足元に広がった魔法陣の回転速度が増すにつれて、プレシアの周りに紫色の球体が数を増やしていく。
瞬く間にフェイトのフォトンランサー・ファランクスシフトと同じ三十八のフォトンスフィアが展開され、駆動炉から膨大な魔力が流れ込む。
フェイトの時のように即席で組まれたわけではなく、あらかじめ用意されていた術式は詠唱を用いずに完成しようとしていた。
ファランクスシフトの発動を止めるべく先陣を切ったのはフェイトたちだ。
人間形態で拳を突き出したアルフがプレシアに攻撃を繰り出した。
当然のごとく攻撃は防御魔法に阻まれるが、アルフは不敵な笑みを浮かべている。
「バリアブレイクッ!」
その掛け声にあわせてプレシアの防壁に僅かな亀裂が走る。
アルフの得意技であるバリアブレイクは確実に効果が現れている。
だが亀裂は広がることなくシールドの構成も崩れていない。
防御魔法の術式に魔力で割り込みをかけて破壊するバリアブレイクには、相手の魔力が膨大であればあるほど、破壊に時間がかかるという弱点があった。
使い魔にすぎないアルフでは亀裂を入れるので精一杯だったのだ。
しかし、バリアブレイクが通用しないのは百も承知だ。
亀裂が入ったことを確認したアルフがフェイトに念話を送り、すかさず後ろに飛び退く。
それを見越してアルフの背後からバルディッシュを大鎌の形態に切り替えたフェイトが、短距離高速移動魔法のブリッツアクションで加速しながら魔力刃をバリアの亀裂に突き立てた。
一瞬見失ってしまう程の速度で放たれた渾身の一撃は、反動でデバイスを取り落としてしまいそうなほどの威力があったが、それでもバリアを破壊するには威力が足りない。
魔力刃の先端がバリアを貫き顔を見せただけで、プレシアに攻撃は届かなかった。
「悪あがきはよしなさい。ファランクスシフトが完成するまでにバリアを破るのは不可能よ」
「バリアは壊せないかもしれない。でも攻撃を届かせることはできる!」
フェイトの掛け声が合図となり、魔力変換資質により電気を帯びている魔力刃から不自然な火花が飛び出した。
そこから現れた小型の恐竜のような形をした電気の塊が、プレシアに強烈なボディーブローを叩き込む。
とっさのことで反応に遅れたプレシアは攻撃を逸らすことができず、チリ・ペッパーの一撃を躱せなかった。
チリ・ペッパーが完全な状態ではなかったことと、バリアジャケット越しだったのでダメージはそこまで受けていないが、プレシアの口元から血液が僅かに滴り落ちる。
一瞬、フェイトがプレシアの苦痛に歪む表情に気を取られたが、バルディッシュを強く握りしめて必死に堪える。
その様子を後方で露伴とともに見ていた音石が、一撃で仕留め切れなかったことに舌打ちを漏らす。
魔力刃からの不意打ちは一度も見せていない隠し技だったのでプレシアに通用したが、二度目は通用しないだろう。
「目に見えない攻撃は厄介ね。それならこれはどうかしら」
二撃目を叩き込もうと腕を振りかぶったが、チリ・ペッパーの拳はプレシアに当たることなく空を切った。
どこかに転移したのかと、なのはたちが周囲を見渡すがどこにもプレシアの姿は見当たらない。
不自然に思っていたなのはにエピタフが少し先の様子を映像として伝えた。
予知されている未来になのはは目を疑った。
そこに映っていたのは地面にひれ伏している仲間たちと、バインドで身動きの取れないフェイトとユーノ、そして風景に溶け込むように浮遊しているプレシアと対峙しているなのはの姿だった。
エピタフは起こりうる事象を、肉眼よりも高い解像度で確認することができる。
本来なら見えないはずのプレシアを捉えられたのはそれが理由だった。
エピタフには未来を見た上で時を飛ばさずに行動した状態が映し出される。
味方が捕まっている状況はどんな行動をしたとしても、時を飛ばさなければ打開できないのだ。
なのはは咄嗟に近くにいたユーノとフェイトの腰をスタンドで掴み大声で叫んだ。
「プレシアは透明になってる! 不意打ちに気をつけて!」
なのはの言葉に反応した康一たちが警戒を高める。
それとともにキング・クリムゾンの能力が発動した。
宮殿に取り込まれたものは本来の動きをなぞるように無意識に行動する。
そしてなのはは宮殿内のものに触れることはできないが、あらかじめ触れていたものなら動かすことができる。
なのはとしても不本意だったが、全員を守りきれないことは前もって理解していた。
キング・クリムゾンは自分の身を守ることに特化した能力であり、その真価が活かされるのは一対一、もしくは一対多数の戦闘に限られる。
以前のなのは──ディアボロとは精神性がかなり異なるとはいえ、スタンドの能力が変化するほど精神的に別人になっているわけではないのだ。
「透明になれる魔法に心当たりはある?」
《幻術魔法にオプティックハイドという魔法があります。魔力の流れからプレシアは転移魔法と併用して使用していると推測します》
見えざる攻撃の正体はオプティックハイドという幻術魔法の一種だった。
術者と接触した相手を光学スクリーンで包み込み不可視になる魔法だが、激しい動きに弱く維持するには膨大な魔力が必要となる。
プレシアは時の庭園を動かしている動力源の大型駆動炉により供給されている魔力を利用して、これらの魔法を連発している。
大魔導師としての類まれなる魔力操作技術により実現されている離れ業だ。
「対抗策は何かあるかな」
《術式の解析ができれば無効化は可能ですが、戦闘中に行うのは不可能でしょう。攻撃魔法を使用した際に狙うのが最も有効な策です》
レイジングハートの説明に耳を傾けながら、なのはは砲撃魔法を撃つ構えをとった。
予知によりプレシアが現れる地点の予測はついている。プレシアが魔法を使うよりも早く、いるであろう地点を予想して照準を合わせる。
(透明になる魔法か……リゾットを思い出すが、体の内側から攻撃されるよりはマシだな)
パッショーネに在籍していた暗殺部隊のリーダーとの戦闘時に身を持って味わった、鉄分を操作する凶悪なスタンドを思い出しながら、なのはは引き金を引いて魔力を解放した。
《Divine Buster》
牽制で使うには威力と魔力の消費が大きすぎるが、今のなのはに使いこなせる攻撃魔法は数種類しかない。
スターライトブレイカーはプレシアの立ち位置では味方を巻き込んでしまうため、消去法でディバインバスターが選択された。
康一たちの頭上を掠めるように発射された桜色の光線が、プレシアに当たる瞬間に宮殿が解除される。
色彩が戻った世界に広がる魔力の余波に耐えるため、地面にしがみつくように康一、露伴、アルフ、音石の四人が倒れこんだ。
しかし、一度目と同じくディバインバスターはプレシアのバリアによって防がれる。
プレシアは攻撃する前から居場所がバレていたことに一瞬目を見開いたが、予め予想していたのか取り乱すことなく冷静さを保っている。
結果的にフェイトとユーノがバインドに捕まることはなかったが、それ以外はエピタフの予知通りになった。
康一たちが無事なことを確認したなのはは、心のなかで安堵の溜息を漏らした。
「幻術魔法でも未来予知を掻い潜るのは難しいようね。けれどそう何度も足手まといを庇うことができるかしら?」
「そういうおまえは随分と顔色が悪いな。体調が悪いのなら大人しく降参したらどうだ?」
「私はアルハザードで全てをやり直す。アリシアを蘇らせるためなら命だって惜しくないわ」
病的なほど青白い肌をしているプレシアが口を抑えて咳き込むと、手のひらにべっとりと鮮血が張り付いた。
チリ・ペッパーによる一撃と度重なる魔法の乱用によりプレシアの体は悲鳴を上げていた。
想像を絶する痛みに苛まれているにもかかわらず、プレシアは平然とした表情でなのはに睨みを効かせている。
「奇跡が起きて死んだ人間が生き返ったとしても、生前と同じとはかぎらない。あなたの娘がいつ死んだのかはわからないけど、過ぎ去った時間は決して戻りはしないんだよ」
「十年も生きていないような小娘が分かったような口を利くなッ!」
射殺すような敵意ではなく哀れみの込められたなのはの言葉に怒りをあらわとしたプレシアが、杖の切っ先を突きつけた。
紫色の魔力光が集まり12個の誘導弾が形成され、稲妻のような鋭角な機動でなのはに迫る。
前後左右、ありとあらゆる角度からフォトンランサーに勝るとも劣らない速度で飛来する攻撃は、なのは一人では到底防ぎきれない物量だった。
時を飛ばして避けるにしても、数呼吸おかなくては宮殿を展開することは出来ない。
「なのは、ここは僕に任せて魔力を温存するんだ」
せめて正面からの攻撃だけでも防ごうと、プロテクションを発動しようとしたなのはをユーノが止める。
魔力量でこそユーノはなのはに劣るが、防御魔法のバリエーションと堅牢さでは優っている。
それでもデータだけ見た人間ならば、魔導師ランク換算では総合Aランクのユーノが、条件付きSSランクのプレシアと渡り合えるはずがないと思うだろうが、それは違う。
彼のランクが控えめな理由は攻撃魔法が不得手だからであり、結界魔導師としての力量は非常に優れている。
特に結界やバリア系魔法の知識はプレシアを上回っているのだ。
「サークルプロテクション!」
ユーノを起点としてなのはとフェイトを包み込むように現れた高速で回転する半球状のバリアは、魔力に物を言わせているプレシアのバリアとは設計思想からして異なるものだった。
一般的な理論で組まれたプレシアの術式は汎用性に優れてるが、専用に組まれたわけではない。
良くも悪くも普遍的なミッドチルダ式魔法なのだ。
一方、ユーノが使った魔法は見かけこそサークルプロテクションと変わりがないが、内部の構成は彼に合わせてかなりのチューニングが施されている。
一発一発がAAランク相当の威力の魔弾がなのはを貫くために、怒涛の勢いでバリアの魔力を削ろうと飛来する。
しかし、誘導弾にはバリア貫通などといった属性が付与されていなかった。
砲撃魔法に匹敵する魔力が込められた弾丸ならば、そのような術式は必要ないだろうと高をくくっていたのだ。
若草色のバリアと
ろくに魔力も込められていない半端なバリアなどすぐに貫けるとプレシアは確信していた。
だが、一秒、二秒と時間が流れ、十秒が経ってもバリアは砕けない。
ついに推進剤代わりの魔力が無くなった誘導弾は、地面に逸らすように受け流され本来の威力を発揮することなく消え去った。
まさかの展開に焦りの色を顔に浮かべながら、プレシアは再びオプティックハイドを発動させて姿を隠す。
プレシアは一流の研究者だが戦闘技能が格段に優れているわけではない。
駆動炉から供給される魔力と、人並み外れた
プレシアに残ってる理性が、僅かながらに危機感を覚え始めていた。
『ありがとう、ユーノ。あの攻撃、よく防ぐことができたね』
『魔力を逸らせたからなんとかなったけど、あれが砲撃や広域魔法だったら危なかったよ』
ユーノがプレシアの魔法を防ぎきれた理由は彼の出自にある。
スクライア一族にはそれなりの数の魔導師がいるが、その大半が結界魔導師だ。
それは遺跡に残されたロストロギアや防御機構の強力な攻撃から身を守る為に、自然と格上の相手の攻撃を処理する技術が磨かれてきたからだった。
それでも限界はある。
プレシアの攻撃が砲撃魔法だった場合、ユーノはプレシアの膨大な魔力に押し負けていた。
広域魔法だったとしても、なのはとフェイトを除く仲間たちが餌食となっていただろう。
(どうしてプレシアは高威力の魔法を使わないんだ。あれだけ魔力があるなら範囲の広い魔法で薙ぎ払えばいいだろうに)
森での戦いが終わった直後、プレシアは次元を跳躍させた広域攻撃魔法をなのはとフェイトに目掛けて使っている。部屋全体を攻撃できるサンダーレイジならば、電力を吸収できるチリ・ペッパーでも防ぎきれない範囲を攻撃できる。
少なくとも康一と露伴を無力化できるにもかかわらず、プレシアがあえて準備に多少の時間がかかるファランクスシフトを選択したのが釈然としなかった。
(それにプレシアが二種類の回避法をとる理由がわからない。わたしや音石のスタンド攻撃には転移、魔法攻撃にはバリアを使うのには、なにか理由があるはずだ)
転移魔法で回避できるのなら、最初から攻撃を受け止める必要などない。
身体的な負荷を抑えるために緊急時しか使用しないのかと考えたが、捨て身の覚悟で戦っているプレシアが保身に走るとは、なのはには思えなかった。
音石やアルフの攻撃はともかく、ディバインバスターは真っ向から受け止めるのよりも、転移でなのはの後ろに回り込んだ方が確実に消費が少ない。
それなのにプレシアは二度にわたってディバインバスターをバリアで防いだ。
それはまるで、何かを巻き込まないようにしながら戦っているような不可解な動きだった。
狂気と信念で突き動かされているプレシアが守っているものなど一つしかない。
確信に近いが念の為になのはは、時の庭園の構造を最もよく知るフェイトに念話で問いかけた。
『フェイト、あの奥の部屋になにがあるかわかる?』
『ごめん、母さんから絶対に入るなって言われてて入ったことがないんだ』
『やっぱりわたしの予想通りってことか……ん?』
『……え?』
玉座の奥の半開きの扉をスタンドで注視していると、扉の隙間から誰かが様子をうかがっているのが見えた。
金色の髪と赤い瞳だけしかなのはからは確認できないが、頭の高さはなのはやフェイトよりも10センチメートルほど低い。
なのはの予想が正しければ、あの部屋にはプレシアが生き返らせようとしているアリシアという少女が安置されているはずである。
フェイトのクローン元なのだから髪の色は金髪で目の色が赤なのは確実だろう。
スタンド使いは幽霊が見える。スタンド自体がオカルトであり前世の経験を覚えているなのはも、別の世界の幽霊を見るというのは初めてだった。
ちらりと康一たちの方になのはが視線を向けると、三人とも奥の扉に釘付けになっていた。
(……面倒なことになったな)
なによりもなのはの頭を悩ませたのは、フェイトが幽霊となったアリシアを目視できていることだった。
魂の繋がりが強い場合はスタンド使いでなくとも幽霊が見えることがあるが、フェイトの場合もそれに当てはまっていた。
このせいでアリシアの遺体を利用してプレシアを出し抜こうと思っていたなのはの計画は、一から練り直しとなった。
頭を掻きむしりたくなる気持ちを抑えながら、なのはは次なる作戦を伝えるためにスタンドで三人に話しかけた。