銀の死神   作:日彗

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第四話 奈落

 

 【オルクス大迷宮】

 

 縦横五メートル以上ある通路は明かりもないのに薄ぼんやり発光しており、松明や明かりの魔法具がなくてもある程度視認が可能だ。緑光石という特殊な鉱物が多数埋まっているらしく、【オルクス大迷宮】は、この巨大な緑光石の鉱脈を掘って出来ている。

 

「らしい」

「そのパンフレットどこから持ってきたの……」

「入口で配ってた」

 

 〝言語理解〟様々である。

 

 現在、紅達一行は【オルクス大迷宮】一階層に来ていた。一行は隊列を組みながらゾロゾロと進む。しばらく何事もなく進んでいると広間に出た。ドーム状の大きな場所で天井の高さは七、八メートル位ありそうだ。

 と、その時、物珍しげに辺りを見渡している一行の前に、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

 その言葉通り、ラットマンと呼ばれた魔物が結構な速度で飛びかかってきた。

 灰色の体毛に赤黒い目が不気味に光る。ラットマンという名称に相応しく外見はねずみっぽいが……二足歩行で上半身がムキムキだった。八つに割れた腹筋と膨れあがった胸筋の部分だけ毛がない。まるで見せびらかすように。

 

「いい筋肉だ。たゆまぬ修練の賜物だろう」

「何言ってるの」

 

 間合いに入ったラットマンを光輝、雫、龍太郎の三人で迎撃する。その間に、香織と特に親しい女子二人、メガネっ娘の中村恵里とロリ元気っ子の谷口鈴が詠唱を開始。魔法を発動する準備に入る。

 光輝は純白に輝くバスタードソードを視認も難しい程の速度で振るって数体をまとめて葬っていた。

 

「もうあいつだけでよくね? オレ達いらなくね? 多分その内、あの剣からビームとか出るぞ」

「そ、そうだね。……ところでいつ聞こうか迷ってたんだけどさ」

「ん?」

「その()()、なに?」

「なにって……甲冑だけど」

 

 現在の紅の姿は全身を鎧で多い、さらに兜を被り手には剣と盾。お前はどこの国の騎士だと言いたくなる。ちなみにハジメたちは胸当てや肩当てなど局所を守るものを装備している。

 

「さっきからガシャガシャうるさいんだけど、重くないの?」

「重い。あと動き辛い」

 

 だがステータスの低い紅はこのくらいの装備をしてもまだ不安が残る。ハジメの様に搦め手ではなく剣を使った白兵戦をしなければならないからだ。

 

「いざというときはこの身を盾に」

「はいはい。ほらおいて行かれるよ」

 

 そこからは特に問題もなく交代しながら戦闘を繰り返し、順調に階層を下げて行った。

 そして、一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層にたどり着いた。

 現在の迷宮最高到達階層は六十五階層らしいのだが、それは百年以上前の冒険者がなした偉業であり、今では超一流で四十階層越え、二十階層を越えれば十分に一流扱いだという。

 戦闘経験こそ少ないものの、(紅以外)全員がチート持ちなので割かしあっさりと降りることができた。

 

「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ! 今日はこの二十階層で訓練して終了だ! 気合入れろ!」

 

 メルド団長のかけ声がよく響く。

 

 ここまでに紅のしたことと言えばハジメとの雑談か、騎士団員が相手をして弱った魔物を相手に戦ったくらいだ。ネズミのような魔物を銀剣で殴り、殴り。そして疲れてきたところを一突き。それだけだ。

 だが新しい発見もあった。銀剣で突き刺した時、魔物の()()()()()のだ。〝アーティファクト〟ではないという話だったが、知られていなかっただけで実は氷の属性が付与された剣とかそういうオチなのかもしれない。

 小休止に入り、ふと前方を見ると雫と目が合った。いや、どうやら彼女は香織と見つめ合っていたハジメを見ているらしい。

 

「おいおいおい、なんだよハジメいつの間にそんな関係になってたんだよ」

「いや誤解だよっ」

「ほーん。じゃあいいや、あちらさんに聞いてこよ」

 

 立ち上がり、香織達の方へと向かう。

 

「へーい白崎さん。いつの間にハジメとそういう関係になったんですか~?」

「……どちら様?」

「西村。西村紅。知らない筈ないだろ」

「なんか既視感があるわね……」

 

 だが香織の反応も無理はない。何せ全身を鎧で纏った不審者が親し気に話しかけてきたのだ。せめて兜は脱いでおくべきである。

 

「あっ、西村君だったんだ! 全然気づかなかった!」

「……ずっとハジメと居たんだけど」

「なんでそんな恰好してるのよ」

 

 鎧は男の浪漫なのである。とやかく言われる筋合いはない。

 

「そんなことよりさ、いつの間に進展しちゃったんですか~? 前までむしろ避けられてたのに~?」

「さ、避けられてた!?」

「あ、ヤベッ。今のナシ」

 

 思わず本当の事を口走る紅。雫からの視線が痛い。

 

「まあその、うん。迷宮内だしラブコメもほどほどに」

 

 そう言い残しハジメの元へと帰っていく。その背中は少し小さく見えた。

 

「守ってくれって言っておいて、あんなガチガチの装備付けるなんて。信用されてないのかしら、私」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 一行は二十階層を探索する。

 現在、四十七階層までは確実なマッピングがなされているので迷うことはない。トラップに引っかかる心配もないはずだった。

 二十階層の一番奥の部屋はまるで鍾乳洞のようにツララ状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしていた。この先を進むと二十一階層への階段があるらしい。

 そこまで行けば今日の実戦訓練は終わりだ。神代の転移魔法の様な便利なものは現代にはないので、また地道に帰らなければならない。一行は、若干、弛緩した空気の中、せり出す壁のせいで横列を組めないので縦列で進む。

 

「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」

 

 メルド団長の忠告が飛ぶ。

 その直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。どうやらカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。

 

「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

 

 メルド団長の声が響く。光輝達が相手をするようだ。飛びかかってきたロックマウントの豪腕を龍太郎が拳で弾き返す。光輝と雫が取り囲もうとするが、鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。

 

 直後、

 

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

 

 部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。

 

「ぐっ!?」「うわっ!?」「きゃあ!?」「あわわわわ」

 

 体をビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体はないものの硬直してしまう。ロックマウントの固有魔法“威圧の咆哮”だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。

 まんまと食らってしまった光輝達前衛組が一瞬硬直してしまった。

 ロックマウントはその隙に突撃するかと思えばサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ香織達後衛組に向かって投げつけた。見事な砲丸投げのフォームで。咄嗟に動けない前衛組の頭上を越えて、岩が香織達へと迫る。

 香織達が、準備していた魔法で迎撃せんと魔法陣が施された杖を向けた。避けるスペースが心もとないからだ。

 しかし、発動しようとした瞬間、香織達は衝撃的光景に思わず硬直してしまう。

 なんと、投げられた岩もロックマウントだったのだ。空中で見事な一回転を決めると両腕をいっぱいに広げて香織達へと迫る。しかも、妙に目が血走り鼻息が荒い。香織も恵里も鈴も「ヒィ!」と思わず悲鳴を上げて魔法の発動を中断してしまった。

 

「こらこら、戦闘中に何やってる!」

 

 慌ててメルド団長がダイブ中のロックマウントを切り捨てる。

 香織達は、「す、すいません!」と謝るものの相当気持ち悪かったらしく、まだ、顔が青褪めていた。

 そんな様子を見てキレる若者が一人。正義感と思い込みの塊、我らが勇者天之河光輝である。

 

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

 

 どうやら気持ち悪さで青褪めているのを死の恐怖を感じたせいだと勘違いしたらしい。彼女達を怯えさせるなんて! と、なんとも微妙な点で怒りをあらわにする光輝。それに呼応してか彼の聖剣が輝き出す。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ───〝天翔閃〟!」

「あっ、こら、馬鹿者!」

 

 メルド団長の声を無視して、光輝は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした。

 その瞬間、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放たれた。逃げ場などない。曲線を描く極太の輝く斬撃が僅かな抵抗も許さずロックマウントを縦に両断し、更に奥の壁を破壊し尽くしてようやく止まった。

 

「な、言っただろ? 多分ビームが出るって」

「えぇ……」

 

 パラパラと部屋の壁から破片が落ちる。「ふぅ~」と息を吐きイケメンスマイルで香織達へ振り返った光輝。もう大丈夫だ!と声を掛けようとして、笑顔で迫っていたメルド団長の拳骨を食らった。

 

「へぶぅ!?」

「この馬鹿者が! 気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」

 

 その時、ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。

 

「……あれ、何かな? キラキラしてる……」

 

 その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。

 そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

(……グランツ鉱石?)

 

 その名を聞いた瞬間、胸の中に得体のしれない不安が湧き上がる。どこかで見たことのあるような既視感。だがなぜだろうか、これだけはわかる。

 

─── アレに近づいてはならない。

 

「素敵……」

 

 香織が、メルドの簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

 そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。

 

「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」

「ん? どうしたの西村くん。急に静かになって……」

 

 兜を被っていてよかった。今顔を見られたらさらに余計な心配をかけてしまう所だ。それほどまでに紅の顔は青褪めていた。

 

「ダメだ、アレは……アレに近づくな!!」

「団長! トラップです!」

「ッ!?」

 

 しかし、一歩遅かった。

 檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。美味しい話には裏がある。世の常である。

 

「逃げろ! 今すぐに!」

 

 魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現だ。

 

「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」

 

 メルド団長の言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが……間に合わなかった。

 部屋の中に光が満ち、紅達の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。

 次いで、ドスンという音と共に地面に叩きつけられた。尻の痛みに呻き声を上げながら周囲を見渡す。クラスメイトのほとんどは同じように尻餅をついていたが、メルド団長や騎士団員達、光輝達など一部の前衛職の生徒は既に立ち上がって周囲の警戒をしている。

 先の魔法陣は転移させるものだったらしい。現代の魔法使いには不可能な事を平然とやってのけるのだから神代の魔法は規格外だ。

 紅達が転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。それはまさしく、あの夢で見た場所と同じような。

 思わず舌打ちをこぼす。今すぐにこの場から脱出しなければ。

 

「立て! 立ってすぐに階段まで走れ! 手遅れになる!」

 

 普段からは考えられない、雷のような怒号。裏返せばそれほどの事態だという事だ。

 わたわたと動き出す生徒達。しかし、迷宮のトラップがこの程度で済むわけもなく、撤退は叶わなかった。階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現したからだ。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が……。

 

「……っ」

 

 思わず息をのむ。その現れた魔物は、まさに夢に出てきた怪物。

 

「まさか……ベヒモス……なのか……」

 

 メルド団長の呟くような声が耳に届く。

 

 〝ベヒモス〟

 

 それはかつて、“最強”と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化物。体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けたような姿をしている。瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っていることを除けば、トリケラトプスのように見えなくもない。

 

「ぁ……っぁ……!」

 

 体が動かない。恐怖が紅の体を締め付ける。これではまるで悪夢の再現だ。

 

(それだけは、それだけはダメなんだ……)

 

 あの悪夢を現実にしてはいけない。それはクラスメイト達の死を意味するのだから。

 

(動け。動け動け動け動け動け動け動け動け動け!)

 

 その時、バシンッと何かを叩いたかのような音が響く。否、叩かれたのは被っている兜だ。

 顔を向けるとそこには痛そうに手をさする友人(ハジメ)がいた。

 

「え、なにしてんのお前……」

「それはこっちのセリフだよ! この大変な時になにボーッと突っ立ってんのさ! そのご立派な鎧は飾りなの!?」

「お、おぉ。言うじゃないか」

 

 だがハジメの言う通りだ。いつの間にか体も動く。

 

「……よしオレに何ができるか知らねぇけど、せめて肉壁くらいにはなってやるぜ」

「そうなったら僕は一生君を許さないよ」

 

 この事態の中でも軽口を交える。少しでも緊張をほぐすため、恐怖を紛らわすために。

 

「前には強大な化物、後ろには大量の化物。冷静に見ても詰みだな」

「だからこそ必要なのは道を切り開ける火力だよ」

 

 訓練を初めて二週間程度の学生にそんなものを求められても……。だがそれがないと一貫の終わりなのも確かだ。

 入口の前に立ちふさがる剣を持った骸骨の様な魔物、トラウムソルジャー。三十八階層に現れるこの魔物は今まで戦ってきたどの魔物よりも強い。それが既に百を超えている。

 誰も彼もがパニックになりながら滅茶苦茶に武器や魔法を振り回す。このままでは、いずれ死者が出る可能性が高い。騎士アランが必死に纏めようとしているが上手くいっていない。そうしている間にも魔法陣から続々と増援が送られてくる。

 

「なんとかしないと……必要なのは……強力なリーダー……道を切り開く火力……天之河くん!」

 

 光輝達のいるベヒモスの方へ向かって走り出すハジメ。

 

「はっ? お、おい待てハジメ!」

 

 

 

 

 ベヒモスは依然、障壁に向かって突進を繰り返していた。

 

 障壁に衝突する度に壮絶な衝撃波が周囲に撒き散らされ、石造りの橋が悲鳴を上げる。障壁も既に全体に亀裂が入っており砕けるのは時間の問題だ。既にメルド団長も障壁の展開に加わっているが焼け石に水だった。

 

「ええい、くそ! もうもたんぞ! 光輝、早く撤退しろ! お前達も早く行け!」

「嫌です! メルドさん達を置いていくわけには行きません! 絶対、皆で生き残るんです!」

「くっ、こんな時にわがままを……」

 

 この限定された空間ではベヒモスの突進を回避するのは難しい。それ故、逃げ切るためには障壁を張り、押し出されるように撤退するのがベストだ。

 しかし、その微妙なさじ加減は戦闘のベテランだからこそ出来るのであって、今の光輝達には難しい注文だ。

 その辺の事情を掻い摘んで説明し撤退を促しているのだが、光輝は〝置いていく〟ということがどうしても納得できないらしい。まだ、若いから仕方ないとは言え、少し自分の力を過信してしまっているようである。戦闘素人の光輝達に自信を持たせようと、まずは褒めて伸ばす方針が裏目に出たようだ。

 

「光輝! 団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」

 

 雫は状況がわかっているようで光輝を諌めようと腕を掴む。

 

「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」

「龍太郎……ありがとな」

 

 しかし、龍太郎の言葉に更にやる気を見せる光輝。それに雫は舌打ちする。

 

「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」

「雫ちゃん……」

 

 苛立つ雫に心配そうな香織。

 その時、一人の男子が光輝の前に飛び込んできた。

 

「天之河くん!」

「なっ、南雲!?」

「南雲くん!?」

「ハッ……ハッ……ま、待ってくれハジメっ。この鎧重い……! オエェ吐きそう……」

「西村君までどうしてここに!?」

 

 こちらが聞きたい。急に走り出したハジメを追いかけてきた紅。なぜこんな死地に出向かなければならないのか。

 

「早く撤退を! 皆のところに! 君がいないと! 早く!」

「いきなりなんだ? それより、なんでこんな所にいるんだ! ここは君がいていい場所じゃない! ここは俺に任せて南雲達は……」

「そんなこと言っている場合かっ!」

 

 いつも苦笑いしながら物事を流す大人しいイメージとのギャップに思わず硬直する光輝。

 

「あれが見えないの!? みんなパニックになってる! リーダーがいないからだ!」

 

 光輝の胸ぐらを掴みながら指を差すハジメ。

 

 その方向にはトラウムソルジャーに囲まれ右往左往しているクラスメイト達がいた。訓練のことなど頭から抜け落ちたように誰も彼もが好き勝手に戦っている。効率的に倒せていないから敵の増援により未だ突破できないでいた。スペックの高さが命を守っているが、それも時間の問題だろう。

 

「一撃で切り抜ける力が必要なんだ! 皆の恐怖を吹き飛ばす力が! それが出来るのはリーダーの天之河くんだけでしょ! 前ばかり見てないで後ろもちゃんと見て!」

「そうだぞ! オレ達のために馬車馬の如く働けや!」

「うん。それはちょっと言い過ぎ……」

 

 呆然と、混乱に陥り怒号と悲鳴を上げるクラスメイトを見る光輝は、ぶんぶんと頭を振るとハジメに頷いた。

 

「ああ、わかった。直ぐに行く! メルド団長! すいませ───」

「下がれぇーー!」

 

 〝すいません、先に撤退します〟――そう言おうとしてメルド団長を振り返った瞬間、その団長の悲鳴と同時に、遂に障壁が砕け散った。

 暴風のように荒れ狂う衝撃波。咄嗟に、ハジメが前に出て錬成により石壁を作り出すがあっさり砕かれ吹き飛ばされる。多少は威力を殺せたようだが……

 

「ぐっ……龍太郎、雫、時間を稼げるか?」

 

 光輝が問う。それに苦しそうではあるが確かな足取りで前へ出る二人。団長たちが倒れている以上自分達がなんとかする他ない。

 

「やるしかねぇだろ!」

「……なんとかしてみるわ!」

 

 二人がベヒモスに突貫する。

 

「香織はメルドさん達の治癒を!」

「うん!」

 

 光輝の指示で香織がが走り出す。ハジメは既に団長達のもとだ。戦いの余波が届かないよう石壁を作り出している。気休めだが無いよりマシだろう。

 

「……ハジメ、オレ達はどうあがいてもアレには勝てない。逃げの一択しかないんだ。頼むから余計なことは考えないでくれ」

「どうしたのさ。いつになく弱気だね」

 

 それに紅は答えない。言える筈がない、このままでは〝夢〟と同じ展開になってしまうなどと。

 が、次の瞬間光が辺りを満たし白く塗りつぶす。激震する橋に大きく亀裂が入っていく。どうやら光輝の放った光魔法〝神威〟がベヒモスに炸裂したようだ。その威力は先の〝天翔閃〟とは段違いだ。

 

「あの剣メッチャビームだすやん……」

「呑気なこと言ってる場合じゃないよ!」

 

 先ほどの攻撃は文字通り、光輝の切り札だ。残存魔力のほとんどが持っていかれた。背後では、治療が終わったのか、メルド団長が起き上がろうとしている。

 そんな中、徐々に光が収まり、舞う埃が吹き払われる。

 その先には、無傷のベヒモスがいた。

 

「ボケッとするな!すぐに逃げろ!」

 

 メルド団長の叫びに、ようやく無傷というショックから正気に戻った光輝達が身構えた瞬間、ベヒモスが突進を始める。そして、光輝達のかなり手前で跳躍し、赤熱化した頭部を下に向けて隕石のように落下した。

 光輝達は、咄嗟に横っ飛びで回避するも、着弾時の衝撃波をモロに浴びて吹き飛ぶ。ゴロゴロと地面を転がりようやく止まった頃には、満身創痍の状態だった。

 

「お前達、動けるか!」

 

 メルド団長が叫ぶように尋ねるも返事は呻き声だ。先ほどの団長達と同じく衝撃波で体が麻痺しているのだろう。内臓へのダメージも相当のようだ。

 メルド団長は唇を噛み切るほど食いしばり盾を構えた。ここを死地と定め、命を賭けて食い止めるつもりだ。

 そんな団長に、ハジメは必死の形相で、とある提案をする。それは、この場の全員が助かるかもしれない唯一の方法。ただし、あまりに馬鹿げている上に成功の可能性も少なく、ハジメが一番危険を請け負う方法だ。

 

「───は?」

 

 だがそれを紅が許すはずがない。

 

「ふざけるなよ。オレ言ったよな? 逃げの一択しかないって。余計な事考えるなって。アレに勝ち目がないことくらいわかってるだろ!?」

「全員が!! ……全員が生きて帰るにはこの方法しかないんだ。それに倒す必要はない、態勢を立て直す時間を稼げればいいんだから」

「っ! 馬鹿野郎! 敵がアイツだけだと「坊主ッ!」───っ!」

 

 メルド団長が紅の言葉を遮り、ハジメへと問いかける。ベヒモスが既に戦闘態勢を整えている以上、時間はもうない。

 

「……やれるんだな?」

「やります」

 

 決然とした眼差しを真っ直ぐ向けてくるハジメに、メルド団長は「くっ」と笑みを浮かべる。

 

「まさか、お前さんに命を預けることになるとはな。……必ず助けてやる。だから……頼んだぞ!」

「はい!」

「おいハジメ! オレの話がまだ「だったら西村くんが守ってよ」……はあ!?」

「僕の代わりに西村くんが周囲の警戒をして、危険だと判断したらすぐに逃げる。それなら文句はないでしょ!?」

「おま…っ! ああクソ! お前ってヤツは!」

 

 腹立たし気に頭を搔きむしる。そうだ、昔からこうと決めたらテコでも動かない頑固者だった。

 

「だったらちゃんと言う事きけよ! 聞かなかったらぶん殴るからな!?」

「オーケー! もうそれでいいよ!」

 

 ベヒモスは赤熱化を果たした兜を掲げ、突撃、跳躍する。それに対してメルド団長は小さく詠唱した。

 

「吹き散らせ───〝風壁〟」

 

 詠唱と共にバックステップで離脱する。

 その直後、ベヒモスの頭部が一瞬前までメルド団長がいた場所に着弾した。発生した衝撃波や石礫は〝風壁〟でどうにか逸らす。大雑把な攻撃なので避けるだけならなんとかなる。倒れたままの光輝達を守りながらでは全滅していただろうが。

 再び、頭部をめり込ませるベヒモスに、ハジメが飛びついた。赤熱化の影響が残っておりハジメの肌を焼く。しかし、そんな痛みは無視してハジメも詠唱した。名称だけの詠唱。最も簡易で、唯一の魔法。

 

「───〝錬成〟!」

 

(ハジメ、お前はベヒモス(コイツ)さえ何とかすれば脱出できる……そう思ってるんだろ)

 

 だが違うのだ。ここまで一致してしまえばもう疑うことはできない、あの夢の内容。

 ベヒモスに集中しているハジメの代わりに周囲を警戒している紅の目線は、ちょうど階段付近を確保したらしいクラスメイトへと向いていた。

 

(あの夢ではハジメは〝火球〟をくらっていた。トラウムソルジャー(骸骨剣士)でもベヒモスでもなく、()()を)

 

 それはクラスメイト、あるいは騎士団に裏切者がいる事を意味する。だがそれもあくまで〝夢が現実になる〟と仮定した場合だ。

 

(可能性の域を出ない、妄想でしかない。だが警戒して損はない)

 

 石中に埋まっていた頭部を抜こうとしたベヒモスが周囲の石を砕いて頭部を抜こうとしても、ハジメが錬成して直してしまうからだ。

 ベヒモスは足を踏ん張り力づくで頭部を抜こうとするが、今度はその足元が錬成される。ずぶりと一メートル以上沈み込む。更にダメ押しと、ハジメは、その埋まった足元を錬成して固める。

 

「踏ん張れよハジメ! もう少しだからな!」

「わ、わかってるよ……!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 メルド団長、光輝の活躍によって徐々に魔物の数は減少し、ついに階段への道が開けた。

 

「皆! 続け! 階段前を確保するぞ!」

 

 光輝が掛け声と同時に走り出す。

 遂に全員が包囲網を突破した。背後で再び橋との通路が肉壁ならぬ骨壁により閉じようとするが、そうはさせじと光輝が魔法を放ち蹴散らす。

 クラスメイトが訝しそうな表情をする。それもそうだろう。目の前に階段があるのだ、さっさと安全地帯に行きたいと思うのは当然である。

 

「皆、待って! 南雲くんを助けなきゃ! 南雲くんがたった一人であの怪物を抑えてるの!」

 

 香織のその言葉に何を言っているんだという顔をするクラスメイト達。だが、困惑するクラスメイト達が、数の減ったトラウムソルジャー越しに橋の方を見ると、そこには確かにハジメと……甲冑を着た紅の姿があった。

 

「なんだよあれ、何してんだ?」

「あの魔物、上半身が埋まってる?」

「……ちょっと香織! どうして西村君まであそこにいるのよ!?」

 

 次々と疑問の声を漏らす生徒達にメルド団長が指示を飛ばす。

 

「そうだ! 坊主がたった一人であの化け物を抑えているから撤退できたんだ! 前衛組! ソルジャーどもを寄せ付けるな! 後衛組は遠距離魔法準備! もうすぐ坊主の魔力が尽きる。アイツが離脱したら一斉攻撃で、あの化け物を足止めしろ!」

 

 ビリビリと腹の底まで響くような声に気を引き締め直す生徒達。中には階段の方向を未練に満ちた表情で見ている者もいる。

 無理もない。ついさっき死にかけたのだ。一秒でも早く安全を確保したいと思うのは当然だろう。しかし、団長の「早くしろ!」という怒声に未練を断ち切るように戦場へと戻った。

 その中には檜山大介もいた。自分の仕出かした事とはいえ、本気で恐怖を感じていた檜山は、直ぐにでもこの場から逃げ出したかった。

 

 しかし、ふと脳裏にあの日の情景が浮かび上がる。

 

 それは、迷宮に入る前日、ホルアドの町で宿泊していたときのことだ。緊張のせいか中々寝付けずにいた檜山は、トイレついでに外の風を浴びに行った。涼やかな風に気持ちが落ち着いたのを感じ部屋に戻ろうとしたのだが、その途中、ネグリジェ姿の香織を見かけた。

 初めて見る香織の姿に思わず物陰に隠れて息を詰めていると、香織は檜山に気がつかずに通り過ぎて行った。

 気になって後を追うと、香織は、とある部屋の前で立ち止まりノックをした。その扉から出てきたのは───ハジメだった。

 頭が真っ白になる。檜山は香織に好意を持っていた。しかし自分とでは釣り合わないと思っており、光輝のような相手なら、所詮住む世界が違うと諦められた。

 しかし、ハジメは違う。自分より劣った存在(檜山はそう思っている)が香織の傍にいるのはおかしい。それなら自分でもいいじゃないか、と端から聞けば頭大丈夫? と言われそうな考えを檜山は本気で持っていた。

 

「メルドさん、どうして西村君まであそこにいるんですか!? 彼には戦う力はないんですよ!」

「……それは奴らの考えだ。坊主が〝錬成〟でベヒモスを止めている間は周りを気にする余裕がない。その穴をカバーするために西村はついていった」

「そんな……!」

 

 あの夜、約束したのだ〝私がみんなを守る〟と。なのに私達が守られてどうする!そう自身に問いかける雫。

 だがそれは香織も同じこと。今なお、たった一人でベヒモスを抑えるハジメを見て、祈るように案じている。

 そんな彼女らを視界に捉え……

 

 檜山は、ほの暗い笑みを浮かべた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

(回復薬はもうない。ハジメの魔力もそろそろ尽きるだろう)

 

 見てみるとどうやら全員撤退できたようである。隊列を組んで詠唱の準備に入っているのがわかる。ベヒモスは相変わらずもがいているが、この分なら錬成を止めても数秒は時間を稼げるだろう。

 

「いいかハジメ。魔法の準備もできている。次の〝錬成〟と同時に階段に向かって全力で走るぞ。他は見なくていい、前だけを見て走れ」

「うん!」

 

 そして、数十度目の亀裂が走ると同時に最後の錬成でベヒモスを拘束する。同時に、一気に駆け出した。

 ハジメが猛然と逃げ出した五秒後、地面が破裂するように粉砕されベヒモスが咆哮と共に起き上がる。その眼に、憤怒の色が宿っていると感じるのは勘違いではないだろう。鋭い眼光が己に無様を晒させた怨敵を探し……

 

 捉えた。

 

 再度、怒りの咆哮を上げるベヒモス。ハジメ達を追いかけようと四肢に力を溜めた。

 だが、次の瞬間、あらゆる属性の攻撃魔法が殺到した。

 夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、しっかりと足止めになっている。

 いける! と確信し、転ばないよう注意しながら頭を下げて全力で走るハジメ。すぐ頭上を致死性の魔法が次々と通っていく感覚は正直生きた心地がしないが、チート集団がそんなミスをするはずないと信じて駆ける。ベヒモスとの距離は既に三十メートルは広がった。

 

 思わず、頬が緩む。

 しかし、その直後、ハジメの表情は凍りついた。

 無数に飛び交う魔法の中で、一つの火球がクイッと軌道を僅かに曲げたのだ。

 ……ハジメの方に向かって。

 

(なんで!?)

 

 疑問や困惑、驚愕が一瞬で脳内を駆け巡り、ハジメは愕然とする。

 だがそこに。

 

「うおおおおぉぉぉぉぉ!!」

 

 紅が突っこんできた。

 

 ハジメを逃がすことを最優先に後方を走っていた紅は、()()()()〝火球〟がハジメめがけて飛んできたのを見てハジメを突き飛ばしたのだ。

 それはあの夢の内容と同じように。だが配置が逆であった。

 ハジメを突き飛ばした結果、飛んでくる〝火球〟の着地点に来てしまった紅は自身と〝火球〟の間に銀剣を挟み込みガードする。

 だがステータスの低い紅が耐えきれる筈もなく、来た道を引き返すように吹き飛んだ。

 

「西村くん!!」

「止まるな!! 進め───ッ!?」

 

 立ち止まったハジメに怒鳴る紅の声がふと消える。紅はまるで信じられないものを見るかのような目で、()()を見ていた。

 

 突き飛ばしたハジメの眼前に、風魔法〝風球〟が着弾したのだ。

 

「なっ!?」

 

 直撃こそしていないが着弾の衝撃をモロに浴び、紅の所まで吹き飛ばされる。

 

「ハ、ハジメっ――グウッ!」

 

 紅もまた内臓などへのダメージもないが、三半規管をやられ平衡感覚が狂ってしまっているようだ。

 吹き飛んできたハジメを体全体で受け止める。その衝撃でまた倒れこんでしまう。

 

「ハジメっ大丈夫か!?」

「な、なんとか……」

 

 フラフラしながら少しでも前に進もうと立ち上がる。が……

 ベヒモスも、いつまでも一方的にやられっぱなしではなかった。紅達が立ち上がった直後、背後で咆哮が鳴り響く。思わず振り返ると三度目の赤熱化をしたベヒモスの眼光がしっかり()()()()捉えていた。

 そして、赤熱化した頭部を盾のようにかざしながらハジメに向かって突進する。

 

(マ、マズイ……!)

 

 フラつく頭、霞む視界、迫り来るベヒモス、遠くで焦りの表情を浮かべ悲鳴と怒号を上げるクラスメイト達。

 紅はなけなしの力を振り絞り、ハジメを投げ飛ばし、その反動で自身も転がりその場を退いた。

 直後、怒りの全てを集束したような激烈な衝撃が橋全体を襲った。ベヒモスの攻撃で橋全体が震動する。着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が走る。メキメキと橋が悲鳴を上げる。

 そして遂に――橋が崩壊を始めた。

 度重なる強大な攻撃にさらされ続けた石造りの橋は、遂に耐久限度を超えたのだ。

 

「グウァアアア!?」

 

 悲鳴を上げながら崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヒモス。しかし、引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。ベヒモスの断末魔が木霊する。

 

「西村くん! 西村くんしっかりして!!」

 

「……ハ、ハジメっお前だけでも逃げ───」

 

 だが脱出する時間もなく、しがみつく場所も次々と崩壊していく。

 対岸のクラスメイト達の方へ視線を向けると、香織が飛び出そうとして光輝に羽交い締めにされているのが見えた。雫は力なく膝から崩れ落ちている。他のクラスメイトは青褪めたり、目や口元を手で覆ったりしている。メルド達騎士団の面々も悔しそうな表情で紅とハジメを見ていた。

 

「ああ、ちくしょう……」

 

 そして、足場も完全に崩壊し、紅達は落ちていった。

 

 暗い昏い、奈落の底へと。

 

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