銀の死神   作:日彗

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第二十九話 北の山脈地帯

 

 早朝。

 

 旅の支度を終えた紅達はウルの町の北門に向かう。そこから北の山脈地帯に続く街道が伸びているのだ。馬で丸一日くらいだというから、魔力駆動四輪で飛ばせば三、四時間くらいで着くだろう。

 

 ウィル・クデタ達が、北の山脈地帯に調査に入り消息を絶ってから既に五日。生存は絶望的だ。ハジメは、ウィル達が生きている可能性は低いと考えているが、万一ということもある。生きて帰せば、イルワのハジメ達に対する心象は限りなく良くなるだろうから、出来るだけ急いで捜索するつもりだ。幸いなことに天気は快晴。搜索にはもってこいである。

 

 幾つかの建物から人が活動し始める音が響く中、表通りを北に進み、やがて北門が見えてきた。

 

「ん?」

「……ハジメ、どうかした?」

 

 幾つかの建物から人が活動し始める音が響く中、表通りを北に進み、やがて北門が見えてきた。と、ハジメはなにかを感じたのか目を細める。

 

 朝靄をかきわけ見えたその姿は……愛子と生徒六人の姿だった。

 

「……何となく想像つくけど一応聞こう……何してんの?」

 

 ハジメ達が半眼になって愛子に視線を向ける。一瞬、気圧されたようにビクッとする愛子だったが、毅然とした態度を取るとハジメと正面から向き合った。ばらけて駄弁っていた生徒達、園部優花、菅原妙子、宮崎奈々、玉井淳史、相川昇、仁村明人も愛子の傍に寄ってくる。

 

「私達も行きます。行方不明者の捜索ですよね? 人数は多いほうがいいです」

「却下だ。行きたきゃ勝手に行けばいい。が、一緒は断る」

「な、なぜですか?」

「単純に足の速さが違う。先生達に合わせてチンタラ進んでなんていられない」

 

 だが愛子も譲る気はないらしい。話し合いはハジメに任せて距離を置き、話の行方を眺める。

 

「よ、よう……昨日はあまり話せなかったな。不謹慎かもしれないけど生きててよかったぜ西村!」

 

 声の主へと視線を向ける。そこにいたのは紅等と同じ地球組の玉井淳史、相川昇、仁村明人だった。

 

「……あ、ああ、久しぶり。みんなも元気そうでよかった」

「「「…………」」」

 

 三人そろってポカンと口を開けている。紅はその様子に首をかしげる。

 

「あ……悪い。南雲も雰囲気とか別人みたいに変わってたけど、西村は何つーか……別の意味で変わったな……」

「……自分だとよく分からないけど、その様子からするにそうなんだろうな」

「いつもはっちゃけて先生達を困らせてたお前がなぁ……」

「『黒髪こそが至高!』とか言ってたお前がなぁ……」

「天野河にドロップキック喰らわせてファンクラブの子等にリンチされてたお前がなぁ……」

「「「まさかなぁ~」」」

「オレはなんで喧嘩を売られてるんだ?」

 

 和気あいあい? と話込んでいると日本にいた頃を思い出して安心する。だがこれから仕事がある事を思い出して精神を引き締めなおした。

 

「そう言えばなんでオレ達の仕事に付いてこようとしてるんだ?」

「……あー、話せば長くなるんだが」

 

 仁村の話によると、現在、行方不明になっている清水幸利の事についてらしい。八方手を尽くして情報を集めているが、近隣の村や町でもそれらしい人物を見かけたという情報が上がってきていない。しかし、そもそも人がいない北の山脈地帯に関しては、まだ碌な情報収集をしていなかったと思い当たったのだ。事件にしろ自発的失踪にしろ、まさか北の山脈地帯に行くとは考えられなかったので当然ではある。なので、これを機に自ら赴いて、紅達の捜索対象を探しながら清水の手がかりもないかを調べようと思ったのだそうだ

 

「清水が行方不明、か……でも全員が付いて来なくてもいいんじゃないか?」

「どうも愛ちゃん先生が一人で南雲達の所に行こうとしてたらしいんだけど、変貌した南雲等に任せておけないって園部が全員叩き起こしたんだよ……おかげで寝不足だ」

「……なるほど。彼女らしいな」

「紅さ~ん! そろそろ出発しますよー!!」

 

 ふと見てみると、魔力駆動四輪を宝物庫から取り出すハジメと胸を張る愛子の姿があった。どうやらハジメが折れたらしい。

 

「さすがに先生には勝てなかったか」

「ウィルの生存を考えれば押し問答してる時間が惜しい。それにどこまで行っても〝教師〟だ。生徒の事に関しては妥協しねぇだろ。放置しておく方が、後で絶対面倒になる」

「……そうだな」

 

 ポンポンと大型の物体を消したり出現させたりするハジメに、おそらくアーティファクトを使っているのだろうとは察しつつも、やはり驚かずにはいられない愛子達は「乗れない奴は荷台な」と言い残してさっさと運転席に行くハジメに、複雑な眼差しを向けるのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 前方に山脈地帯を見据えて真っ直ぐに伸びた道を、魔力駆動四輪が爆走する。街道とは比べるべくもない酷い道ではあるが、衝撃を殺すサスペンション、大抵の衝撃は殺してくれる上、二輪と同じく錬成による整地機能が付いているので、車内は当然、車体後部についている硬い金属製の荷台に乗り込むことになった男子生徒(人数の問題で紅も荷台に乗っている)も特に不自由さは感じていない。

 

 社内では運転席にハジメ、その隣に愛子・ユエが、後部座席にはシアと園部、菅原が座っている。女子を荷台に乗せるのは憚れたのだ。

 

「にしてもスゲェな……この車といい昨日一瞬だけ見た銃といい、全部南雲が作ったのか? っつーかこれ動力なに?」

「ハジメの天職は錬成師、物を生み出すことに特化している。この魔力駆動四輪は様々な鉱石と魔物の素材を使ってある。並大抵の衝撃じゃキズ一つ付かない優れ物だ」

「なんか嬉しそうだな……」

「また装甲には世界最高硬度の鉱石、アザンチウム鉱石を使用していて他にもミサイルみたいな武器が───」

「誰かコイツ止めろ! 南雲の事となると止まらねぇ!」

「うしろ楽しそうですねぇ」

 

 ハジメの創作物を褒められて嬉しいのか、自然と口数が増える紅。そして荷台組の会話は車内にまで聞こえていたようだ。

 

「えっと、聞き捨てならない単語が聞こえたんですが……南雲君? この車にはミサイルが搭載されてるんですか?」

「…………さあ?」

「なんですかその間は!? 本当にミサイルなんてものまで作ったんですか!? 先生の目をみなさい!」

「あ、愛ちゃん、今は運転中だから……」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 北の山脈地帯

 

 標高千メートルから八千メートル級の山々が連なるそこは、どういうわけか生えている木々や植物、環境がバラバラという不思議な場所だ。日本の秋の山のような色彩が見られたかと思ったら、次のエリアでは真夏の木のように青々とした葉を広げていたり、逆に枯れ木ばかりという場所もある。

 

 また、普段見えている山脈を越えても、その向こう側には更に山脈が広がっており、北へ北へと幾重にも重なっている。現在確認されているのは四つ目の山脈までで、その向こうは完全に未知の領域である。何処まで続いているのかと、とある冒険者が五つ目の山脈越えを狙ったことがあるそうだが、山を一つ越えるたびに生息する魔物が強力になっていくので、結局成功はしなかったそうな。

 

 そして第一の山脈で最も標高が高いのが【神山】である。今回訪れた場所は、神山から東に千六百キロメートルほど離れた場所だ。紅や黄といった色鮮やかな葉をつけた木々が目を楽しませ、知識あるものが目を凝らせば、そこかしこに香辛料の素材や山菜を発見することができる。

 その麓に四輪を止めると、しばらく見事な色彩を見せる自然の芸術に見蕩れた。女性陣の誰かが「ほぅ」と溜息を吐く。

 

 ハジメは、もっとゆっくり鑑賞したい気持ちを押さえて、四輪を〝宝物庫〟に戻すと、代わりにとある物を取り出した。

 

 それは、全長三十センチ程の鳥型の模型と小さな石が嵌め込まれた指輪だった。模型の方は灰色で頭部にあたる部分には水晶が埋め込まれている。

 

 ハジメは指輪を自らの指に嵌めると、同型の模型を四機取り出し、おもむろに空中へ放り投げた。そのまま、重力に引かれ地に落ちるかと思われた偽物の鳥達は、しかし、その場でふわりと浮く。

 

 重力魔法を付与した鉱物:重力石とミレディから貰った感応石、遠透石を使って生み出した鳥形無人探査機〝オルニス〟。遠透石は感応石と同じように、同質の魔力を注ぐと遠隔にあっても片割れの鉱物に映る景色をもう片方の鉱物に映す性質を持っている。ハジメは魔眼石にこの遠透石を組み込み、〝オルニス〟の映す光景を魔眼で見ることが出来るようになったのである。

 

 今回は捜索範囲が広いので、上空から確認出来る範囲だけでも無人偵察機で確認しておくのは有用だろうと取り出したのである。既に彼方へと飛んでいった無人偵察機を遠くに見つめながら、愛子達は、もういちいちハジメのすることに驚くのは止めようと、おそらく叶うことのない誓いを立てるのだった。

 

 一行は、冒険者達も通ったであろう山道を進む。魔物の目撃情報があったのは、山道の中腹より少し上、六合目から七号目の辺りだ。ならば、ウィル達冒険者パーティーも、その辺りを調査したはずである。

 おおよそ一時間と少しくらいで六合目に到着し、一度そこで立ち止まった。理由は、そろそろ辺りに痕跡がないか調べる必要があったのと……

 

「はぁはぁ、きゅ、休憩ですか……けほっ、はぁはぁ」

「ぜぇー、ぜぇー、大丈夫ですか……愛ちゃん先生、ぜぇーぜぇー」

「うぇっぷ、もう休んでいいのか? はぁはぁ、いいよな? 休むぞ?」

「……ひゅぅーひゅぅー」

「ゲホゲホ、コイツ等化け物か……」

 

 愛子達の体力がなく、休む必要があったからである。もちろん、本来、愛子達のステータスは、この世界の一般人の数倍を誇るので、六合目までの登山ごときでここまで疲弊することはない。ただ、ハジメ達の移動速度が速すぎて、殆ど全力疾走しながらの登山となり、気がつけば体力を消耗しきってフラフラになっていたのである。

 

「……はぁ、少し先に川がある。動けるようになったらそこまで来い」

 

 どちらにしろ、詳しく周囲を探る必要があるので休憩がてら近くの川に行くことにした。ここに来るまでに、無人偵察機からの情報で位置は把握している。未だ荒い呼吸を繰り返す愛子達に場所だけ伝えて放置し、ハジメ達は先に川へと向かった。ウィル達も、休憩がてらに寄った可能性は高い。

 ハジメ、紅、ユエ、シアは山道から逸れて山の中を進む。シャクシャクと落ち葉が立てる音を何げに楽しみつつ木々の間を歩いていると、やがて川のせせらぎが聞こえてきた。耳に心地良い音だ。シアの耳が嬉しそうにピコピコと跳ねている。

 

 川沿いに上流へと移動した可能性も考えて、ハジメは無人偵察機を上流沿いに飛ばした。その傍らではユエがパシャパシャと素足で川の水を弄んでいる。シアも素足となっているが、水につけているだけだ。川の流れに攫われる感触に擽ったそうにしていた。それをよそにハジメに問いかける。

 

「修行するには浅いか……なにか手掛かりは見つかったか?」

「いや、これといったものはないな。精々獣道くらいだ」

「だとしたら見当が外れたのか負傷して隠れているのか……」

 

 と、そこへようやく息を整えた愛子達がやって来た。置いていったことに思うところがあるのかジト目をしている。が、男子三人が、素足のユエとシアを見て歓声を上げると「ここは天国か」と目を輝かせ、女性陣の冷たい眼差しは矛先を彼等に変えた。身震いする男衆。玉井達の視線に気がつき、ユエ達も川から上がった。

 

 愛子達が川岸で腰を下ろし水分補給に勤しむ。男衆のユエ達を見る目が鬱陶しかったのか、ハジメが軽く睨み返すとブルリと震えて視線を逸らす。だが、そんなハジメの表情も次の瞬間には一気に険しくなった。

 

「……これは」

「何か見つけたか?」

 

 ハジメがどこか遠くを見るように茫洋とした目をして呟くのを聞いた紅が問いかける。

 

「川の上流に……これは盾か? それに、鞄も……争った形跡がある。まだ新しいみたいだ。当たりかもしれない。紅、ユエ、シア、行くぞ」

「わかった」

「ん……」

「はいです!」

 

 疲れ果てて休憩していた愛子たちと合流し先へ進むと争いの形跡が見えてきた。半ばで立ち折れた木や枝。踏みしめられた草木、更には、折れた剣や血が飛び散った後もあった。それらを発見する度に、特に愛子達の表情が強ばっていく。しばらく、争いの形跡を追っていき身元特定になりそうなものを回収していく。どれくらい探索したのか、既に日はだいぶ傾き、そろそろ野営の準備に入らねばならない時間に差し掛かっていた。

 

 しばらくすると、再び、無人偵察機が異常のあった場所を探し当てた。東に三百メートル程いったところに大規模な破壊の後があったのだ。

 

「これは……」

 

 そこは大きな川だった。上流に小さい滝が見え、水量が多く流れもそれなりに激しい。本来は真っ直ぐ麓に向かって流れていたのであろうが、現在、その川は途中で大きく抉れており、小さな支流が出来ていた。まるで、横合いからレーザーか何かに抉り飛ばされたようだ。抉れた部分が直線的であったとのと、周囲の木々や地面が焦げていたからである。更に、何か大きな衝撃を受けたように、何本もの木が半ばからへし折られて、何十メートルも遠くに横倒しになっていた。川辺のぬかるんだ場所には、三十センチ以上ある大きな足跡も残されている。

 

「ここで本格的な戦闘があったようだな……この足跡、大型で二足歩行する魔物……確か、山二つ向こうにはブルタールって魔物がいたな。だが、この抉れた地面は……」

 

(この抉れ方に地面すら焼け焦げる熱量……十中八九、竜のブレス。けど何故だ? この辺りに竜系の魔物はいないはずなんだが)

 

 ブルタールとはオークやオーガのような見た目の魔物の事だ。群れで行動する彼らは、冒険者にとって中々の強敵と認識されている。普段は二つ目の山脈の向こう側におり、それより町側には来ないはずの魔物である。

 

 とにかくウィルたちの捜索が優先だ。無人探査機を上流へ飛ばし、一行は下流へ向かうことにした。ブルタールの足跡が川縁にあるということは、川の中にウィル達が逃げ込んだ可能性が高い。ならば、きっと体力的に厳しい状況にあった彼等は流された可能性が高いと考えたのだ。

 

 今度は下流に向かって川辺を下る。すると今度は、先ほどのものとは比べ物にならないくらい立派な滝に出くわした。ハジメ達は、軽快に滝横の崖をひょいひょいと降りていき滝壺付近に着地する。滝の傍特有の清涼な風が一日中行っていた探索に疲れた心身を優しく癒してくれる。

 

 するとハジメが驚いたような声を上げた。

 

「おいおい、マジかよ。気配感知に掛かった。感じから言って人間だと思う。場所はあの滝壺の奥だ」

「生きてる人がいるってことですか!」

 

 シアの驚きを含んだ確認の言葉にハジメは頷いた。愛子達も一様に驚いている。それも当然だろう。生存の可能性はゼロではないとは言え、実際には期待などしていなかった。ウィル達が消息を絶ってから五日は経っているのである。もし生きているのが彼等のうちの一人なら奇跡だ。

 

 ユエの水系魔法の〝波城〟と風系魔法の〝風壁〟で滝の中に入り進んでいくとそれなりの広さの空洞に出た。天井からは水と光が降り注いでおり、落ちた水は下方の水溜りに流れ込んでいる。溢れないことから、きっと奥へと続いているのだろう。

 

 その空間の一番奥に横倒しになっている男を発見した。傍に寄って確認すると、二十歳くらいの青年とわかった。端正で育ちが良さそうな顔立ちだが、今は青ざめて死人のような顔色をしている。だが、大きな怪我はないし、鞄の中には未だ少量の食料も残っているので、単純に眠っているだけのようだ。

 

 青年を起こし問いただすと、やはり彼がクデタ伯爵家三男のウィル・クデタ本人のようだ。奇跡的に生きていたらしい。

 

「俺はハジメだ。南雲ハジメ。フューレンのギルド支部長イルワ・チャングからの依頼で捜索に来た。生きていてよかった」

「イルワさんが!? そうですか。あの人が……また借りができてしまったようだ……あの、あなたも有難うございます。イルワさんから依頼を受けるなんてよほどの凄腕なのですね」

「それよりも、一体何があったんですか?」

 

 紅の問いにウィルは何があったのか話始める。

 要約するとこうだ。

 

 ウィル達は五日前、ハジメ達と同じ山道に入り五合目の少し上辺りで、突然、十体のブルタールと遭遇したらしい。流石に、その数のブルタールと遭遇戦は勘弁だと、ウィル達は撤退に移ったらしいのだが、襲い来るブルタールを捌いているうちに数がどんどん増えていき、気がつけば六合目の例の川にいた。そこで、ブルタールの群れに囲まれ、包囲網を脱出するために、盾役と軽戦士の二人が犠牲になったのだという。それから、追い立てられながら大きな川に出たところで───絶望が現れた。

 

「漆黒の、竜でした……」

「……へぇ」

 

 その黒竜は、ウィル達が川沿いに出てくるや否や、特大のブレスを吐き、その攻撃でウィルは吹き飛ばされ川に転落。流されながら見た限りでは、そのブレスで一人が跡形もなく消え去り、残り二人も後門のブルタール、前門の竜に挟撃されていたという。

 

 ウィルは、流されるまま滝壺に落ち、偶然見つけた洞窟に進み空洞に身を隠していたらしい。

 

「───竜ってまさか……」

「いや、話を聞くだけじゃ魔物なのか血族なのか判断できない」

 

 だが少なくとも竜人族である可能性は消えたと言っていいだろう。誇り高い彼ら竜人族は弱者を一方的に甚振る真似はしない。洗脳されていれば話は別だが、総じてステータスの高い、竜化すればさらに高くなる彼らを洗脳するのは容易ではない。やはり可能性は低いだろう。

 

(であれば戦闘になる可能性もある。準備はしておくか)

 

 ウィルは、話している内に、感情が高ぶったようですすり泣きを始めた。無理を言って同行したのに、冒険者のノウハウを嫌な顔一つせず教えてくれた面倒見のいい先輩冒険者達、そんな彼等の安否を確認することもせず、恐怖に震えてただ助けが来るのを待つことしか出来なかった情けない自分、救助が来たことで仲間が死んだのに安堵している最低な自分、様々な思いが駆け巡り涙となって溢れ出す。

 

「わ、わだじはさいでいだ。うぅ、みんなじんでしまったのに、何のやぐにもただない、ひっく、わたじだけ生き残っで……それを、ぐす……よろごんでる……わたじはっ!」

 

 洞窟の中にウィルの慟哭が木霊する。誰も何も言えなかった。顔をぐしゃぐしゃにして、自分を責めるウィルに、どう声をかければいいのか見当がつかなかった。生徒達は悲痛そうな表情でウィルを見つめ、愛子はウィルの背中を優しくさする。ユエは何時もの無表情、シアは困ったような表情だ。そこで動いたのは意外にも紅だった。ゆっくりとウィルの前まで行くと腰を下ろして目線を合わせる。

 

「……その気持ちはよくわかります。だからこそ今は───」

「あなだに、なにがわがるっでいうんだっ!! あなだだぢみだいに、強い人だぢに……何も出来なかっだわだじのなにが……ッ!!」

 

 その瞬間ハジメもツカツカとウィルに歩み寄る。だがそれは紅によって制止させられた。

 

「周りばかりが死んで、自分だけが生き残って……涙が枯れるほど絶望してるのに死ななかったことに安堵している自分がいる。それがまた堪らなく嫌で、悔しくて絶望する。自分が死ねばよかったのに、と自虐する。……人の肉が焼ける音を知ってるか? ジュクジュクと腐ってハエに集られる友人を見たことは? 肉の焦げる臭いと腐臭で胃の中が空っぽになっても吐き続けたことは?」

 

 その言葉の〝重み〟に辺りは静まり返る。現代の日本で生きてきた愛子たちには想像するしかない世界。

 

「別に不幸自慢がしたい訳じゃない。けれどもし、復讐したいと望むなら立ち向かえ。どれだけ相手が強大で、どれだけ自分が矮小でも、その地獄を越えないと求めるものは手に入らない」

 

 復讐は何も生まない? そんなものは綺麗ごとだ。何かを生むために復讐するわけじゃない。自分が納得するために復讐する。自分たちだけが理不尽な目に合うのが許せないからこそ、この黒い炎は燃え続けるのだ。

 

「あなたには復讐する権利がある。けど、死んだ人たちの事を想い、生き続けるという選択肢もある」

 

 それはかつて、紅が選ばなかった道。否、すべてを失ったが故に生きる理由を失くした紅は、復讐の鬼と化すしかなかった。

 それでも、生きて欲しいと願う。自分の様に復讐に捕らわれず、人間らしく幸せに生き続けて欲しいと。生き残ったことは決して間違いなどではないのだから。

 

「どちらを選んでも悔いは残る。けどオレは、あなたに生きて欲しい。命の〝重み〟を知ったあなたにしか出来ないことがあると思うから」

 

 境遇が似ていたというのも勿論ある。けれどそれ以上に死んで欲しくないというエゴがあった。それになるべく速くここから離れるべきだ。日の入りまでまだ一時間以上は残っているため、急げば日が暮れるまでに麓に着けるだろう。

 

「話は終わったな? なら一度撤退するぞ」

 

 空気を読まないハジメの一言だが、かえって良かった。ブルタールの群れや漆黒の竜の存在は気になるが、それはハジメ達の任務外だ。戦闘能力が低い保護対象を連れたまま調査などもってのほかである。ウィルも、足手まといになると理解しているようで、撤退を了承した。他の生徒達は、町の人達も困っているから調べるべきではと微妙な正義感からの主張をしたが、黒竜やらブルタールの群れという危険性の高さから愛子が頑として調査を認めなかったため、結局、下山することになった。

 

 だが、事はそう簡単には進まない。再度、ユエの魔法で滝壺から出てきた一行を熱烈に歓迎するものがいたからだ。

 

「グゥルルルル」

 

 低い唸り声を上げ、漆黒の鱗で全身を覆い、翼をはためかせながら空中より金の眼で睥睨する───それは確かに〝竜〟だった。

 

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