクネと身を捩らせていた。

 

「……キモイ」

 

 見かねたユエがボソリと呟く。シアの優秀なウサミミは、その呟きをしっかりと捉えた。

 

「……ちょっ、キモイって何ですか! キモイって! 嬉しいんだからしょうがないじゃないですかぁ。これは私にメロメロになる日も遠くないですねぇ~」

 

 シアは調子に乗っている。それはもう乗りに乗っている。そんなシアに向かってハジメとユエは声を揃えてうんざりしながら呟いた。

 

「「……ウザウサギ」」

「んなっ!? 何ですかウザウサギって! いい加減名前で呼んでくださいよぉ~、旅の仲間ですよぉ~、まさか、この先もまともに名前を呼ぶつもりがないとかじゃあないですよね? ねっ?」

「「「………」」」

「何で黙るんですかっ? ちょっと、目を逸らさないで下さいぃ~。ほらほらっ、シアですよ、シ・ア。りぴーとあふたみー、シ・ア」

「なんで英語知ってんだ?」

 

 そんな風に騒いでいると(シアだけ)、霧をかき分けて数人のハウリア族が、ハジメに課された課題をクリアしたようで魔物の討伐を証明する部位を片手に戻ってきた。よく見れば、その内の一人はカムだ。

 

 シアは久しぶりに再会した家族に頬を綻ばせる。本格的に修行が始まる前、気持ちを打ち明けたときを最後として会っていなかったのだ。たった十日間とはいえ、文字通り死に物狂いで行った修行は、日々の密度を途轍もなく濃いものとした。そのため、シアの体感的には、もう何ヶ月も会っていないような気がしたのだ。

 

 早速、父親であるカムに話しかけようとするシア。報告したいことが山ほどあるのだ。しかし、シアは話しかける寸前で、発しようとした言葉を呑み込んだ。カム達が発する雰囲気が何だかおかしいことに気がついたからだ。

 

 歩み寄ってきたカムはシアを一瞥すると僅かに笑みを浮かべただけで、直ぐに視線をハジメに戻した。そして……

 

「ボス。お題の魔物、きっちり狩って来やしたぜ?」

「ボ、ボス? と、父様? 何だか口調が……というか雰囲気が……」

 

 父親の言動に戸惑いの声を発するシアをさらりと無視して、カム達は、この樹海に生息する魔物の中でも上位に位置する魔物の牙やら爪やらをバラバラと取り出した。

 

「やるなぁ」

「……俺は一体でいいと言ったと思うんだが……」

 

 ハジメの課した訓練卒業の課題は上位の魔物を一チーム一体狩ってくることだ。しかし、眼前の剥ぎ取られた魔物の部位を見る限り、優に十体分はある。ハジメの疑問に対し、カム達は不敵な笑みを持って答えた。

 

「ええ、そうなんですがね? 殺っている途中でお仲間がわらわら出てきやして……生意気にも殺意を向けてきやがったので丁重にお出迎えしてやったんですよ。なぁ? みんな?」

「そうなんですよ、ボス。こいつら魔物の分際で生意気な奴らでした」

「きっちり落とし前はつけましたよ。一体たりとも逃してませんぜ?」

「ウザイ奴らだったけど……いい声で鳴いたわね、ふふ」

「見せしめに晒しとけばよかったか……」

「まぁ、バラバラに刻んでやったんだ、それで良しとしとこうぜ?」

 

 不穏な発言のオンパレードだった。全員、元の温和で平和的な兎人族の面影が微塵もない。ギラついた目と不敵な笑みを浮かべたままハジメに物騒な戦闘報告をする。

 

 その様子を見ていた紅は一言、

 

「どういう教育をしたらこうなるんだ?」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ど、どういうことですか!? ハジメさん! 父様達に一体何がっ!?」

「お、落ち着け! ど、どういうことも何も……訓練の賜物だ……」

「いやいや、何をどうすればこんな有様になるんですかっ!? 完全に別人じゃないですかっ! ちょっと、目を逸らさないで下さい! こっち見て!」

「……別に、大して変わってないだろ?」

「貴方の目は節穴ですかっ! 見て下さい。彼なんて、さっきからナイフを見つめたままウットリしているじゃないですか! あっ、今、ナイフに〝ジュリア〟って呼びかけた! ナイフに名前つけて愛でてますよっ! 普通に怖いですぅ~」

 

 樹海にシアの焦燥に満ちた怒声が響く。一体どうしたんだ? と分かってなさそうな表情でシアとハジメのやり取りを見ているカム達。シアは、そんな変わり果てた家族を指差しながらハジメに凄まじい勢いで事情説明を迫っていた。ハジメはというと、どことなく気まずそうに視線を逸らしながらも、のらりくらりとシアの尋問を躱わしている。

 

「父様! みんな! 一体何があったのです!? まるで別人ではないですか! さっきから口を開けば恐ろしいことばかり……正気に戻って下さい!」

 

 縋り付かんばかりのシアにカムは、ギラついた表情を緩め前の温厚そうな表情に戻った。それに少し安心するシア。

 だが……。

 

「何を言っているんだ、シア? 私達は正気だ。ただ、この世の真理に目覚めただけさ。ボスのおかげでな」

「し、真理? 何ですか、それは?」

 

 嫌な予感に頬を引き攣らせながら尋ねるシアに、カムはにっこりと微笑むと胸を張って自信に満ちた様子で宣言した。

 

「この世の問題の九割は暴力で解決できる」

「やっぱり別人ですぅ~! 優しかった父様は、もう死んでしまったんですぅ~、うわぁ~ん」

「どうやったら十日でこうなるんだろうなぁ」

 

 ショックのあまり、泣きべそを掻くシア。そこに樹海の中から小さな影が飛び出した。

 

 樹海の奥から現れたのは未だ子供と言っていいハウリア族の少年だった。その肩には大型のクロスボウが担がれており、腰には二本のナイフとスリングショットらしき武器が装着されている。

 

 シアを尻目に、少年はスタスタとハジメの前まで歩み寄ると、ビシッと惚れ惚れするような敬礼をしてみせた。

 

「ボス! 手ぶらで失礼します! 報告と上申したいことがあります! 発言の許可を!」

「お、おう? 何だ?」

 

 少年の歴戦の軍人もかくやという雰囲気に、今更ながら、少しやり過ぎたかもしれないと若干どもるハジメ。少年はお構いなしに報告を続ける。

 

「はっ! 課題の魔物を追跡中、完全武装した熊人族の集団を発見しました。場所は、大樹へのルート。おそらく我々に対する待ち伏せかと愚考します!」

「あ~、やっぱ来たか。即行で来るかと思ったが……なるほど、どうせなら目的を目の前にして叩き潰そうって腹か。なかなかどうして、いい性格してるじゃねぇの。……で?」

「はっ! 宜しければ、奴らの相手は我らハウリアにお任せ願えませんでしょうか!」

「う~ん。カムはどうだ? こいつはこう言ってるけど?」

「お任せ頂けるのなら是非。我らの力、奴らに何処まで通じるか……試してみたく思います。な~に、そうそう無様は見せやしませんよ」

 

 カムの言葉に周囲のハウリア族も好戦的な笑みを浮かべる。シアの表情は絶望に染まっていく。

 

「出来るんだな?」

「肯定であります!」

 

 最後の確認をするハジメに元気よく返事をしたのは少年だ。ハジメは、一度、瞑目し深呼吸すると、カッと目を見開いた。

 

「聞け! ハウリア族諸君! 勇猛果敢な戦士諸君! 今日を以て、お前達は糞蛆虫を卒業する! お前達はもう淘汰されるだけの無価値な存在ではない! 力を以て理不尽を粉砕し、知恵を以て敵意を捩じ伏せる! 最高の戦士だ! 私怨に駆られ状況判断も出来ない〝ピッー〟な熊共にそれを教えてやれ! 奴らはもはや唯の踏み台に過ぎん! 唯の〝ピッー〟野郎どもだ! 奴らの屍山血河を築き、その上に証を立ててやれ! 生誕の証だ! ハウリア族が生まれ変わった事をこの樹海の全てに証明してやれ!」

「「「「「「「「「「Sir、yes、sir!!」」」」」」」」」」

「答えろ! 諸君! 最強最高の戦士諸君! お前達の望みはなんだ!」

「「「「「「「「「「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」」」」」」」

「お前達の特技は何だ!」

「「「「「「「「「「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」」」」」」」

「敵はどうする!」

「「「「「「「「「「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」」」」」」」

「そうだ! 殺せ! お前達にはそれが出来る! 自らの手で生存の権利を獲得しろ!」

「「「「「「「「「「Aye、aye、Sir!!」」」」」」」」」

「いい気迫だ! ハウリア族諸君! 俺からの命令は唯一つ! サーチ&デストロイ! 行け!!」

「「「「「「「「「「YAHAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」」」」」」」」」」

 

「待っていただこう!!!!!!!」

 

 凄まじい気迫を放つハウリア族をさらに圧倒する大声が樹海に響いた。

 

「ああ、戻ったのかアイク」

「団長。アイザック、ただいま帰還した」

 

 樹海の中から現れた人影はメガネをかけた兎人、アイク……アイザック・ハウリア。紅の受け持ったハウリア族の一人だった。無論、団長というのは紅のことである。

 アイクは同胞であるハウリア族を見渡し、最後にハジメに視線を向ける。

 

「ハジメ殿、先ほどの命令なのだが、熊人族の集団に関しては気にしないでいただきたい」

「ど、どういう意味だ?」

 

 ハジメの鍛えたハウリア族ほどではないが、別の方向に豹変しているアイクに若干どもるハジメ。そもそもこんなメガネいただろうかと考え込んでいる。

 アイクは指でメガネを押し上げ、答えた。

 

「失礼、説明が不十分だった。クリストファー!」

「おうよ。団長! 帰還したぜ!」

「ご苦労様、クリス」

 

 アイクに呼ばれて出てきたのは、なにか大きな袋を抱えている大柄な兎人、クリス……クリストファー・ハウリア。彼もまた紅の受け持ったハウリア族である。

 クリスは抱えていた袋を降ろして中を皆に見えるよう中身を取り出す。

 

「そいつらは……」

「御覧の通り。件の熊人族の集団は()()()()()()()。気にしなくていいというのはそういう意味だ」

 

 袋に入ってきたのは熊人族の男。気を失っているが死んではいないようだ。

 

「お前達、そんなことをしてたのか」

「報告が遅れてしまい申し訳ない。だが任務も完了している。彼らを降したのはもののついでだ」

 

 何でもないように語るが、熊人族は亜人族の中でも最強種。最弱種である兎人族が、それもたった二人でどうこうできる相手ではない。その証拠にカムたちハウリア族も、あのハジメですらも呆然としている。

 

「集団っていうからには他にもいたんだろ。他の熊人族はどうしたんだ?」

「さすがに全員を連行することはできなかったが、心配はいらない。魔物に襲われぬよう手は打った」

「……ならいいが」

 

 そこでようやくハジメが回復したようだ。カム達に比べれば大した変化でもないと思うのだが。

 

「ならその熊人共をこいつらに運ばせ――「いかに貴方と言えど我々の長を駒のように扱われては困りますね」ッ!?」

 

 突然、背後から聞こえた声に振り向きざまにドンナーを向けるハジメだったが、そこには誰もいなかった。

 

「どこを見ているのです、南雲様。紅様、ただいま帰還いたしました」

「ナサレナ、あまり悪戯に気配を断つな。見ろ。ハジメもユエも驚きすぎて変顔になったじゃないか」

「申し訳ございません。気配を殺すのが癖で」

 

 周りで動揺していないのは紅とアイク、クリスのみ。この十日間で慣れたという事だろう。ナサレナ・ハウリア。彼女もまた紅の受け持ったハウリア族の一人だ。

 だが一番恐ろしいのは様々な感知系技能を持ち、奈落の底で研ぎ澄まされた危機察知能力さえも掻い潜り、接近されたこと。殺意が無かったからとはいえその事実にハジメは戦慄した。

 

「それはそうと紅様、こちらお土産でございます。ご査収下さいませ」

 

 そういってナサレナは紅に何かを渡した。結構なサイズがあるが、どうにも嫌な予感がする。

 

「ん? ……おい、どこで見つけた」

「樹海を探索中に遭遇しましたので背後から心臓を握りつぶしました」

 

 ナサレナが持ってきたもの、それはとある()()()()()だった。それも紅が動揺するような生物。

 

「竜……それも中位竜か。碌な武器もない筈なのによく倒せたな」

 

 上位竜や成竜ではないが、竜がこの樹海の中にいた。元々メルグブデがいたことから下位竜を放っている可能性はあったが……まさかたった十日鍛えたくらいの兎人族が倒せる相手ではない筈だ。

 

「……ま、まあともかくご苦労様。アイク達と一緒に休んでてくれ」

 

 だがナサレナが狩ったこの一体だけとも限らない。自分も樹海を散策した方が良いか?と思案していたところに新たに気配が二つ近づいてくる。

 

「よぉ団長! 帰ったぜ! ……なんだメガネ共、もう戻ってやがったのか」

「ほっほっほ。そう言ってはいけませぬぞシン殿」

「ガルム殿、シン! お前達はどこでなに……を?」

 

 これまた樹海から出てきたのはハウリア族の少年、シン・ハウリアと年配のガルム・ハウリア。別行動中だったシン達に何をしていたのかと問うアイクだが彼らの姿を見て固まった。

 

「ふ、二人とも、なんだその出血量は!? 酷い怪我ではないか!」

「ああ? ……あぁ、こりゃ全部返り血だ。気にすんなメガネ」

「四百ほどの魔物の群れを発見しましたのでな、このままでは同胞たちに被害が及ぶと考え、全滅させてきました」

「鬱陶しいトカゲ共だったよなぁ。半分以上ジジィが片づけちまったけどよ」

 

 全身を赤く染めれ恐ろしい会話を交わす少年と爺。今まで以上の衝撃に辺りは静まり返っている。シアに関しては相当前から白目をむいた状態だ。

 

「……一つ聞くが、そのトカゲのような魔物っていうのは〝コレ〟みたいな奴か?」

 

 ナサレナの獲って来た中位竜の首を見せて確認を取る。

 

「おう、ここまでデカくはねぇけどな。つうかなんだその首。趣味わりぃ」

「安心なされよ団長殿。樹海の中にいたこ奴らは一体残さず殲滅させてきました」

 

 何度でもいうがちょっと訓練を積んだだけの者が倒せる相手ではない。彼らが異常すぎるだけなのだ。

 だがこれで紅の受け持った全員が揃った。紅の前に一列に並び、代表としてアイクが話し出す。

 

「団長。我ら〝銀装兵団〟ただいまを以て全員が帰還しました。次の任務をお願いします」

「休め。さっきも言ったが休んでくれ。休息も大事だぞ」

 

 〝銀装兵団〟紅を団長としたたった六人しかいないなんちゃって兵団だが、紅が鍛え上げたのだ。そこ等の魔物程度では相手にならないくらいには強い。中でも飛びぬけて異常なのはガルムとナサレナである。才能という点では他の者も大いにあるが現状の強さではこの二人がトップに位置している。ガルムは剣士として、ナサレナは暗殺者としてかなりの高みに至ってしまった。

 

「……ハッ! ち、ちょっと紅さん!? あなたもですか!? あなたもハジメさんの様にみんなを狂戦士に仕立て上げたのですか!?」

「お、落ち着け。いいか、オレは普通に鍛えただけだ。ただ彼らに才能があったというだけの事……」

「才能でこうなるわけないでしょうが!」

 

 シアの言っている事ももっともだ。だが事実こうなっている。ハジメよりかはマシだと思うしかないだろう。

 

「まあ、今優先すべきはこの熊人族だな。起こして話を聞こう」

 

 熊人の頬を軽く叩く。すると簡単に目を覚ました。気絶といえど軽度だったようだ。都合がいい。

 

「っ……こ、ここは……いったい……」

「おはよう。起き掛けで申し訳ないがあなた方が潜伏し、待ち伏せていた理由を聞きたい。言わないのであればこれを契約違反とみなし、オレはあなた方を援護できなくなる」

「っ! そうだ確か兎人族に……俺はどうなってもいい。煮るなり焼くなり好きにしろ。だが、部下は俺が無理やり連れてきたのだ。見逃してやって欲しい」

「いや、だから理由を……」

「勝手は重々承知! だが、どうか、部下達の命だけは助けて欲しい! この通りだ!」

「うん、とりあえず話を……」

 

 その後なんとかして熊人族の男、レギン・バントンから話を聞き出した。

 

 レギン・バントンは熊人族最大の一族であるバントン族の次期族長との噂も高い実力者だ。現長老の一人であるジン・バントンの右腕的な存在でもあり、ジンに心酔にも近い感情を抱いていた。

 

 だからこそレギンは、たかが人間一人に倒されたジンの姿に呆然とし、次いで煮えたぎるような怒りと憎しみを覚えた。腹の底から湧き上がるそれを堪える事もなく、現場にいた長老達に詰め寄り一切の事情を聞く。そして、全てを知ったレギンは、長老衆の忠告を無視して熊人族の全てに事実を伝え、報復へと乗り出した。

 

 長老衆や他の一族の説得もあり、全ての熊人族を駆り立てることはできなかったが、バントン族の若者を中心にジンを特に慕っていた者達が集まり、憎き人間を討とうと息巻いた。その数は五十人以上。仇の人間の目的が大樹であることを知ったレギン達は、もっとも効果的な報復として大樹へと至る寸前で襲撃する事にした。目的を眼前に果てるがいい! と。

 

 相手は所詮、人間と兎人族のみ。例えジンを倒したのだとしても、どうせ不意を打つなど卑怯な手段を使ったに違いないと勝手に解釈した。樹海の深い霧の中なら感覚の狂う人間や、まして脆弱な兎人族など恐るるに足らずと。レギンは優秀な男だ。普段であるならば、そのようなご都合解釈はしなかっただろう。深い怒りが目を曇らせていたとしか言い様がない。

 

 だがそれでも異常すぎた。立った二人の兎人族に蹂躙されてしまったのだ。五十人の熊人族が、二人の兎人族に、正面からである。

 

 頭を下げ続けるレギンに対するハウリア族の返答は……。

 

「だが断る」

 

 という言葉と投擲されたナイフだった。

 

「うぉ!?」

 

 咄嗟に身をひねり躱すレギン。しかし、カムの投擲を皮切りに一斉に矢やら石などが高速で撃ち放たれた。ハウリア達は哄笑を上げながら心底楽しそうに攻撃を加える。

 

「なぜだ!?」

 

 呻くように声を搾り出し、問答無用の攻撃の理由を問うレギン。

 

「なぜ? 貴様らは敵であろう? 殺すことにそれ以上の理由が必要か?」

 

 カムの答えは実にシンプルだった。

 

「ぐっ、だが!」

「それに何より……貴様らの傲慢を打ち砕き、嬲るのは楽しいのでなぁ! ハッハッハッ!」

「んなっ!? おのれぇ! こんな奴等に!」

 

 カムの言葉通り、ハウリア達は実に楽しそうだった。スリングショットやクロスボウ、弓を安全圏から嬲るように放っている。その姿は、力に溺れた者典型の狂気じみた高揚に包まれたものだった。完全に暴走状態である。

 

 カムが口元を歪めながらスっと腕を掲げる。ハウリア達も狂的な眼で矢を、石をつがえた。レギンは、ここが死に場所かと無念を感じながら体の力を抜く。そして、心の中で、扇動してしまった部下達に謝罪をする。

 

 カムの腕が、レギン達の命を狩り取る死神の鎌の如く振り下ろされた。一斉に放たれる矢と石。スローモーションで迫ってくるそれらを、レギンは、せめて目を逸らしてなるものかと見つめ続け、そして……

 

「待て待て待て待て、なんで殺そうとしてるんだ。どんな教育をしたんだハジメ!」

 

 振り下ろされた腕を掴み、紅が怒鳴る。

 

「……紅殿、どういうおつもりですか。後ろの奴等を殺せません。まさか、我らの敵に与するつもりか? 返答によっては……」

「だから待ってください。なぜ殺すこと前提で話を進めるんですか」

「なぜ? 奴等は敵です。敵は殺す。それがボスの教えであり、願いなのです」

「ハジメ!!」

「あ~、まぁ、何だ、悪かったな。自分が平気だったもんで……俺のミスだ。うん、ホントすまん」

 

 ポカンと口を開けて目を点にするシアとカム達。まさか素直に謝罪の言葉を口にするとは予想外にも程があった。

 

「ボ、ボス!? 正気ですか!? 頭打ったんじゃ!?」

「メディーック! メディーーク! 重傷者一名!」

「ボス! しっかりして下さい!」

 

 故にこういう反応になる。青筋を浮かべ、口元をヒクヒクさせるハジメ。帰ってきた反応は正気を疑われるというものだった。ハジメとしては、キレるべきか、日頃の態度を振り返るべきか若干迷うところである。

 

 ハジメは、取り敢えずこの件は脇に置いておいて、レギンのもとへ歩み寄ると、その額にドンナーの銃口をゴリッと押し当てた。

 

「さて、潔く死ぬのと、生き恥晒しても生き残るのとどっちがいい?」

「お前、さては反省してないな……」

 

 だがハジメの言葉に、ハウリア族が驚きの目を向けた。今のセリフでは、場合によっては熊人族を見逃してもいいと聞こえるからだ。敵対者に遠慮も容赦もしないハジメにあるまじき提案にカム達は「やはり頭を……」と悲痛そうな目でハジメを見ている。ハジメの額に青筋が増えるが、話が進まないので取り敢えずスルーする。

 

「……どういう意味だ。我らを生かして帰すというのか?」

「ああ、望むなら帰っていいぞ? 但し、条件があるがな」

「条件?」

「ああ、フェアベルゲンに帰ったら長老衆にこう言え」

「……伝言か?」

 

 条件と言われて何を言われるのかと戦々恐々としていたのに、ただのメッセンジャーだったことに拍子抜けするレギン。しかし、言伝の内容に凍りついた。

 

「〝貸一つ〟」

「……ッ!? それはっ!」

「で? どうする? 引き受けるか?」

 

 言伝の意味を察して、思わず怒鳴りそうになるレギン。ハジメはどこ吹く風でレギンの選択を待っている。〝貸一つ〟それは、襲撃者達の命を救うことの見返りに何時か借りを返せということだ。

 

 客観的に見れば、ジンの場合も、レギンの場合も一方的に仕掛けておいて返り討ちにあっただけであり、その上、命は見逃してもらったということになるので、長老会議の威信にかけて無下にはできないだろう。無視してしまえば唯の無法者だ。

 

 つまり、レギン達が生き残るということは、自国に不利な要素を持ち帰るということでもあるのだ。長老会議の決定を無視した挙句、負債を背負わせる、しかも最強種と豪語しておきながら半数以上を討ち取られての帰還……ハジメの言う通りまさに生き恥だ。

 

 ハジメが、このような条件を出して敵を見逃すのには理由がある。もちろん、慈悲などではない。フェアベルゲンとは絶縁したわけだが、七大迷宮の詳細が未だわからない以上、もしかしたら彼の国に用事ができるかもしれない。何せ、口伝で創設者の言葉が残っているぐらいなのだから。成り行きで出てきてしまったので、ちょっと失敗したかなぁと思っていたハジメ。渡りに船であるし、万一に備えて保険を掛けておこうと思ったのだ。

 

 悩むレギンに、ハジメが更にゴリッと銃口を押し付ける。

 

「五秒で決めろ。オーバーすれば殺す。〝判断は迅速に〟。基本だぞ?」

「わ、わかった。我らは帰還を望む!」

「そうかい。じゃあ、さっさと帰れ。伝言はしっかりな。もし、取立てに行ったとき惚けでもしたら……」

 

 ハジメの全身から、強烈な殺意が溢れ出す。もはや物理的な圧力すら伴っていそうだ。ゴクッと生唾を飲む音がやけに鮮明に響く。

 

「その日がフェアベルゲンの最後だと思え」

 

 どこからどう見ても、タチの悪い借金取り、いやテロリストの類にしか見えなかった。後ろから、「あぁ~よかった。何時ものハジメさんですぅ」とか「ボスが正気に戻られたぞ!」とか「熊人族を無力化させたのオレの部下なんだけど……」とか聞こえるが、取り敢えずスルーだ。せっかく作った雰囲気がぶち壊しになってしまう。

 

 ハウリア族により心を折られ、反抗する気力もないようで悄然と項垂れて帰路についた。他の熊人族を解放するためアイクとクリスにもついて行かせる。霧の向こうへ消えていくのを見届けた紅はハジメに質問を投げかける。

 

「彼らを捕えたのはオレの部下だぞ。なのになんで当然の様にお前が決めてるんだ?」

「お前の物は俺の物。つまり、お前の部下も俺の物だ」

「お前はどこのガキ大将だ」

 

 その後ハジメとハジメが鍛えたハウリア族全員を正座させ、小一時間ほどの説教が続いた。それを眺めているのは情報量の多さにショートしているシアと紅の命令通り休息をとっている〝銀装兵団〟、そしてユエだけだった。

 

「……何時になったら大樹に行くの?」

 

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