不屈の悪魔   作:車道

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金の閃光とチリ・ペッパーなの その④

「それでおめおめ逃げ帰ってきたというの?」

「……ごめんなさい、母さん」

 

 次元空間に浮かぶ巨大建造物『時の庭園』の一室、玉座の間のようなデザインの部屋に設置された椅子に腰掛けていたプレシアが、眉間にシワを寄せながら冷徹な声色でフェイトに話しかけた。

 向かい合うように距離をおいて鎖で吊るされているフェイトの体には、鞭で打たれた後のような無数の傷が刻まれている。

 体を震わせながらどうにか声を絞り出して謝ったフェイトの言葉に機嫌を損ねたのか、プレシアは席を立ちフェイトの側に近寄る。

 

「フェイト、あなたは大魔導師プレシア・テスタロッサの一人娘」

 

 フェイトの顎に手をやり顔を自分の方に向けながら、プレシアが言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

「それにもかかわらず、こんなに待たせておいて上がってきた成果がこれでは、母さんは笑顔であなたを迎えるわけにはいかないわ。あなたには罰を与えなければならない」

 

 プレシアの右手に持たれた杖が鞭の形になった。

 殺傷設定で振るわれた紫色の鞭がフェイトの体を傷つける。

 なのはの魔力刃で切り裂かれた時の何倍もの苦痛が体を襲い、フェイトの口から叫び声が漏れ出す。

 

(なんだよ、いったいなんなんだよ。あんまりじゃないか、あの女。なんで実の母親が子供を傷めつけるんだよ)

 

 部屋の外で膝を抱えて耳を押さえているアルフが、肩を震わせながら立ち上がり壁に手をついた。

 

(あの女の、フェイトの母親の異常さとかフェイトに対するひどい仕打ちは今に始まったことじゃないけど……今回のはあんまりだッ!

 フェイトは話したがらなかったけど、母親の攻撃に巻き込まれそうになったって話じゃないか。

 音石とあの悪魔(なのは)に守ってもらってなかったら大怪我をしていたところだった……本当になにを考えているんだ、プレシアはッ!)

 

 アルフは前々からプレシアのことが気に入らなかった。

 母親の愛情を求めているフェイトの気持ちに一向に応えようとしない態度に苛立ちを感じている。

 それでもプレシアが今まで物理的にフェイトを傷つけることはなかった。

 一緒に食事をしたことなどなく、フェイトを無視することなど日常茶飯事だったが、手を上げることはなかったのだ。

 

「フェイト、私はあなたに期待しているわ。あの小娘を必ず連れて来なさい。それぐらいならあなたにもできるでしょう?」

「……はい、母さん」

「しばらく眠るわ。精々私の役に立ちなさい」

 

 プレシアが部屋の奥へと消えていくのを見送ったフェイトは、おぼつかない足取りで立ち上がり壁に手をつきながらゆっくりと歩き始めるが、バランスを崩して倒れそうになった。

 それに気がついたアルフが、すぐさま駆け寄りフェイトを抱きかかえた。

 

「もうやめよう、こんなこと。きっとあの女はフェイトのことを道具としか思ってないよッ!」

「違うよ、アルフ。母さんは私に期待してくれているんだよ? だから私は母さんの思いに応えないといけないんだ」

「どうして、どうしてそこまで信用できるのさ……」

 

 アルフにとっての至高はフェイトの身の安全だ。

 それはフェイトに造られたときに心に刻まれた主を守るという命令ではなく、純粋に劣悪な家庭環境にもめげずに頑張っている少女を助けたいという気持ちによるものだ。

 だからといってアルフにはフェイトの考えを曲げることは出来ない。

 助言することは出来ても己の考えを主に強要したりはできないのだ。

 それが使い魔のあり方であり、魔導生命の限界でもある。

 

「だって親子なんだよ。私が母さんを信じないで誰が母さんを信じてあげられるの? それにきっと母さんもあの子……なのはに本当のことを話してくれる」

「そんなの方便だよ。あの女がそんなこと話すわけがない。きっとあいつらをここに誘い込んでジュエルシードを奪い取るつもりだよ」

「大丈夫だよ、アルフ。母さんはきっと、なのはからジュエルシードを借りたいだけなんだ。なのはだってきちんと理由を話せば、わかってくれるよ」

 

 真摯な目でアルフを見つめるフェイトの決意は硬かった。

 結局、アルフはどうすることもできず、ただ黙ってフェイトの身の心配することしかできなかった。

 

 

 

 

 

 プレシアは寝室には向かわずに研究室でフェイトとなのはの戦闘データを解析していた。

 彼女は条件付きSSランクの魔導師であると同時に、多彩な才能を持つ科学者でもある。

 その能力はアンジェロなどとは比べ物にならず、人並み外れた洞察力と知性を兼ね備えた稀代の天才と呼ぶにふさわしい人物だ。

 

「思っていた通り、この小娘は時間を飛ばすことができるようね」

 

 画面に映っているのは白いバリアジャケットに身を包んで、悪魔の様な攻撃でフェイトを撃ち落とすなのはの姿だった。

 様々な角度から観察されている映像をプレシアは気だるげに眺めている。

 

 今の彼女のコンデションは最悪に近い。

 もとより病に冒されていて大規模な魔法の行使は難しかったのだが、無理をしてでもなのはを葬ろうと次元跳躍攻撃を放ったのが不味かった。

 時折(ときおり)咳き込んでいるプレシアの口からは赤黒い血液が滴り落ちている。

 

「フェイトではどう足掻いても勝てないでしょうね。失敗作に期待した私が間違いだったわ」

 

 口元を拭いながら映像を消して睡眠を取ろうとしたプレシアの元に通信が入ってきた。

 姿をくらませているプレシアに連絡をとれる人物はほとんどいない。

 通信者の名前を見たプレシアが不機嫌になりながら通話に応じた。

 

「なんのようかしら、スカリエッティ。もうあなたと連絡を取るつもりはないと言ったはずよ」

『私もそのつもりだったのだがね。君のおかげで、興味深いことがわかったのだよ。そこで礼の代わりと言ってはなんだが、高町なのはのスタンド能力を教えてあげようと思ってね』

 

 映しだされた紫色の髪をした白衣を着た男──ジェイル・スカリエッティが不気味な笑みを顔に貼り付けながらプレシアに語りかけた。

 

「あなたにご高説してもらわなくても、時を飛ばせることぐらい解ってるわよ」

『おや? プレシア女史は彼女が未来を視る能力を持っていると知っていたのか。いやはや、それでは私の出る幕はなさそうだ』

「……未来を視るですって? スタンド能力は一人一つ、例外はないと言っていたのはあなたのほうでしょう」

 

 プレシアが胡散臭いものを見るような目でスカリエッティを睨みつける。

 以前の通信でプレシアは彼に、なのはのレアスキルに該当しない能力について尋ねていた。

 その答えとして提示されたのがスタンドだった。

 

『どうやら君は私の言っていることが信用ならないようだ。簡単に言い表すなら、彼女は時間と空間を消し去る能力を使い分けているのさ。能力が派生することは、スタンド使いにとっては珍しくないことらしい』

「随分と曖昧な言い方ね」

『なにせ他人のまとめた情報を読んでいるだけなのだからしょうがないだろう』

「あなたのことだから、てっきりスタンドについて研究を始めるものだと思っていたけれど違ったのね」

『スタンドも魅力的だがそれよりも優先すべき研究ができたのでね。添付したデータに詳しいレポートが書いてある。ぜひ読んでみたまえ。それではプレシア女史、健闘を祈っているよ』

 

 通信が切れ画面が切り替わる。

 添付されていたデータの書式は一般的な管理世界のものではなく、紙媒体からスキャンされたもののようで、プレシアが見たことのない組織のロゴマークが記されている。

 そのデータを読みながら、相変わらず趣味の悪い男だとプレシアは心の中で呟いた。

 スカリエッティとプレシアの仲はそれほど親しくない。

 あくまでお互いに利益が出るので連絡を取り合っているだけだ。

 

「予知した未来を消し去る……強力な能力のようだけれど、その程度で私の悲願を止めることはできないわよ」

 

 虚ろな目でプレシアは液体で満たされたカプセルの中に浮かぶ少女を眺める。

 フェイトを幼くしたような容姿の少女は、未だに目覚める気配を見せない。

 

 

 

 

 

 フェイトとアルフは時の庭園を離れてマンションへと戻ってきていた。

 音石を連れて行くわけにはいかなかったのでマンションに待機してもらっていたのだ。

 

「意外と時間がかかったな、飯作るから待ってろよ」

 

 金色の光に部屋が照らされたことでフェイトが戻ってきたことに気がついた音石が声をかけた。

 一人暮らしをしている音石は、料理の経験の無い二人よりはマトモなものを作れるため、ここ一週間は簡単な料理を作ってフェイトに食べさせるのが習慣となっていた。

 最初は音石も面倒だと思っていたのだが、あまり食べ物を食べないフェイトを見かねて食べやすそうなものを作っているうちに、すっかり料理にハマってしまっていた。

 

「っておい! どうしたんだその傷はッ!」

 

 数時間前まではなかった無数の傷がフェイトの白い肌に刻まれていることに気がついた音石は、声を荒らげながら問いただした。

 しかし、フェイトは悲しそうな表情をするばかりで口を開かない。

 

「フェイトの母親がやったんだよ。鞭で滅多打ちにして……ごめんよ、あたしには止めることができなかった」

 

 苦々しげにアルフがフェイトの代わりになにがあったのか答えた。

 怪我を負った経緯は簡単にしかわからなかったが、音石はフェイトの母親が娘に暴力を振るったという結果だけは理解できた。

 

「……おれは警察に捕まったあと親父に思いっきりぶん殴られたことがある。その時は縁を切られるもんだと思ってた。

 でもよぉ~~~、親父とお袋は月に一度は必ず面会に来てくれた。こんなおれでも見捨てることはできないんだとよ。

 親父がおれを殴ったのは愛してるからだ。だがフェイトの母親はどう考えてもやり過ぎだ。ガキにそんな仕打ちをする親が子供を愛してるとは思えねえ」

 

 音石は静かにキレていた。一週間以上、面倒を見てきた子供に対して情が湧いてきていた音石は、一度も会ったことのないプレシアのことを優しい母親だと思っていた。

 フェイトが楽しそうに母親との思い出話を話しているのをうんざりするほど聞かされていたため、そう思い込んでいた。

 

 だが実際はどうだ。

 失敗したフェイトを優しく励ましたりするのではなく、暴力で言い聞かせるような母親だったではないか。

 心優しい少女に対する仕打ちとはとても思えない。

 

「そんなことはないよ、アキラ。ジュエルシードでやりたいことを終わらせたら、きっと昔の優しい母さんに戻ってくれる」

「……とりあえず仗助のところに行くぞ。傷跡を残すわけにはいかねえからな」

 

 どこまでも母親に心酔しきっているフェイトを説得するのは難しいと考えた音石は、携帯を取り出して電話帳にハンバーグという名前で登録されている電話番号にコールした。

 

 

 

 

 

 4月25日──ゴールデンウィーク最後の一日の昼時、高町家でジュエルシード探しを協力している謝礼として昼食を御馳走になっていた仗助たちのもとに、フェイトを抱えたアルフと音石が駆け込んできた。

 電話で事情を聞いていた仗助がおもむろにスタンドでフェイトの体に触れる。

 するとアルフの時と同じように肌の裂傷や痣がみるみるうちに治っていく。

 治癒魔法ではあり得ない回復速度にフェイトとアルフは驚きながらも、スタンドとはこういうものなのかと納得し始めていた。

 

「すまねえな、仗助。この借りは必ず返す」

「別にいらねえよ。おれはただ、元に戻しただけッスからね」

 

 頭を下げて礼を言う音石に礼はいらないと首を横に振った仗助だが、その表情は複雑そうだ。

 音石からフェイトが怪我をした経緯を簡単に聞かされていただけに、このまま帰していいのか悩んでいる。

 

 その気持ちはなのはも同じだった。

 フェイトの記憶からプレシアが子供にどう接しているかは知っていたなのはは、家庭の問題だからと放っておくつもりだったのだが、黙って見過ごす気になれなくなっていた。

 

 なのはは母親というものに対して特別な感情を持っている。

 その感情は歪な存在のなのはを受け入れた今生の母親の高町桃子、そして獄中でディアボロを出産した前世の母親の両方に向けられている。

 

「ありがとうございます、仗助さん」

 

 治療が終わったフェイトが仗助にペコリと頭を下げた。

 そして頭を上げたフェイトが、仗助の頭を見ながら不思議そうな表情で音石に疑問を尋ねた。

 

「ねえ、アキラ。どうしてケータイに登録してた仗助さんの名前はハンバーグだったのかな」

 

 ハンバーグという料理がどんなものか知らないフェイトは、その質問が仗助にとってはタブーだとは知らずに首を傾げながら音石に問いかけた。

 

「……おい、音石。てめー、このヘアースタイルがぼた餅みてェーだとォ?」

「誰もそこまで言ってねえよ! つーかこんなことしてる場合じゃ──」

 

 仗助の目つきが変わり髪の毛が逆立ったのを見た億泰と康一、なのはの三人は、冷や汗を垂らしながらフェイトとアルフを連れて部屋の外へと逃げ出した。

 逆鱗に触れてしまった音石も逃げようと後ずさるが、無常にも部屋の壁に阻まれ逃げられない。

 迎撃しようとチリ・ペッパーを出すよりも早く、クレイジー・Dの拳が音石の顔面に叩き込まれた。

 

「ドラララララララララララララララララァ!!」

「ヤッダーバァァアアアア」

 

 承太郎のスタープラチナに匹敵するラッシュが音石とチリ・ペッパーの体を殴り飛ばす。

 壁を突き破って庭に殴り飛ばされた音石は、そういえば仗助のラッシュをモロに食らったのは初めてだなと思いながら意識を失っていった。


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