第二十七話 支部長からの依頼
「初めまして、冒険者ギルド、フューレン支部支部長イルワ・チャングだ。ハジメ君、コウ君、ユエ君、シア君……でいいかな?」
金髪をオールバックにした鋭い目付きの三十代後半くらいの男性、イルワの簡潔な自己紹介の後、ハジメ達の名を確認がてらに呼び握手を求める支部長イルワ。ハジメも握手を返しながら返事をする。
「ああ、構わない。名前は、手紙に?」
「その通りだ。先生からの手紙に書いてあったよ。随分と目をかけられている……というより注目されているようだね。将来有望、ただしトラブル体質なので、出来れば目をかけてやって欲しいという旨の内容だったよ」
事実、紅達はフュ―レンについていきなり騒ぎを起こしてしまった。主にハジメ達のせいだが。
フューレンに着いてから何があったのか、何故ギルド支部長の対面することになったのか。
簡潔に説明すると、フュ―レンについた紅達が案内人に連れられ立ち寄った店で軽食を取っていると、ブタの様に肥えた体の身なりのいい男が声をかけてきた。男はニヤついた目でユエとシアをジロジロと見やり、シアの首輪を見ると「百万ルタやるからこの兎を渡せ。それとそっちの金髪は妾にしてやる。一緒に来い(略)」と言い放った。ここまではいい。いや良くはないが、酷いのはこの後だ。男はユエに触れようと手を伸ばし、それにキレたハジメが〝威圧〟した。周囲のテーブルにいた者達ですら顔を青ざめさせて椅子からひっくり返るほどの殺気。それを当てられた男は悲鳴を上げ尻餅をつき、後退ることも出来ずにその場で股間を濡らし始めた。
ここで終わってくれればよかった。だがどうも世の中そう甘くはないらしい。
立ち去ろうとしたハジメ達の前に、ブタ男の雇われ護衛である冒険者(ランク黒)が立ちはだかったのだ。これなら正当防衛を言い張れる、と拳を振るおうとしたハジメ、流石にマズイと止めに入ろうとする紅。だが意外な所から制止の声がかかった。
『……ハジメ、待って』
『? どうしたユエ?』
ユエは、隣のシアを引っ張ると、ハジメの疑問に答える前に、ハジメと冒険者レガニドの間に割って入った。あのユエがハジメの制止に協力してくれるなんて、と感動した紅だったが、その感動は一瞬でぶち壊された。
『……私達が相手をする』
『えっ? ユエさん、私もですか?』
そこからの展開は速かった。シアが振るった超重量の大槌がレガニドの胸部に迫り、辛うじて両腕をクロスさせて防御を試みるも踏ん張りがきかず、勢いよく吹き飛び壁に背中から激突した。
幸い、潰されたのは片腕だけだったようで、痛みを堪えながらもう片方の腕で何とか立ち上がる。視界がグラグラ揺れるが、何とか床を踏みしめることが出来た。ほとんど意味は無かったと言えど、咄嗟に、後ろに飛ばなければ、立ち上がることは出来なかったかもしれない。
だがもう一度言おう。世の中そう甘くはない。
今度はユエがオリジナル魔法〝風花〟を使ってレガニドを攻撃した。〝風爆〟という風の砲弾を飛ばす魔法と重力魔法の複合魔法だ。複数の風の砲弾を自在に操りつつ、その砲弾に込められた重力場が常に目標の周囲を旋回することで全方位に〝落とし続け〟空中に磔にする。そして、打ち上げられたが最後、そのまま空中でサンドバックになるというえげつない魔法である。
散々だった。厄介事を起こすな、と事前に言い含めたのに彼らには自重する気が皆無らしい。特にユエの魔法による砲弾がレガニドの股間を集中的に狙っているのを見た時はハジメですら悲痛な震え声を上げさせたほどだ。
その後ギルド職員が駆け付け、身分証明のためキャサリンから貰った手紙を渡すと、なぜかフューレンギルド支部まで連れてこられたのであった。
閑話休題。
「ああ、胃が痛い……」
「大丈夫かい?胃薬なら用意できるが……」
「コイツの事は気にしなくていい。それで、問題ないならもう帰っていいよな?」
用が終わった以上長居は無用だとハジメがイルワに確認する。しかし、イルワは瞳の奥を光らせると「少し待ってくれるかい?」とハジメ達を留まらせる。
イルワは、隣に立っていた秘書を促して一枚の依頼書を前に差し出した。
「実は、君達の腕を見込んで、一つ依頼を受けて欲しいと思っている」
「断る」「引き受けます」
「「ああ゛?」」
睨み合うハジメと紅。イルワが依頼を提案した瞬間、ハジメは被せ気味に断りを入れ席を立とうとし、それを読んでいた紅はハジメの裾を掴んだ。
膠着状態が続く中、イルワは話を続ける。
「ふむ、取り敢えず話を聞いて貰えないかな? 聞いてくれるなら、今回の件は不問とするのだが……」
「………」
それは言外に、話を聞かなければ今回の件について色々面倒な手続きをするぞ? ということだ。周囲の人間による証言で、ハジメ達がしたことに関し罪に問われることはないだろうが、いささか過剰防衛の傾向はあるので、正規の手続き通り、当事者双方の言い分を聞いてギルドが公正な判断をするという手順を踏むなら相応の時間が取られるだろう。結果は、ハジメ達に非がないということになるだろうが、逆に言えば、結果のわかりきった手続きをバカみたいに時間をかけて行わなければならないということだ。そして、この手続きから逃げると、めでたくブラックリストに乗るということだろう。今後、町でギルドを利用するのに面倒なことこの上ないことになるのだ。
「座れ、ハジメ」
「……チッ」
「話を聞いてくれるようだね。ありがとう」
「……流石、大都市のギルド支部長。いい性格してるよ」
「君も大概だと思うけどね。さて、今回の依頼内容だが、そこに書いてある通り、行方不明者の捜索だ。北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行が予定を過ぎても戻ってこなかったため、冒険者の一人の実家が捜索願を出した、というものだ」
イルワの話を要約すると、つまりこういうことだ。
最近、北の山脈地帯で魔物の群れを見たという目撃例が何件か寄せられ、ギルドに調査依頼がなされた。北の山脈地帯は、一つ山を超えるとほとんど未開の地域となっており、大迷宮の魔物程ではないがそれなりに強力な魔物が出没するので高ランクの冒険者がこれを引き受けた。ただ、この冒険者パーティーに本来のメンバー以外の人物がいささか強引に同行を申し込み、紆余曲折あって最終的に臨時パーティーを組むことになった。
この飛び入りが、クデタ伯爵家の三男ウィル・クデタという人物らしい。クデタ伯爵は、家出同然に冒険者になると飛び出していった息子の動向を密かに追っていたそうなのだが、今回の調査依頼に出た後、息子に付けていた連絡員も消息が不明となり、これはただ事ではないと慌てて捜索願を出したそうだ。
「伯爵は、家の力で独自の捜索隊も出しているようだけど手数は多い方がいいと、ギルドにも捜索願を出した。つい、昨日のことだ。最初に調査依頼を引き受けたパーティーはかなりの手練でね、彼等に対処できない何かがあったとすれば、並みの冒険者じゃあ二次災害だ。相応以上の実力者に引き受けてもらわないといけない。だが、生憎とこの依頼を任せられる冒険者は出払っていてね。そこへ、君達がタイミングよく来たものだから、こうして依頼しているというわけだ」
「前提として、俺達にその相応以上の実力ってやつがないとダメだろう? 生憎俺は〝青〟ランクだぞ?」
ハジメは、言外に、そこまでの実力はないと伝えるもイルワはまるで取り合わない。
「さっき〝黒〟のレガニドを瞬殺したばかりだろう? それに……ライセン大峡谷を余裕で探索出来る者を相応以上と言わずして何と言うのかな?」
「! 何故知って……手紙か? だが、彼女にそんな話は……」
「……すみませんハジメさん。つい話が弾みまして……あ、でもユエさんも一緒にいました!」
「!? ……シア、裏切り者」
「二人共お仕置きな」
どうやら、原因はユエとシアのようだ。ハジメのお仕置き宣言に、二人共、平静を装いつつ冷や汗を掻いている。そんな様子を見て苦笑いしながら、イルワは話を続けた。
「生存は絶望的だが、可能性はゼロではない。伯爵は個人的にも友人でね、できる限り早く捜索したいと考えている。どうかな。今は君達しかいないんだ。引き受けてはもらえないだろうか?」
「……そう言われてもな、俺達も旅の目的地がある。ここは通り道だったから寄ってみただけなんだ。北の山脈地帯になんて行ってられない。断らせてもらう」
ハジメとしては、そんな貴族の三男の生死など心底どうでもいいので躊躇いなく断りを入れた。しかしそれを見越していたのか、ハジメが席を立つより早くイルワが報酬の提案をする。
「依頼書の金額はもちろんだが、私からも色をつけよう。ギルドランクの昇格もする。また、今後、ギルド関連で揉め事が起きたときは私が直接、君達の後ろ盾になるというのはどうかな? フューレンのギルド支部長の後ろ盾だ、ギルド内でも相当の影響力はあると自負しているよ? 君達は揉め事とは仲が良さそうだからね。悪くない報酬ではないかな?」
「大盤振る舞いだな。友人の息子相手にしては入れ込み過ぎじゃないか?」
ハジメの言葉に、イルワが初めて表情を崩す。後悔を多分に含んだ表情だ。
「彼に……ウィルにあの依頼を勧めたのは私なんだ。調査依頼を引き受けたパーティーにも私が話を通した。異変の調査といっても、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題ないと思った。実害もまだ出ていなかったしね。ウィルは、貴族は肌に合わないと、昔から冒険者に憧れていてね……資質は中々あったので近くまでの同行ならと判断したのがまずかった…昔から私には懐いてくれていて……だから私は判断を誤ってしまったのだ…」
ハジメはイルワの独白を聞きながら、僅かに思案する。ハジメが思っていた以上に、イルワとウィルの繋がりは濃いらしい。すまし顔で話していたが、イルワの内心はまさに藁にもすがる思いなのだろう。生存の可能性は、時間が経てば経つほどゼロに近づいていく。無茶な報酬を提案したのも、イルワが相当焦っている証拠なのだろう。
「ここまで言ってるんだ、引き受けよう。なにより魔物の群れっていうのが気になる」
「……そこまで言うなら考えなくもないが、二つ条件がある」
「条件?」
「ああ、そんなに難しいことじゃない。紅とユエとシアにステータスプレートを作って欲しい。そして、そこに表記された内容について他言無用を確約すること、更に、ギルド関連に関わらず、アンタの持つコネクションの全てを使って、俺達の要望に応え便宜を図ること。この二つだな」
「それはあまりに……」
「出来ないなら、この話はなしだ。もう行かせてもらう」
ハジメの言葉にイルワはすぐさま頭を回転させ、一つの結論を出した
「犯罪に加担するような倫理にもとる行為・要望には絶対に応えられない。君達が要望を伝える度に詳細を聞かせてもらい、私自身が判断する。だが、できる限り君達の味方になることは約束しよう……これ以上は譲歩できない。どうかな」
「まぁ、そんなところだろうな……それでいい。あと報酬は依頼が達成されてからでいい。そいつ自身か遺品あたりでも持って帰ればいいだろう?」
この世界では何かと提示を求められるステータスプレートは持っていない方が不自然であり、この先、町による度に言い訳するのは面倒なことこの上ない。故に今回はステータスプレートを手に入れることが一番の目的だ。
イルワもハジメの意図は察しているのだろう。苦笑いしながら、それでも捜索依頼の引き受け手が見つかったことに安堵しているようだ。
「本当に、君達の秘密が気になってきたが……それは、依頼達成後の楽しみにしておこう。ハジメ君の言う通り、どんな形であれ、ウィル達の痕跡を見つけてもらいたい……ハジメ君、コウ君、ユエ君、シア君……宜しく頼む」
イルワは最後に真剣な眼差しでハジメ達を見つめた後、ゆっくり頭を下げた。大都市のギルド支部長が一冒険者に頭を下げる。そうそう出来ることではない。キャサリンの教え子というだけあって、人の良さがにじみ出ている。
「はい」
「あいよ」
「……ん」
「はいっ」
広大な平原のど真ん中に、北へ向けて真っ直ぐに伸びる街道がある。街道と言っても、何度も踏みしめられることで自然と雑草が禿げて道となっただけのものだ。
そんな、整備されていない道を有り得ない速度で爆走する影がある。黒塗りの車体で凸凹の道を苦もせず突き進むハマーに似た魔力駆動四輪には四人の人影があった。
時速八十キロは出ているだろう。魔力を阻害するものがないので、魔力駆動四輪もそのスペックを十全に発揮している。
「このペースなら後一日ってところだな。ノンストップで行くし、休める内に休んでおけよ」
ハジメの言葉通り、ウィル一行が引き受けた調査依頼の範囲である北の山脈地帯に一番近い町まで後一日ほどの場所まで来ていた。このまま休憩を挟まず一気に進み、おそらく日が沈む頃に到着するだろうから、町で一泊して明朝から捜索を始めるつもりだ。急ぐ理由はもちろん、時間が経てば経つほど、ウィル一行の生存率が下がっていくからだ。
「聞いて驚け紅。これから行く街は大陸一の稲作地帯なんだと」
「……稲作?」
「つまり米か。急にやる気を出すから何かと思えば……」
「うるせ! こっち来てから一度も食べてないからな。同じものかどうかは分からないが、早く行って食べてみたい!」
「それで、町の名前はなんていうんですか?」
ニヤリ、と獰猛な笑みを浮かべハジメは答える。
「湖畔の町ウルだ」
お・ま・け
「そう言えばお前、ライセン大迷宮で空中ジャンプしてなかったか?」
「したけど……ハジメこそいつもしてるだろ」
「俺のは〝空力〟っつー固有魔法だ。それにライセン大峡谷じゃ使えねぇし……」
「お前のステータスならできるはずだぞ。試しにやってみろ」
「足場のない空中でさらに跳ぶっていうのがよく分からないんですけど……」
「感覚を掴める良い練習法ならあるぞ。まず水の上を歩いて───」
「なにトチ狂ったこと言ってんだ……?」