謎の探索者との遭遇から一週間近く経過した。
ジュエルシードの集まるペースは牛歩のようなゆっくりとしたものだが、着実に集まってきている。
問題は一向に姿を見せる気配のないアンジェロと、月村の屋敷で接触した金髪の少女だ。
アンジェロのアクア・ネックレスに警戒していたなのはの顔には、疲れが見え隠れしていた。
常に気を張っているわけではないが、自分の近くに親しい者がいるときは常にキング・クリムゾンを出しっぱなしにして、即座に反応できるようにしている。
仗助たちやレイジングハートに睡眠時の警戒をしてもらっているため寝首をかかれるような自体には陥っていないものの、着実に疲れは溜まってきていた。
スタンド使いとして優れた精神力を持っているとはいえ、身体能力は大人と比べるとどうしても劣ってしまうのだ。
そんななのはを心配してかゴールデンウィークの頭から高町家は月村家の面々とアリサを引き連れ、毎年恒例となっている温泉旅行に出かけていた。
三週間ほどの捜索によりなのはの手元には八個のジュエルシードが集まっている。
異相体の三個、小学生が持っていた一個、子猫を封印した一個、そしてその後の捜索で三個が見つかっている。
アンジェロが最低でも二個のジュエルシードを持っていると仮定すると、半分近くのジュエルシードの在処が明らかとなっている。
この時点で街中にジュエルシードが残っている確率はかなり低くなっている。
残りは森や公園の茂み、ビルの屋上などといった人が滅多に訪れないような場所に落ちているだろうと仮定して、ジュエルシードの捜索頻度を落として、アンジェロの警戒と月村家で出くわした二人の少女の捜索に力を注いでいる。
彼女たちは管理世界出身の魔導師で、少なくとも管理局員ではなくジュエルシードが事故でばら撒かれたことを、どこかから嗅ぎつけた人物だとユーノは推測していた。
「やあ、なのはくん、士郎さん。こんなところで会うだなんて奇遇だね」
「はぁ……」
純和風の温泉宿のロビーでソファに座って庭を眺めていたなのはと士郎に、背後から二十代前半の男性が声をかけた。
聞き覚えのある声に、なのははため息を吐きながら隣に座っている士郎にもたれかかった。
「おや、露伴先生じゃないですか。いつも店を
「翠屋のコーヒーは絶品ですからね。こちらこそ、いつも長居してしまって申し訳ない」
清々しい笑顔で士郎と世間話を始めだした卵の殻のようなギザギザしたヘアバンドをつけている黒髪の男性の名は岸辺露伴。
外面こそ常識的な一般人に見えるが、彼は杜王町でも有数の変人の一人だ。
実際のところ、露伴はかなりの負けず嫌いで大人げのない性格をしている。
士郎とは相性が良いのか良好な関係を保っている一方、なのはとの相性はよろしくない。
犬猿の仲というほどではないが、なにかにつけてなのはが露伴に食ってかかることが多いのだ。
「随分とテンションが低いようだが、なにか嫌なことでもあったのかい?」
「今さっき嫌なことが自分からやって来たからね。……なんで、こんなところにいるのかな」
不快感をあからさまにさらけ出して、半目で露伴を睨みつけるなのは。
そんななのはの様子はつゆ知らず、まったく気にする気配すら見せずに露伴はピンポイントにこの時期を狙ってやって来た理由を答えた。
「本当にたまたまだよ。スタンド使いは引かれ合うってのは本当らしい」
「嘘だ、と言いたいところだけど嘘だと言い切れない……」
スタンド使いは、ときに特殊な引力で吸い寄せられるかのように、数奇な出会いを果たすことがある。
知らず知らずのうちにスタンド使いと知り合っていることは、意外とよくあることなのだ。
無論、何十年も他のスタンド使いと出会わずに過ごしているスタンド使いも少なからず存在するが、一生スタンド使いと出会わないスタンド使いはいないと言っても過言ではない。
「それよりも最近、ぼくに黙って康一くんたちが、なにか妙なことをやっているようだけど、君はなにか知ってるかい?」
「わたしの恥ずかしい記憶をひと目に晒すような人間には教えたくないかな」
「色々と誤解を招きそうな言いがかりはやめてくれよ。君の記憶は、ぼくの漫画の参考にはさせてもらったが、そのことについては謝ったじゃあないか」
露伴のスタンド、ヘブンズ・ドアーはスタンド像で触れることにより、相手の記憶を本にして読んだり命令を書き込んだりすることができる。
彼の連載している漫画、ピンクダークの少年の第五部に出てくるギャングのボスのモチーフはなのはの過去、すなわちディアボロの記憶が元になっている。
もちろんそのまま流用しているわけではないが、いくつかのエピソードはなのはの過去を知っている人物が読めば、参考にしていることは火を見るよりも明らかだった。
「いつか話すから今日は諦めろ」
ドスをきかせた低い声で、なのはは隣に父親が座っているのも忘れて、この話は諦めろと露伴に告げる。
精一杯低くしたところで少女らしい甲高い声ではあまり迫力は出ないのだが、不思議となのはの声には凄みがこもっていた。
なのはは彼に敬意を払っており感謝もしているが、尊敬だけは一切していない。
ゴミ収集車に突っ込まれた闇医者とその患者のようなゲスだとは思っていないが、尊敬に値する人間とも思っていないのだ。
ゆえに『この場では話さないがいつか必ず話す』という意思を露伴に告げた。
やろうと思えばヘブンズ・ドアーで記憶を読むこともできるが、後が怖いため露伴は肩をすくめながら去っていった。
「彼には教えなくてもいいのかい?」
「教えたらむしろ暴走しそうで怖いよ。事件に片がついたら好きなだけ話を聞かせるつもりだから今はいいかな」
露伴の漫画に対する異様なまでの意気込みを知っているなのはは、苦笑しながら考えていることを士郎に明かした。
仗助に殴られたときの体験を「作品に生かせるから得した」と言い切れるほど漫画に全てをかけている人物なのだ。
ジュエルシードについて話したら、十中八九ヤバイことになるのは分かりきっている。
そうでなくとも「魔法を見せてくれ」だとか「魔法でぼくに攻撃してくれ」と言い出しそうなのだから、話すのはどう考えても得策ではない。
士郎も露伴の異様なまでの漫画へのこだわりは知っているため、なのはの言葉に反論することはなかった。
その後、なのはは一緒に泊まりに来ていた月村家の面々とアリサを引き連れて、温泉に浸って疲れを癒やした。
フェレットの姿で同行しているユーノを風呂に連れ込もうとしたアリサとすずかを止めるために一悶着あったりしたが、大したこともなく無事に温泉に浸かることができた。
(イタリアにいた頃はシャワーだけで済ませていたが、風呂というのもよいものだな)
珍しく緩んだ表情を見せた事をからかわれて顔を若干赤くしたなのは(本人は湯に浸かって赤くなっただけと主張している)が、一人で縁側の通路を歩いているとオレンジ色の髪の少女が急に絡んできた。
「この前はうちの子が世話になったねえ、お嬢ちゃん」
挑発と受け取ったなのはがスタンドを出すも、アルフは射程距離のギリギリに立っているため攻撃は届きそうにない。
ならばと動き出そうとしたなのはの足元を稲妻がくぐり抜けた。
「おい、犬っころ。ボロ雑巾みてーにされたくなかったら、無闇に喧嘩を売るのはやめといたほうがいいぜ。スタンドには非殺傷なんて都合のいい設定はないんだからよォ」
「新手のスタンド使い!?」
稲妻の正体は、隣の部屋のコンセントから飛び出してきた音石のレッド・ホット・チリ・ペッパーだった。
キング・クリムゾンを上回る移動速度を前に、なのははより警戒を高める。
「おいおい、そんな怖い目で見るんじゃあねえよ。最初に言っとくが、おれはてめーを殺す気はないんだぜ」
「……おまえも欲にかられてジュエルシードを集めているのか?」
「それはすこしばかり違うな。おれは金を貰って手伝ってるだけで、なんのためにこれを集めてるかまでは知らねえよ」
チリ・ペッパーとなのはのにらみ合いは続く。どうにか相手の腹の中を探ろうと会話を続けるが、音石は本当になにも知らないため、のらりくらりとした態度でなのはの言葉を受け流している。
アルフは忌々しげになのはを睨みつけているが、下手に近寄ったら最悪、腹を貫かれて死ぬと音石に忠告されているため、なにもできないでいた。
(二人同時に仕留めるのは厳しいか。ここは時間を稼いでユーノが来るのを待つ──いや、とりあえずバインドで拘束しておくべきだな)
キング・クリムゾンの能力によって生み出された宮殿内では物に触れることができない。
以前はスタンドで殴る蹴るといった物理的な攻撃しか取れなかったが、今のなのはは魔法を使うことができる。
やろうと思えば相手にバインドを仕掛けて、能力を解除すると同時に相手をそのまま拘束することも可能なのだ。
「逃げられる前に手を打たせてもらうぞ。おまえたちのジュエルシード集めは……これにて終了だ」
「なにを──」
アルフが言葉を発するよりも早く、なのはを中心に宮殿が広がり温泉宿が宮殿に飲まれる。
人の多い場所で使うべきではない能力だが、時が吹き飛ぶ感覚を知っているなのはの家族たちなら、異常を知らせることに繋がるだろう。
すぐさまレイジングハートを起動させたなのはは、バリアジャケットは展開せずに捕縛魔法の準備を始めた。
使おうとしている魔法はレストリクトロック──発動から完成までの間に指定した区域の中にいる対象を、光の輪で空間に固定する集束系に分類される魔法だ。
発動の瞬間に宮殿を解除することで相手に知覚されることなく捕縛できることから、なのはは優先的にこの魔法を習得していた。
見た目は単純に手足を光の輪で縛るような魔法だが、流体も固定することができる便利な魔法だ。
《発動まで一秒前、準備をしてください》
「時は再び刻み始める!」
レイジングハートの合図に従いなのはが能力を解除する。
ふっ飛ばした時間は実際の時間だと五秒程度だが、勘の鋭いものなら確実に違和感を覚える間隔だ。
「なっ!?」
「これがてめーのスタンド能力かッ!」
一瞬のうちに手足を拘束されていたことに驚くアルフとは対照的に、チリ・ペッパーはキング・クリムゾンの攻撃を実際に味わって能力の正体をつかみ始めていた。
(これは……時を止めたのか……? いや、それじゃあ映像の説明がつかねえ。これは幻覚か時間を操作するスタンドに違いねえな)
「そこのスタンドはともかく、おまえは気絶していてもらうぞ」
ゆっくりと近寄ってくるなのはを見て、慌ててバインドから逃れようとしているアルフをよそに、チリ・ペッパーは抵抗する様子もなくだんまりを決め込んでいた。
チリ・ペッパーは電気と同化して行動する実体を持つスタンドのため、バインドで身動きを封じることはできる。
魔力を放出することでバインドを砕く技もあるが、アルフがバインドを破壊するよりも早く意識を刈り取られるのは明らかだった。
「さっさと逃げるぞ、犬っころ」
「この状況でどうやって逃げるんだい!」
「ククククク……ところがどっこい、逃げる手筈は整ってんだよ」
その瞬間、チリ・ペッパーの体が足元のコンセントの穴に飲まれていった。
拘束していた対象を失ったバインドは光の粒となって自然消滅した。
そして再びコンセントから姿を現したチリ・ペッパーがアルフの体に触れると、彼女の体までもが電気になりバインドの拘束を逃れてしまった。
「てめーの能力はおおよその見当はついた。次会ったときは覚悟しとけよ!」
捨て台詞を残してアルフとチリ・ペッパーは逃げ果せた。
その場に残されたのはレイジングハートを手に持ったなのはと、遅れてやって来たユーノだけだった。
「また……逃げられた……」
三度も続けて相対する敵に逃げられてたことを、地味に気にしているなのはであった。