銀の死神   作:日彗

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第六話 続く激闘

 

 昔、誰かが言っていた。誰だったかは思い出せないが。

 

 〝銀気〟

 

 それは銀に内包されるエネルギー。銀気は〝魔力〟を()()()()()力を持っている。

 遥か昔、銀は他と変わらず何の変哲もないただの金属だった。

 だが()()()()からこの世界に『魔法』という魔力を使って世界を改変させる術が持ち込まれた。

 

 世界を変化させる外からの力。

 

 だから銀気が生まれた。魔力による変化に抵抗するために世界が用意した抑止力。

 だが世界にも限度がある。それ以降すべての銀が銀気を発生させるようになったが、その量は極々微々たるもの。到底魔法に対抗できる代物ではない。

 

 だが今から数千年前。とある一人の〝反逆者〟が偶然見つけた、他より質の良い銀気を内包した銀。それを加工したものが長い年月を経て、紅へと渡ったのだ。

 魔力を停止させるという画期的な力も、体内に魔力を有する人間には使えない。それどころか実践で使えそうなものが剣一本分しかなかった。

 

 こういった理由があり今まで誰も気づかず、誰も使ってこなかった銀気を操り戦う。それが未来の紅が〝死神〟と呼ばれる程の強さを持った理由の一つである。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ッ!? ハァッ ハァッ……寝てたのか? オレ……」

 

 まさかこの魔物が跋扈する迷宮内で無防備に?気を抜きすぎだ、と自分にほとほと呆れる。

 だが辺りを見渡して驚く。紅の周りには数十を超える魔物の氷像が出来ていた。

 

「……魔物の殺気に体が反射で攻撃したのか」

 

 未来から受け取った〝強さ〟は紅の肉体に溶け込んでいる。頭で考えずとも体は戦い方を知っているのだ。

 

「……それにしたって迷宮内で寝るか? 〝銀気闘法〟に体が慣れてないせいなのか……?」

 

 だがそんな事を言っている暇はない。迷宮内じゃどれだけ寝ていたのかわからない。まずはハジメを探し、迷宮を()()()いかなければ。

 本来ならば上へと上り、迷宮を脱出するのが常識だがここは階層で言うと()()()()。百階層までと言われている【オルクス大迷宮】だが更にその下に百一から二百階層まである。

 だが残念な事は別にある。百一階層から百階層へと上る階段は存在しないのだ。今の紅ならば天井を破壊し脱出することもできるがここまで来たのならこの()()()()()にもついでに寄っておきたい。

 

「未来と同じように進んでいればハジメも無事のはず……」

 

 だが紅の影響かそれともあの未来とは世界線が違うのか、状況が違ってきている。この時期、この迷宮にグリュムウェルテ(翼の血族)がいたなんて話は聞いていない。

 

「やっぱりハジメを探すか……」

 

 妙に重たい体を起こして歩き始める。この迷宮のどこかにいる筈の友人を探しに。

 ……そのまえに水分補給だ。お腹は空いていないが何日も眠っていて喉が渇いている。川があってよかった。

 

 

 

 

「これは……」

 

 探索を続けて見つけた、人一人がなんとか入れそうな穴。自然にできた物には見えない。魔物が巣として作ったのか、それとも……。

 

「可能性は、あるな」

 

 紅は穴の中に入る。仮に魔物がいても問題なく倒せるのだから入らない手はない。

 そしてそれは正解だった。

 

「……ビンゴ」

 

 穴の奥には人が寝られるくらいのスペースがあり、そして恐らく迷宮産の鉱物であろう残骸の山があった。

 その形は歪ながらも地球人なら知るあの武器、拳銃のように見える。

 恐らく此処を拠点にして活動していたであろう友人を想い笑顔が浮かぶ。

 

「けど此処を出てからかなり経ってるみたいだ。どれだけ寝てたんだオレ……」

 

 だがとりあえず生存していることがわかり安心する。今どこにいるかはわからないが恐らく下の階層だろう。

 

「急ごう」

 

 穴から出て下の階層へと走る。

 途中で遭遇した魔物達は反撃する事さえできず氷漬けにされる。

 出会った瞬間には死んでいる。なるほど、死神とは的を射ていた。

 妙に足の発達した跳び回るウサギを凍らせ、灰色のトカゲを凍らせ、六本足の猫を凍らせ、タールの海を泳ぐ気配を消す鮫を踏みつぶし、虹色のカエルや巨大なムカデをひき殺した。

 途中で赤い果物を投げつけてくる木の魔物が現れ、甘く瑞々しいその果物に「あまり腹は減ってないけど……そろそろ何か食った方がいいかな」と何週間ぶりかの食事をした。

 剣と融合した今の紅は食事を採らなくてもかなりの期間生きられる。流石に水は必要だが最初の階層で水筒に川の水を汲んできたのでその心配はいらない。どうやって水筒を用意したのか? それもまた紅が受け継いだ能力あっての物だ。

 

 そして紅はさらに先へと進む。この百五十階層には、脇道の突き当りにある空けた場所に高さ三メートルの装飾された荘厳な両開きの扉が有るのだが無視する。既に扉は開かれた後だったからだ。ということはハジメはすでに()()と出会っているという事だろう。

 

 尋常でない速度でさらに先へ。頭に花を乗せた魔物をすれ違いざまに凍らせさらに先へ!

 

 この時紅は大きな過ちを犯した。同じ階層にハジメがいたのに気づかず、下の階層へと進んでしまったのだ。

 

 

「……ん、ハジメ。今何か通った?」

「ん? 気のせいじゃねぇか? それよりもこの花どもを……おわっ!? なんだこりゃ! 魔物どもが凍ってやがる!?」

「……この迷宮で何かが起きている……かもしれない?」

 

 だがそう遠くない内に再開できるだろう。紅はただただ突き進む。

 

「……おかしい。どこにもハジメがいない。もう最奥までついたのに」

 

 まさか途中ですれ違った? バカな、気が抜けているとは言ってもさすがにそこまでは……とブツブツと呟く紅。実際その通りなのであったが。

 

「いやもしかしたら〝試練〟を突破しているのかもしれないし……それに期待するしかないな」

 

 確認していなかったらまた引き戻そう。そう思いながら最後の階層へと下る。

 

「…………」

 

 今まで以上に気を引き締める。ここで現われる敵自体は問題なく倒せるはずだが、なにか嫌な予感がする。

 

「ハジメは、いないかもな……」

 

 その階層は、無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の一本一本が直径五メートルはあり、一つ一つに螺旋模様と木の蔓が巻きついたような彫刻が彫られている。柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでいる。天井までは三十メートルはありそうだ。地面も荒れたところはなく平らで綺麗なものである。どこか荘厳さを感じさせる空間()()()。……そうだった筈なのだ。

 

 二百メートルほど進んだところにある巨大な扉。全長十メートルはある巨大な両開きの扉が有り、これまた美しい彫刻が彫られている。特に、七角形の頂点に描かれた何らかの文様が印象的だ。いかにもラスボスの部屋といった感じだ。

 

 恐らく、前日までは。

 

「おや、まさかここまで来られるなんて。人間にしてはまあまあやるみたいだね。風もそう言っているよ」

 

 今は地面も柱も酷く傷ついており、扉の前には無惨に殺されている体長三十メートルほどの六つ首の魔物、ヒュドラの死体があった。恐らく、いや間違いなくこの男が殺したのだろう。

 

「おや無視かい。まったくこれだから下等な人間は嫌いなんだ。まあいいよ僕はキミに用はないんでね。邪魔さえしなければ殺さないであげる」

 

 そう言ったこの男を、紅は知っている。正確には未来の紅が知っている。

 

「……良かった。ハジメより先に着けて、本当に良かった」

 

「ん? 何か言っ「『翼の血族』『第三位階』〝ディザス・トロワ〟』」――ッ!」

 

 コートを脱いで腰に巻き、肉体から銀気を放出。臨戦態勢に入る。

 

「死ね」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「……ハジメ」

「ん? どうしたユエ。俺が警戒してるから寝てていいぞ」

 

 八十階層(表も合わせると百八十階層)まで来ていた左腕のない白髪の男と金髪の少女、姿はまるで別人だが紅の探していた友人、南雲ハジメとこの【オルクス大迷宮】に封印されていた、かつて滅びた吸血鬼の国の姫ユエ(ハジメ命名)は交代で警戒しながら仮眠を取っていた。

 

「……ハジメ、いつも次の階層に行くたびに何か探してる。なに探してたの?」

「ああ……そういえば言ったことなかったな。いつも次の階層に行くたび〝もしかしたらここにいるんじゃ……〟って思っちまう。俺がここに来ることになった経緯は説明したよな?」

「……ん、仲間に裏切られて奈落に落ちたって」

「そうだ。でその時最後まで俺を助けようとした奴がいてな。……ソイツがさ天職もない、技能もない、おまけに魔力を持ってなくてそれ以外のステータスは俺と同じでこの世界の平均レベル。笑っちまうだろ? ぶっちゃけ俺より弱かったくらいだ」

 

 ハジメはまるで遠い昔を思い出すかのように語る。その様子はまるで二度と触れられない宝石を愛でるかのようで。

 

「でもハジメより強い人なんてそうそういない」

「そりゃ今はそうかもな。けど昔は俺も無能なんて呼ばれてたし。……たまに夢に見るんだ。アイツが、西村が俺に恨み言を言ってくる夢を。なんでかな、他の悪夢なら耐えられるのにそれだけは耐えられないんだ……」

「ん……」

 

 ハジメの中にある〝後悔〟。もしもあの時自分がベヒモスの足止めをするなどと言わなければ……

 

「……もしかして、その人もここに?」

「ああ。俺を庇ったせいでアイツまで奈落に落ちた。……俺はこの〝ポーション〟があったからギリギリ生きてこられたが、アイツは違う。コレがそう何個もあるとは思えねぇし、あったところでアイツじゃ此処の魔物を殺せない。そもそも落ちた衝撃で死んでるかもしれねぇ。生きていても食料がなくて餓死。食料があっても魔物に襲われて死は確実。……そんなことはわかってんだけどなぁ……」

 

 ハジメとて理解している。だがそれでも受け入れたくない。ハジメにとって紅は地球にいた時からの友人なのだ。

 

「西村は……紅は確実に死んでいる。だけどもしかしたら、あり得ないってわかってるけどもしかしたら生きてるかもしれないっ」

「ハジメにとってその……紅? は大切な友達?」

「ああ。……大切な友人だ。アイツは自分が一番弱いって知ってるくせに、それでも命がけで俺を救おうとしてくれた。アイツはいつも、俺を守ってくれていた。俺は、いつも与えられてばかりだ……」

 

 大切なものは失ったとき初めて……。

 

「でも、それならどうして下に行く? その人は多分ここまで来れない」

「上の階層は全部探したつもりだ。見落とした可能性がないとは言い切れないが、それでも見つからなかった。魔物に喰われた可能性もあるが、見たところ人間の血はなかった、と思う。だからもしかしたら下にいるのかもってな」

 

 希望的観測だ。だがユエは言えなかった。そんなことは彼が一番よくわかっているだろうから。

 

「再会したらさ、一発ぶん殴ってやるって決めてんだよ。『今までどこほっつき歩いてたんだ』って……。ん?」

 

 ハジメの膝に水滴が落ちた。魔物の襲撃か!と立ち上がり構えるも一向にやってこない。

 

「……違う、ハジメ。魔物はいない」

「は……じゃあ今の水滴は……」

 

 ユエも立ち上がり、ハジメの顔を手拭う。

 

「ハジメ、泣かないで」

「な、泣く? 何言ってるんだユエ。俺は別に泣いて――っ」

 

 そこでようやく気付く。膝を濡らした水滴が、自身の瞳から零れていたことに。

 

「あ、あれ……?なんでこんな……」

「ハジメ、我慢しなくていい。ハジメはすごく頑張ってる」

「いや待てっ我慢てなんだよ! 俺はそんな――」

 

 だがこうしている間も涙は零れ続けている。それはまるで塞き止めていたものが一気にあふれ出ているようだ。

 

 ユエがハジメの腰にしがみつく。暖かい人の温もり。それをきっかけに一気にあふれ出した。

 

「俺は……俺はっ自分が許せないっ!」

「ん」

「なんでだ!? なんでアイツが死んで俺が生きている!? アイツは俺のせいで死んだのに!」

「ん」

「俺がもっと強ければ! あの時、今の強さがあれば! アイツは死ななかった!!」

「ん」

「〝力〟が欲しい! あらゆる理不尽をねじ伏せる、俺から奪おうとするもの全てを蹂躙できる〝強さ〟が欲しい!」

「ん」

「俺は!〝最強〟になりたい!!」

「……大丈夫。私がいればハジメは誰にも負けない」

「………ああ、そう、だな。悪い。取り乱しちまった……」

 

 ユエの頭を撫でる。気持ちよさそうに目を細める姿に落ち着きを取り戻したハジメもつられて笑う。

 

「アイツは生きてる。今も、きっと。だから今度は俺が救う番だ。紅を助けて迷宮を攻略して故郷に帰る」

「……私も協力する」

「ああ、頼むぞ。正直お前の魔法がないと厳しいからな」

 

 覚悟は決まった。道は見えた。後はただ突き進むだけだ。

 

(紅……待ってやがれ)

 

 この二日後、【オルクス大迷宮】の最奥で〝風獄竜〟と〝死神〟の死闘が勃発することを、ハジメ達は知らない。

 

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