銀の死神   作:日彗

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第二十八話 思わぬ再開

 

 太陽の光が存在しない、暗く広大な異空間。そこに集う人の形をした化物たちがいた。

 

「みなさん、集まりましたか?」

 

 若い女性の声が響く。透き通った美しく慈愛に溢れた声はあらゆる人々の警戒心さえ解くだろう。

 

「もちろん───と、言いたい所ですが血主よ。カムイの小僧がまだ……」

「あの愚か者については無視して構いません。かれこれ五年も惰眠を貪って……。どうせ起きないでしょう」

 

 人間の腕に()()()()()()()()が進言するも、血主と呼ばれた女性は気にせず告げる。やや言葉に棘を感じるが気のせいではないだろう。

 

「いえ、カムイはいいとしても、四名が未だ到着していな───」

 

 話を遮るように女は『パンッ』と手を叩く。

 現在この空間には七人……いや〝人〟と称するには異形が過ぎる怪物たちがいる。彼らの顔を見渡して、少し俯きながらに言葉を零す。

 

「先生、今回集まって頂いたのはその四名について報告しなければならないことがあるからです。……先日、第九位階ドルニーアが討たれました」

『―――ッ!!』

 

 衝撃が広がる。この世界に来て何百年と経つが血族の上位竜が殺されたことなど一度もない。それは例え神の使徒が相手であっても、だ。

 

「……敵は、例の人形どもですかな?」

「……いえ、ニーアさんの最後の報告では『竜人族の巣を見つけた』とありました。恐らく───」

「竜人族に殺された……なるほど、流石に竜人族に群れで襲われると厄介ですな」

 

 それでもまさか第九位階(ニーア)を殺るほどとは……と思考の海に潜る。

 だが話はまだ終わっていない。

 

「問題は、他にもあります。……第三位階ディザス・トロワ」

 

 ヒュッ、と息を飲む音が聞こえすぐさま辺りを見渡す。全員が脳内で同じことを考えていたのだろう。この話の流れはマズイ、と。

 だが残酷にも、女性は事実を口にする。

 

「並びに第十位階グリュムウェルテ、及び第八位階メルグブデが消息不明。原因は目下捜査中。ですがこれほどのこととなると恐らく聖教教会……」

 

─── 神の使徒

 

 脳裏によぎる可能性。信じがたいが現実に起きている以上その可能性が一番高い。

 

「……先生の意見を伺いたいのです。敵はやはりこの世界の神・エヒトルジュエの生み出した使徒なのでしょうか……?」

 

 一度に四名もの同胞を亡くした精神的ショックで少し弱っているのだろう。その様子に先生と呼ばれた老人は思考を巡らせる。

 

「可能性としては高いでしょうな。ですがワシはどちらでもない、完全未知な()()()()の可能性を支持します」

「第三の……それは『神』でも『竜人族』でもない、ということですか?」

 

 そう考えた理由は難しくない。まずメルグブデが向かった先はハルツィナ樹海。そこに住んでいるのは獣人族だ。魔力を持たない獣人族を差別するエヒトが態々自身の駒を使うだろうか?可能性が無い訳ではないが、どうしても違和感を感じる。

 

 あるいは竜人族が? 確かに同じく差別される側の彼らが獣人族と手を組んだ、という可能性も無い訳ではない。しかしプライドの高い彼らがそこまでするだろうか。

 

 以上のことから第三の敵の可能性を考えた。あくまで可能性。あくまで違和感。だが警戒するに越したことはない。

 

第三位階(トロワ)を討てるほどとなると、やはりカムイを起こさねばならぬでしょうな」

「……わかりました。ではそちらの調査は引き続き、そして竜人族の件ですが」

「お待ちくだされ血主よ。彼奴らは巣穴から出てきやしません。十分準備を整えてからでも問題ないでしょう。それよりも───」

 

 続く老人の言葉に皆が頭を傾けるが、その狙いを理解し笑みを浮かべるものが一名いた。

 

「なるほどねぇ~。確かにそれなら敵が『クソ神側』なのか、それとも『まったく違う存在』なのかわかるってわけね~」

「そうじゃ。お主等に頼めるか?」

「ふふふっ、いいわよぉ。でもボルちゃんに頼まれてもヤル気でないわぁ。ここはやっぱりティアにお願いされたあーい!ネッ、タラちゃんもそうでしょ?」

戦友(とも)よ、敵はかつてないほど強大。気を抜くな。……それとタラちゃんはよせ」

 

 黒い長髪に眼鏡をかけたオネエ口調の男が体をクネクネさせ、隣に並ぶ巨体の大男に問いかける。

 その様子を見て血主と呼ばれている女は決断を下す。

 

「……わかりました。では()()()()()()()()()()()の名の下に命じます。第五位階・タラテクトラ。第六位階・オルト・ゾラ。準備が整い次第()()()()()()()()()()を堕としてください」

 

 自身達の仕える王の勅命。それに対し名を呼ばれた両名は片膝をつき、片手を胸に当てた。

 

「「御身の御心のままに。我らが王よ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的地であるウルの町の高級宿『水妖精の宿』に無事チェックインした一行は、さっそく米料理を堪能しようとレストランへ向かう。

 

 この高級宿は、一階部分がレストランになっており、ウルの町の名物である米料理が数多く揃えられている。内装は、落ち着きがあって、目立ちはしないが細部までこだわりが見て取れる装飾の施された重厚なテーブルやバーカウンターがある。また、天井には派手すぎないシャンデリアがあり、落ち着いた空気に花を添えていた。〝老舗〟そんな言葉が自然と湧き上がる、歴史を感じさせる宿だった。

 

 レストランに着くとテーブル席まで案内された。

 

「凄いな。流石は町一番の高級宿」

「これなら飯の方も期待できるな」

「ハジメ……お前、飯の話ばっかだな」

「……シア、あまりキョロキョロしないで」

「でも見てくださいユエさん!なんかもう、なにもかも高そうです……!」

「語彙が貧しいな、おい」

 

 談笑しながら案内された席に向かう。すると……

 

シャァァァ!!

 

 存外に大きく響いたカーテンの引かれる音に、ギョッとして思わず立ち止まってしまった。

 

「南雲君!」

「あぁ? ……………………………………………先生?」

 

 思わぬ再開は突然に。そして紅はそのまま席へと向かった。

 

 

 

 

 

 いきなり自分の名前を呼ばれたハジメ。そして気がついた。自分の名前を呼んだ人間を。ハジメの目の前にいたのは百五十センチ程の低身長に童顔、ボブカットの髪でこちらを大きく目を見開き見つめるその人物は

 

「南雲君……やっぱり南雲君なんですね? 生きて……本当に生きて…」

 

 ハジメ達と一緒にトータスに召喚されたただ一人の大人。畑中愛子だった。

 

「いえ、人違いです。では」

「へ?」

 

 だがそんなことはどうでもいい。今更関わる気はないし、なにより楽しみにしていた米料理が待っているのだ。

 スタスタと宿の出口に向かって歩き始めたハジメを呆然と見ると、ハッと正気を取り戻し、慌てて追いかけ袖口を掴んだ。

 

「ちょっと待って下さい! 南雲君ですよね? 先生のこと先生と呼びましたよね? なぜ、人違いだなんて」

「チィッ! いや、聞き間違いだ。あれは……そう、方言で〝チッコイ〟て意味だ。うん」

「それはそれで、物凄く失礼ですよ! ていうかそんな方言あるわけないでしょう。どうして誤魔化すんですか? それにその格好……何があったんですか? こんなところで何をしているんですか? 何故、直ぐに皆のところへ戻らなかったんですか? 南雲君! 答えなさい! 先生は誤魔化されませんよ!」

 

 愛子の怒声がレストランに響き渡る。生徒や護衛騎士達もぞろぞろと奥からやって来た。

 

「(クソッ、なんでここに先生が!)紅! テメェなに一人で逃げてんだ!」

「えっ!? もしかして西村君ですか!? あなたも生きてたんですね!? あなたもこちらに来なさい!」

「……ヒ、ヒトチガイデス」

 

 一人だけバレずに逃げおおせた紅だったが、ハジメの一言で標的にされてしまった。

 

「恨むぞ……」

「一人だけ逃げれると思うな」

 

 大人しく愛子の元へと向かう。

 生徒達は紅とハジメの姿を見て、信じられないと驚愕の表情を浮かべている。それは、生きていたこと自体が半分、外見と雰囲気の変貌が半分といったところだろう。だが、どうすればいいのか分からず、ただ呆然と見つめるだけに止どまっていた。

 

 一方で、ハジメはというと見た目冷静なように見えるが、内心ではプチパニックに襲われていた。まさか偶然知り合ったギルド支部長から持ち込まれた依頼で来た町で、偶然愛子やクラスメイトと再会するなどとは夢にも思っていなかったのだ。

 

 あまりに突発的な出来事だったため、つい〝先生〟などと呟いてしまい、挙句自分でも「ないわぁ~」と思うような誤魔化しをしてしまった。愛子の怒涛の質問攻めに内心でライフカードを探るが、〝逃げる〟〝人違いで押し通す〟〝怪しげな外国人になる〟〝愛ちゃんを攫っていく〟という碌でもないカードしか出てこない。特に最後のは意味不明だった。

 

 紅を呼んだのは何か打開策を見つけてもらうためでもあったのだ。日本にいたころから紅はよく先生たちを口八丁手八丁で丸め込んでいた。

 

「…………」

 

(何か言ってくれよ!!)

 

 だがそれも日本にいた頃の話。今の彼にはそんなスキルはない。だからこそ紅は無視するという選択を取ったのだ。現にハジメがバラさなければ『西村紅』だと気付かれていなかったのだから。

 するとユエは、ツカツカと愛子の傍に歩み寄ると、二人の腕を掴む愛子の手をそっと握った。

 

「……離れて、2人が困ってる」

「な、何ですか、あなたは? 今、先生は南雲君と西村君に大事な話を……」

「……なら、少しは落ち着いて」

 

 ユエの声で幾分か落ち着いたのだろう。彼女の言葉に自分が暴走気味だった事を自覚し頬を赤らめてハジメと紅からそっと距離をとり、遅まきながら背筋を正す。

 

「すいません、取り乱しました。改めて、南雲君、西村君ですよね?」

 

 今度は、静かな、しかし確信をもった声音で、真っ直ぐに視線を合わせながら問い直す。そんな愛子を見て、どうせ確信を得ている以上誤魔化したところで何処までも追いかけて来るだろうと確信し、溜息と共に返答した。

 

「ヒ、ヒトチガイデス……」

「まだ言いますか! 嘘吐きは泥棒の始まりですよ! 学校でも散々教えたでしょう!?」

 

 まったくもうっ、と腰に手を当て怒る様は……背伸びした子供の様で愛らしい。

 愛子はふぅ、と息を吐くと涙目になり震え出した。

 

「本当に、生きていてくれてよかった……」

「……まぁな。色々あったが、何とか生き残ってるよ」

「よかった。本当によかったです」

 

 それ以上言葉が出ない様子の愛子を一瞥すると、ハジメはテーブルに歩み寄りそのまま座席についた。それを見て、ユエとシアも席に着く。シアは困惑しながらだったが。ハジメの突然の行動にキョトンとする愛子達。

 

「ええと、ハジメさん。いいんですか? お知り合いですよね? 多分ですけど……元の世界の……」

「別に関係ないだろ。流石にいきなり現れた時は驚いたが、まぁ、それだけだ。元々晩飯食いに来たんだし、さっさと注文しよう。マジで楽しみだったんだよ。知ってるか?ここカレー……じゃわからないか。ニルシッシルっていうスパイシーな飯があるんだってよ。想像した通りの味なら嬉しいんだが……」

「……なら、私もそれにする。ハジメの好きな味知りたい」

「じゃあオレも同じので」

「では私もそれにします。店員さぁ~ん、注文お願いしまぁ~す」

 

 だが、当然、そこで待ったがかかる。あまりにも自然にテーブルにつき何事もなかったように注文を始めたので再び呆然としていた愛子が息を吹き返し、ツカツカとテーブルに近寄ると「先生、怒ってます!」と実にわかりやすい表情でテーブルをペシッと叩いた。

 

「まだ話は終わっていませんよ。なに、物凄く自然に注文しているんですか。大体、こちらの女性達はどちら様ですか?」

 

 愛子の言い分は、その場の全員の気持ちを代弁していたので、ようやく紅達が四ヶ月前に亡くなったと聞いた愛子の教え子であると察した騎士達や、愛子の背後に控える生徒達も、皆一様に「うんうん」と頷き、回答を待った。

 

 ハジメは少し面倒そうに眉をしかめ、紅に目配せする。どうせ答えない限り愛子が持ち前の行動力を発揮して喰い下がり、落ち着いて食事も出来ないだろうと想い、仕方なさそうに視線を愛子に戻した。

 

「依頼のせいで一日以上ノンストップでここまで来たんだ。腹減ってるんだから、飯くらいじっくり食わせてくれ。それと、こいつらは……」

 

 ハジメが視線をユエとシアに向けると、二人は、ハジメが話す前に、愛子達にとって衝撃的な自己紹介した。

 

「……ユエ」

「シアです」

「ハジメの女」「紅さんの女ですぅ!」

「!? ゴホッ、ゲホッ!」

 

 愛子が若干どもりながら「えっ? えっ?」と二人の美少女を交互に見る。上手く情報を処理出来ていないらしい。後ろの生徒達も困惑したように顔を見合わせている。いや、男子生徒は「まさか!」と言った表情でユエとシアを忙しなく交互に見ている。徐々に、その美貌に見蕩れ顔を赤く染めながら。

 

「ま、待ってくれ。ユエはともかくシアはおかしいだろっ」

「そんなっ! 酷いですよ紅さん。私のファーストキスを奪っておいて!」

「はっ!? だからあれはきゅ『西村君?』……ハイ」

 

 シアの〝ファーストキスを奪った〟という発言で、遂に情報処理が追いついたらしく、愛子の声が一段低くなる。

 顔を真っ赤にして、紅の言葉を遮った愛子。その顔は、非行に走る生徒を何としても正道に戻してみせるという決意に満ちていた。そして、〝先生の怒り〟という特大の雷が、ウルの町一番の高級宿に落ちる。

 

「女の子のファーストキスを奪った挙句、それを認知しないなんて! 君はいつからそんな悪い子になってしまったんですか! あんなにも人のことを想える優しい子だったのに……許しません! ええ、先生は絶対許しませんよ! お説教です! そこに直りなさい!」

「ほ、本当に違うのに……」

 

 きゃんきゃんと吠える愛子と素直に説教を受ける紅を尻目に、面倒な事になったとハジメは深い深い溜息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「食欲がなくなった……シア、かわりに食べていいぞ」

「いいんですか? ありがとうございます!」

 

 散々、愛子が吠えた後、他の客の目もあるからとVIP席の方へ案内された紅達。そこで、愛子や生徒達から怒涛の質問を投げかけられつつも、目の前の今日限りというニルシッシル(異世界版カレー)に夢中のハジメに代わり答えをおざなりに返していく。

 

「二人は大迷宮で橋から落ちたと聞きました。その後はどうしたんですか?」

「頑張りました……」

「では、その髪はなんですか?」

「頑張った結果です……」

「……南雲君の目はどうしたんですか?」

「し、思春期男子特有の、アレです……」

「………なぜ、直ぐに戻らなかったのですか」

「……ほ、他に優先すべき使命があったので……」

 

 そこまで聞いて愛子が、「真面目に答えなさい!」と頬を膨らませて怒る。全く、迫力がないのが物悲しい。ハジメには柳に風といった様子だ。目を合わせることもなく、美味そうに、時折ユエやシアと感想を言い合いながらニルシッシルに舌鼓を打つ。忌々しい事に、表情は非常に満足そうである。

 

「おい、お前! 愛子が質問しているのだぞ! 真面目に答えろ!」

「オレ悪くないのに……」

 

 その様子にキレたのは、愛子専属護衛隊隊長のデビッドだ。愛する女性が蔑ろにされていることに耐えられなかったのだろう。拳をテーブルに叩きつけながら大声を上げた。

 

「食事中だぞ? 行儀よくしろよ。紅も、真面目に関わらなくていいだろ。それよりこのカレーモドキ美味いぞ。分けてやろうか」

「胃が痛い……」

 

 全く相手にされていないことが丸分かりの物言いに、元々、神殿騎士にして重要人物の護衛隊長を任されているということから自然とプライドも高くなっているデビッドは、我慢ならないと顔を真っ赤にし、その視線をシアへと向けた。

 

「ふん、行儀だと? その言葉、そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前達の方が礼儀がなってないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ? 少しは人間らしくなるだろう」

 

 侮蔑をたっぷりと含んだ眼で睨まれたシアはビクッと体を震わせた。ブルックの町では、宿屋での第一印象や、キャサリンと親しくしていたこともあって、むしろ友好的な人達が多かったし、フューレンでも蔑む目は多かったが、奴隷と認識されていたからか直接的な言葉を浴びせかけられる事はなかった。

 つまり、旅に出てから初めて、亜人族に対する直接的な差別的言葉の暴力を受けたのである。有象無象の事など気にしないと割り切ったはずだったが、少し、外の世界に慣れてきていたところへの不意打ちだったので、思いの他ダメージがあった。シュンと顔を俯かせるシア。

 

「……気にしなくていい。シアは私達の仲間。自信を持って」

 

 よく見れば、デビッドだけでなく、チェイス達他の騎士達も同じような目でシアを見ている。彼等がいくら愛子達と親しくなろうと、神殿騎士と近衛騎士である。聖教教会や国の中枢に近い人間であり、それは取りも直さず、亜人族に対する差別意識が強いということでもある。何せ、差別的価値観の発信源は、その聖教教会と国なのだから。

 

 俯くシアの手を握ったユエが、絶対零度の視線をデビッドに向ける。最高級ビスクドールのような美貌の少女に体の芯まで凍りつきそうな冷ややかな眼を向けられて、デビッドは一瞬たじろぐも、見た目幼さを残す少女に気圧されたことに逆上する。普段ならここまでキレやすい人間ではないのだが、思わず言ってしまった言葉に、愛しい愛子からも非難がましい視線を向けられて軽く我を失っているようだった。

 

「何だ、その眼は? 無礼だぞ! 神の使徒でもないのに、神殿騎士に逆らうのか!」

 

 思わず立ち上がるデビッドを、副隊長のチェイスは諌めようとするが、それよりも早く、ユエの言葉が騒然とする場にやけに明瞭に響き渡った。

 

「……小さい男」

 

 それは嘲りの言葉。たかが種族の違い如きで喚き立て、少女の視線一つに逆上する器の小ささを嗤う言葉だ。唯でさえ、怒りで冷静さを失っていたデビッドは、よりによって愛子の前で男としての器の小ささを嗤われ完全にキレた。

 

「……異教徒め。そこの獣風情と一緒に地獄へ送ってやる」

 

 無表情で静かに呟き、傍らの剣に手をかけるデビッド。突如現れた修羅場に、生徒達はオロオロし、愛子やチェイス達は止めようとする。だが、デビッドは周りの声も聞こえない様子で、遂に剣に手を掛け……。

 

 

─── その瞬間、()()()()()()()()()

 

 

 

「……ッ!?」

 

 膝から崩れ落ち尻餅をついたデビッドは、思わず自身の首を確認するも確かに首は繋がっていた。

 

(な、なんだ今のは……幻覚?)

 

 強制的にリアルな〝死〟をイメージさせられる。それほど濃密で鋭い()()()()()()()()。辺りを見渡せば他の騎士や生徒達も顔が青く、呼吸が浅くなっている。

 デビッドは騎士としての意地で、殺気を放った張本人を睨みつけた。

 

「落ち着け。食事中に銃を構えるな」

「……チッ」

 

 殺気を放ったのはハジメ……ではなく紅だ。ユエに対して敵意を向けたデビッドが、剣を抜くよりも速く、銃を抜いた()()()()()()()()()()()()()。その余波に周りの騎士たちも当てられた。自分へ向けられたものではないのに、冷や汗が止まらない。だが逆に冷静になることもできた。

 

 重く圧し潰されるかのようなハジメの〝威圧〟とは違い、紅のそれは鋭い刃のようだ。ただ鋭く研ぎ澄まされた殺気は、物理的性質がないにもかかわらず、痛い。

 

「食事を終わらせたら早々に出よう。シアも、気にせず食べなさい」

「はぃ、そうですよね……わかってはいるのですけど……やっぱり、人間の方には、この耳は気持ち悪いのでしょうね」

 

 自嘲気味に、自分のウサミミを手で撫でながら苦笑いをするシア。そんなシアに、ユエが真っ直ぐな瞳で慰めるように呟く。

 

「……シアのウサミミは可愛い」

「ユエさん……そうでしょうか」

「こいつらは教会やら国の上層に洗脳じみた教育されてるから、忌避感が半端ないだけだ。兎人族は愛玩奴隷の需要では一番なんだろう? それはつまり、一般的には気持ち悪いとまでは思われちゃいないってことだ」

「そう……でしょうか……あ、あの、ちなみに紅さんは……その……どう思いますか……私のウサミミ」

「へっ?」

 

 急な質問に目を逸らしながら呟く。

 

「………シンの耳はいい手触りだった」

「わ・た・し・の! ウサミミはどう思いますか!?」

「い、いいと思います……」

「んもう! 紅さんったら私のウサミミ大好きだったんですね! えへへ……」

「おぉ、先生の説教がまだ効いてるな……」

 

 シアが赤く染まった頬を両手で押さえイヤンイヤンし、頭上のウサミミは「わーい!」と喜びを表現する様にわっさわっさと動く。

 

「もう食ったんなら帰ろう……疲れた」

「そうだな、行くか」

「ま、待ってください! 南雲君も西村君も、本当に戻ってこないつもり何ですか?」

「……ああ、戻るつもりはない。明朝、仕事に出て依頼を果たしたら、そのままここを出る」

「どうして……」

 

 愛子が悲しそうに、理由を聞こうとするが、それより早くハジメが席を立った。ユエやシアも食事を終えている。愛子が引きとめようとするが無視して二階への階段を上っていってしまった。

 

 後に残された愛子達の間には、何とも言えない微妙な空気が流れる。死んだと思っていたクラスメイトが生きていたのは嬉しい。だが、当の本人達は、自分達の事などまるで眼中になかった。しかも、以前とは比べ物にならないほど強者となっており、〝無能〟と呼んで蔑んでいた頃のように上から目線で話すなど出来そうもない。

 

 愛子自身も、怒涛の展開と教え子の変貌に内心激しく動揺しており、離れていく二人を引き止めることができなかった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「あれで本当に良かったんですか?」

「ん……うん? なんで部屋の中にいるんだ?」

 

 夜中。深夜を周り、一日の活動とその後の予想外の展開に精神的にも肉体的にも疲れ果て、誰もが眠りつく時間帯。部屋割りは紅とハジメ、ユエとシアで別けられている。ハジメは外出中で部屋には紅だけの筈なのだが……。

 

「どこから入ってきた」

「どこから、と言われるとドアからですね」

「……ノックは?」

「したような……しなかったような?」

「帰れ」

 

 シアを無視して布団に潜る。すると段々気配が近づいてきた。

 

「まあまあ、そう言わずお話ししましょうよぉ」

「何時だと思ってるんだ。ユエがいるだろ」

「ユエさんもう寝ちゃったんですぅ~」

 

 だったら寝かせてくれ。そう言うが帰る気はないらしい。しかたなく布団から出る。

 

「……少しだけだぞ。明日も早いからな」

「はーい、ですぅ」

 

 椅子に座らせ何の話をしていたか思い出す。

 

「えーと、何の話だっけ」

「先生さん達のことです。もう少し優しくしてもいいのでは?」

 

 紅としては別段厳しくしていたつもりはない。説教も甘んじて受けていたことからもわかるだろう。それでもシアがそういうには何か訳があるのかもしれない。

 

「紅さんは普段から私達との間に壁を作ってますよね。ハジメさんにでさえ。その壁が先生さん達に対してより一層厚く感じました」

 

 獣の因子が混ざっているシアは本能的にそれを感じたのだろう。本人でさえ無意識に作り出している壁を。

 

「紅さんが私達に何かを隠していることはわかってます。それを無理に聞こうとは思いませんし、それはハジメさんやユエさんも同じです」

 

 本当は聞きたい。悩みがあるなら相談してほしい。だがハジメが待つと言った以上、自分だけ抜け駆けするようなことはできない。

 そんなシアの心情を知ってか知らずか、紅は小さく息を吐いた。

 

「……あまり考えた事がなかったが、シアが言うならそうなのかもな」

 

 気付かず作り出した壁。それも仲間たちにでさえ。となると理由はなんとなく察せる。

 

「オレの旅の目的は教えただろ」

「はい。血族を滅ぼすって……」

 

 それはまだあって間もない頃、ハルツィナ樹海で語った紅の旅の目的。

 

「……オレは、血族との戦いにみんなを巻き込むつもりはない。先生やクラスメイトは勿論、この世界の人達もだ。本当はオレがヤツ等を滅ぼすまで安全な所にいてほしい。『助けて』とも『力を貸してくれ』とも言わないから、ただただ戦いから遠ざかっていてほしい」

 

 それがエゴだとは理解している。敵が本気になればこの世界に安全な場所などないことも。それでも、少しでもいいから〝死〟から遠ざかって欲しいと思わずにはいられない。

 

「わかってるんだ。そんなこと言っても意味がないって。戦わなくていいって言っても、最後にはみんな武器を執る。オレはそれを誰よりも知っている。……でもやっぱり、死んでほしくないなぁ」

 

 ここでシアは初めて違和感を覚える。紅の話は必ず()()()()()()()()()なのだ。紅の実力は知っている。上位竜を瞬殺した瞬間を直接見ている。あれほどの実力を持つ紅が『勝てると断言できない』ほどの相手がいるという事。旅に付いて行くと決めた時、確かにそう言ってはいた。だがその事実に、シアは今、初めて恐怖した。

 

 それでも、

 

「大丈夫です!」

 

 逃げないと決めたから。

 

「その時は私が代わりに守っちゃいますから!」

 

 エッヘン! と胸を張る。初めて会った時に比べ、シアは別人のように強くなった。そしてこれからも強くなるのだと、守られるばかりではないのだと。後ろではなく、横に立って並ぶために。

 

「…………ハハッ」

 

 クツクツと小さく笑う紅に顔を赤らめて俯く。

 

(本当に、強くなった……)

 

 少し前に鍛えたハウリア族もそうだった。ただキッカケさえあればすぐに成長する。特別な指導などしなくとも、彼女らは日々学び己の糧にしている。

 

「そうだな……少しくらいは期待してみようかな」

「――っ! はい! 見ててください、頑張っちゃいますよぉ~!」

 

 明るく笑うシアにつられ、紅もまた笑みを浮かべ……。

 

「じゃあ明日から頑張ってくれ。おやすみ」

 

 部屋から追い出した。 

 




お・ま・け

「ちょっと紅さん!? いくらなんでもあんまりでは!?」
「……人の部屋の前で何騒いでんだ、ウザウサギ」
「ハ、ハジメさん!? こ、これは違っ……!」
「他の客に迷惑だろうがッ!」
「痛いですぅ~! 私なにもしてないのに~ッ!」
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