銀の死神   作:日彗

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第二十一話 二つ目の大迷宮

 

 死屍累々。

 

 そんな言葉がピッタリな光景がライセン大峡谷の谷底に広がっていた。ある魔物はひしゃげた頭部を地面にめり込ませ、またある魔物は頭部を粉砕されて横たわり、更には全身を炭化させた魔物など、死に方は様々だが一様に一撃で絶命しているようだ。

 

「一撃必殺ですぅ!」

 

ズガンッ!!

 

 シアの大槌が、その絶大な膂力をもって振るわれ文字通り一撃必殺となって魔物を叩き潰す。攻撃を受けた魔物は自身の耐久力を遥かに超えた衝撃に為す術なく潰され絶命する。餅つきウサギも真っ青な破壊力である。

 

「まだ動きに無駄が多い。無駄を削るという事は最小限で最大限の効果を発揮するという事だ。さぼらずに鍛錬を続けるように」

「は、はいですぅ……」

 

 谷底に跋扈する地獄の猛獣達が完全に雑魚扱いだった。大迷宮を示す何かがないかを探索しながら片手間で皆殺しにして行く。道中には魔物の死体が溢れかえっていた。もうここの魔物では訓練相手にはならないらしい。

 

 シアに修行を付けながら峡谷を進み続ける。だが未だに迷宮への入口は見つからない。

 

「まぁ、大火山に行くついでなんですし、見つかれば儲けものくらいでいいじゃないですか。大火山の迷宮を攻略すれば手がかりも見つかるかもしれませんし」

「まぁ、そうなんだけどな……」

「ん……でも魔物が鬱陶しい」

「だからオレが戦うって言ってるだろ」

 

 そんな風に愚痴をこぼし、更に走り続けること三日。その日も収穫なく日が暮れて、谷底から見上げる空に上弦の月が美しく輝く頃、ハジメ達はその日の野営の準備をしていた。

 

 野営テントを取り出し、夕食の準備をする。町で揃えた食材と調味料と共に、調理器具も取り出す。この野営テントと調理器具、実は全てハジメ謹製のアーティファクトだったりする。

 

 野営テントは、生成魔法により創り出した〝暖房石〟と〝冷房石〟が取り付けられており、常に快適な温度を保ってくれる。また、冷房石を利用して〝冷蔵庫〟や〝冷凍庫〟も完備されている。さらに、金属製の骨組みには〝気配遮断〟が付加された〝気断石〟を組み込んであるので敵に見つかりにくい。

 

 調理器具には、流し込む魔力量に比例して熱量を調整できる火要らずのフライパンや鍋、魔力を流し込むことで〝風爪〟が付与された切れ味鋭い包丁などがある。スチームクリーナーモドキなんかもある。どれも旅の食事を豊かにしてくれるハジメの愛し子達だ。しかも、魔力の直接操作が出来ないと扱えないという、ある意味防犯性もある。

 

 当然、そのすべてが紅には使用できないわけだが。

 

 大満足の夕食を終えて、その余韻に浸りながら、いつも通り食後の雑談をするハジメ達。テントの中にいれば、それなりに気断石が活躍し魔物が寄ってこないので比較的ゆっくりできる。

 

「悪い、ちょっと散歩してくる」

 

 そう言って紅はテントから出ていく。紅ならば問題ないだろうとハジメは手をプラプラさせて見送る。

 

 紅は峡谷の壁に沿って歩いていく。そのまま少し歩いていくと、そこには、巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれ掛かるように倒れおり、壁面と一枚岩との間に隙間が空いている場所があった。

 紅は迷わずその隙間に入る。中には壁面側が奥へと窪んでおり、意外なほど広い空間が存在した。そしてその奥には……。

 

「見つけた」

「何を見つけたんですか? 紅さん」

「……うっわ。ビックリした」

 

 背後から話しかけられ、振り向くとそこにはシアがいた。どうやらトイ……お花を摘みに来たらしい。

 

「ちょうどいい。ハジメ達を呼んで来てくれるか? 大迷宮の入口を見つけた」

「え? ……ええ!? わ、わかりました! すぐ呼んできますぅ!」

 

 テントまで全力疾走をするシアを横目にもう一度それを見る。そこには、壁を直接削って作ったのであろう見事な装飾の長方形型の看板があり、それに反して妙に女の子らしい丸っこい字でこう掘られていた。

 

〝おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪〟

 

「変わらないな、ミレディ……」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「……なんじゃこりゃ」

「……なにこれ」

 

 ハジメとユエの声が重なる。その表情は、まさに〝信じられないものを見た!〟という表現がぴったり当てはまるものだ。二人共、呆然と地獄の谷底には似つかわしくない看板を見つめている。

 

「何って、入口ですよ! 大迷宮の! おトイ……ゴホッン、お花を摘みに来たら偶然見つけちゃいまして。いや~、ホントにあったんですねぇ、ライセン大峡谷に大迷宮って」

「見つけたのはオレなんだけど」

 

 能天気なシアの声が響く中、ハジメとユエはようやく硬直が解けたのか、何とも言えない表情になり、困惑しながらお互いを見た。

 

「……ユエ。マジだと思うか?」

「…………………………ん」

「長ぇ間だな。根拠は?」

「……ミレディ」

「やっぱそこだよな……」

 

 〝ミレディ〟その名は、オスカーの手記に出て来たライセンのファーストネームだ。ライセンの名は世間にも伝わっており有名ではあるがファーストネームの方は知られていない。故に、その名が記されているこの場所がライセンの大迷宮である可能性は非常に高かった。

 

「でも、入口らしい場所は見当たりませんね? 奥も行き止まりですし……」

 

 そんなハジメとユエの微妙な心理に気づくこともなく、シアは、入口はどこでしょう? と辺りをキョロキョロ見渡したり、壁の窪みの奥の壁をペシペシと叩いたりしている。

 

「あ、シアそこは……」

 

ガコンッ!

 

「ふきゃ!?」

 

 紅達の眼前でシアの触っていた窪みの奥の壁が突如グルンッと回転し、巻き込まれたシアはそのまま壁の向こう側へ姿を消した。さながら忍者屋敷の仕掛け扉だ。

 

「「………」」

「あのバカ」

 

 シアに続いて紅も同じように回転扉に手をかける。扉の仕掛けが作用して、三人を同時に扉の向こう側へと送る。中は真っ暗だった。扉がグルリと回転し元の位置にピタリと止まる。と、その瞬間、

 

ヒュヒュヒュ!

 

 無数の風切り音が響くより速く剣を振るう。飛来してきたのは矢だった。全く光を反射しない漆黒の矢が侵入者を排除せんと無数に飛んできているのだ。

 

 本数にすれば二十本。一本の金属から削り出したような艶のない黒い矢が地面に散らばり、最後の矢が地面に叩き落とされる音を最後に再び静寂が戻った。

 

 と、同時に周囲の壁がぼんやりと光りだし辺りを照らし出す。紅達のいる場所は、十メートル四方の部屋で、奥へと真っ直ぐに整備された通路が伸びていた。そして部屋の中央には石版があり、看板と同じ丸っこい女の子文字でとある言葉が掘られていた。

 

〝ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ〟

〝それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ〟

 

「「………」」

「相変わらずだなぁあいつ」

 

 これに対するハジメとユエの内心はかつてないほど一致している。すなわち「うぜぇ~」と。わざわざ、〝ニヤニヤ〟と〝ぶふっ〟の部分だけ彫りが深く強調されているのが余計腹立たしい。特に、パーティーで踏み込んで誰か死んでいたら、間違いなく生き残りは怒髪天を衝くだろう。

 

 ハジメもユエも、額に青筋を浮かべてイラッとした表情をしている。そして、ふと、ユエが思い出したように呟いた。

 

「……シアは?」

「あ」

 

 ユエの呟きで紅も思い出したようで、慌てて背後の回転扉を振り返る。扉は、一度作動する事に半回転するので、この部屋にいないということは、紅達が入ったのと同時に再び外に出た可能性が高い。結構な時間が経っているのに未だ入ってこない事に嫌な予感がして、回転扉を作動させに行った。

 

 果たしてシアは……いた。回転扉に縫い付けられた姿で。

 

「うぅ、ぐすっ、紅ざん……見ないで下さいぃ~、でも、これは取って欲しいでずぅ。ひっく、見ないで降ろじて下さいぃ~」

 

 何というか実に哀れを誘う姿だった。シアは、おそらく矢が飛来する風切り音に気がつき見えないながらも天性の索敵能力で何とか躱したのだろう。だが、本当にギリギリだったらしく、衣服のあちこちを射抜かれて非常口のピクトグラムに描かれている人型の様な格好で固定されていた。ウサミミが稲妻形に折れ曲がって矢を避けており、明らかに無理をしているようでビクビクと痙攣している。もっとも、シアが泣いているのは死にかけた恐怖などではないようだ。なぜなら……足元が盛大に濡れていたからである。

 

「あーあー、だから油断するなって言ったのに。まあ怪我がなくてよかった」

「よくありまぜんよぉ! うぅ~、どうして先に済ませておかなかったのですかぁ、過去のわたじぃ~!!」

 

 女として絶対に見られたくない姿を、よりにもよって惚れた男の前で晒してしまったことに滂沱の涙を流すシア。ウサミミもペタリと垂れ下がってしまっている。

 

「……動かないで」

 

 流石に同じ女として思うところがあったのか、ユエが無表情の中に同情を含ませてシアを磔から解放する。

 

「……あれくらい何とかする。未熟者」

「面目ないですぅ~。ぐすっ」

「……ハジメ、着替え出して」

「あいよ」

 

 〝宝物庫〟からシアの着替えを出してやり、シアは顔を真っ赤にしながら手早く着替えた。

 

 そして、シアの準備も整い、いざ迷宮攻略へ! と意気込み奥へ進もうとして、シアが石版に気がついた。

 

 顔を俯かせ垂れ下がった髪が表情を隠す。しばらく無言だったシアは、おもむろにドリュッケンを取り出すと一瞬で展開し、渾身の一撃を石板に叩き込んだ。ゴギャ! という破壊音を響かせて粉砕される石板。

 

 よほど腹に据えかねたのか、親の仇と言わんばかりの勢いでドリュッケンを何度も何度も振り下ろした。

 

 すると、砕けた石板の跡、地面の部分に何やら文字が彫ってあり、そこには……

 

〝ざんね~ん♪ この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ~プークスクス!!〟

 

「ムキィーー!!」

 

 シアが遂にマジギレして更に激しくドリュッケンを振い始めた。部屋全体が小規模な地震が発生したかのように揺れ、途轍もない衝撃音が何度も響き渡る。

 

「こらこら落ち着け。修復するって書いてあるだろ」

「……ミレディ・ライセンだけは〝解放者〟云々関係なく、人類の敵で問題ないな」

「……激しく同意」

 

 どうやらライセンの大迷宮は、オルクス大迷宮とは別の意味で一筋縄ではいかない場所のようだ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 ライセン大迷宮は想像以上に厄介な場所だ。

 

 まず、魔法がまともに使えない。谷底より遥かに強力な分解作用が働いているためだ。魔法特化のユエにとっては相当負担のかかる場所である。

 

 何せ、上級以上の魔法は使用できず、中級以下でも射程が極端に短い。五メートルも効果を出せれば御の字という状況だ。何とか、瞬間的に魔力を高めれば実戦でも使えるレベルではあるが、今までのように強力な魔法で一撃とは行かなくなった。

 

 また、魔晶石シリーズに蓄えた魔力の減りも馬鹿にできないので、考えて使わなければならない。それだけ消費が激しいのだ。魔法に関しては天才的なユエだからこそ中級魔法が放てるのであって、大抵の者は役立たずになってしまうだろう。

 

 ハジメにとっても多大な影響が出ている。〝空力〟や〝風爪〟といった体の外部に魔力を形成・放出するタイプの固有魔法は全て使用不可となっており、頼みの〝纏雷〟もその出力が大幅に下がってしまっている。ドンナー・シュラークは、その威力が半分以下に落ちているし、シュラーゲンも通常のドンナー・シュラークの最大威力レベルしかない。

 

「という訳でこの大迷宮では身体強化が何より重要になってくる。オレ達が中心になって攻略を……話聞いてる?」

「殺ルですよぉ……絶対、住処を見つけてめちゃくちゃに荒らして殺ルですよぉ」

「ダメだこりゃ」

 

 大槌ドリュッケンを担ぎ、据わった目で獲物を探すように周囲を見渡していた。明らかにキレている。それはもう深く深~くキレている。言葉のイントネーションも所々おかしいことになっている。その理由は、ミレディ・ライセンの意地の悪さを考えれば容易に想像がつくだろう。

 

 そしてそれはシアだけではない。ハジメとユエも言葉にしないだけでキレかけている。シアがマジギレしてなければ彼等がキレていただろう。

 

 遂に、「フヒヒ」と奇怪な笑い声を発するようになったシアを横目に、紅はここに至るまでの悪質極まりない道程を思い返した。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 シアが、最初の石板を破壊し尽くしたあと、ハジメ達は道なりに通路を進み、とある広大な空間に出た。

 

 そこは、階段や通路、奥へと続く入口が何の規則性もなくごちゃごちゃにつながり合っており、まるでレゴブロックを無造作に組み合わせてできたような場所だった。一階から伸びる階段が三階の通路に繋がっているかと思えば、その三階の通路は緩やかなスロープとなって一階の通路に繋がっていたり、二階から伸びる階段の先が、何もない唯の壁だったり、本当にめちゃくちゃだった。

 

「こりゃまた、ある意味迷宮らしいと言えばらしい場所だな」

「……ん、迷いそう」

「ふん、流石は腹の奥底まで腐ったヤツの迷宮ですぅ。このめちゃくちゃ具合がヤツの心を表しているんですよぉ!」

「落ち着け落ち着け」

 

 未だ怒り心頭のシア。それに呆れ半分同情半分の視線を向けつつ、どう進むか検討する。

 

「ハジメ、とりあえずマーキングしておいてくれ」

「ああ、ついでにマッピングもしないとな」

 

 〝マーキング〟とは、ハジメの〝追跡〟の固有魔法のことだ。この固有魔法は、自分の触れた場所に魔力で〝マーキング〟することで、その痕跡を追う事ができるというものだ。生物に〝マーキング〟した場合、ハジメにはその生物の移動した痕跡が見えるのである。今回の場合は、壁などに〝マーキング〟することで通った場所の目印にする。〝マーキング〟は可視化することもできるので紅達にもわかる。魔力を直接添付しているので、分解作用も及ばず効果があるようだ。

 

 ハジメは早速、入口に一番近い場所にある右脇の通路に〝マーキング〟して進んでみることにした。

 

 通路は幅二メートル程で、レンガ造りの建築物のように無数のブロックが組み合わさって出来ていた。やはり壁そのものが薄ら発光しているので視界には困らない。緑光石とは異なる薄青い光を放っている。

 

 そんな長い通路を歩いていると、突然、

 

ガコンッ

 

 という音を響かせてハジメの足が床のブロックの一つを踏み抜いた。そのブロックだけハジメの体重により沈んでいる。ハジメ達が思わず「えっ?」と一斉にその足元を見た。

 

 その瞬間、

 

シャァアアア!!

 

 そんな刃が滑るような音を響かせながら、左右の壁のブロックとブロックの隙間から高速回転・振動する円形でノコギリ状の巨大な刃が飛び出してきた。右の壁からは首の高さで、左の壁からは腰の高さで前方から薙ぐように迫ってくる。

 

「回避!」

 

 ハジメは咄嗟にそう叫びつつ、後ろに倒れ込みながら二本の凶悪な刃を回避する。ユエは元々背が小さいのでしゃがむだけで回避した。紅はシアを引きずることで回避させたようだ。

 

 二枚の殺意と悪意がたっぷりと乗った刃はハジメ達を通り過ぎると何事もなかったように再び壁の中に消えていった。第二陣を警戒して、しばらく注意深く辺りを見回すハジメ。しかし、どうやら今ので終わりらしい。

 

「まだだ! 気を抜くな!」

 

 その声にハジメは反射的に前に飛び出し、ユエを回収して勢いそのままに前方に身を投げ出す。見てみると紅も同じようにシアを回収していた。そして、

 

 今の今までハジメ達がいた場所に、頭上からギロチンの如く無数の刃が射出され、まるでバターの如く床にスっと食い込んだ。やはり、先程の刃と同じく高速振動している。

 

 冷や汗を流して足先数センチに落とされた刃を見つめるハジメ。ユエとシアも硬直している。

 

「物理トラップはハジメの魔眼石だと感知できない。気を付けろ」

「お、おう」

 

 だが、ハジメは奈落の鉱物を用いた武器防具を持っている。完全な不意打ちに思わず回避を選択したが、ハジメならさっきの刃も義手か銃身で受け止められただろう。コート自体も魔物の革を利用したものでかなりの防御力を誇っているし、その下にはプロテクターを各急所部分につけているので、そうそう死にはしない。

 

 そして、ユエには〝自動再生〟がある。トラップにかかっても死にはしない。となると……必然的にヤバイのはシアだけである。

 

「とにかく警戒を怠るな。仮にもここは大迷宮。次の瞬間には死んでることだってあり得るんだからな」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 一行は、トラップに注意しながら更に奥へと進む。

 

 ハジメ達は、通路の先にある空間に出た。その部屋には三つの奥へと続く道がある。取り敢えず〝マーキング〟だけしておき、紅達は階下へと続く階段がある一番左の通路を選んだ。

 

「うぅ~、何だか嫌な予感がしますぅ。こう、私のウサミミにビンビンと来るんですよぉ」

 

 階段の中程まで進んだ頃、突然、シアがそんなことを言い出した。言葉通り、シアのウサミミがピンッと立ち、忙しなく右に左にと動いている。

 

「お前、変なフラグ立てるなよ。そういうこと言うと、大抵、直後に何か『ガコン』…ほら見ろっ!」

「わ、私のせいじゃないですぅッ!?」

「!? ……フラグウサギッ!」

「警戒しろって言ったよな!?」

 

 ハジメとシアが話している最中に、嫌な音が響いたかと思うと、いきなり階段から段差が消えた。かなり傾斜のキツイ下り階段だったのだが、その階段の段差が引っ込みスロープになったのだ。しかもご丁寧に地面に空いた小さな無数の穴からタールのようなよく滑る液体が一気に溢れ出してきた。

 

「チッ!」

 

 咄嗟に剣を突き刺すことで滑り落ちないように堪える。横ではハジメもまた靴の底に仕込んだ鉱石を錬成してスパイクにし、義手の指先からもスパイクを出して滑り落ちないように堪えていた。ユエは、咄嗟にハジメに飛びついたので滑り落ちることはなかった。ハジメが踏ん張ることを読んでいたのだろう。この辺りは流石、阿吽の呼吸である。

 

 しかし、まだそんな連携などできないのが一人。言わずもがな、シアである。

 

「うきゃぁあ!?」

「ぶっ!?」

「ハ、ハジメー!」

 

 液体まみれになり滑落。そのまま、M字開脚の状態でハジメの顔面に衝突した。その衝撃で義手のスパイクが外れてしまい、ハジメは、右手にユエを掴んだまま後方にひっくり返った。足のスパイクも外れてしまい、スロープの下方に頭を向ける形で滑り落ちていく。

 

「あのバカ共!」

 

 紅もまた剣を引き抜いてハジメ達の後を追う。だが滑り落ちる速度はドンドン増している。ハジメも何とか止めようとしているみたいだが強力な魔力分解作用により上手くいかないようだ。

 

「ハ、ハジメさん! 道がっ!」

 

 直後、前方を見たシアが焦燥に駆られた声をあげる。

 ハジメはそれだけで悟った。この滑落の果てに、どこかに放り出されるのだろうと。

 

「やっと追いついた! ハジメ! シアはオレが引き受ける! ユエの方を任せたぞ!」

「言われるまでもねぇ! ユエ!」

「んっ!」

 

 ハジメはユエの名を呼ぶ。それだけでユエはハジメの意図を正確に読み取った。

 

「シア、しっかり掴まってろ! 絶対に下を見るなよ!」

「どういうことですかあぁ~!」

 

 そして遂にスロープが終わりを迎え、ハジメ達は空中へと投げ出された。一瞬の無重力。その隙にユエは魔法を発動する。

 

「〝来翔〟!」

 

 風系統の初級魔法だ。強烈な上昇気流を発生させ跳躍力を増加させる魔法である。しかし、この場は魔法の力が及ばない領域。ユエの魔法は、ほんの数秒の間、ハジメ達を浮かせる程度の効果しか発揮できなかった。

 

 だがそれで十分。

 

 ハジメが、右手にユエをしがみつかせたまま義手を天井に向けて掲げた。そして魔力を流して義手の内手首から細いワイヤーが取り付けられたアンカーが飛び出し天井の壁に勢いよく突き刺さった。そして、アンカーから返しが飛び出し完全に固定される。

 

 紅はユエの魔法によりできた一瞬の滞空時間でもう一度跳ぶ。ハジメの様に魔法を使ったわけではない、純粋な技術による空中での二段階ジャンプだ。それによって壁にまで到達、剣を突き刺すことで落下を阻止した。

 

 ……そして、全員が何気なく下を見て盛大に後悔した。

 

カサカサカサ、ワシャワシャワシャ、キィキィ、カサカサカサ

 

 そんな音を立てながらおびただしい数のサソリが蠢いていたのだ。体長はどれも十センチくらいだろう。落下を防がなければ、あのサソリの海に飛び込んでいたのである。

 

「「「……」」」

「だから見るなって言ったのに」

 

 思わず黙り込む三人。これ以上下を見たくなくて、天井に視線を転じる。すると、何やら発光する文字があることに気がついた。

 

〝彼等に致死性の毒はありません〟

〝でも麻痺はします〟

〝存分に可愛いこの子達との添い寝を堪能して下さい、プギャー!!〟

 

 ここに落ちた者はきっと、サソリに全身を這い回られながら、麻痺する体を必死に動かして、藁にもすがる思いで天に手を伸ばすだろう。そして発見するのだ。このふざけた言葉を。

 

「「「………」」」

「おーい、とりあえずあそこにある横穴に入ろう」

 

 紅の言葉に視線を向ける。そこにはぽっかりと横穴が空いていた。

 

「横穴か……どうする? このまま落ちてきたところを登るか、あそこに行ってみるか」

「わ、私は、ハジメさんの決定に従います。ご迷惑をお掛けしたばかりですし……」

「いや、そのお仕置きは迷宮出たらするから気にするな」

「逆に気になりますよぉ! そこは『気にするな』だけでいいじゃないですかぁ!」

「気を抜くなって何度言わせる気だ。とにかく行くぞ」

 

 ハジメは、もう一本アンカーを射出し、位置を調整しながらターザンの要領で移動し、それに続いて紅も片手で器用に剣を突き刺しながら横穴へと辿り着いた。

 

 だがこれはまだ序盤である。大迷宮の攻略は始まったばかりなのだ。

 

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