銀の死神   作:日彗

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第二十話 枯れた大樹とブルックの町

 

 深い霧の中一行は、大樹に向かって歩みを進めていた。先頭をカムに任せ、これも訓練とハウリア達は周囲に散らばって索敵をしている。油断大敵を骨身に刻まれているので、全員、その表情は真剣そのものである。

 

「うぅ~、私の知ってるみんなは死んでしまったんですぅ~」

 

 泣き言を言いながら後ろをついてくるシアは恨めしそうにハジメと紅を見つめている。

 

「待て、オレは別に問題ないだろ。みんな自分の中に一本の芯を持っている。立派に育ってくれた」

「俺は反省も後悔もしていない」

「……お前、後でまた説教な」

 

 和気あいあいと? 雑談しながら進むこと十五分。一行は遂に大樹の下へたどり着いた。

 大樹を見たハジメの第一声は、

 

「……なんだこりゃ」

 

 という驚き半分、疑問半分といった感じのものだった。ユエも、予想が外れたのか微妙な表情だ。恐らく大樹についてフェアベルゲンで見た木々のスケールが大きいバージョンを想像していたのだろう。

 

 しかし、実際の大樹は見事に枯れていたのだ。

 

 大きさに関しては想像通り途轍もない。直径は目算では測りづらいほど大きいが直径五十メートルはあるのではないだろうか。明らかに周囲の木々とは異なる異様だ。周りの木々が青々とした葉を盛大に広げているのにもかかわらず、大樹だけが枯れ木となっているのである。

 

「大樹は、フェアベルゲン建国前から枯れているそうです。しかし、朽ちることはない。枯れたまま変化なく、ずっとあるそうです。周囲の霧の性質と大樹の枯れながらも朽ちないという点からいつしか神聖視されるようになりました。まぁ、それだけなので、言ってみれば観光名所みたいなものですが……」

 

 カムが解説を入れる。それを聞きながら大樹の根元まで歩み寄る。そこには、アルフレリックが言っていた通り石板が建てられていた。

 

「これは……オルクスの扉の……」

 

 石版には七角形とその頂点の位置に七つの文様が刻まれていた。オルクスの部屋の扉に刻まれていたものと全く同じものだ。ハジメは確認のため、オルクスの指輪を取り出す。指輪の文様と石版に刻まれた文様の一つはやはり同じものだった。

 

「やっぱり、ここが大迷宮の入口みたいだな……だが……こっからどうすりゃいいんだ?」

 

 大樹に近寄ってその幹をペシペシと叩いてみたりするが、当然変化などあるはずもなく、カム達に何か知らないか聞くが返答はNO。アルフレリックにも口伝は聞いているが、入口に関する口伝はなかった。

 

「ハジメ、こっち見てみろ」

「ん? 何かあったのか?」

 

 紅が注目していたのは石板の裏側だった。そこには、表の七つの文様に対応する様に小さな窪みが開いていた。

 

「これは……」

 

 ハジメが、手に持っているオルクスの指輪を表のオルクスの文様に対応している窪みに嵌めてみる。

 

 すると……石板が淡く輝きだした。

 

しばらく、輝く石板を見ていると、次第に光が収まり、代わりに何やら文字が浮き出始める。そこにはこう書かれていた。

 

〝四つの証〟

〝再生の力〟

〝紡がれた絆の道標〟

〝全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう〟

 

「……どういう意味だ?」

「……四つの証は……たぶん、他の迷宮の証?」

「……再生の力と紡がれた絆の道標は?」

「う~ん、紡がれた絆の道標は、あれじゃないですか? 亜人の案内人を得られるかどうか。亜人は基本的に樹海から出ませんし、みなさんみたいに、亜人に樹海を案内して貰える事なんて例外中の例外ですし」

「……なるほど。それっぽいな」

「……あとは再生……私?」

「いや、再生は別の大迷宮で手に入る神代魔法のことだ。つまり七大迷宮の半分を攻略した上で、再生に関する神代魔法を手に入れてこなくちゃいけない。ここの大迷宮で手に入るものはそれだけ破格って事だな」

 

(……なんでそこまで確信を持って言える?)

 

 ハジメが紅に対して疑問の視線を向けるも、頭を振って切り替える。ぐだぐだと悩んでいても仕方ない。気持ちを切り替えて先に三つの証を手に入れることにする。

 

「はぁ~、ちくしょう。今すぐ攻略は無理ってことか……面倒くさいが他の迷宮から当たるしかないな……」

「ん……」

 

 ハジメはハウリア族に集合をかけた。

 

「いま聞いた通り、俺達は、先に他の大迷宮の攻略を目指すことにする。大樹の下へ案内するまで守るという約束もこれで完了した。お前達なら、もうフェアベルゲンの庇護がなくても、この樹海で十分に生きていけるだろう。そういうわけで、ここでお別れだ」

 

 そして、チラリとシアを見る。その瞳には、別れの言葉を残すなら、今しておけという意図が含まれているのをシアは正確に読み取った。紅について行くと決めた以上、もう戻ってこれるか分からない。いつ死んでもおかしくない旅なのだ。

 

 シアは頷き、カム達に話しかけようと一歩前に出た。

 

「とうさ「ボス! お話があります!」……あれぇ、父様? 今は私のターンでは…」

 

 シアの呼びかけをさらりと無視してカムが一歩前に出た。ビシッと直立不動の姿勢だ。横で「父様? ちょっと、父様?」とシアが声をかけるが、まるでイギリス近衛兵のように真っ直ぐ前を向いたまま見向きもしない。

 

「団長、オレ……いえ、私共からも進言が」

 

 カムに続いてアイクも一歩前に出る。その視線は真っ直ぐと紅を射抜いていた。

 

「あ~、何だ?」

 

 その様子にハジメと紅は顔を合わせ、代表してハジメが聞き返した。

 

 カムとアイクは、シアの姿など見えていないと言う様に無視しながら、意を決してハウリア族の総意を伝える。

 

「ボス(団長)、我々もお供に付いていかせて下さい!」

「えっ! 父様達も付いて行くんですか!?」

 

 カム達の言葉に驚愕を表にするシア。十日前の話し合いでは、自分を送り出す雰囲気だったのにどうしたのです!? と声を上げる。

 

「我々はもはやハウリアであってハウリアでなし! ボスの部下であります! 是非、お供に! これは一族の総意であります!」

「団長! あなたが我々を強くしてくれた! だが我々はまだ強くなります! 団長の部下として、あなたの旅に同行させていただきたい!」

「「却下」」

「「なぜです!?」」

 

 実にあっさりした返答に身を乗り出して理由を問い詰める。他のハウリア族もジリジリと迫ってきた。

 

 紅はハジメから少し離れて自身の部下達の相手をする。

 

「アイク、訓練初日に言ったことを憶えているか? オレが教えたのは戦う事だけじゃない筈だ。もう一度聞く、お前達はなぜ〝力〟を求めた?」

「そ、それは……同胞を、仲間を守り抜くためです」

「そうだな。ならばお前達が今すべきことはオレについてくることか? どうなんだクリス」

「…………違うな。今俺達がしなくちゃいけないのは更に鍛錬を積むことだ。そうだろ? 団長」

「その通りだ。お前達は強くなった。オレの想像をはるかに超えて。その才能に少し嫉妬してしまったほどに。……だが、まだ足りない。この理不尽を強要してくる世界で『守る』という事は『殺す』事よりも難しい」

「では、我々はここで同胞たちを守りながらさらに己を磨く、それでよろしいですかな?団長殿」

「ああ、次に樹海に来た時にもっと強くなっていれば………ま、まあ、考えてもいい」

「その言葉に嘘はねえだろうな? アァ?」

「ないない。それとオレからお前達に贈り物がある」

 

 そう言って紅はずっと背負っていた風呂敷を広げる。中からは煌々と輝く銀製の武装が入っていた。

 

「これは……?」

「オレが創った銀の武装。オレの銀気をたらふく込めてある。素人の一振りでも奈落の魔物を殺せるだろう。〝銀装兵団〟を名乗るならこのくらいはしないとな」

 

 剣に斧、籠手。それぞれのサイズに合わせて紅が生み出した武器の品々。並の魔物なら触れただけで骨まで凍るだろうこれらを授けるのは、それだけ紅が彼らを認めているという証明である。

 そしてその想いを五人全員が正しく受け止めた。

 

「……承知した。次会うまでにこの武器にふさわしい武人になれるよう、精進します」

「ああ。期待してる」

 

 傍らではハジメもカム達の説得に成功したようだ。

 

「ぐすっ、誰も見向きもしてくれない……旅立ちの日なのに……」

 

 傍でシアが地面に〝の〟の字を書いていじけているが、やはり誰も気にしなかった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 樹海の境界でカム達の見送りを受けた紅、ハジメ、ユエ、シアは再び魔力駆動二輪、シュタイフに乗り込んで平原を疾走していた。

 

「そう言えば聞いていませんでしたが目的地は何処ですか?」

「あ? 言ってなかったか?」

「聞いてませんよ!」

「オレは知ってる」

「……私も知っている」

「わ、私だって仲間なんですから、そういうことは教えて下さいよ! コミュニケーションは大事ですよ!」

「悪かったって。次の目的地はライセン大峡谷だ」

「ライセン大峡谷?」

 

 ハジメの告げた目的地に疑問の表情を浮かべるシア。現在、確認されている七大迷宮は、【ハルツィナ樹海】を除けば、【グリューエン大砂漠の大火山】と【シュネー雪原の氷雪洞窟】である。確実を期すなら、次の目的地はそのどちらかにするべきでは? と思ったのだ。

 

「一応、ライセンも七大迷宮があると言われているからな。シュネー雪原は魔人国の領土だから面倒な事になりそうだし、取り敢えず大火山を目指すのがベターなんだが、どうせ西大陸に行くなら東西に伸びるライセンを通りながら行けば、途中で迷宮が見つかるかもしれないだろ?」

「つ、ついででライセン大峡谷を渡るのですか……」

 

 思わず、頬が引き攣るシア。ライセン大峡谷は地獄にして処刑場というのが一般的な認識であり、つい最近、一族が全滅しかけた場所でもあるため、そんな場所を唯の街道と一緒くたに考えている事に内心動揺する。

 

「ライセン大峡谷は放出された魔力を分解する。身体強化に特化しているお前ならむしろ独壇場だ。それにあそこの大迷宮で手に入る神代魔法は応用性が高い。手に入れれば戦力をかなり上げられる」

「な、なるほど……ん? 紅さん、まるで手に入る魔法が何か知ってるような口ぶりですね。本当に峡谷にあるのかもわかってないのに」

「お、見えてきたぞ。あれがブルックの町だな」

「あれ? 私は無視?」

 

 前方に町が見える。周囲を堀と柵で囲まれた小規模な町だ。街道に面した場所に木製の門があり、その傍には小屋もある。おそらく門番の詰所だろう。小規模といっても、門番を配置する程度の規模はあるようだ。

 

「ようやくまともな料理が食えるぞ。よかったなハジメ……何してるんだ?」

「町に入る前にこの残念ウサギに首輪をつけておこうと思ってな」

「へ? ちょ、やめぇ、どっから出したんですかっ、その首輪! ホントやめてぇ~そんなの付けないでぇ~、紅さん見てないで助けてぇ!」

「……まあ、必要なことなんだよ。たぶん」

 

 

 

 

 

 シュタイフを〝宝物庫〟にしまい、徒歩に切り替える。流石に、漆黒のバイクで乗り付けては大騒ぎになるだろう。

 

 道中、シアがブチブチと文句を垂れていたが、やはりスルーして遂に町の門までたどり着いた。案の定、門の脇の小屋は門番の詰所だったらしく、武装した男が出てきた。格好は、革鎧に長剣を腰に身につけているだけで、兵士というより冒険者に見える。その冒険者風の男がハジメ達を呼び止めた。

 

「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」

 

 規定通りの質問なのだろう。どことなくやる気なさげである。ハジメは、門番の質問に答えながらステータスプレートを取り出した。

 

「食料の補給がメインだ。旅の途中でな」

 

 ふ~んと気のない声で相槌を打ちながら門番の男がハジメのステータスプレートをチェックする。そして、目を瞬かせた。ちょっと遠くにかざしてみたり、自分の目を揉みほぐしたりしている。その門番の様子をみて、ハジメは「あっ、ヤベ、隠蔽すんの忘れてた」と内心冷や汗を流した。

 

「ちょっと前に、魔物に襲われてな、その時に壊れたみたいなんだよ」

「こ、壊れた? いや、しかし……」

 

 困惑する門番。無理もないだろう。何せ、ハジメのステータスプレートにはレベル表示がなく、ステータスの数値も技能欄の表示もめちゃくちゃだからだ。ステータスプレートの紛失は時々聞くが、壊れた(表示がバグるという意味で)という話は聞いたことがない。なので普通なら一笑に付すところだが、現実的にありえない表示がされているのだから、どう判断すべきかわからないのだ。

 

「壊れてなきゃ、そんな表示おかしいだろ? まるで俺が化物みたいじゃないか。門番さん、俺がそんな指先一つで町を滅ぼせるような化物に見えるか?」

 

 両手を広げておどける様な仕草をするハジメに、門番は苦笑いをする。ステータスプレートの表示が正しければ、文字通り魔王や勇者すら軽く凌駕する化物ということになるのだ。例え聞いたことがなくてもプレートが壊れたと考える方がまともである。

 

「はは、いや、見えないよ。表示がバグるなんて聞いたことがないが、まぁ、何事も初めてというのはあるしな……後ろの三人は……」

「オレのプレートも壊れてて……こっちの子はなくしたんです。こっちの兎人族は……わかるでしょう?」

 

 紅の門番は納得したのか、なるほどと頷いてステータスプレートを返す。

 

「それにしても随分な綺麗どころを手に入れたな。まぁいい。通っていいぞ」

「ありがとう。それと、素材の換金場所って何処にあります?」

「あん? それなら、中央の道を真っ直ぐ行けば冒険者ギルドがある。店に直接持ち込むなら、ギルドで場所を聞け。簡単な町の地図をくれるから」

「そうですか。親切にありがとうございます。ほら行こう」

 

 門番から情報を得て、門をくぐり町へと入っていく。町中は、それなりに活気があった。かつて見たオルクス近郊の町ホルアドほどではないが露店も結構出ており、呼び込みの声や、白熱した値切り交渉の喧騒が聞こえてくる。しかし、シアだけは先程からぷるぷると震えて、涙目で睨み続けていた。

 

「原因はわかってるが……どうした?」

「どうしたじゃありません! これです! この首輪! これのせいで奴隷と勘違いされたじゃないですか! ハジメさん、わかっていて付けたんですね! うぅ、酷いですよぉ~、私達、仲間じゃなかったんですかぁ~」

 

 シアが怒っているのは、そういうことらしい。旅の仲間だと思っていたのに、意図して奴隷扱いを受けさせられたことが相当ショックだったようだ。もちろん、ハジメが付けた首輪は本来の奴隷用の首輪ではなく、シアを拘束するような力はない。それは、シアもわかっている。だが、だとしても、やはりショックなものはショックなのだ。

 

「いいかシア・ハウリア。まず、お前は奴隷でもない亜人族、それも愛玩用として人気の高い兎人族だ。普通に街を歩けるわけがない。まして、白髪の兎人族で物珍しい上、容姿もスタイルも抜群。誰かの奴隷だと示してなかったら、町に入って十分も経たず目をつけられることになる。そして絶え間ない人攫いの嵐に見舞われるだろう。それはちょっと面倒くさい……なんでクネクネしてるんだ?」

 

 紅の話を聞いている内に照れたように頬を赤らめイヤンイヤンし始めた。ハジメとユエが冷めた表情でシアを見ている。

 

「も、もう、紅さん。こんな公衆の面前で、いきなり何言い出すんですかぁ。そんな、容姿もスタイルも性格も抜群で、世界一可愛くて魅力的だなんてぇ、もうっ!」

「え? ……え? オレそんな事言った?」

 

 思わずハジメ達の方へ振り向く。だがハジメは関わりたくないと言わんばかりの勢いで顔を背けた。代わりにユエがシアに近づいていく。

 

「……調子に乗っちゃだめ」

「……ずびばぜん、ユエざん」

 

 冷めたユエの声に、ぶるりと体を震わせるシア。訓練中のトラウマでも思い出したのだろうか。そんな様子に呆れた視線を向けながら、ハジメは話を続ける。

 

「あ~、つまりだ。人間族のテリトリーでは、むしろ奴隷という身分がお前を守っているんだよ。それ無しじゃあ、トラブルホイホイだからな、お前は」

「それは……わかりますけど……」

 

 理屈も有用性もわかる。だがやはり、納得し難いようで不満そうな表情のシア。仲間というものに強い憧れを持っていただけに、そう簡単に割り切れないのだろう。そんなシアに、今度はユエが声をかけた。

 

「……有象無象の評価なんてどうでもいい」

「ユエさん?」

「……大切な事は、大切な人が知っていてくれれば十分。……違う?」

「………………そう、そうですね。そうですよね」

「……ん、不本意だけど……シアは私が認めた相手……小さい事気にしちゃダメ」

「……ユエさん……えへへ。ありがとうございますぅ」

 

 かつて大衆の声を聞き、大衆のために力を振るった吸血姫。裏切りの果てに至った新たな答えは、例え言葉少なでも確かな重みがあった。だからこそ、その言葉はシアの心にストンと落ちる。

 

 シアは、ユエの言葉に照れたように微笑みながらチラッチラッと紅を見る。何かの言葉を期待するように。

 だがそれが紅に伝わるはずもなく。

 

「安心しろ。その首輪よく似合ってるぞ」

「……紅さんのバカァ!」

「ええ!?」

 

 シアの首輪には念話石と特定石が組み込まれている。ハジメが生成魔法で〝念話〟と〝気配感知[+特定感知]〟を付与したものだ。これらに魔力を流し込むことによって遠方と念話やビーコンの様に自身の位置を知らせることができる。異世界版携帯電話とGPSだ。

 それらの説明にシアは感心の声を上げるが、そういう事ではない。

 

「むぅ~、でもつまりこれは……いつでも私の声が聞きたい、居場所が知りたいという紅さんの気持ちというわけですね? もうっ、そんなに私の事が好きなんですかぁ? 流石にぃ、ちょっと気持ちが重いっていうかぁ、あっ、でも別に嫌ってわけじゃなくてですねぇ」

「いや、オレは魔力を持ってないからどっちも使えない。使えるのはハジメとユエだけだ」

「あ……そう、ですか……」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 その後、ギルドに行き素材の買い取りとハジメの冒険者登録、そして町の地図……というよりガイドブックを入手した紅達は受付のオバチャンに紹介された〝マサカの宿〟という宿屋に来ていた。

 

 紹介文によれば、料理が美味く防犯もしっかりしており、何より風呂に入れるという。最後が決め手だ。その分少し割高だが、金はあるので問題ない。若干、何が〝まさか〟なのか気になったというのもあるが……

 

「いらっしゃいませー、ようこそ〝マサカの宿〟へ! 本日はお泊りですか? それともお食事だけですか?」

「宿泊だ。このガイドブック見て来たんだが、記載されている通りでいいか?」

 

 ハジメが見せたオバチャン特製地図を見て合点がいったように頷く女の子。

 

「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」

 

 店員の女の子がテキパキと宿泊手続きを進めようとするが、ハジメは何処か遠い目をしている。ハジメ的に、あのオバチャンの名前がキャサリンだったことが何となくショックだったらしい。女の子の「あの~お客様?」という呼び掛けにハッと意識を取り戻した。

 

「あ、ああ、済まない。一泊でいい。食事付きで、あと風呂も頼む」

「はい。お風呂は十五分百ルタです。今のところ、この時間帯が空いてますが」

 

 女の子が時間帯表を見せる。なるべくゆっくり入りたいので、男女で分けるとして二時間は確保したい。その旨を伝えると「えっ、二時間も!?」と驚かれたが、日本人たるハジメとしては譲れないのだろう。

 

「え、え~と、それでお部屋はどうされますか? 二人部屋と三人部屋が空いてますが……」

「二人部屋を二つで頼む」

「……当然、私とハジメで一部屋、後は紅達」

「ハッ! なるほどさすがユエさん! その手がありましたか!」

「そんな手はない。男女で別れるに決まってるだろ」

 

 部屋を頼んでそのまま部屋へと向かう。途中ぐずり続けるユエとシアを二人部屋に放って紅とハジメも自身の部屋に入る。相当疲れていたのかハジメは部屋に入ってすぐにベッドにダイブして意識をシャットダウンした。

 

 数時間ほど経ち、夕食の時間になった頃を見計らってハジメを起こす紅。そのまま隣の部屋で同じく寝ていたユエとシアを伴って階下の食堂に向かった。何故か、チェックインの時にいた客が全員まだ其処にいた。

 

 注文した料理は確かに美味かったのだが、せっかく久しぶりに食べたまともな料理は、もう少し落ち着いて食べたかったと、内心溜息を吐くのだった。

 

 風呂は風呂で、男女で時間を分けたのに結局ユエもシアも乱入してきたり、それに対していつかのように紅が桶を投げつけヒットさせたりと修羅場になった挙句、ハジメのゲンコツ制裁で仲良く涙目になったり、その様子をこっそり風呂場の陰から宿の女の子が覗いていたり、のぞきがばれて女将さんに尻叩きされていたりと散々だった。

 

 翌朝、朝食を食べた後、ハジメは、ユエとシアに金を渡し、旅に必要なものの買い出しを頼んだ。チェックアウトは昼なのでまだ数時間は部屋を使える。なので、ユエ達に買出しに行ってもらっている間に、部屋で済ませておきたい用事があったのだ。

 

「用事ってなんですか?」

 

 シアが疑問を素直に口にする。しかし、ハジメは、

 

「ちょっと作っておきたいものがあるんだよ。構想は出来ているし、数時間もあれば出来るはずだ。ホントは昨夜やろうと思っていたんだが……何故か妙に疲れて出来なかったんだよ」

「……そ、そうだ。ユエさん。私、服も見ておきたいんですけどいいですか?」

「……ん、問題ない。私は、露店も見てみたい」

「あっ、いいですね! 昨日は見ているだけでしたし、買い物しながら何か食べましょう。紅さんも一緒にどうですか?」

「オレはいいよ、二人で行っておいで」

 

 きゃいきゃいと買い物の話をし始めるユエとシア。自分達が原因だと分かってはいるが、心情的に非を認めたくないので、阿吽の呼吸で話題も逸らす。

 

 

 

 

 ユエとシアが買い物に出かけ、部屋にはハジメと紅の二人となった。

 

「……なんでついて行かなかったんだ?」

「あの二人と居ると視線がつらい……それに〝錬成〟で何か作ってくれる約束だろ?」

「ああ、そういえばそんな事言ったな」

 

 シアが告白した時、ユエに頼まれ断ることができなくなったハジメが言った一言を紅は憶えていた。

 

「何が欲しいんだ? 今作ってるコレが終えたら取り掛かるぞ」

「……剣が欲しい。オレの全力の銀気に耐えられるような強力なやつ」

「あん? そりゃあ作れって言うならそうするが、お前確か自分で創れるんじゃなかったか?」

「あれはオレの銀気で誤魔化してるだけで剣としてのできはお粗末だ。硬度もそれほど高くない。〝銀気創剣〟は使い捨て前提の技だからな」

 

 未来でもそうだった。銀気闘法を完成させてからの紅はその膨大な銀気に耐えられる武具がなく、結果素手による徒手空拳がメインになった。だがこの先他の血族と戦うのならやはり自分の全力に耐えられる武器が欲しいと思ってしまう。

 

「……あんま自信ねぇぞ。生成魔法は使えず、銀気との親和性を考えると素材は自ずと銀一択になる。んなもんで作った武器に質どうこういわれてもなぁ……」

「無理ならそれでも構わない。こんなのは所詮ただの我儘だ」

 

 結局、紅へのお詫びの件は一時保留となった。室内をハジメの魔力光である紅色で満たされる。

 

「……()色の魔力光とか、オレのこと好きすぎだろ」

「ぶっ飛ばすぞテメェ!」

 

 そして買い物から帰ってきたユエ達とも合流。ハジメはシア用に作った大槌型アーティファクト:ドリュッケンを渡してギミックの説明をする。ハジメの済ませておきたいこととは、この武器の作成だったのだ。

 

 これで準備は整った。

 

 旅の再開だ。

 

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