銀の死神   作:日彗

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第三十七話 交差する運命

 

「ふんふんふふ~ん、ふんふふ~ん! いい天気ですねぇ~、絶好のデート日和ですよぉ~」

 

 フューレンの街の表通りを、上機嫌のウサミミ少女シアがスキップしそうな勢いで歩いている。服装は何時も着ている丈夫な冒険者風の服と異なり、可愛らしい乳白色のワンピースだ。

 

「昨日も遊んだんじゃなかったのか……?」

「いやいや、それはそれ。これはこれですよ~」

 

 そんなシアの後ろを、疲れた顔をした紅が歩いている。……ミュウと手を繋いで。

 

「シアお姉ちゃん、とっても楽しそうなの!」

「ふっふっふ、わかりますぅ~? わかっちゃいますぅ~?」

 

 今日はシアとの約束通り観光地に遊び……もといデートに来ているわけだが、なぜミュウまで一緒にいるかといえば「ミュウもシアお姉ちゃんと遊ぶの!」と言って聞かなかったからだ。

 ハジメ(パパ)と遊ぶように言ってもやーっ! と断られ、シアもミュウと一緒にいたいらしくこうして連れてきた。

 

(恨むぞハジメ……)

 

 前方では大きな子供がはしゃぎ、横では小さな子供が目を爛々と輝かせている。先日ハジメ達と一緒に来ているはずなのにどうしてそこまで楽しめるのだろうか。

 

「で、何が食べたいんだ? ハジメからお金は貰って来たから、大抵のものは食えると思うぞ」

「まるで私が食いしん坊みたいなこと言わないでください!?」

 

 食べ物にしか興味がないと思われているシア。ハジメに聞いた話だと売店で結構な量を食べていたらしいが……。

 

「ミュウ、昨日シアお姉ちゃんが食べさせてくれたのがいい!」

「……何を食べさせたんだ?」

「串焼きですよ。ほら、あそこのお店です」

「ああいうのでいいのか。女の子って難しい……」

 

 女子はもっと甘い物の方が好んでいると思っていたのだが、異世界だからなのか子供だからなのか、はたまたミュウが変わっているのか。知識も経験もない紅にはさっぱり分からない世界だ。

 

「水族館や展望台もあるって聞いてたんだが、今水族館には行けないしな」

「あ、あはは……」

 

 メアシュタットというフューレン観光区でも有名な水族館があったのだが、下部にカゴをつけた空飛ぶ十字架が水族館内を爆走し、水槽を粉砕、流れ出てきたリーマンを見事カゴにキャッチすると追いかける職員達を蹴散らし、更に壁を破壊して外に出ると遥か上空へと消えていくという珍事が発生した。勿論、すべてハジメの仕業だ。

 

「あいつらしいと言えばあいつらしいが、まったく。魔物を助けるためにそこまでするかね……」

「ハジメさん、リーさんと意気投合してましたからねぇ……」

 

 ハジメは助けたリーマンと「リーさん」「ハー坊」と呼び合う仲になっていたらしい。いくら知能が高く、会話ができるとは言え何をしているんだアイツは、と頭を抱えたくなった。

 

「まあ、昨日の事は忘れてデートを楽しみましょう! ねえミュウちゃん!」

「はいなの!」

 

 

 

 

(どうしましょう。ネビュリムさんとはぐれてしまいました……)

 

 顔を知っている者はいないだろうが、念のため変装として伊達眼鏡をかけ、陽の光を避けるためフードを被った女性。

 従者兼護衛を一人連れてフューレンへ観光に来た彼女は、その唯一の従者とはぐれてしまった。

 

「……ま、まあ大丈夫でしょう! ネビュリムさんはしっかりしてますから! あの愚か者にも見習ってほしいものです!」

 

 ぷんぷんっ、と擬音が聞こえそうなほどほほを膨らませる女。護衛がいなくなったのに自分ではなく護衛の方を心配する辺り大物だと言えるかもしれない。

 人里に降りてくるのはずいぶんと久しい。最後に人間と関わったのは何十年前だったろうか。

 右を見ても左を見ても、必ず誰かが笑っている。現在(いま)という幸福に安らぎ、それを他者と共有している。

 ただただそれが喜ばしい。

 

「時間の流れとは早いものですね。いつの間にか世界には人が溢れ、町にも活気が……………あら?」

 

 その時、大通りを歩く人混みの中に小さな子供を見つけた。近くに保護者らしき姿は見えず、涙目になりながらきょろきょろと辺りを見渡している。

 迷子だろうか。そう思い至る前に、女の身体は動いていた。

 

「───もし、そこの貴方。ご家族の方はご一緒ではないのですか?」

 

 話を聞いてみると、どうやらその少年は母親と一緒に今度新しく生まれる妹の服を買いに来ていたのだという。だがその道中で母親と逸れてしまったのだとか。

 少年の話を最後まできちんと聞き届けた女は、『でしたら……』と腰をかがめて少年に告げた。

 

「わたくしもあなたのお母様を探すお手伝いを致しましょう。逸れる前に立ち寄ったお店など憶えてますか?」

 

 少年は滲んでいた涙を腕で拭うと、首を縦に振った。

 

「ではそこから探してみましょうか。ふふ、大丈夫ですよ。お姉ちゃんが必ず見つけ出しますからね」

 

 

 

 

「どうしよう……」

 

 デート(仮)が始まって三時間。この時の紅は今まで以上に心が折れかけていた。

 

「シアお姉ちゃん、迷子なの……」

「うん。いや、どちらかというとオレたちが迷子なんだが……」

 

 いくら人が混雑しているとはいえ、まさか一人でどこかへ消えるとは思ってもいなかった紅。幸いミュウとは手を繋いでいたのではぐれることはなかったが、この街の地理なぞ憶えていない紅は宿への帰り道すら分からなくなっていた。

 

(最悪(うえ)から探せばいいか)

 

「とりあえずシアを探そう。放って帰ると後が面倒くさい」

「ミュウ、足が疲れたの……」

「………」

 

 俯くミュウにため息を零すと、その軽い身体を持ち上げて肩に乗せた。

 

「疲れたのならこれで探そう。ミュウも手伝ってくれるか?」

「はいなの!」

 

 普段とは違う、高い視線に機嫌を直してくれた。あとはおやつをいくつか与えておけば、とりあえずシアが見つかるまでは保つだろう。

 

(先が思いやられるな)

 

 とはいえ、悪い気はしない。

 ほのかに笑みを浮かべて前進する。

 後ろも横も前も、多くの人で賑わっている。昨日の一件でこの街にも暗い側面があると知ったが、この光景を見ていると“平和”だと感じる。

 ミュウと一緒にシアを探しながら時々屋台で買い物をしてミュウに与える。やはり子供だからか甘い物には目がないらしく、瞳を輝かせて美味しそうに頬張っていた。

 それにしてもシアの奴、本当にどこまで行ったんだ。そう考えながら大通りを歩く。

 

 未来の自分にとって、シア・ハウリアという少女は親友である南雲ハジメの嫁という立場にある。その記憶を断片的にでも持っている今の紅にとって正直なところ彼女との接し方についてこのままでいいのかと考えない日はなかった。

 別に好意を向けられることが嫌な訳ではない。ただ、少しばかり困るだけ。未来でハジメと共にあった彼女は心の底から幸せそうにしていた。彼女以外にしてもそうだ。ユエやティオ、その他の女性たちもハジメを大切に想い、そして当のハジメも何だかんだ言って彼女たちを大切にしていた。

 あの光景を知っている者としてはその関係性を壊したくない。なによりこのままでは本当に親友と合わせる顔がなくなってしまう。

 

 そう考えてしまい、思わずため息が零れる。そんな様子にミュウは首を傾げて手に持ったままのパンを差し出した。

 

「疲れた時はね、甘いものが良いってママが言ってたの!」

「そ、そうか。いや、オレのことは気にしなくていいからミュウが食べなさい」

「や! お兄ちゃんも一緒に食べるの!」

「えぇ……」

 

 予想以上に押しの強いミュウに、最終的に紅が折れミュウの持つ焼きたてのパンを口に咥えた。

 こんな幼子に気を使わせてしまったことが情けない。

 そういえば、いつだったか似たようなことがあった気が……。

 

「みゅ? お兄ちゃんまたぼーっとしてるの」

「ん……いや何でもない。少し昔のことを思い出してただけだ」

 

 ミュウを肩から降ろして再び歩きはじめる。もちろん、逸れないよう手をしっかりと繋いで。

 

「オレにも昔、ミュウと同じ海人族の友人がいたんだ。その人は亜人族にも関わらず魔力を持ってて、しかも魔法の才覚はそこ等のゴロツキとは比べ物にならないほどでさ。先祖返り、その中でも更に稀な神代の魔法を使えるとても強い女性だった」

 

 それは未来の記憶。まだ完全に銀剣と融合しきっていなかった頃に経験した、奇跡のような思い出。

 

「彼女との出会い方は決して良くはなかったけど、色々あって結局一緒に戦う仲間になった。特に当時のリーダーが彼女にべったりだったんだ。傍から見ていると本当の姉妹に見えるくらいにな」

 

記憶の中にある未来の紅の日常はいつだって血の匂いが漂う地獄ばかりだった。しかしあの瞬間、あの短い期間だけは違う。

 苦しいこともあった。護れなかった命も多い。だがそれでも、あの時間を生きていた頃の紅は充実した日々を送れていたのだ。

 

「お兄ちゃん、楽しそうなの!」

「……ミュウがそう感じるんなら、やっぱりそうなのかもな」

 

 ミュウと繋いでいない右手中指に嵌められた、かつて【ライセン大迷宮】攻略後にミレディから渡された指輪に視線を移す。

 ミレディはこの指輪を持ってすべての大迷宮を巡れと言った。それがどういう意味なのかはわからない。けれどこの指輪を見ていると不思議と落ち着くのは何故だろうか。

 

「さて、シアの捜索を続けるか。本当どこに行ったんだろうなあいつ……」 

「シアお姉ちゃん、一人で心細くしてるの……」

 

 子供のミュウの足並みに合わせて大通りを歩いて行く。どれだけ時間が経っても人が減らない。これだけ多いと人の気配に酔ってしまいそうになる。

 そう考えていた時だった。フッ、と白いフードの女性が目の前を素通りしていったのは。

 

「─────ぁ」

 

 この人混みの中で、どうしてその女性に目が移ったのかわからない。眼鏡をかけ、フードを被り、小さな男の子と手を繋いでいる。特に変わったところなんてないはずなのに、目が離せない。全身の冷や汗が止まらない。

 

(ああ、そうだった。あの時もこいつは笑っていたんだ。優し気に嬉しそうに笑って……)

 

 運命が、交差する。

 

─── 不安を僅かでも拭うことができて、わたくしは嬉しい

 

 心の声が、感情が、その表情から伝わってくる。

 女の顔が記憶のものと一致。いや、顔を変えていたとしても必ず気付く自信があった。たとえ地獄に落ちようと決して、忘れることなど出来るはずがないのだから。

 

『憎しみを忘れ、わたくしと共に神のために生きてください。それがあなたに対してわたくしができる一番の償い……』

 

 憎悪が吹き荒れる。

 

――― アルテ、マティア……ッ!!

 

 突然の邂逅を果たした宿敵に、思わずミュウの手を離して銀剣へ手を伸ばした。

 だがそれより一瞬速く、女の顔が紅へと向き、その綺麗な瞳と視線が交わった。

 

「どうかなさいましたか!?」

「―――っ!!」

 

 離したミュウの手をもう一度握りしめる。それは少女を守ろうとしてなのか、それとも……。

 

「ひどい顔色……ご気分が悪いのですか?」

 

 得体の知れない化物を相手に、恐れをなしたのか。

 

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