銀の死神   作:日彗

25 / 38
第二十五話 誓い

 

 辺りにもうもうと粉塵が舞い、地面には放射状のヒビが幾筋も刻まれている。その上に胸部から漆黒の杭を生やした巨大なゴーレムが横たわっていた。

 

 そのミレディ・ゴーレムの上で、ドリュッケンを支えにしてゼハァゼハァと息を荒げるシアのもとへと向かう。ハジメは感心したように目を細め、ユエは優しげな眼差しを向けている。

 

「やったじゃねぇかシア。最後のは凄い気迫だった。見直したぞ」

「……ん、頑張った」

「えへへ、ありがとうございます」

 

 疲れた表情を見せながらも、二人の称賛にはにかむシア。実際、つい最近まで、争いとは無縁だったとは思えない活躍だった。それはひとえに、皆と同じステージに立ちたい、ずっと一緒にいたいというシアの願いあってのことだろう。深く強いその願いが、シアの潜在能力と相まって七大迷宮最大の試練と正面から渡り合わせ、止めを刺すというこれ以上ない成果を生み出した。

 

「てっきり最後までハジメがやると思ってたんだけどな。実際それだけの余裕はあっただろ?」

「褒美だよ褒美。一度も弱音を吐かずここまでついてきたコイツへの、な」

 

 事実、ハジメとしては最後の場面で、どうしてもシアの止めが必要という訳ではなかった。パイルバンカーが威力不足だろうことは予想がついていたし、それを押し込む手段もあった。だが、温厚で争いごとが苦手な兎人族であり、つい最近まで戦う術を持たなかったシアが一度も「帰りたい」などと弱音を吐かず、恐怖も不安も動揺も押しのけて大迷宮の深部までやって来たのだ。最後を任せるというのもありだろうとハジメは考えた。

 

「結果は上々だったな」

「最後の一撃はよかった。やはり兎の亜人、これからは足技を中心に鍛えた方がいいかもな。今からメニューを考えておこう」

「あれ? 頑張った私への言葉は無し? しかももう次の話をしてらっしゃる!?」

 

 ハジメと紅、二人で盛り上がっているその光景に信じられないものを見たと言う様に叫ぶシア。どうやら元気だけは有り余っているようだ。

 そんなシアのもとへユエがトコトコと歩み寄っていく。そして、服を引っ張り屈ませると、おもむろにシアの頭を撫でた。乱れた髪を直すように、ゆっくり丁寧に。

 

「え、えっと、ユエさん?」

「……紅は撫でないだろうから、残念だろうけど代わりに。よく頑張りました」

「ユ、ユエさぁ~ん。うぅ、あれ、何だろ? 何だか泣けてぎまじだぁ、ふぇええ」

「……よしよし」

「仲がいいな」

「お前他人事だと思ってるだろ……」

 

 ユエに甘えるシア、抱きかかえるユエ、それを見つめるハジメと紅。そんな四人に、突如、声が掛けられた。

 

「あのぉ~、いい雰囲気で悪いんだけどぉ~、そろそろヤバイんで、ちょっといいかなぁ~?」

 

 物凄く聞き覚えのある声。ハジメ達がハッとしてミレディ・ゴーレムを見ると、消えたはずの眼の光がいつの間にか戻っていることに気がついた。咄嗟に、飛び退り距離を置くハジメ達。確かに核は砕いたはずなのにと警戒心もあらわに身構える。

 

「ちょっと、ちょっと、大丈夫だってぇ~。試練はクリア! あんたたちの勝ち! 核の欠片に残った力で少しだけ話す時間をとっただけだよぉ~、もう数分も持たないから」

「ミレディ、お前……」

 

 その言葉を証明するように、ミレディ・ゴーレムはピクリとも動かず、眼に宿った光は儚げに明滅を繰り返している。今にも消えてしまいそうだ。どうやら、数分しかもたないというのは本当らしい。

 

 ハジメが、少し警戒心を解きミレディ・ゴーレムに話しかける。

 

「で、何の話だ? 死にぞこない。死してなお空気も読めんとは……残念さでは随一の解放者ってことで後世に伝えてやろうか」

「ちょっ、やめてよぉ~、何その地味な嫌がらせ。ジワジワきそうなところが凄く嫌らしい」

「で? 〝クソ野郎共〟を殺してくれっていう話なら聞く気ないぞ」

 

 ハジメの機先を制するような言葉に、何となく苦笑いめいた雰囲気を出すミレディ・ゴーレム。

 

「言わないよ。言う必要もないからね。話したい……というより忠告だね。訪れた迷宮で目当ての神代魔法がなくても、必ず私達全員の神代魔法を手に入れること……君の望みのために必要だから……」

 

 ミレディの力が尽きかけているのか、次第に言葉が不鮮明に、途切れ途切れになってゆく。だが、そんなことは気にした様子もなくハジメが疑問を口にする。

 

「全部ね……なら他の迷宮の場所を教えろ。失伝していて、ほとんどわかってねぇんだよ」

「あぁ、そうなんだ……そっか、迷宮の場所がわからなくなるほど……長い時が経ったんだね。でも、そこの彼は知ってるんじゃない……?」

 

 ミレディの視線が紅を射抜く。それを軽く受け流した紅はただ肩をすくめるだけだった。

 

「……そっか、うん……君は()()()()()()でいくんだね……えっと、場所……場所はね……」

 

 いよいよ、ミレディ・ゴーレムの声が力を失い始める。どこか感傷的な響きすら含まれた声に、ユエやシアが神妙な表情をする。長い時を、使命、あるいは願いのために意志が宿る器を入れ替えてまで生きた者への敬意を瞳に宿した。

 

 ミレディは、ポツリポツリと残りの七大迷宮の所在を語っていく。中には驚くような場所にあるようだ。

 

「以上だよ……頑張ってね」

「……随分としおらしいじゃねぇの。あのウザったい口調やらセリフはどうした?」

 

 ハジメの言う通り、今のミレディは、迷宮内のウザイ文を用意したり、あの人の神経を逆なでする口調とは無縁の誠実さや真面目さを感じさせた。戦闘前にハジメの目的を聞いたときに垣間見せた、おそらく彼女の素顔が出ているのだろう。消滅を前にして取り繕う必要がなくなったということなのかもしれない。

 

「あはは、ごめんね~。でもさ……あのクソ野郎共って……ホントに嫌なヤツらでさ……嫌らしいことばっかりしてくるんだよね……だから、少しでも……慣れておいて欲しくてね……」

「おい、こら。狂った神のことなんざ興味ないって言っただろうが。なに、勝手に戦うこと前提で話してんだよ」

 

 ハジメの不機嫌そうな声に、ミレディは意外なほど真剣さと確信を宿した言葉で返した。

 

「……戦うよ。君が君である限り……必ず……君は、神殺しを為す」

「……以前にも、誰かに言われた気がするが……意味がわかんねぇよ。そりゃあ、俺の道を阻むなら殺るかもしれないが……」

 

 若干、困惑するハジメ。ミレディは、その様子に楽しげな笑い声を漏らす。

 

「ふふ……それでいい……君は君の思った通りに生きればいい…………君の選択が……きっと…………この世界にとっての……最良だから……」

 

 いつしか、ミレディ・ゴーレムの体は燐光のような青白い光に包まれていた。その光が蛍火の如く、淡い小さな光となって天へと登っていく。死した魂が天へと召されていくようだ。とても、とても神秘的な光景である。

 

「……最後に、一つ……聞かせて。わたしが落とした巨石群……あれをどうやって退けたの……?」

 

 それは紅に対する質問。その視線に紅は、今度こそ目を合わせて応えた。

 

「……ずっと、考えていた。様々な強力な魔法を扱う竜共を相手に、必勝の方法はあるのか、と」

 

 本来、武を極めるのであれば目指す境地は【無形】であるべきだ。それはすなわち()()()()という事。型が無ければ相手に動きを悟られず、またあらゆる事態に対応できる。それでも……それでも、未来の紅は欲した。竜を滅ぼすために、必殺の技を。

 

「そして()()()辿()()()()()()()が、『狩竜閃(がりゅうせん)』だった」

 

滅竜剣撃『狩竜閃』

 

 それは紅の体内で生成・練り上げられた膨大な銀気を、瞬間的に大放出し巨大な斬撃にして放つ。ただ、それだけの技。

 

「単純にして明快。シンプル故に隙なし。相手がどんな魔法を使おうと、()()()()()()()()()。……不器用だった未来のオレが最も得意とした技だ」

 

 一切の小細工を許さない『剛の極み』。防御しようとすれば、その尋常ではない凍力によって骨の芯まで凍てつき砕ける。かといって回避するにも攻撃範囲が広い。そもそも紅の戦闘スタイルも相まって、狩竜閃は至近距離から放つことの方が多い技だ。

 

 回避も防御も許さない。故に必殺。

 

 天職も技能も持たない、凡人だった紅には『銀気創剣』のような技よりも大雑把で分かりやすい狩竜閃の方が合っていた。

 

 紅の説明に、どこか納得したような表情(?)のミレディ・ゴーレム。

 

「……そっか、君も……色々あったんだね……ホントどれだけの地獄を越えれば、そうなるのかなぁ……」

「それはお前もだろ、ミレディ。みんなもう逝ったのに、一人だけ本当に来るかもわからない待ち人を待ち続けるなんざ……正直、オスカー達が許したとは思えない」

「まあ……最初はみんな反対してたよ……でも、私が解放者(みんな)のリーダーだからねぇ~」

「………」

 

 話は終わり、紅は一歩下がる。

 

「……さて、時間の……ようだね……君達のこれからが……自由な意志の下に……あらんことを……」

 

 オスカーと同じ言葉をハジメ達に贈り、〝解放者〟の一人、ミレディは淡い光となって天へと消えていった。

 

 辺りを静寂が包み、余韻に浸るようにユエとシアが光の軌跡を追って天を見上げる。

 

「……最初は、性根が捻じ曲がった最悪の人だと思っていたんですけどね。ただ、一生懸命なだけだったんですね」

「……ん」

 

 どこかしんみりとした雰囲気で言葉を交わすユエとシア。だが、ミレディに対して思うところが皆無の男、ハジメはうんざりした様子で二人に話しかけた。

 

「はぁ、もういいだろ? さっさと先に行くぞ。それと、断言するがアイツの根性の悪さは素だと思うぞ? あの意地の悪さは演技ってレベルじゃねぇよ」

「ちょっと、ハジメさん。そんな死人にムチ打つようなことを。ヒドイですよ。まったく空気読めないのはハジメさんの方ですよ」

「……ハジメ、KY?」

「いいから先に進もう。もうここに用はない」

「紅さんまで!? さっきまでのしんみりとした雰囲気は嘘だったんですか!?」

 

 そんな雑談をしていると、いつの間にか壁の一角が光を放っていることに気がついたハジメ達。気を取り直して、その場所に向かう。上方の壁にあるので浮遊ブロックを足場に跳んでいこうと、ブロックの一つに四人で跳び乗った。と、その途端、足場の浮遊ブロックがスィーと動き出し、光る壁までハジメ達を運んでいく。

 

「………」

「わわっ、勝手に動いてますよ、これ。便利ですねぇ」

「……サービス?」

 

 勝手にハジメ達を運んでくれる浮遊ブロックにシアは驚き、ユエは首をかしげる。ハジメは何故か嫌そうな表情だ。十秒もかからず光る壁の前まで進むと、その手前五メートル程の場所でピタリと動きを止めた。すると、光る壁は、まるで見計らったようなタイミングで発光を薄れさせていき、スっと音も立てずに発光部分の壁だけが手前に抜き取られた。奥には光沢のある白い壁で出来た通路が続いている。

 

 ハジメ達の乗る浮遊ブロックは、そのまま通路を滑るように移動していく。どうやら、ミレディ・ライセンの住処まで乗せて行ってくれるようだ。そうして進んだ先には、オルクス大迷宮にあったオスカーの住処へと続く扉に刻まれていた七つの文様と同じものが描かれた壁があった。ハジメ達が近づくと、やはりタイミングよく壁が横にスライドし奥へと誘う。浮遊ブロックは止まることなく壁の向こう側へと進んでいった。

 

 くぐり抜けた壁の向こうには……

 

「やっほー、さっきぶり! ミレディちゃんだよ!」

 

 ちっこいミレディ・ゴーレムがいた。

 

「「………」」

「おつかれミレディ」

「ほれみろ。こんなこったろうと思ったよ」

 

 言葉もないユエとシア。ハジメは予想がついていたようでウンザリした表情をし、紅は動じることさえなく労いの言葉を送っている。

 

 そもそも最終試練がミレディとの戦闘なのであれば、一度挑戦者が現れ撃破されたらそれっきりという事になる。だがそれはあり得ない。であれば必然的にミレディは消滅していないと予測ができる。

 

 黙り込んで顔を俯かせるユエとシアに、ミレディが非常に軽い感じで話しかける。

 

「あれぇ? あれぇ? テンション低いよぉ~? もっと驚いてもいいんだよぉ~? あっ、それとも驚きすぎても言葉が出ないとか? だったら、ドッキリ大成功ぉ~だね☆」

 

 ちっこいミレディ・ゴーレムは、巨体版と異なり人間らしいデザインだ。華奢なボディに乳白色の長いローブを身に纏い、白い仮面を付けている。ニコちゃんマークなところが微妙に腹立たしい。そんなミニ・ミレディは、語尾にキラッ! と星が瞬かせながら、ハジメ達の眼前までやってくる。未だ、ユエとシアの表情は俯き、垂れ下がった髪に隠れてわからない。もっとも、先の展開は読めるので、紅達は揃って一歩距離をとった。

 

 ユエとシアがぼそりと呟くように質問する。

 

「……さっきのは?」

「ん~? さっき? あぁ、もしかして消えちゃったと思った? ないな~い! そんなことあるわけないよぉ~!」

「でも、光が昇って消えていきましたよね?」

「ふふふ、中々よかったでしょう? あの〝演出〟! やだ、ミレディちゃん役者の才能まであるなんて! 恐ろしい子!」

 

 テンション上がりまくりのミニ・ミレディ。比例してウザさまでうなぎ上りだ。そんなミニ・ミレディを前にして、ユエは手を前に突き出し、シアはドリュッケンを構えた。流石に、あれ? やりすぎた? と動きを止めるミニ・ミレディ。

 

「え、え~と……」

 

 ゆらゆら揺れながら迫ってくるユエとシアに、ミニ・ミレディは頭をカクカクと動かし言葉に迷う素振りを見せると意を決したように言った。

 

「テヘ、ペロ☆」

「……死ね」

「死んで下さい」

「ま、待って! ちょっと待って! このボディは貧弱なのぉ! これ壊れたら本気でマズイからぁ! 落ち着いてぇ! 謝るからぁ!」

 

 しばらくの間、ドタバタ、ドカンバキッ、いやぁーなど悲鳴やら破壊音が聞こえていたが、ハジメは一切を無視して、部屋の観察に努めた。部屋自体は全てが白く、中央の床に刻まれた魔法陣以外には何もなかった。唯一、壁の一部に扉らしきものがあり、おそらくそこがミニ・ミレディの住処になっているのだろうと推測する。

 

 それらすべてを尻目に、紅は部屋の隅に腰を下ろした。

 

「死神くぅ~ん、座ってないで助けてよぉ。ていうかお仲間でしょ! 無視してないで止めようよぉ!」

 

 そんな文句を言いながらミニ・ミレディは紅の背後に回り、二人の悪鬼に対する盾にしようとする。

 

「助けなきゃいけないほど弱くないだろ……」

「……紅退いて、そいつ殺せない」

「退いて下さい紅さん。そいつは殺ります。今、ここで。っていうかなにどさくさに紛れて抱き着いてんですかあなたは! ムキィィィ!」

「ほら二人とも、遊んでる暇があったらハジメを手伝ってこい」

 

 若干呆れた表情でユエとシアに軽い注意をする。背後のミニ・ミレディが「そうだそうだ、真面目にやれぇ!」とか言ってはやし立てた。

 

「ミレディも。久しぶりの客人で嬉しいのはわかるが、もう少し落ち着け。解放者のリーダーとしての自覚を持ちなさい。だいたいお前はなんで関係ない相手にまで喧嘩を売るような事をするんだ。『ライセンの姫君』とまで呼ばれた天才がそんな───」

「あれ? これってもしかしてガチ説教?」

 

 するとズカズカと足音を立てて、先ほどまで魔法陣を調べていたハジメが近づいてきた。

 

「おいミレディ。愉快なデザインになりたくなきゃ、さっさとお前の神代魔法をよこせ」

「あ、あのぉ~、言動が完全に悪役だと気づいてッ『(ガシッ)メキメキメキ』了解であります! 直ぐに渡すであります! だからストーップ! これ以上は、ホントに壊れちゃう!」

 

 ハジメのアイアンクローにニコちゃんマークが歪み悲痛な表情になっていく。ジタバタともがくミニ・ミレディに取り敢えず溜飲を下げたのかユエとシアも落ち着きを取り戻し、これ以上ふざけると本気で壊されかねないと理解したのかミニ・ミレディもようやく魔法陣を起動させ始めた。

 

 魔法陣の中に入るハジメ達。今回は、試練をクリアしたことをミレディ本人が知っているので、オルクス大迷宮の時のような記憶を探るプロセスは無く、直接脳に神代魔法の知識や使用方法が刻まれていく。ハジメとユエは経験済みなので無反応だったが、シアは初めての経験にビクンッと体を跳ねさせた。

 

「……君は本当にいらないの? わたしの神代魔法」

「オレには必要ない。あっても使えないしな。知ってるだろ?」

「……そうだったね。それにしても君、変わったねぇ~。あの頃は髪も黒かったしもっと老けてて……。さっき君はあの狩竜閃って技を説明する時『未来のオレ』って言ったよね。それはつまり───」

 

 話はまだ途中だが、魔法の継承が終わったようだ。

 

「これは……やっぱり重力操作の魔法か」

「……そうだよ~ん。ミレディちゃんの魔法は重力魔法。上手く使ってね…って言いたいところだけど、君とウサギちゃんは適性ないねぇ~もうびっくりするレベルでないね!」

「やかましいわ。それくらい想定済みだ」

 

 ミニ・ミレディの言う通り、ハジメとシアは重力魔法の知識等を刻まれてもまともに使える気がしなかった。ユエが、生成魔法をきちんと使えないのと同じく、適性がないのだろう。

 

「まぁ、ウサギちゃんは体重の増減くらいなら使えるんじゃないかな。君は……生成魔法使えるんだから、それで何とかしなよ。金髪ちゃんは適性ばっちりだね。修練すれば十全に使いこなせるようになるよ」

 

 ミニ・ミレディの幾分真面目な解説にハジメは肩を竦め、ユエは頷き、シアは打ちひしがれた。せっかくの神代魔法を適性なしと断じられ、使えたとしても体重を増減出来るだけ。ガッカリ感が凄まじい。また。重くするなど論外だが、軽くできるのも問題だ。油断すると体型がやばい事になりそうである。むしろデメリットを背負ったんじゃ……とシアは意気消沈した。

 

「せっかく手に入れた新しい武器だ。それは決して無駄にはならない。強くなるんだろ? なら頑張って使いこなせ」

「はいぃ……いやでも体重の操作で何をどうしろと……?」

 

 落ち込むシアを尻目に、ハジメはミレディに要求を突きつける。遠慮、容赦は一切ない。

 

「おい、ミレディ。さっさと攻略の証を渡せ。それから、お前が持っている便利そうなアーティファクト類と感応石みたいな珍しい鉱物類も全部よこせ」

「……君、セリフが完全に強盗と同じだからね? 自覚ある?」

 

 歪んだニコちゃんマークの仮面が、どことなくジト目をしている気がするが、ハジメは気にしない。ミニ・ミレディは、ごそごそと懐を探ると一つの指輪を取り出し、それをハジメに向かって放り投げた。パシッと音をさせて受け取るハジメ。ライセンの指輪は、上下の楕円を一本の杭が貫いているデザインだ。

 

 ミニ・ミレディは、更に虚空に大量の鉱石類を出現させる。おそらく〝宝物庫〟を持っているのだろう。そこから保管していた鉱石類を取り出したようだ。やけに素直に取り出したところを見ると、元々渡す気だったのかもしれない。何故か、ミレディはハジメが狂った神連中と戦うことを確信しているようであるし、このくらいの協力は惜しまないつもりだったのだろう。

 

 しかし、この程度でよしとしないのがハジメクオリティー。出された鉱物類を自分の〝宝物庫〟に仕舞いながら、冷めた目をミニ・ミレディに向ける。

 

「おい、それ〝宝物庫〟だろう? だったら、それごと渡せよ。どうせ中にアーティファクト入ってんだろうが」

「あ、あのねぇ~。これ以上渡すものはないよ。〝宝物庫〟も他のアーティファクトも迷宮の修繕とか維持管理とかに必要なものなんだから」

「知るか。寄越せ」

「あっ、こらダメだったら! 助けて死神くん! あの子がミレディちゃんを苛めるの!」

「あっ! あなた、また!?」

 

 ミレディは絶対に離れない!と言わんばかりに紅にしがみつく。流石に見かねた紅もまたミレディを庇う様に抱えた。

 

「まあいいじゃないか。どうせ持って行っても使い道のないアーティファクトばかりだろ? ここは彼女に免じて見逃してあげよう」

「ほぅほぅ、よくわかった。じゃあ寄越せ」

「退いてくださいハジメさん。私があの女を殺ります」

「君の言葉届いてないよ!? 君たち本当に仲間なんだよね!?」

 

 紅の説得を聞かず、ジリジリとハジメとなぜかシアが迫ってくる。その光景にミレディはただただ、紅の腕の中で震えていた。

 

「ここまで怯えているミレディを見るのは初めてかもしれない……」

「言ってる場合じゃないよ!?」

「なんだよ。俺はただ、攻略報酬として身ぐるみを置いていけと言ってるだけじゃないか。至って正当な要求だろうに」

「それを正当と言える君の価値観はどうかしてるよ! うぅ、いつもオーくんに言われてた事を私が言う様になるなんて……」

「ちなみに、そのオーくんとやらの迷宮で培った価値観だ」

「オーくぅぅーーん!!」

 

 ハジメ達に呆れた視線を向けつつも、今までの散々弄ばれた事を根に持っていたユエも参戦し、ジリジリとミレディ包囲網を狭めていく。半分は自業自得だが、もう半分はかつての仲間が創った迷宮のせいという辺りに何ともやるせなさを感じるミレディ。

 

「まるでアラン・グラント博士になった気分だ……」

「はぁ~、初めての攻略者がこんなキワモノだなんて……もぅ、いいや。君達を強制的に外に出すからねぇ! 戻ってきちゃダメよぉ!」

 

 今にも飛びかからんとしていたハジメ達の目の前で、ミニ・ミレディは、いつの間にか天井からぶら下がっていた紐を掴みグイっと下に引っ張った。

 

「「「?」」」

「ヤベッ」

 

 一瞬で理解し飛び上がる紅と、何してんだ? という表情をするハジメ達。だが、その耳に嫌というほど聞いてきたあの音が再び聞こえた。

 

ガコン!!

 

「「「!?」」」

 

 そう、トラップの作動音だ。その音が響き渡った瞬間、轟音と共に四方の壁から途轍もない勢いで水が流れ込んできた。正面ではなく斜め方向へ鉄砲水の様に吹き出す大量の水は、瞬く間に部屋の中を激流で満たす。同時に、部屋の中央にある魔法陣を中心にアリジゴクのように床が沈み、中央にぽっかりと穴が空いた。激流はその穴に向かって一気に流れ込む。

 

「てめぇ! これはっ!」

 

 ハジメは何かに気がついたように一瞬硬直すると、直ぐに屈辱に顔を歪めた。

 

 白い部屋、窪んだ中央の穴、そこに流れ込む渦巻く大量の水……そう、これではまるで〝便所〟である。

 

「嫌なものは、水に流すに限るね☆」

 

 ウインクするミニ・ミレディ。ユエが咄嗟に魔法で全員を飛び上がらせようとする。この部屋の中は神代魔法の陣があるせいか分解作用がない。そのため、ユエに残された魔力は少ないが全員を激流から脱出させる程度のことは可能だった。

 

「〝来…〟」

「させなぁ~い!」

 

 しかし、ユエが〝来翔〟の魔法を使おうとした瞬間、ミニ・ミレディが右手を突き出し、同時に途轍もない負荷がハジメ達を襲った。上から巨大な何かに押さえつけられるように激流へと沈められる。重力魔法で上から数倍の重力を掛けられたのだろう。

 

「あ~あ。酷いなこれは」

「それじゃあねぇ~、迷宮攻略頑張りなよぉ~」

「ごぽっ……てめぇ、俺たちゃ汚物か! いつか絶対破壊してやるからなぁ!」

「ケホッ……許さない」

「殺ってやるですぅ! ふがっ」

 

 ハジメ達はそう捨て台詞を吐きながら、なすすべなく激流に呑まれ穴へと吸い込まれていった。ハジメ達が穴に流されると、流れ込んだときと同じくらいの速度であっという間に水が引き、床も戻って元の部屋の様相を取り戻した。

 

「ふぅ~濃い連中だったねぇ~で、あの子が君が言ってた『神殺しの魔王』で間違いないんだよね?」

「ああ、ハジメは必ずエヒトを殺す。どうあがいても絶対にあいつらは殺し合う運命にある」

「……それで君は一人〝翼〟を狩りに行くんでしょ? それがあの〝クソ野郎〟を殺すよりも難しいと知っていながら」

「………」

 

 無言になる紅をミレディは数秒間見つめて、深く溜息を吐いた。

 

「まったく不器用だなぁ~。方法は分からないけど、未来の君から託されたんでしょ? だったら胸を張りなさい! んもう!」

「………なんで、」

 

 なんで知っているのか。そう問いかけようとしたのを見抜かれて先に答えた。

 

「ふっふ~ん、これでも『解放者』のリーダーだからね! それに神代魔法の真髄に至れば、あらゆる不可能は不可能じゃなくなる。未来の自分に会う事も、培ってきた『強さ』を受け継ぐことも……」

 

 「まあ少なくとも『解放者(私達)』には無理だけどね」とぼやくミレディは確かにリーダーとしての風格を纏っていた。

 

「……本当は不安なんだ。努力をしたのも、地獄を越えてきたのも、全部オレじゃない。オレは何もしていない。本当に凄いのはオレじゃなくて『未来のオレ』だ。オレはただ、その強さを貰っただけだ……。そんなオレが、本当に血族を滅ぼせられるのか? 未来のオレはやり遂げた。けどそれはオレにもできるという証明にはならない……」

 

─── 溢れる。

 

「死ぬことは別に怖くない。未来でもそうだった。竜を滅ぼすと言いながらも心のどこかでは死に場所を探していた。友人も知人も、大切な人も大切になるかもしれなかった人も、全員が死んだ。それなのに自分だけが生き残って、いつも自分だけが無事で」

 

─── 溢れる。

 

「怖い。失うことが怖い。託された使命を果たせないことが怖い。これ以上失いたくなくて戦い続けて……それでもやっぱり失って、また自分だけ生き残って」

 

─── 溢れる。

 

「今度こそは守りたい。次はない。これが最後のチャンスなんだ。全員守るために、失わないために、奪われないために、奪われる前に滅ぼし尽くす。……そう考えるたびにまた、不安になる」

 

─── 塞き止めていた思いが、溢れ出てくる。

 

「……ミレディ、オレは」

 

「うなああああああ!! ごちゃごちゃとうるさーーい!!」

 

 うじうじと話し続ける紅に等々キレたミレディは、遠心力を上手く使って頭突きをくらわせた。

 

「硬った~っ!」

「……何してるんだ。壊れるぞ」

 

 だが完全にノーダメージ。それどころか逆に呆れた視線を向けられるミレディ。だが負けじともう一度顔を突き合わせる。

 

「あのねぇ! 私達がどうしてここまでできたかわかる!? どうして大迷宮を創って、試練を用意して、攻略者に魔法を授けてるかわかる!?」

「……神殺しの為だろう。今もこの世界に巣食っている神を殺せる人間に託すためだ」

「それだけだったら他にも方法はあった! わざわざ大迷宮なんてものを創ったのは、わたしが永久を受け入れてここにいるのは」

 

 グイッと胸元を掴んで顔が寄せられる。ゴーレムの身体では涙は溢れない。だがこの瞬間、その顔に浮かぶにこちゃんマークから滴が滴る様子を幻視した。

 

 

「君との約束があったからだよ!!」

 

 

 途中まで真面目に聞いていたが、最後だけは意味が分からなかった。首をかしげる紅を無視してミレディは喋り続ける。

 

「君が『未来で確かに神殺しは為された』って言ったから私達は進むことができた! 解放者(わたしたち)のしていることは決して無駄なんかじゃないって思えた! ……君だったからわたし達は信じて未来に託せたんだよ……」

 

 それはミレディの本心であり、解放者たちの総意。だからこそ許せないのだろう。自分たちが信じた戦友(おとこ)が、己のすべてを託した現代の紅(あいて)。それなのに―――

 

「それなのに……他でもない君が、あの子を否定するようなこと言わないで……」

「………」

 

 まるで小さな子供の様に自分に縋ってくるミレディに疑問を持つ。彼女は何に対して怒ったのだろうか。

 

 自分の命を勘定に入れていないこと?

 ――― わからない

 

 自分たちの行いを否定された様に感じた?

 ――― わからない

 

 ……未来の自分を誇りに思っていながら、『託されたオレ』が自信なさげだったから?

 ――― ………

 

 答えなんて分からない。解なんて出やしない。だけど彼女の言葉は、紅の奥深くに鋭く突き刺さる。

 

「……それでも、オレは大した奴なんかじゃない。未来のオレの様に、誇りを持つことは難しい」

「!! だからねぇ「だけど」――」

「オレはみんなを守りたい。託されたからじゃない、オレ自身が失いたくなくて、奪われたくなくて……本当に大切だから。大切だと思うから。だからオレは戦う。……全部が終わったその時は、自分に誇りを持てると思う」

 

 文脈はグチャグチャ。ただ、言葉にすることが難しい思いを無理矢理ひねり出している。それをミレディは、静かに見守っていた。

 

「だから、オレはここに誓う。解放者ミレディ・ライセン、未来のオレと共に戦った貴女に。この時代でもう一度翼の血族を滅ぼすと」

 

 オスカーに続いてミレディにも宣言した。もう後には退けない。否、退くつもりなど最初(はな)からない。覚悟なんて、とっくにできている。

 話し終えた紅はハジメ達が流されていった地点へと向かう。自分も同じ方法で外に出るつもりのようだ。

 

「はぁ……死神君、はいこれ」

「……指輪? 何かのアーティファクトか? オレは使えないんだが」

 

 ミレディから渡されたのは摩訶不思議な模様が刻まれた指輪。宝物庫とも攻略の証とも違うようだが……。

 

「アーティファクトじゃないよ。……その指輪を持ってすべての大迷宮をめぐって。刻まれた模様に反応する仕掛けになってるから」

「意味がわからない……」

 

 この指輪を持って大迷宮に行くと何があるのか。なぜ自分に渡すのか。……核心に迫る回答をする気はないらしい。

 

「とりあえず、大迷宮に行けばいいんだな。了解した」

「うん。みんなによろしくね。……あ~あ、また寂しくなっちゃうなぁ~」

 

 ミレディの手にはいつの間にか天井からぶら下がる紐が握られていた。

 

「……長い事待たせて悪かったな」

「いいってことさ☆ あ、最後に一つ!」

 

 グイッと握っていた紐を下に引っ張る。

 

「私の大迷宮は楽しかった?」

「……ああ、悪くなかったよ」

 

 そして勢いよく流れ込んできた大量の水に、紅は流されていく。

 穴に落ちる直前、金髪の少女が笑顔で手を振っているのが見えた気がした。

 

 

 

 

 激流で満たされた地下トンネルのような場所を猛スピードで流された紅は、たまに横を素通りする魚や魔物やらを無視して流れに身を任せた。この勢いなら出口までそう時間は掛からないだろう。ハジメ達は無事なのかと思案し始めたところで……

 

ドボオォォォン!!

 

 勢いよく水中から打ち上げられた。優に10m程くらいの高さ。それだけでどれほどの激流だったのかがわかるだろう。

 

「お、おお~?」

「〝来翔〟!」

 

 そのまま重力に従い落ちていく紅を、風が柔らかく受け止めた。

 

「ああユエか。助かっ「シアー!! お前死因が溺死って、本当にそれでいいのか!?」……なにやってんだあれ」

 

 ユエの風魔法のおかげで難なく着地した紅の目の前には、白目を剥いて仰向けになっているシアとその横で叫んでいるハジメがいた。

 

「……なにやってんだあれ」

 

 

 

ライセン大迷宮 攻略 成功

 




番外編予告

それは復讐の物語
多くの絶望を味わい、多くの地獄を越えた男の歩んだ道
誰も知らない、滅竜の物語

挑むは絶対強者
抗うは強制運命

これは、死神へと至るまでの後日譚(前日譚)

銀の死神 the Lost Road


書けたらいいよネ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。