不屈の悪魔   作:車道

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これにて一件落着なの? その①

「ママ、わたしの姿が見える? わたしの声が聴こえる?」

「ええ、見えるわ……聞こえるわ。アリシア……私のかわいいアリシア……」

 

 ヘブンズ・ドアーの『幽霊が知覚できるようになる』という命令により、露伴の予想通りプレシアたちの目にアリシアの姿が知覚できるようになった。

 スタンド能力の強度は精神力が大きく影響している。『自分なら絶対できる』『死んでも食らいついてやる』という意思が、能力を高めたり解除されにくくする要因となっている。

 過去に露伴は『時速70キロの速度で後ろに吹っ飛ぶ』や『僅かな時間でイタリア語を完全にマスターさせる』などといった物理的に不可能なはずの命令を、実際に実行させている。

 確定された運命を変えることはできないが、幽霊を見えるようにすることなどヘブンズ・ドアーにとっては造作もない。

 

「感動の再会を邪魔するようで悪いが、どういう経緯があってこうなったのか話してもらうぞ。ヘブンズ・ドアーで直接読んでもいいが、過去に土足で踏み込まれるのは嫌だろう?」

 

 なのはは敵意こそ見せていないが、警戒心を途切れさせていない。

 無粋な行動だということはなのはも理解しているが、プレシアの処分をどうするべきか検討するために二人の会話に割って入った。

 

「……分かったわ」

 

 露骨に嫌そうな顔をしながらもプレシアは了承した。

 どうやら過去を話すのが嫌なわけではなく、アリシアとの再会の瞬間を邪魔されたのが嫌だったようだ。

 飛行魔法の応用で折れた足を固定しつつ玉座に腰掛けたプレシアは、アリシアを膝の上に座らせながら過去のあらましをなのはたちに話し始めた。

 

 

 

 

 

 今から26年前、プレシアは第一管理世界『ミッドチルダ』に設立されている中央技術開発局という組織に勤めていた。

 若くして第三局長の地位に就いており、次元航行用の魔法エネルギー駆動炉開発プロジェクトのリーダーを兼任していた。

 プレシアは仕事のスケジュールが詰まっていたこともあり非常に多忙な日々を送っていた。

 娘のアリシアを施設の敷地内にある自宅に預け、出来る限り会えるように心がけていたのだが、当時の彼女はその選択が間違いだったことに気がつけなかった。

 

 開発も中盤に差し掛かった最中、プレシアの元に上司から人事異動の通達が届けられた。

 アレクトロ社の技術者の派遣、そして新たに設計された駆動炉の開発命令にプレシアは異議を唱えた。

 届けられた資料の数字だけを見れば、プレシアの設計していた駆動炉よりも出力は大幅に向上しているものの、理論に致命的な穴があり安定的に稼働できるとは思えないシロモノを受理するわけにはいかなかったのだ。

 

 しかし、プロジェクトの決定権はあくまで上層部にある。

 プレシアは局長という地位に就いているが、それほど高い権限は与えられていなかった。

 高い成果を上げているものの研究者としては若手の域を出ないプレシアに、上層部は最低限の権限しか与えていなかったのだ。

 

 それでもプレシアは安全な駆動炉に仕上げるために尽力した。

 刻一刻と迫る開発期間に間に合わせるために、身を粉にして改良を続けた。

 開発終了まで三ヶ月、このままのペースなら万全な状態に仕上げられる所までこぎ着けたプレシアの元に、新たな通達が届けられた。

 

 それは開発期間の短縮を命ずる通達だった。

 必死にプレシアは止めようとするも、上層部の判断は覆らず完成を待たずして、派遣された技術者たちにより実験が行われた。

 その結果、駆動炉が暴走を起こし実験は失敗に終わった。

 高濃度の魔力素が施設に撒き散らされ、郊外に位置していた研究所は閉鎖に追い込まれた。

 駆動炉付近にいた研究者たちはプレシアの魔法により事なきを得たが、関係者たちに多大な被害の出た大惨事となった。

 

 アリシアの死因は、撒布された高濃度の魔力素をリンカーコアで取り込んだことによるショック死だった。

 特殊な培養液に漬けられることで生命活動こそ維持されていたが、現代の医療技術では意識レベルの低下を回復させることは不可能なため死亡と認定された。

 

 愛娘を自らの研究により失ったプレシアは、失意に暮れたまま流されるように別の研究施設に移ることとなる。

 実験失敗の責任は彼女の上司が取らされたが、責任者の立場上、左遷は避けられなかった。

 

 それから数年、未だに立ち直れずにいるプレシアの元に一通の通信が入った。

 何をするでもなく、生ける屍のように無意味に生きていたプレシアが行方不明になる数日前のことだった。

 連絡者の名前は、ジェイル・スカリエッティ。広域次元犯罪者として管理局に指名手配されている生体研究を主に取り扱っている科学者で、プレシアとは縁もゆかりもない人物だ。

 

 彼はプレシアに、とある研究を引き継がないかと持ちかけてきた。

 それこそが記憶転写型クローンを作り出す研究『プロジェクトF.A.T.E』だ。

 畑違いの研究にプレシアは難色を示したが、アリシアを蘇らせられる可能性にかけてスカリエッティの研究を引き継ぐことにした。

 それからというもの、プレシアは時の庭園に引きこもり研究を始めた。

 

 クローン技術は違法とされている。

 プレシアはスカリエッティ独自の裏のルートで資材を集めながら、着々と研究を進めていった。

 身も心も削りながら寝る間も惜しんで研究を続けるプレシアの体は、研究に使っている薬品や疲労から次第に弱っていった。

 

 10年以上の研究の結果、プレシアはアリシアの記憶を持ったクローンの作成に成功した。

 だが、完成したクローンは不完全な記憶しか持っておらず、利き手や魔力資質、魔力光がアリシアとは異なるものになってしまっていた。

 人造魔導師の研究としては成功だが、プレシアが望んでいたのはアリシアの蘇生だ。

 数をこなせばいずれは完璧なクローンが出来るのかもしれないという考えがプレシアの脳裏に過ったが、その考えを実行には移さなかった。

 

 アリシアと同じ姿形のクローンを量産して、失敗作ならゴミのように処分できるほどプレシアの心は狂ってはいなかったのだ。

 プレシアはクローンによる蘇生を諦め、別の手段を探し始めた。

 

 しかし、プレシアの専門はあくまで魔力エネルギー関連だ。

 そこでプロジェクトFの研究成果を渡す代わりに、プレシアは死者の蘇生手段をスカリエッティに探させた。

 しばらくの期間を置いてスカリエッティが提案したのは、伝承とされているアルハザードの地を目指してみてはどうかというものだった。

 プレシアはその提案を自分でも不思議なほど自然と受け入れていた。

 

 不完全なアリシアのクローンの世話を任せるために、プレシアはアリシアのペットだった山猫のリニスの遺体を使い魔にした。

 理由としては病気の進行により動きまわるのが厳しいのもあったが、アリシアと似ているようでどこか違うクローンをプレシアは直視することが出来なかったのが大きい。

 まるで自分の努力が否定されたかのような気持ちに陥ったプレシアは、クローンの自分の名前に関する記憶を書き換えた。

 そしてプロジェクト名からクローンのことをフェイトと呼ぶようになった。

 

 次第に進行する病の苦痛とアルハザードの手がかりが見つからないことから、プレシアの精神は徐々に狂っていった。

 そしてフェイトに必要以上に冷たく当たったり、癇癪を起こすような日々が増えていった。

 

 フェイトの教育が完了してプレシアがリニスとの契約を解除してからしばらく経った頃、スカリエッティからの通信が届いた。

 その内容はジュエルシードという高魔力結晶体を暴走させることで、アルハザードへの道を開くというものだった。

 病により余命いくばくもない状態のプレシアは、その計画を受け入れてフェイトにジュエルシードを集めさせるために地球に向かわせた。

 ジュエルシードに関する情報や地球での潜伏場所、現地の紙幣などは全てスカリエッティがあらかじめ準備しており、プレシアは一切関与していない。

 スカリエッティにいいように利用されているのは分かっていたが、プレシアには時間が残っていない。

 この機会を逃せば二度とチャンスはやって来ないだろうと思ったプレシアは、焦る気持ちを抑えながらジュエルシードが集まるのを待つことにした。

 

 

 

 

 

「その後の流れはあなたたちの知る通りね。ああ、小娘のスタンド能力はスカリエッティからの連絡で知っただけよ。もう私には必要のないものだからあなたに渡しておくわ」

 

 一頻り話し終えたプレシアは、虚空からストレージデバイスを取り出しなのはに投げ渡す。渡された内容を確認するためレイジングハートに内部データを移させたなのはは、そのまま空中に内容を投映させた。

 

《ミッドチルダ語に訳されているようですが、本来の形式のレポートも含まれているようです。そちらを表示いたします》

「これは、まさか……」

 

 その内容に、なのはは目を見開いた。本体名、スタンド名、大まかな性能、能力等の情報とともに資料に記されているロゴマークは見覚えのあるものだったからだ。

 車のホイールキャップのような円形のロゴ、そして上半分の外周に沿うようにアルファベットで記された『SPEED WAGON』の羅列。

 なのはも目にするのは初めてだったが、それはSPW財団の極秘資料だった。

 

 なのはは過去に承太郎を通して大まかなスタンド能力をSPW財団にバラしてある。

 時を飛ばせる長さやエピタフの詳細な能力などといった細かい点は伝えていないが、時を飛ばす能力と未来が見える能力は資料として残っているのだ。

 厳重な警備が為されているはずのSPW財団からスタンドに関する資料が盗み出されていたことに驚きを覚えながら、なのはは情報の出処であるスカリエッティが何者なのか気になっていた。

 

(プレシアの話によると、多岐にわたる罪状で指名手配されている犯罪者らしいが、思っていたよりも大事(おおごと)になっているようだな。……どうしてわたしばかり面倒事に巻き込まれるんだ)

 

 複雑に絡み合った事態になのはは頭を悩ませていた。

 SPW財団との繋がりが薄い康一たちとは違い、なのははそれなりの関係を築いているため、厄介事を持ち込まれることがある。

 最近は平穏な日々を過ごせていただけに、ここに来て超弩級の厄介事が舞い降りてきた運の悪さに、なのははうなだれてしまった。

 

「でも、その話を聞くかぎりアリシアちゃんは目が覚めないだけで、まだ生きてるってことだよね。だったら仗助くんのスタンドで体を治して、ジョルノのスタンドで生命エネルギーを注ぎ込んだら、どうにかなったりするかも」

「その話、詳しく聞かせてもらえるかしら」

 

 膝に座らせたアリシアの頭を撫でていたプレシアが、康一の何気ない一言に食いついた。

 康一の口走ったジョルノという男の本名は汐華(しおばな)初流乃(はるの)

 日本人とイギリス人のハーフだがイタリアで生活しているため、名前をもじってジョルノ・ジョバァーナと呼ばれている。

 康一とジョルノが知り合ったのは今から二年ほど前、承太郎からの依頼でイタリアに(おもむ)いたときのことだ。

 当初は荷物をスられたりもしたが、その後に意外な再会を果たして友好を結んでいる。

 

 その名を聞いたなのはが顔を強張らせた。彼女にとってジョルノの名はトラウマになっている。なにせ前世で永遠に死に続ける羽目となった張本人がジョルノなのである。

 この世界でもジョルノはパッショーネのボスの座に就いており、なのはもそのことは知っている。問題は過去からの因縁を断ち切るために、ジョルノと接触してしまったことだ。

 紆余曲折を経て、ジョルノたちになのはが別の世界のディアボロということが判明して以来、パッショーネの相談役として定期的にやりとりをする約束を取り交わしてしまっている。

 その当時、ジョルノは十五歳、なのはは七歳である。史上最年少のボスと相談役が誕生した瞬間だった。

 

「いや、ぼくよりも詳しい人があそこに……」

 

 プレシアの剣幕に押された康一がなのはを指さす。

 肝心のなのはは静かに笑いながら、何やらブツブツと独り言を呟いていた。

 

「消したつもりでも……『過去』というものは、人間の真の平和をがんじがらめにする。もうパッショーネとは関わりたくないって言ったのに……ジョルノの奴、足元見やがって……」

「な、なのは?」

 

 なのはの様子がおかしいことに気がついたユーノが声を掛けるが返事は返ってこない。

 最初は日本語で喋っていたが次第にイタリア語が混ざり始め、最終的に聞くに堪えない罵詈雑言(ばりぞうごん)ばかりになっていた。

 プレシアはアリシア、アルフはフェイトの両耳に手を当てて聞こえないようにしている。

 

 翻訳魔法で聞き取れるユーノは、普段のなのはからは想像がつかないチンピラのような言葉遣いに絶句していた。

 イタリア語を理解できる康一と露伴は、過去に何度か口が悪くなる姿を見たことがあるのか平然としている。

 思いつく限りの汚い言葉を言い終え満足したなのはが正気に戻ると、隣に立っていたはずのユーノが5メートルほど距離を開けていることに気がついた。

 アルフやプレシアは可哀想なものを見るような目でなのはを見ている。

 

「え、えーと……仗助は知っての通りものを治すスタンド使いで、ジョルノは無機物を生き物にしたり生命エネルギーを注ぎ込むことが可能だ。康一の言うとおり、魂さえあるのならどうにかなるかもしれないな」

「対価ならいくらでも出す。私の命が欲しいのならそれでも構わない。アリシアが人としてもう一度生きれるなら、どんな願いでも聞き受けるわ」

 

 膝に座っていたアリシアを地面に降ろしたプレシアが頭を下げた。

 なのはは鼻で笑いながら、ぶっきらぼうな態度で言葉を返した。

 

「そんなもの必要ないし、確実に蘇生できるともかぎらない。それに今すぐジョルノを呼ぶこともできないぞ」

「なにか呼べない理由があるのかしら」

「片桐安十郎というスタンド使いがジュエルシードを付け狙っている。妙に動きが少ないのが気になるが──」

 

 言葉の途中で地面が大きく揺れた。次元の海に浮かんでいる時の庭園が揺れる原因など一つしかない。

 プレシアが地球に放っておいたサーチャーの一つを使い、地上の様子を映しだす。

 

 そこに映っていたのは海上に渦巻く九本の巨大な水の柱と、その中に取り込まれている九つのジュエルシードだった。

 共鳴を起こしているジュエルシードから発せられる魔力は、時の庭園からでも感じ取れるほどの威圧感を出している。

 次元震を通り越して次元断層が起きそうな状況を作り出している者の正体が、サーチャーを通してモニターに映しだされる。

 両手を空に掲げて高笑いしているアンジェロの姿を見て、なのはは小さく舌打ちをした。


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