銀の死神   作:日彗

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第三十三話 生きてくれ

 

 ハジメの前に立ちはだかった喋る魔物。言語を解する百足の竜。〝第十三位階〟バロム・シュエラと名乗った『翼の血族』を瞬殺した紅は急いでハジメに合流した。

 

「大丈夫かハジメ」

「お、おう。まだ何もしてないからな」

 

 こうしてハジメの〝翼の血族〟との初めての邂逅は、突然始まり、すぐさま終わりを迎えた。ハジメはただ驚いただけであり、敵はただ喋っていただけである。これから戦闘が開始するという時に横から紅が割って入ったためだ。ようやく骨のある相手が現れただけに少々がっかりしているまである。

 

「残りの魔物はオレ達がやっておくから、ハジメは清水を頼む」

「ん~……そうだな。わかった、後任せるわ」

 

 ハジメは宝物庫から魔力駆動二輪を取り出すと一気に加速し清水追う。それを見届けると、残りの魔物へと意識を向けた。

 

「やるか」

 

 その後、意気込んでおきながら、ユエの魔法とシアの膂力による一方的な無双によって紅は何もすることがなく、ハジメも無事に清水を捕獲(ワイヤーを括り付けて引きずってきた)死傷者はゼロであった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「容赦なしか……」

 

 見るも無残な姿に成り果てて、愛子達の前に跪かされている清水。敗残兵の様な姿になっている理由は、ハジメに魔物の血肉や土埃の舞う大地を魔力駆動二輪で引き摺られて来たからである。白目を向いて意識を喪失している清水が、なお、頭をゴンゴンと地面に打ちつけながら眼前に連れて来られたのを見て、愛子達の表情が引き攣っていたのは仕様がないことだろう。

 

 ちなみに、場所は町外れに移しており、この場にいるのは、愛子と生徒達の他、護衛隊の騎士達と町の重鎮達が幾人か、それにウィルとハジメ達だけである。流石に、町中に今回の襲撃の首謀者を連れて行っては、騒ぎが大きくなり過ぎるだろうし、そうなれば対話も難しいだろうという理由だ。町の残った重鎮達が、現在、事後処理に東奔西走している。

 

 やがて、愛子の呼びかけに清水の意識が覚醒し始めた。ボーっとした目で周囲を見渡し、自分の置かれている状況を理解したのか、ハッとなって上体を起こす。咄嗟に、距離を取ろうして立ち上がりかけたのだが、まだ後頭部へのダメージが残っているのか、ふらついて尻餅をつき、そのままズリズリと後退りした。警戒心と卑屈さ、苛立ちがない交ぜになった表情で、目をギョロギョロと動かしている。

 

「清水君、落ち着いて下さい。誰もあなたに危害を加えるつもりはありません……先生は、清水君とお話がしたいのです。どうして、こんなことをしたのか……どんな事でも構いません。先生に、清水君の気持ちを聞かせてくれませんか?」

 

 膝立ちで清水に視線を合わせる愛子に、清水のギョロ目が動きを止める。そして、視線を逸らして顔を俯かせるとボソボソと聞き取りにくい声で話……というより悪態をつき始めた。

 

「なぜ? そんな事もわかんないのかよ。だから、どいつもこいつも無能だっつうんだよ。馬鹿にしやがって……勇者、勇者うるさいんだよ。俺の方がずっと上手く出来るのに……気付きもしないで、モブ扱いしやがって……ホント、馬鹿ばっかりだ……だから俺の価値を示してやろうと思っただけだろうが……」

「てめぇ……自分の立場わかってんのかよ! 危うく、町がめちゃくちゃになるところだったんだぞ!」

「そうよ! 馬鹿なのはアンタの方でしょ!」

「愛ちゃん先生がどんだけ心配してたと思ってるのよ!」

 

 反省どころか、周囲への罵倒と不満を口にする清水に、玉井や園部など生徒達が憤りをあらわにして次々と反論する。愛子はヒートアップする生徒達を抑えると、なるべく声に温かみが宿るように意識しながら清水に質問する。

 

 そこで分かったのは、清水が魔人族と繋がっていた事。自身の能力を認められ、魔人族側に招かれることになった事。だがその条件として魔人族側が要求してきたのは……

 

「……畑山先生……あんたを殺すことだよ」

「……え?」

 

 愛子は、一瞬何を言われたのかわからなかったようで思わず間抜けな声を漏らした。周囲の者達も同様で、一瞬ポカンとするものの、愛子よりは早く意味を理解し、激しい怒りを瞳に宿して清水を睨みつけた。

 

 清水は、生徒達や護衛隊の騎士達のあまりに強烈な怒りが宿った眼光に射抜かれて一瞬身を竦めるものの、半ばやけくそになっているのか視線を振り切るように話を続けた。

 

「何だよ、その間抜面。自分が魔人族から目を付けられていないとでも思ったのか? ある意味、勇者より厄介な存在を魔人族が放っておくわけないだろ……〝豊穣の女神〟……あんたを町の住人ごと殺せば、俺は、魔人族側の〝勇者〟として招かれる。そういう契約だった。俺の能力は素晴らしいってさ。勇者の下で燻っているのは勿体無いってさ。やっぱり、分かるやつには分かるんだよ。実際、超強い魔物も貸してくれたし、それで、想像以上の軍勢も作れたし……だから、だから絶対、あんたを殺せると思ったのに! 何だよ! 何なんだよっ! 何で、六万の軍勢が負けるんだよ! 何で異世界にあんな兵器があるんだよっ! お前は、お前は一体何なんだよっ!」

「勇者全然相手にされてないな。勇者なのに」

「勇者(笑)だからだろ。俺でもそうする」

潜在能力(ポテンシャル)は高いんだけどなぁ……」

「無視してんじゃねぇぞ! 厨二キャラのくせに!」

 

 清水は、今にも襲いかからんばかりの形相でハジメを睨み罵倒を続けるが、突然矛先を向けられたハジメはと言うと、清水の罵倒の中に入っていた「厨二キャラのくせに」という言葉に、実は結構深いダメージをくらい現実逃避気味に遠くを見る目をしていたので、その態度が「俺、お前とか眼中にないし」という態度に見えてしまい、更に清水を激昂させる原因になっていた。

 

「お、落ち着こうか清水。せっかく才能があるんだから、もっと誰かのために───」

「うるせぇ! お前自分は真っ当だとでも思ってんのか! お前も十分厨二クサいからな! つーか、そもそもお前ら誰だよ! 余所者がしゃしゃり出てくるんじゃねぇ!」

「えぇ……」

 

 見た目よりも性能を重視する紅としてはハジメ程ダメージを受けない。今着ている服も、オスカーの隠れ家に置いてあったものを使っているだけなのだから。それよりもクラスメイトに気付いてもらえない事のほうがショックの様だ。

 

「清水君……君の気持ちはよく分かりました。〝特別〟でありたい。そう思う君の気持ちは間違ってなどいません。人として自然な望みです。そして、君ならきっと〝特別〟になれます。だって、方法は間違えたけれど、これだけの事が実際にできるのですから……でも、魔人族側には行ってはいけません。君の話してくれたその魔人族の方は、そんな君の思いを利用したのです。そんな人に、先生は、大事な生徒を預けるつもりは一切ありません……清水君。もう一度やり直しましょう? みんなには戦って欲しくはありませんが、清水君が望むなら、先生は応援します。君なら絶対、天之河君達とも肩を並べて戦えます。そして、いつか、みんなで日本に帰る方法を見つけ出して、一緒に帰りましょう?」

 

 清水は、愛子の話しを黙って聞きながら、何時しか肩を震わせていた。生徒達も護衛隊の騎士達も、清水が愛子の言葉に心を震わせ泣いているのだと思った。実は、クラス一涙脆いと評判の園部優花が、既に涙ぐんで二人の様子を見つめている。

 

 が、そんなに簡単に行くほど甘くはなかった。肩を震わせ項垂れる清水の頭を優しい表情で撫でようと身を乗り出した愛子に対して、清水は突然、握られていた手を逆に握り返しグッと引き寄せ、愛子の首に腕を回してキツく締め上げたのだ。思わず呻き声を上げる愛子を後ろから羽交い絞めにし、何処に隠していたのか十センチ程の針を取り出すと、それを愛子の首筋に突きつけた。

 

「動くなぁ! ぶっ刺すぞぉ!」

 

 裏返ったヒステリックな声でそう叫ぶ清水。愛子が、苦しそうに自分の喉に食い込む清水の腕を掴んでいるが引き離せないようだ。周囲の者達が、清水の警告を受けて飛び出しそうな体を必死に押し止める。清水の様子から、やると言ったら本気で殺るということが分かったからだ。みな、口々に心配そうな、悔しそうな声音で愛子の名を呼び、清水を罵倒する。

 

「いいかぁ、この針は北の山脈の魔物から採った毒針だっ! 刺せば数分も持たずに苦しんで死ぬぞ! わかったら、全員、武器を捨てて手を上げろ!」

 

 清水の狂気を宿した言葉に、周囲の者達が顔を青ざめさせる。完全に動きを止めた生徒達や護衛隊の騎士達にニヤニヤと笑う清水は、その視線をハジメに向ける。

 

「おい、お前、厨二野郎、お前だ! 後ろじゃねぇよ! 銀髪の方でもねぇ! お前だっつってんだろっ! 馬鹿にしやがって、クソが! これ以上ふざけた態度とる気なら、マジで殺すからなっ! わかったら、銃を寄越せ! それと他の兵器もだ!」

「あまり刺激するなよ……先生が人質に取られてるんだぞ……」

「あのな、人質ってのは生きてるからこそ意味があるんだ。そもそも殺されたくなかったらって……先生殺さないと魔人族側行けないんだから、どっちにしろ殺すんだろ? じゃあ、渡し損じゃねぇか」

「うるさい、うるさい、うるさい! いいから黙って全部渡しやがれ! お前らみたいな馬鹿どもは俺の言うこと聞いてればいいんだよぉ! そ、そうだ、へへ、おい、お前のその奴隷も貰ってやるよ。そいつに持ってこさせろ!」

 

 冷静に返されて、更に喚き散らす清水。追い詰められすぎて、既に正常な判断が出来なくなっているようだ。その清水に目を付けられたシアは、全身をブルリと震わせて嫌悪感丸出しの表情を見せた。

 

「敵を前に盾を用いるのは良い手だ。それがあるだけで相手の選択肢を狭めることができる。……けど仲間を盾にするのはおかしくないか? なんでオレの後ろに隠れる。こらやめろ、服が伸びるだろ」

「だって、ホントに気持ち悪くて……生理的に受け付けないというか……見て下さい、この鳥肌。有り得ない気持ち悪さですよぉ」

「あんまり『気持ち悪い』とか言ってやるなよ……一応、オレのクラスメイトなんだから。そもそも服の露出度が大きいんだよ。そら鳥肌も立つわ」

「むっ。これはファッションです。いいですか、女の子は自分を少しでも可愛く見せようと必死なんですよ。必死なんですよ!」

「ファッション? 何を言ってるんだ田舎娘。戦いに必要なものでもないだろ。それよりも性能だ。肌を隠せ、防御力を上げろ。生き残ることを最優先に行動しろ」

 

 本人達は声を潜めているつもりなのかもしれないが、自然と声が大きくなり普通に全員に聞こえていた。清水は、口をパクパクさせながら次第に顔色を赤く染めていき、更に青色へと変化して、最後に白くなった。怒りが高くなり過ぎた場合の顔色変化がよくわかる例である。

 

 清水は、虚ろな目で「俺が勇者だ、俺が特別なんだ、どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ、アイツ等が悪いんだ、問題ない、望んだ通り全部上手くいく、だって勇者だ、俺は特別だ」等とブツブツと呟き始め、そして、突然何かが振り切れたように奇声をあげて笑い出した。

 

「……し、清水君……どうか、話を……大丈夫……ですから……」

 

 狂態を晒す清水に愛子は苦しそうにしながらも、なお言葉を投げかけるが、その声を聞いた瞬間、清水はピタリと笑いを止めて更に愛子を締め上げた。

 

「……うっさいよ。いい人ぶりやがって、この偽善者が。お前は黙って、ここから脱出するための道具になっていればいいんだ」

 

 暗く澱んだ声音でそう呟いた清水は、再びハジメに視線を向け───すぐ目の前に紅が迫っていた。

 

「ぅ、なっ……」

 

 突然の事態に、清水が咄嗟に針を愛子に突き刺そうとする。だがその毒針を「ピンッ」と指で弾き飛ばした。

 

「落ち着けって。誰もお前を傷つけようとしてないだろ。……ハジメ(あいつ)はともかく」

「ッ! ……うるさい。うるさい、うるさい、うるさい! なんなんだよ! 関係ない奴は引っ込んでろよ! どいつもこいつも俺のこと馬鹿にしやがって! 勇者がそんなに偉いのかよ! 闇術死がそんなに悪いのかよ! ふざけんな! 俺の才能はこんなものじゃない! 俺はもっとやれるんだ!」

「うん、知ってる」

「…………は?」

 

 呆けた顔で紅を見つめる清水。それは他の面々も同じだった。

 

「当たり前だろ。この世界に召喚された異世界人は、オレを抜いてみんな天才だ。正直羨ましい。魔力があって、技能があって、天職もある。……お前、口では自分の事特別だなんだって言うけど、本心では全然思ってないだろ?」 

「………はあ!?」

「特別でありたいと思いながら無理だと否定している。だから何度も自分に言い聞かせる。けどお前はもっと自信を持っていい。せっかく才能があるんだからさ」

 

 ここまで言うだけの素質が清水幸利にはある……と紅は思っている。竜人族の中でもトップクラスの強さを誇るティオを、寝ていたとはいえたった一日で洗脳した技量。先の戦闘で支配に成功していた魔物の数。もし彼が神代魔法を手に入れれば、と考えると余りにも惜しい才能だ。

 

「罪は償うべきだ。だけど別に拷問を受けろ、なんて言ってる訳じゃない。清水にしかできない、清水が納得する方法で少しずつ周りを見返していこう」

「……ふざ、けんなよ偽善者……俺は、……俺は―――」

 

 愛子を掴む腕の力が緩んでいく。清水の心が揺れ動いている証だ。だがその瞬間、事態は急変する。

 

「ッ!? ダメです! 避けて!」

 

 そう叫びながら、シアは、一瞬で完了した全力の身体強化で縮地並みの高速移動をし、愛子に飛びかかった。

 

 シアの飛び出しに一瞬遅れて紅も動く。シアが無理やり愛子を引き剥がし何かから庇うように身を捻ったのと、紅が清水の襟を引っ張って()()からどかしたのは、ほぼ同時だった。

 

「っ!」

 

 眼前にまで迫る蒼い水のレーザー。抜剣が間に合わないと見ると、右腕を振って砕き割った。おそらく水系攻撃魔法〝破断〟。シアの方は、愛子を抱きしめ突進の勢いそのままに肩から地面にダイブし地を滑った。もうもうと砂埃を上げながら、ようやく停止したシアは、「うぐっ」と苦しそうな呻き声を上げて横たわったままだ。

 

「シア!」

「ハジメ!」

「わかってる!」

 

 突然の事態に誰もが硬直する中、ユエがシアの名を呼びながら全力で駆け寄る。そして、追撃に備えてシアと彼女が抱きしめる愛子を守るように陣取った。

 

ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ!

 

 ハジメはドンナーを両手で構え〝遠見〟で〝破断〟の射線を辿る。すると、遠くで黒い服を来た耳の尖ったオールバックの男が大型の鳥のような魔物に乗り込む姿が見え、迷わず引き金を引いた。

 

 だが、オールバックの男は攻撃されることを予期していたように、ハジメの方を確認しつつ鳥型の魔物をバレルロールさせながら必死に回避行動を行った。中々の機動力をもってかわしていた魔物だが、全ては回避しきれなかったようで、鳥型の魔物の片足が吹き飛び、オールバックの男の片腕も吹き飛んだようだ。それでも、落ちるどころか速度すら緩めず一目散に遁走を図る。おそらく、あれが清水の言っていた魔人族なのだろうとハジメは舌打ちする。

 

「シア大丈夫か!? だから性能を優先しろって言ったのに!」

「言ってる場合か! 傷は……チッ、深いな」

「うくっ……私は……大丈夫……です……は、早く、先生さんを……毒針が掠っていて……」

 

 シアは、ユエに膝枕された状態で仰向けになり苦痛に顔を歪めていた。傍には愛子もおり同じく表情を歪めてユエに抱きしめられている。シアの横腹には直径三センチ程の穴が空いていた。身体強化の応用によって出血自体は抑えられているようだが、顔を流れる脂汗に相当な激痛が走っている事がわかる。にもかかわらず、引き攣った微笑みを浮かべながら震える声で愛子を優先しろと言う。

 

「毒針!? あれはさっきオレが───あ」

「私の……ミス、です……焦って……ゆ、床にあった、毒針に……気が、つかな……くて……」

 

 それは先ほど紅が弾いたはずの毒針。弾いて床に転がったままになっていたものだ。シアが愛子を庇って床を滑ったときに偶然針が掠ったのだろう。そう、偶然だ。だが紅が弾き飛ばさず、清水から取り上げておけば起きなかった偶然である。

 

 ゆっくりと、冷たくなっていく。生命が零れ落ちていく。死が、近づいてくる。何度も味わった。また失ってしまう。また繰り返してしまう。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も──────

 

「───落ち着け。先生の方は俺が診ておく。神水を置いてくからシアに飲ませてやれ」

 

 声が、聞こえた。静かで諭すような、普段からは考えられないほど優しい友人の声。

 

「あ、ああ、わかった……」

 

 親友の言葉に頷き、神水を受け取る。

 

「シア、飲めるか……?」

「うっ……く、口移し、なら……なん、とか……」

「……あれ、もしかして結構余裕ある?」

 

 痛みに脂汗を流しながら、欲望を垂れ流しにするシア。さっきまでの気持ちを返して欲しい。そう考えながら試験型の容器に入った神水を口に突っ込んだ。

 

「むぐっ!? ……コクコク……ぷはっ。あ~死ぬかと思いました……」

「……すまん、シア。オレが油断したせいだ。助かったよ」

「えっへへ、〝未来視〟が発動したので咄嗟に……あれ? 今デレました? 紅さん今デレましたよね?」

「それは知らない」

 

 次いで、ハジメの周囲で男女の悲鳴と怒声が上がった。

 どうやらハジメが愛子に口移しで神水を飲ませたらしい。毒が回って飲み込む力も残っていなかったとはいえ、実に大胆な事をする。

 

「見てください。あれが私の要求したことですよ」

「だったらハジメに頼んでくれ……」

 

 喧騒は治まり、愛子を蝕んでいた毒も神水によって完治した。それを察した紅は愛子とハジメに近づいていく。

 

「先生、大丈夫ですか?」

「………」

「……先生?」

「………」

「ハ、ハジメ! 先生がっ、先生がオレのせいで……!」

「お前は落ち着け。おい! 先生!」

「ふぇ!?」

 

 業を煮やしたハジメが、軽く頬を叩きながら強めに呼び掛けると何とも可愛らしい声を上げて正気を取り戻した。

 

「体に異変は? 違和感はないか?」

「へ? あ、えっと、その、あの、だだ、だ、大丈夫ですよ。違和感はありません、むしろ気持ちいいくらいで……って、い、今のは違います! 決して、その、あ、ああれが気持ち良かったということではなく、薬の効果が……」

「そうか。ならいい」

「ほ、本当に大丈夫ですか? どこか痛かったりとか……」

「本当に大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます。………そういえば清水君は大丈夫なんですか!?」

「清水? 彼ならそこに……」

 

 紅が庇ったため〝破断〟は当たらなかったようだが、紅がいなければ死んでいた事実に困惑している。当然だろう、仲間に誘ってきた魔人族が自分ごと殺そうとしたのだ。人間族を裏切り、魔物に町を襲わせて同郷の人間を殺そうとまでしたのにこの始末。納得できなくて当然だろう。

 

「……チクショウ。なんで俺がこんな目に合わなくちゃいけないんだ。俺は特別なんだ。俺が本当の勇者───」

「清水君! よかった、怪我はありませんか!?」

「ッ! うるせぇ! 偽善者面してんじゃねぇぞ! どうせお前らも俺のこと心の中で嘲笑ってんだろが! 人間族を裏切って魔人族にも裏切られた能無しだってなぁ! ああ!?」

 

 怒り。絶望。嫉妬。羨望。失望。あらゆる感情が清水に襲い掛かり、冷静さを失っている。その様子に愛子は「清水君……」と零し、周囲は侮蔑の眼差しで見つめる。

 

「ああ、そうさ! どうせ俺は何も為せなかったただの裏切りモンだよ! 異世界に来ても変われなかった無能だ! これで満足か!? クソが「うるせぇな」」

 

 〝威圧〟を放ちながら清水の額に「ゴリッ」とドンナーを押し付ける。その様子に紅の言葉を思い出した愛子はヒュッと息を呑んだ。

 

「紅が庇うから黙ってればピーチクパーチクと。あ? 敵意を向けるのは結構だが、それは覚悟あってのことなんだろうな?」

「ヒィィィッ……」

 

 ハジメの〝威圧〟とドンナーを当てられ、目の前の『死』に委縮する。瞳孔は開き、呼吸は浅く、全身から汗が噴き出る。そんな時、紅と目が合った。

 

「た、すけ……」

「……ハジメ。少し、時間をくれるか?」

「………甘いな。お前も、先生も」

 

 〝威圧〟を解いてドンナーをしまう。少し前だったら構わず引き金を引いていただろう。既にハジメの中で「清水幸則」は敵として位置づけられていた。

 

「ありがとう。……清水、聞こえてるか?」

 

 声をかけるもどこか上の空でブツブツと呟く清水の前に腰を下ろす。

 

「まあ、独り言だと思って聞き流してくれてもいい。……本心では自分を『特別』なんて思ってないだろ、なんて言って悪かったな。オレも自分を大した奴だと思ったことがない。いや、もしかしたらあったのかもしれないが、ここ数年は特にそうだった。別に自分を卑下してる訳じゃないんだ。ただ学校には天之川達みたいな才能の権化がいたしな。彼らを見て、自分には才能って奴はないんだって思った。奇しくも異世界に来てステータスなんてもので自分の無能さを知らしめられるとは思わなかったけど」

 

 まるで遠い昔を思い出すように語っている。そこには嫉妬も羨望もない、ただ懐かしいという感情だけが込められている。

 

「そんなオレにも目的ができた。ただ毎日をあやふやに生きてたオレだけど、この世界に来て初めて()()()()()()()()()と思える相手ができた」

 

 空気が変わる。纏う空気に、吐き出す言葉に、怒りと憎悪と並々ならぬ殺意が籠る。それに反応して全員の視線が集まり、清水もまたようやく顔を上げた。

 

「オレは目的を果たせるのなら死んでもいい。むしろ、オレ一人の命で叶うなら喜んで差し出す。奴らを殺し尽くせるのなら、オレはそれ以上を望まない。だからこそ───」

 

 一拍、間をおいて静かに、それでいてどこか悲しそうに……。

 

「生きてくれ」

 

 紅は、己の願いを告げた。

 

「オレの分まで、生き抜いてくれ。楽しい事ばかりじゃないかもしれない。苦しい事の方が多いかもしれない。それでもどうか、生きていて欲しいんだ。そうすれば、オレはまだ戦える」

 

 守りたいものがあるから戦う。失いたくないから命を懸けられる。その中には当然の様に清水も含まれていた。

 

「……そんなもん、結局は全部自分の為じゃないか。勝手すぎるだろ……」

 

 死なせたくないから生かす。自己満足のために戦い続ける利己主義者(エゴイスト)。その在り方はどこか天之川(勇者)に似ているのに、何故だか悪い気はしない。その道の行きつく先がどんなものなのか見てみたい。

 

「……チッ。先生、後は任せてもいいよな? 俺達はウィルを送り届けなくちゃいけないからな」

 

 それはかつて自分が墜ちそうになったとき、ユエの存在が自分を繋ぎ留めた様に……詰まるところ、清水を自分と重ねてしまったのだ。今の清水の瞳にはほんの僅かだが光が戻っている。それならば、清水を愛子に預けて首輪付きではあるがチャンスを与えてもいいと考えた。

 無論、再び敵に回れば容赦なく殺すつもりではあるが。

 

「ぇ……あ、はい! 任せてください!」

 

 目まぐるしく変わる展開に追いつけず、フリーズしていた愛子だったがハジメの言葉で持ち直した。

 顔が少し赤く見えるのは気のせいではないだろう。

 

「紅、いくぞ。ユエとシアとウィル…………あとティオもか」

「ッ!! ご、ご主人様……また妾を忘れて……んっ! んっ!」

「なんでそない嬉しそうなんや……ワシは里に帰るからな。ジジィどもには『(お前らの知ってる)姫サンは死んだ』って言うとくわ」

「ああ、本当に助かったよ。これで攻撃してきたことはチャラだな」

「ふっっっざけんな! チャラどころか貸しやろが!」

 

 町の重鎮達や騎士達が、ハジメの持つアーティファクトやハジメ達を目的に引き止めようとするが、途端に溢れ出す〝威圧〟感に、先の戦いでの化け物ぶりを思い出し、伸ばした手も、発しかけた言葉も引っ込めることになった。

 

 周囲の輪を抜けて魔力駆動四輪を取り出す。随分と回り道をしてしまったが、ようやく依頼を完了することができそうだ。

 愛子やクラスメイト、町の重鎮たちが複雑そうな目で見ている中、ハジメは四輪を走らせる。

 

 後には、何とも言えない微妙な空気と生き残ったことを喜ぶ町の喧騒だけが残った。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 時は少しさかのぼり、ハイリヒ王国の勇者一行に与えられた個室。部屋主である八重樫雫は、疲れを取るため早めに就寝しようとベッドの上に腰を下ろした。

 

(まさか皇帝陛下だとは……道理で強いはずね)

 

 先の模擬戦相手、ガハルド・D・ヘルシャーを思い出し、溜息を吐く。

 あのまま続ければ勝っていたのは自分か、向こうか。今となっては知りようもないが、自分に足りないものを再確認することができた。

 

(経験……格上の強者との戦闘経験。私が強くなるために最も欠けているもの)

 

 もちろん相手が格上であるなら死を覚悟しなければならない。だがそれを超えない限り『目指すべき場所(最強)』に至れるはずもない。

 

「……やってやるわよ。これ以上約束を破る訳にはいかないんだから」

 

 あの日に覚悟は固まった。これ以上何も失わないためにも、誰よりも強く───

 

 すると「コンコン」とドアをノックする音が部屋に響いた。こんな時間に部屋に来るのは香織くらいだろう、とベッドから降りてドアへと向かう。

 

「はーい。こんな時間にどうしたの?」

「───八重樫、雫様でございますね」

「……どちらさま?」

 

 ドアを開けた先にいたのは香織……ではなく、銀髪を二つに結った、所謂ツインテールの使用人(メイド)であった。トータスに召喚されてまだ日は浅いが、少なくとも雫は彼女を見た覚えがない。

 年は恐らく雫達よりも下、14、15程だろうか。 

 

「夜分遅くに申し訳ございません。本日より八重樫様専属でお仕えするよう、仰せつかりました」

 

 ゆっくりと腰を曲げる。それが『お辞儀』だとすぐさま理解できなかったのは、動きに一切の無駄がなく、あまりにも美しかったせいだろう。

 指先の動き、発する声、そのどれもが美しく気品に溢れている。

 

「エリス・ヨークシアと申します」

 

 優しく、それでいてどこか年相応に、エリスと名乗ったメイドは微笑んだ。

 

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