狙い定めたかのようなタイミングで引き起こされたアンジェロの凶行を止めるべく、すでに現場には仗助と億泰、高町家の面々が集まって応戦しているが戦況は芳しくない。
水を巻き上げながら海沿いの倉庫街に向かって叩きつけられる巨大な竜巻は、空間を削り取る億泰のザ・ハンドですら範囲が足りずほとんど意味を成していない。
仗助は周辺に散らばっているコンテナを一度壊して治すことで、中にアクア・ネックレスを閉じ込めようとしているが、海の水と一体化した相手ではとてもではないが追いつきそうにない。
「仕方がないわね」
いつの間にか予備のデバイスを手にしていたプレシアが軽く杖を振ると、玉座の間の中心に魔法陣が展開された。
映しだされている映像の先にも同じ魔法陣が見えていることから、転移魔法であることがうかがえる。
「早く行きなさい。ゆっくりしていたら、あなたたちの世界が無くなるかもしれないわよ」
玉座の肘掛けで頬杖をつきながら、プレシアが命令口調でなのはたちを急かす。
小さく頭を下げた後に、なのはは躊躇せず魔法陣に飛び込んだ。その背中を追うように康一たちも次々と魔法陣に足を踏み入れ、玉座の間にはプレシア、アリシア、フェイト、アルフの四人が取り残された。
プレシアと魔法陣を交互に見つめながらフェイトはどうするべきか悩んでいた。
音石やなのはを手伝いに地球に戻るか、体調の優れないプレシアに治癒魔法をかけ続けるか、フェイトは選びきれないでいた。
アルフは何も言わずにフェイトの決断を待っている。
心情的にはいけ好かないプレシアのもとよりも、なのはたちの援護に行きたいがアルフにとっての至上はあくまでフェイトだ。
「フェイトはどうしたいの?」
沈黙を打ち破ったのは意外にもアリシアだった。
いきなり名前を呼ばれたことに驚いたフェイトは、ぴくりと肩を震わせた後に泳いでいた視線をアリシアに向けた。
ゆっくりとした足取りで近寄ってきたアリシアは、フェイトの手を握り笑みを浮かべた。
「ママが心配なのは分かるけど、今はもっとやるべきことがあるでしょ? 大丈夫、ママにはわたしから無理をしないように言っておくから」
そんなことは理解している。プレシアの容態はすでに安定していた。
次元跳躍魔法こそ難しいが、自力で治癒魔法を使って回復することも可能な程度は回復しているのだ。
それでもフェイトはこの場から離れたくなかった。
心の奥底に渦巻く負の感情が、アリシアに話しかけられたことで次第に増していく。
怒りでもなければ恨みでもない。
なのは達を助けに行っている間に、最愛の母を本当の娘に取られてしまうのではないかという不安から、フェイトは自分がどうするべきなのか分からなくなっていた。
「わたしはママを独り占めするつもりはないよ」
心の中を見透かしたかのような発言にフェイトは息を呑んだ。
アリシアは握っていた手を離して、背伸びをしながらフェイトの頭を優しく撫で始めた。
その手つきはフェイトの持っているアリシアの記憶の、優しかった頃のプレシアに撫でられた時の感覚によく似ていた。
「ママ、わたしとピクニックに出かけたとき、約束したこと覚えてる?」
「……ええ、覚えているわ。誕生日のプレゼントに妹が欲しいと言っていたわね」
プレシアの仕事が本格的に忙しくなる少し前、ミッドチルダ郊外の白い花が咲き誇る草原で交わした約束。
狂気と失意に囚われ忘れ去られていたプレシアの記憶が、アリシアの言葉とともに蘇った。
「そう、フェイトはわたしの妹でママの娘なんだよ。少なくともわたしにとってはね」
「私が……アリシアの妹……」
フェイトはアリシアの遺伝子と記憶から生み出されたクローン体だ。
それでもアリシアは本心からフェイトのことを妹だと言ってのけた。
嘘偽りのない本心からの言葉に、フェイトの心の中にあった不安感が少しだけ和らいだ。
アリシアの言葉を聞いたプレシアは難しそうな顔をしたまま何も喋らない。
プレシアはアリシアの言いたいことを理解したがゆえに、なにも言えなくなってしまっていた。
「いつかフェイトとこうしてお話するのがわたしの夢だったんだ。それとお願いがあるんだけど……わたしのことを、お姉ちゃんって呼んでくれないかな」
頭を撫でていた手を離して語り始めたアリシアの願い。
それはフェイトが生まれてから胸に秘め続けていた思いだ。
アリシアは事故当時から幽霊となってプレシアの行動を見続けていた。
アリシアの死に嘆いているとき、クローン技術に手を染めようと決意したとき、フェイトが生まれたとき、フェイトがアリシアとは違うと分かったとき、常にアリシアはプレシアを見続けた。
それが何もできない自分にできる唯一のことだったから。
誰の目にも映らず物に触れることすら叶わないアリシアの小さな願い。
それがフェイトにお姉ちゃんと呼んでもらうことだった。
今でこそ二人ともアリシアの姿を視認できるが、プレシアは狂気に囚われていたことで、フェイトは自分以外に娘などいないという先入観からか、当時は認識することが出来ていなかった。
アルフは薄々、アリシアの存在に感づいていたがハッキリと姿を見ることまでは出来なかった。
「え、ええと、その、ね、姉さん……?」
フェイトはアリシアの唐突な申し出に、初々しくはにかみながら答えた。
何故か疑問形になっていて呼び方も若干変わっていたが些細な違いだ。
願いどおりの言葉を聞けて満足したアリシアは、地上の戦況が映っているモニターを左手で指さした。
「ほんとうはもっといっぱいお話ししたいんだけど、そんな時間もなさそうだから最後に一つだけ……ママは態度に表さないけど、フェイトのこともちゃんと愛してるはずだよ。
今すぐには本心を見せてくれないだろうけど、いつかきっとフェイトのことをフェイトとして認めてくれる」
プレシアに聞こえないように耳元に手を当てて呟かれたアリシアの一言。
それは暗にフェイトがアリシアの代用品では無いということを示している。
「ありがとう、姉さん」
負の感情が収まったわけではないが、フェイトはいつの間にか落ち着きを取り戻していた。
待機状態にさせていたバルディッシュを起動したフェイトは、力強い足取りで魔法陣に向かって歩みだした。
「行くからには必ず帰って来なさい」
魔法陣に入る直前、プレシアがあまり大きくない声量でそっけなくフェイトに声をかけた。
激励とは思えない感情の篭っていない声だったが、思ってもみない言葉に思わずフェイトは振り返って返事を返した。
「はい、母さん!」
「……あなたが無事に帰ってこなかったらアリシアが悲しむと思っただけよ」
咲き誇らんばかりの笑みを浮かべながら転移の光の中に消えていったフェイトと追従していったアルフを見届けたプレシアは、モニターに視線を移しながらこれまでのフェイトに対しての仕打ちを思い返していた。
(私はいつも気づくのが遅すぎる……でも、今回だけは間に合った。フェイト、ちゃんと帰って来なさい)
魔法陣から飛び出してなのはを援護するフェイトを見ながら、プレシアは心の中でフェイトの身を案じていた。
海上での戦闘は熾烈を極めていた。
単純なジュエルシードの暴走ならば、バインドで縛り上げれば手間はかかっても封印が可能なのだが、スタンドと一体化した竜巻は並大抵の攻撃ではビクともしない。
以前と比べて格段に威力と数の増したウォーターカッターが、なのはの体を貫かんと発射される。
エピタフで攻撃の軌道を先読みして、回避できない結果が見えた場合は時を飛ばして躱しているので被弾こそしていないが、防戦一方の状況に陥っていた。
アンジェロの狙いはジュエルシードのようで、他の魔導師には目もくれずになのはばかりを執拗に攻撃している。
その隙にユーノがチェーンバインドで竜巻を縛り上げようとしているが、手数が足りず捕縛しきれないでいた。
「クケカカカカカカカッ! 逃げまわったところで無駄だぜェ~~~!」
海上に立っているアンジェロが指揮者のように腕を振ると、それに合わせて竜巻が自在に動く。
それを難なく躱しながらレイジングハートをカノンモードに変形させたなのはが、照準をアンジェロに合わせ時を吹き飛ばす。
なのはを飲み込まんと迫り来る高層ビル並みの長さを持った竜巻を悠々と避けながら、現状で最も威力の高い魔法を放つため魔法陣を展開する。
自身と周囲の魔力を収束させ、方向性を付けて加速させる砲撃魔法、スターライトブレイカーは放つためにある程度の時間が必要となる。
そのときのコンディションによるがキング・クリムゾンが吹き飛ばせる時間は十秒前後、長くても15秒程しか飛ばすことができない。
魔法を使いながらの能力行使では10秒にも満たないだろう。その限られた時間でできたのは、アンジェロの攻撃を完全に回避してスターライトブレイカーのチャージを終えるところまでだった。
「力に溺れている割には妙に悪知恵の働くヤツだ。……時は再始動する」
アンジェロは継続的な攻撃でなのはを一定の場所に留まらせず、時を飛ばしても接近できない距離を保っている。
数回に渡る時飛ばしを実際に見たことで、アンジェロはなのはの飛行速度とキング・クリムゾンの有効時間を完全に把握していた。
砲撃魔法主体のなのはにとっては戦いやすい距離ではあるものの、今回に限ってはそうもいかない。
アンジェロの繰り出すウォーターカッターがなのはを侵攻を阻み、時を飛ばしてその場で砲撃魔法を撃たせないように竜巻が継続的に付け狙ってくるのだ。
「ウププッ! クケッ! 何度試しても無駄だってのが分からねえのか? てめーのチンケなスタンドと魔法じゃあ、おれのアクア・ネックレスは破れねんだよッ!」
数本の竜巻が崩れ去り、その代わりに現れた巨大な水の防壁に阻まれスターライトブレイカーはアンジェロには届かない。
プレシアの堅牢な防御魔法とは違い、質量と魔力で防ぐアンジェロの戦い方は、なのはを倒すために練られたものだった。
防御に回していた水の壁が無くなると、水を巻き上げながら竜巻が巻き上がる。
これまでになのはは二発のディバインバスターと一発のスターライトブレイカーを撃ちこんでいるが、結果は何度試しても同じだった。
何度も同じような攻撃を試しながら、なのははアンジェロのスタンド能力の欠点を探していた。
(何度か試して分かったが、アンジェロはジュエルシードを持っていないヤツに攻撃する気は無いようだ。ジュエルシードに取り込まれたことでスタンド能力が変化した代わりに、正気を失っているようだな)
ジュエルシードに取り込まれているアンジェロのスタンドは、能力の本質から変化していた。
本来はスタンドを水に潜り込ませる物質操作型のスタンドだったのだが、現在は水を操る群体型スタンドに近い能力となっている。
(だが、ヤツにも操れる限界はある筈だ。スタンドと一体化している竜巻の動きをバインドで封じれば、防御に割くリソースも減るはずだが……)
遅れてくることを見越しているフェイトとアルフを合わせても、魔法を扱える人物は四人しかいない。
プレシアが手を貸せば頭数は増えるが、激しい戦闘を行えるほど容態が安定しているわけではない。
なのはが攻撃に当たるとして、残りの三人で竜巻を固定することは難しいだろう。
だからといって相手が自爆するのを待つわけにもいかなかった。
共振を起こしているジュエルシードの影響で次第に揺れは強まっており、このままでは一時間もすれば次元断層が引き起こされてしまうのは目に見えている。
『ごめん、遅くなった』
考えを巡らせているなのはの元にフェイトからの念話が届いた。
回避行動を取りながらスタンドの視界で周囲を見渡すと、ユーノが飛んでいる付近にフェイトとアルフがいるのを確認した。
『忙しいから手短に言うけど、フェイトたちはあの竜巻の動きを止めて欲しい。あれを止めないと本体に魔法が届かないんだ』
残った魔力でなのはが使える魔法はスターライトブレイカー1発程度だ。
プレシアとの戦いで手痛い一撃を受けているため、扱える残存魔力があまり残っていないのだ。
痛がる素振りは見せていないが、体には魔力刃が突き刺さったことによるダメージが残っている。
精神はレクイエムの経験により痛みを受けることには慣れているが、幼い体は連戦により限界が近かった。
このままのペースでスタンド能力を使いながら戦うのは無理だと、体が悲鳴を上げている。
「だんだん動きが鈍くなってるようだなあ~~~。限界が近いってんなら一撃で楽にしてやってもいいんだぜ」
言葉を返す余裕も無く攻撃をかわし続けているなのはだが、アンジェロの言うとおり動きにキレがなくなってきている。
数十分も連続してスタンド能力を乱用しながら空を飛ぶという行動は、思った以上の疲労を蓄積させていた。
そしてついに一発のウォーターカッターがなのはの肩に突き刺さった。
キング・クリムゾンの回避能力に合わせて、バリアジャケットに割く魔力を減らしていたのが仇となってしまった。
「勝ったッ! てめーを竜巻で粉みじんに引き裂いてジュエルシードを奪い取ってやるぜッ! ウプププッ! ウププッ!」
「おっと、そいつは困るな」
衝撃で体勢を崩しかけたなのはの真下から一本の竜巻がせり上がる。
しかし、それよりも早く、赤茶けた魔力で形成されたロープバインドがなのはの腰に巻きつき、空中に引き上げられた。
全員の目線が空中に釘付けとなる。
暴れ狂う竜巻を取り囲むようにいつの間にか、三十人以上の人間がどこからともなく現れたからだ。
その大半は同じような服装をしているが、二人だけ他とは異なる防護服を身に纏っている。
「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。これよりロストロギア、ジュエルシードの封印作業を開始する。民間協力者及び現地協力者は安全圏まで撤退してくれ」
その内の一人、全身黒ずくめの黒髪の少年、クロノ・ハラオウンがユーノたちに後ろに下がるように命じる。
その横でなのはを助けたカウボーイのような出で立ちの男、マウンテン・ティムが西部劇に出てくる回転式拳銃のような形のデバイスを構えた。
「痛むだろうが我慢してくれよ、お嬢さん。封印が終わったら医務室に連れて行ってやるからな」
「なんなんだ、てめーらはよォォォ! いい気になってるヤツはおれのスタンドでブチのめしてやるッ!」
余裕の態度を見せているM・ティムとは裏腹に、アンジェロは突然の乱入者に対して怒り狂っていた。
怒りの感情に反応してジュエルシードから発せられる魔力が更に増大する。
勢いを増した九つの竜巻がクロノとM・ティム、武装隊員たちに襲いかかった。