眩しさから目を閉じていた紅は、ざわざわと騒ぐ無数の気配を感じてゆっくりと目を開いた。そして、周囲を呆然と見渡す。
「ど…どこだ、ここ……」
まず目に飛び込んできたのは巨大な壁画だった。縦横十メートルはありそうなその壁画には、後光を背負い長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていた。
背景には草原や湖、山々が描かれ、それらを包み込むかのように、その人物は両手を広げている。美しい壁画だ。素晴らしい壁画だ。
よくよく周囲を見てみると、どうやら自分達は巨大な広間にいるらしいということが分かった。
素材は大理石だろうか? 美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建築物のようで、これまた美しい彫刻が彫られた巨大な柱に支えられ、天井はドーム状になっている。大聖堂という言葉が自然と湧き上がるような荘厳な雰囲気の広間である。
「西村くん! 怪我はない?」
「……お、ハジメ。よかった生きてたのか」
冷静になれるだけの時間と友人の安否確認。ならば次にすべきことは───
「西村くん、アレを見て」
「どれ? ねえどれ?」
ハジメの視線の向いているほうへと目を向ける。そこには少なくとも三十人近い人々がいた。まるで祈りを捧げるように跪き、両手を胸の前で組んだ格好で。
彼等は一様に白地に金の刺繍がなされた法衣のようなものを纏い、傍らに錫杖のような物を置いている。その錫杖は先端が扇状に広がっており、円環の代わりに円盤が数枚吊り下げられていた。
その内の一人、法衣集団の中でも特に豪奢で煌きらびやかな衣装を纏い、高さ三十センチ位ありそうなこれまた細かい意匠の凝らされた烏帽子のような物を被っている七十代くらいの老人が進み出てきた。
「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」
そう言って、イシュタルと名乗った老人は、
~~~~~~~~~~~~~~~
現在、ハジメ達は場所を移り、十メートル以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に通されていた。
おそらく、晩餐会などをする場所なのではないだろうか。上座に近い方に畑山愛子先生と光輝達四人組がおり、後はその取り巻き順に適当に座っている。紅は最後方だ。
ここに案内されるまで、誰も大して騒がなかったのは未だ現実に認識が追いついていないからだろう。イシュタルが事情を説明すると告げたことや、カリスマレベルMAXの光輝が落ち着かせたことも理由だろうが。
教師より教師らしく生徒達を纏めていると愛子先生が涙目だった。
全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドさん達が入ってきた。
こんな状況でも思春期男子の飽くなき探究心と欲望は健在でクラス男子の大半がメイドさん達を凝視している。もっとも、それを見た女子達の視線は、氷河期もかくやという冷たさを宿していたのだが……
ハジメも傍に来て飲み物を給仕してくれたメイドさんを思わず凝視……しそうになってなぜか背筋に悪寒を感じ咄嗟に正面に視線を固定した。
「ダメだハジメ。何も見るな、何も考えるな。命が惜しければ…!」
「う、うん……」
だが好奇心にあらがえずにチラリと悪寒を感じる方へ視線を向けるハジメ。そこにはなぜか満面の笑みを浮かべた香織がジッとハジメを見ていた。ハジメは見なかったことにした。
「あ~あ、だから見るなって言ったのに」
全員に飲み物が行き渡るのを確認するとイシュタルが話し始めた。
「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」
そう言って始めたイシュタルの話はどこかで聞いたことのあるような実にありふれたファンタジーのような話だった。
要約するとこうだ。
まず、この世界はトータスと呼ばれている。そして、トータスには大きく分けて三つの種族がある。人間族、魔人族、亜人族である。
人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きているらしい。
この内、人間族と魔人族が何百年も戦争を続けている。
魔人族は、数は人間族に及ばないものの個人の持つ力が大きいらしく、その力の差に人間族は数で対抗していたそうだ。戦力は拮抗し大規模な戦争はここ数十年起きていないらしいが、最近、異常事態が多発しているという。
それが、魔人族による魔物の使役だ。
魔物とは、通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形のことだ、と言われている。この世界の人々も正確な魔物の生体は分かっていないらしい。それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣とのことだ。
今まで本能のままに活動する彼等を使役できる者はほとんど居なかった。使役できても、せいぜい一、二匹程度だという。その常識が覆されたのである。
これの意味するところは、人間族側の〝数〟というアドバンテージが崩れたということ。つまり、人間族は滅びの危機を迎えているのだ。
「……理解したかハジメ」
「まあ、なんとなくは」
「オレはそろそろギブ……」
「あなた方を召喚したのは〝エヒト様〟です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という〝救い〟を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、〝エヒト様〟の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」
イシュタルはどこか恍惚とした表情を浮かべている。おそらく神託を聞いた時のことでも思い出しているのだろう。
イシュタルによれば人間族の九割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒らしく、度々降りる神託を聞いた者は例外なく聖教教会の高位の地位につくらしい。
「大変だハジメ!」
「え、どうしたの?」
「あの人の顔が気持ち悪すぎて吐きそう……」
「何とかして耐えて……」
と、そこで突然立ち上がり猛然と抗議する人が現れた。
愛子先生だ。
「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」
ぷりぷりと怒る愛子先生。彼女は今年二十五歳になる社会科の教師で非常に人気がある。百五十センチ程の低身長に童顔、ボブカットの髪を跳ねさせながら、生徒のためにとあくせく走り回る姿はなんとも微笑ましく、そのいつでも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さのギャップに庇護欲を掻き立てられる生徒は少なくない。
今回も理不尽な召喚理由に怒り、ウガーと立ち上がったのだ。「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる……」と、ほんわかした気持ちでイシュタルに食ってかかる愛子先生を眺めていた生徒達だったが、次のイシュタルの言葉に凍りついた。
「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」
場に静寂が満ちる。重く冷たい空気が全身に押しかかっているようだ。誰もが何を言われたのか分からないという表情でイシュタルを見やる。
「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」
愛子先生が叫ぶ。
「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」
「そ、そんな……」
愛子先生が脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。
「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」
「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」
「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」
「なんで、なんで、なんで……」
パニックになる生徒達。
ハジメも平気ではなかった。しかし、オタクであるが故にこういう展開の創作物は何度も読んでいる。それ故、予想していた幾つかのパターンの内、最悪のパターンではなかったので他の生徒達よりは平静を保てていた。
「聞いたかハジメ。不可能なんだってさ。マジウケる」
「なにが!?」
事の大変さが分かっていないのか、紅はそう発言する。そんな紅を信じられないとばかりに口をパクパクさせながら見つめるしかできないハジメ。いや、今回に限っては彼のこういう所が心強いのかもしれない。
未だパニックが収まらない中、光輝が立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。その音にビクッとなり注目する生徒達。光輝は全員の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始めた。
「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」
「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」
「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」
「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」
「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」
ギュッと握り拳を作りそう宣言する光輝。無駄に歯がキラリと光る。
同時に、彼のカリスマは遺憾なく効果を発揮した。絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。光輝を見る目はキラキラと輝いており、まさに希望を見つけたという表情だ。女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。
「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」
「龍太郎……」
「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」
「雫……」
「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」
「香織……」
いつものメンバーが光輝に賛同する。後は当然の流れというようにクラスメイト達が賛同していく。愛子先生はオロオロと「ダメですよ~」と涙目で訴えているが光輝の作った流れの前では無力だった。
「つまり戦争中にどさくさに紛れて
「いろいろと台無しだよ西村くん……」
~~~~~~~~~~~~~~~
戦争参加の決意をした以上、紅達は戦いの術を学ばなければならない。いくら規格外の力を潜在的に持っていると言っても、元は平和主義にどっぷり浸かりきった日本の高校生だ。いきなり魔物や魔人と戦うなど不可能である。
しかし、その辺の事情は当然予想していたらしく、イシュタル曰く、この聖教教会本山がある【神山】の麓の【ハイリヒ王国】にて受け入れ態勢が整っているらしい。
王国は聖教教会と密接な関係があり、聖教教会の崇める神――創世神エヒトの眷属であるシャルム・バーンなる人物が建国した最も伝統ある国ということだ。国の背後に教会があるのだからその繋がりの強さが分かるだろう。
紅達は聖教教会の正面門にやって来た。下山しハイリヒ王国に行くためだ。
高山特有の息苦しさなど感じていなかったので、高山にあるとは気がつかなかった。おそらく魔法で生活環境を整えているのだろう。
紅達は、太陽の光を反射してキラキラと煌めく雲海と透き通るような青空という雄大な景色に呆然と見蕩れた。
「見ろよまるで天空の城だ! ラピュタ王にオレはなるっ!」
「はいはい……」
イシュタルに促されて先へ進むと、柵に囲まれた円形の大きな白い台座が見えてきた。大聖堂で見たのと同じ素材で出来た美しい回廊を進みながら促されるままその台座に乗る。
台座には巨大な魔法陣が刻まれていた。柵の向こう側は雲海なので大多数の生徒が中央に身を寄せる。それでも興味が湧くのは止められないようでキョロキョロと周りを見渡していると、イシュタルが何やら唱えだした。
「彼の者へと至る道、信仰と共に開かれん───〝天道〟」
その途端、足元の魔法陣が燦然さんぜんと輝き出した。そして、まるでロープウェイのように滑らかに台座が動き出し、地上へ向けて斜めに下っていく。
どうやら、先ほどの〝詠唱〟で台座に刻まれた魔法陣を起動したようだ。この台座は正しくロープウェイなのだろう。ある意味、初めて見る〝魔法〟に生徒達がキャッキャッと騒ぎ出す。雲海に突入する頃には大騒ぎだ。
やがて、雲海を抜け地上が見えてきた。眼下には大きな町、否、国が見える。山肌からせり出すように建築された巨大な城と放射状に広がる城下町。ハイリヒ王国の王都だ。台座は、王宮と空中回廊で繋がっている高い塔の屋上に続いているようだ。
自分達の帰還の可能性と同じく、世界の行く末は神の胸三寸なのである。徐々に鮮明になってきた王都を見下ろしながら、ハジメは言い知れぬ不安が胸に渦巻くのを必死に押し殺した。そして、とにかくできることをやっていくしかないと拳を握り締め気合を入れ直すのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
王宮につくと真っ直ぐに玉座の間に案内された。
美しい意匠の凝らされた巨大な両開きの扉の前に到着すると、その扉の両サイドで直立不動の姿勢をとっていた兵士二人がイシュタルと勇者一行が来たことを大声で告げ、中の返事も待たず扉を開け放った。
イシュタルは、それが当然というように悠々ゆうゆうと扉を通る。光輝等一部の者を除いて生徒達は恐る恐るといった感じで扉を潜った。
扉を潜った先には、真っ直ぐ延びたレッドカーペットと、その奥の中央に豪奢な椅子───玉座があった。玉座の前で覇気と威厳を纏った初老の男が立ち上がって待っている。
玉座の手前に着くと、イシュタルはハジメ達をそこに止め置き、自分は国王の隣へと進んだ。
そこで、おもむろに手を差し出すと国王は恭しくその手を取り、軽く触れない程度のキスをした。どうやら、教皇の方が立場は上のようだ。これで、国を動かすのが〝神〟であることが確定だな、とハジメは内心で溜息を吐く。
「ハジメ、これは想像以上にヤバい事態かもしれんぞ」
「うん、そうだね」
「何が悲しくてジジイの手にキスするジジイなんぞを見なければならんのか。吐きそう」
「あれそっちの話!?」
ほとんどの生徒が緊張している中、紅の態度はもはや大物なのかただの馬鹿なのか、判断が難しい。
その後、晩餐会が開かれ異世界料理を堪能した。見た目は地球の洋食とほとんど変わらなかった。たまにピンク色のソースや虹色に輝く飲み物が出てきたりしたが非常に美味だった。
王宮では、ハジメ達の衣食住が保障されている旨と訓練における教官達の紹介もなされた。教官達は現役の騎士団や宮廷魔法師から選ばれたようだ。いずれ来る戦争に備え親睦を深めておけということだろう。
「それにしても美味いなコレ。ハジメもちゃんと食べてるか?」
「食べてるよ。けどあまり食欲がなくて」
「? なんで」
呆れるハジメ。突然異世界に連れてこられ「戦争をしろ。元の世界? 帰す手段とかないからァ!」と言われたのに食欲があるはずがない。逆になぜそうまで普通にいられるのか聞きたいくらいなのだ。
「考えるだけ無駄だろ。現状帰れないなら帰る手段を探す。神とやらには頼らない方向で行きたいよな」
「僕は……君みたいに考えられないよ。僕は強くないから」
「何言ってんだ。お前はオレより強いよ」
「え?」
驚くハジメに対して、紅は口の中に頬張っていた料理を飲み込み話を進める。
「力の大小だけが〝強さ〟じゃないだろ。力が弱くたって強い奴はいる。その点オレはお前ほど強い奴は知らん。もう少し自信を持て」
「じ、自信を持てって言われても……」
「納得できないなら別にいい。お前を強いと言ったオレを信じろ。わかったらもっと食え。明日から訓練らしいし、体がもたんぞ」
「うん。ありがとう西村くん」
「いや礼はいらんから食えって」
~~~~~~~~~~~~~~~
翌日から早速訓練と座学が始まった。
まず、集まった生徒達に十二センチ×七センチ位の銀色のプレートが配られた。不思議そうに配られたプレートを見る生徒達に、騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。
騎士団長が訓練に付きっきりでいいのかとも思うが、対外的にも対内的にも〝勇者様一行〟を半端な者に預けるわけにはいかないということらしい。
メルド団長本人も、「むしろ面倒な雑事を副長に押し付ける理由ができて助かった!」と豪快に笑っていたくらいだから大丈夫なのだろう。もっとも、副長さんは大丈夫ではないかもしれないが……
「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」
非常に気楽な喋り方をするメルド。彼は豪放磊落な性格で、「これから戦友になろうってのにいつまでも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員達にも普通に接するように忠告するくらいだ。
「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 〝ステータスオープン〟と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」
「アーティファクト?」
アーティファクトという聞き慣れない単語に光輝が質問をする。
「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」
なるほど、と頷き生徒達は、顔を顰めながら指先に針をチョンと刺し、プクと浮き上がった血を魔法陣に擦りつけた。すると、魔法陣が一瞬淡く輝いた。紅も同じように血を擦りつけ表を見る。
すると……
===============================
西村紅 17歳 男 レベル:1
天職:
筋力:10
体力:10
耐性:10
敏捷:10
魔力:0
魔耐:10
技能:言語理解
===============================
表示された。
「お、おお~!……お?」
まるでゲームのキャラにでもなったようだと感じながら、紅は自分のステータスを眺める。他の生徒達もマジマジと自分のステータスに注目している。
メルド団長からステータスの説明がなされた。
「全員見れたか? 説明するぞ。まず、最初に〝レベル〟があるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」
どうやらゲームのようにレベルが上がるからステータスが上がる訳ではないらしい。
「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。なにせ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大開放だぞ!」
メルド団長の言葉から推測すると、魔物を倒しただけでステータスが一気に上昇するということはないらしい。地道に腕を磨かなければならないようだ。それにしても魔力……魔力?
「次に〝天職〟ってのがあるだろう? それは言うなれば〝才能〟だ。末尾にある〝技能〟と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」
紅は自分のステータスを見る。天職……天職?
上位世界の人間だから、トータスの人達よりハイスペックだとイシュタルは言っていた。だがこれはなんだ?天職はなく、魔力は0。技能は言語理解のみ。だんだんと嫌な予感が紅を襲う。
そこにもって、メルド団長の次の言葉を聞いて全身から嫌な汗が噴き出る。
「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」
この世界のレベル1の平均は10らしい。紅のステータスは見事に10が綺麗に並んでいる。(魔力以外)紅は嫌な汗を掻きながら内心首を捻った。
(お、おかしい。いくらなんでもこれはおかしい。天職無しは百歩譲ってわかるが、魔力ゼロ? ステータス平均? 技能なし? ……え、ナニコレ壊れてる?)
周りを確認してみるも紅の様に冷や汗を流す者は……いた。
南雲ハジメだ。
「お、おーいハジ───」
するとドッ!とざわめく声が聞こえてきた。どうやら早速、光輝がステータスの報告をしに行ったらしい。そのステータスは……
「……うそやん」
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天之河光輝 17歳 男 レベル:1
天職:勇者
筋力:100
体力:100
耐性:100
敏捷:100
魔力:100
魔耐:100
技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解
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まさにチートの権化だった。
「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め! 頼もしい限りだ!」
「いや~、あはは……」
団長の称賛に照れたように頭を掻く光輝。ちなみに団長のレベルは62。ステータス平均は300前後、この世界でもトップレベルの強さだ。しかし、光輝はレベル1で既に三分の一に迫っている。成長率次第では、あっさり追い抜きそうだ。
ちなみに、技能=才能である以上、先天的なものなので増えたりはしないらしい。唯一の例外が〝派生技能〟だ。
これは一つの技能を長年磨き続けた末に、いわゆる〝壁を越える〟に至った者が取得する後天的技能である。簡単に言えば今まで出来なかったことが、ある日突然、コツを掴んで猛烈な勢いで熟練度を増すということだ。
光輝だけが特別かと思ったら他の連中も、光輝に及ばないながら十分チートだった。それにどいつもこいつも天職を、それも戦闘系天職ばかりなのだが……
紅はもう一度自分のステータスを見つめる。が、やはり天職の欄には何もなく魔力の値も0のまま。技能は異世界人にデフォの技能〝言語理解〟のみ。もう顔が引きつりすぎて痛い。
とそこでハジメに報告の順番が回ってきた。だがハジメのステータスプレートを見た団長の表情が「うん?」と笑顔のまま固まり、ついで「見間違いか?」というようにプレートをコツコツ叩いたり、光にかざしたりする。そして、ジッと凝視した後、もの凄く微妙そうな表情でプレートをハジメに返しす。ハジメのステータスが気になった紅はハジメのプレートを後ろから覗き見た。
(なっ……!)
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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1
天職:錬成師
筋力:10
体力:10
耐性:10
敏捷:10
魔力:10
魔耐:10
技能:錬成・言語理解
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「ああ、その、なんだ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛冶するときに便利だとか……」
歯切れ悪くハジメの天職を説明するメルド団長。
その様子にハジメを目の敵にしている男子達が食いつかないはずがない。鍛治職ということは明らかに非戦系天職だ。クラスメイト達全員が戦闘系天職を持ち、これから戦いが待っている状況では役立たずの可能性が大きい。
檜山大介が、ニヤニヤとしながら声を張り上げる。
「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か? 鍛治職でどうやって戦うんだよ? メルドさん、その錬成師って珍しいんっすか?」
「……いや、鍛治職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」
「おいおい、南雲~。お前、そんなんで戦えるわ───「すげぇじゃねえかハジメ!」…は?」
「おいおいマジかお前天職持ちかよスッゲェな! うおお、いいなあ~」
「はあ? 非戦闘職だぞ? ……おい南雲ちょっとステータス見せてみろよ。天職がショボイ分ステータスは高いんだよなぁ~?」
メルド団長の表情から内容を察しているだろうに、わざわざ執拗に聞く檜山。本当に嫌な性格をしている。取り巻きの三人もはやし立てる。強い者には媚び、弱い者には強く出る典型的な小物の行動だ。事実、香織や雫などは不快げに眉をひそめている。唯一、紅だけが本気でハジメを羨ましがっているのだ。
ハジメのプレートの内容を見て、檜山は爆笑した。そして、斎藤達取り巻きに投げ渡し内容を見た他の連中も爆笑なり失笑なりをしていく。
「ぶっはははっ~、なんだこれ! 完全に一般人じゃねぇか!」
「ぎゃははは~、むしろ平均が10なんだから、場合によっちゃその辺の子供より弱いかもな~」
「ヒァハハハ~、無理無理! 直ぐ死ぬってコイツ! 肉壁にもならねぇよ!」
次々と笑い出す生徒に香織が憤然と動き出す。しかし、その前にウガーと怒りの声を発する人がいた。愛子先生だ。
「こらー! 何を笑っているんですか! 仲間を笑うなんて先生許しませんよ! ええ、先生は絶対許しません! 早くプレートを南雲君に返しなさい!」
ちっこい体で精一杯怒りを表現する愛子先生。その姿に毒気を抜かれたのかプレートがハジメに返される。
愛子先生はハジメに向き直ると励はげますように肩を叩いた。
「南雲君、気にすることはありませんよ! 先生だって非戦系? とかいう天職ですし、ステータスだってほとんど平均です。南雲君は一人じゃありませんからね!」
そう言って「ほらっ」と愛子先生はハジメに自分のステータスを見せた。
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畑山愛子 25歳 女 レベル:1
天職:作農師
筋力:5
体力:10
耐性:10
敏捷:5
魔力:100
魔耐:10
技能:土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作・範囲温度調整・農場結界・豊穣天雨・言語理解
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ハジメは死んだ魚のような目をして遠くを見だした。
「オレ、ちょっと先生のこと嫌いになりそう……」
「え!? どうしてですか西村君!?」
確かに全体のステータスは低いし、非戦系天職だろうことは一目でわかるのだが……魔力だけなら勇者に匹敵しており、技能数なら超えている。糧食問題は戦争には付きものだ。ハジメのようにいくらでも優秀な代わりのいる職業ではないのだ。つまり、愛子先生も十二分にチートだった。
「あとはお前だけだな。ステータスを見せてもらえるか?」
「ん……ああはい。どうぞ」
メルド団長にプレートを渡す紅。さすがにハジメより酷いステータスの者はもういないだろう、と思っていたメルド団長の目玉が飛び出んばかりに開かれた。
「な……ッ!? ッ! ……ハアッ!?」
今日一の大声。驚き具合は勇者、天野川光輝の時よりも大きい。
「ば、バカな!! こんなっ……ありえんっ!!」
「同感です。オレもそう思います」
メルド団長の狼狽えぶりを見て好奇心を刺激されたのか、クラスメイト達が集まってくる。どうやらハジメも回復したようだ。
「天職無し、魔力0、技能0、魔力以外のステータスが平均値!? こんッ! ……ッ! どういうことだ!?」
「いや聞きたいのはオレの方なんですけど、どういう事なんですか?」
あまりの酷さに檜山達も何も言えなくなっている。辺りを沈黙が支配する中、ハジメが紅に声をかけた。
「に、西村くん……大丈夫…?」
「ハジメ。オレ死ぬかも」
「に、西村くん!?」
もう誰も嗤うことが出来ない、それどころか哀れみさえ感じられるこの空間に紅の乾いた笑いだけが響くのだった。