「クレイジー・ダイヤモンドッ!」
転移が完了した仗助は真っ先にスタンドを使って治療を行った。
仗助のクレイジー・
死んだ人間を蘇らせることや、完全に消し去られたものを戻すことはできないが、大抵の物なら治すことが可能だ。
特に怪我の酷かったアルフの傷が、まるで時間を逆再生しているかのように戻っていく。
体の傷が癒えて目を覚ましたアルフは、すぐさま近くに座っていたなのはに飛びかかろうとしたが、クレイジー・Dとキング・クリムゾンに取り押さえられてしまった。
「手足をへし折られたくなければ、おとなしくしろ」
「……降参だよ。抵抗しないから放しておくれ」
鋭い目つきでなのはがアルフをひと睨みする。
野生の勘で勝てないと悟ったアルフは大人しく降参してフェイトの隣に腰掛けた。
フェイトとアルフ、音石の正面にはなのは、ユーノ、仗助が座っている。
話し合いという名の尋問は、魔法についての知識が深いユーノと外見上は歳が近いなのはが主導で行うことになった。
仗助は万が一がないようにスタンドの射程距離に音石を捉えるため同伴している。
露伴以外の面々は話し合いには参加せず傍観に徹している。
露伴は会話に耳を傾けながら、先ほどの光景から思い浮かんだアイデアをスケッチブックに書きなぐっていた。
「まずはあなたたちの名前から教えてもらえるかな。わたしの名前は高町なのは」
「私の名前はフェイト・テスタロッサ」
「あたしはフェイトの使い魔のアルフだよ」
「おれの名前は音石明、23歳。まっ! このギターは気にしないでくれ」
「てめーには聞いてねえだろ」
無意味にエレキギターを演奏しながら自己紹介する音石に、呆れながら仗助がツッコミを入れるが、気にする素振りも見せずになのはは話を続けた。
「フェイトがジュエルシードを集めていた理由はお母さんのため。それで間違いない?」
「はい、そうです」
「ジュエルシードは危険な物なんだ。どうして君のお母さんはジュエルシードを集めようとしていたんだい?」
「それは……わかりません……」
ユーノの質問にフェイトは答えられなかった。
そもそも答えを持ち合わせていなかったのだ。
口を結んで黙りこくってしまったフェイト。
明日の朝までには情報を聞き出して温泉宿に帰らないと、色々と問題が出てくるためなのはは強硬手段をとることにした。
「岸辺露伴、ヘブンズ・ドアーを使っていいよ」
「それではお言葉に甘えて、ヘブンズ・ドアーッ!」
スケッチの手を休めフェイトたちの前に移動した露伴が、スタンドを顕現させる。
彼の書いている漫画の主人公を模したスタンド像がフェイト、アルフ、音石の三人に触れた。
するとどういうことかスタンドに触れられた腕や足の部分が、薄く剥がれて『本』のページになり始めた。
これが彼のヘブンズ・ドアーの能力だ。
『本』には対象の記憶している実際の体験が記されている。
どんなに嘘が得意な人間でも、記憶を偽ることはできない。
「な、なにをしたんだいッ!?」
「君たちが嘘をついていないか確認するだけさ。能力を解除すれば元通りになるから心配する必要はない」
体に得体のしれないことをされたフェイトたちを代表してアルフが露伴に食って掛かろうとするが、手と足が本にされているため上手く動けないで藻掻いていた。
「君のご主人様や音石のようにじっとしてな」
とりあえず身動きができないようにするため本に命令を書き込もうと、『本』にされたアルフを覗きこんだ露伴がうめき声を上げた。
何事かと思いなのはとユーノも文字を読もうと顔を近づける。
本に記されていたのは、アルファベットのようにも見えるが全く異なる文字だった。
「な、なにをしたのかよくわかりませんが、これはミッドチルダ語です」
引きつる表情を必死に誤魔化しながらユーノが答える。
いきなり人が本になる光景にユーノは驚いたが、スタンド使い達と行動することで度胸が付いて来ていたため、なんとか堪えられていた。
ほかの面々は露伴のスタンド能力を知っているため、特に驚きはしなかった。
音石も驚いてはいたものの、自分の恥ずかしい記憶が読まれなくてすんで、むしろホッとしていた。
「騒がれるのは面倒だが、これじゃあ、ぼくが命令を書き込むのは無理だな。すまないがユーノくん、この二人の本にペンで『気を失う』と書き込んでくれないか」
「は、はい、わかりました」
言われるがままにユーノが、恐る恐るミッドチルダ語でフェイトとアルフの本に気絶すると書き込むと、書き込んだ通り二人は気を失った。
一足先に音石に同じ命令を書き込み終えた露伴は、ユーノが命令を書き終えたのを確認すると次の頼み事を言い始めた。
「引き続いて頼みたいんだが、この二人の本の内容をぼくたちに読み聞かせてくれないかい?」
「いや、でも、それってプライバシーの侵害になるのでは」
「必要最低限の内容で構わないよ。本当は事細かに知りたいが、非常事態だし我慢しようじゃあないか」
「……わかりました」
魔法で日本語が話せるようになっているユーノが、気を失っているフェイトに頭を下げた後、なのはたちに書かれている内容を淡々と読み始めた。
「フェイト・テスタロッサ、三人家族。家族構成は母親のプレシア・テスタロッサ、使い魔のアルフ、そして娘のフェイト。数年前まではプレシアの使い魔、リニスもいたが契約を破棄されたことにより消滅」
使い魔は契約者の魔力を削る。
今からおよそ25年ほど前までは家族のように使い魔と接する魔導師のほうが珍しく、一定の期間を設けて使役するのが普通だった。
しかし、現在では法改正が進んだ結果、使い魔にも人権が認められ家族同然の扱いをすることが義務付けられている。
プレシアがリニスを使い魔にした前後で法改正が行われて、使い魔を保護するための条例が作られている。
「地球に来た理由はジュエルシードの捜索。プレシアに強要される形だったため、ジュエルシードに関しては最低限のことしか知らないみたいだ。
一緒に『ジュエルシードを集め終えたら昔の優しい母さんに戻る』と書かれています。アルフの記憶によると、プレシアはフェイトのことをよく思っていなかったそうだ」
「あのときの雷撃から考えると、この件の黒幕はフェイトの母親ってことになるのかな」
地球という名の管理外世界に散らばったロストロギア、ジュエルシードを集めて来い。
それが数年間の魔法の訓練が終わったある日、唐突に言い渡された母からのお願いだった。
唯一の肉親であり、生まれてから母以外の人間と接したことのなかったフェイトには、それを断ることはできなかった。
もし断って嫌われたら生きていけないと思っていたからだ。
「ジュエルシードの場所についても書かれています。どうやら海の中に七個ほど散らばっているようですね。ただ細かい場所まではわかっていないようです」
「海の中となると簡単には取りにいけないね」
フェイトの記憶の中には、ジュエルシードのおおよその落下位置が記されていた。
どうやらプレシアからロストロギア探索用の広域調査魔法を受け取っていて、大まかな捜査は終わっていたようだ。
次々とページを捲っていたユーノの指がピタリと止まった。
なにやら難しそうな顔で唸ったあとに、顔を上げたユーノが露伴に質問した。
「……あの、露伴さん。書かれている内容が飛び飛びになったり、数年で途切れたりしているんですが、古い記憶は書かれていないのでしょうか」
「ぼくが読んできた中ではそんなことは一度もない。それに物心がついた頃からの記憶が書かれていないのは、普通では考えられない」
ページを捲った先に記されていた記憶は、まるで他の本のページを張り合わせたかのように継ぎ接ぎだらけだった。
文字も掠れてしまっていて、注意深く観察しなければ読めないほどだ。
母親とピクニックに出かけたり食事をとっていたことは読み取れるが、文体そのものが変わっていて、ユーノは別人の記憶を読んでいるような気分になった。
「残りの部分には字が掠れていて一部分しか読めませんでしたが、日常生活が記されていました。どうやら本当に彼女はプレシアの目的を知らないようです」
「それじゃあ、ユーノくん。二人の本に『高町なのはとその仲間を攻撃することはできない、本にされたことを忘れる、目を覚ます』とミッドチルダ語で書き込んでくれ」
言われた通りにユーノが書き込んだのを露伴が確認すると、ヘブンズ・ドアーが解除されフェイトとアルフが意識を取り戻した。
音石の方も露伴が命令を書き込んで目を覚ました。書き込まれた内容はしっかりと反映されており、三人ともなにをされたのかは覚えていないようだった。
「質問は終わりだよ。次にお願いがあるんだけど、あなたのお母さんに会わせてくれないかな」
「え……?」
「今すぐにってわけじゃあないよ。今日はとりあえず帰っていいからお母さんに話を通して、念話で結果を教えてくれたらいいからさ」
なのはの突然の申し出にフェイトは動揺した。てっきり管理局に突き出されると思っていたにも関わらず、帰っていいと言われたのだ。
しばらく思い悩んだ後にフェイトは黙って頷いた。この戦力差ではいくら挑んだところでフェイトに勝ち目は無い。
「最後に一つだけ聞きたいんだけど、フェイトはどうしてあのとき、わたしに謝ったの? 一方的に攻撃したのはわたしのほうなのに」
「それは……先に仕掛けたのは私のほうだったから」
結果がどうであれ最初に攻撃を仕掛けたのは自分だとフェイトは言った。
その言葉になのはは納得したように頷いて、手を差し出した。
「これは……?」
「仲直りの握手だよ。なんだかんだでわたしもやり過ぎたとは思ってるし、これで許してくれるかな」
恐る恐るフェイトが手を伸ばす。優しく手を握り微笑みを見せるなのはの姿は、先程まで悪魔の様な戦い方をしていた相手とは到底思えなかった。
「次はアルフだね」
「あ、あたしは遠慮しとくよっ!」
「どうしてそんなに怖がるのかな……」
悲しげな表情で顔を伏せるなのは。アルフの良心にチクリと痛みが走った。
「しょうがないねえ、わかったよ」
アルフが手を差し出した瞬間、なのはの表情がもとに戻り笑顔で手を握り返した。
どう見てもなのはの演技だったのだが、知り合って間もないアルフには見抜けなかったようだ。
騙されたことに気がついて不貞腐れているアルフをよそに、話し合いが終わったのを見計らってフェイトが仲間を連れてマンションへと転移魔法で去っていった。
「帰してよかったのか、なのは」
最後まで黙って話を聞いていた恭也が、せっかく捕らえた相手を逃したことに説明を求める。
「ジュエルシードは一個しか持ってないようだったし、プレシアとコンタクトをとってなにを考えているか把握するほうが重要だよ」
「だが相手が約束を守るとも思えないぞ」
「それなら大人しく管理局に任せるよ。ヘブンズ・ドアーの命令でわたしたちには攻撃できないだろうからね」
なのはの目的はあくまでジュエルシード集めである。
フェイトの家庭環境に首を突っ込みたい気持ちもあるが、優先事項はアンジェロを捕らえることだ。
「そろそろおれたちも宿に戻ろうぜ。いないのがバレたら、誤魔化すのが面倒になるッスよ」
仗助の一声でユーノが転移魔法の準備を始めた。緑色の魔力光に包まれて一同は温泉宿へと帰っていった。
誰もいなくなった道場の天井裏から水が滴り落ちる。
ウジュルウジュルと音を立てて周囲の水分が集まっていき、最終的に成人男性の形に固まった。
「ククククク……そうか、ジュエルシードは海にあるのか。天はおれに味方しているようだなァ~~~っ!」
水が固まって現れた男──アンジェロが口元を歪めながら独り言を呟いている。
アンジェロはなのはから逃げ出した後、かつて音石がチリ・ペッパーを使って電線を通して仗助たちを見張っていたように、下水道を通して街を監視していた。
アンジェロは魔導師ではない。
リンカーコアを持っていないため、ジュエルシードの発動を感じることはできないのだ。
それゆえに、なのはたちの動きを利用していた。
彼の手元には三個のジュエルシードがある。
目覚める切っ掛けとなった一個、市民プールで見つけた一個、学校のプールで発見した一個。
ジュエルシードの力でパワーが上がったスタンドの扱いにもようやく慣れてきたアンジェロだが、正体のわからないなのはのスタンド能力を把握するために潜伏し続けていた。
毎朝の魔法の訓練、月村家でのフェイトとの戦い、そして先ほどの戦いも影でアンジェロは観察していた。
そして後を追って道場まで付いて来ていたのだ。
「ジュエルシードの力さえあれば、なにも恐れるものはねえ! おれは世界を支配する力を手に入れてやるぞッ!」
狂ったように笑いながら排水口の中へとアンジェロの体は吸い込まれていく。
その場に残されたのは、わずかながらに漂う水分と魔力だけだった。