銀の死神   作:日彗

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第三十二話 蹂躙

 

「どうした、何かあったのか?」

 

 愛子から離れ、ハジメ達の元までやってきた紅は自分が呼ばれた理由を聞こうとその場にいた全員に向けて尋ねた。

 

「この変態が旅に付いて行きたいっていうから断ってんだよ。つかそもそも〝竜人族の調査〟とやらはどうした」

「うむ。問題ない。ご主人様の傍にいる方が絶対効率いいからの」

「先に言っとくがワシは付いて行かんからな。というか、頼むからこの変態引き取ってくれや」

 

 とりあえず自分が呼ばれた理由を察した紅は、約束通りティオを援護するために動いた。

 

「いいんじゃないか? 戦力が増えるんだ。これを逃す手はないだろ」

「「「!!!」」」

 

 別に驚くようなことを言ったつもりはないのだが、ハジメ達は驚いた顔で紅を見ている。そんな顔をされた理由が分からず紅は首を傾げた。

 

「まさかお前がそっちを援護するとは……」

「いや、だから戦力は必要だろ」

「……シアの時は反対してた」

「最初は賛成だった。理由がアレだったから反対しただけだ」

「ティ、ティオさんみたいな大人の女性がタイプなんですか!? 私というものがありながら!!」

「樹海に追い返すぞお前」

 

 あまりにもあんまりな事を述べる仲間達に流石の紅といえど青筋を浮かべる。日頃の行いはハジメの方が悪いはずなのに。

 

「約束なんだよ。これからの戦いに力を貸す代わりに口添えをして欲しいって。それに先の事を考えると高速飛行が可能な〝竜人族〟の仲間は欲しい」

「……でも変態だぞ?」

「それはお前のせいだろ。責任取りなさい」

 

 心底嫌そうな顔をするハジメだが自業自得である。それに彼女もまた〝守る〟と誓った者の一人。何が何でも同行して貰うつもりだ。

 

「い、嫌だ! こんな変態と一緒になんて居たくない!」

「キャラがブレてるぞ。そんなに嫌なのか。……だったらもう一度、ティオさんに付いて来たい理由を聞いてみようか」

 

 その一言に全員の目がティオへと集中する。そのほとんどがうんざりとしたものなのは何故だろうか。

 

「うむ、ではもう一度語ろうか。戦って分かったと思うが、妾、強いじゃろ? 里でも一、二を争うくらいでな、特に耐久力は群を抜いておった。じゃから、他者に組み伏せられることも、痛みらしい痛みを感じることも、今の今までなかったのじゃ」

「………ん?」

 

 調査の件について話すのかと思えば、何やらよく分からない話が始まった。それにハジメやユエは遠い目をしているが……。

 

「それがじゃ、ご主人様と戦って、初めてボッコボッコにされた挙句、組み伏せられ、痛みと敗北を一度に味わったのじゃ。そう、あの体の芯まで響く拳! 嫌らしいところばかり責める衝撃! 体中が痛みで満たされて……ハァハァ」

「は?」

 

 何を言っているのだろうか。理解が追い付かずハジメに助けを求めるが全力で顔を背けられた。

 

「……つ、つまり、ハジメのせいで新しい扉を?」

「うむ、その通りじゃ! 妾の体はもう、ご主人様なしではダメなのじゃ!」

「………………………そっか」

 

 思わず天を仰ぐ。よもやここまでとは思わなかったのだ。想像を超えた変態がそこにはいた。思わずかつてのリューティリスを思い出してしまった。そもそも〝竜人族の調査〟とやらはどうした。

 

「ま、まあ、その……うん。個性的でいいんじゃないか……?」

「妾、自分より強い男しか伴侶として認めないと決めておったのじゃ……じゃが、里にはそんな相手おらんしの……敗北して、組み伏せられて……初めてじゃったのに……いきなりお尻でなんて……しかもあんなに激しく……もうお嫁に行けないのじゃ……」

「そ、それは大変だ。うん。やっぱりハジメに責任取ってもらうしかないよね。うん」

「お前のキャラもブレてきてるぞ」

 

 お尻を抑えながら潤んだ瞳を向けるティオ。顔が盛大に引きつる紅とハジメ。事の真相を知っているにもかかわらず、責めるような目で睨んでくる愛子達。ユエとシアですら、「あれはちょっと」という表情で視線を逸らしている。迫り来る大群を前に、四面楚歌の状況に追い込まれてしまった。

 

「! ……来たか」

「ナイスタイミング。マジでナイスタイミング」

 

 ハジメが突然、北の山脈地帯の方角へ視線を向ける。眼を細めて遠くを見る素振りを見せた肉眼で捉えられる位置にはまだ来ていないが、ハジメの“魔眼石”には無人偵察機からの映像がはっきりと見えていた。

 

 それは、大地を埋め尽くす魔物の群れだ。ブルタールのような人型の魔物の他に、体長三、四メートルはありそうな黒い狼型の魔物、足が六本生えているトカゲ型の魔物、背中に剣山を生やしたパイソン型の魔物、四本の鎌をもったカマキリ型の魔物、体のいたるところから無数の触手を生やした巨大な蜘蛛型の魔物、二本角を生やした真っ白な大蛇など実にバリエーション豊かな魔物が、大地を鳴動させ土埃を巻き上げながら猛烈な勢いで進軍している。その数は、山で確認した時よりも更に増えているようだ。五万あるいは六万に届こうかという大群である。

 

 更に、大群の上空には飛行型の魔物もいる。敢えて例えるならプテラノドンだろうか。何十体というプテラノドンモドキの中に一際大きな個体がいる、その個体の上には薄らと人影のようなものも見えた。おそらく、黒ローブの男。愛子は信じたくないという風だったが、十中八九、清水幸利だ。

 

「どうだ?」

「来たぞ。予定よりかなり早いが、到達まで三十分ってところだ。数は五万強。複数の魔物の混成だ」

「増えたな」

 

 魔物の数を聞き、更に増加していることに顔を青ざめさせる愛子達。不安そうに顔を見合わせる彼女達に、ハジメは壁の上に飛び上がりながら肩越しに不敵な笑みを見せた。

 

「そんな顔するなよ、先生。たかだか数万増えたくらい何の問題もない。予定通り、万一に備えて戦える者は〝壁際〟で待機させてくれ。まぁ、出番はないと思うけどな」

「心配しないで、自分たちに出来ることを優先してください」

「わかりました……君達をここに立たせた先生が言う事ではないかもしれませんが……どうか無事で……」

 

 愛子はそう言うと、護衛騎士達が「本当に任せていいのか」「今からでもやはり避難すべきだ」という言葉に応対しながら、町中に知らせを運ぶべく駆け戻っていった。生徒達も、一度ハジメ達を複雑そうな目で見ると愛子を追いかけて走っていく。残ったのは、ウィルとティオ、フーの三名だけだ。

 

 ウィルは、ティオに何かを語りかけると、ハジメに頭を下げて愛子達を追いかけていった。疑問顔を向けるとティオが苦笑いしながら答える。

 

「今回の出来事を妾が力を尽くして見事乗り切ったのなら、冒険者達の事、少なくともウィル坊は許すという話じゃ……まあそうでなくとも力を貸す約束じゃしの。何、魔力なら大分回復しておるし竜化せんでも妾の炎と風は中々のものじゃぞ?」

「いや待てや。なんでワシまで参加する流れになっとんねん。ふざけんなや、ワシはとんずらさせてもらうで」

「お主は妾の従者じゃろうが。主である妾一人に戦わせる気かのう。竜人族としての誇りを貶すでない」

「誇りィ!? ンなクソ程の価値もないものの為に死ねるかボケ! ───あ、ちょっ待っ、キマッとる! 首キマッとる!」

「───という訳でこ奴にも戦わせる。殲滅力は高いからのう、期待は裏切らんよ」

 

 首に回された腕で見事にフーを締め上げているティオに、ハジメは無言で魔晶石の指輪を投げてよこした。疑問顔のティオだったが、それが神結晶を加工した魔力タンクと理解すると大きく目を見開き、ハジメに震える声と潤む瞳を向けた。

 

「ご主人様……戦いの前にプロポーズとは……妾、もちろん、返事は……」

「ちげぇよ。貸してやるから、せいぜい砲台の役目を果たせって意味だ。あとで絶対に返せよ。ってか今の、どっかの誰かさんとボケが被ってなかったか?」

「……なるほど、これが黒歴史」

「どうでもええわ! はよ離さんかいボケババア!! ───グエッ」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 意識を落としたフーを抱えて壁の上に跳び乗る。魔物共が来るまでに目を覚ますか分からないが、名前を呼び掛けながら頬をペチペチと叩く。その間にハジメは住人達の混乱を抑えるために演説を始めた。

 

「身内が迷惑をかけてすまぬのう」

「犯人はアンタだろ。犯行の瞬間はばっちり見てたぞ」

 

 悪びれる様子もない。それだけ気心の知れた相手なのだろうか。正直、なぜフーを従者にしているのか分からないが。

 

「……結局あいつの能力ってなんなんだ? 〝刺殺魔法〟はこの世界に根付いてる既存の『魔法』とは異なる魔法体系のはず。それを扱えるっていうのが既に常軌を逸している」

 

 協力してくれるなら話さなくてもいいと考えていたが、やはり情報を共有していた方が連携も取りやすい。だが予想に反してティオはあっさりと質問に答えた。

 

「この子は少々特殊でのう……〝竜化〟という固有魔法を生まれ持つ竜人族の中でもさらに異端。〝竜化〟と〝()()〟という二つの固有魔法を持っておる」

 

 固有魔法〝吸収〟。ティオの話によるとこれは()()()()()()()らしい。純粋な魔力は当然のこと、火や水、風に雷といった魔法ですらも吸収して己の魔力に変換する。無論、吸収できる規模や速度にも限度があるらしいがそれでもかなり強力な魔法だ。

 

「固有魔法を二つ持つが故の弊害か、〝竜化〟の方はまともに使えんのじゃがな。精々が人型を保った上での腕の〝竜化〟のみ。それでも下手を討つと理性が吹っ飛ぶ扱いづらいものじゃ。じゃがそれを補って余りある〝吸収〟と魔法の知識がある。こ奴の強さは妾が保証しよう」

 

 ちなみにフーは竜人族の里の中でも一、二を争う程の魔法知識を持っているらしい。その異端さ故に幼いころから同族の中でも疎外されることが多かったそうだ。それらを見返すため魔法の研究を始め、今ではクラルス族魔法師部隊隊長兼姫の護衛という立場にまで上り詰めたとのことだった。二つ目の役職に関して本人は辞めたいそうだが。

 

「でもそれじゃ〝刺殺魔法〟を使える理由にならないんじゃないか?」

 

 〝血族〟は魔法を使うのに『魔法陣』も『詠唱』も必要としない。トータスの人間でも魔法を極めれば〝想像構成〟という派生技能が生まれたりもする。これは脳内でイメージした魔法陣で魔法を発動できるという技能だ。ちなみにユエはこの技能を派生ではなくデフォルトで所持している。つまり魔力に指向性を持たせて変化させるのが『魔法陣』、陣に魔力を流し込むのに必要なのが『詠唱』なのだ。

 

 だが〝血族〟の扱う魔法は少々特殊で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()になっている。つまり〝血管〟が『魔法陣』であり〝血液〟が『魔力』の役目を果たしているのだ。上位竜の内包する魔力は階位が低いものでもハジメに匹敵、あるいは上回るほど膨大なもの。故に彼らは想像(イメージ)一つで竜巻を起こすことも町を火の海にすることも、世界の理に干渉するような強力な魔法を扱うことも可能なのだ。

 

「だからドルニーアの魔力を〝吸収〟したとしても〝刺殺魔法〟の魔法表現がなければ使えないはずなんだ」

「ならば答えは一つじゃろう。フーの体内にも〝刺殺魔法〟の表現があるのじゃ」

「……話聞いてたか? 魔法表現は体内を廻る血液の流れだぞ。それは生まれつき決まっているもので後天的に変わるものじゃない」

「それが変わる様な事があったのじゃよ。お主の言うところの〝血族〟とかいう者との戦闘での」

 

 ティオはどこか遠い目で空を見上げる。脳裏にはクラルス族の里を襲った外敵との戦闘が過っていた。

 

「フーから聞いたと思うが、妾たちは一族総出で里を襲った彼奴を迎え撃った。彼奴一人殺すのに竜人族が総出というのも情けない話じゃが、その際にかなりの死傷者も出てのう。フーもまたその内の一人であった」

 

 ティオの話によると、襲われたのは太陽が完全に沈んだ夜。里を警備している門番が殺されて初めて敵の侵入に気付いたらしい。かつて見た事のない敵を前に族長であるティオの祖父、アドゥル。クラルスが全戦闘員を率いて迎え討った。主に接近して行動させないようにする近接戦闘組、タイミングを見て空からブレスを一斉放射する遠距離戦闘組の二人組に分かれ、ローテーションを回すことで対抗していたらしい。

 

「……なるほど、〝竜化〟した竜人族のブレス集中砲火。それなら確かに有効だろう。恐ろしいな……」

「彼奴は空を飛ぶことができたからの。どうしても地面に縫い付ける囮が必要じゃった。そしてその近接戦闘組に配属された、あの戦でのキーマンだった男がフーじゃ」

 

 この世界で空を飛ぶことができる者は限りなく少ない。全員が空からブレスを放つというのが本来の作戦なのだろう。だが相手は空を飛び、更には範囲がかなり広い〝刺殺魔法〟を使う。空と言えど安全圏足りえない。

 

 だからこそ魔法を吸収して無効化できるフーを近接戦闘組にした。相手が魔法を発動する前に、発動直前の魔力を喰うことで阻害する。それでも相手は上位竜、発動される魔法の全てを〝吸収〟することはできず、結果として死亡者が4割、重傷者が2割、そして軽傷と非戦闘員で4割の被害が出た。

 

「フーもまた重症でのう、正直いつ死んでもおかしくない状態であったよ。じゃがそこで奇跡が起きた」

 

 フーは片足が潰れ、腹には大きな風穴が開くほどの怪我を負った。処置しようにも傷が酷すぎて、まだ生きていることが不思議なくらいだったという。だが誰もが諦めかけていたその時、フーの身体から魔力が湧き出し、傷が治っていったそうだ。それを直接見ていたティオが言うには『治す』というより『改造』(なおす)という方が近いとのこと。

 

「恐らく、〝吸収〟し続けていた敵の魔力が原因じゃろう。その魔力がフーの肉体を改造(なお)し、その際に〝刺殺魔法〟の表現が体内に生まれた……といった所かのう。あくまで推測じゃが」

「……いや、充分だ」

 

 竜人族の被害、そしてフーに起きた事。そのどれもが初めて聞くこと、未来では起きなかった事だ。既に紅の知るものとは乖離し始めているという事かもしれない。

 

「……それだけの被害が出て、どうして里の外に出てきた? どう考えても調査より里の復興の方が優先だろ」

「そらソコの姫サンが勝手に飛び出してきたからや。おかげでワシが追いかけに来る羽目になったんやでボケが」

「! 目が覚めたのか」

 

 どうやら気絶していたフーが起きたらしい。魔物が来るまでに目を覚ますか不安だったが、ひとまず安心だ。

 

「近くであんな五月蠅くされたらイヤでも起きるに決まっとるやろ」

「……まあ、うん」

 

 フーの言う「五月蠅い」とはハジメによって扇動された町民たちの事だ。

 元凶であるハジメにジト目を向ける。本人は気付いているだろうがその視線はスルーされた。

 

「愛子様、万歳!」

 

 ハジメが、最後の締めに愛子を讃える言葉を張り上げた。すると……

 

「「「「「「愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳!」」」」」」

「「「「「「女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳!」」」」」」

 

「あいつ何やってるんだ……」

 

 だが、どうやら不安や恐怖も吹き飛んだようで町の人々は皆一様に、希望に目を輝かせ愛子を女神として讃える雄叫びを上げた。遠くで愛子が顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。その瞳は真っ直ぐにハジメに向けられており、小さな口が「ど・う・い・う・こ・と・で・す・か!」と動いている。

 

 ハジメは、しれっとして再び魔物の大群に向き直った。そこにティオとフーを連れて合流する。

 

「楽しそうだな……」

「先生には迷惑をかけるが、まあメリットもあるからな。このぐらい許してくれるだろ!」

「さっきから凄い視線が刺さってくるんだけど……」

 

 背後から町の人々の魔物の咆哮にも負けない愛子コールと、愛子自身の突き刺さるような視線と、「何だよ、あいつら結構分かっているじゃないか」と笑みを浮かべている護衛騎士達の視線をヒシヒシと感じながら、ハジメは〝宝物庫〟からメツェライを二門取り出し両肩に担いで、前に進み出る。右にはいつも通りユエが、左にはハジメが貸与えたオルカンを担ぐシアが、その隣にはコートを腰に巻き付けた紅が、更に隣には未だに魔晶石の指輪をうっとり見つめるティオとそれをうんざりと見ているフーがいる。地平線では、一心不乱に突っ込んでくる魔物達が視界を埋め尽くしている。

 

「先に言っておく。清水と思われる黒ローブはさっき撃ち落とした」

「………なんだって? ごめんもう一回頼む」

「行くぞーー!!」

「ちょっと待て! お前本当に撃ち落としたのか!? おいハジメ!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

ドゥルルルルルルルルル!!!

ドゥルルルルルルルルル!!!

 

 そんな独特の音を戦場に響かせながら、無数の閃光が殺意をたっぷりと乗せて空を疾駆する。

 

 瞬く暇もなく目標へと到達した閃光は、大地を鳴動させ雄叫びを上げながら突進する魔物達の種族、強さに関係なく、僅かな抵抗も許さずに一瞬で唯の肉塊に変えた。毎分一万二千発の死が無慈悲な〝壁〟となって迫り、一発で一体など生温いと云わんばかりに目標を貫通し、背後の数十匹をまとめて貫いていく。“弾幕”は、まるでそこに難攻不落の城壁でもあるかのように魔物達を一切寄せ付けず、瞬く間に屍山血河を築き上げた。

 

 そのハジメの左にはオルカンを担いだシアがロケットランチャーをぶっ放し周囲数十メートルの魔物達をまとめて吹き飛ばした。爆心地に近い場所にいた魔物達は、その肉体を粉微塵にされ、離れていた魔物も衝撃波で骨や内臓を激しく損傷しのたうち回る。そして、立ち上がれないまま後続の魔物達に踏み潰されて息絶えていった。

 

 シアの左に陣取るのはティオだ。その突き出された両手の先からは周囲の空気すら焦がしながら黒い極光が放たれる。あの竜化状態で放たれたブレスだ。どうやら人間形態でも放てるらしい。殲滅の黒き炎は射線上の一切を刹那の間に消滅させ大群の後方にまで貫通した。ティオは、そのまま腕を水平に薙ぎ払っていき、それに合わせて真横へ移動する黒い砲撃は触れるものの一切を消滅させていく。

 

 だがそれ以上に飛びぬけた殲滅力を発揮している者が二名。ハジメの右側に陣取るユエと、ティオの横で右腕を掲げるフーだ。

 

 ハジメ達が攻撃を開始しても、瞑目したまま静かに佇むユエ。右側の攻撃が薄いと悟った魔物達が、破壊の嵐から逃れるように集まり、右翼から攻め込もうと流れ出す。既に進軍にすら影響が出そうなほど密集して突進して来る魔物達。そして、遂に彼我の距離が五百メートルを切ったその瞬間、ユエは、スっと目を開きおもむろに右手を掲げた。そして、一言、囁くように、されど世界へ宣言するように力強く魔法名を唱えた。

 

「〝壊劫(えこう)〟」

 

 ユエの詠唱と同時に迫る魔物の頭上に、対黒竜戦で見たのと同じ渦巻く闇色の球体が出現する。しかし、以前と違うのは、その球体が形を変化させたことだ。薄く薄く引き伸ばされていく球体は魔物達の頭上で四方五百メートルの正四角形を形作る。そして、太陽の光を遮る闇色の天井は、一瞬の間のあと眼下の魔物達目掛けて一気に落下し、そのまま魔物ごと大地を陥没させて、深さ十メートル程のクレーターを作り上げたのだ。。

 

 対してフーは以前紅達に向けた〝刺殺魔法〟を使って迫る魔物の群れを串刺しにしている。目を見張るのはその発動範囲。かなり遠くにまで〝棘〟の出る球体を生成・設置している。一度に生成できる球体はまだ二十かそこらだろう。だが魔物の密集している地点、これから密集されると思われる地点を予測し、最小限の効率で最大限の効果を発揮していた。

 

「魔力は尽きんけど、この量はしんどいわ……」

 

 そして彼の持つ固有魔法〝吸収〟が真価を発揮し続けている。今もなお戦場で死に続けている魔物の死体から魔力を〝吸収〟し、自身へと変換しているのだ。どれだけ魔法を撃っても減るどころか余りある魔力がその場に充満していた。魔法を撃ち続けることでどんどん効率化させている事もこの殲滅力の理由の一つだろう。

 

「……ヤバい、オレ何もしてない……」

 

 そんな中、意外にも戦力になっていない者がいた。紅である。そもそも魔力がない以上ハジメのアーティファクトは使えず、かと言って『銀気闘法』を使えばユエ、ティオ、フーの魔法まで凍らせてしまいかねない。故に今、紅はハジメ達の弾切れとユエ達魔法組が魔力切れを起こすまで待機していた。

 

 大地に吹く風が、戦場から蹂躙された魔物の血の匂いを町へと運ぶ。強烈な匂いに、吐き気を抑えられない人々が続出するが、それでも人々は、現実とは思えない〝圧倒的な力〟と〝蹂躙劇〟に湧き上がった。町の至るところからワァアアアーーーと歓声が上がる。

 

 そんな歓声の中、愛子はただひたすら祈っていた。ハジメ達の無事を。そして同時に、今更ながらに自分のした事の恐ろしさを実感し表情を歪めていた。目の前の凄惨極まりない戦場が、まるで自分の甘さと矛盾に満ちた心をガツンと殴りつけているように感じたのだ。

 

 やがて、魔物の数が目に見えて減り、密集した大群のせいで隠れていた北の地平が見え始めた頃、遂にティオが倒れた。渡された魔晶石の魔力も使い切り、魔力枯渇で動けなくなったのだ。

 

「むぅ、妾はここまでのようじゃ……もう、火球一つ出せん……すまぬ」

 

 うつ伏せに倒れながら、顔だけをなんとか向けて申し訳なさそうに謝罪するティオの顔色は、青を通り越して白くなっていた。文字通り、死力を尽くす意気込みで魔力を消費したのだろう。

 

「お、やっとか。予想以上に長かったな。ゆっくり休んでくれ」

「なんやなっさけないわぁ! この程度で音を上げるんか!? 根性見せんかい!」

「……お主、その言葉忘れるでないぞ……」

「フーも一緒に休んでてくれ。後は大丈夫だ」

 

 既に、その数は一万を割り八千から九千と言ったところか。最初の大群を思えば、壊滅状態と言っていいほどの被害のはずだ。しかし、魔物達は依然、猪突猛進を繰り返している。正確には、一部の魔物がそう命令を出しているようだ。大抵の魔物は完全に及び腰になっており、命令を出している各種族のリーダー格の魔物に従って、戸惑ったように突進して来ている。

 

 ハジメは、手元の殲滅兵器メツェライを見やる。二つとも白煙を上げており、冷却が間に合っていないようだ。耐久限界である。これ以上撃ち続ければ、何処かにガタがくるだろう。もちろん、そうなっても修復は可能だが、モノが繊細なだけに瞬時にその場でというわけには行かない。時間をかけて精密作業を行う必要がある。そうなったらそうなったで面倒なので、攻撃方法を切り替えるのが妥当だろう。

 

「紅、お前の出番だ。最前線で暴れてこい。狙う相手は分かってるな?」

「当然。全滅だろ?」

「……もうお前はそれでいいや。シア! 魔物の違いわかるか?」

「はい。操られていた時のティオさんみたいな魔物とへっぴり腰の魔物ですよね?」

「へっぴり……うん、まぁ、そうだ。おそらく、ティオモドキの魔物が洗脳されている群れのリーダーだ。それだけ殺れば他は逃げるだろう」

「なるほど、私の方も残弾が心許ないですし、直接殺るんですね!」

「……あ、ああ。何ていうかお前逞しくなったなぁ……」

「当然です。皆さんの傍にいるためですから」

「逞しすぎないか? ハジメどんな教育したんだ」

「コイツに関してはほぼノータッチなんだが……ユエ、悪いが援護を頼む」

「んっ」

 

 苦笑いしながら腰から剣を引き抜く。同時にハジメも表情を引き締めてメツェライを〝宝物庫〟にしまうと、ドンナー・シュラークを抜いた。シアも同様にオルカンを置き、背中のドリュッケンに手をかける。

 

 リーダー格と思われる魔物はおよそ百体。おそらく、突撃させて即行で殺されては、配下の魔物の統率を失うと思い、大半を後方に下げておいたのだろう。

 

 メツェライとオルカン、そしてティオの魔法による攻撃が無くなってチャンスと思ったのか、魔物達が息を吹き返すように突進を始める。だがいつの間にか魔物達の群れの中に銀剣を持った紅が潜り込んでいた。

 

『!?』

「───シッ」

 

 動揺する魔物に向けて一閃。その一振りで数十の魔物が凍てつき、斬り刻まれる。返す刃でまた一閃。明らかに当たっていない魔物ですら斬り刻まれ即死している。紅は左手にもう一本銀剣を生成すると、その勢いのまま残りの魔物も殲滅せんと剣を振り続けた。

 

 時間にしておよそ三秒。紅一人の手で群れの約半数が壊滅した。しかしリーダー格の魔物はまだまだ残っている。

 

ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ!

 

 ハジメは、〝縮地〟で大地を疾走しながらドンナー・シュラークを連射した。その眼には、紅の生み出した隙間から見えるリーダー格の魔物の姿が捉えられており、撃ち放たれた死の閃光は、その隙間を縫うようにして目標に到達、急所を容赦なく爆散させる。

 

 不意に一体の魔物の頭上に影が差す。咄嗟に、天を仰ぎ見た魔物の眼には、ウサミミをなびかせ巨大な戦鎚を肩に担いだ少女が文字通り空から降ってくる光景が飛び込んできた。

 

 その少女、シアは、魔物の頭を踏み台に、ウサギらしくぴょんぴょんと群れの頭上を飛び越えていき、最後に踏み台にした魔物の頭を圧殺させる勢いで踏み込むと、自身の体重を重力魔法により軽くして一気に天高く舞い上がった。

 

 そして、天頂まで上がると空中でくるりと反転し、今度は体重を一気に数倍まで引き上げ猛烈な勢いで落下する。目標地点は、もちろんリーダー格が数体で固まっている場所だ。自由落下の速度をドリュッケンの引き金を引き激発の反動を利用して更に加速させ、最大限の身体強化をも加えて一撃の威力を最高にまで引き上げる。そして、全く勢いを減じることなく破壊の権化ともいうべき鉄槌を振り下ろした。

 

「りゃぁああああ!!!」

 

ドォガァアアアア!!!

 

 可愛らしい雄叫びと共に繰り出されたその一撃は、さながら隕石の如く。直撃を受けたブルタール型の魔物のリーダー格は、頭から真っ直ぐ地面へと圧殺され、凄絶な衝撃に肉と血を爆ぜさせた。血肉は衝撃により吹き飛んだ大量の土石に紛れて肥料のごとく地へと還る。そして、その末路は、密集していた周囲の魔物にも等しく訪れた。ドリュッケンのもたらした圧倒的な衝撃と散弾の如く飛び散った土石により肉体を吹き飛ばされて同じく大地へと還っていく。

 

 見た目華奢な少女が、自分の数倍の巨躯を誇る魔物をピンポン玉のように軽々と吹き飛ばす。まるで冗談のような光景だ。シアは、ドリュッケンのギミックを展開して柄を更に一メートルほど伸ばし、激発を利用して独楽のように高速回転を行った。そして、遠心力をたっぷり乗せたドリュッケンで迫り来る肉の壁を一緒くたに吹き飛ばす。回転運動から流れるように体勢を戻し、吹き飛んだブルタール達の隙間から見えた目標のリーダー格を潰そうと踏み込みの体勢に入った。

 

 と、その瞬間、右後方より新手が高速で接近する音をウサミミが捉える。シアは、慌てずドリュッケンを最適のタイミングで体ごと回転させ迎撃しようとした。が、その新手、黒い体毛に四つの紅玉のような眼を持った狼型の魔物は、それを予期していたように寸前で急激に減速すると、見事にシアの一撃を躱してみせた。

 

 通常の魔物なら、武器が振りきられて死に体となったところを襲うのがセオリーだろう。実際、シアも眼前の魔物はそうするだろうと身体強化を足に集中し、踏み込んできた瞬間頭部をカチ上げてやるつもりだった。

 

 しかし、シアのその予想は裏切られる。何と黒い四目の狼は、シアではなくドリュッケンに飛びかかり、その強靭な顎と全体重で地に押し付けるようにして封じたのである。もちろん、たかだか魔物の一体くらい、シアの身体強化を施された膂力ならどうということはない。しかし、それでも意表を突かれた事と、一瞬であれ動きを封じられたことに変わりはなかった。

 

 そして、黒い四目の狼にはそれで十分だった。完璧なタイミングでシアの後方から同じ魔物が鋭い牙の並ぶ顎門を開いて眼前まで迫っていたからだ。シアは眼を見開き、そして咄嗟に足に集中させた身体強化を解いて、全身に施した。それは、攻撃をくらうことを覚悟したが故の行動である。

 

 あわや、その鋭い牙がシアを血濡れにさせるかというその瞬間、一筋の銀閃が四目狼を貫き、粉砕した。

 

「……へ?」

 

 思わず変な声が飛び出す。だがまだ終わっていない。続け様に飛んでくる銀の閃光が今度はドリュッケンを封じていた四目狼を貫いていた。

 

「油断するな、シア。いい動きをする魔物が何体かいる。動きからして洗脳されていないだろう。やれるか?」

 

 シアが、やや自らのピンチとそれを脱した事に意識を囚われていると、近くから紅の声が聞こえた。両手に持っていたはずの剣がない。シアを助けるために投擲したのだろう。それにハッと我を取り戻したシアは気を引き締め直し、元気に返事をする。

 

「や、やれます! それと、助かりました。ありがとうございます!」

「ああ、がんば───あ?」

 

 ハジメの方で感じる気配に眉を顰める。その様子にシアのウサミミが「ビクッ」と震えていた。

 

 戦いはとうとう佳境を迎える。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

(……向こうは問題なさそうだな。このままリーダー格を潰す!)

 

 慢心───が無かったと言えば噓になる。だがこの時、ハジメが目の前の魔物を殺すことに一切手を抜いてはいなかった事だけは確かだ。

 

ガキキィィン!!

 

「なっ」

 

 ハジメの放った弾丸が弾かれる。手は抜いていない、黒竜戦と同じく本気で殺すための弾丸。それを全弾はじかれてしまった。

 

「グッ! ……何やら騒がしいと思い見物に来てみれば、なんです貴方? 明らかに人間の領域を逸脱している。よもや、貴方が我らの同胞を殺した〝敵〟ではないでしょうね?」

「冗談だろ……」

 

 ハジメの弾丸を弾いた、百足の様な下半身に人型の上半身が生えた巨大な漆黒の魔物。弾を弾かれたことは別にいい。竜化したティオにも何発も弾かれていたのだ、そういう事もあるだろう。現に弾が当たった所を見てみると鱗が割れ、血が出ている。だがそれが目に入らないほど動揺していた。

 

「魔物が喋った!?」

「……不愉快ですね、王に選ばれしこの私を品性の欠片もない〝魔物〟如きと一緒にするとは」

 

 漆黒の百足はその巨大な胴体を振り回して辺りの魔物を一掃するし、名乗りを上げた。

 

「我が名はバロム・シュエラ。翼の血族〝第十三位階〟。この私を魔物如きと同列に語ったこと、後悔しながら死になさ───い゛っ」

 

 バロム・シュエラの口上が途切れる。その原因は足に突き刺さっている一本の銀剣だった。だが先ほどまでとは比べ物にならない銀気の質と量。事実、バロム・シュエラの鱗をあっさりと貫いて肉をえぐり、刺さった箇所周辺を凍り付かせている。

 

「な、何故(なにゆえ)?」

 

 それは純粋な疑問。自身の鱗を貫いた剣に対して、そしてそれを投擲してきた人間に対して───

 

「〝銀気創剣〟」

「え?」

 

 ズズズズ、と銀気が練り上げられ二本の剣へと形を変える。その柄を掴み、およそ三十メートル離れているバロム・シュエラ目掛けて投擲した。

 

 ドンナ―・シュラークほどではないが、音速を超えて向かっていく。それに反応する事さえできず、心臓と胴体を正確に貫いた。

 

「え? あ、あれ……? おおおお……」

 

 何が起きたのか理解できない。理解できないが、自分がもうじき死ぬ事だけはわかる。バロム・シュエラは最後の抵抗に、と両手を高く掲げた。

 

「け……血族、に……栄え……あれ……」

 

─── 黙れ。そんなものは絶対に認めない。

 

「滅ぼす」

 




バロム・シュエラはね、残しておくと後で邪魔だし、かといって嚙ませにすらならない雑魚だし。ちゃっちゃと消化するに限るね。
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