不屈の悪魔   作:車道

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決戦は時の庭園でなの その④

 なのはたちの目線が扉ではなく自分に向けられていることに気がついたアリシアが、扉をすり抜けて白いワンピース姿を晒した。

 遠目から見ると生きているようにしか見えないが、物をすり抜けるという物理的に不可能な動きから、彼女が実体を持っていないのは明らかだった。

 

「露伴先生、あの子って……」

「あの容姿からして彼女がプレシアの娘、アリシアだろうな。死んでいることは会話から察していたが、まさか幽霊になっていたとは」

「どうやらフェイトも見えてるみたいだが、どうしてプレシアには見えてないんだ?」

「ぼくは霊媒師じゃあないから推測でしかないが、恐らくは心理的なものなんだろう。ヘブンズ・ドアーでプレシアに命令を書き込めば、見えるようになるかもしれないな」

 

 音石の疑問に憶測だが露伴が答えた。

 スタンド使いが幽霊を見ることができる理由ははっきりとは分かっていないが、SPW財団の研究では魂の繋がりを感じられることが関係しているのではないかとされている。

 

 スタンド使いの中には、血のつながりの深い相手の居場所を第六感で感じ取れる者がいる。

 ディアボロにはトリッシュ・ウナという娘がいたが、彼女も魂の繋がりから父親が近くにいることを察することが可能だった。

 アリシアのクローンであるフェイトが彼女の姿を見ることができるのも、魂が強く繋がっているからだった。

 プレシアも本来なら見えているはずだったが、愛する愛娘を失った失意とアリシアが死んだことを認めようとしない思いからか、目が曇ってしまっていた。

 

「あなたが、アリシアなの……?」

「フェイト、行くなッ!」

 

 蚊の鳴くような声でアリシアの名前を呟いたフェイトは、なのはの制止を無視して扉に向かって駆け出していた。

 フェイトの心は、数年前のフェイトと瓜二つの姿をした少女の正体を確かめたいという気持ちで埋め尽くされていた。

 今にも泣き出しそうな表情で見つめてくるアリシアに、フェイトは言い知れぬ何かを感じていた。

 

 偽りの記憶を除く数年間の生活で一度も感じなかった感情の正体が、フェイトには分からない。

 他者との繋がりの薄いフェイトには理解できない感情の正体、それは嫉妬だった。

 大好きな母親の愛情を死してなお一身に受けているアリシアのことがフェイトは許せなかったのだ。

 

「避けてっ!」

 

 アリシアが立っている場所まであと一歩というところまで迫ったフェイトの耳に、どこかで聞いたことのある声が飛び込んできた。幼い少女のような高い声にフェイトは聞き覚えがあった。

 どこで聞いたのかと思考を巡らすうちに、フェイトはなのはと戦っているときの映像で流れていた自分の声を思い出した。その声の正体は目の前で泣くのを堪えているアリシアだった。

 そのとき、フェイトの体が背中から何者かに突き飛ばされた。いきなりのことでバランスを取れずに尻もちをついてしまったフェイトの目に、紫色の魔力刃に胸元を貫かれた少女の姿が飛び込んできた。

 

「なの、は……?」

 

 魔力刃が非殺傷だったのはプレシアに残された最後の良心からだろうか。

 深々と魔力刃が突き刺さっているにもかかわらず、なのはの胸元からは血液がまったく流れでていない。

 しかし、実際には死んだほうがマシな痛みがなのはの体を襲っていた。

 

 非殺傷設定の魔法には物理的には肉体を傷つけず、神経を誤認させることで脳に痛みを伝えたり、相手の魔力を削り取ることで体力を消費させたりする術式が組み込まれている。

 魔力が込められれば込められるほど痛みが増し、場合によっては失神することも珍しくない。

 

「馬鹿な小娘ね。人形を(かば)って身代わりになるだなんて、なにを考えているのかしら」

 

 なんの反応も返さずぐったりと地面に倒れこんでいるなのはをプレシアがあざ笑う。

 なのはが身に纏っていたバリアジャケットは解除され、力が抜けたのかレイジングハートを手放してしまっていた。

 最も厄介な相手を処理できたことに気を良くしたプレシアが、魔力刃を引き抜こうとデバイスに力を入れる。

 しかし、どれだけ力を込めて引張っても、空中に固定されたかのようにデバイスはびくともしない。

 

「いいや、マヌケはおまえのほうだ。捕まえたぞ、プレシア・テスタロッサ」

 

 なのはが味わったのは常人ならば気絶するであろう激痛だった。

 だが、レクイエムによる数えきれないほどの死の経験を、今でもトラウマとして夢の中で味わっているなのはにとって死にそうな痛みなど、どうってことは無かった。

 僅かに涙を流しているのは反射的なものだ。決してやせ我慢をしているわけではない。

 

 気絶していたはずのなのはが声を発したことに、プレシアは危機感を覚えた。

 このままではマズイと判断したプレシアはすかさず杖を手放し、サーチャー類に割り振っていたマルチタスクを転移魔法に回して逃げようとした。

 しかし逃げ切るよりも先に、鈍い音を立ててプレシアの右足がキング・クリムゾンにへし折られた。

 体を蝕む死の病とは異なる痛みに顔を顰めるが、プレシアは歯を食いしばりつつ飛行魔法で浮かびながら転移魔法の詠唱を続ける。

 

 だがしかし、いかに高ランクの魔導師といえどデバイスを通さない詠唱には数秒の時間がかかる。

 あらかじめスタンドによって作戦を伝えられていた康一は、スタンドの有効射程に収めるために距離を詰めていたのだ。

 感情に身を任せ、プレシアが選択を誤るであろう絶妙なタイミングに合わせて、康一は全力でスタンド能力をプレシアに叩き込んだ。

 

「『エコーズ (スリー) FREEZE(フリーズ)!!』」

 

 エコーズの第三形態、エコーズACT3(アクトスリー)の触れたものを重くする能力がプレシアの体を襲う。

 ACT3とプレシアの距離は僅か三十センチ。人一人がコンクリートで舗装された道路にめり込むほどの重力が、プレシアの体を大地に縛り付けた。

 飛行すらままならずに地面にひれ伏したプレシアに、バリアジャケットを展開し終えたなのはが魔力刃を展開したレイジングハートの切っ先とキング・クリムゾンの手刀を突きつける。

 そして魔力刃でプレシアの意識を刈り取ろうと腕を動かすが、刃が到達するよりも速くフェイトとアリシアがなのはの前に飛び出してきた。

 

「母さん!」

「ママ!」

 

 今までの無理がたたったのか、それとも康一の攻撃がトドメを刺したのか、プレシアは目線だけで人を殺せそうなほどの眼力でなのはを睨みつけている。

 すでにエコーズACT3の能力が解除されているにもかかわらず魔法を使う様子は見られなかった。

 

 口からは止めどなくドス黒い血液が流れでており、プレシアの体は限界に近いようで、デバイスも破壊され駆動炉の魔力を操作することすら難しい。

 頭部を強打したのか頭からは血が滴り落ちており、骨が折られたことにより右足は紫色に変色している。

 フェイトは既にプレシアの痛みを少しでも和らげようと(つたな)い回復魔法をかけ始めており、アリシアはなのはを親の敵を見るような目(むしろ親の敵そのものである)で威嚇している。

 どうしたものかと困り顔でなのはがプレシアとその娘たちを眺めていると、プレシアの側頭部の辺りから銀色のなにかが飛び出していることに気がついた。

 

「……これは?」

「ママに近寄らないでっ!」

 

 両手を左右に広げたアリシアが通らせまいと邪魔をするが、キング・クリムゾンで両脇を掴まれて持ち上げられた。

 幽霊には何通りかのタイプがあるが、アリシアの場合は見えている相手には触れることができるタイプだったようだ。

 

 じたばたと暴れているアリシアを無視しながらなのはがプレシアの頭部を触れると、直径十五センチほどの銀色の円盤がこぼれ落ちた。

 真ん中には穴が開いており、CDやレコードのように見えるが絵や文字はなにも書かれておらず、硬さを確かめようと両手で触れるとゴムのようにぐにゃりと曲がった。

 

「もしかしてこれもロストロギアの一種、じゃあないよね」

《魔力の痕跡が一切感じられません。ロストロギアである可能性は非常に低いでしょう。念の為に格納領域に保管しておきます》

 

 レイジングハートの内部にある魔法によって作られた特殊な空間に銀色の円盤を格納したなのはは、プレシアの雰囲気が少しだけ変わっていることに気がついた。

 敵意や狂気は以前と変わらず感じるのだが、なにがなんでもアルハザードに行こうとしていた気迫がすっかり消え失せていた。

 

「私を管理局に突き出したいのなら好きにしなさい。もうアリシアのいない世界で生きるのは疲れたわ」

「アルハザードに行ってアリシアを蘇らせるんじゃなかったのか? 随分と簡単に諦めるんだな」

 

 会話の主導権を握るために挑発とも取れる発言をかましたなのはに対するプレシアの反応は、頭の残念な人間を見るような目だった。

 

「なにを言っているの? 魔法が無効化される虚数空間に飛び込むだなんて自殺行為じゃない。それとも小娘、あなたの世界には虚数空間を航行する技術があるとでも言うのかしら」

「え? いや、でもさっきと言ってることが違うというか、とりあえずその馬鹿を見るような目をやめて。そもそもあなたがアルハザードに行くって言い始めたんだよ」

「あら、責任転嫁するのは良くないわね。そんな非現実的な手段を私が選ぶわけ──どうして私はジュエルシードをフェイトに集めさせたのかしら……」

 

 あまりにも急変したプレシアの態度に思わず素のしゃべり方に戻ってしまったなのはだが、原因には心当たりがあった。

 先ほどプレシアの頭部から出てきた銀色の円盤が、プレシアの物事の優先度を操作していたのだろうと推測した。

 このプレシアの反応は、ヘブンズ・ドアーに命令を書き込まれた人間が能力を解除された後の行動によく似ていたからだ。

 

(となると、あのDISC(ディスク)には頭に差し込まれることで行動が制限、もしくは命令通りにしか動けなくなる能力があるのか? もう一度プレシアに差し込めば効果が分かるだろうが、後で露伴に頼んで記憶を読んだほうが確実だな)

 

 なのはを馬鹿にするような態度で軽口を叩いているがプレシアはかなりの重症だ。

 口からは血だまりができるほどではないがそれなりの量の血液が流れでており、咳き込むだけで口から血が出るほど内蔵が弱っている。

 

 仗助ならイメージできる範囲で治療することはできるが、病気まで治すことはできない。

 もっとも杜王町には体の不調や病気を治すことのできるスタンド使いがいるため、大抵の怪我と病気が治せるという環境が整っている。

 

「はぁ……この話は後回しにしようか。あなたはアリシアが幽霊として目の前にいるって言われたら信じる?」

「証拠はあるのかしら」

「てっきり激怒するものだと思っていたけど、意外と冷静なんだね。あの部屋に近寄ろうとしただけで、わたしに接近戦を挑んだくせに」

「言ったでしょう、もう疲れたって。20年もの歳月をかけた研究でもアリシアを生き返らせることができなかった。もう一度アリシアの声が聞けるのなら、悪魔に魂を売ったっていいわ」

 

 本当に悪魔がいたら魂を売り渡しそうな勢いでなのはに食って掛かるプレシア。

 鬼気迫る表情で足を引きずりながら近寄ってくるプレシアの姿は、さながらホラー映画に出てくるゾンビのようだった。

 

「そこの変なヘアバンドを着けた男のスタンド能力なら、見えるように出来るかもしれないよ」

「外見と中身が釣り合ってない奴に言われたくはないが、ぼくのスタンド能力はある程度の無茶ならどうにかできる。どうなるかはわからないが、せっかくだから君たちにも『幽霊が見えるようになる』と書き込んでみるか」

 

 無論、書き込むのはユーノくんに任せるよと付け加えられ、やっぱりかと肩を落としながらも人のいいユーノは断りきれずに了承した。

 ついでに何が書かれてるかちょこっとだけでもいいから読んでくれと露伴に頼まれたが、ユーノは僕の仕事は命令を書き込むだけだと言い切りスッパリと断る。

 とても残念そうな表情を浮かべながらも、内心で絶対にミッドチルダ語を覚えてやろうと決心した露伴であった。

 そしてプレシア、アルフ、ユーノの三人が了承したのを確認した露伴は、素早く指先を動かしてヘブンズ・ドアーを発動させた。


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